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2011年11月15日火曜日

「TPP」 という 「めくらましコトバ」 にご用心!


(煽りイカ)

 「バスに乗り遅れるな!」というセリフを、また耳にするようになってきました。

 「バスに乗り遅れるな!」というのは、わたしが子どもの頃よく耳にした表現ですが、そのココロは「ぼやぼやしてるバスは走り去ってしまいますよ、あなたのことなど待ってませんよ」といことですね。比喩的な表現ですね。

 これがまたゾロでてきたわけですね。

 「TPP というバスに乗り遅れるな。これが終バスだ」という脅しというか、煽りというか、まさに二者択一によるイエスかノーかという扇動そのものです。冒頭の写真に掲げた「アオリイカ」ではありませんが、この「煽りイカども」がっ、と罵りたくなります(笑)

 冗談はさておき、「TPP問題」が国内を二分する状況になってきています。

 この問題は立場によって、まったく異なるスタンスをとることになるので、そもそも世論を統一することじたいが難しいものがあります。マスコミが色分けするように、ただたんに経済界と農業界との対立に矮小化するのはきわめて危険です。

 「TPP」については、総論ではなく、業界ごと、業種業態ごと、地域ごと、事業主体ごと、あるいは国民一人一人ごとについて、こまかくメリットとデメリットを見ていかないとあまり生産的な議論はできません。

 「総論賛成、しかし各論反対」あるいは「総論反対、しかし各論賛成」といった不毛な議論に陥りがちだからです。


■TPPって、そのそも何の略語でしょう?

 ここでは、「TPP」の中身についてはさておき、「TPP」というコトバそのものにまつわる問題点を指摘しておきましょう。

 まず「TPP」は英語の略語ですが、正式名称を言える人間は果たしてどれだけいるのでしょうか?

 「環太平洋経済協定とかいっているから、P は太平洋の Pacific だろう。さて最初の T は? 最後の Pは何だろう?」というのが、比較的英語のできる人の反応でしょう。

 わたしもじつは知らなかったので、調べてみました。

 「TPP」とは、Trans Pacific Partnership の略称のようです。直訳すれば「環太平洋パートーナシップ」。経済のけの字もでてきませんね。"悪名高き" 米通商代表部(USTR)のウェブサイトには、以下の定義が掲載されています(・・2011年11月14日現在)。ここで"悪名高き" とあえて書いたのは、1990年代のクリントン政権時代の「スーパー301条」のごり押しを思い出していただきたいからです。

The Trans-Pacific Partnership (TPP) Agreement is an Asia-Pacific regional trade agreement currently being negotiated among the United States and eight other partners. The United States’ TPP negotiating partners are Australia, Brunei, Chile, Malaysia, New Zealand, Peru, Singapore, and Vietnam.

(私訳)環太平洋パートナシップ(TPP)アグリーメントは、アジア太平洋地域の貿易通商協定で、米国と8つのパートナー諸国とのあいだで現在交渉中のものの一つである。米国の TPP交渉パートナーは、(ABC順に)オーストラリア、ブルネイ、チリ、マレーシア、ニュージーランド、ペルー、シンガポールおよびベトナムである。

 アジア諸国で交渉に参加しているのは、ブルネイ、マレーシア、シンガポールとベトナムのみ。オーストラリアとニュージーランドはアジアに入れるかどうかは検討の余地があります。

 これで環太平洋というのは、すくなくともアジア側にかんしていえば「羊頭狗肉」ではないでしょうか? 

 あるいは「希望的観測」というべきかもしれません。これに日本が加われば、たしかにアジアという色彩もでてきますが、中国も韓国もインドネシアもタイも交渉参加していないの現状からいえば「羊頭狗肉」と言わざるを得ないでしょう。


■「TPP」 は 「BSE」と同様に「めくらましコトバである

 わたしがもっとも違和感を感じるのは、TPPの内容もさることながら、マスコミが使用する日本語についてです。

 「TPP」を報道するマスコミ各社は、あきらかに間違っている日本語を意図的に使用しています。

 具体的に言いましょう。野田首相が APEC でTPP参加を表明する直前まで、マスコミは「賛成派」に対して「慎重派」という二分法の表現を使い続けていました。

 「賛成派」の対語は「反対派」だったのではありませんか? 「慎重派」の対語は「推進派」でしょう? 違いますか?

