「アタマの引き出し」は「雑学」ときわめて近い・・日本マクドナルド創業者・藤田田(ふじた・でん)に学ぶものとは?

◆「アタマの引き出し」つくりは "掛け算" だ : 「引き出し」 = Σ 「仕事」 × 「遊び」
◆酒は飲んでも飲まれるな! 本は読んでも読まれるな!◆ 
◆一に体験、二に読書、その体験を書いてみる、しゃべってみる!◆
◆「好きこそものの上手なれ!」◆

<旅先や出張先で本を読む。人を読む、モノを読む、自然を読む>
トについてのブログ
●「内向きバンザイ!」-「この国」日本こそ、もっとよく知ろう!●

■■ 「むかし富士山八号目の山小屋で働いていた」全5回 ■■
 総目次はここをクリック!
■■ 「成田山新勝寺 断食参籠(さんろう)修行(三泊四日)体験記 」全7回 ■■ 
 総目次はここをクリック!
■■ 「庄内平野と出羽三山への旅」 全12回+α - 「山伏修行体験塾」(二泊三日)を中心に ■■
 総目次はここをクリック!


「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!

「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!
ビジネス寄りでマネジメント関連の記事はこちら。その他の活動報告も。最新投稿は画像をクリック!



ご意見・ご感想・ご質問 ken@kensatoken.com にどうぞ。
お手数ですが、コピー&ペーストでお願いします。

© 2009~2026 禁無断転載!



ラベル 近現代史 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 近現代史 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2025年2月10日月曜日

エマソンの愛読者であった徳富蘇峰を知ってますか? ― 近現代日本を1世紀近く生きた大ジャーナリストで歴史家にもっと関心をもつべきだ

  


世界的に有名な D.T. Suzuki こと鈴木大拙をはじめ、文学者としては北村透谷、徳冨蘆花、それ以外の著名人として、内村鑑三、徳富蘇峰、安岡正篤、池田大作などの名前をあげておいた。

文学者の徳冨蘆花の実兄であった徳富蘇峰について、この場でやや詳しく記.しておきたいと思う。 


■「自己啓発」の観点からエマソンの影響を受けた人びと

エマソンについて語るにあたって、従来はアメリカ文学研究者たちは、北村透谷や徳冨蘆花といった文学研究者に言及することが通例だった。

2009年にオバマ元大統領が就任演説で愛読書だと言及してから、日本でも「エマソン復活」が始まったが、言及されるのは判を押したように北村透谷などの文学者ばかりだ。自分で十分にリサーチすることなく、先行する書籍の内容をコピペしているからだろう。

たしかに、日本初の評伝『ヱマルソン』(1894年)を書いた北村透谷は、エマソンの重要な概念である「内部生命」を重視したこともあり、近代日本文学史における重要人物である。 

ところが、かれはこの本を書いたあとに自死している。だから、わたしは、エマソンを語るにあたって透谷を称揚する気持ちにはなれない。エマソン的でなさすぎるからだ。 

徳冨蘆花は、名文の模範として紹介されることの多い文学者である。東京都世田谷区の「芦花公園」にその名を残している。だが、はたして現在どれだけ読まれているのだろうか? 

それよりも、むしろ徳冨蘆花の実兄の徳富蘇峰のほうが、「自己啓発」という観点に立てば、エマソンを語るにあたってはるかに重要ではないか、そう思うように至ったのは、蘇峰という大ジャーナリストの存在に対して、つよく感じるものがあったからだ。蘆花も透谷もみな蘇峰の影響圏のなかにあった人たちだ。 




■徳富蘇峰こそエマソン愛読者の中心にいた


先日、讀賣新聞社の主筆として君臨してきた渡邉恒雄氏が98歳で亡くなったが、熊本に生まれた蘇峰はその号とした阿蘇山のような、裾野の広い巨大な火山のような存在で、ナベツネ氏よりもはるかに大きな軌跡を残した人であることは間違いない。 

ジャーナリストで政治にも関与し、新聞社を起業した創業経営者であり、しかも300冊もの本を書いている。そのなかには『近世日本国民史』(全100巻)のような巨大な著作もある(・・さすがに、わたしはチラと見ただけで、読むことなど断念している)。 

