「アタマの引き出し」は「雑学」ときわめて近い・・日本マクドナルド創業者・藤田田(ふじた・でん)に学ぶものとは?

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2025年5月8日木曜日

ゴールデンウィークが終わったら温泉三昧(2025年5月7日)ー温泉は近場で、しかも平日の午前中がいい

 

本日は朝から温泉。約1年ぶりに「船橋温泉」に。温泉は近場に限る!


なにも、わざわざ遠くの温泉宿なんか行く必要ないじゃん、と。

とはいえ、自宅の風呂が復活すると、わざわざ温泉まで行く気持ちが失せてしまったのも事実だ。夏は露天風呂は暑いし、冬は湯冷めするので敬遠してしまう・・・

そうだな、春になったらまた温泉に行くか。

ところが、調べてみたらゴールデンウィーク中は「特別料金」設定になるという。つまり、混むということだな。なら、GWが終わったら温泉に行くことにすればいい。




本日(2025年5月7日)は天気がいいので、自宅から約50分歩いて温泉へ。メガネもはずしてスッポンポン。東京湾に面したベイエリアの船橋だから、ナトリウム鉱泉でお肌ツルツル、スベスベ。露天風呂で極楽気分を味わったあとは、電車で帰る。

温泉は、平日の午前中に限る。なんといっても、すいてるのがいい。

コロナが終わって、しかも「円安」のため激増したインバウンドの「害人」たち。そんな「観光公害」とは無縁なのが、近場の温泉のいいところだ。ここは観光地じゃないからね。

日本人が、日本人を取り戻す時空間こそ温泉だ。火山国日本ならではの自然の恵み。近場にこんな温泉がある以上、今後も温泉宿に行くことはないかもしれないな、と。



<関連サイト>

含よう素-ナトリウム-塩化物強塩泉(高張性・中性・低温泉) 
「船橋温泉 湯楽の里」は、平成19年4月に地下1,500mから湧出しました。泉質は海水に似た成分で、200万年~300万年前の海水が変化したものとも言われています。『熱の湯』とも呼ばれるほど保温効果に優れており、神経痛や筋肉痛、冷え性や疲労回復などに効果があると言われ、多くの方に楽しんでいただける温泉です。 効能 神経痛、筋肉痛、間接痛、五十肩、運動麻痺、関節のこわばり、うちみ、くじき、慢性消化器病、痔疾、冷え性、疲労回復、健康増進 


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2024年5月24日金曜日

日本人が日本人らしさを取り戻す場所、それが「温泉」だ!(2024年5月24日)

 (「船橋温泉 湯楽の里」の玄関 筆者撮影)


自宅の風呂が壊れたので(・・後日、ユニットバスの浴槽と機械の総取り替え予定)、仕方ないので「温泉」に行くことした。 こんな機会でもないと、なかなか行かないものだからね。 

はじめて「船橋温泉 湯楽の里」に行ってみた。温泉じたい行くのは10数年ぶりかも。入湯料は平日800円(*週末と休日は950円。平日料金は6月1日から900円に値上げとのこと)。 




数種類の内湯と露天風呂(!)を楽しむ。 いやあ、極楽、極楽(笑) 思わずハァーと声をもらしてしまうな。お湯に漬かっていると、イヤなこともみんな忘れてしまう。 

日本人が日本人らしさを取り戻す場所、それが「温泉」だな、と。中欧ドイツのスパやクアハウスとは違って、水着などいっさいつけないスッポンポンの、生まれたまんまの丸裸。 

観光地ではないので、インバウンド客など皆無なのがよい。

 「泉質は、含よう素-ナトリウム-塩化物強塩泉(中性・高張性・低温泉)。海水に似た成分で、200万年~300万年前の海水が変化したものとも言われています・・」(ウェブサイトより)

ほお、なるほど。東京湾岸ならではだな。源泉かけ流しの湯は、たしかに舐めると塩分を感じる。おかげで、肌はスベスベ、ツルツル!

