本書『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』は、筋金入りの本好きのヨーロッパ人二人による、本好きのための対談集である。
一人はイタリアの中世学者・記号学者・哲学者・文芸評論家で小説家のウンベルト・エーコ、もう一人はフランスの作家・劇作家・脚本家のジャン=クロード・カリエール。
ともに広くて深い人文的教養の持ち主である。
ところが二人とも活字の世界だけで生きてきた人たちではない。
カリエールのほうは脚本家として映像の世界とはひじょうに深い関係をもってきた人だが、エーコもまた若き日にはテレビの教養番組の製作にかかわっていた経験をもっているだけでなく、原稿を書くのに早い時期からコンピューターをつかってきた人だ。
カリエールは、イランやインドなどの東洋世界についての造詣も深い。両者に共通する趣味としてイエズス会士のアタナシウス・キルヒャーの名前がでてくるのは、そんなバックグランドも反映しているようだ。
本書のなかで何度も言及されるのがネットの世界でつかわれる「フィルタリング」というコトバである。
内容があまりにもくだらないので、出版されたその時点から消える運命にあった本が無数にあったことについて語られているのだが、そういった駄本は現代になってから急速に増大したのではなく、活字印刷が行われるようになって以来、無数に出版されているとのことである。
活字本を「フィルタリング」してきたのは有害図書指定による禁書や、図書館の火事といったものだけではない。グーテンベルクによる活版印刷発明以来、読者自身が「フィルタリング」してきたわけだ。
■活版印刷が完成した時点ですでに「紙の本」は存在した
有史以来、無数の本がパピルスや羊皮紙などさまざまな媒体の上に書かれ、活版印刷発明以後は紙のうえに印刷されてきたわけだが、その大半は現在では失われてしまっている。
いま出版されている本の大半も、その運命をたどることになるのであろう。これは電子書籍の出現とは直接には関係ないことだ。
「本は発明されたとき、すでに完成されていた」のだという。そう考えれば、むしろ電子書籍の出現によって、かえってどうでもいいような本も保存されることになるのかもしれない。電子書籍は、なんといっても物理的なスペースをとらないから。
そういった難しい話は抜きにして、本好きなら確実に楽しめる内容である。日本語版はハードカバーの真っ黒な表紙に背も腹もブルーで染色されており、聖書のようなブックデザインとなっている。聖書は言うまでもなく The Book と大文字ではじまる本であり、世界初の活版印刷物は「グーテンベルク聖書」であった(とされている)。
この本じたいの運命については、どうなるかはわたしにはわからないし、すでに老齢の著者たちにもわからないだろう。
ただ間違いないのは、『聖書』ほどの生命力はもたないであろうということだけだ。その他の無数の本と同じく。
<初出情報>
■amazon書評「活版印刷物としての本が発明されたとき、それはすでに完成されていた!」投稿掲載(2012年4月4日)
■bk1書評「活版印刷物としての本が発明されたとき、それはすでに完成されていた!」投稿掲載(2012年4月22日)
<書評への付記>
記号学者ウンベルト・エーコが書いた歴史ミステリー『薔薇の名前』とその映画化については、かつての勤務先の「社内報」で一文を書いたことがあるので紹介しておきたい。いまから10数年前のものである。記事に掲載されている写真は大学4年生のときのもの。
記事を再録しておこう。わたしがどういう人間かよくわかる文章の一つだと思う。
なお、映画については、アナール派の総帥でフランスを代表する歴史家の一人であるジャック・ルゴフ(Jacque Le Goff)がアドバイザーを務めていることを付記しておこう。
The name of the rose official trailer (オフィシャル・トレーラー)
<関連サイト>
『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』は、「もうすぐ絶滅する」 bk1の「書評ポータル」にて取り上げてみらいました。まもなく、紙の本と電子書籍の honto と一緒になることによって、bk1というブランドは消えてなくなります。2012年5月17日からです。
長年にわたってファンであったので、じつに残念なことです。
ブランドは、法的にはその持ち主である企業に所有権はあるが、個々のファンのアタマのなかにバーチャルに存在するものだからです。
しかも「書評の達人」という称号までいただいたわたしとしては、まことにもって残念でなりません。
長い間、ありがとうございました。感謝!
