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2014年2月9日日曜日

書評『トラオ ― 徳田虎雄 不随の病院王』 (青木 理、小学館文庫、2013)― 毀誉褒貶相半ばする「清濁併せのむ "怪物"」 を描いたノンフィクション



徳田虎雄は昭和時代が生んだ「清濁併せのむ怪物」である。一言で要約すればこうなるだろう。

「病院王」で「政治家」。精力的に活動していた全盛期の徳田虎雄氏をテレビ映像つうじて頻繁に目にしていた記憶をもっている人なら、きわめて強い印象をもっているに違いにない。

だからこそ、カラダは動かせないがギョロ目を動かす「寡黙な巨人」としての徳田虎雄氏を見て驚いた。一連の事件で病院チェーンの徳洲会がマスコミにクローズアップされたことによって、ひさびさに徳田氏が健在であることを知ったときのことである。

まさか筋萎縮側索硬化症(ALS)になって闘病生活を送っているとは考えもしなかった。それほど、かつての徳田氏をマスコミをつうじてであれ知っていた人にとっては、現在の徳田氏との落差があまりにも激しいのだ。

筋萎縮側索硬化症(ALS)は、遺伝性はないが10万人に1人発症するという現代の難病である。本人もまさか自分がALSになるとは思いもしなかったはずだ。自分がつくった病院チェーンがあるからこそ、文字通り24時間介護が可能となっているのだが・・・。

クチはきけず、カラダは動かなくなってもアタマのなかはフル回転しているらしい。目で文字板を追いながら意志疎通をする意志の強さ。逆境を乗り越えるなんて生易しいものではない。すごすぎる。


(単行本カバー 2011年刊)


強烈な個性、天真爛漫、非常識、破天荒、激情、情念、バイタリティ、沸騰する血、思い、夢、執念、あきらめない、努力、思いこんだら、猪突猛進、ひたすら前進、うしろを振り返らない、有言実行、モーレツ、一心不乱、反骨、反権力、過剰、けた外れのパワー・・・。

徳田虎雄氏を形容する表現が本書のなかに散りばめられている。それほど精力的な人物だったのである。

そもそも「宿敵」であった日本医師会の武見太郎氏じたい「怪物」だったのだ。この人たちの下で働くのはしんどいだろうが、はたから見ている限りではじつに強烈な個性の持ち主であったといえよう。昭和はまた「怪物」たちの時代でもあった。

「生命だけは平等だ」という理念、「365日年中無休24時間オープン」、「患者さまからの贈り物は一切受け取らない」、「困った人には健康保険の3割負担も免除する」というモットー。

こういった理念やモットーは美辞麗句ではないというのがまたすごいところだ。まさに有言実行、じっさいに僻地や離島でも充実した医療を提供することをで実践してきたのだと著者は書いている。

だが、壮大な理想は、理想実現の手段は選ばず、猪突猛進することで実現された。だからいったん大きな壁にぶつかり、その壁を回り道をせずさらに猪突猛進しようとするとどうなるか? 徳田氏が見つけた「武器」は政治であった。

闘牛とサトウキビの徳之島。闘牛も選挙もギャンブルか。南国らしい愉快であけすけな風土。被支配の歴史と貧困がはぐくんだ反骨精神は、なんだかシチリアやカリブ世界にも似ているような気がする。

悪人性と善人性が矛盾なく同居している人。右も左も関係なく清濁併せ呑む姿勢、しかも根がリベラルで反権力。功罪相半ばする存在であった。

政治家時代に関係のあった栗本慎一郎氏による「社会からの評価に関心がない人」という回想には大いにうなづかされる。主観的な意識と他者の判断のズレ、つまりパーセプションギャップが存在したにもかかわらず、まったく意に介していなかったということか。

病院チェーンの経営において、創価学会と同様、選挙がもっていた意味を熟知していたという著者の指摘が興味深い。日頃、患者からアタマを下げられる存在の医師や看護師が逆にアタマを下げるという貴重な経験。外部の人間にはよくわからないが、著者が書くように、徳洲会はまさに徳田虎雄氏という教祖を頂点にもつ宗教団体のような組織なのかもしれない。