まあそういえば、その昔は「船橋ヘルスセンター」があったわけだからね。温泉が出るわけだ。 実際、1500mの地下から温泉が湧出しているようだ。

すっかり露天風呂でリラックスしてしまった。 



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・・湯殿山麓の温泉に入る。「(湯殿山の)ご神体は、熱い温泉が湧きだしている、こんもりした山のような巨岩である。巨大な岩は、長年にわたる湯ノ花のために、茶褐色というよりも、はなはだ感覚的な表現であるが、まさに肌色に染まった巨岩である。ピンクがかった茶褐色というべきなのだろうか。」



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2012年11月12日月曜日

指宿温泉の「砂むし風呂」を初体験(2012年10月26日)




先週の2012年10月25日から11月3日まで、「西日本縦断ツアー」と銘打って、拙著 『人生を変えるアタマの引き出しの増やし方』(こう書房、2012)のプロモーションを兼ねて、鹿児島から京都まで高速バスをつかった長旅を行った。

旅の出発点は鹿児島にしたが、まずはその前に温泉で英気を養いたい、しかもこの機会を利用して、まだ一度も行ったことのない指宿温泉にはぜひ訪れたいと思っていた。なにごともツーインワン(Two-in-One)で行うと固定費削減につながる。日本語でいえば一石二鳥である。

指宿と書いて「いぶすき」と読む。読み方を知らなければ、なぜ指宿が「いぶすき」なのかわからないが、「ゆびしゅく」が「いぶすき」になまったと考えれば納得できるものだ。

ローマ字で表記すれば Yubi-shuku が Yibu-suki に音韻変化したと考えればいい。だから、ほんとうは Ibusuki ではなく Yibusuki と書けばその変化がわかるのである、おそらく、実際の発音もそのようだったのだろう。該当するカナがないので表記のしようがないであるが。




指宿では、その最大の訪問目的である「砂むし風呂」を初体験してきた。

わたしが少年時代を過ごした昭和40年代(・・1960年代~1970年代)には、指宿温泉の全国的な知名度はいまよりももっと高かったように思う。いまでは九州の温泉といえば湯布院温泉の知名度が圧倒的だが、いまから40年くらい前はそうではなかった。

砂のなかに生き埋めのようになる砂むし風呂。そのイメージは長いあいだ焼き付いたままであった。

鹿児島を訪れたのは今回が三回目だが、なかなか指宿まで足を伸ばす機会に恵まれなかったのである。まあ、三度目の正直とでも言うべきだろうか。




指宿温泉まちづくり公社が運営する「砂むし会館 砂楽(さらく)」は、気軽に利用できる砂むし風呂&温泉である。

そこでもらったパンフレットに与謝野鉄幹・晶子夫妻の歌が4首掲載されているので、孫引きになるが引用させてもらおう。この歌でイメージをつかめると思うから。

星月夜 海もなぎさも 白けれど
葦簀(よしず)の屋根の 暗き砂風呂 (与謝野寛)

砂風呂に 潮さしくれば かりそめの
葦簀(よしず)の屋根も 青海に立つ (与謝野寛)

しら波の 下に熱沙(ねっしゃ)の 隠さるる
不思議に逢へり 揖宿(いぶすき)に来て (与謝野晶子)

来て立つや 沙(すな)の身すらも 極熱(ごくねつ)の
おもひを持てる 揖宿(いぶすき)の磯 (与謝野晶子)

いずれも『霧島の歌』(昭和4年)に収録されているものだという。いまから80年以上前の指宿の砂むしだが、基本的には大きな変化はない。

いまでも、砂浜で高温のお湯がでているので、近づかないようにという看板がでている。


(屋根付きの全天候型 砂むし)

砂むし会館「砂楽」では、900円で砂むし1回と温泉を楽しむことができる。

会館のなかで砂むし専用のゆかたに着替えて、砂むし場に向かう。このゆかたは砂まみれになるので1回しか利用できない。うまくできた仕組みでもある。





砂むし場にいくと、木枠で囲ったスペースに8人くらいが仰向けになって寝ることになる。

横たわるとすぐに係の人がスコップで砂をかけてくれるのだが、砂は想像していたよりも熱く、また重かった。ずしんとくる重さである。

首だけだして生き埋めというスタイルだが、これが垂直に埋められたのであれば、自力で砂のなかから出るのはむずかしいだろう。それくらい砂というものは重い。

砂むしは10分間が限度だと、くどいように念を押される。

時間は、砂むし場に設置された時計で自分で確認するのだが、じっさいは尻が焼けるような感じになってくるので、10分もたたないうちにそろそろやめようという気持ちになってくる。砂むしとはカラダに荷重をかけながら行うサウナのようなものだ。

