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2021年1月22日金曜日

映画『レフト・ビハインド』(米国、2014年)ー きわめて特殊なキリスト教の世界観を映画化したこの作品は、現代米国研究のために視聴すべき



映画『レフト・ビハインド』(米国、2014年)という映画を昨年(2020年)末のことだが amazon prime video にて視聴した。視聴時点では、会員は無料だったから。

どういうジャンルに分類したらいいのかよくわからないが、きわめて特殊なキリスト教の世界観を映画化したものだ。楽しみのためでなく、研究のための視聴である。 

あらすじを amazon prime video から引用しておこう。 


その日突然、数百万を超す人間が姿を消した。世界中でライフラインが機能を停止、地上は未曾有の混乱状態に陥り暴動が勃発する。一方、高度30,000フィートの上空でも同様に、ジャンボジェットの機内から大量の乗客が、着ていた衣服と荷物を残して忽然と姿を消してしまう。管制塔との連絡は途絶え、乗客たちがパニックを起こす中、彼らの命を預かるパイロットのレイは・・・。


映画は、米国ならどこにでもあるようなショッピングモールの光景がしばらくつづいたあと、舞台は暗転する。突然、一瞬にして人間が蒸発してしまったのだ。持ち物や衣服を残したまま・・

タイトルの「レフト・ビハインド」(Left Behind)は、直訳すれば「取り残された(人びと)」ということになる。どうやら、蒸発した人びとは、天国(Heaven) に召されてしまったようなのだ。 





なぜ、こんな内容の小説が6,500万部も売れたベストセラーになるのか、ごくごく平均的な日本人である私には理解しかねるが、これは「前千年紀再臨説」(Pre-Millennialism)をベースにしたものであるという。  

人間が突然蒸発してしまう現象を、日本語で「携挙」(けいきょ)というらしい。英語だとラプチャー(rapture)だ。関心のある人は、Wikipediaで調べてみてほしい。

「携挙」(ラプチャー)されたのは「幸運な人たち」であり、キリスト再来の折にはふたたび地上に戻されるのだ、と。まあ、そういう主張である。

私が関心をもっているのは、なぜ米国ではこんな小説が売れ、しかも映画化され、しかもニコラス・ケイジのような著名な俳優が熱演しているのか、ということだ。 

米国という国が、いかにわれわれの「常識」からはずれた異様な国であるか、今回の大統領選の報道をつうじて感じている人も少なくないと思う。なにも「Qアノン」のような陰謀論だけが猛威を振るっているのではないのである。 

現代米国研究の一環として視聴してみる価値はあると思う。エンターテインメントとしてはよくできた作品である。ただし、映画の評価そのものとは別個に考えるべきだろう。アタマで理解するものと、ココロが受け入れる価値観は別物である。


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<参考図書>

・・とくに「携挙」(けいきょ)について知りたければは、この本を読むとよい。アタマで理解することは可能だろう。

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2017年1月26日木曜日

スコセッシ監督が28年間をかけて完成した映画 『沈黙 ― サイレンス ―』(2016年、米国)を見てきた(2016年1月25日)― 拷問による「精神的苦痛」に屈し「棄教者」となった宣教師たちの運命



マーティン・スコセッシ監督が28年間をかけて完成した映画『沈黙 Silence』(2016年、米国)を見てきた。

上映時間は2時間41分と長い。重いテーマの宗教映画を見るには、正直いって体力も精神力も要するのだが、救いとなるのは登場人物の大多数が日本人で、演じているのは日本を代表する役者たち、しかもセリフの多くが日本語(!)であることだろう。

1988年に遠藤周作の原作を英訳版で読んで映画化を決意したものの、脚本を書くだけで15年間、映画の完成まであわせて28年もかかったという。すでに篠田正浩監督によって同タイトルで1971年に製作されているようだが、つい最近まで存在すら知らなかった。

イエス・キリストにかんする独自の解釈を映画化した問題作『最後の誘惑』(1988年)が、カトリック教会から批難を浴びていたさなか、スコセッシ監督はニューヨークのカトリック教会の司祭から、ぜひ読むようにと『沈黙』を手渡され、さっそく一読して映画化を決意したのだという。

ニューヨーク出身のスコセッシ監督はシチリアから移民してきたイタリア系移民三世で、少年時代にはカトリックの神学校に在学し、中退することにになったものの、将来は司祭になることを夢みていたという人だ。そのためもあろうか、製作する映画の多くには濃淡の違いはあれ、宗教色が感じられる。

先にも触れた『最後の誘惑』(1988年)はイエスの時代の原始キリスト教にかんするものであり、ダライラマ14世がチベットからインドに亡命するまでの半生を描いた『クンドゥン』(1997年)など直接に宗教をテーマにしたものだけではない。

スコセッシ監督の作品には宗教色があると感じて視聴すると、それなりに見えてくるものもあるだろう。『シネマの宗教美学』(服部弘一郎+編集部編、フィルムアート社、2003)のスコセッシ監督の項目が参考になる。




