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2024年5月16日木曜日

「東国三社参詣」5万歩ウォーク 体験記 その6 鹿島神宮といえば「要石」(かなめいし)。その意味について考えてみる(2024年5月11日)

 

やっとの思いで鹿島神宮に到着3度目の参詣である。

息栖(いきす)神社の参詣を済ませたら、すでに午後2時になっていた。 

先を急がなくてはと、ひたすら国道124号線を北上し、急ぎ足で歩いていたが、だんだんと足が重くなってきた。そうこうするうちに左足があがらなくなってくる。まめもできてきた。 

「足が棒のように」なるという表現が日本語にはあったな、そんな思いをするのはひさびさだ。 

(さすが鹿島だけにあって東京ヴェルディのバスが目の前に 筆者撮影)


途中なんども休憩をはさみながら、なんとか気合いで歩きつづける。知力は関係ない、体力を気力でカバーするのだ。 




歩いてあと30分というところでバス停があった。時刻表をみたら、あと数分でバスが来ることがわかった。悪の誘惑である。

だが、そんな誘惑を振り切って歩く。ここで妥協したらずっと後悔することになるぞ、「東国三社」を歩き通したぞと胸を張って言えなくなってしまうぞ、と。

そうこうするうちに鹿島神宮の森が見えてきた。あともうすこしだ。

側面から境内に入ったら、時間はちょうど16時半、ベンチがあったので、腰を下ろして座り込んでしまった。 


(側面からみた鹿島神宮の本殿)


そこで感じたのは「達成感」ではなかった。極度の「疲労感」のみである。

「達成感」というものは、その行為の記憶をなんども反復していくうち、時間がたつにつれて増大していくのだろう。 


■さあ、気を取り直して境内へ

さて、しばらく休んだあと立ち上がる。ぼやぼやしていると日が暮れてしまう。いくら神社は24時間開放スペースだとはいえ、暗くなったら見えなくなってしまうではないか。 


(正面から見た本殿 北向きである)


まずは本殿を参拝。日本の神社は基本的に南に正面があって、参拝者は北に向かって拝むことになっているのだが、鹿島神宮の本殿は正面が北を向いているのだという。理由は定かではない。 

(千年杉の森)


本殿を参拝したあと、千年杉の森のなかに入っていくこのうっそうとした森こそ日本の神社であり、現代人にとっては森林浴という功徳をいただくことにもなるわけだ。明治神宮の参道と似ているが、過ごしてきた年月はヒトケタ違う。


(さざれ石)


まずは「さざれ石」がある。この意味は日本人にしかわからないだろう。


(鹿は神さまのお使い)


「鹿の園」がある。神さまのお使いの鹿たちだから「鹿島アントラーズ」なのだな。しかも、奈良の春日神社の鹿は、こちらが本家本元なのだそうだ。


(奥宮。この裏に「要石」がある)


さらに森を歩き続けて「奥宮」を参拝。そして、「要石」(かなめいし)へと向かう。これが今回の「東国三社参詣」のメーンイベントであり、締めくくりなのだ。 


(鹿島神宮の「要石」)


「要石」といえば鹿島神宮、そんな連想がある。鹿島の神さまが「要石」で大ナマズを押さえつけているという民間伝承だ。それでも、ときに大ナマズが大暴れして、押さえつけられないことがある。 


(大ナマズを押さえる鹿島の神さま)


2011年3月11日の「東日本大震災」では、その鹿島神宮でさえ、石造の鳥居が崩壊したのだという。現在の鳥居は千年杉をつかって再建したものだそうだ。 


(東日本大震災後に再建された鳥居)

そうはいうものの、ひきつづき鹿島の神さまには、「要石」で大ナマズを押さえつけておいてほしいと願うのみ。よろしくお願いします。 


(いわゆる「鯰絵」に描かれた鹿島大明神と「要石」)


これで香取神宮・息栖神社・鹿島神宮の「東国三社参詣」は完了した。感無量である。 あとは「鹿島立ち」して、帰途につくのみ。


(つづく) 




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<番外編> 2つの要石を結ぶラインと・・・


 

「東国三社参詣」でミッシングポイントとなっていたのが息栖(いきす)神社であった。 

鹿島と香取の2つの「神宮」と比べて知名度が低く、参詣者もそれほど多くない息栖神社だが、先にも見たように、息栖神社があることで、「東国三社」で直角二等辺三角形が形作られていることがわかる。 

