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2021年1月20日水曜日

『トゥキディデス 戦史』を読了(2021年1月)― 2020年代のいま進行する事態と重ねあわせたくなる「アテネ民主制の崩壊」は、アテネとスパルタの覇権争いのなかで発生した

 

今年2021年の年始のことだが、トゥキディデスの『戦史』をようやく読了した。久保正彰訳の岩波文庫で全3巻。かなりのボリュームである。年末年始の課題の1つをクリアしことになる。  

古代ギリシアの「歴史の父」と称されるヘロドトスの『歴史』をおなじく岩波文庫の3巻本で読了したのが、いまから40数年も前の古代ギリシアにはまっていた中学生時代のことなので、ようやく肩の荷が下りたという気持ちだ。古典的名著であり、腰を据えてかからないと、日本語訳でもそう簡単に読めるというわけではない。なんと、積ん読歴40数年であった。 

『戦史』で扱っているのは、古代ギリシアの都市国家アテネ(・・正確にいえばアテーナイだが、通例のアテネとしておく)とスパルタの27年抗争「ペロポネソス戦争」の最初の20年である。両雄並び立たずというが、新興国アテネの台頭に不安を感じた軍事国家スパルタが、どちらも望まないのに戦争に巻き込まれていく姿を、同時代に生きた著者が、戦争当事者双方と利害関係国の情報を精力的に収集し、ファクトベースの記述を進めていく。 


(プーシュキン博物館所蔵の頭像 Wikipediaより)


圧巻は、岩波文庫版の下巻で描かれる、増長するアテネによる遠方のシケリア(現在のシチリア)遠征と、有力都市国家シラクサを相手にした壊滅的敗北と敗走である。

指導者層による希望的観測にたった見通しの甘さと、戦争を熱狂的に支持した市民たち。その真逆ともいうべき敗戦と敗走。行き詰まるような描写がつづく。 遠征の失敗によって国家的危機に瀕したアテネで民主制が崩壊していく様子が手に取るように描かれており、2020年現在の世界情勢を見ているかのような印象さえ受けるのだ。 

「歴史の父」といえば一般にヘロドトスを指しているが、戦争を事実関係に即して時系列で記述し、しかも戦争の構造的要因を考察した点において、トゥキディデスに軍配があがる。これは実際に読んでみた確認できたことだ。 

トゥキディデスは、戦争と政治の関係だけでなく、戦争と経済の関係についての考察も深い。軍資金と補給(ロジスティクス)の重要性都市国家内部の支配構造と利害対立が交戦国につけいるスキを生み出す脆弱性にかんする考察など、まさに古典的名著というにふさわしい。 



「トゥキディデスの罠」と覇権争い

「トゥキディデスの罠」(The Thucydides Trap)というフレーズがある。米国の政治学者グレアム・アリソン教授が提唱しているものだ。『米中戦争前夜-新旧両大国を衝突させる歴史の法則と回避のシナリオ-』(ダイヤモンド社、2017)で詳しく解説されている。 

「トゥキディデスの罠」とは、チャレンジャーとしての新興国(=古代ギリシアの場合はアテネ)が示す「野心」に対して、チャレンジを受ける側の覇権国(=スパルタ)が感じる「不安」がエスカレートするに従い、双方に生み出されるワナのことだ。 

このワナにはまった結果、覇権国交替が戦争によって決着されたケースが過去に多数発生している。端的にいって米中対立の構造を「トゥキディデスの罠」で解説してみせたのが、この議論のキモである。 

歴史を振り返れば、新興国アテネと覇権国スパルタの抗争は、新興国中国と覇権国米国の関係に対比されるだけでなく、その結末さえ予想させるものがある。長年にわたる抗争で、拮抗する両国はともに消耗し尽くし、共倒れになる可能性すら否定できないという結末だ。そして、第3の新興国が台頭する。

古代ギリシアにおいては、アテネもスパルタもともに疲弊し、この状況のなか「漁夫の利」を得たマケドニアが台頭という流れになる。その後、マケドニアからアレクサンドロス大王が誕生する。

米ソ冷戦時代には米国のパワーが勝っていたために、ソ連が自壊したことで冷戦は終わった。そして第3勢力としての中国が勃興することになっった。

そして、今回の覇権争いの結果、米中双方が疲弊して共倒れになったと仮定すると、漁夫の利を得るのは誰になるのだろうか? 


