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2013年9月1日日曜日

本日(2013年9月1日)は関東大震災から90年 ー 知られざる震災記録ルポルタージュの文庫本2冊を紹介



つい先日のことだが、ことし2013年の8月に宮武外骨の著作が一冊、文庫本として復刊された。

『震災画報』(宮武外骨、ちくま学芸文庫、2013 発行:1923~24年=大正12~13年)である。

不敬罪での禁錮3年をはじめ、生涯に入獄4回、罰金・発禁などの筆禍29回という戦歴を誇る在野の反骨のジャーナリストであった宮武外骨(みやたけ・がいこつ 1867~1955)が、関東大震災の直後から自分が経営する出版社の半狂堂(!)から発行した「画報」を一冊にまとめたものだ。

みずからの目で見て聞いた話を、文体は口語体で、しかも絵入りの和紙和装本として予約出版された合計6冊である。

内容の一部はその後あきらかになった事実とは異なる伝聞情報が含まれているということだが、これはリアルタイムの情報伝達である以上、避けられないことだろう。

宮武外骨といえば、この文庫版の解説を執筆している吉野孝雄は親類縁者にあたる人だが、宮武外骨の伝記のタイトルが『過激にして愛嬌あり-宮武外骨と「滑稽新聞」-』(ちくまブックス)というものだった。

1983年の初版を愛読して以来、わたしは宮武外骨のファンであるが、この話はまた別の機会にしたいと思う。

それにしても「過激にして愛嬌あり」とはなんとステキなキャッチフレーズであることか。「過激」なことを言うだけでは嫌われて遠ざけらだけ。愛嬌がないと共感を得ることはできないということなわけだ。座右の銘にしたいものだ(笑)

だが、この『震災画報』では、事実の収集とそのコメントに専念しており、過激でも愛嬌でもないことを記しておく。過激だとしたら、震災による被災という事実そのものが過酷で過激なのだ。





「総目次」の一部(全6冊の内容を項目別に整理した目次になっている)

論説
地震学の知識概略
上野公園に集った避難者
尋ね人の貼紙
上野山王台の西郷隆盛銅像
吉原の遊女
貧富平等の無差別生活
東京を去った百万の避難者
見聞雑記
写真銅版の実景または図画
その他







さて、文庫で読める知られざる震災記録ルポルタージュということで、もう一冊紹介しておきたいと思う。

『東京震災記』(田山花袋、河出文庫、2011 初版 1924年)である。

田山花袋(1871~1930)といえば近代日本文学史の名前のでてくる文学者である。いわゆる自然主義文学の作家として『田舎教師』や『蒲団』などの作品で有名だ。高校時代、授業で聞いたが現在に至るまで読んだことがないのだが(笑)

だが、ここのところ岩波文庫から田山花袋の随筆が復刻されており、それを読むと意外なことに軽妙洒脱な文体でなかなか面白い文章を書いていることがわかった。

『温泉めぐり』(岩波文庫、2007)である。これは紀行文である。また、『東京の三十年』(岩波文庫、1981)も貴重な回想録といえるだろう。

そんなジャーナリストで筆も立つ田山花袋が書いた記録ルポルタージュが『東京震災記』である。東日本大震災後に河出文庫から復刻された。

宮武外骨の『震災画報』が、どちらかといえば現在のニュース報道やブログ記事のようなものだとすれば、田山花袋のものはさすがに文学者だけあって、じっさいに交わした会話なども織り込んで臨場感のある読み物に仕上がっている。

内容については目次をご覧いただきたい。




目次の一部

この世の終りかと思った
一寸先きはわからない
金棒の音
混乱したシインがシインに重って表現派の絵
Sの話
I君の話
その時のさま
『オッ地震』
瓦の落ちる音
白い不愉快の雲
その雲に当たった夕日
『下町はえらい火事だ』
以下、項目多数


関東大震災については、吉村昭によるノンフィクション作品の傑作である『関東大震災』(初版1973年、現在は文春文庫)があって読んだ人も多いと思う。わたしもずいぶん昔になるが吉村氏の本で関東大震災の全貌を知ることができた。

それでもあえてこの文庫本2冊を紹介するのは、震災の当事者が書いたものだからである。日本の企業社会で強調される三現主義(=現場・現物・現実)をそのまま実践した記録でもあるからだ。

震災の被害とその後の人災もさることながら、震災後の復興について知ることができるのである。

だが、思えばわずか22年後の1945年(昭和20年)3月11日、東京は米軍による大空襲でふたたび焼け野原となった。今度は天災ではなく、無能な政治指導者たちが招いた人災であったが・・・

その大空襲からさらに68年、いまのところなにもなく過ごしてきたが、東日本大震災以後さまざまな研究成果が「NHKスペシャル」の特集などをつうじて一般化してきており、すでにつぎの大地震の可能性も想定せざるをえない状況になってきている。

しかし、そのときいったいどうなるのか。
いや、どう行動できるのだろうか・・・




<関連サイト>

MEGAQUAKEⅢ 巨大地震 よみがえる関東大震災 ~首都壊滅・90年目の警告~(NHKスペシャル 2013年8月31日)


<ブログ内関連記事>

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・・関東大震災からの復興、再生から始まった「考現学」

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「天災は忘れた頃にやってくる」で有名な寺田寅彦が書いた随筆 「天災と国防」(1934年)を読んでみる

永井荷風の 『断腸亭日乗』 で関東大震災についての記述を読む

「リスボン大地震」(1755年11月1日)後のポルトガルのゆるやかな 「衰退」 から何を教訓として学ぶべきか?

