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2019年8月3日土曜日

書評『大山倍達正伝』(小島一志/塚本佳子、新潮社、2006)-「戦前・戦中・戦後の昭和史」を生き抜いた朝鮮半島出身の男の骨太で波瀾万丈の人生


『大山倍達正伝』(小島一志/塚本佳子、新潮社、2006)を読了。出版されてすぐに購入した本だが、今回がはじめての通読。なんと13年間も寝かしたままだったことになる。600ページを越す大著である。 

大山倍達(おおやま・ますたつ)といってピンとくるのは、当然のことながら空手、しかも極真空手にかかわってきた人たちだろう。あるいは、子ども時代にアニメやマンガで『空手バカ一代』に熱狂した世代の人たちであろう。私は前者には該当しないが、後者の1人である。『空手バカ一代』は、いまでも大好きだ。 

大山倍達が亡くなったのは1994年、すでにもう25年も前のことになる。すでに四半世紀も過ぎているので「過去の人」になっているといえば、そのとおりだ。 だが、1994年に大山倍達が亡くなって直後に始まった極真会の後継組織の混乱ぶりは、少なくとも私にとっては記憶に新しい。武道界のなかのことであるが、男子直系相続で3代目の道主が率いる合気会とは、際だった違いを示していたからだ。 


『大山倍達正伝』は二部構成をとっている。「第1部 人間・崔永宜」(塚本佳子)と「第2部 空手家・大山倍達」(小島一志)。 

崔永宜と書いてチェ・ヨンイと読む。大山倍達の出生時の「本名」だ。大山倍達は「通名」である。大山倍達は、朝鮮半島出身者であった。戦時中に日本に密航してきのである。だから、空手家・大山倍達の人生とは、「戦前・戦中・戦後の昭和史」を生き抜いた半島出身の男の波瀾万丈の人生、ということになる。 

大山倍達が半島出身であることは、すでに1980年代後半には私も知っていた。「倍達」はハングルで「ペダル」と読み、朝鮮の古名であることもまた。 

だが、本書によれば、大山倍達のメンターであった民族運動家・曹寧柱(そう・ねいちゅう:この人は石原完爾の東亜連盟の中心人物でもあった)に命名されたが、大山倍達自身は「倍達」の意味を知らなかったようだ。故郷を捨て日本で生きることを決意し、民族運動からは完全に足を洗ったつもりだったが、皮肉なことに、最期の最期まで「民族」を背負い続けたことになる。 

極真空手の関係者ではないので、私にとって第2部はそれほど関心のある内容ではなかったが、大山倍達の信条である「力なき正義は無能なり、正義なき力は暴力なり」がパスカルの『パンセ』の一節から来ていることを知ったのは驚きであった。武器を取り上げられた沖縄で発達した空手(当時は唐手)が内地に導入されてとげた進化、また大山倍達が空手以外の武道からも貪欲に学び、柔道や合気道のエッセンスも取り入れていることは興味深い。 

とはいっても、興味深く読んだのは「第1部」である。日本の近現代史、そのなかでも「戦前・戦中・戦後にまたがる昭和史」そのものを熱く生き抜いた大山倍達=崔永宜を、日本と半島のあざなえる縄のごとき複雑なからみあいを丁寧に解きほぐしながら迫っているからだ。大山倍達もまた、力道山と似たような人生を歩んだことになる。 

とくに圧巻となるのは、「第1部第4章 民族運動-激動の日々」であろう。日本が無条件降伏によって敗戦したその瞬間間から活発化したのが、植民地として支配されていた朝鮮や台湾の人びとの動きだ。 

占領軍から「第三国人」とされていたこの人びとのなかでも、とくに動きが激しかったのが朝鮮半島出身者たちだ。民族独立に際して共産主義(・・のちの北朝鮮)か反共(・・のちの韓国)かという争点をめぐって、凄惨な内ゲバ状態がもたらされる。大山倍達もその渦中にあって、武闘派として暴れまくったわけだ。この時代は、ほとんど治外法権といってもよい状況でもあり、詳しいことは記録に残っていない。サンフランシスコ講和条約によって日本が主権を回復した1952年までの7年間のことである。 