(地図を上下(=南北)逆さまにすると『戦史』の世界がよく見えてくる。真ん中がギリシア、右上がシチリア) 



■古代ギリシアと日本。その共通点と相違点

トゥキディデスの『戦史』を現代に引きつけて読むと、覇権国の米国人アリソン教授のような読み方にもなろう。だが、政治学の立場を離れて、1つの作品として読んでいると、日本人読者として感じるものがある。 

どういうことかというと、古代ギリシアは日本とよく似ているという感想をあらためてもつことだ。基本的にセム的な一神教が支配する以前の古代ギリシア世界は、日本とおなじく多神教世界であり、感覚的によく似ているものを感じるのだ。古代ギリシアの精神世界は、神道世界のようなものだからだ。「神託」だけでなく、何度も言及される「清め」の重要性。

とはいえ、大きな違いがあるのは、本居宣長がいうように「言挙げせずを良し」とする日本と違って、古代ギリシアでは「弁論」が大きなチカラをもっていたという点だ。 

トゥキディデスは『戦史』において、戦争とその関連情報のファクトベースの時系列による詳細な記述だけでなく、戦争の構造を浮かび上がらせるために「演説」(スピーチ)を多数引用している。 

演説のもつロゴスとパトスで相手を説得し、共同体(=都市国家)としての政策コースが決定されていく。この姿勢は、古代ギリシアから古代ローマに受け継がれ、西欧世界の根幹をつくりあげているのである。民主主義の根幹に、このスピーチのもつコトバのチカラがあることは、何度も繰り返しておくべきであろう。コトバへの不信感が強い現在の日本においては、とくに強調すべき事項だ。


以上、こんな感想をつれづれと書き連ねてみたが、やはり古典というものは、そのものを読む意味があるなと強く感じた次第。たとえ翻訳であっても、著者の息吹をそのまま感じることができるからだ。 


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トゥーキュディデース(紀元前460年頃~ 紀元前395年)。
ヘーロドトス(生没年不詳:前490年~前480年の間に生まれ、前430年から前420年の間に、60歳前後で死亡したとするのが一般的)


訳者プロフィール
久保 正彰 (くぼ まさあき)
1930年10月10日生まれ。西洋古典学者。広島県呉市出身。戦後、日本人として初めてハーバード大学を卒業し、日本における西洋古典学の地平を切り拓いた久保正彰教授。東京大に西洋古典学の研究室をつくり、世界的な拠点に育て上げた。
18歳で日本の成蹊高校を中退し、単身アメリカに渡り、フィリップス=アカデミーに編入。1953年、ハーバード大学卒業(古典語学・古代インド語学専攻)、1957年東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。
1959年東京大学教養学部助手、1965年成蹊大学文学部助教授、1967年東京大学教養学部助教授、1975年に文学部教授、文学部長(1985~87年)、1991年退官し名誉教授、東北芸術工科大学初代学長(1992-98年)・名誉教授。
1992年12月に、日本学士院会員に選任、人文科学部門の第1部長・幹事を経て、2007年10月に第24代院長に就任(任期は3年で、2期を限度とする)。2013年任期満了し退任。2014年7月に松尾浩也の後任で学士会理事長に就いた(2016年6月に退任、後任は佐々木毅)。なお日本学士院第1部長在任中に「皇室典範に関する有識者会議」メンバーも務めた。
著訳書多数。(Wikipedia情報などをもとにした)。


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2013年12月13日金曜日

「役人の一人や二人は死ぬ覚悟があるのか・・!?」(折口信夫)



戦後の「国語改革」は、国語国字改革であった。端的にいえば、漢字制限を行い、仮名遣いを歴史的仮名遣いから現在の表音式仮名遣いに変えたものだ。

敗戦後の混乱のなかで占領軍主導で行われたと一般に理解されているが、戦前から日本語の表記法が効率性を阻害しているという批判は主にビジネス界から多数でており、じつは文部省(当時)じたいが戦前から改革案を検討していたのである。

だから、敗戦後に行われた「国語改革」は、占領軍による命令を奇貨(キッカケ)として、うまく政策実現を図った官僚の勝利といってもよい。これは「農地改革」などのいわゆる「民主的改革」のほぼすべてに共通することだ。