 「賛成派」に対して「慎重派」という存在は、アンケート結果では通常、広い意味の「賛成派」として一括することのあるカテゴリーわけです。狭い意味では「賛成派」が●%、広い意味での「賛成派」が◎%といったような使い方ですね。

 したがって、「慎重派」というコトバからは、全体の「空気」は「賛成派」であり、時間がたてば「慎重派」は「賛成派」に収斂(しゅうれん)されるというニュアンスを醸し出そうとしているのではないかと勘ぐりたくなるのです。あきらかに「反対派」が存在するのにかかわらず、あえて「見える化」を避けているような印象。

 「賛成派」の対語は「反対派」、「慎重派」の対語は「推進派」でしょう?

 日本語をゆがめてまでも、なんとか「TPP」を推進しようという姿勢には、世論論操作の匂いを感じるのは、わたしだけではないでしょう。なにか不信感さえ感じませんか?

 わたしは「国語」の教師ではありませんが、「賛成派」の反対語を述べよという設問で、「慎重派」と回答した生徒には、当然のことながら×(バツ)をつけます。「賛成派」の反対語は「反対派」だからです。

 ただしい対語表現はまとめると以下のようなものでしょう。「国語」の授業を思い出してみましょう。

「賛成派」 ⇔ 「反対派」
「推進派」 ⇔ 「慎重派」
「積極派」 ⇔ 「消極派」

 「TPP」という略語表現には「BSE」と似た匂いを感じます。

 「狂牛病」(mad cow desease)という、強烈なイメージをともなった、きわめて明解な表現を葬り去って「BSE」という専門用語だが、一般的な英語人ですら意味のわからない略語に置き換えて報道を続ける姿勢にも似た「いかがわしさ」の匂いです。

 「BSE」という略語については、スワイン・フルー-パンデミック、すなわち感染症の爆発的拡大における「コトバ狩り」についてという記事に書きましたのでご参照くださると幸いです。

 「TPP」も「BSE」も、略語のもとの英語まで知っていなければ、いやもし知っていたとしても、一般人には何のことかさっぱりわかりません。その意味では「TPP」もまた「めくらましコトバ」以外の何者でもありません。

 かつて思想家の鶴見俊輔は、大東亜戦争中に流行した「八紘一宇」などの表現をさして「お守りことば」と名づけて用心することを促しました。

 意味もよくわからないまま、そのコトバを使用することで、何か発言したような気分になり、その時々の時流に合わせることで、世の中から後ろ指をさされることがないのが、鶴見俊輔のいう「お守り言葉」です。スローガンには気をつけろ!-ゼークト将軍の警告(1929)をご参照いただきたいのですが、「お守り言葉」は、ある意味では「めくらまし」コトバと同じ機能をもっていますね。

 こういった「めくらまし」コトバや、明らかな日本語の誤用には、批判的に対応しなければならないことは言うまでもありません。

 そうでなくても、あいまいなものをあいまいなままにして、わかった気分にさせてしまう日本語。中身を吟味することなく「空気」というムードだけで、いい悪いを論じることほど、愚かでかつ危険なことはありますまい。

 あなたはTPPの
 「賛成派」ですか? 
 「反対派」ですか?
 「推進派」ですか?
 「慎重派」ですか?
 「積極派」ですか?
 「消極派」ですか?

 それとも
 「無関心派」ですか?

