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2017年6月10日土曜日

「逆回し」とは?--『ビジネスパーソンのための近現代史の読み方』は常識とは「真逆」の方法で製作された歴史書であり、ビジネス書である


つい先日の5月18日のことだが、『ビジネスパーソンのための近現代史の読み方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン社、2017)というタイトルの本を出版した。2017年の現時点から、240年前の1776年までさかのぼった、ビジネス書のフォーマットで製作された歴史書だ。

内容は文字通り、「ビジネスパーソンのための近現代史」なのだが、コンセプト自体はもう少し長い。「ビジネスパーソンの、ビジネスパーソンによる、ビジネスパーソンのための」近現代史である。いうまでもなく、「人民の・・・」で始まる、リンカーン大統領の「ゲティスバーグ演説」の一節をもじったものだ。

なぜこのようなことを書くかというと、この3条件を備えたビジネスパーソン向けの歴史書がきわめて少ないからだ。

いわゆる「ビジネスパーソン向け」と銘打ってある本は、さまざまな分野で大量に出版されていくことだろう。だが、リアルなビジネス体験をもたない著者が書いた本は、現役のビジネスパーソンの立場から言わせてもらえば、いまひとつリアリティを欠いているといわざるをえない。

だが、それだけなら、それほどたいした特徴だとはいえないかもしれない。本書の最大の特徴は、「逆回し」という表現で「歴史を過去にさかのぼる」という手法を導入したことにあると考えている。経済学者のシュンペーター流にいえば、「新機軸」と言っていいかもそれない。


(カバーの袖に記載された本文からの引用)

 「逆回し」というのは、もちろん比喩的な表現だ。録画したビデオを「逆回し」すると、人間の動作がなんだかぎこちなく再生されてしまい、思わず笑ってしまうことがある。だが、そういう意味でつかったわけではない。ある意味では、「リバース・エンジニ アリング」の実践と考えていただいたほうがいいかもしれない。

いま目の前にある製品をバラバラに分解することで、その構造と機構、構成部品の詳細を知り、「見えない設計図」を再現する行為をさして「リバース・エンジニアリング」という。

「リバース・エンジニアリング」は、通常のものづくりの真逆の方向で行われる。最終製品をバラしてモジュールにし、モジュールを分解してユニットに、ユニットを分解して個々のパーツを取り出す。このプロセスで分解することで、逆に設計図が見えてくる。「リバース・エンジニアリング」の発想は、ものづくりのプロセスを「逆回し」にするものだ。

とはいえ、最終製品をバラバラにして取り出してきたパーツは、あくまでも断片であるに過ぎない。ユニットや、モジュールの単位まで再構成しなくては、設計図(=ストーリー)が見えてこない。ストーリーが明確でないと、アタマのなかで明確なイメージを構築できない恐れがある。執筆にあたって最大の難関はそこにあった。

「逆回し」で「さかのぼる」方法論によって制作された作品はないだろうか? なにかヒントになるものがないかと探した結果、NHKで『さかのぼり日本史』という番組が放送されていたことを知った。

2011年に放送されたこの番組は、ある特定のテーマを設定して日本史を「さかのぼる」という形式の歴史ものだ。放送後にはテーマごとに単行本化もされている。


■ヒントにしたのは「逆回し」で製作された映像作品

ほかに参考になるものがないかと探索している際に思い出したのが、韓国映画の『ペパーミント・キャンディー』(イ・チャンドン監督、1999年制作)という作品だ。

 (DVDのメインメニューより チャプター1~4)

この作品は、「20年間の韓国現代史を背景に、ひとりの男が絶望の淵から人生の最も美しい時期までをさかのぼっていくという手法」だと、DVDの解説文にある。

独立したが事業に失敗、悲劇的な最期をとげることになる主人公が、時間を「巻き戻し」て過去にさかのぼっていき、最後は人生でもっとも美しかった瞬間で終わるというストーリー展開だ。全体で7つの「チャプター」で構成されている。

一般的な映画とは真逆の発想だが、ハッピーエンドで終わる映画であることには変わりはない。見終わったあと、じつに不思議な印象が残る映画だ。

 (DVDのメインメニューより チャプター5~7)

似たような作品には、フランス映画の『ふたりの5つの分かれ路』(フランソワ・オゾン監督、2004年制作)がある。離婚した夫婦が、離婚からさかのぼって出会いまで時間をさかのぼるという映画だ。

映像作品はDVDで視聴する場合、チャプターごとに番号とタイトルがついているので、意識的に区分して視聴することも可能だ。チャプター内では、シークエンスごとに時間の流れにしたがって物語は展開するので違和感はない。