『沈黙-サイレンス-』の率直な感想

『沈黙-サイレンス-』の話題に戻ろう。この映画の時代設定は1637年の「島原の乱」後の「隠れキリシタン」の時代である。幕府による「キリシタン弾圧」が激しさを増していた弾圧完成までの最終段階である。

信仰という精神の内面まで監視対象としていた徳川幕府。その意向は上意下達で末端にまで徹底しており、信仰に不可欠な典礼をつかさどる司祭、とくに外国人司祭の存在は、もはや隠し通せるものではなくなっていた。本質的に軍事政権であった徳川幕府はすみずみまで諜報網を張り巡らせており、密告を奨励していたのだ。

原作でも映画でも取り上げられていないが、幕府の弾圧対象となったのはキリシタンだけではない。「日蓮宗の不受不施派」(ふじゅふせは)もまた、徹底的に弾圧されていた。幕府による弾圧理由は、世俗の権威である幕府より以上のものを信仰していたことに尽きる。一向宗(=浄土真宗)をはじめとする宗教的権威は、幕府という世俗の権威のもとに屈服することで存続を許され、幕府による統治を支える機構の一つとして活用されたのである。

「キリシタン」は「カトリック」のことであり、カトリックにおいてはバチカン、すなわちローマ教皇の権威が、「主権国家」の主権者である国王よりも上位に位置づけられていた。だから、幕府の立場からすれば絶対に許すことのできない不倶戴天の敵とみなされたのである。


(米国版ポスター 2016年公開)


そんな状況の布教地の日本において、信頼の厚かったポルトガル出身のイエズス会司祭フェレイラが拷問に耐えきれずに「転んだ」、つまり「転向」してカトリックの信仰を捨て「棄教者」となったという衝撃的なニュースがマカオにまで届いてきた。イエズス会は、ポルトガルの極東拠点マカオを中国布教のベースキャンプとしていたのである。

師匠であったフェレイラの「棄教」(apostasy)のニュースを知った弟子の二人の司祭が、真相を確かめるべく日本に密航することを決意する。彼ら自身が、日本に滞在して布教活動に従事した最後の宣教師となろうとは知るよしもなく(・・その後、1709年に種子島から密航したシドッティは布教活動を行うことなく、江戸で軟禁生活を送ることになる)。

日本に密航した二人の司祭の運命は過酷なものであった。「ミイラ取りがミイラになった」といえば、表現としても過酷すぎるかもしれない。


この小説を読んだのはずいぶん前のことになるが、それは心理療法家の河合隼雄氏がつよく推奨していたからだ。わたしも一読してみて、日本の風土というものがキリスト教信仰を根腐れさせてしまうと、棄教した司祭に語らせる遠藤周作氏の解釈に納得を覚えたものだ。日本の「世間」のもつ閉塞感に自分自身もウンザリしていたこともその理由の一つであった。

世界史上に例のない過酷な宗教弾圧が行われた17世紀前半の日本。キリスト教弾圧の歴史からいえば、キリスト教が公認されるまで続いたローマ帝国時代の弾圧に匹敵するだろう。ポーランドの歴史小説家シェンケヴィッチの『クォ・ヴァディス』に描かれた世界だ。

この映画で映像化された拷問の数々もすさまじい。十字架に磔になって海水責めされる拷問、司祭もふくめて実行された「逆さづり」という拷問。いずれも一気に殺してしまうのではなく、じわじわと真綿で首を絞めるタイプの、心身ともに苦痛を与えるタイプの拷問だ。拷問はただ単に肉体に苦痛を与えるだけでなく、内面の精神にまで苦痛を与えるものとして実行されていたのである。

幕府は、拷問による肉体的苦痛による死が、殉教として特権的な地位を与えてしまうことに気がついたのである。ある特定の宗教を根絶するには、戦場で敵を処刑するのとは性質が異なるのである。

苦難にあえぐ信者たちを前に、キリスト教信仰に根ざした精神的苦痛を与え、良心の呵責を引き起こし、最終的に「転向」(=棄教)させるという、きわめて高度なテクニック

フランスの思想家ミシェル・フーコーは『監獄の誕生』で、肉体苦痛を与える拷問から精神的苦痛を与える方法に転換したのは、西欧では18世紀末以降であったと述べているが、適切な事例とは言い難いものの、精神的苦痛をもって「転ばせる」手法を編み出していた当時の日本が、いかに「高度文明国」であったかの証左になっていると考えることもできる。

「裏切り者のユダは、銀貨30枚でイエスを売った」がキリシタン弾圧時代の日本では、密告者には銀貨300枚(!)を与えているというセリフが映画のなかに登場する。当時の日本が、スペインの植民地ボリビアのポトシとならんで、世界でも有数の銀山を有していたことが背景にあるのだが、オランダが日本貿易を独占したかったのは、日本で産出される銀が目当てだった。



日本にキリスト教が根付かなかったのは・・・

日本でキリスト教が根付かなかったのは、根腐れさせてしまうような風土だからだというのは、あくまでも遠藤周作の解釈である。以前はそう思っていたのだが、最近はかならずしもそう思わなくなっている。

そもそも、切支丹(キリシタン)をもって、西欧生まれのキリスト教をすべて代表させるような言説が誤解のもとであるのではないか? 