じつをいうと、わたしは以前は徳富蘇峰を敬遠していた。どうしても、戦時中の言論をリードしたネガティブなイメージがつきまとっており、とくに疑問を感じることなく過ごしててきたからだ。世間一般の蘇峰に対する評価は、いまだ改善されているとは言い難い。 

ところが、蘇峰にかんする関連著作を読み、その人生について知れば知るほど関心が増していくのを覚えていった。

「親米」から「嫌米」、さらには「反米」に至り、大東亜戦争の敗戦後にはふたたび「親米」に戻っていくという人生百年の軌跡。まさに近代を生きた日本人に、そのまま重なるようではないか。 

若き日に新島襄の同志社で英語を学んだ蘇峰は、エマソンの熱烈な愛読者になり、親米から嫌米に変化していった時代にも、エマソン愛が変わらなかったのである。

なんどもくじけながらも、ジャーナリストになるという志を捨てなかったのは、エマソンの『自己信頼』の存在があったのである。 

敗戦後に占領軍から戦犯容疑をかけられて失意のどん底にいた時期に、エマソンの『自己信頼』を何度も繰り返し読み、自分を元気づけようとしたことは、拙著でも紹介したとおりだ。 

世界的に有名な D.T. Suzuki こと鈴木大拙はさておき、いまでも政財界で根強い人気のある安岡正篤のような人物とくらべても、徳富蘇峰の名前は聞いたことはあっても、どんな人だったのか知らないままに済ませている人も少なくないことだろう。 

拙著『エマソン 自分を信じる言葉』を読んで、徳富蘇峰にすこしでも関心をもった人がいたら、ぜひさらにその関心を深掘りしてみたらどうだろうか。






■徳富蘇峰を知るためにお薦めの本

以下、わたし自身が目を通した文献を簡単に紹介しておこう。

まず読むべきは、『徳富蘇峰 日本ナショナリズムの軌跡』(米原謙、中公新書、2003)であろう。蘇峰がいかなる人であったか、その95歳の全生涯をザックリ知ることができる。  

その後にぜひ読むことを薦めたいのは、『稀代のジャーナリスト 徳富蘇峰 1863~1957』(杉原啓司/富岡幸一郎編、藤原書店、2013)。さまざまな人たちが、さまざまな角度からみた蘇峰の像が立体的に浮かび上がってくる「まるごと1冊蘇峰」といった感じの本。写真も多数あり、著作目録なども収録されている。  




『評伝 徳富蘇峰 ー 近代日本の光と影』(ビン・シン、杉原啓司訳、岩波書店、1994)は、植民地支配下のベトナムに生まれたカナダの近代日本思想史研究者による、主体的な関心から生まれた研究。



基本的にポジティブなとらえ方の蘇峰だが、ベトナム人ならではの視点が重要だ。ベトナム人の対米観、対中観がその背景にある。残念ながら文庫化されていない。  


『弟 徳冨蘆花』(徳富蘇峰、中公文庫、2001)は、天才肌の文学者であった弟に対する、家長である長兄としての蘇峰の複雑な感情がかいまみられ、蘇峰の人物像に人間味をあたえてくれる。 『弟』に描かれた、作家で政治家の石原慎太郎と国民的俳優であった石原裕次郎の兄弟関係に比することもできようか。




「兄弟間の不和」にかんする真相を知れば、蘇峰嫌いも少しは減るのではないだろうか。近代日本文学史に関心のある人は読むといいだろう。徳冨蘆花の「徳冨」は、本来の「徳富」とは漢字が変えられていることに気づいている人は、意外と少ないかもしれない。 

日本初の松陰の評伝である『吉田松陰』(1893年)の冒頭にはエマソンのフレーズが英語原文のまま引用されているが。『自己信頼』(Self Reliance)に登場する Trust thyself: every heart vibrates to that iron string. という詩的なフレーズである。「千万といえど我ひとりゆかん」の松陰にふさわしい。


(岩波文庫の『吉田松陰』の冒頭)



