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2012年2月7日火曜日

寒い冬を乗り切るにはマウンテン・ギア(登山用具)が有効だ



今年は例年になく寒い冬になっている。とくに日本海側の豪雪は常軌を逸しているようだ。

太平洋側の関東地方は雪こそほとんど降らないが、例年にまして寒い冬になっていることは否定できない。

今年(2012年)のはじめにタイに出張にいったが、冬の東南アジア出張は「行きはよいよい、帰りは寒い」で、帰国したあとに遭遇した寒波で、なんと今年2回目の風邪を引いてしまった。聞くとことによると、この寒波で全国的に風邪を引いた人が少なくなかったようなので、すこし安心したのだが・・。

寒い冬を乗り切るには、マウンテン・ギアが有効だ。マウンテン・ギアとは、山登り関連の装備や衣服のことである。登山用具である。

まずは、登山用のソックス。アタマをつかう活動には最適の「頭寒足暖」を実現できる。室内の気温が低くても、足許が暖かいとカラダ全体も暖かく感じるのは、半身浴の原理と同じである。暖房をいれなくても、アタマが冴えているので、知的活動にはもってこいだ。

ゴアテックスのパーカー。風を防ぐのはウィンドブレーカーだが、風を防ぐだけでなく、低温状態でも着ているとカラダを温めるのは、この新素材でつくられたアパレル。

そしてシュラフ。日本語でいえば寝袋であるが、むかしの寝袋とはだいぶ違う。

高校時代に使っていたシュラフはたたんでもかさばるだけでなく、防寒という点では夏山やバックパックの旅にしか使えないような代物だった。

現在、わたしがつかっているのは、羽毛入りのダウン。冬山で使用する、マイナス28℃まで(!)堪えられるスグレものである。このシュラフにくるまって寝ると、羽毛布団よりも軽く、しかも寝袋なので熱が逃げない。冬の寒い日でも寝るのが苦痛にならないのはありがたい。

今年は、白瀬中尉が北極探検を行ってから、2月28日でちょうど100年にあたるが、当時は現在のような防寒具もなく、日本もハイテクの国ではなかった。そんな装備で南極探検を実行したなんて、れはもう探検というよりも、暴挙とでもいうべきだろう。

ところで、先日ひさびさに東京の神田・神保町のICI石井スポーツ登山本店にいってきた。神保町は「本の街」としても有名だが、一方では大型スポーツショップの一大集積地帯でもある。高校時代、ワンゲルに入ったときからお世話になっている老舗の専門店である。

バブル期のスキー人気が下がって、現在はスノボー全盛時代だが、登山ブームのほうは中高年だけではなく、「山ガール」の出現によって、登山者が女性で、しかも若年層に拡がっているというのは、昔のことをよく知っている元「山ボーイ」からすると、なんだか不思議な感じもする。

石井スポーツでも、17時過ぎの店舗に一人で入っていくOLらしき姿を見た。若い女性が一人で登山専門店に! 時代は変わるものである。

マウンテン・ギアは、市場としては専門分化しており、市場規模も一般アパレルよりも小さいためであろう、基本的に比較的高価で、しかも値引きがほとんどない。それでも性能と効果はバツグンであり、高くでも購入して平地で使用する価値はある。

羽毛布団を買うくらいなら、寒冷地仕様のシュラフを買ったほうが使い出があるのではなかろうか。下記製品は定価4万8千円を、ディスカウントで2万6千円を払って購入したシュラフである。容量の大きなサイズなので、なかで寝返りを打つこともできる。

だまされたと思って、みなさんもシュラフで寝てみませんか?




<関連サイト>

ICI石井スポーツ登山本店


<ブログ内関連記事>

神田・神保町の古書店街もまた日本が世界に誇る「クラスター」(集積地帯)である!

シュラフで寝る

ノラネコも寒い日はお互い助け合い

「家の作りやうは、夏をむねとすべし」 (徒然草)-「脱・電気依存症文明のために顧みるべきこと

暑くて湿気の多い夏の日をエアコンなしで、しかも安く過ごす方法とは?-赤ちゃん用品に要注目!

