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2023年2月7日火曜日

書評『だまって座れば ー 観相師・水野南北一代』(神坂次郎、新潮社、1988)ー 膨大なデータをもとに人相と運勢の相関関係を発見した「観相師」の生涯

 
『だまって座れば ー 観相師・水野南北一代』(神坂次郎、新潮社、1988)という歴史小説を読んだ。これはじつに面白い作品だった。最後まで楽しんで読むことができた。  

作家の神坂次郎(こうさか・じろう)は、かつて『元禄御畳奉行の日記 ー 尾張藩士の見た浮世』(中公新書、1984)がベストセラーとなって、わたしもその昔読んでいる。このほか、『今日われ生きてありー知覧特別攻撃隊員たちの軌跡』(新潮社、1985)はかなり以前に文庫版で読んだ。

昨年2022年9月16日に95歳で亡くなっている。じつに多作の作家であった。

 『だまって座れば ー 観相師・水野南北一代』は、人相判断を科学の域まで高めた「観相師」の一代記である。 

南北というと『東海道四谷怪談』の鶴屋南北を想起するが、こちらは水野南北である。江戸時代後期に生きた同時代人だが、まったくの別人である。鶴屋南北は江戸の人、水野南北は大坂の人であった。 


■人相判断を科学の域まで高めた「観相師」

水野南北(1760~1834)という人物のことは、『江戸時代の小食主義 ー 水野南北『修身録』を読み解く』(若井朝彦、花伝社、2018)という本で、はじめてその存在を知った。

運を呼び寄せ、長生きしたけりゃ、小食に徹すべしという内容だ。その通りに実行はできない内容ではあるが、その趣旨には大いに賛同している。


その水野南北は「観相師」であった。人相判断である。人相を見て運勢を判断するのが観相師。易者ではない。

学問を積んだ学者ではない。もともと極道として入牢経験もある人物であり、ストリート・スマートというべき人物であった。 

死相が見えると指摘されたことにショックを受け、その指摘を行った乞食僧のもとで、人相判断の原理を3日かけて学んだあと、「万人観相」せよという師のアドバイスに従って人間観察の旅に出る。 過去の中国で書かれた専門書の知識ではなく、生きた現実世界のなかで直接自分の目で徹底的に観察せよ、ということだ。

大坂から江戸に出て、さらに石巻沖の金華山で仙人修行もしている。日々の生活は、南蛮渡来と称する秘薬の販売で立てていたという。 


■フィールドワークで膨大なデータを収集し脳内データベース化

人相と運勢の関係について、問題意識をもって仮説検証するには、一定以上のデータを集める必要がある。水野南北は、どうやってそれを実行したのか、それが大いに興味をそそられるのである。

「万人観相」を肝に銘じて、10年近いフィールドワークにおいて膨大な数の男女の顔と人体をサンプルとして観察している。「万人」というが、おそらくサンプル数は1万人ではきかなかったのではないか?

本人はそんな概念など知りもしないだろうが、「帰納法」で人相と運勢の「相関関係」を発見脳内データベースを瞬時に駆使して、限りなく100%に近い精度で運勢を言い当てることが可能になった人物である。 

そのフィールドワークの内容がまたすごいのだ。まずは「髪結い」で3年過ごして人相と運勢の関係を徹底的に観察している。髪結いとは、現代でいえばヘアサロンのことである。お客との会話で情報を聞き出すのである。 

人相が重要で、とくに眼が最重要だが、つねに見えている顔以外の要素も重要だと悟って湯屋(=風呂屋)で三助となって、男女の人体と人相の関係をくまなく観察すること3年(ただし、女性については別途の手段も併用しているという)。さらに、死因と運勢の関係を研究するために葬儀場で3年過ごしているのだ。 

その徹底ぶりには驚くばかりである。現代風にいえば、文化人類学で使用される「参与観察法」の手法そのものである。 

とはいえ、メモなんて取らないのである。いや取れる現場環境ではなかろう。だから、すべてを脳内で反芻し、相関関係を見いだして脳内でデータベース化して記憶していくのだ。下手に学問なんかないから可能だったのかもしれない。 

