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2012年6月24日日曜日

書評『ヤシガラ椀の外へ』(ベネディクト・アンダーソン、加藤剛訳、NTT出版、2009)― 日本限定の自叙伝で名著 『想像の共同体』が生まれた背景を知る



『ヤシガラ椀の外へ』(ベネディクト・アンダーソン、加藤剛訳、NTT出版、2009)は、社会科学の古典的名著 『想像の共同体』で有名な、東南アジア比較政治学者ベネディクト・アンダーセンの「日本限定」の学問的自叙伝である。

タイトルの意味は、「大学や母国といった "ヤシガラ椀" の外に出よ」ということ。「ヤシガラ椀のなかの蛙」ということわざは、日本の「井の中の蛙」に似ているがニュアンスがやや異なるらしい。しかし、著者によれば、東南アジアのインドネシアとタイでは、ほぼ同じ意味の表現があるというのも興味深い。

この自叙伝が「日本限定」なのは、英語圏では学者が自伝を書くことはほとんどないため、英語で発表することは著者自身が望んでいないためだという。だから、オリジナルの原稿は英語であるが、日本語版だけが出版されたのである。

欧米では政治家はかならずメモワールを書き残すが、それは政治家にとっては「歴史に対する義務」であるとみなされているためである。学者による自叙伝が当たり前の日本語環境ではなかなか想像しにくいことだが、欧米においては学者はそうではないらしい。

弟子であり訳者でもある加藤氏と編集者に口説き落とされて、なんとか重い腰をあげて、日本の若い研究者のためになるとして英語で執筆したものであるという。日本語がよめる読者はじつに幸いだ。

「何かが違う、何かが変だという経験は、私たちの五感を普段よりも鋭くし、そして比較への思いを深めてくれる。実は、フィールドワークが、自分が来たところに戻ってからも意味がある理由は、ここにこそある。フィールドを通して観察と比較の習慣を身につけ、やがて自分の文化についても、「何かが違う、何かが変だ」と考え始めるように促され、あるいは強いられるようになるからだ。前提になるのは、注意深く観察し、絶え間なく比較し、そして人類学的距離を保つ、ということだ」(P.143)

比較による観察については、これほど明確に書かれたものはないのではないかと思われる一節である。

また、ナショナリズム論の名著『想像の共同体』が書かれた背景を明らかにしている箇所がじつに興味深い。先行するナショナリズム論の多くは、戦後英国に集まっていた左派のユダヤ系知識人によってなされたものが大半であったというのは、意外と知られてない話だろう。

アイルランド人の血を引く著者の大英帝国に対するつよい違和感、国民統合の原理であるナショナリズムに対する一筋縄ではない思いが、ただたんに学問的な関心である以前にアイデンティティそのものに由来するものであることが理解される。

東南アジア、とくにインドネシアを中心にして、タイやフィリピンに知的な関心を抱いている読者にとっては、研究者以外もぜひ読んでおきたい内容の本だ。

繰り返すが、こんな内容の濃い学問的自叙伝を読める日本語読者は、じつに恵まれているのだ。日本語限定だからこそ書けた内容なのかもしれなからだ。


(ヒシャクとしてつかわれるヤシガラ椀 タイで筆者が購入)


<初出情報>

■amazon書評「名著『想像の共同体』の著者で東南アジア比較政治学者アンダーセンの日本限定の自叙伝」投稿掲載(2012年4月4日)

*再録にあたって大幅に書き直した


(画像をクリック!)