10分たったのを確認して、自分で砂をどけて起き上がる。しばらくは風に吹かれて気を静める。あっという間に終わった不思議な体験であった。

パンフレットによれば、さまざまな効能があり、医学的な検証も行われているようだ。いちいちあげることはしないが、10分間の砂むしで静脈血流がきれいになるという。デトックス効果はきわめて大きいようだ。

砂むしが終われば、専用のゆかたの砂を払って温泉に入浴。この温泉もまたたいへん気持ちのよいものであった。海水温泉のためかやや塩分のかんじられるまろやかなお湯である。



砂むしのまわりでは、ピーヒョロヒョロと、とんびの鳴く声。海辺でとんびがたくさん飛んでいる光景もなんだかめずらしい。かもめではなく、とんびである。

(足湯)

指宿温泉には、無料で入れる足湯も多数ある。

指宿温泉が「東洋のハワイ」(?)というニックネームで売りだそうとしたようだが、果たしてこの比喩はいまでも効能があるのだろうか? 

それよりも、砂むしの指宿温泉と言い切ったほうが、高齢化社会でのアンチエージング目的の観光客や湯治客を呼び込むことができるのではないかと思う。

(独特の風合いの指宿の石壁)

「西日本縦断ツアー」ではこのあと愛媛県の松山にも立ち寄った。松山といえば道後温泉。この「西日本縦断ツアー」をさして温泉めぐりみたいという感想をくれた方がいるが、当たらずとも遠からず。先にも書いたように、一石二鳥を狙っているのは言うまでもない。

人生で一度は体験しておきた指宿温泉の砂むしで。その夢(?)が実現し、満足な気分が続いている。


<関連サイト>

「砂むし会館 砂楽(さらく)」


<ブログ内関連記事>

三年ぶりの別所温泉-"信州の鎌倉" は騒々しさとは無縁の温泉郷

「西日本縦断ツアー」(2012年10月27日~11月2日)の全日程を終了しました-10日間のあいだに考えたこと





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2012年3月15日木曜日

三年ぶりの別所温泉-"信州の鎌倉" は騒々しさとは無縁の温泉郷


3月10日(日)から二泊三日で別所温泉(べっしょ・おんせん)で過ごしてきた。

約3年ぶりの別所温泉である。通算で何回目だろうか? すくなくとも6回以上は来ているはずだ。退職や転職など人生の節目の出来事があるたびに温泉にきて心身を癒すのがならわしになっている。

別所温泉は、上越新幹線上田駅から上田電鉄別所線で西へ30分。信州の山並みを見ながら、塩田平を走る別所線の終点・別所温泉駅で下車すればもうそこは温泉街である。ラグビー合宿やスキーで有名な "日本のダヴォス" 菅平(すがだいら)高原とは反対方向になる。

別所温泉は温泉街だが、熱海のような歓楽街はいっさいない。静かで落ち着いた「温泉郷」といったほうがより正確だろう。信州の穀倉地帯である塩田平(しおだだいら)の西端にある。温泉郷は平野が山に変わっていく風景のなかにある。

別所温泉がうれしいのは源泉掛け流しという点だ。温度調整はしているが、追い炊きすることなく、源泉をそのまま惜しみなく掛け流しているから新鮮で清潔なのである。

別所温泉の泉質は単純硫黄泉である。ゆでたまごのような硫黄の匂いがすこしする温泉水はそのままひしゃくで飲むことができる。



共同浴場には、大師湯と石湯があり、じつにひさびさに「石湯」につかってみた(写真)。真田幸村の「隠し湯」らしいが真偽のほどはわたしにはわからない。地元の老人が入れ替わり立ち替わりつかりにくる。湯船のなかには大きな石があり、それが名前の由来になっているようだ。入湯料は150円。

