「アタマの引き出し」は「雑学」ときわめて近い・・日本マクドナルド創業者・藤田田(ふじた・でん)に学ぶものとは?

◆「アタマの引き出し」つくりは "掛け算" だ : 「引き出し」 = Σ 「仕事」 × 「遊び」
◆酒は飲んでも飲まれるな! 本は読んでも読まれるな!◆ 
◆一に体験、二に読書、その体験を書いてみる、しゃべってみる!◆
◆「好きこそものの上手なれ!」◆

<旅先や出張先で本を読む。人を読む、モノを読む、自然を読む>
トについてのブログ
●「内向きバンザイ!」-「この国」日本こそ、もっとよく知ろう!●

■■ 「むかし富士山八号目の山小屋で働いていた」全5回 ■■
 総目次はここをクリック!
■■ 「成田山新勝寺 断食参籠(さんろう)修行(三泊四日)体験記 」全7回 ■■ 
 総目次はここをクリック!
■■ 「庄内平野と出羽三山への旅」 全12回+α - 「山伏修行体験塾」(二泊三日)を中心に ■■
 総目次はここをクリック!


「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!

「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!
ビジネス寄りでマネジメント関連の記事はこちら。その他の活動報告も。最新投稿は画像をクリック!



ご意見・ご感想・ご質問は ken@kensatoken.com にどうぞ。
お手数ですが、コピー&ペーストでお願いします。

© 2009~2026 禁無断転載!



ラベル 資源 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 資源 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2010年2月27日土曜日

コトバのチカラ-『オシムの言葉-フィールドの向こうに人生が見える-』(木村元彦、集英社インターナショナル、2005)より




いまさらあえて私が付け加えることはないと思いながらも、あえてこの『オシムの言葉-フィールドの向こうに人生が見える-』(木村元彦、集英社インターナショナル、2005)の紹介を書くのは、この本の内容がノンフィクションとして素晴らしいことはいうまでもないが、なんといってもイビツァ・オシム(1941-)という一人の男の人生からにじみでるコトバ、人生哲学が凝縮したコトバ、コトバというものに対するオシムの考え方について、深く感じ入ることが多いためだ。

 オシムが日本代表監督に就任した際に購入したこの単行本、買ってからすでに4年以上たっている。その間、脳梗塞で倒れて生死の境をさまよったのち、奇跡的に生還するということもあった。この監督のもとで日本代表チームがワールドカップにいくものだと思っていたのに・・・

 オシムがコトバについて敏感な理由は、ユーゴスラビア代表監督時代の1992年、ユーゴ解体時の悲惨な内戦を経験しているからである。

 多民族国家ユーゴスラビアから実力本意で代表選手を選出したオシムには、各民族のナショナリストからの圧力が凄まじかったらしい。この経験から次のようなコトバがクチにされることになる。

言葉はきわめて重要だ。そして銃器のように危険でもある。私は記者を観察している。このメディアは正しいのか。ジェフを応援しているのか。そうではないのか。新聞記者は戦争を始めることができる。意図をもてば世の中を危険な方向に導くことができるのだから。ユーゴ戦争だってそこから始まった部分がある(P.38)。

実は発言に気をつけていることがある。いまの世の中、真実そのものをいうことは往々にして危険だ。サッカーも政治も日常生活も、世の真実には辛いことが多すぎる。だから真実に近いこと、大体真実であろうことをいうようにしているのだ(P.38)


 大学で数学を専攻し、論理的思考能力にたけていたイビツァ・オシムは、親の希望で大学教授か医学の道に進むことを期待されていた。しかし彼は、親の思いを振り切って、あえてプロサッカー選手という、きわめてリスクに満ちた人生を選んだ男だ。

 サッカーにおいても、あえてリスクを取って攻めるサッカーを選択し、世界的に名の通ったクラブチームからオファーがあっても断り、日本のJリーグの、しかも弱小チームであったジェフ千葉を選んだ男でもある。

 「本当に他人の評価や、メディアの賞賛に興味がない、反俗的な本質追究の人」と著者の木村氏が単行本あとがきで評しているが、私はこれに付け加えて、オシムの人生哲学は、「リスクを取ること」こそが、もっとも「リスキーではない」人生であることを示している、といっておきたい。


