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2014年2月16日日曜日

フィギュアスケートの羽生選手を金メダルに導いた映画 『ロミオとジュリエット』(1968年版) のテーマ曲


現在ロシアのソチで開催2014年冬季オリンピックで、19歳の羽生結弦(はにゅう・ゆづる)選手が男子フィギュアスケートで日本初の金メダル! すばらしいですね!

19歳の若さで「心技体」が三位一体となった演技。じつにすばらしい。カタカナでいえばメンタル、スキル、そしてフィジカル。

解説者のコメントによれば今季の羽生選手は体力増強につとめたということすが、技術力はあるし、演技力もある。しかも脳科学の知見をもとにしたメンタルのコントロールも自覚しているところが知的な印象を受ける好青年。

ショートではパーフェクト以上の100点越えがすごかったのはもちろん、フリーでは前半の失敗にもめげずにセルフコントロールして後半で大技を決めたことが・・・になったようです。


(羽生結弦選手 wikipediaより)

わたし的には、さらに選曲もベストだったと思いますよ。

フリーで使用した曲は映画 『ロミオとジュリエット』の主題曲。それも、オリビア・ハッセー主演の1968年版です。甘い調べですが、なにか悲劇的な予感も感じさせる曲です。

若い人ならディカプリオ主演の現代版ともいうべき1996年リメイク版(・・といっても『ロミオとジュリエット』は何度も映画化されてますが)を思い浮かべることでしょうが、あえて1968年版のテーマ曲を選曲したというのがすばらしいと思うのです。

もちろんチームとしての選択でしょうが、本人も了解してのことですから、そこに羽生選手のすぐれた感性を感じます。


■1968年版の『ロミオとジュリエット』はフランコ・ゼフィレッリ監督の作品

1968年版の『ロミオとジュリエット』監督はイタリアのオペラ演出家フランコ・ゼフィレッリ。主演のロミオとジュリエットは、それぞれ16歳と15歳の無名の新人を起用しています。

(1968年版 ゼフィレッリ監督の『ロミオとジュリエット』)

ジュリエットを演じた15歳のオリビア・ハッセーがじつにういういしいですが、その後はあまりパッとしなかったのが残念ですね。歌手の布施明と結婚していたことくらいしか思い出しませんが・・・。

フランコ・ゼフィレッリといえば、アッシジのフランチェスコの前半生を描いた青春映画の名作 『ブラザーサン・シスタームーン』(1972年)。『ロミオとジュリエット』(1968年)もそうですが、中世イタリアを舞台にしたゼフィレッリの映画作品はじつにすばらしい! 時代の空気というものを感じさせるものがあります。しかも商業的成功を視野に入れてセリフが英語(!)ということもまた。

冒頭に掲載したのは、マイコレクションから映画 『ロミオとジュリエット』サントラ盤のシングルレコード。すでにレコードプレイヤーをもってないので再生できないのが残念ですが・・。 YouTube で Romeo and Juliet (What Is A Youth)を聴いてみましょう。


挿入曲として使用されているテーマ曲は、映画音楽の巨匠ニーノ・ロータの作曲、歌詞はシェイクスピアの原文にはないので、あらたに書きおろされたのでしょう。

What is a youth ?
Impetuous fire.
What is a maid ?
Ice and desire.
The world wags on.
A rose will bloom
It then will fade
So does a youth.
So do-o-o-oes the fairest maid.
Comes a time when one sweet smile
Has its season for a while...Then love's in love with me.
Some they think only to marry, Others will tease and tarry,
Mine is the very best parry. Cupid he rules us all.
Caper the cape, but sing me the song,
Death will come soon to hush us along.
Sweeter than honey and bitter as gall.
Love is a task and it never will pall.
Sweeter than honey...and bitter as gall
Cupid he rules us all
(出所: WHAT IS A YOUTH LYRICS)

