■「知られざる日本のグローバル企業」の突出ぶりを描いたビジネス・ノンフィクション■
「知られざる日本のグローバル企業」についてのビジネス・ノンフィクションである。
「巻き線コイル技術を活かす幅広い事業分野」でグローバル展開するB2B分野の部品メーカー、東証一部上場企業スミダコーポレーションとその二代目社長が主人公である。
マスコミに頻繁に登場する有名企業ではないが、グローバル企業としての突出ぶりは注目に値する。
この会社は、日本の部品メーカーとしては、いちはやく1971年には国際事業展開を開始し、現在では中国、台湾、メキシコ、ベトナム、ドイツ、オーストリア、ルーマニア、スロヴェニアに生産拠点をもつにいたっている。売上高700億円超のうち、ドル建て、ユーロ建てがそれぞれ40%、円建ては残りの20%だけという、日本の製造業のなかでは例外的な存在であるといってよい。
現在では、純粋持株会社化し、その下にグローバル・オペレーションを行っている。また所有構造と経営を分離し、日本初の委員会設置会社となっている。こういった先進的な取り組みに挑戦し続けているスミダのコーポレート・ガバナンス改革については、ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)のケーススタディとしても取り上げられているという。
グローバル化については、その推進役である二代目社長が、本書に収録されたインタビューのなかできわめて重要なことをいっている。それはグローバルというコトバのあいまいさについてだ。
社長は、グローバルよりもトランスナショナル(trans-national)という表現を使うが、これは直訳すれば国境を越えたという意味だ。たとえ英語を共通言語にして人事交流を活発にしたとしても、国ごとに固有の文化や価値観に違いが残るのは当然だし、また現実のビジネスにおいては通貨も違えば、国によって法律や規制が異なるので、これを乗り越えるためには多大な経営努力が必要になるということなのだ。
このような数々の難題を二代目社長の強力なリーダーシップのもとに推進してきたのだが、この間の失敗体験も含めた具体的な施策や苦労については、本書を直接読んで確認してもらうのがよい。
日本の製造業が現在のまま、今後も生き残っていけると考える人は、さすがに少ないだろう。座して死を待つわけにはいかない、海外進出しなければならないと考えている中堅中小企業も少なくないはずだ。方向性としてはスミダが切り開いている方向に向かうことになるだろう、しかし正直な感想としては、この会社をモデルにすることは、容易ではない思う。
親子二代にわたる経営者の強力なリーダーシップ、とくに二代目社長を中学卒業後に英国へ送り出し、英語と国際人教育を身につけ指した先代社長の先見の明と、それに十二分に応えた二代目社長の力量は、華僑では当たり前の行動様式ではあるが、日本企業にしては実に珍しい。
「グローバル、スピード、フォーカス」、この3つの要素を同時に成立させることのできる企業は、国籍が日本であるかないかにかかわらずグローバルに成功するのは間違いない。スミダはあくまでも「先進事例」であって、すぐそこに手に届く身近なモデルとは言い難い。グローバル化を推進する経営陣と、日本国内の従業員との軋轢など、もっと知りたかった面も多い。
とはいえ、この手の本にしては、非常によくまとまったビジネス・ノンフィクションになっている。経営者のインタビューを中心にしており、経営者のリーダーシップの重要性についてはよく書き込まれている。
こういう会社が日本にもあるのだということを知る意味では、読んで損のない本である。
PS 写真を大判に変え、読みやすくするために改行を増やし、誤字脱字を訂正した。本文については手を入れていない。(22016年7月3日 記す)
<初出情報>
■bk1書評「「知られざる日本のグローバル企業」の突出ぶりを描いたビジネス・ノンフィクション」投稿掲載(2010年10月9日)
■amazon書評「「知られざる日本のグローバル企業」の突出ぶりを描いたビジネス・ノンフィクション」投稿掲載(2010年10月9日)
目 次
はじめに 真の「グローバル経営」への挑戦
第1章 顧客は世界。生産も世界。経営も世界。けれど、国籍は「日本」
第2章 東京・下町の小さな電気店からものづくりのDNA
第3章 世代交代とともに本格化するグローバル・カンパニーへの道
第4章 「Global One SUMIDA」の名のもとに、日本国籍の「多国籍多民族企業」へ
第5章 グローバル・マネジメントのデファクト・スタンダードを目指す
著者プロフィール
桐山秀樹(きりしま・ひでき)
ノンフィクション作家。1954年、名古屋市生まれ。学習院大学法学部卒業。ホテル経営・旅館経営に関する著書多数。国内の小規模ものづくり企業の現場取材経験も豊富で、「超・職人」をテーマとした著書も執筆。旅から先端産業に至るまで、幅広いテーマに取り組む。指揮者、演奏家へのインタビュー記事も多い。1978年、サンケイ新聞「正論」-私の正論大賞受賞。現在、「週刊新潮」(新潮社)にて、定年後のセカンドライフ充実をテーマとした連載を執筆中(この書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)
<書評への付記>
最近、ユニクロや楽天が、社内共通語を英語にすると発表して、賛否両論を含めて大きな話題になっている。
ところが、B2B分野の部品メーカーにおいては、ある意味では英語はすでに共通語化の方向にあるのだ。私がかつて取締役として在籍していた、国際展開するB2B分野の機械部品企業グループにおいても、グループ内の国際会議は当然のことながら共通言語は英語であった。
本書で取り上げられたスミダコーポレーションも、その意味ではユニクロや楽天をはるかに先行しているのである。これは国際展開する製造業においては、ある意味においては当たり前の光景である。
ただ、一般にはあまり知られることはない。ほとんどレビューも書かれていなかったので、あえて紹介することにした次第だ。私はこの会社のことは直接知っているわけではない。
帯の裏側には、二代目社長のコトバが引用されている。あらためて本文から引用しておこう。なお太字ゴチックは引用者(=私)によるもの。
「考え方を、単に日本のみから世界に切り替えるだけで、可能性は1億人相手から67億人へ、一挙に67倍になるわけです。つまり、市場が67倍になる。良い人材を集められる可能性も67倍に膨らむ。資金調達も日本だけで行うのではありません。いろんな国の人が出資してくれます」(P.19)
ただし、このあとには、そのための条件が語られるのであるが、それをひとつひとつクリアしていかないと、理想は実現できないことはいうまでもない。
書評のなかで、「華僑ではあたりまえの行動様式」と書いたが、スミダの場合はさらにその先をいっているといえよう。
東南アジアの華僑(華人)企業の場合、企業規模の急拡大過程においては同族企業の迅速な意志決定があずかって大きなものがあることが、よく観察される。華僑(華人)企業においては、二代目を米国や英国に留学させて MBA を取得させることによって、経営近代化の布石を打つと同時に、複数の国に子息を留学させることで、リスク分散も実現する。
だが、スミダの場合はさらに、委員会設置法式に移行してガバナンス構造は同族の枠をはるかに越える方向に進んでいる。これは華僑(華人)企業ではなかなかない行動様式である。この点についても、突出しているのである。
スミダコーポレーションだけが突出しているのではないが、これから海外展開することを考えている企業にとっては、そのままロールモデルとするには、かなりハードルが高い存在であることは指摘しておきたい。
<関連サイト>
スミダコーポレーションの公式ウェブサイト
ワールドビジネスサテライト 特集,超グローバルへの道①(2010年4月5日)で紹介されているので必見
[動画]超グローバルへの道 -第一章 最適チームで世界を攻める(音声あり!)
-放送内容の文字版はここに。ワールドビジネスサテライト.Log
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(2016年7月3日 情報追加)
(2012年7月3日発売の拙著です)
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