漢字を廃止して「カナモジ」化や「ローマ字」化すべしという主張が実践においては、戦前から実験的に推進されていたことは、すでに忘れ去られてしまっている事実かもしれない。この件にかんしては、梅棹忠夫の「日本語論」をよむ (2) - 『日本語の将来-ローマ字表記で国際化を-』(NHKブックス、2004) を読んでいただくと幸いだ。

日本語表記の「カナモジ」化や「ローマ字」化の議論は、ワープロ機能の普及によってすっかり姿を消してしまった。だが、根本問題が解決したわけではない。


折口信夫(1887~1953) は国文学者にして民俗学者。釋迢空(しゃく・ちょうくう)の名で歌人としても著名である。本人の認識においては「国学者」であった折口信夫は、敗戦後の「国語改革」について、きわめて激しいコトバを遺している。

彼は、慶応義塾大学での弟子であった民俗学者・池田彌三郎(いけだ・やさぶろう)に対してこう語っていたことが活字として残されている。

(-新仮名遣いの制定ということは、容易ならぬ、国語の表記法の大改革である。国語の表現が一ぺんに飛躍するような大きな改革である。)そのためには、役人の一人や二人は死ぬ覚悟がないと、なしとげられはしないのだ。それだけの覚悟をもってかかった改革なのかどうか、それを聞きたい。

 (出典:『まれびとの座-折口信夫と私-』(池田弥三郎、中公文庫、1977) P.53 *太字ゴチックは引用者=さとう

大阪出身で、ホモセクシュアルで、やや甲高い関西弁でしゃべっていたといわれる折口信夫が、この発言をどのような口調とトーンで語ったのかは活字からはわからない。

だが、それでもそうとうな激しい怒りが伝わってくるではないか。情報統制がされていた戦時中においても、かなり激しい時局批判発言を行っていたことも文学者の回想録に記録されている折口信夫である。まさに諫言(かんげん)というのがふさわしい。国学者の気概がそこに感じられる。

「役人の一人や二人は死ぬ覚悟があるのか・・!?」(折口信夫)

役人のみなさん、「改革」で死ぬ覚悟はできてますか? 「改革」で殺されても構わないという覚悟はできていますますか? 「改革」に命懸けてますか?

この激しいコトバをぶつけたい。





<参考> 国語改革と文部官僚

戦前から「国語改革」を準備したのは文部官僚の保科孝一であった。この件については、社会言語学者のイ・ヨンスク氏の『「国語」という思想-近代日本の言語認識-』(岩波現代文庫、2012 単行本初版 1996)が必読書。内容については、松岡正剛の「千夜千冊」で取り上げられているので参照されたい。

なお、「役人の一人や二人は死ぬ覚悟があるのか」(折口信夫)は、2002年にわたしの「ホームページ」で紹介している。いまから11年前のことだ。いちばん最初にこの発言を知ったのは大学時代、つよく印象に残ったので抜書きしておいたのである。いまから30年近くまえのことだ。






<ブログ内関連記事>

書評 『折口信夫―-いきどほる心- (再発見 日本の哲学)』(木村純二、講談社、2008)
・・「折口信夫は敗戦後、弟子の岡野弘彦に、憂い顔でこう洩らしていたという。「日本人が自分たちの負けた理由を、ただ物資の豊かさと、科学の進歩において劣っていたのだというだけで、もっと深い本質的な反省を持たないなら、五十年後の日本はきわめて危ない状態になってしまうよ」(P.263 注23)。 日本の神は敗れたもうた、という深い反省をともなう認識を抱いていた折口信夫の予言が、まさに的中していることは、あえていうまでもない」

「神やぶれたまふ」-日米戦争の本質は「宗教戦争」でもあったとする敗戦後の折口信夫の深い反省を考えてみる
・・逆説的であるが、折口信夫のコトバのチカラそのものは激しい

書評 『折口信夫 霊性の思索者』(林浩平、平凡社新書、2009)
・・「私は大学時代から、中公文庫版で『折口信夫全集』を読み始めた。日本についてちっとも知らないのではないかという反省から、高校3年生の夏から読み始めた柳田國男とは肌合いのまったく異なる、この国学者はきわめて謎めいた、不思議な魅力に充ち満ちた存在であり続けてきた」