<書評への付記>

■『想像の共同体』など

本来はインドネシア研究者であった著者は、スハルト体制のもと入国拒否となり、仕方なくタイやフィリピンとの比較研究を余儀なくされるが、しかしこれが名著を生み出すことにつながったのである。

訳者による補足もあわせて読むと、英国と米国の大学のあり方の違いなどインサイダー的な情報もじつに興味深く読むことができる。

この自叙伝を読んでいると、アンダーセンが受けたギリシャ語とラテン語の古典語教育がいかに大きな意味をもっているかがわかる。けっして現在の米国や日本の大学からはでてこない学者であることが理解されるのだ。そして、もはやでてこないであろうことも。

いまさらながらではあるが、ナショナリズム論の古典的名著、『想像の共同体』(Imagined Communities)について簡単にふれておこう。

すでに社会学の古典的名著として定着している『想像の共同体』は、内容をかいつまんで要約すれば、「国民」というものは自明の存在ではなく、構築されたものだということである。「国家」があるから「国民」があるわけではなく、「国家」という社会的機構に意味を与えるものが「想像された共同体」である「国民」なのだ。

これは日本にあてはめて考えてみればよく理解できることだろう。江戸幕府が倒れて明治維新体制が成立した時点に、「日本国民」が存在したわけではない。義務教育と徴兵制を実施し、日清戦争と日露戦争という二度の対外戦争をつじて、ようやく「国民」意識が形成されたのである。

こうして形成された日本国民であるが、しかしながら実体として「国民」が存在するわけではなく、あくまでも自らがそう思うからそうである過ぎないのだ。国家による国籍と国民意識がかならずしも一致しないのはそのためである。だから「国民国家」(nation-state)というのは、「国家」と「国民」の合成語なのである。

だからこそ、イスラームの少数派であるシーア派が過半を占めるイラクでは、宗派を越えた「国民国家」が定着しなかっただけでなく、アメリカによる軍事介入によって開いてしまった地獄の蓋は依然として完全に閉まることなく、現在に至るまで情勢が落ち着かない原因となっている。

むしろシーア派の中核国家であるイランの求心力がつよく、サッダーム・フセインのもとにおいても完成にはほど遠かったイラク国民の形成は、ふたたび振り出しに戻ってしまったわけである。   
         
あまりにもおおざっぱな説明であるが、『想像の共同体』(白石隆・白石さや訳、書籍工房早川、2007)については、ぜひ読んでほしいと思う。それがむずかしいのであれば、『新・現代歴史学の名著-普遍から多様へ-』(樺山紘一編、中公新書、2010)に、『想像の共同体』の翻訳者の一人であるインドネシア研究者の白石隆教授が『想像の共同体』について簡潔な紹介文を寄稿しているので、ご覧になっていただきたい。

米国のコーネル大学がなぜ、東南アジア研究の中心になっているのか、この自叙伝では書かれているが、アメリカにおける社会科学と政治の関係という観点からも興味深い。

コーネル大学には、日本の大企業からも東南アジア要員が研修生として送り込まれてきたことは、意外と知られていないようだ。



PS 岩波現代文庫から『越境を生きる ベネディクト・アンダーソン回想録』と改題したうえで文庫化!

たしかに、もとの『ヤシガラ椀の外へ』というタイトルでは、東南アジア通でなければわかりにくいだろう。『越境を生きる ベネディクト・アンダーソン回想録』のほうがいいかもしれない。(2023年4月24日 記す)


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<ブログ内関連記事>

「恵方巻き」なんて、関西出身なのにウチではやったことがない!-「創られた伝統」についての考察-
・・おなじく英国の左派の歴史家ホブズボーム

日本語の本で知る英国の名門大学 "オックス・ブリッジ" (Ox-bridge)
・・英国のエリート大学のインサイダー情報

書評 『村から工場へ-東南アジア女性の近代化経験-』(平井京之介、NTT出版、2011)-タイ北部の工業団地でのフィールドワークの記録が面白い

書評 『帰還せず-残留日本兵 60年目の証言-』(青沼陽一郎、新潮文庫、2009)
・・主にインドネシアの事例

『戦場のメリークリスマス』(1983年)の原作は 『影の獄にて』(ローレンス・ヴァン・デル・ポスト)という小説-追悼 大島渚監督
・・日本占領時代のジャワ捕虜収容所が舞台

映画 『アクト・オブ・キリング』(デンマーク・ノルウェー・英国、2012)をみてきた(2014年4月)-インドネシア現代史の暗部「9・30事件」を「加害者」の側から描くという方法論がもたらした成果に注目!