(2014年8月25日 情報追加)


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2010年9月23日木曜日

庄内平野と出羽三山への旅 (9) 月山八号目から月山山頂を経て湯殿山へ縦走する




■わずか3日のうちに再び月山に登る。今度は行者姿ではなく、登山靴にアタックザックで。

 翌朝、ふたたび月山山頂に向かう。すでに一度、地下足袋で昇っているし、今度は単独なので自分のペース(=マイペース)で昇れるだけでなく、登山靴をはいているので気が楽だ。

 なんといっても、「山伏修行体験塾」で登ったのは風雨のなか、しかも修行体験期間中はカメラを持参できないので、写真がぜんぜん撮れなかったのだ。

 その意味では、ふたたび月山山頂に立つのは意味のあることだった。二度手間などとはクチにすまい。

 朝は5時過ぎに目覚める。ちょうど東に向けて立っている参籠所から御来光を拝むことができる。




 「成田山新勝寺の断食参籠修行」に参加して以来、西式健康法に従って「半日断食」を続けてきた私は、ふたたび朝食を食べない生活に復帰するため、御田原参籠所でも「朝食は要らないので、そのかわりおにぎりを作ってほしい」と頼んでおいた。そのおにぎりを貰って支払いを済ませ、参籠所をあとにする。

 時間は朝の6時15分である。早く立てば早く着く。登りはできるだけ朝の涼しい時間帯に済ませておきたいもの。
 昨日寝る前は全身筋肉痛状態でどうなるやらと思ったが、朝起きてみれば何とかなるものだ。登山靴履いて動き出すととくに問題はない。




 昨日は快晴であったが、さすがに本日はやや曇りがちだ。それにしても台風は日本列島全体を覆っている高気圧のためにコースがそれたらしい。月山は晴れている日はそれほど多くないというので、雨がないだけでもありがたい。


■現在の月山登山道は明治維新の「神仏分離と廃仏毀釈」以前のものとは違う

 「また、月山への登山道にあった夥(おびただ)しい石仏を、人足に命じて谷へ突き落とさせた」らしい。そのように、安丸良夫の『神々の明治維新』の出羽三山の記述にはあった(・・引用文全体は (7) を参照)。

 この文章を読み返してこのくだりを発見したのは、「庄内平野と出羽三山への旅」から戻ってきた殻のことだが、登山道を歩いているときにはまったく考えていなかった。
 
 いま月山の登山道に残っているのは、「賽の河原」のみである。




 高山にはよくあるケルンのように見える石積みは、実は近代の登山者が作ったものではなく、信仰登山の対象である月山に、信徒たちが積み上げてきたものであると聞く。
 月山は本質的に死者の山であり、魂が帰って行く場所と考えられていたようだ。いわゆる山中他界というやつである。

 「♪ ひとつ積んでは母のため~ ふたつ積んでは父のため~」、私が子供の頃よく耳にして、その情景をきわめてリアルなものだと感じていた「賽の河原地蔵和讃」。最近の子供は知っているのかどうか、賽の河原を渡るため、死んだ子供が石を積む。しかし石を積み上げたと思ったら、鬼がやってきては崩してしまう。積んでも積んでも崩されるこのむなしさは、ギリシア神話でいえばシジュポスのものである。
 月山の場合、せっかく積んだ石を蹴散らした鬼とは、「神仏分離と廃仏毀釈」の実行者であった西川須賀雄その人のことになるのだろうか。
 九合目の山小屋周辺には、まだまだお地蔵様などの石仏、そしてお墓が多く残っている。あるいは、昭和になってからあらたに担ぎ上げたものだろか。かつての月山に充ち満ちていたという、不気味な死者の国の雰囲気を髣髴(ほうふつ)とさせるものがある。

 九合目を過ぎると、行者返しという急坂がある。かつて信仰登山の対象であった月山に登る行者が力尽きてここで引き返したという難所だ。たしかに雨風の日に地下足袋で登るのは(・・その昔はわらじだろうが)、岩が濡れて滑りやすくなかなか大変だったろうと思う。登山靴で登るぶんにはそれほど大きな問題はない。



 行者返しを過ぎれば、あとは再び平坦なゆるい上り坂となり、そのうちに山頂の小屋が見えてくる。



■再びの月山山頂。今度はなんと快晴であった!