bk1にて「書評の鉄人」の認定をいただきました!(2009年7月1日)
bk1「書評の鉄人~列伝~」というコーナーで特集を組んでいただきました!(2009年8月21日)
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(2014年8月29日、2015年7月7日 情報追加)
有史以来、無数の本がパピルスや羊皮紙などさまざまな媒体の上に書かれ、活版印刷発明以後は紙のうえに印刷されてきたわけだが、その大半は現在では失われてしまっている。
いま出版されている本の大半も、その運命をたどることになるのであろう。これは電子書籍の出現とは直接には関係ないことだ。
「本は発明されたとき、すでに完成されていた」のだという。そう考えれば、むしろ電子書籍の出現によって、かえってどうでもいいような本も保存されることになるのかもしれない。電子書籍は、なんといっても物理的なスペースをとらないから。
そういった難しい話は抜きにして、本好きなら確実に楽しめる内容である。日本語版はハードカバーの真っ黒な表紙に背も腹もブルーで染色されており、聖書のようなブックデザインとなっている。聖書は言うまでもなく The Book と大文字ではじまる本であり、世界初の活版印刷物は「グーテンベルク聖書」であった(とされている)。
この本じたいの運命については、どうなるかはわたしにはわからないし、すでに老齢の著者たちにもわからないだろう。
ただ間違いないのは、『聖書』ほどの生命力はもたないであろうということだけだ。その他の無数の本と同じく。
(文語訳聖書、欽定訳聖書、ヘブライ語聖書、そして・・・)
<初出情報>
■amazon書評「活版印刷物としての本が発明されたとき、それはすでに完成されていた!」投稿掲載(2012年4月4日)
■bk1書評「活版印刷物としての本が発明されたとき、それはすでに完成されていた!」投稿掲載(2012年4月22日)
(画像をクリック!)
<書評への付記>
記号学者ウンベルト・エーコが書いた歴史ミステリー『薔薇の名前』とその映画化については、かつての勤務先の「社内報」で一文を書いたことがあるので紹介しておきたい。いまから10数年前のものである。記事に掲載されている写真は大学4年生のときのもの。
記事を再録しておこう。わたしがどういう人間かよくわかる文章の一つだと思う。
どうせ会社に入ったら「歯車」になるのだから、せめて大学時代くらい「役に立たないことを極めたい」と思っていた私は人類学か、言語学か、歴史学か悩んだ末、結局西洋中世史のゼミナールに入り、ひたすら仏語、独語、ラテン語等々の世界に沈潜し、修道士のような生活を送っていた。図書館に籠もって洋書の背中を読むのが好きだった。書庫の中に住み込みたいとさえ思っていた。
ヨーロッパ中世で図書館といったらなんと言ってもこの映画『バラの名前』である。原作(ウンベルト・エーコ)が出たのも、映画が公開されたのも会社に入った後だが、修道院の図書館を舞台にした殺人事件をショーン・コネリー扮する修道士が解決するミステリー。ホームズの中世バージョンといたものか。ディテールが実にいい。
写真は中世史にはまっていた頃(二十一歳)のもので、当時デビューしたばかりの思想家浅田彰みたい(?)と言われたものだった。
なお、映画については、アナール派の総帥でフランスを代表する歴史家の一人であるジャック・ルゴフ(Jacque Le Goff)がアドバイザーを務めていることを付記しておこう。
The name of the rose official trailer (オフィシャル・トレーラー)
<関連サイト>
『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』は、「もうすぐ絶滅する」 bk1の「書評ポータル」にて取り上げてみらいました。まもなく、紙の本と電子書籍の honto と一緒になることによって、bk1というブランドは消えてなくなります。2012年5月17日からです。
長年にわたってファンであったので、じつに残念なことです。
ブランドは、法的にはその持ち主である企業に所有権はあるが、個々のファンのアタマのなかにバーチャルに存在するものだからです。
しかも「書評の達人」という称号までいただいたわたしとしては、まことにもって残念でなりません。
長い間、ありがとうございました。感謝!
bk1にて「書評の鉄人」の認定をいただきました!(2009年7月1日)
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(ギリシア語新約聖書とヘブライ語聖書)
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(2014年8月29日、2015年7月7日 情報追加)
(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!)
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(2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!)
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