蘇峰の影響でエマソンを愛読した蘆花もまた、教養小説である『小説 思出の記』(1900年)の冒頭にエマソンのやや長い文章が英語原文のまま引用されている。これはエマソンの『代表的人物』に収録された「ゲーテ 文学に生きる人」の一節である。


(岩波文庫の『小説 思出の記』の冒頭)


そのほか、蘇峰自身による著作もある。たとえば『蘇峰自伝』『読書九十年』など読むと面白いのだが、現在ではほとんど入手不可能なものが大多数であるので、ここでは『読書九十年』だけ取り上げておこう。エマソンがいかに蘇峰の長い人生に大きな影響をもった存在であったかがわかるからだ。

 (マイコレクションより『読書九十年』の初版本)


『読書九十年』(1952年)は、90歳の時点でみずからの読書歴をつづり、関連の文章を集めたエッセイ集である。エマソンにかんする文章の一部は拙著『エマソン 自分を信じる言葉』にも「特別付録」として引用してある。

「タバコも吸わず、酒も飲まず、趣味は古本の蒐集だけ」といった趣旨のことを蘇峰自身が書いている。この点でも、わたしは大いに親近感を抱くのである。


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!


<ブログ内関連記事>






(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end

2024年12月28日土曜日

書評『朝鮮半島の歴史 ― 政争と外患の600年』(新城道彦、新潮選書、2023)― 韓国の現在を理解するためには、遠回りだが歴史を見よ

 

 先日(2024年12月3日)のことだが、韓国で44年ぶりに実施された「戒厳令」、これは実質的に「大統領による上からのクーデター」であったが、あっけなく6時間で収束し、結果として失敗に終わった。だが、この後遺症は長く尾を引きそうだ。 

「クーデター」の是非は脇に置いておくが、短時間で収束した件にかんして、韓国の民主主義がすばらしいなど、この日本でも礼賛する声があがっている。だが、笑止千万と言わざるを得ない。現在の韓国の状況は、李朝時代の「党争」の現代版としかいいようがないからだ。 

経済学用語に「経路依存性」(path dependency)というものがある。歴史的に形成された民族の個性は、政治のあり方にも発揮されることを指しているが、朝鮮史の600年を振り返れば、朝鮮半島の現在も手に取るようにわかるというものだ。 

そこで、『朝鮮半島の歴史 ー 政争と外患の600年』(新城道彦、新潮選書、2023)を読むことにした。昨日、読了した。  

ようやくこのような、まともな朝鮮史が書かれるようになったか、というのが正直な感想だ。「政争と外患」という切り口で描いた朝鮮史は、朝鮮半島を理解するために、きわめて有用なものの見方である。 

本書は、李朝誕生の前後から、日本による侵略という「朝鮮の役」と「日韓併合」による植民地時代を経て、「分断」という形で<独立>を回復して以降の600年を通史として描いている。

このカッコ書きの<独立>というのがミソである。なぜなら、明朝から清朝にかけて中国の「冊封体制」のなかにあって「属国」でありつづけた朝鮮(半島)は、真に「独立」していたといえるのは「冊封体制」から解放され「大韓帝国」を名乗った1897年から「日韓併合」(1910年)までの短期間に過ぎないからだ。

朝鮮史を通史として読むと、正直いって面白い時代と、まったくもってつまらない時代で構成されていると言わざるを得ない。中国や日本など周辺諸国が「外患」としてダイレクトにからんだ時代は面白いが、後者の「外患」はないものの、政治的な党派党争に患わされた時代は読んでいてつまらないし、くだらない「党争」は読んでいてバカバカしくなってくる。 

秀吉による「朝鮮の役」による国土の荒廃、さらに女真族(=満洲族)が建てた清朝への屈服を経て、朝鮮半島は平衡状態に落ち着くことになる。 

だが、18世紀の朝鮮史は「日本の古代史」のようだ。19世紀後半になって、国王の外戚が政治を支配するようになるが、それでは王朝時代の「平安時代」と変わらない。18世紀半ばは、日本では徳川時代は吉宗の時代だ。「近代化」への道が始まった日本との差はあまりにも大きい。 

