40年前のその日、わたしは小学生でした。わたしが通っていた小学校の教頭先生が沖縄出身の方で、その話を全校児童の前でお話をされた際、感極まって涙声になったのを覚えています。
そして、あの当時は「切手ブーム」でした。子どもから大人まで多くの日本人が巻き込まれた切手収集ブーム。
復帰前の沖縄の「琉球政府」が発行した切手の存在によって、沖縄がアメリカ占領下にあったことを全国の切手少年(や切手少女)たちは知っていたのでした。
まさに「生きた学習」でしたね。『切手カタログ』には、琉球郵便の切手や、大日本帝国が植民地や占領地で発行した切手も図版として掲載されています。
あくまでもコレクション対象ですが、知らず知らず日本近代史について学んでいるのですが、これはきわめて重要な学びだといえるでしょう。
「琉球郵便」の切手とは、こんなものです(下に掲載した写真)。額面はUSドル表示で3セント。
大人になってからのことですが、沖縄出身の同世代の人から、子どもの頃のお小遣いは毎日クォーター一枚だったという話を聞いたことがあります。クォーター(quater)とは 1/4 の意味、1ドルの 1/4 は25セントですから、アメリカでは25セント硬貨のことをクォーターといっているのです。
高校時代は、岩波新書の『沖縄』(比嘉春潮/霜多正次/新里恵二、1963)というシンプルなタイトルの本をなんども読み返していたので、沖縄についてはざっくりとしたイメージをつかむことができていました。目次をみればどんな本かわかるかと思います。
1. 日本のなかの沖縄
2. 誤解された「琉球人」
3. 沖縄史のあけぼの
4. 薩藩治下の琉球王国
5. 百姓一揆のない国
6. 日本の近代化と沖縄
7. 沖縄文化の地方色
8. 歌と踊りの島
9. 戦後の沖縄
この本が読まれることはもはやないと思いますが、同じく高校時代になんども読んでいた、『朝鮮-民族・歴史・文化-』(金達寿、岩波新書、1958)と並んで、日本本土の周辺知識にかんする、わたしの「アタマの引き出し」の基礎となった本なのです。新書本の影響力がきわめて大きかった頃の話です。
沖縄復帰40年のいまは、すでに沖縄関連本は、それこそ棚がいくつあっても足りないほど出版されています。この件については、書評 『沖縄本礼賛』(平山鉄太郎、ボーダーインク、2010)を参照してください。この人は、4,000冊以上の「沖縄本」のコレクションを所有しているそうです。
以前、仕事の関係で訪れた琉球銀行本店(那覇)調査部の図書室を拝見させていただいたことがありますが、沖縄で出版されているものだけでもそうとうな数にのぼるはずです。経済関係の資料や図書だけでなく、『伊波普猶全集』なども架蔵されているのはさすがと思ったものでした。伊波普猶(いは・ふゆう)とは、「沖縄学の父」とよばれる存在の人です。
もちろん、沖縄本については、わたしはそのごく一部しか目を通したことはありません。
■佐野眞一による沖縄戦後史
沖縄関係でぜひ読んでおきたいのがこの本。『沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史』(佐野眞一、集英社、2008)です。
単行本で 650ページもありますが、あまりにも内容が面白いので二日で読んでしまいました。数年前のことです。それほど面白い本です。佐野眞一は好き嫌いはかなりあると思いますが、読んで損はないと思います。
単行本の帯に記されている、天皇、米軍、スパイ、密貿易、ヒットマン、軍用地主・・・ これだけでも興味津々、すぐにでも中身をみたくなってきますよね。
目次を紹介しておきましょう。
はじめに
1. 天皇・米軍・沖縄県警
-「お約束」の島から「物語」の島へ
-歴史に翻弄された沖縄県警
-スパイ蠢(うごめ)く島
-米軍現金輸送車強盗事件
-エリート議員の失踪と怪死
2. 沖縄アンダーグラウンド
-花街・映画・沖縄空手
-沖縄ヤクザのルーツ「戦果アギヤー」
-山口組の影
-沖縄旭流会 vs 三代目旭流会
-「ユートピア」組長狙撃事件
-あるヒットマンの独白
-密貿易の島 与那国島
-空白の琉球孤 奄美群島
-伝説の義賊・清真島
3. 沖縄の怪人・猛女・パワーエリート
-弾圧・拷問・右翼テロ
-第三の新聞・沖縄時報顛末記
