『ドイツの自然療法 ー 水治療・断食・サナトリウム』(森貴史、平凡社新書、2021)を読んだ。現在では常識となったダイエットやボディケアの原点がどこにあるのかを知ることができる、じつに興味深い内容の本であった。
■『踊る裸体生活』、『裸のヘッセ』そして『ドイツの自然療法』は三部作
じつは『ドイツの自然療法』を読む前に、同著者による『裸のヘッセ ー ドイツ生活改革運動と芸術家たち』(法政大学出版局、2019年)を読んでいた。ヘルマン・ヘッセがむかしからの愛読書だからだ。
そして、『ドイツの自然療法』を読んだあとに『踊る裸体生活 ー ドイツ健康身体論とナチスの文化史』(勉誠出版、2017)を読んだ。
出版の順番からいったら、『踊る裸体生活』『裸のヘッセ』そして『ドイツの自然療法』となる。購入した順番もおなじである。『ドイツの自然療法』はこれら前著の一般向けバージョンとしての位置づけになるのだろう。
『踊る裸体生活』『裸のヘッセ』『ドイツの自然療法』の三部作には重複部分も少なからずあるが、基本線は先にもふれた19世紀ドイツの「生活改革運動」である。
19世紀後半に急速に近代化が進むなか、違和感を感じていた人たちが初めて大きな潮流となったのが「生活改革運動」(Lebens-reform-bewegung*)である。
* ハイフンは不要だが、ドイツ語は熟語の分かち書きをしないので、便宜上いれておいた
■『ドイツの自然療法 水治療・断食・サナトリウム』
まず『ドイツの自然療法 ー 水治療・断食・サナトリウム』(森貴史、平凡社新書、2021)を見ておこう。ダイエットやボディケアの原点は「生活改革運動」にあったのである。
「自然療法」とは、大学の医学部で研究され教授される「近代医学」に対抗して生まれてきたものだ。近代医学から見放された患者がたどりついたのが「自然療法」である。
「民間療法」をベースに生まれてきたこの治療法は、「代替医療」(オルタナティブ・メディスン)ともいう。現在では「近代医学」とは補完的な関係にある。 日本でいえば「漢方」の位置づけに似ている。
では、なぜ「ドイツの」という形容詞が「自然療法」の前につくのか? それは、現在よく知られている「自然療法」の多くがドイツで生まれだからだ。 「ホメオパシー」は、もともとドイツでは「ホメオパティー」とよばれている。
19世紀後半に急速に近代化が進むなか、違和感を感じていた人たちが初めて大きな潮流となったのが「生活改革運動」であり、その一貫として「自然療法」が生まれ、定着するようになったのである。
「断食」はもともと宗教起源だが、食事療法(ダイエット)の一貫である。「水治療」や「サナトリウム」はドイツ生まれである。日本人の理解とは違って、ここでいうサナトリウムは結核治療だけが対象ではない。
自然療法のベースとなるのが「水療法」だ。温水浴、湿布、マッサージ、スキンケアと発展していく。 これに菜食主義、断食療法、日光浴、運動と体操、サナトリウムといった形とあわせて発展し、先進国ではすでに当たり前のものとして受け入れられている。
わたしとしては、生活改革運動に端を発する「代替治療」にかんして、ドイツと同時代のアメリカの関係についてもっと知りたいと思う。この二者が二大源泉であるからだ。
スキンケアのNIVEA(ニベア)はドイツ生まれだし、食事療法にかんしてはシリアルのミュースリーはドイツ生まれ、ケロッグはアメリカ生まれである。
目次はじめに第1章 自然療法成立の背景と先駆者たち第2章 自然療法の基本としての水治療法第3章 菜食主義と断食療法第4章 日光浴と裸体文化第5章 自然療法における運動と体操第6章 自然療法サナトリウム第7章 ナチス時代の自然療法あとがき主要参考文献一覧図版出典
著者プロフィール森貴史(もり・たかし)1970年、大阪府生まれ。Dr. Phil.(ベルリン・フンボルト大学)。現在、関西大学文学部(文化共生学専修)教授。専門はドイツ文化論。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)
■『踊る裸体生活 ー ドイツ健康身体論とナチスの文化史』
なぜナチスドイツでは健康が最重要視されていたのか? わたしにとって、これはかなりむかしからの関心事項であった。
高校時代にワンゲル部にいたわたしは、「ワンダーフォーゲル」がもともとドイツ語で「渡り鳥」(Wandervogel)であることを知り、鳥が Vogel であることが知識になった。Wander は英語からその意味は類推できる。
ヘルマン・ヘッセの前期の青春小説をよく読んでいたことも、ワンゲルに入った理由のひとつだったかもしれない。この点は『』
社会人になってからは、ウォルター・ラッカーの名著『ドイツ青年運動 ー ワンダーフォーゲルからナチズム』(人文書院、1985)を読んだ。自分にとっては驚きの内容であったが、自然と健康がドイツ人にとってのテーマであることは知った。20世紀の前半のドイツ現代史でもある。
この本の日本語版の副題は、長いあいだ「ワンダーフォーゲルからヒトラーユーゲントへ」と記憶していたが、「青年運動」はドイツ現代社会史のテーマである。その後、『世紀末ドイツの若者』(上山安敏、三省堂、1986)も読んでいる。このテーマには多大な関心があったのだ。
青年運動と自然賛美、そして健康と健康美。ここらへんまではその関連はわかる。ドイツ版のアールヌーヴォーである「ユーゲントシュティル」の絵画には親しみを感じていたからでもある。
だが、戦前の日本で出版されたシュトラッツなどの古書の口絵には、完全な裸体でスポーツに興じている男女のモノクロ写真が掲載されているものもあり、戦前のドイツ人が、なぜこんなに裸体をさらしているのか不思議だったのだ。
イタリア人だが好んでドイツをテーマに映画をつくっていた、ヴィスコンティ監督の名作『地獄に落ちた勇者ども』(1969年)には、「レーム粛正」の前日に若い突撃隊員たちが素っ裸で湖に飛び込んでいくシーンがある。ドイツ人はなぜこうも裸体になるのが好きなのか?
