1998年に読んだ本書を、出版から12年たって再読、ざあーっと拾い読みしてみた。
この12年間に二回大きな金融危機が訪れている。1998年は「アジア金融危機」(1997年)の翌年、この年には前年の三洋証券破綻につづき山一証券が破綻して自主廃業、また長銀(=日本長期信用銀行)が破綻している。
そして2009年、サブプライムローン問題に端を発した世界金融危機。
この2つの金融危機を経て、世界はそして日本どうなったか?
『2010年中流階級消失』は、「金融ビッグバン」後の英国で、英国の証券会社に日本人として勤務していた著者が体験し、つぶさに観察した実情を「鏡」にして、日本の行く末を考察した内容の本である。2010年にむけて進行するであろうシナリオにおいて、日本人が敗者とならないための方策を指南した本である。
この本が出版された前は、金融ビッグバンはウェルカム、規制撤廃ウェルカム、そしてホワイトカラーのムダをいかに削減するかという「リエンジニアリング」(re-engineering ・・懐かしい響きだな、マイケル・ハマーさん)が流行していたが、1998年は前年から続いていた金融危機が頂点に達していた年である。
そして、タイトルでもある「2010年」のいまはどうなっているか?
かつて「一億層中流社会」などといわれた時代があったことすら、日本人の記憶から消えようとしている。著者は「日本は10%富者と90%の貧者に大分裂」するといった。1998年当時の英国がすでにそういう状態になっていたからだ。
2010年現在、そこまで極端には二分化していないが、「持てる者」と「持たざる者」の格差は急速に拡大を続けていることは確かだ。 大前研一の『ロウアーミドルの衝撃』(講談社、2006)が出版されたのは2006年であるが、そのなかで大前研一は、日本人の8割がロウアーミドル、すなわち「中の下」以下になっていると警告するとともに、マーケティングの考え方を根本的にあらためなければならない、と主張していた。
この流れのなかに、三浦展の『下流社会』(光文社新書、も含めて良いのだろうか。しかし、三浦展の本については、amazon.co.jp のレビューをみるべし。マーケティング・アナリストを自称する三浦展は、調査データの統計処理がきわめて恣意的で、しかも彼が名指しする「下流」へのあからさまな嫌悪感をしめしており、若者世代の論客である後藤和智からは徹底的に論破されている。『若者論」を疑え! 』(宝島社新書、2008)が徹底的に叩いている。後藤和智の本は必読書。
「格差社会」が流行語となったのは2006年だが、ますます格差は拡大、年収200万円以下の労働者は、労働者全体の約1/4、1,000万人を突破しているだけでなく、生活保護以下の収入レベルのワーキングプアが増大し、貧困問題がクローズアップされるに至っている。
方向性としては、著者の警告どおりとなっている、といわざるをえない。
1998年に読んだとき、もっとも印象にのこったのは、著者自身が序章で書いている、少年時代の回想である。両親が離婚して再婚先の継母にいじめぬけれた話である。著者は1964年生まれ、同世代といってもよい人なのに、こんな厳しい経験をしている人がいるのか、という驚きである。
もちろんこの経験が原動力となって、大学中退後英国で成功をおさめるまでにいたった、ハングリー精神の源ではあるのだが・・・
参考のために、目次を紹介しておこう。
序章 飛行機を手に入れた新聞少年
第1章 日本は10パーセントの富者と90パーセントの貧者に大分裂する
第2章 英国のビッグバンで勝ち残ったのは誰か
第3章 日本人を去勢したものは何か
第4章 中流階級が消失する四つの理由
第5章 大競争時代を支配する10の原理
第6章 資産をつくるための10の基本
第7章 「シミュレーション」2010年の明と暗
終章 日本人よ、群をはなれろ
著者の基本的主張は、「基本は7%の利回りで資産は10年で2倍」という常識である。
運用利回りはものの考え方一つなので、消費の際に7%ディスカウントになるように、積極的にネット通販や金券ショップ、ポイントなどを活用しつくすこともよい。これは実際的なアドバイスである。