■シェイクスピア作品は演劇でも映画でも原文そのままをセリフとして使用

シェイクスピア作品は、演劇はもちろん映画でも、英語を現代風に書きなおしたりいっさいせず、原文そのままのセリフをしゃべることになっています。シェイクスピアは、英語にとって聖書とならんで源泉となる存在なのです。

日本人にはなかなかでは聞くだけだけでは難しいかもしれませんね。日本の歌舞伎や能狂言もセリフを現代風に直さないのと同じです。

ウェブ上にある The Complete Works of William Shakespeare から Romeo and Juliet の Act 1, Scene 5: A hall in Capulet's house.(第一幕第5場 キャピュレット家のホールにて)のシーンから原文を見ておきましょう。挿入曲の What is youth ? につづくロミオとジュリエットのやりとりです。

日本語訳はつけませんので、お好きな文庫本で「第一幕第5場」をご確認ください。といっても、『ロミオとジュリエット』にかんしてはあまりいい翻訳がないので、書店の店頭で各種の文庫本を比較検討し、自分の好みの翻訳を選ぶことをお薦めします。

ROMEO
[To JULIET] If I profane with my unworthiest hand
This holy shrine, the gentle fine is this:
My lips, two blushing pilgrims, ready stand
To smooth that rough touch with a tender kiss.
JULIET
Good pilgrim, you do wrong your hand too much,
Which mannerly devotion shows in this;
For saints have hands that pilgrims' hands do touch,
And palm to palm is holy palmers' kiss.
ROMEO
Have not saints lips, and holy palmers too ?
JULIET
Ay, pilgrim, lips that they must use in prayer.
ROMEO
O, then, dear saint, let lips do what hands do;
They pray, grant thou, lest faith turn to despair.
JULIET
Saints do not move, though grant for prayers' sake.
ROMEO
Then move not, while my prayer's effect I take.
Thus from my lips, by yours, my sin is purged.
JULIET
Then have my lips the sin that they have took.
ROMEO
Sin from thy lips ?  O trespass sweetly urged !
Give me my sin again.
JULIET
You kiss by the book.
Nurse
Madam, your mother craves a word with you.
ROMEO
What is her mother ?
Nurse
Marry, bachelor,
Her mother is the lady of the house,
And a good lady, and a wise and virtuous
I nursed her daughter, that you talk'd withal;
I tell you, he that can lay hold of her
Shall have the chinks.
ROMEO
Is she a Capulet ?
O dear account! my life is my foe's debt.
BENVOLIO
Away, begone; the sport is at the best.
ROMEO
Ay, so I fear; the more is my unrest.
CAPULET
Nay, gentlemen, prepare not to be gone;
We have a trifling foolish banquet towards.
Is it e'en so? why, then, I thank you all
I thank you, honest gentlemen; good night.
More torches here! Come on then, let's to bed.
Ah, sirrah, by my fay, it waxes late:
I'll to my rest.

Exeunt all but JULIET and Nurse

どうでしたか?

おそらく面倒くさいので英文を最初から最後まで目を通した人はあまりいないと思いますが、部分部分で単語を拾って理解することはできるでしょうし、ウェブ辞書で意味も確かめることもできるので、まったく取り付く島がないということはないと思います。

これを耳で聴いただけですぐに意味がわかるのは、なかなか大変なことでしょう。

とはいえ、「英会話にシェイクスピアは不要」などと、間違ってもバカなセリフをクチにはしたくないものですね。それとわからなくても、日常会話レベルでも聖書やシェイクスピアからきた表現がみられるのが英語という言語です。

そのためには、丸暗記してしまうのも一つの方法です。舞台俳優も映画俳優もセリフは丸暗記するのですよ! 丸暗記してしまえば、耳で聞いても単語を拾えるし、フレーズ単位で把握できるようになるはずです。

1968年版の映画『ロミオとジュリエット』の甘い調べに乗りながら、英語の勉強をしてみるのもいいかもしれません。




<関連サイト>

Romeo and Juliet 1968 Trailer Franco Zeffirelli (Dailymotion)