寅年生まれだから虎雄と名づけられたと徳田氏。1938年生まれだから、おなじく寅年生まれのわたしより干支はふたまわり上になる。

その徳田氏はファミリーのチカラを結集して成功し、しかし血族しか頼れないがゆえに、事業には精通していないファミリーの存在が結局は命取りになる。

「(「週刊ポスト」での)連載の最中、徳田から抗議や不満めいた反応は全く寄せられなかった」と著者は述懐している。ささいなことですぐマスコミを訴えては恫喝する、どこぞの国の首相を筆頭にした、じつは小心者で打たれ弱い政治家諸氏には、徳田虎雄氏の爪の垢でも煎じて飲んでもらいたいものである。

昭和は遠くなりにけり、か。『トラオ  ―  徳田虎雄 不随の病院王』 (青木 理、小学館文庫、2013)は、読んで損のない充実したノンフィクション作品である。


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・・英国統治下のビルマの首都ラングーン(現在はミャンマーの首都ヤンゴン)に生まれた、客家系華僑(華人)・胡文(Aw Boon Haw:1882-1954)


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2013年10月6日日曜日

マンガ『アル中病棟(失踪日記2)』(吾妻ひでお、イーストプレス、2013)は、図らずもアル中病棟で参与観察型のフィールドワークを行うことになったマンガ家によるノンフィクション



前作の『失踪日記』が出版されたのは2005年、すっかり忘れていた頃、次作が『アル中病棟』という形で出版されることを知った。もう8年もたっていたのか。昨日ゲットして本日読了。

『失踪日記』は、締め切りを落として(=締め切りを守れなくて)逃げたマンガ家が、その後につづく波乱万丈の日々を描いたマンガ。自殺未遂、突然の失踪、路上生活、肉体労働、そしてアル中病棟。

吾妻ひでおというとロリコン作品で有名なマンガ家だが(・・わたしは別にファンではないが、わたしと同じ世代なら、SF作家の新井素子の小説のカバーイラストなど目にしたことがあるはずだ)、『失踪日記』を読むまで、まさかそこに描かれたような体験をしていたとは知らなかった。

『失踪日記』の反響は大きくベストセラーになったが、そもそもギャグマンガ家は、ギャグの創作に行き詰まってうつ病になって失踪したり、最悪の場合は自殺してしまう人いるという因果な商売だ。

『消えたマンガ家』(大泉実成、太田出版、1996)というノンフィクションがあるくらいで、とくにギャグマンガを続けるのはストーリーマンガのなかでは最難関で過酷な道のなようだ。最後まで現役のギャグマンガ家としてまっとうしたのは、もしかすると遊びも派手にやっていた故・赤塚不二夫先生くらいかもしれない。

『失踪日記』はいまでも処分せずに所有している。それくらいインパクトがあり、小説にもマンガにも描かれることのないテーマだからだ。『失踪日記』は、実際に体験した本人がその生活から足を洗ってマンガ家に復活してから回想しながら描かれたものである。


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『失踪日記』は、「夜を歩く」、「街を歩く」、「アル中病棟」の3編で構成されているが、その『アル中病棟』が単行本で300ページを超える作品として拡充されたのが『アル中病棟-失踪日記2-』だ。

内容は読むのが一番だが、登場人物の性格がより明確になり、ディテールが詳細に描かれ、これは体験した本人にしか描けないなと思いつつ、さらに患者として体験した自分が語り手でありながら、キャラ化された主人公として描かれていることに感心しながら読んでいるわけである。この手法は、フィールドワークでいう「参与観察法」である。

300ページを超える大作だが一気に読めてしまう内容、読み終えてしまうのが残念に思うくらい最後の最後までネタがつきることなく続く。だんだんと、患者たちが退院していき、最後は主人公である作者も退院してしまうのが残念とまで感じてしまう。

自ら希望したわけではなく、しびれを切らした家族によって「アル中病棟」に入院させられることになった著者だが、3カ月にわたるアルコール依存症の入院治療と、病棟内の人間模様を中心にした生態をフィールドワークし、それを作品化したことで入院生活のもとを取ったといえようか。