そして、重要な点は、まずは鹿島と香取の2つの「神宮」には、ともに「要石」(かなめいし)があるということだ。 

「要石といえば鹿島神宮」という連想は、なにも現代人だけではなく、江戸時代後期もそうだったようだ。 


(鹿島神宮の「要石」は地表露出部分が小さくて凹型)

ところが、博物誌ともいうべき赤松宗旦の『利根川図志』には香取神宮の「要石」は記載されていない。

佐藤一斎も「日光山行記」では「鹿島神宮の要石」は、手で触れてみたと書いているが(・・かつてはそんなことができたのか!)、「香取神宮の要石」にはいっさい言及がない。 


(香取神宮の「要石」は地表露出部分が比較的大きくて凸型)

香取神宮の「要石」は、鹿島神宮の「要石」より大きい香取神宮のものは凸型、鹿島神宮のものはくぼみのある凹型。いずれも地表に現れているのはごく一部で、巨大な岩の先端に過ぎないのだという。 

「要石」は、その先端部分が地表にでているが、その地下には巨大な岩石があるといわれる。鹿島と香取の両神宮は、ともに小高い丘のうえに鎮座している。言い換えれば島のようなものだ。 

したがって、「要石」のある岩石そのものが信仰の対象だったと考えるべきだろう。古代の「巨石信仰」である。

そう考えると、現在の社殿そのものよりも、「要石」のほうが信仰としては、より原初的なものと考えるのが自然である。 

さらに重要なことは、息栖神社は現在地に遷ってから1200年近いが、かつては現在地よりも東南方向に鎮座していたらしいことだ。 


 「第2章 関東 前編 東国三社と蝦夷」と「第3章 関東 後編 水戸光圀と巨石信仰」に記されている。 




その65ページには、東国三社の関係図が掲載されており(上掲の図)、そこには以下のようなキャプションがつけられている。


鹿島神宮、香取神宮、息栖神社・・・・・東国三社を結ぶと表れる巨大な三角形。息栖神社の旧地とふたつの要石を結ぶと、ほぼ正三角形を成していることがわかる。 


鹿島神宮と出雲大社を結ぶ東西ラインは「太陽の道」とよばれることがあるが、それは日本のなかでは東西の最長距離となっているからだ。ちなみに鹿島神宮と出雲大社の中間ポイントに熱田神宮がある。  

そういった、「神聖幾何学」(sacred geometry)ともいうべき、もろもろの事実を踏まえるとなにが見えてくるのか。

答えはそう簡単には出てこないが、古代人の思考を知るうえで、なかなか興味深い謎解きとなることであろう。 





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2022年3月26日土曜日

映画『スターリングラード 史上最大の市街戦』(2013年、ロシア)ー「史上最大の市街戦」をロシア映画で見る

 
 史上最大の「市街戦」といえば、いうまでもなく「スターリングラード攻防戦」だろう。絶滅戦争となった「独ソ戦」の最大の山場の1つである。 

「スターリングラード攻防戦」は、ヴォルガ川下流域の都市スターリングラード(・・ロシア国内。ソ連崩壊後はヴォルゴグラードに改称)の奪い合いとなった「市街戦」だ。1942年8月から翌年2月にかけての激戦で、最終的にドイツ軍がソ連軍に包囲されて全滅した。 

その「世界最大の市街戦」を体感して追体験するために映画を見る。しかも、ドイツ側からではなく、ロシア側で製作された映画で。ハリウッド映画ではなく、ソ連崩壊後のロシア映画で。 それがこの『スターリングラード 史上最大の市街戦』(2013年、ロシア)だ。  

この映画を見るのは初めてだが、いきなり日本語(!)の音声が流れてきたのに驚かされた。

一瞬、設定を間違えたか(?)と思ったがそうではなく、じきにロシア語に変わって日本語の字幕が登場。 プロローグは、なんと映画公開の2年前の「3・11」(2011年)の東北から始まるのだ。

津波で崩壊した街瓦礫の下に生き埋めになったドイツ人の救助にあたるロシアから派遣されてきた救援隊員。この設定にも意味がある。「独ソ戦」では全面衝突した両国の国民だが、「恩讐を越えて」という人道的テーマの現れである。

地震と津波という自然災害と、戦争という人為的な災害には違いはあるが、一般市民が巻き込まれて犠牲になるという点では共通している。このプロローグが、この映画において重要な意味をもっており、エピローグでもふたたびそのシーンとなる。 日本、ドイツ、ソ連(ロシア)という因縁の関係。