書評 『震災復興の先に待ちうけているもの-平成・大正の大震災と政治家の暴走-』(山岡 淳一郎、2012)-東日本大震災後の日本が「いつか来た道」をたどることのないことを願う

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鎮魂-「阪神大震災」から15年目に思い出したこと

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2010年1月17日日曜日

鎮魂-「阪神大震災」から15年目に思い出したこと(2010年1月17日)


             
 15年前の本日1月17日早朝、神戸で大震災が発生したことを知ったのは、出勤前に見たNHKのニュース速報だった。「阪神・淡路大震災」という名称が付けられたのは、地震が発生してからしばらくたってからのことである。
 この正式名称は面倒なので、淡路島の方には申し訳ないが、以後も「阪神大震災」という通称で語ることとする。

 関西出身で、親戚も神戸にいる私にとっては、阪神大震災は決して他人事ではなかった。幸いにも(・・これは希有なことであろう)、肉親や親戚からは死傷者は一人も出なかったが、自宅が一部倒壊するなどの被害が発生している。
 この阪神大震災をきっかけに日本でも災害ボランティアが本格化したことはよく知られている。私もなんらかの形でボランティアとして参加したいと思ったが、勤務地は東京だし、すでに30歳を越していた私には不可能なことだった。
 職場放棄してボランティアに参加することは、できない相談だったからだ。自分の持ち場でキチンと仕事をすることが社会的責任を果たすことだと、自らを納得させることとしたのであった。すぐにでも行動したくなる、はやる気持ちを抑えて、ある種の心理的な「合理化規制」を行ったことになる。
 
 昨日ふと以下に書くようなことを思い出した。これを考えるだけで、ふたたび怒りがこみ上げてくるのを感じる。そのときの記憶が画像イメージとして、ありありと甦ってくるのを感じる。

 当時勤務していたコンサルティング会社は、金融機関系のものだったのだが、機構改革があって銀行の調査部門と合体してシンクタンク機能をもつこととなった。
 そのためだろう、積極的に情報発信して、シンクタンク業界のなかで目立つ存在になろうとしたためではないかと思うのだが、「震災後の復興需要」と題して(・・タイトルは正確には覚えてません)、阪神大震災の復興のために必要になる建築資材や復興にともなう労働力などを試算して、復興需要の規模が数10億円(・・もっと大きかったかもしれない)、景気にはコンマ何%かの上昇につながる、というレポートをいち早く出そうとしていたのだ。

 対外プレス発表の前に、コンサルタントも含めた全社員が集められて説明プレゼンが行われたのだが、その説明を聞いていながら、内臓から激しい怒りがわき上がってくるのを感じた。「人の死を食い物にするのか!」、と。
 質疑応答の時間があったので、よっぽど発言しようかと思ったのだが、とても内心の怒りを抑えることが出来ないので、理性的な発言や議論はできないだろうと思って、発言するのは我慢したのだった。
 若かったこともあるだろうが、個人的なこと以外で、これほど激しい怒りを感じたことは数えるほどしかないと思う。肉親や親戚に死傷者がでたわけでもないが、他人事とは思えなかったのだ。
 「震災後の復興需要」のレポートだが、結局対外発表されることはなかった。おそらく"良識ある"経営陣の誰かが、差し止めたのだと憶測している。
 当然な話であろう。

 1995年当時は、バブルが崩壊して不況のどん底にいたから、苦境の建築業界を中心にした「復興需要」で、なんとかして景気にプラス効果があればいい、と思う気持ちがあったことまでは否定しない。阪神・淡路という非常に限定された地域で発生した直下型の大震災は、局地的な大災害であり、日本国民全体が苦しんだわけではない。
 しかし、人間にはしていいことと、悪いことがある。こんなものは対外発表せずに、経営者の指示で経営企画スタッフが黙って作成し、内部資料としてとどめておけばいいだけの話なのだ。
 レポートの発表が対外的に認められ、組織内での業績評価につながると思っていたのだとしたら、とんでもない話である。執筆担当者も指示を出した上司も、ともに倫理を逸脱していたとしかいわざるをえない。
 もちろん、レポート執筆担当者に対して個人的な恨みがあるわけではないし、そもそも誰だったのか名前も覚えていない。

 こんなことを書いた私だが、それでも阪神大震災の被災者の心を理解できているかと問われれば、わかっていないと正直に答えなければならない、と感じる。
 昨夜、NHKの報道番組「追跡AtoZ」で、「見過ごされた15年-復興曲線が語る新事実-」という番組を見た。番組によれば、30歳台、40歳台の働き盛りの男性ほど、震災体験後に「二番底」を体験しているという。
 明かな「弱者」である子供やお年寄り、また障害者とは違って、「自力復興」を果たした働き盛りの男性は、周辺から「強者」とみなされるようだ。しかしながら、緊張の糸がプッツリときれてしまったとき、激しい鬱(うつ)状態に陥っていた人が多いらしいのだ。これは震災後3年目くらいが多いらしい。
 震災の被害にあった神戸ですら、こういう状況なのである。

 人の気持ちに寄り添って考えるということがいかに困難なことであるか、あらためて身にしみて感じている。






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本日(2013年9月1日)は関東大震災から90年-知られざる震災記録ルポルタージュの文庫本2冊を紹介

「天災は忘れた頃にやってくる」で有名な寺田寅彦が書いた随筆 「天災と国防」(1934年)を読んでみる

書評 『震災復興の先に待ちうけているもの-平成・大正の大震災と政治家の暴走-』(山岡 淳一郎、2012)-東日本大震災後の日本が「いつか来た道」をたどることのないことを願う

(2014年10月31日 情報追加)




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