 日本人選手に対する苦言をまず読んで欲しい。私も含めて、大いに反省したい内容だ。

日本人は平均的な地位、中間に甘んじるきらいがある。野心に欠ける。これは危険なメンタリティーだ。受け身過ぎる。(精神的に)周囲に左右されることが多い。フットボールの世界ではもっと批判に強くならなければ(P.37)


 モチベーションの上げ方についての姿勢とコトバもまた傾聴に値する。オシムは心理学者でもある。内発的動機を何よりも重視している。

特定の法則があるわけではないから、どういう方法とは一概にいえない。常に考えているのは、選手たちの「勝ちたい」、「克ちたい」という強い気持ちを、目覚めさせることなんだ(P.126)

モチベーションを高める方法なんて何千通りもある。それぞれ違うのだ。・・(中略)・・試合の前とかにはほとんんど戦術の話はしない。モチベーションを上げるのに大事だと思っているのは、選手が自分たちで物事を考えようとするのを助けてやることだ。自分たちが何をやるのか、どう戦うのかを考えやすくしてやる。・・(中略)・・まずは自分たちのために、自分のやれることをやり切るということが大事だという話をする。次に、対戦相手が自分たちと試合するに当たって何を考えて臨んでいるかということを思考させる、そういう話をする(P.182-183)


 とにかく「自分で考えること」が重要だ。

同時にサッカーにおいて最も大切なものもアイデアだ。アイデアのない人間もサッカーはできるが、サッカー選手にはなれない。でもアイデアは練習だけでは身につかない。鍛えられない。バルカン半島からテクニックに優れた選手が多く出たのは、生活の中でアイデアを見つける、答えを出していくという環境に鍛えこまれたからだろう。さらにいえば、ある選手が、そういったアイデアを身につけているかどうかは、サッカーのプレーを見なくても、普段の言動をみていれば予想できる(P.43)


 そして考えたことを着実に実行するために、つねに準備を怠らないこと、そのために身体技術の基礎である走り込みを選手に求めている。これは有名な語録だが、あえて再録しておこう。

ライオンに追われたウサギが逃げ出すときに、肉離れをしますか? 要は、準備が足りないのです(P.28)

 
 戦術については知り尽くしていながら、けっして戦術に頼らない采配。

サッカーとは戦術が一番だと思っている監督がいるかもしれない。しかし私はムービングこそが、最も重要だと思っている」(P.122)

トレーニング方法でいえば、教師がこういうメニューがある、と黒板に書いた段階ですでに過去のものになっている。練習メニューというものはそれだけ毎日進化し、変化するものだと私は思っている」(P.48)


 カネにまかせて最強選手をスカウトして集めたところで、最強のチームになるわけではない。

 これはサッカーでも、企業組織でも同じことだ。経営学のコトバを使えば、「リソース(資源)ベースの戦略」というやつだ。人的資源、すなわちいまいる選手のチカラをいかに引き出して最強のチームを作り出すかが重要なのだ。オシムはそれをジェフユナイテッド市原(・・現在のジェフ千葉)でやってのけた。

ジダンやベッカムやロナウドやいろんな人間を集めても、じゃあ彼らのために誰が走るんだ?(P.120)

システムはもっとできる選手から自由を奪う。システムが選手を作るんじゃなくて、選手がシステムを作っていくべきだと考えている。チームでこのシステムをしたいと考えて当てはめる。でもできる選手がいない。じゃあ、外から買ってくるというのは本末転倒だ。チームが一番効率よく力が発揮できるシステムを選手自身が探していくべきだ(P.121)

年俸の差にかかわらず、選手は全員同じ選手なのだから、皆、対等に平等に接するのが普通だろう。大体、選手の中で自然とランクやキャラクター分けがされるものだ。・・(中略)・・平等に見るということは自分をフラットにするということでもある。もちろん監督だって完璧じゃない。そのことを自覚した上で選手を見ている(P.206)



 そして選手に対しては、何よりも自分で考えることを求める。そのためには失敗を恐れず、リスクをとって果敢にチャレンジしていくことだ。

懲罰ではなく考えさせること(P.207)