朝鮮半島がやっかいなのは、「外患」にわずらわされた時代にも「政争」が複雑にからんでいることにある。これは「半島」という地政学的な立ち位置からくるものだが、それにくわえて朱子学内の分派党争が政争を生み出しているからである。

さらに18世紀末以降は北京から入ってきた天主教(=カトリック)が絡んでくる。この点は、キリシタンが弾圧されていた日本との違いである。

朝鮮半島を中心に、東アジアの近代史を専攻する著者の本を読むのはこれがはじめてだ。朝鮮史をテーマにした本は多いが、そのなかでは、かなりまともな本である。 

偏ったイデオロギーに左右されることなく、日本人の立場から、あくまでも史実をベースに公平に朝鮮史を見ようとしている点に好感を感じる。朝鮮史は、北であれ南であれ、イデオロギーに左右される度合いがあまりにも大きすぎるからだ。 

それだけに、この本の執筆はなかなか大変だったのではないかと推測している。帯には推薦文が掲載されているが、読者からの反応としては、好意的なものだけでなく、批判も多いのではないかな、と。 

繰り返すが、「党争」にあけくれた朝鮮半島の18世紀は、まったくつまらないので、読んでいて苦痛以外のなにものでもない。だが、それ以外は面白い。

もちろん、日本人が読んで面白い時代というのは、当事者である朝鮮半島の住民にとっては、苦難以外のなにものでもなかったことは重々承知のうえでの感想であるが・・・ 


(画像をクリック!


目 次
はじめに 
第1章 朝鮮王朝の建国(王氏から李氏への易姓革命/支配基盤の整備/揺らぐ王権/熾烈な派閥争い) 
第2章 華夷秩序の崩壊と朝鮮の危機(日本の侵略/迫りくる女真族の脅威/清の侵略と朝鮮の属国化) 
第3章 終わりなき政争と沈みゆく王朝(蕩平策の功罪/勢道政治と相次ぐ民乱/大院君と閔氏の争い/朝鮮を開いた日本の挑発と清の勧告) 
第4章 清・日本・ロシアの狭間で(親日と親露の角逐/大韓帝国の成立/日本による韓国併合/抗日独立運動の諸相) 
第5章 朝鮮半島の分断(戦後の主導権争い/遠のく独立/国家樹立の理想と現実/朝鮮戦争の帰結) 
おわりに
あとがき
参考文献

著者プロフィール
新城道彦(しんじょう・みちひこ)
1978年、愛知県生まれ。九州大学大学院比較社会文化学府博士後期課程単位取得退学。博士(比較社会文化)。長崎県立大学非常勤講師、九州大学韓国研究センター助教、新潟大学大学院現代社会文化研究科助教などを経て、フェリス女学院大学国際交流学部教授。専攻は東アジア近代史。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



<ブログ内関連記事>






(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end

2021年12月18日土曜日

書評『太平天国 ― 皇帝なき中国の挫折』(菊池秀明、岩波新書、2020)― 現代中国を理解するために「太平天国」について知ることは不可欠だ

 

ことし2021年は「太平天国」が1851年に誕生して170年目にあたる。 

科挙に3回挑戦したが失敗して挫折した「客家」(ハッカ)出身の洪秀全が、キリスト教の濃厚な影響のもとで始めた新興宗教が巨大化し、中国南部から北上する軍事勢力となったのが「太平天国」だ。

南京を占領して首都とするに至り、南京から南をほぼ支配下に置いたのである。 太平天国そのものは、その14年後の1864年に清朝の反撃によって壊滅したが、一時は清朝を壊滅の瀬戸際まで追い込んでいたのである。太平天国の乱による死者は2,000万にも及ぶとされる。桁違いの多さである。


■日米中でほぼ同時進行で発生した「内戦」

米国史上最大の内戦となった「南北戦争」(The Civil War)は、1861から1865年。にかけて起こっている。南北戦争における米国人の死者は60万人強、第二次世界大戦における米軍兵士の戦死者より多いという。米中ともに南北戦争であり、しかも南部が敗者となった点は共通している。