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2011年5月18日水曜日

All's Well That Ends Well. 「終わりよければすべてよし」 (シェイクスピア)―「シンドラーのリスト」 と 「浜岡原発運転停止」


 「終わりよければすべてよし」。日常会話では、「結果よければすべてよし」とか、あるいはよりスラング的な表現なら「結果オーライ」といった感じだろうか。
 
All's Well That Ends Well. (Shakespeare)

 シェイクスピアのコメディのタイトルである。小田島雄志による日本語訳では『終わりよければすべてよし』となっている。英語の語調もいいが、この日本語の語調もクチに乗せやすく、耳にも心地よい。さすがに芝居の日本語を熟知している翻訳者による名訳である。


■「善ならざる動機が出発点」だった実業家シンドラーのユダヤ人救出

 日本でも知名度の高いシンドラー。といっても、事故を起こして問題になったエレベーターのシンドラーではなく、スティーブン・スピルバーグ監督の作品で世界的に有名になった、強制収容所からユダヤ人を「合法的に」救いだした実業家シンドラーのほうである。つづりは同じだが。

 ユダヤ系であるスピルバーグ監督の作品『シンドラーのリスト』に描かれたシンドラーは、やや理想化された傾向がなくもなかったが、ETV特集で昨年(2010年)10月24日(日)に放送された『シンドラーとユダヤ人-ホロコーストの時代とその後-』(第332回)で描かれた等身大のシンドラーは、救世主でも聖人でもなんでもない、成功を求めていた実業家(ビジネスマン)に過ぎなかったことが描かれている。たしか、ドイツで制作された番組だっと思う。

 実業家としてのシンドラーは、ユダヤ人救出が目的だったのではない。カネ儲けが目的で、自分のビジネスを成立させるための有利な取引として、強制収容所に収容されていたユダヤ人たちを労働力として活用することにしたのだ。だから、初発の動機はけっして「善なるもの」だったわけではない。

 製造業の経営者としての判断は間違っていたわけではない。たとえ「動機が善」ではなかったにしても。

 しかし、ユダヤ人を労働者として使用しているうちに、自らのなかに義侠心というか、人間としての連帯感というか、そんな感情が芽生えてくる。たんなる使用人ではなく、同じ人間であるという意識が前面にでてくることになる。

 これが、結果として、強制収容所からユダヤ人を「合法的に」救った英雄として、後世に祭り上げられることになったわけだ。けっして、ユダヤ人救出を目的に事業をおこしたわけではないのだ。

 その後のシンドラーは、戦後アルゼンチンへ渡り事業を起こしたが失敗し、ドイツに帰国しても立ち上げた会社は倒産するなど、成功者とはいえない後半生を送ることになる。しかし、そんなシンドラーだが、恩義を忘れないユダヤ人からは、その死に至るまで熱いもてなしを受け続けたことが番組では紹介されていた。

 動機そのものよりも、行為の結果で人は判断するという好例だろう。

 アカウンタビリティ(accountability)というコトバが日本語でも使用されるようになってきたが、これは「説明責任」と訳すのはほんとうは適当ではない。「結果責任」と訳すべきだろう。アカウントというコトバが含まれていることが示しているように、基本的に企業業績の数字に対する責任のことである。

 経営者だけでなく、政治家も求められるのは、動機の純粋さや善であることよりも、結果そのものである。もちろん、行動面における倫理性の遵守は必要だが、結果が意に反して悲惨なものであったら・・・である。

 わたしが思い出すのは、The Road to Hell is paved with Good Intentions. という英語のことわざである。「地獄への道は善意で敷き詰められている」。

 不純な動機から始まった企てが善なる結果をもたらすという話は、キリスト教でも仏教でも、宗教の世界では腐るほどある。動機が善であるかがどかが、すべてを決定するわけではない。

 「善なる動機」が重要でないというのではない。より重要なのは「善なる結果」のほうなのだ。たとえ「動機が善」であっても、方向を誤ると「不善なる結果」がもたらされることもしばしばある。

