「説教」といっても、「お説教」の話ではありませんよ。お説教と笑いは両立しないからね・・・。そうじゃなくて、「キリスト教の説教」の話だ。
「説教と笑い」は、敵対関係か、それとも両立しうるのか、これが本日の命題です。
先日3月7日(日)午後、東京カテドラル聖マリア大聖堂で行われた、カトリック東京管区の「司祭叙階式」に参加してきた。大学時代のゼミナールの先輩が司祭(=神父)に叙階されたためだ。新任の司祭の友人ということで資格で列席させていただいただいたわけであるが、カトリック信者でない私には一生に一回あるかないかという、たいへん貴重な経験となった。
モダニズム建築の代表的建築家・丹下健三が設計し、1964年に完成したコンクリート打ちっ放しの大聖堂のなかには人があふれ、開始時間ギリギリに入った私だけでなく、実に多くの人たちが立ったまま叙階式に参列したのであった。公式な発表があるのかどうかわからないが、1,000人から2,000人近くいたのではないだろうか。
カトリック信者にとってはもちろん、信者ではない私たちにとっても、非常に意義深い式だった。どんな宗教であれ、信仰心を持つことは重要だ、と思う。心の平安がもたらされるから。
また、裾の長い、黒い詰め襟姿の若い日本人神父たちを、これだけたくさんまとめて見たのは初めての経験だ。カトリック国イタリアの映画ではよくみる光景だが、信者でもなければなかなか見る機会には恵まれないから。
また「叙階式」(ordination)で歌われたカトリック聖歌がまた、日本人がふだん聴き慣れているプロテスタント教系の聖歌とはまったく異なり、信者たちの歌声が唱和して響き合うさまは、天上から下りてきて、ふわ~とやわらかくつつみこんでくれるベールのようなポリフォニーの歌声であった。ときにアカペラ(・・これは文字通りの意味ですね! ラテン語で a cappella)で、ときに伴奏つきでの聖歌につつまれて、私だけでなくゼミナール関係者もみな同じような感想を抱いたらしいことは、式が終わって後のお茶や、お酒の席で確認しあったものである。
日本では明治以来、圧倒的に米国系のプロテスタント教会がメジャーで(・・子どもの頃、私の住んでいた家の隣もプロテスタント教会だった)、カトリック教会は、全人口の1%にも満たないという、そうでなくても少ない日本のキリスト教人口のなかでも一部を占めるにとどまる。ハリウッド映画やイタリア映画で見慣れているのに、明確にプロテスタントとカトリックの区別のできる人もあまり多くはないのが現状だ。司祭(=神父)と牧師を混同しないように!
無教会派の内村鑑三など、近代日本で有名なキリスト者はプロテスタントが圧倒的に多いのだが、戦後日本の文学者では遠藤周作や犬養道子、曾野綾子などカトリックが多いのは不思議な現象ではある。最近では評価の高い須賀敦子もカトリックである。
(韓国映画 『恋する神父』)
ところで、韓国映画に『恋する神父』(韓国語の原題は『神父授業』、英語版は Love, So Divine)という、2004年製作公開の、肉体派のイケメン男優クォン・サンウが神学校の生徒で助祭を演じているラブコメディがある。
この映画は、ファニーで純情で、しかも甘くせつない作品に仕上がっているが、この映画の最後のほうで「司祭叙階式」のシーンがでてくる。ネタバレになるからここでは書かないが、主人公は司祭叙階式で・・・
第二バチカン公会議以降はラテン語が日常言語ではなくなったはずだが、この映画をみた人は知っていると思うが、Deo gracias(デオ・グラシアス)というラテン語がキーワードになっている。意味は、「神に感謝を」、韓国語でいえば(神に)感謝(カムサ)ハンニダ。天主教(=カトリック)信者でなければ単なる呪文にしか過ぎないこのコトバが、この物語を貫くキーワードになっている。
司祭叙階式の行われる大聖堂には、Ritus ordinationis(叙階式) という横断幕が掲げられている。このほか、Benedictus Domino なんてラテン語もでてくる。意味は自分で Google検索して調べてください(笑)。
さすが、全人口4,800万人のうち三分の一強がキリスト教で、カトリック人口も全人口の1割に達している韓国ならではのヒット作だが、神学生を主人公にしたコメディで笑いをとるということが、真面目な信仰とはけっして別物ではないことを示したものといえるだろう。
ちなみに監督のホ・インムはカトリックだが、主人公を演じたクォン・サンウと相方を演じたキム・イングォンはプロテスタント、ヒロインを演じたハ・ジウォンはなんと仏教徒というのも、韓国の宗教事情を反映しており面白い。韓国版トレーラーはこちら(ただし、字幕なし)。結婚式の合唱&ダンスシーンは笑えます。いかにも「東洋のラテン系」ともいわれる韓国人らしさが全面的にでたシーンになっている。