わたしの定宿は上松屋だが、お湯の入れ替え時間中は入湯できないので、二泊目のために共同浴場の利用券をもらったので石湯に入ったという次第。粉雪が吹き付けてくる寒い日だったので、風呂から出たあとがかなり寒かったのだが。

美人の湯として知られているとおり、お肌がつるつるすべすべになるのは、この温泉の効能のなかでも特筆すべきことだろう。「温泉、水なめらかにして凝脂をあらう」というのは、高校の漢文で習った『長恨歌』(白居易)で描写された楊貴妃の姿だが、まさにそのものである。温泉の効能は、慢性皮膚病、慢性婦人病、きりきず、糖尿病などに効くといわれている。



別所温泉といえば、厄除けで北向観音がある(写真)。わたしも前厄と後厄それぞれ訪れて、無事に厄年をやり過ごすことができた。別所温泉のお土産は、「厄除けまんじゅう」がある(いちばん下の写真)。

温泉地だけに、北向観音の手水はなんと温泉である! しかも、ひしゃくで温泉水を飲むこともできる。境内には、「愛染かつら」のモデルとなった桂(かつら)の木がある。

善光寺が南向きに建てられていることはご存じだろうか?これは別所温泉の北向観音の存在を知ると意味をもってくる。善光寺は南向きで来世の幸せを、北向観音は北向きで現世の幸せを祈る。こういう形でこの二つは対になっており、片方だけでは片詣りになってしまうという。wikipedia に以下の記述がある。

北向観音という名称は堂が北向きに建つことに由来する。これは「北斗七星が世界の依怙(よりどころ)となるように我も又一切衆生のために常に依怙となって済度をなさん」という観音の誓願によるものといわれている。 また、善光寺が来世の利益、北向観音が現世の利益をもたらすということで善光寺のみの参拝では「片参り」になってしまうと言われる。 

別所温泉が "信州の鎌倉" と呼ばれるのは、この地が鎌倉時代に北條氏の領地だったことによる。国宝の八角三重塔のある安楽寺は禅寺で、初代の住職は宋から渡来した中国人の禅僧であるという。



この安楽寺も、別所温泉に来た際はかならず散歩コースにいれて訪れているので、何度も来ているのだが、そのたびに美しい塔だと感心している。五重塔は日本には多いが、八角三重塔(写真)はきわめてめずらしいという。いっけん四重に見えるが、いちばん下は裳階(もこし)なので三重塔なのだとか。塔の内部には大日如来が安置されているらしいが、なぜ禅寺に大日如来があるのかはミステリーである。

今回の別所温泉滞在の最終日、3月13日(火)の早朝6時半、東日本大震災・栄村 復興祈願護摩に参加した。宿泊先の上松屋の社長さんんが引率しての無料イベントである。場所は、北向観音の不動堂である。天台宗でも不動明王の護摩行がある。

たまたま、2012年3月12日は栄村の大地震から一年目にあたっていたのである。「3-11」の翌日に発生した大地震の被害であることは忘れがちあり、たまたまではあったが、早朝の護摩行に参加することができたのは幸いであった。僧侶が4人もでてくるのはそうとう気合いが入っているというのは、チェックアウトの際に社長さんから聞いた話である。



護摩に参加していて思ったのは、日本中の真言宗や天台宗のお寺で一日に一回は護摩が焚かれると仮定したら、いったいぜんたい日本でどれだけの数の護摩が焚かれることになるのだろうかということだ。

そのときアタマに浮かんだのは「鎮護国家」というフレーズ。

「3-11」の大災害で、日本=日本人=日本の国土という意識が目覚めつつあるような気がしている。それが、排外的なナショナリズムにさえならなければ、「鎮護国家」で護摩が焚かれるのはウェルカムというべきだろう。

調べると、真言宗の寺院だけでも日本全体で一万以上はある。これに天台宗の寺院をあわせれば、一日に焚かれる護摩はそうとうな量になるわけだ。

不動明王の真言が繰り返し唱えられているのを聴きながら、日本はこのおかげで守られているのかもしれないという気持ちがわき起こってくるのをおぼえたのである。これもまた日本を日本たらしめている重要な要素である。