 極端な話、たとえプロセスに問題があったとしても、「終わりよければすべてよし」ということは、現実世界ではじつに多い。


■「浜岡原発運転停止要請」の件について

 先日いきなり日本の首相から発表された「浜岡原発運転停止要請」の件についても、まさにそのとおりであるといってよい。

 「浜岡原発運転停止要請」の件については、経団連会長を筆頭にいわゆる有識者たちからは、法律に基づくものでなく、しかも意志決定のプロセスが不明瞭で、政治的パフォーマンスに過ぎないという菅首相批判が批判がなされている。

 意志決定に至ったプロセスが不明瞭という点はもっともだし、ビジネスマンとしてはわからなくもない。ただ、TVの映像で見た経団連会長の、あたかも国民を愚弄(ぐろう)したようなゴーマンな態度には、きわめて不快感を感じたのだが。

 とはいえ、原発事故がさらに起きたときは、福島第一原発の比ではないといわれる浜岡原発が運転停止になることは、国民としては歓迎したいと正直に思う。

 放射能を含んだ風や雨という、「死の灰」をかぶるのはごめん被りたいからだ。まずは、健康に生きていくこと、こちらのほうがカネ儲けよりもはるかにプライオリティ(優先順位)が高い。いくらカネをもらったとしても、放射能を浴びるのはごめん被りたい。

 なぜ首相がその決断をくだしたのか、真の動機について現在もよくわからない。

 歴史に名を残したいのか? あるいは自分の任期中に浜岡原発で事故が発生したら責任をとるのはイヤだということか? そんな勘ぐりもしたくなるが、たとえそうであったとしても、それはそれでいいではないか!

 わたしは菅直人首相には一日も早く辞めてもらいたいと思っているので、「浜岡原発運転停止要請」の決断は評価しても、一国の総理大臣としての適性や能力を評価するものではないし、評価が変わることもない。

 だが、国民の立場からみたら、判断を先送りするのをただ黙って見ているわけにはいかないだろう。

今後30年間で約90%弱の確率で必ず発生することが明らかな東海大地震に際して、大津波を防潮堤で防ぎ得たとしても、直下型地震の直撃をくらったら間違いなく原発事故になることがわかっているのだから。

この点についてのみは、首相の決断を評価する。あくまでも、是々非々(ぜぜひひ)である。

 東電をはじめとする大手電力会社からの広告収入に大きく依存しているため、モノがいえない日本のテレビ局とは異なり、たとえばアルジャジーラではこんな番組も放送している。「日本の原発政策と日本のマスメディア」(音声英語、日本語字幕あり) マスメディアがなぜか取り上げない浜岡原発については、海外のマスコミをつうじていくらでも、一般人が情報を知ることのできる時代である。

 また、今回の「浜岡原発運転停止要請」の件については、「広瀬隆 特別インタビュー 「浜岡原発全面停止」以降の課題」という記事が、「ダイヤモンド・オンライン」に掲載されており、ネット上では読むことができる。

 このように、情報は知ろうと思えば知ることのできる時代なのである。

 「浜岡原発運転停止要請」の件については、政治的な動機がどこにあるのか、意志決定のプロセスも不明瞭な点があるとはいえ、中部電力の経営陣がすみやかに「要請受け入れ」を行ったことは、ビジネス上の判断にとどまらず、国民としての義務を果たしたものとして、賞賛すべきものだと考えている。

 もちろんすべてがそうだとまでは言わないが、 All's Well That Ends Well. (終わりよければすべてよし) 、現実世界ではこの格言めいた表現は大きな意味をもっている。






<関連サイト>

ETV特集で昨年(2010年)10月24日(日)に放送された『シンドラーとユダヤ人-ホロコーストの時代とその後-』(第332回)

映画『シンドラーのリスト』トレーラー(英語)


<ブログ内関連記事>

書評 『指揮官の決断-満州とアッツの将軍 樋口季一郎-』(早坂 隆、文春新書、2010)
・・杉原ビザでシベリア鉄道経由で満洲国に入国したユダヤ人に入国許可を与えたジェネラル・ヒグチ。彼にとっては人生のヒトコマに過ぎなかったが、救出されたユダヤ人たちにとっては