ミスをした選手を使わないと、彼らは怖がってリスクを冒さないようになってしまう(P.208)


 このほかにも、この本のなかで紹介されたコトバは多い。いくつか抜き書きしておこう。

日常生活の中で、平坦な道のりはない。上に上がっていくには何らかの危険を冒し、何かを犠牲にしなければんらないのだ(P.148)

「父は哲学があって、どこでも結果よりもビジョンを重視してチームを作るんだ」(P.156) これは、同じくサッカー選手となった息子のコトバ。

夢ばかり見て後で現実に打ちのめされるより、現実を見据え、現実を徐々に良くしていくことを考えるべきだろう(P.185)

大事なのは言葉ではなく、自分でその意味を感じているか。前にも話したが、時として何も言わないほうが、100万言を費やすよりも伝わる場合がある(P.207)


 学び続けること、現状に満足せず常に進化していくこと、それこそがオシムのサッカー哲学であり、人生哲学なのである。

 けっしてコトバを惜しむ(オシム)ことなく・・・



<参考サイト>

◆『オシム監督語録』 (ジェフ千葉)


P.S. 文庫化について

 2008年には文庫版が出版されているようだ。文庫版にあたってあらたに一章が書き加えられているらしい。文庫版はみていないのでなんともいえないのだが・・





PS2 文春文庫から「増補改訂版」が出版

文春文庫から『オシムの言葉 増補改訂版』として刊行。

文藝春秋社の書籍サイトから「立ち読み」できる。

(2014年1月4日 記す)





<ブログ内関連記事>

『Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2011年3月10日号 特集:名将の言葉学。-2011年のリーダー論-』

書評 『采配』(落合博満、ダイヤモンド社、2011)-ビジネス書の域を超えた「人生の書」になっている

書評 『「言語技術」が日本のサッカーを変える』(田嶋幸三、光文社新書、2007)-「論理力」と「言語力」こそ、いま最も日本人に必要なスキル

映画 『インビクタス / 負けざる者たち』(米国、2009)は、真のリーダーシップとは何かを教えてくれる味わい深い人間ドラマだ

「サッカー日本代表チーム」を「プロジェクト・チーム」として考えてみる




(2012年7月3日発売の拙著です)







Clip to Evernote 


ケン・マネジメントのウェブサイトは
http://kensatoken.com です。

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!

 

end                   

2009年12月30日水曜日

コンラッド『闇の奥』(Heart of Darkness)より、「仕事」について・・・そして「地獄の黙示録」、旧「ベルギー領コンゴ」(ザイール)




1899年に出版された英文学の古典、コンラッドの名作『闇の奥』(Heart of Darkness)に次のような一節がある。

なにも僕が仕事好きだというわけじゃない。むしろブラブラしながら、なにかできそうな素晴らしい仕事でも、ボンヤリ空想している方がよっぽど楽しいのだ。なにも仕事好きじゃない。--誰だってそうさ、--ただ僕にはね、仕事のなかにあるもの--つまり、自分というものを発見するチャンスだな、それが好きなんだよ。ほんとうの自分、--他人のためじゃなくて、自分のための自分、--いいかえれば、他人にはついにわかりっこないほんとうの自分だね。世間が見るのは外面(うわべ)だけ、しかもそれさえ本当の意味は、決してわかりゃしないのだ
(中野好夫訳、岩波文庫、1958 引用は P.58-59)

 参考のために原文も掲載しておこう。

No, I don't like work. I had rather laze about and think of all the fine things that can be done. I don't like work -- no man does -- but I like what is in the work -- the chance to find yourself. Your own reality -- for yourself, not for others -- what no other man can ever know. They can only see the mere show, and never can tell what it really means.