書評 『折口信夫 独身漂流』(持田叙子、人文書院、1999)
・・「古代日本人が、海の彼方から漂う舟でやってきたという事実にまつわる集団記憶。著者の表現を借りれば、「波に揺られ、行方もさだまらない長い航海の旅の間に培われたであろう、日本人の不安のよるべない存在感覚」(P.212)。歴史以前の集団的無意識の領域にかつわるものであるといってよい。板戸一枚下は地獄、という存在不安」

葛の花 踏みしだかれて 色あたらし。 この山道をゆきし人あり (釋迢空)

梅棹忠夫の「日本語論」をよむ (1) -くもん選書からでた「日本語論三部作」(1987~88)は、『知的生産の技術』(1969)第7章とあわせて読んでみよう!

梅棹忠夫の「日本語論」をよむ (2) - 『日本語の将来-ローマ字表記で国際化を-』(NHKブックス、2004)

書評 『漢字が日本語をほろぼす』(田中克彦、角川SSC新書、2011)


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2013年10月21日月曜日

「われわれは社会科学の学徒です」―『きけわだつみのこえ 第二集』に収録された商大生の手紙から



本日(2013年10月21日)は、いわゆる「学徒出陣」から70年にあたるのだという。1943年(昭和18年)10月21日、土砂降りの雨のなか理工系を除くエリート大学生が徴兵され戦地へと赴き、そして散っていった。

『きけわだつみのこえ』という戦没学徒たちの手記を親しい人たちにあてた手紙が収録された本がある。初版は1949年(昭和24年)に刊行され、カッパブックスを経て、現在では岩波文庫2冊として版を重ねている。

ただ、収録されているのが当時の超エリートである東京帝大の学徒ばかりであるのが不満といえば不満だ。自分が出た大学の先輩が一人でも入っていないと、なかなか読む気にはならないのも仕方ないことだろう。

わたしにとって、その人は学徒出陣した板尾興一という人だ。はるか遠いむかしの大学の先輩という以外、なんの接点もないのだが、その存在と手紙の一節を在学中に寮生の友人から教えられて以来、その手紙を何度も読んできた。

板尾氏の手紙は2通、『第二集 きけわだつみのこえ』に収録されている。学徒出陣20周年にあたる1963年(昭和38年)に『戦没学生の遺書にみる15年戦争』と題して初版が刊行されたようだ。

『第一集』の刊行から17年後になってようやく刊行されたものであるが、上記のような不満も背景にはあったためかもしれない。「15年戦争」という左翼的な名称が時代を感じさせる。

さて、板尾興一氏だが、入隊前に父親あての手紙にある「われわれは社会科学の学徒です」という一節をわたしはなんども反芻(はんすう)してきたが。この一節を思い出し、そして遺された手紙を読むたびに身の引き締まる思いをする。

板尾興市(いたお・こういち)

昭和18年12月東京商科大学在学中入団。昭和20年2月18日日本州東方海上にて戦死。21歳。海軍中尉。

(昭和18年10月5日 父宛書簡)

・・(前略)・・

それにしてもあまりにも短い月日しか残されていないので、何ら今までの学問への努力をまとめた形で残すこともできそうになく、読みさした本にしおりをはさんで出かけなくてはなりません。

ふたたび帰って書物の前にすわるのはいつの日のことかと考えますと、まことに寂しいしだいです。

我々はあくまでも学生であり、学問をもって自己の生命とし、学をもって国に奉ずるの決心まことに堅きものがありますが、国家の要請の急なるこの時、幾多の思いを学問と国家の上に残しながら国防の第一線におもむかねばならなくなったのです。

法文科の学生はこの戦争時にあたり、自然科学的方面の学生とは異なり用はないから戦線に送られるわけですが、我々の征く後、国家の運営はなお頭の切り換えの絶対に望まれぬ老朽政治家や、社会科学方面の知識に乏しくかつ学問精神の点で貧弱なる技術者たちに任されるわけです。それゆえ、国家の前途すこぶる多難なることを予測されます。東條首相は民大は機構よりは人だ、良きりっぱな指導者こそ必要なのだと叫びます。彼の言わんとする方向は正しいのです。何となれば人間こそ動く主体であり、動かす主体であるからです。しかし、彼が現実についてこの言を適用せんとすることは根本的に間違いです。