キリシタンはあくまでもカトリックのことであり、幕府はカトリック国のスペインとポルトガル、プロテスタント国のオランダと英国(イングランド)は、明確に区別していたことを確認しておく必要がある。幕府はプロテスタント国だと知っていたうえでオランダと付き合っていたのだ。英国は日本ビジネスが採算がとれないため10年で撤退したのであって、追放されたのではない。

プロテスタント国が宣教に熱を入れはじめたのは19世紀の米国であり、16世紀から17世紀にかけて布教に熱心だったのはカトリックであった。もっぱらポルトガル王国をバックにつけていたイエズス会と、スペインをバックにつけていたフランシスコ会などである。

現在のわたしは、在野の社会科学者であった小室直樹が『日本人のための宗教原論』(徳間書房、2000)などで主張するように、「本地垂迹」(ほんじすいじゃく)という形でなら、キリスト教は日本の信仰体系のなかに組み込まれて定着していた可能性があるという説に組みしたい。日本で仏教が定着したのは神仏習合であり、それは「本地垂迹」説による「土着化」であった。

スコセッシ監督が映画をつじて表現したかったこととは異なるかもしれないが、映画をじっさいに見た日本人としての率直な感想を書いておいた。


***********

いろいろ雑多なことを書いてきたが、映画そのものは、じつによくできるといえよう。

ポルトガル出身の司祭たちに英語をしゃべらせたり(・・母語が共通ではなかったら、本当はラテン語で会話しているはずだ)、必要以上に日本人の登場人物に英語をしゃべらせている点が気にはなるが、時代劇というものは舞台を過去に設定した現代劇だと思えば、とくに問題はない。

日本人のわたしからから見ても、日本と日本人についての描写は、とくに問題なく受け取れる。逆に、日本以外ではどう受け取られたのか知りたいところだ。


 (画像をクリック!


<関連サイト>

映画 『沈黙-サイレンス-』(公式サイト 日本版)

スコセッシは『沈黙』をどう映画化したのか 遠藤周作の名著を日米俳優で映画化(日経トレンディ、2017年1月20日)

Silence Official Trailer (2016) - Paramount Pictures (米国版)




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書評 『メイド・イン・ジャパンのキリスト教』(マーク・マリンズ、高崎恵訳、トランスビュー、2005)-日本への宣教(=キリスト教布教)を「異文化マーケティグ」を考えるヒントに
・・「土着化」したキリスト教の変容ぶり

(2017年2月6日・8日 情報追加)


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2016年5月11日水曜日

映画『レヴェナント 蘇りし者』(2015年、米国)をみてきた(2016年5月10日)-実在の人物ヒュー・グラスが憑依したかのような、鬼気迫るディカプリオ執念の演技


映画 『レヴェナント 蘇りし者』(2015年、米国)をTOHOシネマズで見てきた。先住民(ネイティブ・アメリカン)とのあいだに生まれた最愛の息子を目の前で殺された主人公の復讐劇であり、そのために生き抜く決意をした主人公の過酷なサバイバルを描いた大作である。

最初は見るつもりはなかったのだ。主演のディカプリオが5回目のチャレンジでやっとアカデミー男優賞受賞という朗報(!)もあって見ることにしたのだが、見て損はなかったといっていい。

だが、正直いって、もう一回見たいという気持ちには、なかなかならない。というのも、最初から最後まで見続けるためには、体力と精神力の両方を必要とするからだ。内容だけでなく、映像も、坂本龍一による音楽もまた重いのだ。

最近の映画にしては、上映時間の158分というのはかなり長い。人間の通常の忍耐限界が120分前後であるから(・・たいていの映画はその範囲に収まるように編集されている)、その1.3倍近い息が詰まるような時間を、ひたすらディカプリオの鬼気迫る演技を、最後の最後まで追いかけるわけだ。



「レヴェナント」(revenant)は、もともとフランス語。再帰動詞 revenir(=再び来る、戻る) の名詞形。つまり戻ってきた者、蘇った者という意味である。一度死んだはずなのに、あの世から生き返ったというニュアンスがある。日本版のタイトルが「蘇りし者」という古風な表現になっているのは、あまり英語としては使用されることがないためだろう。