そういえば、Playboy誌で全裸を披露した、元フィギュアスケート金メダリストのカタリーナ・ヴィットは、なぜ社会主義の東ドイツ出身なのに、惜しみなくヌードを披露したのか?
テーマには多大な関心があるので、購入したが読むきっかけを失って7年もたってしまっていた。写真が多数挿入されているこの本は、上記の疑問に十分に答えてくれる本であった。
ただし本書には、『地獄に落ちた勇者ども』にかんする直接的な言及はない。ドイツ映画ではないためだろうか。これは残念なことだ。
さらに、東ドイツ出身のカタリーナ・ヴィットへの直接的な言及もない。ボディビルの話はでてくるが(・・アーノルド・シュワツネガーはドイツ語圏のオーストリア出身)、アスリートのヌードへの関心がないためか。これもまた残念なことだ。
東西分割後の東ドイツでは、「裸体文化」がそのまま継承されたことが簡単に言及されている。ドイツ語では FKK(Freikörperkultur)というらしい。直訳すれば「自由身体文化」となる。
ナチズムが完全に払拭されなかった点も含めて、「東ドイツ社会史」には、もっと注目したほうがいいように思う。そんな本があれば、読んでみたい。
目次序第1章 裸体文化運動の先駆者たち第2章 山野の自然を愛する者たち第3章 運動する肉体の美と健康第4章 裸体文化をめぐる思想家たち第5章 裸体文化運動の理論家たち第6章 ナチスと共存する裸体文化主要参考文献一覧・図版出典一覧跋人名索引
◆『裸のヘッセ ー ドイツ生活改革運動と芸術家たち』
なによりも、カバーの写真におどろかされる。裸で背中と尻を見せているヘッセの立ち姿は、おそらく本邦初公開ではないか?
アスコーナをめぐる思想史は、すでに名著『神話と科学 ー ヨーロッパ知識社会 世紀末~20世紀』(上山安敏、岩波書店、1984)を読み込んで知っていたが、ヘルマン・ヘッセのことが書かれていたかどうか記憶になかった。その意味では、本書はたいへん興味深いものであった。
テーマ的には、先に紹介した2冊とかなり重なる面があるが、「生活改革運動」こそ最重要のテーマである。本書はその具体的な事例となっている。
「生活改革運動」というテーマとは、あまり関係ないように思うが、ヘルマン・ヘッセと日本との特殊なかかわりや、ヘッセの代表作『デミアン』にかんする章は、ヘッセの読者としては興味深い。も
ちろん、『シッダールタ』の著者ヘッセと少年時代からのインドとの深いかかわりについてはいうまでもない。
わたしとしては、後期の中国思想の『易経』とのかかわりについて知りたいところであったが、これらのテーマについては別の本を探して探求することにしたい。
目次序 生活改革運動とヘッセ/ヘッセの略歴と周辺事情/本書の立ち位置第1章 生活改革運動の聖地 ― アスコーナのモンテ・ヴェリタ第2章 ガイエンホーフェン時代のヘッセとアスコーナ第3章 放浪の預言者グスト・グレーザー第4章 菜食主義者ヘルマン・ヘッセ第5章 「放浪の預言者」と呼ばれた人びと第6章 『ペーター・カーメンツィント』の生活改革運動第7章 生活改革運動家との訣別 ―『友人たち』(1908年)をめぐって第8章 ヘッセと日本の特殊な関係第9章 サナトリウムのヘルマン・ヘッセ第10章 『デミアン』― 夢が現実になる世界跋主要参考文献一覧図版出典人名索引
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・・「アニマル・ウェルフェア」をさらに越えて、「アニマル・ライツ」(動物の権利)までいくと、ちょっとついて行けないところもあるのだが、英語圏で流通している思想について
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