今や戦争の切り札は生産力、武器の生産にあります。質は学問と技術に、量は同じく学問と経済に基礎を置きます。天文学的数字はけっしてアメリカのみのお題目のみではなかったのです。それを笑った日本の陸海軍も、ついに天文学的数字を述べねばならなくなりました。要求される数量と現生産量とのギャップは大です。いかにして大量生産が飛躍的になされうるやの問題は自然科学と社会科学の全成果を必要とします。学的頭脳のない人間にけっしてこのような大きな問題を解決することはできません。我々は社会科学の学徒です我々の戦時において果たすべき学的使命は実践においてこそ真に大であります。しかし今は、学徒は指揮官として戦争に必要なのです。政府はこのさい社会科学者を大々的に動員して国家の計画を立てさすべきです。今の政治家に何を望めましょうか。学者こそ今や第一線に立つ時です。イギリスの統制経済の親玉は名にしおう理論経済学の大御所ケインズであります。

我々はあらゆる情熱に燃えて国家の実践に役立つべき学の追及に従わんと考えていましたが、こうなっては後を老朽のかたがたに任さなければなりません。

彼らの頭脳に国家の前途は託されています。彼らこそ真に国家の運命を担う責任を自覚して新たに学問の道を知るべきです。国家も文化も皆国内に残る人々が担わなければなりません。しだいに文化意思が低下してゆく現状を盛り立てていくのは誰でしょう。かつてのインテリ階級は何をしているのか、彼らに国家の大きな問題にぶつかって行く強き意思ありや。お父さん、我々こそ新しき時代の担い手です。いつの日にかふたたび学に還るの日こそ我々の雄図は実現に向かうでしょう。

・・(後略)・・

(出典:岩波文庫版 P.231~234 太字ゴチックは引用者=わたしによるもの)


全文を引用したところだが、かなり長文の手紙なので、手紙のなかほど三分の一を再録した。

これだけの深い認識をもっていた優秀な20歳(!)の学生が、自然科学ではなく社会科学専攻であったため21歳で散華(さんげ)して海の藻屑と消えていったという事実、まことにもって悔しく、悲しみにに耐えないことである。

手紙のなかにケインズ(1883~1946)の名前がでてくるが、この手紙が書かれた昭和18年(1943年)当時、近代経済学の大御所ケインズは、なんと現役の経済学者として生存中であったのだ! 30年前に学生時代を過ごしたわれわれの世代にとっては、すでに仰ぎ見るべき大経済学者の名前であったのだが。さすが東京商大である!

板尾氏の手紙はもう一通収録されている。同窓の友人にあてて書かれたものだ。そちらのほうがより明確にホンネが吐露されている。

・・(前略)・・俺たちにもいずれ順がまわってくる。
どうかおれたちが何百万死のうとも、ひるまずにぜひ優秀な研究をなしとげ、敵の科学力を圧倒してくれ。
戦は科学と物量が決する。これが俺たちの信念だ。
ではまた。

(出典:岩波文庫版 P.236 太字ゴチックは引用者=わたしによるもの)

じつは、かの有名な『きけわだつみの声』は第一集と第二集をつうじて、この板尾興一氏の文章しか読んだことがない。なぜなら、わたしは東京商科大学(=東京商大)の後身である一橋大学の卒業生だから、それ以外の文章に親しみを感じないからだ。

『きけわだつみの声』いついては戦争について書き続けているノンフィクション作家・保阪正康氏の著作『「きけわだつみのこえ」の戦後史』によって、その編纂者の左翼的エリート主義性をつぶさに知って以来、距離をおいて見ているのだが、この板尾氏の文章だけは別である。その理由は上記に記したとおりだ。

「われわれは社会科学の学徒です」というフレーズを教えてくれたのは、在学当時に一橋寮で同室だった、いまは亡きS君であるが、それ以来わたしはこのフレーズをそらんじて自分がやるべきことの指針としてきた。その当時はカッパブックス版であったと思う。

学徒出陣から70年、すでに生存する関係者も90歳を越している。しかもTV報道によれば、学徒出陣壮行会が行われた神宮外苑競技場(・・現在の国立代々木競技場)は、2020年の東京オリンピック会場の立替のため慰霊碑は移転を余儀なくされるという。