映画は、そのロシア人の救援隊員の母がスターリングラード攻防戦で生き抜いた一人だという設定になって、紅一点の若き日の母と、最後まで戦い抜いて戦死していったソ連軍将兵たちが主人公たちとなる。

3D映像でCG使いすぎ、スローモーション多過ぎなので、ややマンガちっくだなという違和感があるものの、ロシア側(・・というよりも時代背景としてはソ連側)か描いたエンタテインメント作品として興味深い。 どうも現実のロシア人は、ロシア民謡に代表される、日本人が長年抱いていた固定観念とは違って、こういう派手なものが好きなようだ。

おそらく、ソ連軍にはロシア人だけでなく、ウクライナ人もモンゴル人も将兵として参加していただろうが(・・しかも映画でもセリフにでてくるが「ノモンハン」体験者も含まれる)、ロシア映画としてはロシア人を主人公にするのは不自然なことではない。 

また、敵のドイツ人も人間として公平に描いており、この映画の制作年である2013年が、西側との関係悪化が始まった「クリミア併合」(2014年)以前のものであったことを想起するする必要があろう。 



おそらく、ロシア人は「スターリングラード攻防戦」をロシアの国難として見なしているだろうし、「独ソ戦」の「戦勝記念日」(5月9日)を大々的に政治活用してきたプーチン政権もまたそれを強調してきた。 

だが、そういった歴史的背景や政治的位置づけは別にして、「世界最大の市街戦」がどのようなものであったかを想像するためには、この映画を見る価値はあるだろう。 

もちろん、ロシア映画史上最大のヒット作となったというこの映画は、あくまでもエンタテインメント作品として受け止めるべきだが。配給はソニーピクチャーズ。 




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2021年3月12日金曜日

書評『本で床は抜けるのか』(西牟田靖、中公文庫、2018)ー 本で床は抜ける、のだ!

 
『本で床は抜けるのか』(西牟田靖、中公文庫、2018)を読むと、実際に「本で床は抜ける」ことが実際にあったようだ。この本にその実例が紹介されている。  

2011年の「3・11」の東日本大震災で「本で床は抜ける」かもしれないと危惧を抱いたノンフィクション作家は、そのテーマで取材を開始することになる。企画が通って連載が決まったからだ。 

あまり巧い作家だとは思わないが、テーマには興味があるので最後まで読んでみた。蔵書に埋もれて亡くなった評論家の草森紳一氏の蔵書の行方も取材されている。私設図書館を創ってしまった人たちの話もでてくる。大震災後に書庫を建ててしまった大学教授の話もでてくる。 

探検家でノンフィクション作家の角幡唯介氏は、この文庫版の解説でこう書いている。「本で床が抜けるのかを検証するためにはじめた取材は、最終的に床どころか、彼の人生の底が抜けてしまって終焉を迎えたのである」。じつに切ない話ではないか。 

著者ほどではないが、本が多すぎて似たような切ない(?)体験をもつ自分も、同病相憐れむというか、いまだことばにしにくい感情を抱いたまま現在に至っている。 

本は増殖する。知らないうちに増殖している。1冊1冊はたいしたことなくても、気がついたときには増殖しているのが蔵書。蔵書をを整理するのは思った以上に大変だ。本を買う際に、維持コストについて考えないことがその原因だ。 

「3・11」から10年になった。震災対策という観点から、蔵書整理の必要をひしひしと感じている。2011年3月11日に大規模に本が崩れて以来、本格的な整理を行っていない。やらなくちゃ、ね。 






著者プロフィール
西牟田靖(にしむた・やすし)
1970年、大阪府生まれ。ノンフィクション作家。アジア・太平洋諸島の元日本領土、北方領土や竹島といった国境の島々をテーマにした作品で知られる。著書に『〈日本國〉から来た日本人』『ニッポンの国境』『ニッポンの穴紀行』『わが子に会えない』など。


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2015年11月11日水曜日

書評 『兵士は起つ-自衛隊史上最大の作戦-』(杉山隆男、新潮文庫、2015 単行本初版 2013)-「3-11」という「有事」を自衛隊員たちの肉声でつづったノンフィクション


2011年3月11日の「3-11」からすでに5年近い。あの日は、まさに国難ともいうべき未曾有の大災害の始まりであった。そして自衛隊にとっては「史上最大の作戦」の始まりでもあった。まさに「有事」であったのだ。

