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2009年8月11日火曜日

「海軍神話」の崩壊-"サイレント・ネイビー"とは"やましき沈黙"のことだったのか・・・

(第2回放送 特攻 "やましき沈黙")


           
 本日まで3夜連続で放送されたNHKスペシャル『海軍400時間の証言』は、最近のNHKにしては実に内容のある番組だった。製作担当者の執念、気迫が伝わってくるものがあった。同じNHKによる『JAPANデビュー』と比べると雲泥の違いである(・・ブログの該当項目を参照)。

 第一回「開戦 海軍あって国家なし」(2009年8月9日放送)についてはすでに感想を記した。第二回「特攻 やましき沈黙」第三回「戦犯裁判 第二の戦争」を見終わっての感想を記してみたいと思う。

 タイトルにした「サイレント・ネイビー」とは、海軍はその行為についてはいっさい弁明をしないという、男の美学のようなものである。かつて一世を風靡したCMの名文句「男は黙ってサッポロビール」の三船敏郎みたいなものといってよいだろうか。


「やましき沈黙」がつくりあげた「海軍神話」

 しかし、第二回の放送で、「海軍反省会」のある参加者が海軍による特攻作戦についてこういう述懐をしていると紹介された。「(・・それは結局)やましき沈黙」だったのである、と。

 第二回放送では、特攻作戦を、敗戦後特攻隊員に詫びるために割腹自決した、神風特攻隊の生みの親であったとされる大西瀧治郎中将ひとりの責任に帰さしめ、大西中将以前から(!)人間魚雷回天、桜花などの特攻兵器の開発を推進していた海軍軍令部のエリート参謀たちは、上層部に責任が及ぶことを回避することに成功したことを明らかにした。

 第三回放送では、戦犯裁判から組織トップを守るために、占領軍の目をかいくぐって行われた秘密工作が明らかにされる。


 海軍は弁明しなかったのではない。弁明すべき事実関係を組織の総力を挙げていっさい隠蔽し、組織の存続をかけて戦犯裁判を有利にすすめる秘密工作を行っていたのだ。

 そしてBC級戦犯で死刑になった将兵の犠牲の上に、組織のトップを守りぬいた

 たしかに組織のためには見事な作戦であったとはいえる。しかし、これは美談といえる筋のものか?

 海軍のトップエリートであった海軍軍令部の参謀たちは、そんなことのために、その優秀な頭脳を使ったのだろうか?


 戦後日本でばらまかれてきた海軍にまつわるイメージは、いわば「海軍神話」といってもいいだろう。

 いわく海軍首脳部の一部は敗戦前から秘密裏に「終戦工作」を行った平和志向の持ち主であった、海軍は合理精神を尊ぶ組織である、海軍は戦争を主導したのではない、海軍は・・・海軍は・・・

 実に見事なイメージ戦略である。戦後日本社会で形成された海軍のイメージはことごとく美化されたものであった。あえて強くいえば、限りなく捏造に近いものもあったといっても言い過ぎではないだろう。

 まさに「省益あって国家なし」、若く優秀な学徒出身将校を特攻作戦で死地に追いやりながらも、自分たちは懺悔することもなく戦後のうのうと生き延びてきたエリートたちに、この国の問題が集約的に表現されていることをあらためて確認する思いがする。

 日本人として恥ずかしい。


西欧近代をモデルに構築した大日本帝国海軍もまた・・・

 明治維新政府は、西洋近代文明の構成要素の一つである近代軍隊制度を導入するにあたって、薩摩が中心となった海軍は海洋帝国であった大英帝国のロイヤル・ネイビーをモデルに、一方、長州を中心とする陸軍は当初はフランス共和国から、ついでプロイセン王国が中核となったドイツ帝国をモデルに設計した(・・徳川幕府は海軍は長崎においてオランダに学び、陸軍はフランスから軍事顧問団を招いて整備したという前史がある)。

 できあがった組織は、いくら西洋近代の制度を導入したとしても、構成するメンバーが日本語を話す日本人である以上、組織風土においても日本的なものが支配したのは当然といえば当然かもしれない。「世間論」の阿部謹也流にいえば、「近代制度は導入しても、"人間関係の近代化"はいまだ完成していな」かった。

 戦争捕虜にかんする「ジュネーヴ条約」を批准していなかったとはいえ、日露戦争の際は国際的にも賞賛される扱いをした日本である。しかし、その同じ日本海軍が・・・

 「空気」が支配する組織。もちろん上意下達が組織原則の軍隊であるが、参謀組織は知的生産に従事する部門であり、忌憚のない議論をぶつけあうことが不可欠とされる。しかしその組織内では大きな声を出したものが作り出す「空気」が支配していたという事実。すでに山本七平が指摘したことであるが、恐るべきことではないか。


海軍エリート将校たちはいかにして極刑を免れたか

 せっかくの機会だから、「極東国際軍事裁判」(The International Military Tribunal for the Far East 通称「東京裁判」)で有罪判決を受けたA級戦犯の判決について一人一人確認しておこう。煩瑣になるが、以下がそのリストである。じっくり見ていただきたい。なお、軍人はすべて職業軍人である。インターネット上の資料を参考にあらたに作成してみた。

 BC級戦犯については放送によれば海軍関係の将兵が200名死刑判決が出て処刑されたという。調べていないのでわからないが、BC級戦犯にかんしても陸軍関係者のほうが圧倒的に多いはずだろう。