直接の当事者ではない我々以下の世代が、学徒出陣については語り継いでいかねばならないのである。英霊たちに合掌。


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PS 商大生で戦死した板尾興市(いたお・こういち)氏は高島善哉ゼミ出身であった

『高島善哉 研究者への軌跡ー孤独ではあるが孤立ではない』(上岡 修、新評論、2010)によれば、商大生で戦死した板尾興市(いたお・こういち)氏は高島善哉ゼミ出身であったらしい。高島教授は、戦死した学生のことを悼んでいたという。また、おなじく海軍士官となりながら戦死を免れたのは、おなじ高島ゼミ出身の村上一郎氏であった。


(2022年2月19日 記す)


<関連サイト>

学徒出陣 (YouTube)
・・昭和18年10月21日に行われた文部省主催出陣学徒壮行会。土砂降りの雨、カメラアングルにも注目。壮行会に流れるのには「抜刀隊行進曲」。なぜこれほど悲壮感あふれる短調のリズムなのかという思いに駆られる。涙なくして見ることのできない映像と音楽。「抜刀隊」は陸軍分列行進曲。明治10年の西南戦争の田原坂の激戦に投入された旧会津藩士を中心とした選抜隊をテーマに明治18年につくられた曲である。ここにもまた会津落城の悲劇と大東亜戦争の敗戦という悲劇がかさなってくる


<ブログ内関連記事>

書評 『昭和16年夏の敗戦』(猪瀬直樹、中公文庫、2010、単行本初版 1983)-いまから70年前の1941年8月16日、日本はすでに敗れていた!

『大本営参謀の情報戦記-情報なき国家の悲劇-』(堀 栄三、文藝春秋社、1989 文春文庫版 1996)で原爆投下「情報」について確認してみる

「敗戦記念日」のきょう永野護による 『敗戦真相記』(1945年9月)を読み返し「第三の敗戦」について考える

書評 『「くにたち大学町」の誕生-後藤新平・佐野善作・堤康次郎との関わりから-』(長内敏之、けやき出版、2013)-一橋大学が中核にある「大学町」誕生の秘密をさぐる

書評 『西郷隆盛と明治維新』(坂野潤治、講談社現代新書、2013)-「革命家」西郷隆盛の「実像」を求めて描いたオマージュ

「聖徳記念絵画館」(東京・神宮外苑)にはじめていってみた(2013年9月12日)

書評 『ワシントン・ハイツ-GHQが東京に刻んだ戦後-』(秋尾沙戸子、新潮文庫、2011 単行本初版 2009)-「占領下日本」(=オキュパイド・ジャパン)の東京に「戦後日本」の原点をさぐる
・・1964年の東京オリンピックを前に国立競技場となった場所に「ワシントンハイツ」が存在した


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2013年8月29日木曜日

キング牧師の "I have a dream"(わたしには夢がある)から50年(2013年8月29日)ー ビジョンをコトバで語るということ

(wikipedia より。"I have a dream"演説をするキング牧師)

本日(2013年8月28日)は、黒人解放運動のリーダーであったキング牧師の名言 "I have a dream" (わたしには夢がある)から50年となる記念すべき日です。

1963年8月28日、キング牧師(=マーティン・ルーサー・キング・ジュニア: 1929~1968)は、「ワシントン大行進」において演説を行います。その後半で、"I have a dream" (わたしには夢がある)というフレーズがなんども繰り返されるのです。

人種差別のない世界を夢見て表現した名文句としてよく知られています。わたしはすでに生まれていましたが、もちろん幼児でしたので残念ながら当時の記憶はありません。

同時代のアメリカ大統領ジョン・F・ケネディの就任演説もまた名言をのこしています。Ask not what your country do for you, ask what you can do for your country. (国があなたにしれくれることではなく、自分が国のために何ができるか尋ねてほしい)。これは1961年のものです。

ケネディーもまたアメリカでは歴史上初のカトリックの大統領です。しかもアイルランド系です。WASP(=ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)といわれる支配階層以外の出身者なのです。歴史的な一歩前進であったわけですね。

理想肌のリーダーが多数存在した時代は、また現実の過酷さがきわめて厳しい時代でもありました。現代もまた現実の過酷さが日に日に増していますが、はたして理想肌のリーダーはどれだけいるのでしょうか?