まさに経験科学であり、統計学の知識をもたない統計学者であったというべきだろう。裏世界にも熟知した、人間観察を極め尽くした人でもある。観相師として大成功し、全国各地から弟子が集まってきたという。 

『江戸時代の小食主義』より。神坂次郎の本によれば、本人もあまり人相がよくないことは自覚していたという)


もてる知識を弟子たちに直接教えただけでなく、出版によって惜しむことなく広く世間に公開している。素晴らしいではないか。 それだけ自信があったのだろうし、また世の中に広めたいという意識も強かったのだろう。


■水野南北の説いた「小食主義」

そんな水野南北が最終的にたどりついた極意が「食の一条」である。運勢を変えるためには、小食に徹すべしと思想のことだ。運勢とは、その人が生きてきた軌跡そのものであり、それは何を食べてきたかでもある。

その思想は、19世紀後半から20世紀初頭に活躍したルドルフ・シュタイナー(1861~1925)の思想を想起させるものがある。唯物論者フォイエルバッハの「人間は、食べるところのものである」を援用して、人間は肉体だけでなく、その精神も、その人がなにを食べてきたかで決まってくると説いている。

水野南北に戻れば、太陽の気の「天の相法」と「食の相法」が密接に関係していることに開眼したのが、伊勢における21日間の断食行の最終日であったという。 

太陽神である内宮の天照大神(あまてらすおおみかみ)食物の神である外宮の豊受大神(とようけおおかみ)。伊勢神宮ならではの開眼である。 

話としてちょっと出来過ぎのような気がしなくもないが、水野南北本人がそう書いているのだから、そうなのだろう。 

水野南北の観相は、運命をいい当たるだけでなく、凶相を逆転させ良い方向に転換させるアドバイスを行うものであったらしい。これまた素晴らしいではないか。人を脅かして弱みにつけ込むような輩とは、まったく違うのである。苦労人だけに、人情味のある人だったらしい。 

そんな水野南北は、弟子たちには「水野」も名乗らせず、「南北」の文字を使うことも禁止していたという。「一代限り」としていたからだ。これまた素晴らしい。 

ところが、女性を見る目がぜんぜんなっていなかったらしい。観相師で人相判断ができるのに、女性関係にはことごとく失敗している。これまた天の配剤というべきか、人間というのは面白い。 

江戸時代の時代小説というと、「江戸」を舞台にしたものばっかりだが、この作品は主要な舞台が徳川幕府の直轄地であった「大坂」であり、セリフも大阪弁であるのがたいへん良い。もっとも、聞くのと違って、目で読む大阪弁はややわずらわしいのだが・・。 

時代考証もかなりしっかりなされており、なによりも作家自身がこの水野南北という人物を好きであることが、じかに伝わってくる。もちろん、わたしもさらに水野南北に対する関心が深まることになった。 





<ブログ内関連記事>

■参与観察法








■大坂で活躍した人びと



■「人間は、食べるところのものである」



・・二宮尊徳も成田山で21日間の断食修行を行っている


■ひらめき



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2013年10月6日日曜日

マンガ『アル中病棟(失踪日記2)』(吾妻ひでお、イーストプレス、2013)は、図らずもアル中病棟で参与観察型のフィールドワークを行うことになったマンガ家によるノンフィクション



前作の『失踪日記』が出版されたのは2005年、すっかり忘れていた頃、次作が『アル中病棟』という形で出版されることを知った。もう8年もたっていたのか。昨日ゲットして本日読了。

『失踪日記』は、締め切りを落として(=締め切りを守れなくて)逃げたマンガ家が、その後につづく波乱万丈の日々を描いたマンガ。自殺未遂、突然の失踪、路上生活、肉体労働、そしてアル中病棟。

吾妻ひでおというとロリコン作品で有名なマンガ家だが(・・わたしは別にファンではないが、わたしと同じ世代なら、SF作家の新井素子の小説のカバーイラストなど目にしたことがあるはずだ)、『失踪日記』を読むまで、まさかそこに描かれたような体験をしていたとは知らなかった。