主人公ヒュー・グラス(Hugh Glass)は実在の人物である。舞台は西部開拓時代のアメリカ。時代は1820年代。独立戦争によって建国してから、まだ半世紀もたっていない。だが、西部開拓といっても、映画をつうじてわれわれがよく知っている幌馬車とカウボーイと保安官の西部劇ではない。西部劇以前の時代である。毛皮獲得が目的で狩猟と交易が行われた時代である。ちなみに西海岸のサンフランシスコの「ゴールドラッシュ」は1848年のことだ。

北西部のミズーリ川上流域の森のなかで狩猟を行うアメリカ人狩猟者たち、かれらを雇っている探検隊(という名目で毛皮を買い集める商人)。

予定の数量も集まり、いざ出発という間際になって、探検隊にとっては非友好的な部族の先住民の襲撃を受け、命からがら逃げ延びる狩猟者たち。生き残ったのは、主人公親子を含め、ごく一部の隊員のみだった。かれらの逃避行のなかで悲劇がおこる。そして、そこから「蘇りし者」による復讐とサバイバルの物語が始まる。

(巨大クマに襲われるヒュー・グラス wikipediaより)

主人公は、なんと巨大熊グリズリーとの格闘の末、大怪我を追って動けない状態となる。しかし、世話をするために残った2人の仲間に裏切られ、一切合財を奪われたうえに置き去りにされただけでなく、先住民女性とのあいだに生まれた最愛の息子まで殺害されるという悲劇にあう。そこから主人公の執念の復讐劇がはじまる。

この映画に一貫して貫いているのは、一言でいって執念、である。復讐に向けての執念、目的を達するために生き続けなくてはいけない。壮絶なサバイバルと復讐。復讐のためのサバイバル。

しかもこの作品には、主人公を演じるディカプリオのオスカー(=アカデミー主演賞)獲得にむけての執念もある、。あたかも主人公グラスがディカプリオに憑依しているかのような迫力がある。

見るのにエネルギーを要する映画だが、サバイバル映画としては必見といえよう。集団やチームによるサバイバルではない。主人公は、たった一人でサバイバルし復讐を実行するのだ。強靭な精神力と体力の持ち主にのみ可能なサバイバルである。

知られざるアメリカ西部開拓史としても見ることができる映画である。見る価値はおおいにあるといえよう。






映画の時代背景について(参考)

北米における毛皮交易については、『毛皮と人間の歴史』(西村三郎、紀伊国屋書店、2003)『毛皮と皮革の文明史-世界フロンティアと略奪のシステム-』(下山晃、ミネルヴァ書房、2005)という本にくわしく解説されている。とくに前者の西村氏の遺作は、著者がもともとが生物学者であっただけに、理系的な筋の通った、すっきりして興味深い読み物となっている。

欧州大陸が乱獲で狩りつくされた結果、さらに毛皮を求めたヨーロッパ人。東はロシアからさらにシベリアへ、西は「新大陸」の北米大陸で探検を行いながら、クロテンの狩猟を行い、徹底的に狩りつくしてしまうロシアのシベリア開発も、北米の西部開発も、その動機は高級毛皮を求めての貪欲な狩猟が主導したということは、意外と知られていないようだ。

映画『レヴェナント』では背景説明がいっさいないが、主人公グラスにように、先住民の女性のあいだに子どもをつくった入植者は少なくなかったらしい。かれらの子どもは「白いインディアン」と呼ばれて、狩猟の探検行においておおいに活躍したという。双方のコトバと習慣を理解できたからだ。

この映画でも先住民は誇り高き存在として描かれている。けっして「インディアン」(Indian=インド人)などという蔑称は使用されず、あくまでも部族名で呼ばれる主人公も現地語をしゃべる設定となっており、現地語のセリフには英語の字幕が入る。むかしの西部劇とはまったく違うといっていい。

時代考証も正確に行われているようだ。一端をあげれば、ライフルも先込め式である。弾丸は銃の先から装てんする方式だ。1820年代ではこのタイプがまだ一般的であった。

ミズーリ川といえば「シェナンドー」(Shenandoah)というアメリカ民謡を想起する。先住民の族長の娘を歌った美しい旋律の民謡だ。この歌の旋律をアタマのなかで響かせながら、この時代のアメリカ史を考えてみるのも、アメリカ理解の一助となるだろう。




<関連サイト>

映画 『レヴェナント 蘇りし者』 公式サイト(日本語)


『レヴェナント:蘇えりし者』坂本龍一が語る映画音楽という仕事 「映画音楽にルールはないんです」 (AOL News、2016年5月9日)

北アメリカの毛皮交易(wikipedia日本語版)





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2016年2月7日日曜日

映画『オデッセイ』(2015年、米国)を見てきた(2016年2月7日)ー 火星にたった一人取り残された主人公は「意思のチカラ」と「アタマの引き出し」でサバイバルする


先週から日本公開されているハリウッド映画の『オッデセイ』(2015年、米国)を、TOHOシネマズで見てきた(2016年2月7日)。

近未来を舞台にしたSFアドベンチャー映画で、サバイバルものである。主演はマット・デイモン、監督はリドリー・スコット。



NASA の火星探索ミッション遂行中のクルーは、予期せざる突然の砂嵐に巻き込まれ、行方不明になった主人公一人を残したまま命からがら火星を脱出。だが、隊長を筆頭にクルー・メンバーを見捨てたのではないのかという良心の呵責がわだかまる。