信州の塩田平(しおだだいら)には独鈷(とっこ)山という、標高 1,222m のキザギザな形をした山がある。写真は、上田電鉄別所線の車内から撮影したものだが、一説によれば、弘法大師がこの地で修行して、密教法具の独鈷(とっこ)を埋めたのでこの名がついたのだとか。たしかに、山のかたちが独鈷(とっこ)によく似ている。

このように、別所温泉はなんど来ても、そのたびにあらたな発見のある温泉郷だ。つぎにおとづれるのがいつになるかわからないが、東京からも近く、しかも落ち着いた雰囲気の温泉郷はじつに貴重な存在である。しかも塩田平という信州でも有数の穀倉にあり、山の幸も豊富で旅館でだされる料理もじつに旨い。

火山国日本は地震多発国でもあるが、一方ではいたるところに温泉がわき出ている豊かな国でもある。火山国のデメリットを嘆くだけでなく、生きて現世にいる人間は温泉というメリットも大いに味わいたいものだ。

南向きの善光寺では来世を想い、北向の北向観音では現世利益をいただく。この世に存在するものはすべて対になっているのである。メリットとデメリットもまたコインの両面のようなものだ。

機会があれば別所温泉は、ぜひ一度は訪れてほしい。





<関連サイト>

別所温泉観光協会 (公式サイト)

別所温泉 上松屋旅館 (公式サイト)

北向観音堂(上田市デジタルアーカイブ)

天台宗別格本山 常楽寺(上田市デジタルアーカイブ)



<ブログ内関連記事>

善光寺御開帳 2009 体験記(2009年5月9日)

成田山新勝寺「断食参籠(さんろう)修行」(三泊四日)体験記 (総目次)

不動明王の「七誓願」(成田山新勝寺)-「自助努力と助け合いの精神」 がそこにある!

『崩れ』(幸田文、講談社文庫、1994 単行本初版 1991)-われわれは崩れやすい火山列島に住んでいる住民なのだ!






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2010年9月23日木曜日

庄内平野と出羽三山への旅 (9) 月山八号目から月山山頂を経て湯殿山へ縦走する




わずか3日のうちに再び月山に登る。今度は行者姿ではなく、登山靴にアタックザックで。

 翌朝、ふたたび月山山頂に向かう。すでに一度、地下足袋で昇っているし、今度は単独なので自分のペース(=マイペース)で昇れるだけでなく、登山靴をはいているので気が楽だ。

 なんといっても、「山伏修行体験塾」で登ったのは風雨のなか、しかも修行体験期間中はカメラを持参できないので、写真がぜんぜん撮れなかったのだ。

 その意味では、ふたたび月山山頂に立つのは意味のあることだった。二度手間などとはクチにすまい。

 朝は5時過ぎに目覚める。ちょうど東に向けて立っている参籠所から御来光を拝むことができる。




 「成田山新勝寺の断食参籠修行」に参加して以来、西式健康法に従って「半日断食」を続けてきた私は、ふたたび朝食を食べない生活に復帰するため、御田原参籠所でも「朝食は要らないので、そのかわりおにぎりを作ってほしい」と頼んでおいた。そのおにぎりを貰って支払いを済ませ、参籠所をあとにする。

 時間は朝の6時15分である。早く立てば早く着く。登りはできるだけ朝の涼しい時間帯に済ませておきたいもの。
 昨日寝る前は全身筋肉痛状態でどうなるやらと思ったが、朝起きてみれば何とかなるものだ。登山靴履いて動き出すととくに問題はない。




 昨日は快晴であったが、さすがに本日はやや曇りがちだ。それにしても台風は日本列島全体を覆っている高気圧のためにコースがそれたらしい。月山は晴れている日はそれほど多くないというので、雨がないだけでもありがたい。


現在の月山登山道は明治維新の「神仏分離と廃仏毀釈」以前のものとは違う

 「また、月山への登山道にあった夥(おびただ)しい石仏を、人足に命じて谷へ突き落とさせた」らしい。そのように、安丸良夫の『神々の明治維新』の出羽三山の記述にはあった(・・引用文全体は (7) を参照)。