文字として記された書籍なら、紙の本であれ電子書籍版であれ、映像より対応しやすいのではないか? そこまで考えてから、ようやく本書の構想がまとまり、執筆を開始することができるようになったのだった。じつに3ヶ月も費やしてしまった。








■「逆回し」は、歴史書としては「常識」に反する発想だが・・・

人間にとって「さかのぼる」という行為は、じつは自然な発想なのである。

長い年月を生きてきた人なら当然のことであるが、それほど長い人生を生きていない若者だって、学校時代のことを思い出したりして懐かしい想いをするだろう。自分が「いま、ここに」存在するのは、その前に自分の親がいるからであり、その親にもまた親がいる。さかのぼれば、その連鎖は無限につづいていくことになる。

過去を振り返って出来事を思い出す。人間にとってはごく当たり前のことである。そして、人生にはいくつかの「分岐点」があることに気がつく。人生だけではない、歴史にもいくつもの「分岐点」がある

これは「現在」からさかのぼってみてはじめてわかることだ。その渦中にいるとそれが分岐点であることは正確にはわからないが、振り返ってみて、はじめてそうだと気がつくことも多い。

「逆回し」とは、「流れ」を重視する歴史書にはあるまじき非常識な試みだろう。だが、「現在」を知り、「未来」を考えるために歴史を知ることが必要であるならば、「逆回し」という発想はけっして非常識ではないはずだ。


■「現在」を起点に「未来」と「過去」を認識する

かつてブログに 書評 『人間にとって科学とはなにか』(湯川秀樹・梅棹忠夫、中公クラシック、2012 初版 1967)-「問い」そのものに意味がある骨太の科学論 という記事を書いているが、科学的認識の方向性は、現在を起点にして、過去と未来の二つの方向に展開されうることが、同書で指摘されていることを紹介した(・・下図を参照)。

(人間の認識は「現在」を起点に「未来」と「過去」に向かう)


ビジネスパーソンの活動は、基本的に「未来」に向けてのものである。

歴史家の活動は、基本的に「過去」に向けてのものである。

だが、科学的認識の方向とおなじく、これは認識の方向が異なるだけで、認識の方法そのもの基本的に同じ構造をもっているといってよい。

一般に「未来」を予測することは難しいが、自分自身が体験している「,過去」を振り返ることは比較的容易であるといえる。だから、人間は自分自身の「過去」の体験をベースにして「未来」を予測するのである。

だが、人間の体験には限界がある。自分が体験していること自体は一次情報であるが、あくまでも主観的なものである。自分が体験していないことは、あくまでも伝聞であり、情報の性格としては二次情報、あるいは三次情報となってしまうことは仕方ない。

だからこそ、イマジネーションが必要とされるのである。

未来を知るために過去を知る。過去についての正確な認識をもつためにはイマジネーションで補う。そして、「過去」と「未来」が「現在」を規定していることを知れば、まずは「過去」に「逆回し」でさかのぼることが、「現在」をより深く、かつ正確に知ることにつながることが理解されるであろう。

「逆回し」の発想とは、ただ単に振り返るだけでなく、データをもとに事実をあぶりだし、それをイマジネーションで補うことを意味しているのである。

「逆回し」という発想の実践として製作された『ビジネスパーソンのための近現代史の読み方』は、この機会にぜひ呼んでみて欲しいと思う次第だ。

執筆中は、『「現在」がわかる「逆回し」世界史講座-』という「仮タイトル」だったが、最終的に出版社の判断で現在のタイトルに落ち着いたというエピソードをここに書き留めておくこととしよう。






<ブログ内関連記事>

2017年5月18日に5年ぶりに新著を出版します-『ビジネスパーソンのための近現代史の読み方』(佐藤けんいち、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2017)

「ビジネス書か歴史書か、それが問題だ!」-『ビジネスパーソンのための近現代史の読み方』を書店のどのコーナーに並べるか?

『正論』最新号(2017年9月号)に拙著の「書評」が掲載されました-「まことに厄介な、かつスリリングな歴史書」

自分のアタマで考え抜いて、自分のコトバで語るということ-『エリック・ホッファー自伝-構想された真実-』(中本義彦訳、作品社、2002)
・・「私が知る歴史家の中に、過去が現在を照らすというよりも、現在が過去を照らすのだという事実を受け入れる者はいない。大半の歴史家は、目の前で起きていることに興味をしめさないのだ。」(ホッファー『自伝』より)

(2017年9月3日 情報追加)




(2017年5月18日発売の新著です)


(2012年7月3日発売の拙著です)







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