本書には、面白いコトバがちりばめられているので、この機会に引用しておこう。
ただし強弱を決めるのは、ノレッジ(知力)、フォアサイト(先見性)、スマート・アクション(賢い行動)、アピアランス(アピール性)、ラック(運)の五点。これらのうち一つでも欠いていれば、淘汰されていった。ビッグバン後に消息を聞かなくなった友人を、私は何人も知っている。(P.20)
英国のビッグバンを経験した私には、その後の10年を観察して、日本は将来、欧米以上に深刻な事態に直面するであろうことがわかる。それはなぜか?国民にリスクをとる気概がないからだ。(P.44)
歴史に倣い、頭を使い、真実を汲み取る――シンプルであるが、これも、上流に仲間入りするための重要な姿勢だ。(P.146)
「無駄な経済」は中流階級とともに消滅する(P.152-153)
狭い世界のひとつ、確率では、起こりうる事象の確率の和は1になることが前提だ。(中略)
しかし、確率がすべてでないことを、社会人になって弱肉強食の世界に飛び込んでから知った。勝者として生き残る確率と、敗者として寂しく消え去って確率を足しても1にならないのだ。そのわけは、次のゲームに参加できないほど、つまり再起不能なまでに没落してしまう人間が存在するからである。(P.334)
参考になっただろうか。
ところで、著者の田中勝博氏のブログを参考までに紹介しようと思って、久々に検索してみたら、なんとお亡くなりになったらしい。
享年47歳、あまりにも早い死である。若い頃のムリがたたったのだろうか。相場の世界で生命をすり減らしたのか。切込隊長BLOG(ブログ) Lead‐off man's Blog 2010年2月19日 を参照。株式投資の世界には深入りしていない私は知らなかった。
ご自身の著書の内容を、著者自身が2010年にどう評価しているのか知りたかったものではあるが、まさか本人も自分が「消失」する事は想定すらしなかったことであろう。株式投資家で経済学者であったケインズは、「長い目でみれば人はみな死ぬ」(Like I said, in the long run - we're all dead.)という有名な警句を吐いているが、出版当時34歳であった著者にとって、2010年は遠い将来の話ではなかったはずだ。人の命はまことにもって儚いものよのう。
この場を借りて、ご冥福をお祈りしたい。合掌。
ハンドル名:たなかよしひろ さん
ブログ・タイトル:田中勝博(たなかよしひろ)の法則 (注:現在閉鎖中)
サイト紹介文:孤独なマーケットの世界から抜け出しませんか・・・たくさんの仲間が待っています。
自由文:迷ったときには、遊びにきてください。迷いから抜け出す『ヒント』をご用意してお待ちしております! http://www.blogmura.com/profile/00364772.html
『次の10年に何が起こるか-夢の実現か、悪夢の到来か-』(Foresight編集部=編、新潮社、2000) - 「2010年予測本」を2010年に検証する(その2)
書評『現代日本の転機-「自由」と「安定」のジレンマ-』(高原基彰、NHKブックス、2009)
『フォーサイト』2010年4月号(最終号) 「創刊20周年記念号 これからの20年」を読んでさまざまなことを考えてみる
月刊誌「クーリエ・ジャポン COURRiER Japon」 (講談社)2010年3月号の特集「オバマ大統領就任から1年 貧困大国の真実」(責任編集・堤 未果)を読む
書評 『超・格差社会アメリカの真実』(小林由美、文春文庫、2009)-アメリカの本質を知りたいという人には、私はこの一冊をイチオシとして推薦したい
なぜいま2013年4月というこの時期に 『オズの魔法使い』 が話題になるのか? ・・英国の「サッチャー革命」は英国の中産階級を崩壊させた
(2014年8月28日、2015年2月27日 情報追加)
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