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2025年5月10日土曜日

ひさびさに成田山を参詣(2025年5月9日)ー 成田から成東へ その1 成田山を参詣し「成田羊羹資料館」を訪問

 

ひさびさに成田山にいってきた。

成田山(なりたさん)といっても山ではない。成田山新勝寺のことだ。千葉県成田市にある真言宗豊山派の寺院であり、成田山とはその山号のことだ。

子どもの頃に千葉県北西部の京成電鉄沿線に移住してきて以来、成田山参詣の街道筋である「成田街道」の沿線に住んできたので、成田山はたいへんなじみが深い。いまから10年以上前になるが、断食道場で断食修行したこともある。 

そういえば最近いってなかったな、たまには行かなくては、ということで昨日(2025年5月9日)日ひさびさに成田山へ。 

京成電鉄で成田空港行きに乗車するが、格安航空の利用客であろう、インバウンドの帰国組を含めた海外渡航者とその大型のキャリーバッグがが車両中を占有していて、通勤ラッシュ並の窮屈さに息苦しいこと限りなし。まあ、車内で悪さをするわけではないので大目に見るしかないか・・・ 

そんな海外渡航者とは違って、わたしは京成成田駅で下車する。成田空港方面に向かう乗客で、この駅で下車するのは日本人が大半だ。成田詣でとJR成田駅への乗り換えの人が多いのだろう。 





■成田山のひたすら下へと下っていく参道は・・

成田山の表参道は、いつも思うのだが、じつに興味深い。羊腸のごとき参道をひたすら下へ、下へとくだっていくのだ。いったん死んまた生き返るという、ある種のイニシエーション感覚を体感させるためなのだろうか、いつ来ても不思議に思う。 参道は産道か?

表参道を下りきったところに山門があり、そこから入って急な石段を登ると本堂がある。この石段が急なのだ。 

参道沿いには名物のうなぎ店など飲食店や雑貨店がぎっしりと軒を連ねている。だが、真言宗の本山である高野山より俗化された印象がないのは、参道が狭くて自動車は下に向けての一方通行だからだろうか。 

ゴールデンウィーク開けの平日午前中の成田山は、参拝客は少ない。少ない参拝者のなかで、インバウンド比率はせいぜい2割くらいだろうか。この日はタイ人観光客はいなかったようだ。 





「二宮尊徳翁開眼の地」の石碑があるのは、二宮尊徳がこの成田山で連続21日間(!)の断食を達成して、開眼しているからだ。知る人ぞ知るエピソードである。 

ところがその断食修行は、現在中止になっている。そのわけが現地にきてはじめてわかった。3年後の「開山1090年!」に向けて、「信徒会館」の建設地となっているためだ。はたして、断食修行は再開されることがあるのだろうか? 




境内の売店で、『成田街道いま昔』(湯浅吉美、成田山選書14、2008)を購入する。この本を買うのも、ひさびさに成田山にきた理由の一つだ。この本には ISBN がついてないので、一般書店には流通していない。 

この本以外の成田山選書は、断食道場に滞在した際に、たいてい読んでしまったが、この本は書架になかったような気がする。成田街道について詳しく知るために、手元においておきたい本の一冊だ。




■「成田羊羹資料館」をはじめて見学

さて、ふたたび表参道を、こんどはひたすら歩いて登っていく。つぎなる目的は、「成田羊羹資料館」である。今回ひさびさに成田に来た理由には、「成田羊羹資料館」を見学することもあった。 

成田と羊羹(ようかん)の結びつきは古い。成田で羊羹といえば米屋(よねや)である。全国的な知名度のある虎屋ほどではないが、すくなくとも千葉県民なら「米屋の栗羊羹」の存在を知らないはずがないのが米屋の羊羹。

ただし、古いとはいっても明治32年(1899年)の創業だから、125年の歴史しかないわけだが、けっして短いとは言えないだろう。 その米屋の企業ミュージアムが「成田羊羹資料館」である。その存在は昨年知ったばかりだ。 

今回訪問してはじめてわかったが、資料館はなんと参道に面した「なごみの米屋総本店」の裏にあった。いまのいままで半世紀近く知らなかったとは、まったくもってうかつな話である。 




資料館はこじんまりとした木造2階建てで、1階は企画展示ルームで、2階が常設展示スペースになっている。米屋の社史と羊羹の歴史、そして明治・大正時代の羊羹製造用具と創業者ゆかりの品々昭和レトロ感のある広告宣伝ポスターなどなどが展示されている。 

なんといっっても目にとまったのは、わたしが生まれた年である昭和37年(1962年)の「缶入りの水ようかん」(当時の新製品)の宣伝に、デビュー当時の岩下志麻が採用されているということだ。いやあ、ほんと美人だなあ、と。 





「モラロジー」とは道徳科学のことで、創始者の法学博士・廣池千九郎(ひろいけ・ちくろう)の造語である。「ニューモラル」という小冊子を見たことのある人も少なくないかもしれない。その後、廣池千九郎の理念にもとづき、千葉県柏市には麗澤学園が開設されている。 

米屋の創業経営者は「米屋羊羹の信條」(昭和33年=1958年)を残している。資料館で配布しているパンフレットから引用しておこう。 


一. 人生本来の使命は享楽乃至(ないし) 財貨の蓄積に非ずして、相互扶助神人和楽の陽気暮らしを営むにあり 
二. 商業の目標は己れの利益を図るに非ずして、物資交流の仲介をなし世を益するの道にて、己れの活きる道亦(また)栄える道もその中にあり
 (・・・中略・・・) 
一七. 買うに元方を絞り、暴利を貪り、求めて飽くことを知らず、又機運に乗じ、狡智を弄し乃至(ないし)投機に輸贏(ゆえい)を争い、一攫千金の富を得て子孫の為に財貨を倉廩(そうりん)に充たすも、之等は何れも槿花一朝(きんかいっちょう)の夢、大自然不測の災いにあい必ず滅亡する 
十八. 己に薄く他に厚くし、苟(いやしく)も余力あらば歓喜して大に善種(社会福祉の為に尽くすこと)を植え、以つて徳を天の御蔵に貯えよ 


ざっとこんな感じで全部で18条まである。すばらしいではないか! 

近年パーパスなる英語がビジネス界で使用されるようになっているが、パーパスやミッションのバックボーンがなんであるか知ることは、とても大事なことだ。

 仏教やキリスト教、あるいは神道その他の宗教や道徳であることが一般的だが、米屋の創業者の場合、それが「モラロジー」だったというわけだ。 第1条に「陽気ぐらし」とあるように、創業者はもともと16歳以来の天理教の信者であった。

さて、展示スペースはそれほど大きなものではないので、一巡したら見学は終了、次の目的地の成東に向かうため、JR成田駅に向かって歩いていく。 (つづく) 


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