 この文章を読み返してこのくだりを発見したのは、「庄内平野と出羽三山への旅」から戻ってきた殻のことだが、登山道を歩いているときにはまったく考えていなかった。
 
 いま月山の登山道に残っているのは、「賽の河原」のみである。




 高山にはよくあるケルンのように見える石積みは、実は近代の登山者が作ったものではなく、信仰登山の対象である月山に、信徒たちが積み上げてきたものであると聞く。
 月山は本質的に死者の山であり、魂が帰って行く場所と考えられていたようだ。いわゆる山中他界というやつである。

 「♪ ひとつ積んでは母のため~ ふたつ積んでは父のため~」、私が子供の頃よく耳にして、その情景をきわめてリアルなものだと感じていた「賽の河原地蔵和讃」。最近の子供は知っているのかどうか、賽の河原を渡るため、死んだ子供が石を積む。しかし石を積み上げたと思ったら、鬼がやってきては崩してしまう。積んでも積んでも崩されるこのむなしさは、ギリシア神話でいえばシジュポスのものである。
 月山の場合、せっかく積んだ石を蹴散らした鬼とは、「神仏分離と廃仏毀釈」の実行者であった西川須賀雄その人のことになるのだろうか。
 九合目の山小屋周辺には、まだまだお地蔵様などの石仏、そしてお墓が多く残っている。あるいは、昭和になってからあらたに担ぎ上げたものだろか。かつての月山に充ち満ちていたという、不気味な死者の国の雰囲気を髣髴(ほうふつ)とさせるものがある。

 九合目を過ぎると、行者返しという急坂がある。かつて信仰登山の対象であった月山に登る行者が力尽きてここで引き返したという難所だ。たしかに雨風の日に地下足袋で登るのは(・・その昔はわらじだろうが)、岩が濡れて滑りやすくなかなか大変だったろうと思う。登山靴で登るぶんにはそれほど大きな問題はない。



 行者返しを過ぎれば、あとは再び平坦なゆるい上り坂となり、そのうちに山頂の小屋が見えてくる。



再びの月山山頂。今度はなんと快晴であった!

 午前8時半前には月山山頂。山伏修行体験塾でも登ったので一日おいて二回目。今日の山頂は快晴ありがたい。九合目付近はガスがかかっていて、この調子だと・・・と危ぶんだが、山頂にきてみれば見事なまでに、あっけらかんとした快晴であった。ありがたい。




 月山神社本宮でお祓いを受ける。実は二回目。でもまあいいや、なんとなくお祓いを受けておいた方がいいだろうという直観に従う。




 せっかくなのでお守りでも買うか、とおもって見ていたら「つき守り」を発見。500円にて購入。「つき」とは、月山の月のことだが、月はツキに通じる。つまりこのお守りは、「これはついてる!!」というお守りだと勝手に解釈して喜ぶ。月山の動物はうさぎである。これはきわめてわかりやすいロジックだ。
 ついでに、臥牛(がぎゅう)の火除けお札を購入。200円。臥牛(がぎゅう)とは reclining bull のこと、庄内平野から出羽三山をみると、牛が臥せているように見えるから別名臥牛(がぎゅう)というらしい。ガギューというのは語感がよい。

 月山山頂にて持参のおにぎりを食べる。「半日断食」といっても、運動をしたあとは腹が減る。12時の予定を大幅に前倒しして昼食。水筒に入れてきたペットボトル水を飲む。水が減るにつれて荷物が軽くなって行くのはありがたい。

 最近は山に登ってなかったけど、やはり山はいい。それになんといっても月山だ。ありがたさは並のバワースポットの比ではないのだ!! 聖地である聖山。




 八紘一宇(はっこういちう)という石碑がそのまま残っているのが、なんだか不思議な感じだ。戦時中のごく短い時期に一世を風靡したスローガン八紘一宇。英語でいうと "all the world under one roof" という八紘一宇の石碑がなぜ撤去されないのか? 不思議でしょうがない。
 「神仏分離と廃仏毀釈」の際には、容赦なく阿弥陀仏も石仏も撤去されたというのに・・・