ところが、主人公は生き残っていたのだ。チームメンバーも NASA も知ることなのないまま。

生き残ったのはたのはいいのだが、次のフライトが火星に来るのはなんと1,400日後、つまり4年後だ。火星は地球から 2億2,530万kmも離れている。しかも、そう頻繁にロケットが打ち上げられるわけではない。

通信は途絶え、食料も31日分しかないという極限状況に追い込まれていることに気がつく主人公。 こんな極限状況のなか、主人公はとにかく前向きの姿勢でサバイバルすることのみを考える。けっしてあきらめないのだ。

(日本版チラシ)

ネットも使えない状況では検索もできない。頼りになるのは、生き残るというきわめて強い「意思のチカラ」と「アタマの引き出し」のみだ。

植物学専攻の主人公は、次々と発生する難問を一つ一つ問題解決していくが、一難去ってまた一難という状況だ。だが、神に祈ることはいっさいしない。頼るのは自分のアタマのなかにある科学知識と手仕事のスキルのみである。資源の限られた閉鎖空間のなかで生き抜くには、これしか対応がないのだ。この姿勢は最初から最後まで一貫している。地頭(ぢあたま)のよさを感じさせる主人公である。

最後の最後までアクシデントつづきで、一瞬たりとて気が抜けない内容だが、ストーリーの面白さと、ディテールにこだわった圧倒的な映像のパワーで、最後まで楽しめる知的エンターテインメント映画だ。アカデミー賞は間違いないだろう。見て絶対に損はない。

原題は The Martian といたってシンプルなもの。「火星人」という意味だ。英語版のポスターにある Bring him home (帰還させよ)は、 映画のなかでは Bring him home alive ! というセリフとして登場する。「生還させよ」という意味だ。これは「地球人」からの要求だ。

(チラシのウラ)

近未来の設定であるが、正確な年代は映画のなかでは示されない。なぜか全編を流れるのは、ドナ・サマーやグロリア・ゲイナーなど、1970年代から80年代にかけてのディスコ音楽のヒットソングばかりで、なんだかひじょうに不思議な感覚にとらわれるのだ。映画を見ていてカラダが動いてしまう。この感覚は、わたしと同世代の人間ならわかると思う。

リドリー・スコット監督の傑作SF映画 『ブレードランナー』(1982年)では、近未来のロサンゼルスが舞台で日本がテーマとしてかかわっていたが、今回の『オデッセイ』(2015年)では、とってつけたような印象が残るものの中国がからんでくる。映画配給のマーケティング目的もあろうが、こと宇宙分野では中国に優位性があるのは否定できない。東京ではなく北京なのだ。この30年の変化は残念ながらじつに大きいと感じないわけにはいかない。

地球以外の宇宙空間には国際法が適用されるので、火星は公海だという法的扱いにかんする指摘も、ストーリーとは直接は関係ないが興味深い。

リーダーシップとチームワークなど、いろんな観点からも捉えることも十分に可能な内容だ。ぜひ原作も読んでみたいという気持ちにさせられる。アンディー・ウィアのSF作品 『火星の人』(The Martian)は、アメリカでベストセラーなのだという。

期待を裏切らない文句なしの傑作である。もう一度見たい。





<関連サイト>

映画 『オデッセイ』 公式サイト(日本語)

映画『オデッセイ 』予告編

THE MARTIAN | Bring him Home | Official Trailer | HD (トレーラー英語)


全米ベストセラー小説『火星の人』の映画版『オデッセイ』、評価が真っ二つの理由 (日経トレンディ、2016年2月5日)
・・この記事によれば、原作にも中国が描かれているとのことだ


映画にでてくるディスコ音楽のヒットソングから

I Will Survive (Gloria Gaynor) (YouTube)

Donna Summer- Hot Stuff (YouTube)

(2016年2月12日 情報追加)


<ブログ内関連記事>


「アタマの引き出しは生きるチカラ」だ!-多事多難な2011年を振り返り「引き出し」の意味について考える
・・「すべてをアタマのなかに記憶して持ち運んだのです。まさに究極のポータブル・ナレッジ、まさに文字通りのノマド(=遊牧)ライフですね。 すべてを失ったかにみえた災難であっても、アタマをさしながら 「ここにすべてがある!」 とクチにすることができるのです。」


火星探査ミッションのシミュレーション

書評 『バイオスフィア実験生活-史上最大の人工閉鎖生態系での2年間-』(アビゲイル・アリング/マーク・ネルソン、平田明隆訳、講談社ブルーバックス、1996)-火星探査ミッションのシミューレーションでもあった2年間の記録