 午前8時半前には月山山頂。山伏修行体験塾でも登ったので一日おいて二回目。今日の山頂は快晴ありがたい。九合目付近はガスがかかっていて、この調子だと・・・と危ぶんだが、山頂にきてみれば見事なまでに、あっけらかんとした快晴であった。ありがたい。




 月山神社本宮でお祓いを受ける。実は二回目。でもまあいいや、なんとなくお祓いを受けておいた方がいいだろうという直観に従う。




 せっかくなのでお守りでも買うか、とおもって見ていたら「つき守り」を発見。500円にて購入。「つき」とは、月山の月のことだが、月はツキに通じる。つまりこのお守りは、「これはついてる!!」というお守りだと勝手に解釈して喜ぶ。月山の動物はうさぎである。これはきわめてわかりやすいロジックだ。
 ついでに、臥牛(がぎゅう)の火除けお札を購入。200円。臥牛(がぎゅう)とは reclining bull のこと、庄内平野から出羽三山をみると、牛が臥せているように見えるから別名臥牛(がぎゅう)というらしい。ガギューというのは語感がよい。

 月山山頂にて持参のおにぎりを食べる。「半日断食」といっても、運動をしたあとは腹が減る。12時の予定を大幅に前倒しして昼食。水筒に入れてきたペットボトル水を飲む。水が減るにつれて荷物が軽くなって行くのはありがたい。

 最近は山に登ってなかったけど、やはり山はいい。それになんといっても月山だ。ありがたさは並のバワースポットの比ではないのだ!! 聖地である聖山。




 八紘一宇(はっこういちう)という石碑がそのまま残っているのが、なんだか不思議な感じだ。戦時中のごく短い時期に一世を風靡したスローガン八紘一宇。英語でいうと "all the world under one roof" という八紘一宇の石碑がなぜ撤去されないのか? 不思議でしょうがない。
 「神仏分離と廃仏毀釈」の際には、容赦なく阿弥陀仏も石仏も撤去されたというのに・・・



■月山山頂からは、あとは湯殿山にむけて尾根伝いにひたすら下るだけ

 面前に拡がる光景はまさにスイスアルプス。平坦な縦走路はいい。多少のアッップダウンは変化があってむしろ心地よい。



 なんといってもほとんどすれ違う人がいないというのは快適だ。
 なぜしばらく山に行かなくなっていたかというと、山でする挨拶がいやなのだ。
 たまにすれ違う人や、追い抜く人がいたら挨拶するのは礼儀として当たり前だが、猫も杓子も「こんにちは~」と挨拶しなければならないのは正直いって面倒くさいのだ。まあこんなこというとひんしゅく買いそうだが・・



 月山から尾根伝いに湯殿山方面へ下る。
 しかし、一方的な下り道になってくるとくたびれる。
 私は下りがキライなのだ。ヒザがガクガクにならないように、気をつけながら下る。



 そんなときにかすかに聞こえてきた渓流のせせらぎ。これはほんとうに癒される。カラダが疲れているし、それに同調してココロも疲れている。ココロが癒されると、カラダも軽くなる。
 さらに下っていくと、登山道を渓流が横切っている。腰をかがめて渓流に手を浸してみると、山から流れてくる雪解け水は、実に冷たい。
 せせらぎの音と水の冷たさが、ほんとうの癒しになる。
 いまそのときに撮影録音したせせらぎの音をバックで流しながら書いているが、ほんとうに山は生命を回復させるための源だ。




 さらに歩くと鎖場へ。現在ではスチール製のハシゴがかけられているので、登るのはそれほど苦ではないだろうが、ハシゴを下るのは結構緊張するのでくたびれるものだ。ほとんど誰ともすれ違わないのをいいことに、ハシゴに腰掛けて一休み。