科学者で随筆家であった寺田寅彦は、「国防という観点からみたら、天災が外敵以上に対応が難しいのは、「最後通牒」もなしに、いきなり襲いかかってくるからだ」という意味の発言を行っている。これほど的確な表現はほかにあろうか。

たしかに徴候はあった。前兆はあった。何度も規模の大きな地震がつづいていた。だが誰がマグニチュード9レベルの巨大地震が発生し、それが津波の大被害をもたらし、さらには原発事故につながろうとは思っただろうか・・・。それは百年どころか千年に一度の巨大地震であったのだ。

『兵士は起つ-自衛隊史上最大の作戦-』(杉山隆男、新潮文庫、2015)は、「3-11」という未曾有の「有事」に巻き込まれた自衛隊員の肉声によって構成されたノンフィクションである。

登場するのはいずれも無名の「兵士」たちだ。そのほとんどが第一線の現場で勤務する「下士官と兵」たちである。

第一部では、緊急事態の発生で駐屯地に向かう途中、いきなり襲ってきた津波に飲み込まれながらも自力で泳ぎきり、しかも人命救助に献身的に全力を尽くす隊員たちが登場する。72時間のトリアージが生存可能性の壁となるからだ。

第二部では、自分の家族の安否もままならぬ状態のまま、遺体収集にあたる隊員たち。いまだかって体験したことのない過酷な環境で抱く精神的にきわめてつらい思いが語られる。

第三部では、非常事態に陥った福島第一原発で、世界でも例のない作戦に従事することになった隊員たちが登場する。

本書に登場する自衛隊員たちに共通するのは使命感と覚悟である。自分や家族よりも国民の命を守るという使命感。その使命感を胸にした自衛官としての覚悟。表舞台で脚光を浴びるためではなく、あくまでも縁の下の力持ちとして、目立たぬ存在であることを望むという姿勢。迷走をつづけた当時の政府とは異なり、上意下達の組織である自衛隊は、課せられたミッションを遂行するプロ集団である。

「有事」とはめったにないからこそ「有事」なのである。「有事」に、そのもてるチカラを100%発揮するためにこそ、「平時」における訓練がある

作家の三島由紀夫は、「その全身をかけに賭けた瞬間のために、機が熟し、行動と意思が最高度まで煮詰められなければならない。そこまでいくと行動とは、ほとんど忍耐の別語である」と言っている。自衛隊員についても、そのままあてはまるものだろう。

無名の自衛隊員たちの献身的な姿を淡々と記述した本書だが、三島由紀夫亡きのちにノーベル賞を受賞した日本人作家への怒りが、なんと二回も表明される。防衛大学校と自衛隊し侮辱した作家のことである。名指しはされていないが、読めば誰のことかわかるはずだ。

有名作家のような公式の場における発言力をもたない無名の自衛隊員たち。かれらの肉声を拾い上げて構成した本書は、ノンフィクションという形をとった文学作品といってもいいのではないだろうか。そんな感想を読みながら抱いた。

大多数の国民が抱くのは、自衛隊員たちへの「感謝」であろう。本書の読者もまた、そうであるに違いない。





目 次

第1部 千年に一度の日
 水の壁
 別命なくば
 救出
 最後の奉公
 白いリボン
 長く重たい一日
第2部 七十二時間
 戦場
  「ご遺体」
 落涙
 母である自衛官
 第3部 原発対処部隊
 正しくこわがった男たち
 偵察用防護衣
 海水投下
 四千八百リットル
エピローグ 日記

著者プロフィール

杉山隆男(すぎやま・たかお)
1952(昭和27)年、東京生れ。一橋大学社会学部卒業後、読売新聞記者を経て執筆活動に入る。1986年に新聞社の舞台裏を克明に描いた『メディアの興亡』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。『兵士を見よ』『兵士に聞け』『兵士を追え』『兵士に告ぐ』の「兵士シリーズ」で自衛隊を追い続けている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものに加筆)



<ブログ内関連記事>

「天災は忘れた頃にやってくる」で有名な寺田寅彦が書いた随筆 「天災と国防」(1934年)を読んでみる
・・科学者で随筆家であった寺田寅彦は、「国防という観点からみたら、天災が外敵以上に対応が難しいのは、「最後通牒」もなしに、いきなり襲いかかってくるからだ」という意味の発言を行っている