(2014年5月22日 情報追加)


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2012年6月22日金曜日

書評『大英帝国という経験 (興亡の世界史 ⑯)』(井野瀬久美惠、講談社、2007)ー 知的刺激に満ちた、読ませる「大英帝国史」である



■面白い、じつに知的刺激に満ちた「大英帝国論」だ!

面白い、じつに知的刺激に富んだ「大英帝国論」である。『大英帝国という経験 (興亡の世界史 ⑯)』(井野瀬久美惠、講談社、2007)のことである。

ストーリーテリングの勝利といっていいだろう。導入から本文まで、構成とストーリー展開によって読ませる本である。

ところどころに引用される文学作品も、また意外な印象をもって「えっ!そうなの?」という気持ちにさせてくれる。まさか、大英帝国について書かれた本で、『風と共に去りぬ』の話を読むことになるとは!(・・ただし、映画ではなく原作のほうだが)。

大英帝国は、「アメリカ喪失」から始まったのである、と。そうか、たしかによくよく考えてみればそうだろろう。アメリカは、英国の植民地だったのだ。

アメリカ植民地の喪失という、まさにその時期に執筆されベストセラーになったのがギボンの『ローマ帝国衰亡史』であった。この事実からも、その当時の英国社会に満ちていた「空気」を感じることができる。英国は、はげしいアイデンティティ・クライシスを体験していたのだ。

世界史の教科書にも書いてあるとおり、アメリカ独立革命の思想的バックボーンは大陸の啓蒙主義であり、アメリカは独立戦争を戦うなかで、英国の宿敵であったカトリック国フランスと手を組んだのであった。プロテスタント国の英国に与えた衝撃は甚大なものがあったようだ。プロテスタント国 vs. カトリック国対立の図式はこのとき終わったからだ。

英国史の専門家は、アメリカ植民地喪失をはさんで、「第一次大英帝国」 と 「第二次大英帝国」というらしい。このふたつの大英帝国に断絶はないが、 植民地統治のあり方には大幅に改革が行われたというのが、本書のメインテーマである。

カリブ海の西インド諸島植民地で行われたサトウキビ栽培は、西アフリカからつれてこられた黒人奴隷に担われており、収穫したサトウキビから砂糖を精製するプロセスは消費地の英国で行われて「三角貿易」という経済システムが形成されていたことは、  書評 『砂糖の世界史』(川北 稔、岩波ジュニア新書、1996)-紅茶と砂糖が出会ったとき、「近代世界システム」が形成された!  を参照していただきたい。
     
アメリカ喪失後の「第二次大英帝国」においては、奴隷貿易の支配者から博愛主義の旗手へと転換し、ブルジョワジーをチカラを持ち始めたことから、東インド会社に代表される保護貿易から自由貿易への転換が推進されていく。そして、あらたな「三角貿易」は、英国=インド=中国で形成されるが、それはお茶が死活的な意味をもつようになったからだ。

わたしなりに整理すれば、大英帝国は、西インド諸島から東インド、すなわちカリブ海をふくんだ大西洋から、インド植民地を中心としたインド洋への大規模なシフトが行われたのである。

喪失した「アメリカ植民地」にかわって、大英帝国にとっての打ち出の小槌となったのは、あらたに版図に組み込んだインドである。いまや植民地のほぼすべてを喪失して大英帝国は存在しないが、この歴史の延長線上に、現在のわれわれは生きているのである。「見えないネットワーク」として大英帝国は、21世紀の現在でも生きているのだ。