 山伏修行で山のなかに入り、そのあとも単独で山のなかを歩く。
久々に本格的に山歩きをしてみて、山で生命がよみがえることの意味を、あらためてココロとカラダで実感した。

 

■平均時間を大幅に超過して、やっとのことで「湯殿山のご神体」に対面-月山のタナトスの先に、湯殿山のエロスがある

 出羽三山の奥の院といわれてきた湯殿山。そのご神体にようやく対面するときがきた。
 羽黒山が現世の山、月山が死の山で過去世であるなら、湯殿山は再生の山で未来世の山である、と。だからこそ、この三山をすべて踏破した意味があるのだ。



 山道を下っていくと滝がみえる。滝には注連縄(しめなわ)がかけられている。自然物である滝じたいがご神体でもある。

 湯殿山のご神体は、もう少し下ったところにある。

 湯殿山神社の神域には裸足でないと入れない。歩き疲れた足を休ませ、登山靴と靴下を脱ぎ裸足になる。これは快適だ。受付で500円を払って、湯殿神社本宮でお祓いを受ける。人形(ひとがた)でカラダを祓って払ってから、息を吹き込んで水に流す。

 このあと裸足で神域に入り、御神体に拝礼。これは驚き!!

 ご神体は「写真撮影禁止!」である。デジカメをポケットに入れて神域に入ったが、あえて撮影するのはやめたのは、別に敬神の心からではない。これは写真に収めても意味はないと思ったからだ。

 芭蕉は『奥の細道』のなかで、「惣而此山中の微細、行者の法式として他言する事を禁ず。仍て筆をとゞめて記さず」いっているが、これはことさら mystificate してもったいぶるのが目的というよりも、それこそ文字通り五感を通じて感じ取るしかない聖地であるためなのだ。芭蕉と『奥の細道』における出羽三山については、次回 (10) で詳しく書くことにする。

 このご神体は、熱い温泉が湧きだしている、こんもりした山のような巨岩である。
 巨大な岩は、長年にわたる湯ノ花のために、茶褐色というよりも、はなはだ感覚的な表現であるが、まさに肌色に染まった巨岩である。ピンクがかった茶褐色というべきなのだろうか。
 いつから温泉がわき出ているのか知らないが、おそらく縄文時代に遡るのではないか。有史以来といってよいのだろう。誰かが発見して以来、信仰の対象として祀られてきたに違いない。

 その形は、まさに女性性器。ここからお湯だけでなく、すべての生命が生まれて来るという秘所。生命の根源が生まれてくるところ。
 まさに語の本来の意味のエロチックともいうべき、官能的な、不思議で奇妙な巨岩である。エロスとは、元もともとの意味は、生み出すチカラのことだ。セクシーという意味ではない。

 芭蕉は、「語られぬ湯殿にぬらす袂かな」という句を詠んでいる。オモテの意味は、「湯殿山でのあまりの感動に袂(たもと)を涙で濡らした」と注釈書では説明されるが、ウラの意味はかなりエロチックな、官能的なもののようだ。

 月山のタナトスの先に、湯殿山のエロスがある。羽黒山の現世、月山の過去世、湯殿山の来世。出羽三山は見事なまでに、生命の輪廻の輪を回しつづけているのである。このサイクルは未来永劫にわたって繰り返されるものである。
 芭蕉は、生命の神秘を、生きることの意味を、最終的に湯殿山で感じたのではないか?

 ご神体の拝礼は、なんとご神体そのものを、ご神体の左脇から裸足で登って、また下りることが求められる。ご神体の上を歩いていいなんて!
 ご神体からわき出るお湯は実に熱く、裸足ではとても耐えられないくらい熱い。あまりにも熱いのでやけどしそうだ。立ち止まることは不可能、登り続けるしかない。
 ご神体は、目で見て驚くだけでなく、足の裏で感じ取り、匂いを嗅ぎ、森の発する音を耳で聴きながら、五感すべてをつうじて感じ取るものなのである。
 だからこそ、直接体験するにしくはないのだ。

