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2009年8月9日日曜日

NHKスペシャル『海軍400時間の証言』 第一回 「開戦 海軍あって国家なし」(2009年8月9日放送)


NHKスペシャル『海軍400時間の証言』が3夜連続で本日から放送されている。
 今夜は、その第一回「開戦 海軍あって国家なし」であった。

 太平洋戦争開戦については、陸軍が強硬に開戦を主張し、海軍は流れに巻き込まれた、という説が長らく流布してきた。
 その事実自体は否定はできないが、開戦にいたるまでの意志決定がいかなるものであったのか、それを明らかにする貴重な資料が発掘されたらしい。
 今回のNHKスペシャルはその資料を詳細に分析した成果である。

 放送によれば、海軍で作戦立案と指導を行ったトップエリート集団「海軍軍令部」の元メンバーが、戦後35年たった1980年(昭和55年)から月一回水交社に集まり、「海軍反省会」という会合を11年にわたって秘密裏に行っていたらしい。その録音テープが発見されたというのだ。録音時間は全部で400時間に及ぶという。
 海軍がなぜ戦争に突入し、敗北するに至ったのか、同じ過ちを繰り返さないことを目的に、自由な討論を行うことを目的とした会合であったという。
 このため内容は絶対非公開とし、今日までいっさい明らかにされてこなかった。

 放送で紹介された討論内容を視聴するかぎり、かなり突っ込んだ腹蔵のない議論が行われている。音声テープからは元海軍エリート参謀たちのナマの肉声を聞くことができる。
 そのなかで明らかにされてきたのが、本来作戦立案が仕事だった「軍令部」がいかに権力を握ったか、そしてその結果、統帥権の傘のもと巨大組織全体を牛耳り、軍艦の保有総数を制限した「ワシントン軍縮条約」を破棄して軍拡競争に走り、ついには太平洋戦争に突入するにいたった経緯である。軍令部総長に宮様が9年間もいたことが、組織にとって大きな問題であったことが示唆される。
 海軍は開戦には消極的であった。しかしその姿勢では、強硬派の陸軍や右翼が起こす可能性のある内乱に巻き込まれる可能性がある。海軍という組織を守るためには開戦に踏み切らざるを得ない。これがその当時、軍令部を支配した「空気」であったようだ。
 テクノロジーのかたまりである軍艦と航空機をオペレートする海軍という組織は、本来そのモデルとした英国の合理精神に貫かれた組織であったはずだ。しかし、「空気」が支配する組織であったとは・・・

 兵站、すなわちロジスティクス担当の元中将が、準備不足でとても開戦できるような状況ではなく、開戦には反対したと発言している。実務責任者からみれば作戦計画が机上の空論と写ったのだろう。
 ミッドウェイ作戦に従事することとなった潜水艦部隊の元参謀が、元軍令部参謀に対して、なぜ準備不足のままミッドウェイ作戦を強行したのか?と詰め寄っている。
 それに対する元軍令部参謀の答えは、きわめてあいまいな、言い逃れのような発言で、無責任な響きを感じた。現場と本部との乖離とだけだは済まされないものがあると感じたのは私だけではないだろう。
 このミッドウェイ作戦の失敗にによって、日本は敗戦に向けて坂を転がり落ちていったのだから・・・・

 開戦後も軍令部の要員は増強されず、平時と同じ体制で2倍(?)以上の仕事をこなさねばならなかったという。スタッフ部門は軍隊においては作戦立案というきわめて高度な知的生産を行わなければならない部門だが、実際は脳みそ使った肉体労働であり、いくらタフな軍人でも体力の限界がある。これは知力の限界も意味する。
 なぜスタッフが増員されなかったかについては番組では触れられていなかったのでわからない。
 もちろんそのためだけではないが、作戦指導にかんして長期的な戦略もなく、その場その場の場当たり的な作戦立案しかできなかったことも、敗戦原因の1つにあげられる。そもそもいかなる形で戦争を終わらせるつもりだったのかも明かでない。
 日露戦争の作戦指導と比べると、あまりにもお粗末としかいいようがない。
 まさにある軍令部参謀が述懐したように「海軍あって国家なし」、今風にいえば「省益あって国家なし」か。役人の世界だけでなく、民間企業も陥りがちなセクショナリズムというワナである。

 二度と同じ間違いを繰り返さないために開かれたはずの「海軍反省会」、内容が一般に公開されたのは今回が初めてのようだが、少なくとも後継組織である海上自衛隊にはきちんと教訓が「知識」として伝承されているのだろうか?「組織学習」(organizational learning)がなされているのかどうか?
 番組ではそこまで踏み込んでいなかったので、残念ながらわからないのだが・・・・

 明日10日は、第二回「特攻 やましき沈黙」、明後日11日は第三回「戦犯裁判 第二の戦争」。
 番組が楽しみである。
 と同時に、元軍令部参謀の発言には、おそらく言いしれぬ怒りを感じることとなるのだろう。



<関連サイト>

NHKスペシャル 「日本海軍 400時間の証言 第一回 開戦 海軍あって国家なし」


<ブログ内関連記事>

書評 『「空気」と「世間」』(鴻上尚史、講談社現代新書、2009)

スリーマイル島「原発事故」から 32年のきょう(2011年3月28日)、『原子炉時限爆弾-大地震におびえる日本列島-』(広瀬隆、ダイヤモンド社、2010) を読む
  

P.S. 放送内容が一冊の本となって出版された。タイトルは『日本海軍400時間の証言-軍令部・参謀たちが語った敗戦-』(NHKスペシャル取材班、新潮社、2011)。この本を読んでもういちどこの問題についてじっくり考えてみたい気もする。

 これもまた一つの「失敗の研究」である。とくに「3-11」後の「原発事故」という「人災」を経験したわれわれは、「失敗のパターン」が再び、いや三度か、繰り返されるのをみてなんともいえないやりきれなさを感じるのである。その意味でも、ぜひいまこそ再放送をお願いしたい番組だ(2011年7月15日に記す)





PS 2014年8月に番組内容を単行本化した『日本海軍400時間の証言-軍令部・参謀たちが語った敗戦』の文庫版が出版された。 (2014年8月11日 記す)









(2012年7月3日発売の拙著です)






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