-スーパースター・瀬長亀次郎
-沖縄を通り過ぎた男たち
-ゴッドファーザー・國場幸太郎
-オリノンビール創業者・具志堅宗清
-沖縄のパワーエリート「金門クラブ」
-川平家四代の物語
-「沖縄の帝王」軍用地主
-カプセルホテル怪死事件
-沖縄知事選コンフィデンシャル
-女たちの沖縄
4. 踊る琉球、歌う沖縄
-島唄復活と大阪ウチナンチュー
-沖縄ミュージックは日本に届くか
-最果て芸能プロモーター伝説
-沖縄最高のエンターテイナーは誰か
5. 今日の沖縄・明日の沖縄
-少女暴行事件の傷跡
-美(ちゅ)ら島の陰に
あとがき
沖縄戦後史 略年表
沖縄列島・奄美群島地図
主要参考文献
きわめてつよい個性をもった人物たちを中心に描いた戦後沖縄裏面史といった内容のノンフィクションで、現在の沖縄県知事がどういう人なのかも、この本を読むとよくわかります。
とくにわたしが興味深く読んだのが、沖縄と奄美の深くて濃い関係です。人間を軸に据えると見えてくるのが、沖縄と奄美という南西諸島のあいだの関係なのです。
沖縄というと、「基地の島」とか「癒しの島」とか、ナイチャー(内地人)が勝手にレッテル貼りしたフレーズが一人歩きしていますが、清濁併せ飲み、いい面も悪い面も同時に見ていかないと本質をつかむことはできません。そういう本書は、まさに沖縄料理のチャンプルーのようなごった混ぜの内容です。
佐野眞一のこのノンフィクションがすべてを書き尽くしているとは言いませんが、ノンフィクションに宮本常一ゆずりの民俗学的手法で沖縄に取り組んだこの本は、ちょっと類のない本だといっていいいかもしれません。
柳田國男と折口信夫からはじまった沖縄の民俗学的探求は、戦後は谷川健一が精力的に行ってきましたが、その流れのなかに佐野眞一を入れてもいいかもしれません。ただし、佐野眞一の場合は、失われた過去よりも「考現学」的関心のほうがはるかに高い。いま生きている人間への関心がつよいからでしょう。
いまでは文庫化されてますので、この機会にぜひ読むことをすすめます。面白いので、読み終えるのがもったいないような内容です。
マスコミやメディアで取り上げられる沖縄になにか違和感を感じる人はぜひ読んでみるといいでしょう。
著者プロフィール
佐野眞一(さの・しんいち)
1947(昭和22)年東京生まれ。早稲田大学文学部を卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。1997(平成9)年、『旅する巨人―宮本常一と渋沢敬三』で、第二十八回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。
<ブログ内関連記事>
■沖縄・奄美関連
書評 『沖縄本礼賛』(平山鉄太郎、ボーダーインク、2010)
書評 『「普天間」交渉秘録』(守屋武昌、新潮文庫、2012 単行本初版 2010)-政治家たちのエゴに翻弄され、もてあそばれる国家的イシューの真相を当事者が語る
書評 『トラオ-徳田虎雄 不随の病院王-』 (青木 理、小学館文庫、2013)-毀誉褒貶相半ばする「清濁併せのむ "怪物"」 を描いたノンフィクション
・・奄美の徳之島出身の徳洲会創立者
美術展 「田中一村 新たなる全貌」(千葉市美術館)にいってきた
・・沖縄復帰前には日本最西端であった奄美大島に移住した日本画家
「生誕100年 人間・岡本太郎 展・前期」(川崎市岡本太郎美術館) にいってきた
・・「縄文」の価値を発見した岡本太郎と沖縄
「生誕100年 岡本太郎展」 最終日(2011年5月8日)に駆け込みでいってきた
■佐野眞一氏関連
書評 『私の体験的ノンフィクション術』(佐野眞一、集英社新書、2001)-著者自身による作品解説とノンフィクションのつくり方
書評 『あんぽん 孫正義伝』(佐野眞一、小学館、2012) -孫正義という「異能の経営者」がどういう環境から出てきたのかに迫る大河ドラマ
書評 『津波と原発』(佐野眞一、講談社、2011)-「戦後」は完全に終わったのだ!
(2014年1月20日、12月27日 情報追加)
(2012年7月3日発売の拙著です)
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