それだけでなく、「目に見えるモノ」をつうじて、大英帝国は「現代文明」を形作っているのである。これは本書後半のテーマである、19世紀のヴィクトリア朝時代の大英帝国最盛期である。近代スポーツ、紅茶、博物館、ボーイスカウト・・・枚挙のいとまもないほど、多くのものがこの時期に生み出されて、大英帝国のネットワークをつうじて全世界に拡散していったのである。

しかも、後半のこのテーマにおいては、著者が得意な女性や少年といったテーマによって、ついつい男中心になりがちな大英帝国の歴史を、生活史を見る女性の目によって、立体化することに成功しているといえよう。

19世紀末の南アフリカにおけるボーア戦争や、オスマン帝国崩壊後のイラク王国成立にかんしても、植民地での戦争に参加した男性ではない、看護婦やそれ以外の形で現地におもむいた女性たちの視点がじつに新鮮な印象を受けるのだ。

『大英帝国衰亡史』を書いた保守派の論客・中西輝政氏のような男性の著者は、どうしても「衰退」に焦点を置きがちだが、女性の視点からみると、「衰退論」からは見えてこないべつの側面も見えてくる。

英国は、これまれの歴史のなかで、なんどもアイデンティティを再確認してきた国であることが本書を読むとよく理解できる。

その意味においては、第2次大戦後に植民地のほぼすべてを喪失した大英帝国、英国という島国にもどるうえで体験したアイデンティティ再確認について読みたいところであるが、それは400ページの本書では不可能な課題だろう。著者には、ぜひ本書の続きを取り扱った本を書いてほしいと思う。


(画像をクリック!)


目 次

はじめに
第1章 アメリカ喪失
 -ローマ帝国の衰亡とアメリカ喪失
 -「イギリス人」だったアメリカ人
 -アメリカ喪失の教訓
第2章 連合王国と帝国再編
 -問い直される愛国心
 -スコットランド帝国という幻想
 -ジェラルド・オハラの青春
第3章 移民たちの帝国
 -アメリカ喪失と移民活動の再開
 -「帝国の時代」のカナダ移民
第4章 奴隷を解放する帝国
 -奴隷貿易の記憶
 -共犯者としての帝国
 -奴隷貿易廃止運動の諸相
 -よみがえる奴隷貿易の記憶
第5章 モノの帝国
 -紅茶の国民化-女性、家庭、そして帝国
 -巨大睡蓮と万博
 -モノたちを見せる帝国
第6章 女王陛下の大英帝国-女王・帝国・君主制
 -女王陛下の要請によりて
第7章 帝国は楽し
 -大英博物館はミステリーの宝庫
 -ゴードン将軍を救出せよ-観光と帝国
 -ミュージック・ホールで歌えば帝国も楽し!
第8章 女たちの大英帝国
 -女たちの居場所
 -帝国に旅立つ女たち
第9章 準備された衰退
 -女たちの南アフリカ戦争
 -子どもたちの堕落をくい止めよ!
 -日英同盟の顛末
第10章 帝国の遺産
 -イラクに迷う大英帝国
 -帝国の逆襲?
あとがき
参考文献
年表
主要人物略伝
索引



著者プロフィール


井野瀬久美惠(いのえ・くみえ)

1958年、愛知県生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。甲南大学文学部教授。専門はイギリス近現代史、大英帝国史。兵庫県長期ビジョン委員会、大阪府河川整備委員会、朝日放送番組審議会などの委員を歴任。著書に『植民地経験のゆくえ』(人文書院、第19回青木なを賞受賞)などがある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


<書評への付記>

そもそも「連合王国」(UK:United Kingdom)とは何かについても、本書をよむとよく理解できる。
18世紀のはじめ、イングランドと合併したスコットランド、財政破綻の結果。しかしこの機会をうまく活用し、多大な血を流しながらも連合王国のなかで地歩を築くことに成功。
一方、イングランドの穀物供給基地となったアイルランドは、主食のじゃがいも飢饉で餓死者続出し、アイルランド人は大量にアメリカに流出、現在でも国外在住者のほうが圧倒的に多く、「遠隔地ナショナリズム」として反英闘争の資金を提供してきたのである。これはアメリカ理解にとっても重要なことだ。