「行動とは忍耐である」(三島由紀夫)・・・社会人3年目に響いたコトバ
・・「その全身をかけに賭けた瞬間のために、機が熟し、行動と意思が最高度まで煮詰められなければならない。そこまでいくと行動とは、ほとんど忍耐の別語である」(三島由紀夫)


自衛隊

陸上自衛隊「習志野駐屯地夏祭り」2009に足を運んでみた

海上自衛隊・下総航空基地開設51周年記念行事にいってきた(2010年10月3日)

鎮魂!「日航機墜落事故」から26年 (2011年8月12日)-関連本三冊であらためて振り返る ・・この墜落事故でも自衛隊員たちが遺体収集作業に従事した


「現場」の重要性

書評 『私たち「ユニクロ154番店」で働いていました。』(大宮冬洋、ぱる出版、2013)-小売業は店舗にすべてが集約されているからこそ・・・

アルバイトをちょっと長めの「インターンシップ期間」と捉えてみよう

(2015年11月13日 情報追加)




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2014年10月27日月曜日

マンガ『いちえふ 福島第一原子力発電所労働記 ①』(竜田一人、講談社、2014)ー 廃炉作業の現場を作業員として体験したマンガ家による仕事マンガ



売れないマンガ家が、アルバイトで作業員になって働く。ここまではとくに珍しいことではないかもしれない。

だが、この『いちえふ 福島第一原子力発電所労働記 』というマンガの作者は、2011年3月11日の東日本大震災と福島第一原発事故をキッカケに、被災地で働きたいという思いを抱く。どうせ働くなら被災地の役に立ちたい、しかも現地を見てみたいという好奇心に促されてのものである。

そういう思いを抱いてから、じっさいに福島第一原発、すなわちこのマンガのタイトルでもある通称「いちえふ」(=1F: Fukushima 1 の略)内部の作業に関与できるまで、なんと1年もかかったという。

この経緯もまたマンガにされているが、なぜ1年間もかかったのかということ自体がネタになる。ハローワークでの求人、そして日本の建設業界における何次にもわたる下請けという業界構造がいかなるものかを具体的に知ることができるからだ。

このマンガは、結果としてマンガによるルポルタージュとなっている。だが、鎌田慧氏がその代表であるようなルポライターやジャーナリストが、身分を偽って作業員として潜入し、現場労働を行って得た情報をもとに現状を告発するという類の内容ではない。

好奇心の強いマンガ家が、みずからも一作業員として廃炉作業に従事することで体験し、観察した事実を、こと細かにマンガとして再現してみせたものだ。文字通りのフィールドワーク(=現場作業)であり、結果として参与観察したことになる。現場作業員の世界を描いた仕事マンガでもある。

ディテールまで詳細に描き込まれているので、とばし読みするのはじつにもったいない。じっくりと絵も文字もすべて読んでいくと、廃炉作業という現場の作業内容と、作業員たちの日常の生態が浮かび上がってくる。

廃炉作業の現場は、基本的には建設現場や工事現場における解体作業である。きわめて男くさい現場である。だが、そこが放射能濃度のきわめて高い汚染地帯であるということが、フツーの作業現場との大きな違いである。

主人公はマンガ家自身であり、一人称による語りが一貫している。取材をベースにしてイマジネーションをふくらませた作品ではなく、あくまでも作者自身の観察に基づいたものだ。

たとえば、現場における防護マスクの装着感や耐え難い蒸し暑さ、ゴム手にたまる膨大な量の汗など、じっさいの体験者ならではの実感は妙にリアルである。このほかの描写もじつに実感のこもったものである。読者は五感を刺激されるだろう。

日本全国から集まってきた作業員たち、福島に生きてきた被災者でもある作業員たち。それぞれバックグラウンドの異なる男たちが「いちえふ」という現場で交錯することになる。これが作者が「いちえふ」で作業に従事していた2012年当時の日本の現実である。

マスコミやSNSをつうじて流布した情報が、限りなく都市伝説(?)に近いことが、このマンガをつうじて理解することができるはずだ。現場ならでは一次情報とはこういうものだ。

この作品はマンガだが、ルポルタージュやノンフィクション作品の棚においておくべきものだろう。2014年秋に続刊が出版されるという。楽しみだ。


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目 次
第零話 「ご安全に!」
第一話 「収束していません」
第二話 「鼻が痒い」
第三話 「2011年のハローワーク」
第四話 「福島サマータイムブルース 前編」
第五話 「福島サマータイムブルース 後編」
第六話 「はじめての1F」
描き下ろし漫画