(【公式】空手バカ一代 第1話「焼けあとに空手は唸った」(1973) 
(*もちろん『空手バカ一代』の主人公と大山倍達はイコールではない)


大山倍達は、現在風に表現をつかえばセルフ・プロデュースに長けた人だったということになる。日本武道である空手の世界でナンバーワンになるためには、作り上げたイメージを生き切ることが必要とした。そして、見事にイメージつくりに成功したといえる。さまざまなエピソードがあるが、かなりの部分が虚構であることは、著者たちによる探求で実証されている。 

『空手バカ一代』によって、空手の世界を超えた有名人となったわけだが、もちろん荒唐無稽といってもよい内容のマンガの主人公と、実物とはイコールではない。というよりも、原作者の梶原一騎の創作によってできあがった虚像があまりにも肥大化してしまったために、本人自身が苦しむことになってしまったようだ。 その意味では、大山倍達は、もちろん本人自身の血のにじむような努力がベースにあったが、セルフ・プロデュースによって成功をつかんだ一方、行き過ぎたセルフ・プロデュースの罠にはまってしまったといえるかもしれない。 

本書は、そんな大山倍達=崔永宜の人生を描いた大著だが、根底にあるのは愛だと感じさせられた。けっして真相を暴くといった姿勢ではない。なにごとであれ、真相というものは「虚実皮膜」のあいまにあるものだが、対象への愛があるからこそ、真相を明らかにしたい、本当のことを知りたいという気持ちがわき上がってくるのであろう。 

この本を読んだあとも、私は『空手バカ一代』が大好きだと気持ちにまったく変化はない。フィクションをフィクションとして受け入れて楽しむ。フィクションの主人公が、モデルとされた人物の実像とかけ離れたものであっても構わないではないか。歴史小説と歴史の違いといってもいい。 

人生とはパーソナル・ストーリーであり、パーソナル・ヒストリーである。大山倍達の人生もまた、「戦前・戦中・戦後にまたがる昭和史」そのものであった。「空手バカ一代」の人生は、波瀾万丈の骨太の人生であった。






目 次

「はじめに」(塚本佳子) 
第1部 人間・崔永宜 (塚本佳子)  
 序章 極真空手と「大山倍達伝説」  
 第1章 誕生-世界のなかの朝鮮 
 第2章 少年時代-「虎の骨」と臥龍山の咆哮 
 第3章 渡日-翻弄された時代 
 第4章 民族運動-激闘の日々 
 第5章 頂点-世界の極真空手 
 終章 存在証明-崔永宜と大山倍達 
第2部 空手家・大山倍達 (小島一志) 
 序章 原点「力なき正義は無能なり」 
 第1章 伝説と虚飾の原風景 
 第2章 剛柔流と松濤館-修行時代(1) 
 第3章 第1回全日本大会と山籠り-修行時代(2) 
 第4章 謎に包まれたアメリカ遠征 
 第5章 伝説から極真会館建設へ 
 終章 晩鐘 
「エピローグ」(小島一志)  
おわりに」(小島一志) 
参考文献





著者プロフィール

小島一志(こじま・かずし) 
1959年、栃木県生まれ。早稲田大学商学部卒業。株式会社夢現舎(オフィスMugen)代表取締役。元『月刊空手道』『月刊武道空手』編集長。極真会館空手道、講道館柔道の有段者。武道・格闘技関係者との深い交友関係を持つ (本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


塚本佳子(つかもと・よしこ) 
茨城県生まれ。株式会社夢現舎(オフィスMugen)取締役副代表。元『新極真空手』編集長。編集者として多くの武道・格闘技関連媒体の制作を手掛ける(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)








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