『失踪日記』の反響は大きくベストセラーになったが、そもそもギャグマンガ家は、ギャグの創作に行き詰まってうつ病になって失踪したり、最悪の場合は自殺してしまう人いるという因果な商売だ。

『消えたマンガ家』(大泉実成、太田出版、1996)というノンフィクションがあるくらいで、とくにギャグマンガを続けるのはストーリーマンガのなかでは最難関で過酷な道のなようだ。最後まで現役のギャグマンガ家としてまっとうしたのは、もしかすると遊びも派手にやっていた故・赤塚不二夫先生くらいかもしれない。

『失踪日記』はいまでも処分せずに所有している。それくらいインパクトがあり、小説にもマンガにも描かれることのないテーマだからだ。『失踪日記』は、実際に体験した本人がその生活から足を洗ってマンガ家に復活してから回想しながら描かれたものである。


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『失踪日記』は、「夜を歩く」、「街を歩く」、「アル中病棟」の3編で構成されているが、その『アル中病棟』が単行本で300ページを超える作品として拡充されたのが『アル中病棟-失踪日記2-』だ。

内容は読むのが一番だが、登場人物の性格がより明確になり、ディテールが詳細に描かれ、これは体験した本人にしか描けないなと思いつつ、さらに患者として体験した自分が語り手でありながら、キャラ化された主人公として描かれていることに感心しながら読んでいるわけである。この手法は、フィールドワークでいう「参与観察法」である。

300ページを超える大作だが一気に読めてしまう内容、読み終えてしまうのが残念に思うくらい最後の最後までネタがつきることなく続く。だんだんと、患者たちが退院していき、最後は主人公である作者も退院してしまうのが残念とまで感じてしまう。

自ら希望したわけではなく、しびれを切らした家族によって「アル中病棟」に入院させられることになった著者だが、3カ月にわたるアルコール依存症の入院治療と、病棟内の人間模様を中心にした生態をフィールドワークし、それを作品化したことで入院生活のもとを取ったといえようか。

それにしても作者による具体的なモノやコトにかんするディテールの観察が細かいのは、マンガ家としてのプロ意識のなせるわざだろうか。

ただし、治療そのものはあくまでも患者の同意を得てのことであることは、このマンガのなかで何度も明記されている。病気というものは医者が直すのではなく、患者本人がよくなりたいという気持ちをもたない限りだめだということも、読めば納得される内容だ。アルコール依存症というのは、メンタル面のウェイトが高い病気である。

アルコールを一滴でも飲めば、ふたたびアル中病棟戻りとなる以上、もはやアルコールは飲めない著者にとっては、自らを主人公として登場させる作品を描くことじたいが自己治癒のプロセスでもあったようだ。

内容は読んでみてのお楽しみ。それにしても登場人物たちのキャラの濃いこと!


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著者プロフィール  

吾妻ひでお(あづま・ひでお)
1950年2月6日、北海道生まれ。 上京後就職するもほどなく退社。漫画家板井れんたろう氏のアシスタントを務め69年にデビュー後、『ふたりと5人』『やけくそ天使』などのギャグ、『パラレル狂室』『メチル・メタフィジーク』『不条理日記』(=79年、第10回日本SF大会星雲賞コミック部門受賞)などの不条理・SF、『陽射し』『海から来た機械』などのエロティックな美少女ものなど様々な作風で各方面から絶大な支持を得る。『ななこSOS』『オリンポスのポロン』はアニメ化された(両作品とも05年に早川文庫で復刊)。89年に突然失踪、その顛末は05年『失踪日記』として発表され、第34回日本漫画家協会賞大賞、平成17年度文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞、第10回手塚治虫文化賞マンガ大賞、第37回日本SF大会星雲賞ノンフィクション部門を受賞。近作に『うつうつひでお日記』、『ぶらぶらひでお絵日記』、『逃亡日記』、『地を這う魚』、『実録! あるこーる白書』(西原理恵子と共著)、Azuma Hideo Best Selectionシリーズ等。


<関連サイト>

『失踪日記2 アル中病棟』を語る(吾妻ひでお × とり・みき対談  Matogrosso)