 ●は陸軍軍事、▲は海軍軍人、■はシビリアン(=非軍人)である。▲の海軍軍人の少なさに注目していただきたい。


1. 絞首刑(Death by Hanging)
●板垣征四郎 陸軍大将:陸軍大臣(第1次近衛内閣・平沼内閣)、満州国軍政部最高顧問、関東軍参謀長。 罪状:中国侵略・米国に対する平和の罪
●木村兵太郎 陸軍大将:ビルマ方面軍司令官、陸軍次官(東條内閣)。 罪状:英国に対する戦争開始の罪
●土肥原賢二 陸軍大将:奉天特務機関長、第12方面軍司令官。 罪状:中国侵略の罪
●東条英機 陸軍大将:第40代内閣総理大臣、関東軍憲兵隊長。 罪状:ハワイの軍港・真珠湾を不法攻撃、米国軍隊と一般人を殺害した罪
●武藤 章 陸軍中将:第14方面軍(フィリピン)参謀長。 罪状:一部捕虜虐待の罪
●松井石根 陸軍大将:中支那方面軍司令官(南京攻略時)。 罪状:捕虜及び一般人に対する国際法違反(いわゆる南京大虐殺)
●広田弘毅(文民):第32代内閣総理大臣。 罪状:近衛内閣外相として南京事件での残虐行為を止めなかった不作為の責任

2. 終身刑(Imprisonment for Life)
●荒木貞夫 陸軍大将:陸軍大臣
●梅津美治郎 陸軍大将:関東軍総司令官(獄中死)
●大島 浩 陸軍中将:駐ドイツ全権大使、日独伊三国軍事同盟締結
岡 敬純 海軍中将:海軍次官
■賀屋興宣(文民):大蔵大臣
■木戸幸一侯爵(文民):枢密院議長
●小磯国昭 陸軍大将:内閣総理大臣、朝鮮総督府総監。獄中死
●佐藤賢了 陸軍中将: 陸軍省軍務局長
嶋田繁太郎 海軍大将:海軍大臣
■白鳥敏夫(文民):駐イタリア大使(獄中死)
●鈴木貞一 陸軍中将:企画院総裁
●南 次郎 陸軍大将:関東軍司令官
●橋本欣五郎 大佐:日中戦争扇動者(major instigator of the second Sino-Japanese War)
●畑 俊六 陸軍元帥:陸軍大臣
■平沼騏一郎男爵(文民):内閣総理大臣
■星野直樹(文民):満洲国総務長官

3. 有期禁錮
■重光葵 (7年):文民(7 years imprisonment)
■東郷茂徳 (20年):文民(20 years imprisonment)

4. 判決前に病死
永野修身:海軍元帥 (1947年1月5日没)
■松岡洋右:文民、外相、満鉄総裁 (1946年6月27日)

5. 訴追免除
■大川周明(文民):政治思想家 (精神障害が認められて訴追免除)


 「極東国際軍事裁判」については、勝利者である戦勝国による敗戦国を一方的に裁いた裁判である、という意見も根強いが、今回放送された海軍首脳部の行動を見る限り、日本人が自主的に裁判を実行し得たかどうかについては疑問が残る。

 死刑判決を回避することに成功し、終身刑判決となった、開戦時の海軍大臣・嶋田繁太郎海軍大将は講和条約成立後3年で釈放された、という。

 また、だから陸軍のほうが誠実だったなどというつもりも毛頭ない。

 戦後財界や戦後政界で幅をきかせた人たち、なかでも中曽根康弘(学徒出身の元海軍主計少佐)に代表される政治家や、阿川弘之(学徒出身で海軍予備学生として海軍大尉)いった作家が、あらゆる機会をつうじて「海軍神話」をばらまいてきた。だが、彼ら自身は職業軍人によって形成されていた海軍首脳ではない

 本当のインナーサークルの人間ではないこれらの人物たちがばらまいてきた「海軍神話」、そういう意図があったかどうかは別として、本当に罰せられるべきであった戦争責任者が戦後のうのうと生き延びるための「隠れ蓑」を提供してきたことになったといっても言い過ぎではないのではないか。

 もちろん、海軍全体が悪かったのだなどと主張するつもりはまったくない。


日本の巨大官僚組織における宿痾(しゅくあ)

 死者を鞭打たないのは、日本人としての倫理であり美風であるが(・・これは、祖先の墓まで暴くという中国人とはまったく異なる美風だ)、海軍による組織存続を第一目的とした、組織をあげての隠蔽工作には、しかしながら、正直いって何とも釈然としないものを感じている。

 海軍だけではない。すべての組織に発生しうる問題である。海軍もまた例外ではなかった、ということか・・・

          
PS 2014年8月にNHKスペシャル『海軍400時間の証言』の番組内容を単行本化した『日本海軍400時間の証言-軍令部・参謀たちが語った敗戦』の文庫版が出版された。 (2014年8月11日 記す)


PS 読みやすくするために改行を増やし、あらたに小見出しを加えた。加筆を行った箇所があるが、内容にはいっさい手は加えていない。あらためてこの問題が大企業を含む日本の巨大官僚組織の宿痾(しゅくあ)であるか痛感している(2015年3月28日 記す)



<関連サイト>

「日本海軍400時間の証言」
・・NHKオンデマンドにて視聴できます(有料)


<ブログ内関連記事>            

NHKスペシャル『海軍400時間の証言』 第一回 「開戦 海軍あって国家なし」(2009年8月9日放送)

書評 『「空気」と「世間」』(鴻上尚史、講談社現代新書、2009)

スリーマイル島「原発事故」から 32年のきょう(2011年3月28日)、『原子炉時限爆弾-大地震におびえる日本列島-』(広瀬隆、ダイヤモンド社、2010) を読む


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