このほか、読んで面白い本であることは間違いない。

同じ時代を扱った本に 『大英帝国-最盛期イギリスの社会史-』(長島伸一、講談社現代新書、1989)がある。

ヴィクトリア女王の時代の19世紀の100年を扱ったものだが、ナイチンゲールのいう「高度文明社会」を成立させた大英帝国の最盛期を、大衆社会化という視点から描いたものだ。

あわせて読むと、この時代のイメージをさらにふくらませることができるだろう。こちらは、男性の視点であり、より社会経済史に力点をおいた社会史であり生活史である。

紅茶やボーイスカウトなどについては、それぞれ個別の本もいろいろ出版されているので、それらを参照するといいだろう。



<ブログ内関連記事>

■大英帝国の興亡

書評『大英帝国衰亡史』(中西輝政、PHP文庫、2004 初版単行本 1997)

書評『砂糖の世界史』(川北 稔、岩波ジュニア新書、1996)-紅茶と砂糖が出会ったとき、「近代世界システム」が形成された!

書評『イギリス近代史講義』(川北 稔、講談社現代新書、2010)-「世界システム論」と「生活史」を融合した、日本人のための大英帝国「興亡史」


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2012年6月9日土曜日

書評『ブーメラン ー 欧州から恐慌が返ってくる』(マイケル・ルイス、東江一紀訳、文藝春秋社、2012)-欧州「メルトダウン・ツアー」で知る「欧州比較国民性論」とその教訓


■欧州「メルトダウン・ツアー」で知る「比較国民性論」とその教訓

アメリカ人の金融ノンフィクション作家マイケル・ルイスが案内する「リーマン・ショック」でメルトダウンした欧州経済ツアー(The Meltdown Tour)である。

タイトルの「ブーメラン」とは、自分が投げたブーメランが自分のもとに戻ってくることを示唆している。
    
遠い対岸の欧州の出来事も、いずれ「リーマンショック」の震源地である米国に戻ってくるのだ、ということを言っているのだ。

原書のブッカカバーのデザインがまた巧みである(右下の写真)。BOOM-RANG と、経済が加熱する「ブーム」を赤で強調したものになっている。

事前に徹底的にリサーチしたうえで、徹底した現地取材を行うスタイルは、暴走するマネーに踊らされたひとびとの狂奔ぶりと、その後の「祭りの後」を微に入り細にわたり描きつくしている。

異常事態をつうじてあぶり出された欧州の「国民性」(民族性)比較論といってもいい、じつに興味深いノンフィクション作品になっているといえよう。


■「メルトダウン・ツアー」はアイスランド、ギリシア、アイルランド・・・そして

「メルトダウン・ツアー」は、まずは、人口たった30万人の北海の孤島アイスランドから始まる。

著者にとってもはじめての訪問であり、日本人でもあまり訪れた人の多くないアイスランドだけに、ひじょうに面白い。のちほどアイルランドも出てくるが混同しないように。

アイスランドの漁師が投資家になったというのは理解できる話だ。「板子(いたご)一枚下は地獄」という表現が日本語にもあるように、漁師というのはつねに危険と隣り合わせで、しかもかなりの程度ギャンブル性の高い仕事である。また、日本の株式用語には「水揚げ」など漁業関連用語が多い。

バイキングの末裔で、デンマークから独立した北海の孤島アイスランド国民が金融バブルに踊ったのも理解できないことではないのだ。

つぎは「破綻国家」ギリシアである。

ギリシアの女子禁制のアトス山にあるヴァトペディ修道院。ここがまさかギリシアの腐敗の中心にあったとは(!?)と思いながらページをめくっていくと、ギリシア財政問題の構造が手にとるように理解できる仕組みになっている。これ自体が読み物としてバツグンに面白い。