<ブログ内関連記事>

in vino veritas (酒に真理あり)-酒にまつわるブログ記事 <総集編>

成田山新勝寺「断食参籠(さんろう)修行」(三泊四日)体験記 (総目次)
・・病棟ではないが、境内の外には出られないのが成田山の断食修行についてわたし自身の参与観察による体験記

書評 『治癒神イエスの誕生』(山形孝夫、ちくま学芸文庫、2010 単行本初版 1981)-イエスとその教団の活動は精神疾患の「病気直し」集団のマーケティング活動
・・キリスト教と病気治し

書評 『村から工場へ-東南アジア女性の近代化経験-』(平井京之介、NTT出版、2011)-タイ北部の工業団地でのフィールドワークの記録が面白い ・・参与観察法による日系企業のタイ現地法人におけるフィールドワークをもとにした研究

書評 『ヤシガラ椀の外へ』(ベネディクト・アンダーセン、加藤剛訳、NTT出版、2009)-日本限定の自叙伝で名著 『想像の共同体』が生まれた背景を知る ・・フィールドワークの意味について

「今和次郎 採集講義展」(パナソニック電工 汐留ミュージアム)にいってきた-「路上観察」の原型としての「考現学」誕生プロセスを知る
・・フィールドワークによる観察

書評 『梅棹忠夫 語る』(小山修三 聞き手、日経プレミアシリーズ、2010)-本質論をズバリ語った「梅棹忠夫による梅棹忠夫入門」
・・人類学者の観察とはどういうものか

アリの巣をみる-自然観察がすべての出発点!

猛暑の夏の自然観察 (1) セミの生態 (2010年8月の記録)

猛暑の夏の自然観察 (2) ノラネコの生態 (2010年8月の記録)

猛暑の夏の自然観察 (3) 身近な生物を観察する動物行動学-ユクスキュルの「環世界」(Umwelt)


* 「観察」の方法については拙著『人生を変えるアタマの引き出しの増やし方』(こう書房、2012)第2章「「引き出し」の増やし方②-徹底的に観察する」にくわしく書いておいたので参照していただければ幸いです。

(2014年9月1日 情報追加)


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2012年1月17日火曜日

書評『村から工場へ ― 東南アジア女性の近代化経験』(平井京之介、NTT出版、2011)― タイ北部の工業団地でのフィールドワークの記録が面白い

製造現場でのフィールドワークから得られた知見の数々はビジネスパーソンにも有用だ

本書『村から工場へ ー 東南アジア女性の近代化経験』(平井京之介、NTT出版、2011)は、日本企業での勤務経験をもつ日本人の人類学者が、タイ北部にある工業団地に入居して数年の、とある日系の組み立てメーカーの工場で「参与観察法」による「フィールドワーク」を行った記録である。

参与観察法とは、みずからが研究対象の人間集団のなかに入って活動をともにする研究方法のことだ。調査が行われたのは1994年である。

人類学者のフィールドワークというと、ふつうは未開社会や発展途上国の村落での調査を連想するのだが、本書の着眼点が面白いのは、コメづくりを中心とする伝統的な農村世界に登場した、近代的な製造工場で働く現地人ワーカーを研究対象にしたことにある。

著者はつてを頼って、ある日系企業から調査許可を得て社員として入社し、半年間のあいだタイ語の通訳として働いた。その間、製造現場では著者自身の日本企業における品質管理活動の経験が活用されたという。

さらに工場の現地ワーカーの女性と親しくなり、農村にあるそのワーカーの家族と同居しながら工場に通うことが可能となったため、工場労働における人間関係と、伝統的な農村での人間関係の双方の視点から有意義な観察結果を得ることができた。

コメづくり世界の労働をめぐる人間関係が、モノづくりの世界での労働にどう反映しているのかの分析も、実体験を踏まえた観察であるので具体的で面白い。また現地ワーカーの大半が女性であることから、伝統的な農村における家庭での役割との関係が工場勤務によってどう変化していったのかにかんする考察も興味深い。