 だからこそ、有史以来、ここで見たことは人に語るなといわれてきたわけなのだろう。

 生まれ変わり、蘇りの聖地。

 同じく蘇りの聖地である熊野の「湯の峰」もそうだが、地表すれすれにマグマが来ているところは、間違いなく聖地として祀られてきた。

 通常は、火山の噴火ということでしかみることのできない大地の働き。これが、地表スレスレにあるというのは古代人でなくても新鮮な驚きと感動を感じるものだ。マグマがすぐそこまで来ているのだ。




 写真撮影不可となっているので、ムリに隠し撮りしても意味はなかろうと思った。この写真は、少し上から撮影してみたもの。しかし巨岩は写らなかった。

 実際どんなものか知りたければ、Google 「湯殿山 ご神体」で画像検索してみればいい。世の中には「不届き者」が多数いるので、写真が多数アップされている。
 それよりも、直接いって自分の目で見て、歩いて、お湯の熱さを感じることだ。

 ご神体の拝礼を済ますと、足湯がある。この足湯がまた、縦走して疲れた足を癒してくれるのだ。ありがたい。気持ちがいいので、しばらく足湯に浸かっていた。

 しかし、このご神体も、夏が終わると急速に寒くなっていく出羽三山においては、冬期は完全に豪雪に閉ざされてアクセス不能となるらしい。これもまた、自然の不思議という感覚、センス・オブ・ワンダーを感じさせてくれる。


 
■ご神体からは参詣バスで大鳥居までいく。この道路は参詣バス以外は一般通行禁止である。


 そのあと本宮参拝バスで参籠所へ。最初は、さらに参道を歩いて下るつもりだったが、バスを見たら一気にその気は失せてしまった。参宮バスに乗り、一気に大鳥居までいく。片道200円。あっという間だ。

 なお、大鳥居と湯殿山神社本宮までの道路は本宮参拝バス以外は通行禁止である。
 湯殿山参籠所はすぐ目の前にある。本日はここで泊まる。



 15時の予定よりも早く到着したが、参籠所にチェックインして荷物を降ろし、さっそく温泉で疲れを癒す。 湯殿山から引いてきたお湯をそのまま使用した、丹生鉱泉御神湯。
 ああ、温泉はありがたい。極楽、極楽・・・である。日本人ここにきわまれり、というものだ。

 火山国に生まれた喜びを噛みしめる瞬間。




 次回 (10) では、出羽三山の旅を『奥の細道』の中核に据えた松尾芭蕉について書いておかねばなるまい。


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2010年9月22日水曜日

庄内平野と出羽三山への旅 (8) 月山八号目の御田原参籠所に宿泊する





■なぜ、再び月山に登って、歩いて湯殿山まで縦走するのか?

 「山伏修行体験塾」に参加した二泊三日は無事終了、精進落としも済ませてすでに俗界の人間に戻っている。ビールも日本酒も飲んでほろ酔い加減というところだが、今回の旅のミッションはまだ完了したわけではない。

 翌日の早朝に、月山八合目から月山山頂まで登り、そこから湯殿山まで縦走しなくてはならないのだ。

 繰り返しになるが、今回の旅のテーマは以下のとおりである。

① 「山伏修行体験塾」(二泊三日)に参加すること
② 出羽三山(羽黒山・月山・湯殿山)をすべて歩くこと
③ 即身成仏による「ミイラ仏」を実際に見ること
④ 庄内地方が生んだ 大川周明、石原完爾ゆかりの地をまわること

 月山から湯殿山へ縦走することにしたのは、「山伏修行体験塾」に参加を決めたあとに、コースメニューをいくらみても湯殿山に行くとはまったく書いてなかったからだ。

 湯殿山にいかないで、なんで出羽三山にいったということになるのだ!!

 というわけで、あらかじめ月山八合目と湯殿山の宿泊所も予約しておいたのである。

 気になって、念のために事前に電話で問い合わせをした際に、やはり湯殿山には行かないことを確認した。電話口で思わず、「えっ、行かないんですかあ?」と思わずクチにしてしまった私であるが、電話したのは、湯殿山にいくのであれば、宿泊予約を取り消して旅を短縮化できるかもと思ったからなのであった。

 湯殿山にいかないで、なんで出羽三山にいったということになるのだ!!