黒船来航は1853年で明治維新は1868年。「内戦」となった戊辰戦争は1968年から翌年にかけて起こっている。戊辰戦争の死者は1万人強と推定されている。こちらは西南と東北の戦いであり、東北が最終的な敗者となった。

19世紀半ばに、日米中で同時進行で大規模な政治変動が進行していたのだ。 


■「太平天国」の位置づけは時代で変化してきた

「太平天国」については、世界史の教科書にはかならず記載されているし、名前ぐらいは耳にした記憶があるはずだ。だが、中国の近現代史における位置づけは、時代とともに変遷してきた。 




かつては「中国革命の先駆者」としての位置づけであったが、2019年の「中華人民共和国建国70年」を経た現在では、かつてのような礼賛一辺倒というわけではなくなっている。 それに応じて、かつて日本で出版された「太平天国の乱」の関係書もニュアンスの違いが反映している(*上掲写真を参照)。

歴史家と同時代認識の関係である。具体的にいえば、『太平天国』(増井経夫、岩波新書、1951)は、「太平天国100年」を記念した出版物であり、中華人民共和国誕生からわずか2年後のものである。ただし、同時代人として上海で太平天国の動向を観察した高杉晋作など日本人が見た太平天国の記述は現時点からしても興味深い内容だ。

『洪秀全と太平天国』(小島晋治、岩波現代文庫、2001 初版1987)は、「太平天国150年」を記念して文庫化された作品だ。すでに中華人民共和国建国から半世紀以上たった時点での文庫化であり、前者と違ってかなり公平な見方が可能となってきた時点での最新成果であった。

『「ゴッド」は神か上帝か』(柳父章、岩波現代文庫、2001 初版1986)もまた、「太平天国150年」を記念して文庫化された作品だ。太平天国を直接扱った作品ではないが、翻訳論の専門家による God の漢訳をめぐるストーリーは、太平天国という新宗教をつくりだすきっかけとなった中国におけるプロテスタント布教と受容をたどることで明らかになる異文化論でもある。

過去の中国史においては「常識」といっていいが、王朝の滅亡は宗教が主導する民衆暴動がきっかけになったことが多い。それだけに宗教を敵視し、徹底的に宗教弾圧に向かっている習近平体制は、はたして新興宗教であった太平天国をどう評価していくのだろうか。 

そうでなくても近現代史というのは、立ち位置によって解釈が大きく異なるので扱いが難しいが、中国共産党が支配を続けている限り、中国近現代史について正確な歴史認識をもつには限界がある。平気で歴史を捏造するのが中国共産党であり、歴代の中国王朝である。


■『太平天国-皇帝なき中国の挫折』(2020)は現代中国を理解するための必読書

先日のことだが、『太平天国-皇帝なき中国の挫折』(菊池秀明、岩波新書、2020)を読んだ。ことし2021年は「太平天国170年」にあたる年である。

すでに見てきたように、太平天国について書かれた本は少なくないが、この本は最新の研究成果を織り込んだコンパクトな1冊で、読みやすく、しかも読みごたえがある。著者は、太平天国研究の現在の第一人者といっていいだろう。  

帯にもあるように「人類史上最悪の内戦」というのは、誇張でもなんでもない。少なく見積もっても、2,000万人以上(!)が殺されているのである。太平天国壊滅後に処刑された者を含めての人数だ。 

著者のスタンスは、現代中国を理解するためには太平天国を理解することは不可欠、というものだ。 

著者は「結論」で以下のように書いている。 (*太字ゴチックは引用者=さとう)


急速に大国化に向かう現在の中国を見るとき、太平天国に現れた中国社会の問題点は、なお未解決のまま残っていることがわかる。自分とは異なる他者を排斥してしまう不寛容さと、権力を分割してその暴走を抑える安定的な制度の欠如は、中国国内だけでなく、台湾や香港、少数民族をはじめとする周辺地域に深刻な影響を与えている・・ 


太平天国には、中国が抱える問題点が集約的に現れていたわけなのだ。「皇帝なき中国」を目指したはずの太平天国も、結局は中国の伝統的統治モデルをなぞるしかなかった。 

現在を理解し、近未来を考えるために必要なのが歴史的思考だ。中国共産党支配がもたらす問題点に冷静に対応するためにも、太平天国については最低限の知識をもつ必要がある。

そのためには、昨年2020年に出版されたこの本は最適だろう。ぜひ読むべきだ。 


画像をクリック!