本書は基本的に経済人類学の専門書であるが、ビジネスパーソンにとってもじつに興味深い内容になっている。

とくに、東南アジアに工場進出した日系企業で労務管理にたずさわる人にとっては、現地のワーカーをどうマネジメントするかという実践的な観点から、第2章と第3章はきわめて有益であろう。

たとえば、タイ人は学歴が自分より下の人間の言うことは聞かない、たとえ日本人であっても自分よりスキルが低い人間の言うことは聞かないなど実際的な知見の数々が、具体的な事例をつうじて散りばめられている。

本書に登場するタイ人ワーカーたちの大半は、農村出身で工場で働く第一世代のブルーカラーである。一方、工場のマネジメントにたずさわる日本人たちは事務と技術もふくめて管理業務にたずさわるホワイトカラー。そして、タイ人ワーカーたちと日本人管理者たちをつなぐ立場にあるのが「媒介者」としてのタイ人の現場マネージャーたちである。

タイ人ワーカーと日本人管理者、そして媒介者という三者のなかで繰り広げられるパワープレイの具体例がじつに面白い。その意味では、ヒトに焦点をあてた経営読み物としての側面をもっている。

製造業の海外進出の現場を知っていれば、これは自分が勤務する工場で起こっていることだと考えながら読むといいだろう。

本書の知見が、東南アジア全体で一般化できるかどうかは別にしても、自分のアタマでよく考えたうえでなら、応用可能な知識も少なからずあるはずだ。終章でのブルデュー社会学の「ハビトゥス論」を援用した分析も読む価値がある。

製造現場でのフィールドワークという希有な試みを実行し、記録としてまとめられた本書は、人類学の記録としてはもちろん、製造現場の労務管理の観察記録としても面白い内容である。

この世界に縁のある人はもちろん、そうでない人にとっても読む価値のある、ひじょうに読みやすい研究書として一読を薦めたい。


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<初出情報>

■bk1書評「製造現場でのフィールドワークから得られた知見の数々はビジネスパーソンにも有用だ」投稿掲載(2012年1月17日)
■amazon書評「製造現場でのフィールドワークから得られた知見の数々はビジネスパーソンにも有用だ」投稿掲載(2012年1月17日)



目 次

まえがき

序章 工場のエスノグラフィ
タイ農村女性と工場労働
タイ北部工業団地
調査地の選定理由
フィールドワーク
-工場からの調査許可/住み込んだ農村/日本人であることと調査/男性であることと調査/若い農村女性の生活に与えた変化
本書の構成

第一章 伝統的な仕事観
「仕事」とは何か
賃金労働と「仕事」/家の仕事/相互扶助と「仕事」
稲刈りの作法
三つの雇用形態
アオ・ワン/アオ・カオ/ハップ・ジャーン/ハップ・マオ
雇用主と雇用者の関係
-賃金雇用と社会関係/雇用にみられる相互扶助の論理
作業テンポと社会関係
-遠慮と思いやり/ゴシップによる統制/名誉の経済/テンポの駆け引きと人格的つながり

第二章 工場の組織とマネジメント
恩田プラスチック
従業員
採用
面接/採用基準
日本的経営
意思決定/日本人マネージャーがもつタイ人労働者のイメージ/タイ人労働者がもつ日本人マネージャーのイメージ/試される日本人
コミュニケーション
媒介者の情報操作/媒介者間の闘争
オフィスと組立課
事務員の優越性/事務員への敵意/ゴシップによる抵抗

第三章 組立課の実態
組立作業
流れ作業/疎外された労働/作業テンポの調節/相互扶助の欠如
トレーニング
新人研修/給与評価/昇進/処罰/離職/離職する理由
組立課の階層秩序
リーダーの権限/専門知識による権威/伝統的な権威
説得の技術
権威の盗用/ゲームの提供/甘言/感情のマネジメント
オペレーターの抵抗
ゴシップ/暴力行為/離職のほのめかし

第四章 グループの余暇活動   
余暇のグループ
ロマンチックな語り
霊媒カルト
カタログの消費
巧みな宣伝/ワクワクする理由
タン・サマイ
タン・サマイとジャラ―ン
グループと伝統