そして、かつて「ケルトの虎」(Celtic Tiger)ともてはやされたアイルランド。

ともに島国であるアイスランドとアイルランドについては、利益を先食いしてしまった点において、おなじく島国で、すでにバブル経済を経験した日本人には理解できなくないのに対し、ギリシアについては、それだけではなく、ユーロ導入に際して行った統計操作や、ギリシアは「相互不信社会」の最たるものであることが、経済に重点を置いた記述から読み取ることができるのだ。

果たしてギリシアは、日本にとっての未来像であるかどうか、これは読者自身がみずから考えてみるべき課題だろう。


■その対極にあると思われているドイツもまた・・・

アイスランド、ギリシア、アイルランドのあとにでてくるドイツは、まさにその正反対の存在である。秩序と規律をこよなく愛すドイツ人は、ギリシアとはまさに正反対にあるこことは言うまでもない。

だが、そのドイツにも落とし穴があったことを指摘するルイスはじつに鋭い。「リーマンショック」の際、ドイツの金融機関が無傷であったわけではないのだ。

「ルールを偏愛するがゆえの脇の甘さ」という指摘はじつに示唆に富む。米国の金融機関が、まさかルールにはずれたことをしているとは想定もしなかかったという脇の甘さを指摘しているのだ。

ドイツ人の二面性にかんする考察が、なんと民俗学者アラン・ダンデスのドイツ論をベースにした洞察を読ませてもらうことになるとは予想だにしなかった。『鳥屋(とや)の梯子と人生はそも短くて糞まみれ-ドイツ民衆文化再考-』(新井皓士訳、平凡社、1988)として日本語訳されている本である。

米国のような回転ドアの存在しないドイツの金融界においては、金融マンのビヘイヴィアは日本に近いような気もする。

さらに、「ドイツははたしてヨーロッパ化されたのか」という根源的な疑問が欧州で復活していることも見逃せない。

ナチス以後の「ユダヤ人を欠いたドイツ金融界」は、考えてみれば日本と同じである。これは、英米の金融界との大きな違いであることは間違いない。このことが何を意味しているかは、いろいろ考えてみる価値はある。


■そしてブーメランはアメリカに戻ってくる・・・

アメリカ人はヨーロッパ人ではないが、日本人が見る視点ともまた違う。現代の金融業の中心である米国の視点を知ることができるのも、元金融マンである著者の作品ならではである。

最終章のカリフォルニア州とカリフォルニアの地方都市の財政問題の記述は、財政破綻した地方自治体の実情をアメリカ国内の事例として読者の前に示したものだ。公共サービスの削減によってもたらされた事態のシミュレーション材料として受け取る必要があろう。

欧州「メルトダウン・ツアー」は、欧州からも米国からも遠い極東の日本は関係ないと言い切れるのかどうか。情報網によってグローバルがつながっている現在、とくに金融リスクはシステミック・リスクとして瞬時に拡散してしまう。

たとえ、欧州の金融危機は、日本の1998年ですでに体験したデジャビュー(既視感)があるとしても、けっして対岸の火事とは言い切れないだろう。

本書を読んで、「ぞっとする」感じをもつこと、これは日本人読者にとっても必要なのではないだろうか。





目 次

序章 欧州危機を見通していた男
第1章 漁師たちは投資銀行家になった(アイスランド)
第2章 公務員が民間企業の三倍の給料をとる国(ギリシア)
第3章 アイルランド人は耐え忍ぶ
第4章 ドイツ人の秘密の本性
第5章 あなたの中の内なるギリシャ
解説 それぞれの不幸(藤沢数希)