マット・デイモン主演作

映画 『インビクタス / 負けざる者たち』(米国、2009)は、真のリーダーシップとは何かを教えてくれる味わい深い人間ドラマだ
・・アパルトヘイト廃止後の南アフリカで開催されたラグビーワールドカップ大会を描いた映画

映画 『プロミスト・ランド』(米国、2012)をみてきた(2014年9月8日)-衰退するコミュニティ(=共同体)とプロミスト・ランド(=約束の地)
・・マット・デイモン主演で、みずからが脚本を書きプロデュースした映画


サバイバルもの

書評 『江戸時代のロビンソン-七つの漂流譚-』(岩尾龍太郎、新潮文庫、2009)-日本人がほんらいもっていた、驚くべきサバイバル能力に大興奮!! ・・航海中に遭難し絶海の孤島で生き延びた日本人たち

書評 『私は魔境に生きた-終戦も知らずニューギニアの山奥で原始生活十年-』(島田覚夫、光人社NF文庫、2007 単行本初版 1986)-日本人のサバイバル本能が発揮された記録
・・大東亜戦争の敗戦を知らずサバイバルした日本人たちの記録

映画 『コン・ティキ』(2012年 ノルウェー他)をみてきた-ヴァイキングの末裔たちの海洋学術探検から得ることのできる教訓はじつに多い
・・ノルウェーのヘイエルダール博士の第1回探検行の映画化

アムンセンが南極に到達してから100年-西堀榮三郎博士が説くアムンセンとスコットの運命を分けたチームワークとリーダーシップの違い
・・ノルウェーの探検家アムンセンはなぜ成功したのか?

(2016年2月18日 情報追加)



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2016年1月11日月曜日

映画 『ブリッジ・オブ・スパイ』(米国、2015年)をみてきた(2016年1月10日)-米ソ冷戦時代を背景にしたスリリングで重厚なヒュ-マンドラマの傑作



映画 『ブリッジ・オブ・スパイ』(米国、2015年)をTOHOシネマズでみてきた(2016年1月10日)。

スピルバーグ監督のシリアスものではイスラエル情報機関モサドによるテロリストへの報復を描いた『ミュンヘン』と同様、いやそれ以上に重厚なヒューマンドラマといっていいのではないか。まったくスキのない、練りに練られた構成の142分である。

原題は、Bridge of Spies、つまりスパイは複数形。「スパイたちの橋」。橋は異なる世界を結ぶ存在であり、異なる世界への出入り口でもある。スパイたちとは、米国内で長年活動したのちに拘束されたソ連のスパイと、撃墜された米国の偵察機U2のパイロットである。

1957年から1960年にかけての、冷戦時代の米ソ対立時代の捕虜交換秘話でをベースにしたドラマである。人類が核戦争の危機に直面していた時期であり、東西に分断されたドイツでは「ベルリンの壁」が建設された時期である。




この米ソのスパイ交換に大きな役割を演じたのは、ひとりの米国市民であった。保険専門の弁護士(insurance lawyer)としてキャリアを積んできた主人公の男は、所属する法律事務所が政府から依頼されたソ連のスパイの弁護を国選弁護士として行うことになる。

共産主義の脅威が核戦争の恐怖として声高に語られていた当時の米国においては、「敵国」ソ連の、しかも米国内で活動していたスパイ(!)の弁護を行うことなどは、まさに「非国民」であり、生命の危険さえあったのだ。それは弁護士本人だけでなく、家族にも危険が及ぶことを意味していた。

マッカーシーによる「赤狩り」が猛威を振ったのは1940年代後半、原子爆弾の秘密をもらしたローゼンバーグ夫妻がソ連のスパイとされて処刑されたのは1949年。映画の時代設定は、「赤狩り」の時代から、わずか10年しか立っていないのである。

みずから望んだわけではないものの、ソ連のスパイの弁護を引き受けた主人公であったが、絶対に口を割らないスパイに、みずからが属する国家に忠誠を誓う戦士としての敬意と人間的な親しみを感じるようになり、人道的な観点から被告のスパイを生かしておくべきだという結論をもつに至る。




だが、それは人道的な観点だけでなく、戦略的な意味にもとづくものでもあった。

米国で活動を行うスパイが存在することは、逆に相手の立場に立って考えれば、ソ連で活動する米国のスパイがいることを意味している。だからこそ、米国のスパイがソ連で拘束されることも想定内に入れておくべきなのだ、というロジックだ。手元で拘束しているソ連のスパイは「保険」になるという、交渉の専門家としての法律家として導き出されたロジカル・シンキングである。

そしてついに主人公の想定は現実のものとなる。米国空軍の偵察機U2がトルコとソ連の国境付近で撃墜され、米国人パイロットがソ連で捕虜になるという緊急事態が発生したのだ。CIAは捕虜交換を決意し、民間人の主人公がその大役を担って、米ソ冷戦の最前線で東西の壁が建設されたばかりの東ベルリンに向かうことになる。そして最後の最後までスリリングな内容が続く・・・。