第五章 家庭生活への影響 
生活条件の変化
恋愛の自由
結婚相手を選ぶ主導権/ふしだらな工場労働者/妻に対する夫の疑念
時間の組織化
家への投資
家電製品の購入/家を化粧する/新築祝いの儀礼
計算の精神

終章 工場労働と文化変容工場労働への適応
近代化の過程
家庭生活の変化
工場労働と自由
あとがき

参照文献


著者プロフィール
     
平井京之介(ひらい・きょうのすけ)
国立民族学博物館民族文化研究部・准教授。
1988年、東北大学文学部社会学専攻卒業。同年、花王株式会社入社、1992年、ロンドン大学UCL人類学部M.Sc.取得。1995年、国立民族学博物館助手、1998年、ロンドン大学LSE人類学部Ph.D.取得、2001年、国立民族学博物館助教授。2008年、ハーバード大学人類学部客員研究員(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。

(出典:U-Machine タイの工業団地マップ)


<書評への付記>

ビジネスパーソンにとってのインプリケーション(示唆)

本書のフィールドワーク対象で企業名も個人もみな仮名になっているが、チェンマイから近いタイ北部のランプーン工業団地に入居する日系の組立製造業である。

タイの工業団地は大半がバンコクの周辺からクルマで1~2時間の場所に立地しているのだが、この工業団地はめずらしくチェンマイ周辺にある。

わたしはこの工業団地そのものには残念ながら訪問したことはないが、タイで創業する日系メーカーの工場は多数訪問して実際に見ているので、本書の内容は感覚的に理解できるものがある。とくに第二章と第三章は、なるほどとうなづきながら読むことができた。

書評に書いたが、タイ人ワーカーと日本人管理者、そして媒介者という三者が、それぞれの立場からいかに自分にとっって有利にゲームを進めようとしているかについての記述がじつに面白い。

タイ人ワーカーはタイ語しかわからず、日本人は日本語と英語か若干のタイ語、そして媒介者のタイ人マネージャーたちはタイ語に若干の英語を使ってコミュニケーションを行っているわけだが、コミュニケーションがディスコミュニケーション(=コミュニケーション不全)になっている状況は、はたしてどこまで当事者たちに理解されているのか

観察者である著者だけは、日本語とタイ語と英語のいずれも理解できるので、三者がそれぞれの立場で発言している内容がすべてわかってしまうのである。

ある意味では、参与観察を行っている当事者でありながら、メタレベルで観察を行う立場にもいるわけで、こういう微妙な立ち位置が本書のエスノグラフィー(民族誌)としての記述を興味深いものにしているのである。

目線でいえば、管理者としての上から目線でも、下から目線でもない、横から目線とでもいえるだろうか。

とくにタイ人たちのホンネがどこにあるかを知る上では、必須の読み物だとえいえるだろう。労働者はけっして「敵」ではないが、「敵を知り己を知れば百戦危うからず」という孫子の兵法を思い出していただきたい。

わたしは常々言っているのだが、上に立つ人間が意識していなくても、下にいる人間は上にいる人間の一挙手一投足まで観察しているのである。このことを忘れてはならない。しかも、日本国内ではなく、現地ワーカーたちの母国にいるのである。日本人からみればアウェーの土地である。彼等からみれば日本人は「異人」である。

タイ人も、同じ上座仏教圏のカンボジア人も、ラオス人もミャンマー人も、日本人と比較すると似たようなものがある。さらにはイスラーム世界のインドネシア人も日本人と比較すれば東南アジア的性格が濃厚である。

その意味では、タイに限らず、東南アジアで労務管理にたずさわる日本人管理者は、読んでおくことをすすめたいのである。


ブルデュー社会学のハビトゥス論

書評の最後に記した社会学者ブルデューのハビトゥス論。聞き慣れない専門用語かもしれないが、これはきわめて有用な概念であるので、ぜひ内容を知ったうえで、さまざまな場面で応用してみるといい。