月山山頂からは、あとは湯殿山にむけて尾根伝いにひたすら下るだけ

 面前に拡がる光景はまさにスイスアルプス。平坦な縦走路はいい。多少のアッップダウンは変化があってむしろ心地よい。



 なんといってもほとんどすれ違う人がいないというのは快適だ。
 なぜしばらく山に行かなくなっていたかというと、山でする挨拶がいやなのだ。
 たまにすれ違う人や、追い抜く人がいたら挨拶するのは礼儀として当たり前だが、猫も杓子も「こんにちは~」と挨拶しなければならないのは正直いって面倒くさいのだ。まあこんなこというとひんしゅく買いそうだが・・



 月山から尾根伝いに湯殿山方面へ下る。
 しかし、一方的な下り道になってくるとくたびれる。
 私は下りがキライなのだ。ヒザがガクガクにならないように、気をつけながら下る。



 そんなときにかすかに聞こえてきた渓流のせせらぎ。これはほんとうに癒される。カラダが疲れているし、それに同調してココロも疲れている。ココロが癒されると、カラダも軽くなる。
 さらに下っていくと、登山道を渓流が横切っている。腰をかがめて渓流に手を浸してみると、山から流れてくる雪解け水は、実に冷たい。
 せせらぎの音と水の冷たさが、ほんとうの癒しになる。
 いまそのときに撮影録音したせせらぎの音をバックで流しながら書いているが、ほんとうに山は生命を回復させるための源だ。




 さらに歩くと鎖場へ。現在ではスチール製のハシゴがかけられているので、登るのはそれほど苦ではないだろうが、ハシゴを下るのは結構緊張するのでくたびれるものだ。ほとんど誰ともすれ違わないのをいいことに、ハシゴに腰掛けて一休み。

 山伏修行で山のなかに入り、そのあとも単独で山のなかを歩く。
久々に本格的に山歩きをしてみて、山で生命がよみがえることの意味を、あらためてココロとカラダで実感した。

 

平均時間を大幅に超過して、やっとのことで「湯殿山のご神体」に対面-月山のタナトスの先に、湯殿山のエロスがある

 出羽三山の奥の院といわれてきた湯殿山。そのご神体にようやく対面するときがきた。
 羽黒山が現世の山、月山が死の山で過去世であるなら、湯殿山は再生の山で未来世の山である、と。だからこそ、この三山をすべて踏破した意味があるのだ。



 山道を下っていくと滝がみえる。滝には注連縄(しめなわ)がかけられている。自然物である滝じたいがご神体でもある。

 湯殿山のご神体は、もう少し下ったところにある。

 湯殿山神社の神域には裸足でないと入れない。歩き疲れた足を休ませ、登山靴と靴下を脱ぎ裸足になる。これは快適だ。受付で500円を払って、湯殿神社本宮でお祓いを受ける。人形(ひとがた)でカラダを祓って払ってから、息を吹き込んで水に流す。

 このあと裸足で神域に入り、御神体に拝礼。これは驚き!!

 ご神体は「写真撮影禁止!」である。デジカメをポケットに入れて神域に入ったが、あえて撮影するのはやめたのは、別に敬神の心からではない。これは写真に収めても意味はないと思ったからだ。

 芭蕉は『奥の細道』のなかで、「惣而此山中の微細、行者の法式として他言する事を禁ず。仍て筆をとゞめて記さず」いっているが、これはことさら mystificate してもったいぶるのが目的というよりも、それこそ文字通り五感を通じて感じ取るしかない聖地であるためなのだ。芭蕉と『奥の細道』における出羽三山については、次回 (10) で詳しく書くことにする。

 このご神体は、熱い温泉が湧きだしている、こんもりした山のような巨岩である。
 巨大な岩は、長年にわたる湯ノ花のために、茶褐色というよりも、はなはだ感覚的な表現であるが、まさに肌色に染まった巨岩である。ピンクがかった茶褐色というべきなのだろうか。
 いつから温泉がわき出ているのか知らないが、おそらく縄文時代に遡るのではないか。有史以来といってよいのだろう。誰かが発見して以来、信仰の対象として祀られてきたに違いない。