著者プロフィール

マイケル・ルイス(Michael Lewis)
1960年ニューオリンズ生まれ。プリンストン大学から、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)に入学。1985年ソロモン・ブラザーズに職を得る。ちょうど、ソロモンが住宅ローンの小口債券化を開発した時期に立ち会い、その債券を売ることになった。その数年の体験を書いた『ライアーズ・ポーカー』(1990年 角川書店)で作家デビュー。金融ノンフィクションの古典となった。2008年のリーマン・ショックを引き金とする世界恐慌のさなか、この恐慌を予測して大相場をはった一握りの男たちのリストを入手し、『世紀の空売り』(2010年 文藝春秋)を著す。2011年著書『マネーボール』が、ブラッド・ピット主演で映画化されている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。

訳者:東江一紀(あがりえ・かずき)1951年生まれ。北海道大学卒。ドン・ウィンズロウ『犬の力』など訳書多数(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



PS 2014年9月に文春文庫から文庫化された (2014年10月27日 記す)



<ブログ内関連記事>

書評 『世紀の空売り-世界経済の破綻に賭けた男たち-』(マイケル・ルイス、東江一紀訳、文芸春秋社)-アメリカ金融業界の周辺部からリーマンショックに迫る人間ドラマ

映画 『マネーボール』 をみてきた-これはビジネスパーソンにとって見所の多い作品だ!


■国家債務危機

書評 『国家債務危機-ソブリン・クライシスに、いかに対処すべきか?-』(ジャック・アタリ、林昌宏訳、作品社、2011)-公的債務問題による欧州金融危機は対岸の火事ではない!

書評 『警告-目覚めよ!日本 (大前研一通信特別保存版 Part Ⅴ)』(大前研一、ビジネスブレークスルー出版、2011)-"いま、そこにある危機" にどう対処していくべきか考えるために

書評 『ギリシャ危機の真実-ルポ「破綻」国家を行く-』(藤原章生、毎日新聞社、2010)-新聞記者が足で稼いで書いた 「ギリシアからみたギリシア危機」レポート

書評 『物語 近現代ギリシャの歴史-独立戦争からユーロ危機まで-』(村田奈々子、中公新書、2012)-日本人による日本人のための近現代ギリシア史という「物語」=「歴史」


■リーマンショック以後のユーロ

書評 『ユーロ破綻-そしてドイツだけが残った-』(竹森俊平、日経プレミアシリーズ、2012)-ユーロ存続か崩壊か? すべてはドイツにかかっている 

書評 『ユーロが危ない』(日本経済新聞社=編、日経ビジネス人文庫、2010)

書評 『本当にヤバイ!欧州経済』(渡邉哲也、 三橋貴明=監修、彩図社、2009)

「円安バブル崩壊」


■「勝ち組」ドイツについての考察-はたしてドイツはヨーロッパか?

書評 『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる-日本人への警告-』(エマニュエル・トッド、堀茂樹訳、文春新書、2015)-歴史人口学者が大胆な表現と切り口で欧州情勢を斬る

書評 『アラブ革命はなぜ起きたか-デモグラフィーとデモクラシー-』(エマニュエル・トッド、石崎晴己訳、藤原書店、2011)-宗教でも文化でもなく「デモグラフィー(人口動態)で考えよ!
・・「西洋民主主義とは、その最も狭い意味において、その出発点において、その創設的中核というものは、フランス、イングランド、アメリカ合衆国だからです。つまりはトックヴィルの世界なのです。今日、歴史的な西洋というのが、当初から政治面でドイツを含んでいたなどという考えは、妄想というべきなのです」(トッド)

書評 『なぜメルケルは「転向」したのか-ドイツ原子力40年戦争の真実-』(熊谷 徹、日経BP社、2012)-なぜドイツは「挙国一致」で「脱原発」になだれ込んだのか?
・・怒濤のように「反原発」になだれ込んだドイツ。なにか危ういものを感じるのはわたしだけだろうか

(2014年8月27日、2015年7月7日、8月1日 情報追加)



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