『伊藤忠 ー 財閥系を超えた最強商人』(野地秩嘉、ダイヤモンド社、2022)を読了。 たいへん面白い本だった。
伊藤忠160年の歴史を、創業時の「近江商人」としてのルーツから、最強商社となった2020年代の現在までたどった企業ストーリーものである。
総合商社のなかでは伊藤忠がダントツに面白い。そう感じるようになっていったのは、読書家としても有名な丹羽正一郎氏が社長となってからのことだ。そして、現在は会長になっている岡藤正広氏が社長になってから、さらに面白くなった。
その意味では、本書はちょっとヨイショ本的な印象がなくはないが(笑)、ストーリーテラーとして企業活動に寄り添い、ポジティブな側面を見ようという姿勢は、けっして悪いものではない。揚げ足取りが目的のジャーナリスト的な批判本ではない。
わたしが就職活動をやっていたその昔、1980年代の前半には「商社冬の時代」と言われていたが、それでも商社を目指す学生は物産か商事、つまり三井物産か三菱商事のどちらかしか念頭になかった。いずれも財閥系である。
「糸へん商社」として低く扱われていた伊藤忠が、ビジネス世界を超えて、一般的にも有名になったのは瀬島龍三氏の存在が大きかったように思う。元エリート陸軍参謀でシベリア抑留10年という人物。山崎豊子の『不毛地帯』のモデルとなった人物だ。
だが、本書においては瀬島氏はあくまでも傍流という位置づけであり、その点は著者の見識といってもいいと思う。伊藤忠の本流は「商人」であり、それは創業時から一貫したものであるのだ。
現在は会長の岡藤氏が繊維畑の営業マンとして頭角を現したのは、紳士服の服地にブランドをつけて売るという「販売イノベーション」を行ったことにある。
その気づきを得たエピソードと、業界に先駆けて仕組みを構築した先見性は注目に値する。成長性が低いと見なされがちの既存の業界も、やり方次第であらたな展開が可能なのだ、ということを示しているからだ。
岡藤氏は、大阪出身で東大出であるが、海外駐在経験もなく、経営企画も経験しておらず、大阪で伊藤忠の祖業である繊維営業一筋でやってきた人であるらしい。そんな人を社長として抜擢した伊藤忠という会社は面白い。あくまでも本流は「商人」なのである。
それにしても岡藤氏が打ち出した「か・け・ふ」というフレーズは、内容からいっても、コミュニケーションの点からいっても、じつにすばらしい。
「か」は「稼ぐ」の「か」、「け」は「削る」の「け」、「ふ」は「防ぐ」の「ふ」の略である。
稼ぐ、削る、防ぐ。稼ぐ力があっても、削れるコストを削らなくては利益が確保できない。非常事態が発生しても即座に対応できなくては、企業を守ることはできない。伊藤忠160年の歴史から導きされたビジネス三原則である。
「か・け・ふ」は、まさにこれこそ商売の要諦、どんなビジネスでも共通するものだな、と。いや、ホームエコノミクスである家政にも応用可能だろう。
顧客志向とマーケットインという姿勢、これは最強企業とされるキーエンスにも共通している。基本はおなじなのである。
そして、基本に忠実に、基本を徹底する。これができるかどうかで、企業の命運は分かれる。
本書もまた、学ぶべきものは多い、しかも読みごたえのある本であった。
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目 次プロローグ 社員との約束第1章 伊藤忠の原点第2章 財閥系商社との違い第3章 戦争と商社第4章 総合商社への道第5章 高度成長期における商社の役割第6章 自動車ビジネスへの挑戦第7章 オイルショックの衝撃第8章 下積み時代の教訓第9章 バブルの残照第10章 商社の序列第11章 コンビニ事業への参入第12章 ITビジネスへの飛躍第13章 か・け・ふ第14章 あるべき姿とめざすべき姿第15章 日本と総合商社第16章 CEOの決断エピローグ 花見と桜と
著者プロフィール野地秩嘉(のじ・つねよし)ノンフィクション作家。1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経て現職。人物ルポルタージュ、ビジネス、食、芸能、海外文化など幅広い分野で執筆。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)
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