さて、東京カテドラル聖マリア大聖堂で行われた「司祭叙階式」に戻るが、カトリック東京管区では3人の司祭(=神父 Priest)が誕生した。若い新任司祭に混じって、一人の40歳台後半の中年男性(?)もいたが、その彼こそが、私の先輩にあたる人である。
当日はゆっくりお話する機会がなかったのは残念だったが、大聖堂ではありがたい説教を聞かせていただいたのは幸いであった。新任「中年神父」のお話は、大爆笑に次ぐ大爆笑を誘い、大聖堂のなかは温かい気持ちに満たされていた。ああ、こういう説教こそが、聴く人の気持ちを温かくするものなのだなあ、と。
カトリック大聖堂のなかでの大爆笑、って、そんなのあり? と思うかもしれないが、宗教というものを狭く、きまじめなものと捉えているとそういう反応がでてくるのだろうか。私には不思議でならないのだが・・・
たしかに、イタリアの記号学者ウンベルト・エーコ原作の映画『薔薇の名前』では、笑いを拒否した中世のカトリック教会がテーマとなっているが、それは中世ヨーロッパの話であって、21世紀日本の話ではない。(・・『薔薇の名前』のトレーラーはこちら)。
しかしながら、「笑い」は本当に重要だ。笑いは免疫系にポジティブに働くことは、自らも不治の病から奇跡的に生還した体験をもつ米国のジャーナリズム会の重鎮ノーマン・カズンズが、著書に書いているとおおりである。日々、ほがらかに生きていきたいものではないか。
先に名前を出したカトリック作家の遠藤周作も、日本人にとってのキリスト教の神の問題や、宗教的求道を扱った、生真面目で深刻なテーマを描いた作品を残しただけでなく、狐狸庵先生(=コリアン先生)と名乗ってユーモア小説を書いていたことを量産していたことを思い出せばいいだろう。「狐狸庵先生・遠藤周作、違いが分かる男のゴールドブレンド・・」という語りのCMは、ある一定年齢以上の人なら記憶にあるはず。
まず、笑いによって聴く人たちにリラックスしてもらいココロとカラダを開いてもらう、聴く耳を作ってもらったうえで、厳しい話も少しは織り交ぜて信者の心に届くコトバをメッセージとして伝える。
これは実はセオリー通りなのである。まずジョークの一言を「掴み」として、聴衆の注目を一手に集め、それから徐々に難しい話に入っていくのが、聞く側の立場からみたときの、もっとも効果的なメッセージの伝え方なのである。人前でしゃべるということにかんしては、実に勉強になる経験をしたのであった。
小説家・吉川英治のコトバに「われ以外、みな師なり」というものがある。カトリック司祭の説教からも学ぶべきものは実に多い。
ところで、日本の芸能史においては、仏教の説教が数々の話芸を生み出す源泉になったというのは常識といってよい。『説教の歴史』(関山和夫、岩波新書、1978。新版が白水社、1992)という画期的な内容の本では、落語や漫談が仏教の説教から生まれた(!)ことが詳細に跡づけられている。知られざる芸能史の重要事項であえるが、この本も再刊されたのにもう品切れ、というのは残念な話だ。
一般庶民の泣き笑いを熟知している人生経験の長い人こそ、面白い話で笑いを誘って、人生の真実について語りうる。こういう話こそ、いっけんおもしろおかしく聞こえながら、実は聞く側のココロの奥底に、ふか~く浸みいっていくものなのだ。
キリスト教世界をはじめ、世界の宗教では、「説教と話芸の関係」はどうなっているのだろうか。ちょっと調べてみようかな、と思っている。
仏教でも「説教」という表現も使うが、近年は「法話」ということが多いのではないのかな。
来週の週末は、ミャンマー(=ビルマ)の首都ヤンゴンの僧院で、上座仏教のお坊さんの「法話」を聴いてまいります。
この話はまた後ほど、ご笑介いたしますので、乞うご期待。
ではみなさんご一緒に、合掌!!
書評 『小泉進次郎の話す力』(佐藤綾子、幻冬舎、2010)-聞く人をその気にさせる技術とは?
書評 『思いが伝わる、心が動くスピーチの教科書-感動をつくる7つのプロセス-』(佐々木繁範、ダイヤモンド社、2012)-よいスピーチは事前の準備がカギ!
■カトリック関係
600年ぶりのローマ法王退位と巨大組織の後継者選びについて-21世紀の「神の代理人」は激務である
書評 『バチカン近現代史-ローマ教皇たちの「近代」との格闘-』(松本佐保、中公新書、2013)-「近代」がすでに終わっている現在、あらためてバチカン生き残りの意味を考える
「祈り、かつ働け」(ora et labora)
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