目 次

はじめに 
1 神は上帝ただ一つ 
2 約束の地に向かって
3 「地上の天国」の実像
4 曽国藩と湘軍の登場
5 天京事変への道
6 「救世主の王国」の滅亡
結論
あとがき
参考文献
図版出典一覧
関連年表


著者プロフィール
菊池秀明(きくち・ひであき)
1961年神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業、東京大学大学院人文社会研究科博士課程修了。博士(文学)。中国広西師範大学、広西社会科学院に留学および在学研究。その後、中部大学国際関係学部国際文化学科講師、助教授、国際基督教大学准教授などを経て、国際基督教大学教授。専攻は中国近代史。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



<参考> 19世紀半ばのほぼ同時期に内戦状態にあった日米中

◆中国: 太平天国の乱(1851~1864)
◆米国: 南北戦争(1861~1865)
◆日本: 戊辰戦争(1868~1869)



<ブログ内関連記事>

・・「(ヴォーリスは)中国ミッションの困難と苦難に関する講演を聴いている最中、キリストの姿(=ビジョン)を幻視し、キリストから直接語りかけられたという劇的な回心を体験し、キリスト教の海外伝道という自らの使命(=ミッション)に目覚めた結果、建築家になる夢をあきらめ、後ろ盾もなく身一つで英語教師として日本に渡った」

・・宣教師ネットワークでつながっていた米中の深層底流

・・カトリックの中国ミッションの歴史



・・東アジアにおけるキリスト教土着は日本だけでなく、朝鮮半島でも中国大陸でも


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end

2021年3月13日土曜日

書評『花粉症と人類』(小塩海平、岩波新書、2021)-花粉症は「近代文明」の「負の側面」が生み出した

 
「新型コロナウイルス感染症」が蔓延するさなかではあるが、痛風が再発。さらには花粉症でもある。ここには記さないが、近視や口内炎、金欠病など数え切れない慢性疾患を抱えている。 
  
痛風は昨年2020年からのつきあいなのでまだ半年にも満たないが、花粉症との付き合いはじつに長いはじめて発症したのが1981年なので、ことしでもう40年になる。つまり人生の大半を花粉症と共生してきたわけだ。 

こんな本が出たので昨日読んでみた。『花粉症と人類』(小塩海平、岩波新書、2021)がそれだ。  

それにしても「花粉症と人類」とは、ずいぶん大きく出たものだな。とはいえ、単なる疾病というよりも、人類史全体に位置づけると花粉症の特質がよく見えてくるのかもしれないなと、読み終えてから思う。 

この本によれば、「世界の三大花粉症」というのがあるらしい。産業革命後の19世紀の英国の「干し草熱」(hay fever)20世紀前半の米国の「ブタクサ花粉症」、そして20世紀後半の日本の「スギ花粉症」である、と。

もはや「スギ花粉症」は「国民病」といっていいほど、日本人を日本人たらしめている存在だといっていいほど普及してしまったのだ。 

「花粉症」を英語で "hay fever" というのは、先にみたように英国が初発だからだ。英・米・日という順番で発生していったわけだが、たしかにこれは「産業革命」以降の「近現代史の負の側面」の現れといえそうだ。 自然破壊を続けていった「近代文明」に対する、自然界からの逆襲である。

花粉そのものは太古の昔から存在してきたわけであり、花粉に対する人体の反応が変化したにスギないのだ。花粉の表皮は簡単に壊れないので、地質学では年代測定に使用されるほどである。ちなみに花粉は英語で pollen というが、これはラテン語そのものであり古代ローマから存在することばだ。英語に導入されるにあたって変化していない。 