ハリウッド映画なのでハッピーエンドで終わるが、アメリカ人弁護士が主人公なので、ドイツ人が主人公の『シンドラーのリスト』やイスラエル人が主人公の『ミュンヘン』とは違って、この映画にまったく違和感はない。もちろん、トム・ハンクスの演技はすばらしいの一言に尽きる。

映画の冒頭に Inspired by true events. とあるので、歴史上の諸事実をもとにドラマ化したわけだ。Based on a true story. との違いに注意しておくといいのではないかと思うが、エンターテインメントとしては非の打ち所のない、文句なしの傑作といっていい。







<関連サイト>

映画 『ブリッジ・オブ・スパイ』公式サイト (日本版)

映画『ブリッジ・オブ・スパイ』予告A(120秒) (日本語)

Bridge of Spies Official Trailer #1 (2015) - Tom Hanks Cold War Thriller HD (英語)


<ブログ内関連記事>

映画 『キャプテン・フィリップス』(米国、2013)をみてきた-海賊問題は、「いま、そこにある危機」なのだ!
・・トム・ハンクス主演

映画 『完全なるチェックメイト』(2014年、アメリカ)をみてきた(2015年12月27日)-米ソ冷戦時代を背景に世界チャンピオンとなったアメリカ人天才チェスプレイヤーの半生を描いたヒューマンドラマ
・・頂上対決となった1972年の世界チャンピオン決定戦で米ソ双方のチェスチャンピオンがガチンコ対決した

「JFK-その生涯と遺産」展(国立公文書館)に行ってきた(2015年3月25日)-すでに「歴史」となった「熱い時代」を機密解除された公文書などでたどる
・・ケネディが41歳で非業の死を迎える大統領だったのは1960年から1963年まで。まさにこの時期に「ベルリンの壁」が構築され、核戦争一歩手前という「キューバ危機」があった

書評 『ランド-世界を支配した研究所-』(アレックス・アペラ、牧野洋訳、文藝春秋、2008)-第二次大戦後の米国を設計したシンクタンクの実態を余すところなく描き切ったノンフィクション

put yourself in their shoes 「相手の立場になって考える」


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2015年12月29日火曜日

映画『完全なるチェックメイト』(2014年、アメリカ)をみてきた(2015年12月27日)-米ソ冷戦時代を背景に世界チャンピオンとなったアメリカ人天才チェスプレイヤーの半生を描いたヒューマンドラマ


映画 『完全なるチェックメイト』(2014年、アメリカ)を東京・日比谷のTOHOシネマズ・シャンテでみてきた(2015年12月27日)。米ソ冷戦時代を背景に、チェスの世界チャンピオンとなったユダヤ系アメリカ人の天才(prodigy)の半生を描いたヒューマンドラマである。

この映画のハイライトは、なんといっても頂上対決となった1972年の世界チャンピオン決定戦。東側世界の代表であるソ連のチェス・チャンピオンのボリス・スパスキーと、西側世界の代表である米国のチェスチャンピオンのボビー・フィッシャーの、チェスボード上の死闘である。

頂上対決が行われたのはアイスランドの首都レイキャヴィク。頂上対決が行われた1972年は、ベトナム戦争末期。世の中は騒然としていたが、チェスプレイヤーには世の中の動きなど眼中にはない。ひたすら対決相手の棋譜を研究し、猛烈な演算スピードで自分の打ち手を考え抜くのみだ。


原題は、Pawn Sacrifice となっている。チェスには詳しくないとこれだけではピンとこないが、調べてみるとポーン(pawn)とは、チェスの駒のひとつで将棋でいえば「歩」(ふ)にあたるものだ。直訳すると、「ポーンの犠牲」となる。

『研究社英和辞典』には、以下のように説明されている。

【チェス】 ポーン,歩 《★ 1 ますずつ前に進む; ただし最初に動かす時は 2 ます進むこともできる; 斜め前の敵を捕獲する

(チェスの駒のひとつ「ポーン」 wikipedia掲載画像を筆者加工)


主人公のボビー・フィッシャーは、アメリカ生まれのユダヤ人。実際の人物がどうだったのかはさておき、映画の設定では両親は離婚し、母親はロシア出身のユダヤ系インテリで共産主義シンパとなっている。母子間の会話は英語だが、母親とその友人関係の会話はロシア語で行われている。

主人公ボビー・フィシャーのロシア嫌い、ソ連嫌い、共産主義嫌いのルーツがそこらへんにあることを暗示しているようだ。ボビーのチームに、チェス有段者の黒衣のカトリック司祭が同行しているのも、バチカンが反共姿勢をとっていた冷戦時代という時代背景を考えると不自然さはない。

そもそもチェス以外にはほとんど関心がないという天才肌の人物で、日本流にいうならチェスの神様に魅入られた男というべきだろう。つまるところパラノイア(=偏執的)で、限りなく狂気に近い天才ということだ。