 まさに「愚問」ですね(笑)



<ブログ内関連記事>

スワイン・フルー-パンデミック、すなわち感染症の爆発的拡大における「コトバ狩り」について
・・めくらましとしてのローマ字略語は、狂牛病というわかりやすいコトバを隠蔽し、BSE(?)といういかにも専門用語で語るやり口に酷似

スローガンには気をつけろ!-ゼークト将軍の警告(1929年)
・・スローガンや鶴見俊輔のいう「お守りことば」には要注意。「意味もよくわからないまま、そのコトバを使用することで、何か発言したような気分になり、その時々の時流に合わせることで、世の中から後ろ指をさされることがない「お守り言葉」。 

書評 『未曾有と想定外-東日本大震災に学ぶ-』 (畑村洋太郎、講談社現代新書、2011)
・・「未曾有」と「想定外」というコトバもまた、専門家がクチにする責任回避のコトバ以外の何者でもない 





(2012年7月3日発売の拙著です)










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2009年6月3日水曜日

スローガンには気をつけろ! ― ゼークト将軍の警告(1929年)


 人間精神がこれと抗争してついに徒爾(とじ)に終わるものは、愚昧(ぐまい)・官僚主義および標語の三事である。この三者は、何らかの意味において必要であるという点においても互いに相似ている。・・(後略)・・

 いきなり冒頭からこのような辛辣(しんらつ)な表現で始まるこの論文は、第一次大戦で敗戦後のドイツ参謀本部のトップをつとめ、ヴェルサイユ条約で弱体化させられたドイツ国防軍の再建を果たした知将ゼークト将軍(1866-1936)の著書、『一軍人の思想』(篠田英雄訳、岩波新書、1940)からの引用である。

 徒爾(とじ)とはムダのこと。文体が古くさいのは、戦前の翻訳であるためだ。標語はスローガンと言い換えるとわかりやすい。以下の引用ではすべてスローガンと書き換えておいた。

 ゼークト将軍はいう。

 私の属する軍人社会において、私が特にスローガンを追求して止まないのは、まことに明白な理由に基づくのである。すなわちスローガンは軍人社会においてこそ字義どおりに致命的な結果を招くことがありうるし、また致命的ならざるをえないからである。
 実際かかるスローガンに禍(わざわい)せられて数千の人命が--もとより悪意に出たのではなくて、まったくみずから思考することを欠いたために--犠牲に供せられたのである。
 ゆえに私は、既往の過去よりもはるかに重大な将来に対する責任感に促されて、若干の軍事的スローガンをとってその実質を検討しようと思う。さすれば人もスローガンに従って行動するに先立ち、まずこれに省察を加えるようになるであろう。(p.3)

 こういってゼークト将軍は、第一次大戦後のドイツ社会でクチにされていたスローガンを、ことばの真意がわからぬまま使用されているとして、次々とやり玉にあげてゆく。

 「平和主義」に始り、「帝国主義」、「戦争は他の集団をもってする政治の継続である」というよく引用される軍事思想家クラウゼヴィッツのコトバ、さらには「クラウゼヴィッツ」という名前そのもの、「攻撃戦」、「殲滅戦略か消耗戦略か」、「戦争目標」、と。
 
 最後に、将軍はこう締めくくる。

 私は上述するところにおいて、無数に存在するスローガンの中からわずかに若干を取り上げて、その空虚なる内容を暴露せんとし、また実際にも暴露しえたと思う。しかし世界にはなお無数のかかる幽霊が跳梁(ちょうりょう)しているのである。これに対する唯一の護符(おまもり)はただ一つである、--すなわち『明らかに考えること』がこれである(p.19)


 組織にはびこるスローガン、これは中国共産党や、朝鮮労働党(北朝鮮)、ベトナム共産党だけではない。

 日本企業も、規模の大小にかかわらず、その多くがスローガンに満ち溢れている。

 いやビジネス社会そのものが、こういったスローガン性の強いコトバで充満している。「戦略」、「ビジョン」、「マーケティング」・・・・。

 いったいどれだけの人が、ことばの真の意味を理解した上で使っているのであろうか? 日本企業だけでない、ビジネス「世界にはなお無数のかかる幽霊が跳梁(ちょうりょう)している」(ゼークト将軍)といえる。

 ビジネスパーソンは、ゼークト将軍がいうように、「明らかに考えて」いるだろうか? 

 軍人社会のように、スローガンのために死屍累々(ししるいるい)という光景が、ビジネス世界では「見える化」されていないだけではないのか?