なるほど東京農大教授である著者の専門は「植物生理学」であって、人間の活動を広く生態系全体のなかで捉えようという姿勢に立っているらしい。花粉症に対しても医学的なアプローチではなく、スギ花粉が出ないような農学的な対策を研究し、製品開発まで行っているようだ。 

もちろん、こんな本を読んだからといって花粉症が治るわけではないが、「文明」と「自然」の関係を再考するキッカケになれば、意味のある読書となるといってよさそうだ。





目 次 
はじめに
第1章 花粉礼賛
第2章 人類、花粉症と出会う
第3章 ヴィクトリア朝の貴族病?-イギリス
第4章 ブタクサの逆襲-アメリカ
第5章 スギ花粉症になることができた日本人
第6章 花粉光環(コロナ)の先の世界
あとがき


著者プロフィール
小塩海平(こしお・かいへい)
1966年静岡県生まれ。1995年東京農業大学農学研究科博士後期課程修了。東京農業大学助手等を経て、2008~2009年オランダ・ワーヘニンゲン大学客員研究員。現在、東京農業大学国際食料情報学部国際農業開発学科教授。専門、植物生理学。幅広く人間の活動と生態系とを視野に入れる。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


<ブログ内関連記事>





 
 (2020年12月18日発売の拙著です)


(2020年5月28日発売の拙著です)


 
(2019年4月27日発売の拙著です)



(2017年5月18日発売の拙著です)


   
(2012年7月3日発売の拙著です)

 





Clip to Evernote 


ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end

2021年2月15日月曜日

書評『中央沿線の近現代史(CPCリブレ14)』(永江雅和、クロスカルチャー出版、2020)― JR中央線を利用している人は必読

 

『中央沿線の近現代史(CPCリブレ14)』(永江雅和、クロスカルチャー出版、2020)は、東京駅から高尾駅まで、言い換えれば東京都心から東京西郊をつないでいる、JR東日本の中央線の沿線を駅周辺の開発と発展を描いた近現代史である。著者は「沿線史」という表現をつかっている。

中央線は、最初から東京駅が始発だったわけではない中野駅から立川駅まで真西に向かった直線であるのに対し、中野駅から東京駅までS字カーブになっている。これは「鉄道史」で語られる内容であり、知っている人も少なくないことだろう。 

この本が「沿線史」だというのは、駅ごとの開発の歴史について語っているからだ。中央線の沿線史は、20世紀初期に始まった歴史であり、現在進行形の歴史である。 鉄道そのもののルートの変更はないが、沿線の風景は変化していく。

中央線の沿線に住んでいる人や働いている人(・・私も含めてかつてそうだった人も)は、自分にかかわりの深い駅の記述は熱心に読むことだろう。私も、子ども頃よく利用していた吉祥寺駅、大学時代に利用していた国分寺駅と国立駅、米国から帰国後の住居に近くの荻窪駅や阿佐ヶ谷駅については、ひじょうに興味深く読んだ。 

ページ数の制限があって、どうしても個々の駅とその周辺にかんする記述が少なくなってしまうのはしかたない。とはいえ、自分がよく知らない駅と、その周辺について知ることができたのは有益だった。 

この本を読んでよくわかったのは、もともと蒸気機関車として始まった私鉄が国有化され、複線化と電化(1922年)と関東大震災(1923年)が、列車運行の効率性の向上と、東京郊外への人口流入を促進したことだ。いまからちょうど100年前のことになる。その意味でも、この100年の日本史を「沿線史」として描いていることになる。

このシリーズでは、すでにおなじ著者によって『小田急沿線の近現代史』と『京王沿線の近現代史』が書かれている。本書は、平行して走るこの2つの私鉄との比較がベースにある。次はどの鉄道を取り上げるのだろうか、大いに楽しみだ。

私としては、帝国陸軍鉄道部隊の演習用として敷設され、民間に払い下げ後の高度成長期には沿線開発が進んだ、千葉県西部の新京成電鉄を取り上げてほしいと思っているのだが、そうは問屋が卸すまい。

著者は、日本経済史が専門の専修大学経済学部教授。というより、個人的な話であるが、私にとって一橋大学合気道部の後輩でもある。




  

<ブログ内関連記事> 
   






(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどう
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end