(出典は Conrad, Joseph, 1857-1924. Heart of Darkness Electronic Text Center, University of Virginia Library)

 たまたま蔵書整理中にこの本がでてきたのでパラパラめくってみたら、この部分に線が引かれていた。

 読んだのは1986年、そう文庫本に書き入れてある。就職して社会人になって、まだ仕事をすることの意味がよくわかっていなかった頃に読んだ本だ。

 西洋人の労働観がよく表現されていると考えていいかもしれないが、この一節は自分には非常にしっくりと納得がいくものだったので、線を引いていたのだ。




 「仕事をつうじた自己発見」は現在風にいえば「仕事をつうじた自分探し」ということになるだろうか。

 なぜ、仕事をしなければならないのか、比較的豊かな時代には生きてくる名言なのではないか、と思う。

 仕事は生計をたてるだけではない。自分探しと生計をたてることを両立することが可能になるわけだ。


 ジョゼフ・コンラッド(Joseph Conrad)は19世紀英国の"英語作家"だが、彼自身は生粋の英国人ではない。ポーランド出身で、母語は英語ではなくポーランド語である。英語は、ロシア語、フランス語に次いで後天的に実務を通じて習得した言語である。

 英国の英語作家には、『日の名残り』で有名な日本出身のカズオ・イシグロなど多いが、コンラッドはその先駆者といえるだろう。

 「コンラッド」というと外資系高級ホテルの名前だが、もちろん関係はない。ジョゼフ・コンラッドの本名は、テオドル・ユゼフ・コンラト・コジェニョフスキ、である。真ん中の名前を取り出して英語風にしたわけだ。


 父親がポーランド独立運動の指導者でロシアの官憲に逮捕されてシベリアに家族ごと流刑、のちに移動した北ロシアで両親を失って孤児となり、大学進学をあきらめて船乗りになった。21歳のときに英国船員となり以後16年間、船員としての生活を送り最終的に船長にまでなる。この間、英語を身につけ、ひろく世界を航海し、英国国籍も取得した。

 その後、海洋小説を多数発表、ベルギー領コンゴ(ザイール)の奥地深くまで航行した体験をもとに本書『闇の奥』を発表した。

 『闇の奥』を乱暴に要約すると、優秀な商社駐在員であった主人公クルツ(Kurtzが、いつのころからかアフリカの熱にとりつかれ精神に異常を来し、コンゴ川奥地で・・・となる。アフリカの「闇の奥」、人間性の「闇の奥」を描いた作品である。


 この本は、フランシス・コッポラのベトナム戦争ものの超大作 『地獄の黙示録』(Apocalypse Now 1979年製作)の原作ともなっている。トレーラーを参照。

 コッポラの映画では、部隊をコンゴからベトナムに移し、ラストに登場する、現地人の王となった主人公の白人をカーツ大佐としている。原作のクルツ(Kurts)を、英語読みでカーツとなっているがつづりは同じである。なお、Kurtz は、ドイツ語の kurz(短い、背が低い)からきている。



 原作に戻るが、舞台となったコンゴは、植民地帝国ベルギーの植民地であった。とくに資源国コンゴ(ザイール)はベルギーにとってはまさに金城湯池であた。コンラッドが舞台設定にしたコンゴはまさに、西洋人がアフリカ人を徹底的に収奪し虐殺したことはあまり知られてしないのではないか。ベルギーは、英国やフランスにも劣らない、典型的な植民地帝国であったのである。

 象牙、生ゴムから始まって、のちに発見されたダイヤモンド、そしてウラン。ベルギー領コンゴで産出されたウランが、広島と長崎に投下された原爆に使用されたことは、知る人ぞ知る歴史の闇である。

 これらの点については、『ベルギー ヨーロパが見える国』(小川秀樹、新潮選書、1994)、『「闇の奥」の奥-コンラッド/植民地主義/アフリカの重荷-』(藤永 茂、三交社、2006)が参考になる。後者は、カナダ在住40年の元大学教授が先住民の立場に身を寄せて描いた告発書である。

 「美食の国ベルギー」の背景に、植民地コンゴからの収奪の歴史があったことは知っておいた方がよい。


 ベルギー領コンゴは、いわゆる「コンゴ動乱」とよばれた1960年の熾烈な独立戦争を経て独立したが、当時の国連事務総長ダグ。ハマーショルドが視察中に事故死したことでも有名である。
 この戦争ではベルギー政府軍以外にも、白人傭兵のコマンド部隊が投入され、1978年製作の英国映画 『ワイルド・ギース』(The Wild Geese)の世界として描かれている。トレーラー参照。激しい銃撃戦をともなう空港からの壮絶な脱出シーンは圧巻である。