スリーマイル島「原発事故」から 32年のきょう(2011年3月28日)、『原子炉時限爆弾-大地震におびえる日本列島-』(広瀬隆、ダイヤモンド社、2010) を読む

「自然エネルギー財団」設立に際して示した、ソフトバンク孫正義氏の 「使命」、「ビジョン」、「バリュー」・・・
・・姉妹ブログ「佐藤けんいち@ケン・マネジメント代表  公式ブログ」に掲載

フィギュアスケートの羽生選手を金メダルに導いた映画  『ロミオとジュリエット』(1968年版) のテーマ曲
・・シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』

(2014年3月6日 情報追加)





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2011年4月1日金曜日

エープリル・フール(四月馬鹿)― フールとは道化のこと


 4月1日は、日本では新学期であり、会社では新年度が始まる日となっています。

 一方、4月1日といえば、「エープリル・フール」(四月馬鹿)であることも常識となっていると思います。

 正式には「万愚節」(All Fools' Day)という「エープリル・フール」、この日だけはウソをいっても冗談で済ませてもらえるという一日ですね。

 起源はハッキリしていないようですが、「エープリル・フール」のジョークにかつがれた当人のことを「エープリル・フール」というわけです。

 「万愚節」(All Fools' Day)は、「万聖節」(All Saints' Day)の語呂合わせでしょうか。

 米国でも英国でも、大企業もプレスリリースで遊んだりもしましが、日本であまり大々的に行われないのは、日本企業に遊び心がないからでしょうか? まだまだ本気で怒ってしまう人がいますからね。

 もちろん、今年は「不謹慎」というそしりを受けかねないので、「エープリル・フール」についておおっぴらに語るのは、ためらわれることでしょう。「自粛」という名の「空気」が蔓延(まんえん)していることですし。


■フールは道化のことでもある

 ところで、日本では「フール」(fool)を「馬鹿」と訳していますが、「フール」には「道化」(どうけ)という意味があります。道化とは道化師のことですね。「おどける」という日本語の動詞は、「道化する」という意味からきています。

 日本では道化というと、ピエロがまず念頭に浮かぶことでしょう。マクドナルドのドナルド君か、あるいは太宰治的な「生まれてすいません」的なセンチメンタルなピエロ。いずれも赤鼻を強調した、イノセントな存在を強調したものですね。

 ところが、ピエロだけが道化ではありません。西洋文明における道化にはさまざまな種類があります。

 道化というと、私は何よりもまず、冒頭に掲げた「トランプのジョーカー」に描かれたような道化を思い浮かべる(*写真はフリー・ソフトウェア)。ジョーカー(joker)とは、文字通りの意味は「ジョーク」(joke)を言う人のことです。


 あるいは「コート・ジェスター」(宮廷道化師)。ここに掲載したのは映画ポスターで、そのものずばり「コート・ジェスター」(Court Jester)。カラフルな市松模様のつなぎの服を着て、左右色違いのタイツをはいた道化。先端に鈴がついたロバのような長い耳がついた帽子をかぶり、手にはミニチュアの道化の顔がついた錫杖(しゃくじょう)をもつ。

 シェイクスピアの戯曲(=プレイ)には、この手の「コート・ジェスター」がよく登場します。喜劇(コメディ)だけでなく、悲劇(トラジェディ)でもそうですね。

 有名どころでは四大悲劇の一つ『リア王』。国王の庇護のもとにありながら、上下関係にはないという、いわば治外法権の立場にある道化は、国王をときにはからかい、ときには辛辣な表現で言いにくいことも直言もします。

 ナンバー2以下の直属の臣下には絶対にクチに出せないことを、かわりに治外法権の道化が直言するわけです。その意味では、道化はコンサルタントの起源といえるかもしれません。