理想肌で改革派の人たちはかつてリベラルといわれてましたが、現在ではネガティブなイメージがついてしまっているのは残念なことです。リベラルとはもともと「自由主義」を意味するコトバなのですが・・・


キング牧師の名言の効果

理想をビジョンとして視覚的に把握し、それをコトバにして自分の声で相手の聴覚に訴える

聴衆はそのコトバでビジョンを視覚的にイメージし動かされる。人を動かすコトバはまた人から人へとリレーされながらおおきく拡がっていく

とくにキング牧師の名言はそのメカニズムをおおいに発揮しているといってよいでしょう。


(wikipedia より。「ワシントン大行進」におけるキング牧師)

"I have a dream"と言い、その夢の中身を述べ、またさらに"I Have a Dream"と繰り返して夢の中身をさらに具体的に述べなんどもなんども同じフレーズを繰り返して、聴衆の耳に訴え、記憶に残るようにしむけるレトリックですね。


「兄弟」という水平意識が理想形態

20歳代の終わりにアメリカに留学していたときのことですが、キャンパスではしばしば黒人から声をかけられたものです。わたしもまたアメリカにおいては黄色人種のアジア人であったからでしょう。

黒人学生たちからの呼びかけは "Hi Bro !" というフレーズ。ブロー(bro)とはブラザー(brother)の略ですので、「よお、兄弟!」とでもなるのでしょう。親しみを込めた呼びかけですね。

兄弟や姉妹という水平的な関係、これは人間関係としてはもっとも心地よい距離感のある関係でしょう。上下関係ではない、"All men are created equal"(すべて人間は平等につくられた)という理念を反映したものです。

カトリック教会が、修道士をブラザー(兄弟)、修道女をシスター(姉妹)と呼んできたのはそういう関係を示しているわけです。絶対者である神のもとでは、人はみな平等であるのだと。実際がどうであるかはさておいて。

米国ではどこの大学にもフラタニティー(fraternity・・女子はソロリティ sorority)という親睦組織がありますが、は中世ヨーロッパのフラテルニタス(=兄弟団)に由来するものです。ΦΒΚ(ファイ・ベータ・カッパ)など、ギリシア語の大文字3語で表記されていますが、秘密結社の名残でしょう。

フランス革命の理念である「自由・平等・博愛」の『博愛」は「友愛」ともいいますが、フランス語でフラテルニテ(fraternite)といいます。ラテン語のフラテルニタスからきたものです。

はたして現在のアメリカでは黒人も白人もみな「兄弟」となれたのでしょうか? 

MBAの人事管理の授業でアファマティブ・アクションについてディベートをすることになり、黒人学生と組むことになりました。アファマティブ・アクションとは、少数派が不利を是正するために行われる措置のことです。

アファマティブ・アクションは差別是正のためには必要悪だがまだ不可欠な存在だというのがわれわれの立場でした。1990年頃の状況です。

2013年のいま、キング牧師の「夢」はすべて実現したのでしょうか?


非暴力といえば・・・

そういえば、これもまたアメリカ留学中のことですが、サンフランシスコでアメリカ人と会話しているときに話題が非暴力(Non-violence)に及んだことがあります。リベラルな風土のサンフランシスコならではということもあったことでしょう。

「非暴力といえばマハトマ・ガンディーだ」とわたしが言うと、そのアメリカ人は「いやまず思い浮かべるのはマーティン・ルーサー・キングだ」と返してきました。日本人とアメリカ人の歴史感覚の違いかもしれません。

キング牧師とはそういう存在としてもアメリカ人の記憶に焼き付いているのです。

2013年のいま、キング牧師の「夢」はすべて実現したのでしょうか?


(wikipedia よりキング牧師)



"I Have a Dream" キング牧師演説から50年、オバマ大統領も式典に (2013年8月29日)

Greeks Celebrate Brother and Sisterhood
Greeks という総称でフラタニティ(fraternity)とソロリティ(sorority)について。わが母校の RPI のホームカミングデーのサイトに一覧紹介がある。ここでいう Greeks にはギリシア人という意味はない。





『感動する英語』(近江誠、文藝春秋、2003)には、キング牧師の演説などの英文対訳と解説がある



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