著者プロフィール  
竜田一人(たつたかずと)
職を転々としたあと、福島第一原発で作業員として働く。福島第一原発で作業員として働いた様子を描いた『いちえふ ~福島第一原子力発電所案内記~』が第34回MANGA OPENの大賞を受賞した。(出版社サイトより)



PS 『いちえふ 福島第一原子力発電所労働記』 の第2巻は2015年2月に発売された。

第2巻では、第1巻のつづきで2012年当時の作業の状況と、ふたたび2014年に「いちえふ」に戻ってからの状況、一回目の作業からマンガ発表当時の裏事情などが描かれている。
目 次

第七話 原発無宿
第八話 劇団いちえふ
第九話 線量役者
第十話 N-1経由1F行き
第十一話 ギターを持った作業員
第十二話 ヒーローインタビュー
第十三話 1F指輪物語
第十四話 (Get Your Kicks On) Route 6 !
第十五話 アイル・ビー・バック
番外編 取り出し作業の注意事項
番外編2 男の背中

同時進行のルポルタージュとして、ぜひ今後も長く「いちえふ」と福島についてのリポートをつづけていってほしいと思う。(2015年6月6日 記す)。


<関連サイト>

いちえふ(講談社モーニング 公式サイト)


<ブログ内関連記事>

原発事故関連

鎮魂・吉田昌郎所長-『死の淵を見た男-吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日-』(門田隆将、PHP、2012)で「現場」での闘いを共にする

書評 『官邸から見た原発事故の真実-これから始まる真の危機-』(田坂広志、光文社新書、2012)-「危機管理」(クライシス・マネジメント)の教科書・事例編

書評 『原発事故はなぜくりかえすのか』(高木仁三郎、岩波新書、2000)-「市民科学者」の最後のメッセージ。悪夢が現実となったいま本書を読む意味は大きい
・・原子力産業草創期にエンジニアとしてかかわった著者の軌跡

スリーマイル島「原発事故」から 32年のきょう(2011年3月28日)、『原子炉時限爆弾-大地震におびえる日本列島-』(広瀬隆、ダイヤモンド社、2010) を読む

「チェルノブイリ原発事故」から 25年のきょう(2011年4月26日)、アンドレイ・タルコスフキー監督最後の作品 『サクリファイス』(1986)を回想する

書評 『原発と権力-戦後から辿る支配者の系譜-』(山岡淳一郎、ちくま新書、2011)-「敗戦国日本」の政治経済史が手に取るように見えてくる

書評 『津波と原発』(佐野眞一、講談社、2011)-「戦後」は完全に終わったのだ!


「仕事マンガ」関連

書評 『仕事マンガ!-52作品から学ぶキャリアデザイン-』(梅崎 修、ナカニシヤ出版、2011)-映画や小説ではなくなぜ「仕事マンガ」にヒントがあるのか?

『シブすぎ技術に男泣き!-ものづくり日本の技術者を追ったコミックエッセイ-』(見ル野栄司、中経出版、2010)-いやあ、それにしても実にシブいマンガだ!
・・ものづくり現場を舞台にしたガテン系マンガ

働くということは人生にとってどういう意味を もつのか?-『働きマン』 ①~④(安野モヨコ、講談社、2004~2007)

書評 『サラリーマン漫画の戦後史』(真実一郎、洋泉社新書y、2010)-その時代のマンガに自己投影して読める、読者一人一人にとっての「自分史」

『重版出来!①』(松田奈緒子、小学館、2013)は、面白くて読めば元気になるマンガだ!


参与観察法

書評 『村から工場へ-東南アジア女性の近代化経験-』(平井京之介、NTT出版、2011)-タイ北部の工業団地でのフィールドワークの記録が面白い

書評 『搾取される若者たち-バイク便ライダーは見た!-』(阿部真大、集英社新書、2006)-バイク便ライダーとして参与観察したフィールドワークによる労働社会学

マンガ 『アル中病棟(失踪日記2)』(吾妻ひでお、イーストプレス、2013)は、図らずもアル中病棟で参与観察型のフィールドワークを行うことになったマンガ家によるノンフィクション

マンガ 『プロデューサーになりたい』(磯山晶、講談社、1995)-人気TVドラマを生み出してきた現役プロデューサーがみずから描いた仕事マンガ


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