日本公開版の公式サイトには、ボビー・フィッシャーは以下のように記述されている。

Bobby Fischer/ボビー・フィッシャー (1943年3月9日~2008年1月17日) アメリカ、シカゴ生まれ。チェスの世界チャンピオンになるも、あえてタイトルを放棄したり、事実上の国家反逆罪で国を追われ、長年にわたり世界を放浪するなど、その謎めいた行動をとり、数奇な人生を送った人物としても有名。2000年代初頭には日本の蒲田でも生活していた。晩年はスパスキーとの世界戦をおこなったレイキャビクで余生を送る。2008年、奇しくもチェス盤の目の数と同じ64歳で死去。

(米国版のポスター)

『ビューティフルマインド』の主人公の数学者ナッシュを髣髴(ほうふつ)とさせるものがある。おなじく米ソ冷戦時代の人物だが、最終的には回復してノーベル賞を受賞したナッシュと比べると、ボビー・フィッシャーは狂気の果てまで言ってしまったのか、とう気がしなくもない。

原題は、Pawn Sacrifice となっているが、犠牲にしたのはポーン(=歩)だけでなく、自らの人生だったのかもしれない。世界チャンピオン獲得の代償はあまりにも大きかったというべきか。

チェスに詳しくないわたしのような人間でも、手に汗握りながらおおいに楽しむことができた。





<関連サイト>

映画『完全なるチェックメイト』公式サイト PAWN SACRIFICE

トビー・マグワイア主演 映画『完全なるチェックメイト』予告編(YouTube)


Jew or Not Jew: Boris Spassky
・・母親がユダヤ系というウワサは本人が否定、とある

Jew or Not Jew: Bobby Fischer
・・母親がユダヤ系なのでユダヤ人なのだが、本人は反ユダヤ的な言動が多い、とある


<ブログ内関連記事>

■チェスと勝負事

書評 『謎のチェス指し人形「ターク」』(トム・スタンデージ、NTT出版、2011)-18世紀後半のオートマトンにコンピュータとロボットの原型をさぐる「知の考古学」

書評 『修羅場が人を磨く』(桜井章一、宝島社新書、2011)-修羅場を切り抜けるには、五感を研ぎ澄ませ!


冷戦時代の米ソ関係

書評 『ランド-世界を支配した研究所-』(アレックス・アペラ、牧野洋訳、文藝春秋、2008)-第二次大戦後の米国を設計したシンクタンクの実態を余すところなく描き切ったノンフィクション

書評 『ソ連史』(松戸清裕、ちくま新書、2011)-ソ連崩壊から20年! なぜ実験国家ソ連は失敗したのか?

書評 『バチカン近現代史-ローマ教皇たちの「近代」との格闘-』(松本佐保、中公新書、2013)-「近代」がすでに終わっている現在、あらためてバチカン生き残りの意味を考える
・・「反共」の立場から、バチカンと米国は同床異夢のタッグを組んでいた

⇒ 映画のなかにでてくるチェスプレイヤーの黒衣の司祭の存在は・・

「JFK-その生涯と遺産」展(国立公文書館)に行ってきた(2015年3月25日)-すでに「歴史」となった「熱い時代」を機密解除された公文書などでたどる
・・ケネディ時代にキューバをめぐって米ソは一触即発の危機を体験した


ロシア系ユダヤ人

書評 『グーグル秘録-完全なる破壊-』(ケン・オーレッタ、土方奈美訳、文藝春秋、2010)-単なる一企業の存在を超えて社会変革に向けて突き進むグーグルとはいったい何か?
・・創業経営者の一人セルゲイ・ブリンはソ連から米国に移住した数学者の息子

資本主義のオルタナティブ (3) -『完全なる証明-100万ドルを拒否した天才数学者-』(マーシャ・ガッセン、青木 薫訳、文藝春秋、2009) の主人公であるユダヤ系ロシア人数学者ペレリマン
・・「数学をつうじて神に近づこうとする姿勢」

書評 『ロシア革命で活躍したユダヤ人たち-帝政転覆の主役を演じた背景を探る-』(中澤孝之、角川学芸出版、2011)-ユダヤ人と社会変革は古くて新しいテーマである

本の紹介 『ユダヤ感覚を盗め!-世界の中で、どう生き残るか-』(ハルペン・ジャック、徳間書店、1987) 
・・プログラミング能力と『タルムード』の議論で培われたユダヤ的発想との親和性


天才の運命

映画 『イミテーション・ゲーム』(英国・米国、2014年)をみてきた(2015年3月14日)- 天才数学者チューリングの生涯をドイツの暗号機エニグマ解読を軸に描いたヒューマンドラマ

最近ふたたび復活した世界的大数学者・岡潔(おか・きよし)を文庫本で読んで、数学について考えてみる
『ビューティフルマインド』の数学者ナッシュのような・・



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