 ところで、哲学者の鶴見俊輔に、「ことばのお守り的使用法について」(1946年)という、日本の敗戦後いち早く書かれた論文がある。 

 そこで鶴見は、ゼークト将軍とほぼ同じようなことをいっている。戦争中は「八紘一宇」、「皇道」、「肇国の歴史」、「国威を宣揚する」・・・。敗戦後も「民主主義的」「自由」・・・。戦前も戦後も、これらの空疎な漢字熟語が「お守り言葉」として使われていた。

 意味もよくわからないまま、そのコトバを使用することで、何か発言したような気分になり、その時々の時流に合わせることで、世の中から後ろ指をさされることがない「お守り言葉」として。 

 ドイツ参謀本部のトップであったゼークト将軍は「上から目線」で、第二次大戦中、軍属として海軍に徴用され、インドネシアのジャカルタで通訳官として海軍に勤務していた鶴見俊輔は「下から目線」で。当時オランダ植民地であった東インドには、日本軍が進駐していた。

 視線の違いはあれ、しかもまた合理主義精神の強いドイツと、非合理的精神のはびこりがちな日本という違いはあれ、軍隊という巨大官僚組織での経験が、同じ発想にたどりつくこととなったのであろう。

 軍隊や官庁だけでなく、企業組織もまたその構成員を同じ方向に向かわせるためのスローガンを必要とする。スローガンは必要だが、コトバだけが先行してしまうと・・・

 「経営理念」も、スローガンの一つと化してしまってはいないだろうか?

 スローガンには気をつけろ!--これは21世紀の現在も古びない至言である。肝に銘じたい。



*引用文の旧字体は新字体に、漢字の一部はひらかなに直した。また篠田訳の「標語」はすべてスローガンと転記した。『一軍人の思想』(篠田英雄訳、岩波新書、1940)の原著は、Hans von Seekt, Gedanken eines Soldaten, 1929


PS 岩波新書から『一軍人の思想』が復刊!

『一軍人の思想』(ゼークト、篠田英雄訳、岩波新書、1940)が2018年に復刊! 本文にも書いたようにカント哲学の翻訳者である篠田氏の日本語は読みにくいが、それでも日本語で読める価値は大きい。この機会にぜひ購入しておくことをすすめたい。(2018年5月27日 記す)



                   
<ブログ内関連記事>

二・二六事件から 75年 (2011年2月26日)
・・「尊皇討奸」などのスローガン先行のクーデターはクーデター後の設計図を著しく欠いていた

書評 『新大東亜戦争肯定論』(富岡幸一郎、飛鳥新社、2006)
・・「大東亜共栄圏」や「聖戦」などスローガン先行の総力戦の結果は?

「主権在民」!-日本国憲法発布から64年目にあたる本日(2011年5月3日)に思うこと
・・コトバと実体の乖離(かいり)がこの理念にも

クレド(Credo)とは
・・コトバとしての理念が内面化され、行動として体現されているか問い続けよ!

書評 『岩倉具視-言葉の皮を剝きながら-』(永井路子、文藝春秋、2008)・・歴史用語という決まり文句を使うことは、その時点で思考停止状態をもたらすだけだ。多くの歴史家がそのワナにかかっている。著者は「言葉は虚偽の衣装を身に纏う曲者(くせもの)である」という考えのもと、「尊皇攘夷」、「佐幕」、「王政復古」、「明治維新」といった歴史用語をいっさい使用せず・・

What if ~ ? から始まる論理的思考の「型」を身につけ、そして自分なりの「型」をつくること-『慧眼-問題を解決する思考-』(大前研一、ビジネスブレークスルー出版、2010)
・・つねに疑問をもて!問い直せ!
                 

* 文意を明確にし、読みやすくするために、行替えを行うなどのほか、加筆修正を行って手を入れた(2011年5月17日)

「TPP」 という 「めくらましコトバ」 にご用心!

書評 『日中戦争はドイツが仕組んだ-上海戦とドイツ軍事顧問団のナゾ-』(阿羅健一、小学館、2008)-再び繰り返される「中独合作」の原型は第一次世界大戦後にあった
・・ゼークト将軍こそ、中国国民党へのコミットメントを協力に推進した中心人物である

(2015年10月2日、6日 情報追加)


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