 その形は、まさに女性性器。ここからお湯だけでなく、すべての生命が生まれて来るという秘所。生命の根源が生まれてくるところ。
 まさに語の本来の意味のエロチックともいうべき、官能的な、不思議で奇妙な巨岩である。エロスとは、元もともとの意味は、生み出すチカラのことだ。セクシーという意味ではない。

 芭蕉は、「語られぬ湯殿にぬらす袂かな」という句を詠んでいる。オモテの意味は、「湯殿山でのあまりの感動に袂(たもと)を涙で濡らした」と注釈書では説明されるが、ウラの意味はかなりエロチックな、官能的なもののようだ。

 月山のタナトスの先に、湯殿山のエロスがある。羽黒山の現世、月山の過去世、湯殿山の来世。出羽三山は見事なまでに、生命の輪廻の輪を回しつづけているのである。このサイクルは未来永劫にわたって繰り返されるものである。
 芭蕉は、生命の神秘を、生きることの意味を、最終的に湯殿山で感じたのではないか?

 ご神体の拝礼は、なんとご神体そのものを、ご神体の左脇から裸足で登って、また下りることが求められる。ご神体の上を歩いていいなんて!
 ご神体からわき出るお湯は実に熱く、裸足ではとても耐えられないくらい熱い。あまりにも熱いのでやけどしそうだ。立ち止まることは不可能、登り続けるしかない。
 ご神体は、目で見て驚くだけでなく、足の裏で感じ取り、匂いを嗅ぎ、森の発する音を耳で聴きながら、五感すべてをつうじて感じ取るものなのである。
 だからこそ、直接体験するにしくはないのだ。

 だからこそ、有史以来、ここで見たことは人に語るなといわれてきたわけなのだろう。

 生まれ変わり、蘇りの聖地。

 同じく蘇りの聖地である熊野の「湯の峰」もそうだが、地表すれすれにマグマが来ているところは、間違いなく聖地として祀られてきた。

 通常は、火山の噴火ということでしかみることのできない大地の働き。これが、地表スレスレにあるというのは古代人でなくても新鮮な驚きと感動を感じるものだ。マグマがすぐそこまで来ているのだ。




 写真撮影不可となっているので、ムリに隠し撮りしても意味はなかろうと思った。この写真は、少し上から撮影してみたもの。しかし巨岩は写らなかった。

 実際どんなものか知りたければ、Google 「湯殿山 ご神体」で画像検索してみればいい。世の中には「不届き者」が多数いるので、写真が多数アップされている。
 それよりも、直接いって自分の目で見て、歩いて、お湯の熱さを感じることだ。

 ご神体の拝礼を済ますと、足湯がある。この足湯がまた、縦走して疲れた足を癒してくれるのだ。ありがたい。気持ちがいいので、しばらく足湯に浸かっていた。

 しかし、このご神体も、夏が終わると急速に寒くなっていく出羽三山においては、冬期は完全に豪雪に閉ざされてアクセス不能となるらしい。これもまた、自然の不思議という感覚、センス・オブ・ワンダーを感じさせてくれる。


 
ご神体からは参詣バスで大鳥居までいく。この道路は参詣バス以外は一般通行禁止である。


 そのあと本宮参拝バスで参籠所へ。最初は、さらに参道を歩いて下るつもりだったが、バスを見たら一気にその気は失せてしまった。参宮バスに乗り、一気に大鳥居までいく。片道200円。あっという間だ。

 なお、大鳥居と湯殿山神社本宮までの道路は本宮参拝バス以外は通行禁止である。
 湯殿山参籠所はすぐ目の前にある。本日はここで泊まる。



 15時の予定よりも早く到着したが、参籠所にチェックインして荷物を降ろし、さっそく温泉で疲れを癒す。 湯殿山から引いてきたお湯をそのまま使用した、丹生鉱泉御神湯。
 ああ、温泉はありがたい。極楽、極楽・・・である。日本人ここにきわまれり、というものだ。

 火山国に生まれた喜びを噛みしめる瞬間。




 次回 (10) では、出羽三山の旅を『奥の細道』の中核に据えた松尾芭蕉について書いておかねばなるまい。


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