 結局、月山八合目と湯殿山の予約は取り消さなくて良かったのだが、直前まで行くか行かないか迷っていたのは、ここのところ久しく山歩きをしてなかったので、ちょっと自信がなかったというのが実際のところなのである。

 高校時代ワンゲル(=ワンダーフォーゲル)に入っていた私は山歩きは好きなのだが、屋久島いって以来の山歩きとなった。
 結論としては、縦走して良かった(!)というものである。絶好の天気に恵まれ、8月のシーズンも終わっていたので人が少なく、山を独り占めしているような気分に浸ることができたからなのだ。

 湯殿山には、シーズン中は、鶴岡駅から庄内バスで直通が走っているので、湯殿山だけいくのならわざわざ月山から歩いて縦走することはない。
 このコースも検討はしたが、やはり出羽三山をすべて歩いてみたいという気持ちが勝ったのであった。芭蕉も『奥の細道』の旅では、羽黒山から月山を通って湯殿山まで歩いて巡礼しており、しかも同じコースを羽黒山まで戻っている。そうであるなら、私も芭蕉の歩いた道をたどってみたいと思ったのも当然なわけなのだ。ただし、湯殿山から月山経由で羽黒山に戻ることはせず、湯殿山からクルマで鶴岡に抜けることにした。


 先にも書いたが、実に久々の山行になるので、これまた久々に神保町の石井スポーツまでいってみた。ここで『鳥海山・月山(山と高原地図 ⑧』(昭文社、2010)という地図を買う。それほど難しくないルートであっても、事前に地図を入手して見ているのとそうでないのとでは雲泥の違いがある。事前に地図を見ることによって、いわば脳内シミュレーションを行うわけである。
 今回は「山伏修行体験塾」ですでに月山は登っているので、さらに気が楽であった。しかも、体験塾で昇った際は、風雨がひどく、メガネも曇って水滴がつくらいの天気であったので、事前の予行演習としては完璧である。

 ところで、今回は実に久々に高校時代と社会人になってから使っていたアタックザック(写真)をひさびさに背負って、旅に出ることにしたのである。「山伏修行体験塾」で使用する荷物をせのまま背負って、山行を続けるからである。デイパック程度では容量に問題があるのだ。
 ただし、パソコンや本などは蝸牛(かたつむり)のように持ち歩いていてはあまりにも重いので、「山伏修行体験塾」に出発する前に宿泊した、鶴岡駅前のビジネスホテルに預けてきた。鶴岡は出羽三山の山行のベースキャンプとしては最高の立地である。

 ちなみに、30年前(!)の高校一年のときにアタックザックを買ったのが、さきほど話題にした東京・神保町の石井スポーツである。山とスキーの店は現在も健在だ。いやむしろ、中高年の登山ブームだけでなく、最近はいわゆる「山ガール」のブームも加わって、近年にない活況を呈しているのかもしれない。

 流行というのは、まことにもってわからぬものだ。


■月山八合目まで、羽黒山山頂でバスを乗り継いで行く

 むかしは羽黒山から月山頂上まで歩くのが当たり前だったようだ。しかし現在は、自動車道が月山八合目まで開通しているので、バスで八合目まで行くことにする。

 8月のシーズンが終わると、9月は土・日しか八合目まで行かなくなる。10月になったらオフシーズンである。出羽三山の夏はきわめて短い。本日は、9月5日(日)である。

 「精進落とし」会場であった大進坊からほど近い庄内バスの停留所「桜小路」から、まずバスで羽黒山頂上まで。そのバスがそのまま月山八合目行きになるので、乗り継ぎといっても降車することなく同じバスで終点まで行く。合計1,600円也。