ここでは教育社会学者の竹内洋(たけうち・よう)氏の要約をつかわせていただくこととしよう。

あの人は上品だとか無骨(ぶこつ)だ、とかいうことがある。このとき、個々のあれこれの行為が言及されているわけではない。個々の行為を処するシステムが指示されている。こういう行為の基礎にある持続する性向(心的システム)をハビトゥスという。ハビトゥス(habitus)とは、当人にも意識されにくい「心の習慣」(大村英昭)のことである。「型」と訳す人もいる。「肌」や「気質」と訳してもいいだろう。ハビトゥスは、家庭や学校で長い時間をかけて無意識裡に形成され日常的な慣習行動(プラティク)をもたらす血肉化された持続する慣習である。社会的出自や教育などによって形成される特有の知覚とそれにもとづく実践感覚をあらわす。
(出典:『日本の近代12 学歴貴族の栄光と挫折』(竹内洋、中央公論新社、1999. 引用は P.189~190)

日本でも、どこの学校を出たのか、どんな職種についたかによって、顔つきまで変わってくることが観察できるだろう。かつては、早稲田のカラーと慶應のカラーは違うなどという表現もされていたものだ。

本書の内容に即していえば、農村におけるコメづくりで養われたハビトゥスが、組み立ての製造現場において変容を経験するということだ。これはカラダの動かし方だけでなく、前近代的な農村の時間感覚と、製造現場の近代的な時間感覚とは異なるということだ。

本書では、組み立てラインで働く女性労働者が主たる観察対象となっている。彼女たちが、労働力の貸し借りの互酬関係の世界から、時間節約の観点から賃労働を選択する方向に向かっているのは興味深い観察である。

本書には言及がないが、徴兵制が敷かれているタイでは、農村男子はその大半が兵役体験をもっていることと思われる。軍隊内部は、農村とは異なり、身体作法も時間感覚も大いに異なる世界であり、その意味では男性のほうがより近代的な感覚を身につけているはずだ。

そういった男女の性差についての研究もあれば、さらに面白くなったのではないかと思う。




<ブログ内関連記事>

参与観察によるアジアのフィールドワーク

書評 『ヒンドゥー・ナショナリズム』(中島岳志、中公新書ラクレ、2002)-フィールドワークによる現代インドの「草の根ナショナリズム」調査の記録


東南アジアの「近代化」と経済思想

『Sufficiency Economy: A New Philosophy in the Global World』(足を知る経済)は資本主義のオルタナティブか?-資本主義のオルタナティブ (2)
・・プミポン国王の説かれる「足るを知る経済」

書評 『消費するアジア-新興国市場の可能性と不安-』(大泉啓一郎、中公新書、2011)-「新興国」を消費市場としてみる際には、国全体ではなく「メガ都市」と「メガリージョン」単位で見よ!
・・「新興国におけるメガ都市は、いわば巨大な農村地帯という大海に浮かぶ孤島のような存在だ」。

書評 『近代の呪い』(渡辺京二、平凡社新書、2013)-「近代」をそれがもたらしたコスト(代償)とベネフィット(便益)の両面から考える
・・すでに「近代」が終わった日本。タイは「近代化」が進行中でかつ都市部では後近代も 


タイ人の思考法

『東南アジア紀行 上下』(梅棹忠夫、中公文庫、1979 単行本初版 1964) は、"移動図書館" 実行の成果!-梅棹式 "アタマの引き出し" の作り方の実践でもある

タイのあれこれ (4)-カオパンサー(雨安吾入り)
・・タイ企業の「就業規則」には「出家休暇」がある!

今年も参加した「ウェーサーカ祭・釈尊祝祭日 2010」-アジアの上座仏教圏で仕事をする人は・・
・・タイ仏教とタイ人の思考法について

「タイのあれこれ」 全26回+番外編 (随時増補中)    
  

現地法人の経営

タイのあれこれ (3)-新聞という活字メディア
・・タイの外資系(日系含む)ビジネスパーソンは英字新聞を読む

「個人と組織」の関係-「西欧型個人主義」 ではない 「アジア型個人主義」 をまずは理解することが重要!

・・経営する側の発想。日本企業と欧米グローバル企業の違いはどこにあるか? なぜ欧米グローバル企業の方がローカル従業員たちをうまく経営しているのか? 

(2014年2月1日、5月22日、6月18日、9月23日 情報追加)


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