■道化を演じるには知性がいる

 シェイクスピアにでてくるセリフで、私が好きなものにこういうものがあります。
 
This fellow is wise enough to play the fool.
 こいつは、道化を演(や)れるほど賢い。

 出典は、私がシェイクスピアの喜劇のなかではもっとも好きな作品『十二夜』(The Twelfth Night)の第三幕第一場から。『お気に召すまま』(As You Like It)と同じく、男女が取り変わるコメディです。

 シェイクピアなんか実用英語には無関係だとおっしゃる方も、これなら中学校レベルの英語力でも十分に理解できますよね。

それにしても Play the fool という英語表現は面白い。play で定冠詞の the を要求するのは、たいていは楽器だから。たとえば、play the piano や play the violin など。スポーツの場合 play tennis にように the は入りません。となると、fool は楽器のようなものなのでしょうか?

 ところで、コメディというのは、台本を書くのも演じるのも、アタマが悪いとできません。人を笑わせるには知性が必要です。悲劇よりも喜劇のほうが難しいのは、計算どおりに聴衆を笑わすには、徹底的に練られたシナリオと、それを演じるスキルがないとできないからです。

 人の同情をかって、笑いを誘うピエロやチャップリンのような存在もありますが、あまり後味のいいものではないと感じます。そう思うのは私だけではないと思うのですが、いかがでしょうか?

 かつて文化人類学者の山口昌男が『道化の民俗学』(新潮社、1975)をはじめとして、イタリアのコンメッディーア・デラルテに登場する「攻撃的な道化」アルレッキーノ(=英語ではハーレクイン)を精力的に紹介してからすでに35年以上たっていますが、いまだに日本では道化というと、ピエロしか連想されない状況に変化がないのは、私にとっては残念なことです。

 むしろ、ビートたけしや島田紳助なんかが、「攻撃的な道化」としての性格を濃厚にもっているのかもしれません。ボケとツッコミでは後者の役割ですね。絶妙なタイミングとポイントで寸止めする能力。「攻撃的な道化」は、コトバとしては普及していなくても、実体として存在するというわけですね。


 ところで、あなたは「エープリル・フール」に、何かとっておきのネタを用意してますか? 

 ただし、やり過ぎには注意してくださいね。なんせ「自粛」という名の「空気」が充満してますから。ガス抜き程度、にしておきましょう(笑)。




P.S. ご挨拶

 ケン・マネジメント設立から本日で満1年になります。
 今後もよろしくお願いいたします。姉妹編の「佐藤けんいち@ケン・マネジメント代表  公式ブログ」もぜひご覧くださいませ。



<ブログ内関連記事>

16世紀初頭のドイツが生んだ 『ティル・オイレンシュピーゲル』-エープリルフールといえば道化(フール)④

エラスムスの『痴愚神礼讃』のラテン語原典訳が新訳として中公文庫から出版-エープリルフールといえば道化(フール)③

山口昌男の『道化の民俗学』を読み返す-エープリルフールといえば道化(フール)②
・・「エープリル・フール(四月馬鹿)-フールとは道化のこと」のあとに執筆した記事(2013年5月1日 追加)

『本の神話学』 と 『歴史・祝祭・神話』が岩波現代文庫から復刊!-「人類学的思考」の実践のために

本の紹介 『阿呆船』(ゼバスチャン・ブラント、尾崎盛景訳、現代思潮社、新装版 2002年 原版 1968)
・・15世紀ドイツの「阿呆」(フール)どもを描いた韻文作品

本の紹介 『阿呆物語 上中下』(グリンメルスハウゼン、望月市恵訳、岩波文庫、1953)
・・17世紀ドイツの「阿呆」(フール)どもを描いたピカレスク散文小説


書評 『自己プロデュース力』(島田紳助、ヨシモトブックス、2009)
・・「攻撃的道化」は知性がなければつとまらない

【緊急提言】 「自粛」という名の「空気」を読むのは止めよう。消費にカネを回して「日本復興」への貢献を!(2011年3月25日)

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