 バスの車窓に見えるのは、羽黒山からみた月山。なだらかな山容が美しい。


 月山は比較的なだらかな山なので、八合目まで歩いて登るのは時間がそうとうかかるだろう。クルマを利用するのはまあ許されることしておこう。


 だんだんと高度が上がって行くにつれて、植物層(フローラ)が変化していくのは面白い。




■本日は月山八合目、月山神社中の宮の御田原参籠所に宿泊

 15時前に月山八号目到着。本日の終バスである。

 
 下車して、500メートルほど少し登り道を歩き、月山神社の中の宮へ。


 ここに併設された御田原参籠所に本日は宿泊する。 事前に電話で予約しておいたわけだが、シーズンが終盤で、しかも翌日は平日の日曜日の午後だったためか、宿泊客は私一人だけだった。


 そのまま歩いて山頂までいって山頂小屋に泊まるという選択肢もあろうが、それではあまりにも早く湯殿山に着いてしまうので、早朝に八合目の参籠所を出発するスケジュールがもっとも適当だろう。


■月山八合目の弥陀ヶ原(=御田原)は、尾瀬と並んで世界的にも希少な湿原地帯。なんといっても国立公園なのである!

 この日は、お花畑をぶらぶらする。

 なんだか尾瀬の湿原に似ているなあと思っていたら、やはり月山八合目付近は、日本では希少な氷河時代の植生を残す地域らしい。弥陀ヶ原湿原という。
 いま書いていて気がついたが、もしかすると、「神仏分離と廃仏毀釈」のために、弥陀ヶ原から御田原という名前に変えたのだろうか? もともと月山山頂には阿弥陀仏があったらしいというし、発音はそのまま同じで漢字を変えたというわけか。よっぽどの仏教嫌いだったのだな、西川須賀雄は。(・・この件については (7) を参照)。

 池糖(ちとう)というのは、湿原にできた丸い池のこと。漢詩の「未覚池糖春草夢」(=いまだ覚めず池糖春草の夢」の池糖だな。「少年易老学難成」の三節目だ。


 お花の季節は7月と8月、ほぼすでに終わっていて、咲いていたのはミヤマリンドウくらいだったのが残念だが。
 でも、さすが磐梯朝日国立公園、ここのところ尾瀬にもいってなかったので、湿原散策も実に気持ちいい。


 本日はすごい快晴。下界は庄内平野、北の方向には鳥海山。絶景である。明日は少し曇りか?


 夕食は午後6時。参籠所のためか、完全な山菜精進料理。これにご飯と味噌汁がつく。ご飯は庄内米なのでうまいので、一杯だけお代わりをした。
 一人で食事というのもなんだが、ひさびさにテレビをみながら食事をする。
 


 昨日の「天狗相撲」の影響がやはりでてきたのだろうか。全身の節々がいたい。二階から一階に下りるのもつらいものがある。全身筋肉痛状態である。こんなことで明日は歩けるのか??

 参籠所といっても実際は山小屋である。二階の大部屋で雑魚寝するのだが。一人だと占有するというよりも、なんというか。昨日までの40人雑魚寝状態からの解放という意味では良かったのだが、なんだかほっとしたような寂しいような・・・



 消灯するとハエが顔にまとわりついてきてうっとおしいので、一階におりて殺虫剤を借りてほぼ完全に処分する。これで、安心して寝ることができた。


 次回 (9) は、月山八号目から月山山頂を経て湯殿山へ縦走する。



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書評 『世界一の映画館と日本一のフランス料理店を山形県酒田につくった男はなぜ忘れ去られたのか』(岡田芳郎、講談社文庫、2010 単行本 2008)

「山伏修行体験塾 2011 東京勧進」 に参加-ヤマガタ・サンダンデロ(銀座)にて山形の食材をふんだんにつかった料理とお酒を存分に楽しんできた(2011年11月11日)

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成田山新勝寺「断食参籠(さんろう)修行」(三泊四日)体験記 (総目次)

むかし富士山八号目の山小屋で働いていた 総目次
・・大学時代、アルバイトで富士山の山小屋ではたらいていた

(2014年9月1日 情報追加)




(2012年7月3日発売の拙著です)









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