 すでに絶版であるが『コンゴ傭兵作戦(新戦史シリーズ)』(片山正人、朝日ソノラマ、1990)という本もある。


 コンゴはザイールになったり、またコンゴになったりと、独立後も紛争が再燃するのは、結局のところ埋蔵されている資源をめぐる争いが原因である。



 最貧国問題解決のための必読書 『最底辺の10億人-最も貧しい国々のために本当はなすべきことは何か?-』(ポール・コリアー、中谷和男訳、日経BP社、2008)でも指摘されているように、最貧国を捕らえ続ける4つの罠として、1.紛争の罠、2.天然資源の罠、3.内陸国であることの罠、4.劣悪なガナバンスの罠 を挙げているが、資源をめぐる問題は実に根が深いことを知らねばならない。コンゴの場合、この4つの罠がすべて複雑にからみあっている。

 実話をもとにした映画 『ホテル・ルワンダ』(1994年)で描かれた、隣国ルワンダの虐殺と難民問題にもめを向ける必要があるだろう。トレーラー参照。ルワンダもまたベルギーの植民地であった。

 最近、増補版として復刊された 『ルワンダ中央銀行総裁日記』(服部正也、中公新書、1972)は、IMFの依頼によって日銀から派遣され、独立国ルワンダの発展を中央銀行総裁として6年にわたり支援した日本人の記録だが、ルワンダ紛争によってこの努力もすべて消えてしまった。

 旧植民地アフリカの問題は根が深い。

 こういうアフリカを、いま中国が"西のフロンティア"として収奪し、トラブルメーカーとなっていることは、報道が多くなされるようになってきており、だいぶ明らかになってきている。

 欧州の"裏庭"アフリカでわが物顔で振る舞う中国、この問題については歴史的な意味、文明論的な意味を考える必要があろう。

 中国に対して、欧州は果たしてきれい事としての倫理を持ち出すことができるのか、きわめて根の深い問題だ。


 「仕事をつうじた自分探し」からだいぶそれてしまったが、本というものは、とくに古典というものは、複合的かつ重層的な読み方が可能なものである。

 もちろん純粋にエンターテインメントとして読むのも結構なことだ。

 『闇の奥』は、光文社古典新訳文庫から新訳がでている。私としては、毒舌で知られた英文学者で評論家の中野好夫訳による岩波文庫版がいいと思っているが。

 一昨年、『カラマーゾフの兄弟』が爆発的にブームとなったのも、この古典新訳文庫のおかげである。
 
 古典は読み継がれてこそ古典である。『闇の奥』も一度手にとって読んでみてはどうだろうか。

        



<関連サイト>

世界各国の「為さざる罪」ルワンダ・ジェノサイド ルワンダの夜明けパート2 (中村繁夫・アドバンスト マテリアル ジャパン社長、WEDGE、2015年12月30日)
・・「ルワンダを理解するには宗主国(ベルギー)を知らなければ分からない」と、レアメタル取引のプロが語る

(2015年12月30日 項目新設)


<ブログ内関連記事>

『ベルギービール大全』(三輪一記 / 石黒謙吾、アートン、2006) を眺めて知る、ベルギービールの多様で豊穣な世界

映画 『シスタースマイル ドミニクの歌』 Soeur Sourire を見てきた

書評 『田中角栄 封じられた資源戦略-石油、ウラン、そしてアメリカとの闘い-』(山岡淳一郎、草思社、2009)-「エネルギー自主独立路線」を貫こうとして敗れた田中角栄の闘い

書評 『OUT OF AFRICA アフリカの奇跡-世界に誇れる日本人ビジネスマンの物語-』(佐藤芳之、朝日新聞出版社、2012)-規格「外」の日本人が淡々とつづるオリジナルなスゴイ物語

「自分の庭を耕やせ」と 18世紀フランスの啓蒙思想家ヴォルテールは言った-『カンディード』 を読む
・・「理屈をこねずに働こう。人生を耐えられるものにする手立ては、これしかありません」、「それぞれが自分の才能を発揮しはじめた・・役に立たない者はいなかった」。じつに説得力のある仕事とチームワークのあり方についてのセリフ

(2013年12月23日、2015年1月9日 情報追加)


(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!)

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!)


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end