それにしても作者による具体的なモノやコトにかんするディテールの観察が細かいのは、マンガ家としてのプロ意識のなせるわざだろうか。

ただし、治療そのものはあくまでも患者の同意を得てのことであることは、このマンガのなかで何度も明記されている。病気というものは医者が直すのではなく、患者本人がよくなりたいという気持ちをもたない限りだめだということも、読めば納得される内容だ。アルコール依存症というのは、メンタル面のウェイトが高い病気である。

アルコールを一滴でも飲めば、ふたたびアル中病棟戻りとなる以上、もはやアルコールは飲めない著者にとっては、自らを主人公として登場させる作品を描くことじたいが自己治癒のプロセスでもあったようだ。

内容は読んでみてのお楽しみ。それにしても登場人物たちのキャラの濃いこと!


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著者プロフィール  

吾妻ひでお(あづま・ひでお)
1950年2月6日、北海道生まれ。 上京後就職するもほどなく退社。漫画家板井れんたろう氏のアシスタントを務め69年にデビュー後、『ふたりと5人』『やけくそ天使』などのギャグ、『パラレル狂室』『メチル・メタフィジーク』『不条理日記』(=79年、第10回日本SF大会星雲賞コミック部門受賞)などの不条理・SF、『陽射し』『海から来た機械』などのエロティックな美少女ものなど様々な作風で各方面から絶大な支持を得る。『ななこSOS』『オリンポスのポロン』はアニメ化された(両作品とも05年に早川文庫で復刊)。89年に突然失踪、その顛末は05年『失踪日記』として発表され、第34回日本漫画家協会賞大賞、平成17年度文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞、第10回手塚治虫文化賞マンガ大賞、第37回日本SF大会星雲賞ノンフィクション部門を受賞。近作に『うつうつひでお日記』、『ぶらぶらひでお絵日記』、『逃亡日記』、『地を這う魚』、『実録! あるこーる白書』(西原理恵子と共著)、Azuma Hideo Best Selectionシリーズ等。


<関連サイト>

『失踪日記2 アル中病棟』を語る(吾妻ひでお × とり・みき対談  Matogrosso)


<ブログ内関連記事>

in vino veritas (酒に真理あり)-酒にまつわるブログ記事 <総集編>

成田山新勝寺「断食参籠(さんろう)修行」(三泊四日)体験記 (総目次)
・・病棟ではないが、境内の外には出られないのが成田山の断食修行についてわたし自身の参与観察による体験記

書評 『治癒神イエスの誕生』(山形孝夫、ちくま学芸文庫、2010 単行本初版 1981)-イエスとその教団の活動は精神疾患の「病気直し」集団のマーケティング活動
・・キリスト教と病気治し

書評 『村から工場へ-東南アジア女性の近代化経験-』(平井京之介、NTT出版、2011)-タイ北部の工業団地でのフィールドワークの記録が面白い ・・参与観察法による日系企業のタイ現地法人におけるフィールドワークをもとにした研究

書評 『ヤシガラ椀の外へ』(ベネディクト・アンダーセン、加藤剛訳、NTT出版、2009)-日本限定の自叙伝で名著 『想像の共同体』が生まれた背景を知る ・・フィールドワークの意味について

「今和次郎 採集講義展」(パナソニック電工 汐留ミュージアム)にいってきた-「路上観察」の原型としての「考現学」誕生プロセスを知る
・・フィールドワークによる観察

書評 『梅棹忠夫 語る』(小山修三 聞き手、日経プレミアシリーズ、2010)-本質論をズバリ語った「梅棹忠夫による梅棹忠夫入門」
・・人類学者の観察とはどういうものか

アリの巣をみる-自然観察がすべての出発点!

猛暑の夏の自然観察 (1) セミの生態 (2010年8月の記録)

猛暑の夏の自然観察 (2) ノラネコの生態 (2010年8月の記録)

猛暑の夏の自然観察 (3) 身近な生物を観察する動物行動学-ユクスキュルの「環世界」(Umwelt)


* 「観察」の方法については拙著『人生を変えるアタマの引き出しの増やし方』(こう書房、2012)第2章「「引き出し」の増やし方②-徹底的に観察する」にくわしく書いておいたので参照していただければ幸いです。

(2014年9月1日 情報追加)


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