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2022年1月27日木曜日

「モーツァルト・バースデー・コンサート」にいってきた(2022年1月27日)― フリーメーソン会員であったモーツァルトをメーソンのホールで聴くという貴重な体験

(東京シンフォニアのウェブサイトよりキャプチャ)


本日(2022年1月27日)のことだが、「東京シンフォニア」のコンサートにいってきた。コロナ下であるなしにかかわらず、クラシックのコンサートに行くのはひさびさだ。東京シンフォニアのコンサートは今回がはじめてだ。  

1月27日はモーツァルトの誕生日。1756年に生まれ、1791年に35歳の短い生涯を終えた天才モーツァルト。彼が生きた18世紀後半の西欧は「啓蒙主義の世紀」であり「フリーメーソンの世紀」でもあった。

モーツァルトもまたフリーメーソンの会員であったことは、すでに「常識」いっていいだろう。 生涯の最後の7年間、モーツァルトはメーソンであった。1789年に始まった「フランス革命」に共感していた。


(右端の人物がウィーンのフリーメーソンの集会に参加している1789年のモーツァルト Wikipediaより)


そのモーツァルトの誕生日を祝うコンサートが、フリーメーソンゆかりの場所で行われるとなれば、一度は行ってみたくなるというものだ。前回(前々回?)その機会を逃していたので、今回は絶対に行くぞ、と。ほんと、1月半ばから日本でも感染拡大が始まったオミクロン変異株による「コロナ第6波」で中止にならなくてよかった。 


(コンパスにG 東京メソニックセンターの玄関 筆者撮影 以下同様)


会場は、東京は御成門の東京タワーの足もとに近い「東京メソニックセンター」の地下2階にある「ゴールデンホール」200人程度は収容できるホールは室内楽に向いている。メソニック(Masonic)とは、フリーメーソン会員を意味するメーソン(Mason)の形容詞形である。




ゴールデンホールの天井の梁には Nature(自然), Charity(慈善), Reason(理性), Faith(信念), Infinity(無限), Immortality(不死), Hope(希望) という英語が記されている。いずれも、いかにも啓蒙主義を支えたフリーメーソンらしい理念の数々である。

 


しかも、『モーツァルトとフリーメーソン』(茅田俊一、講談社現代新書、1997)によれば、1784年12月14日にウィーンでメーソン会員となったモーツァルトは、入会にあたって啓蒙主義的色彩の強い「慈善」という比較的小さなロッジを選択したという。

「慈善」とはドイツ語で Wohltätigkeit であり、英語なら Charity となる。生涯の最後まで真摯な会員であったモーツァルトは、メーソンの理念に共感していたわけである。



■フリーメーソンの理念に従っているシンフォニー

今回のコンサートで演奏された曲目は、「弦楽器のための交響楽」を3曲、「ハ短調 K.406」「変ホ長調 K.614」「ニ長調 K.593」である。

その3曲を19人編成のオーケストラで演奏。フリーメーソンにおいては、数字の 3 と 5 と7 が重要な意味をもつという。3と5と7、そして19はいずれも奇数であり素数であることにも注目したい。 


(東京メソニックセンターのゴールデンホール)


ホールの音響はきわめてよく大いに演奏を堪能。目をつぶって音楽に身を浸していると、モーツァルトがメーソンであったかどうかなど、どうでもよくなってくる。音楽そのものを楽しむのが第一義的な目的であるから、それは当然といえば当然であるが。 

とはいえ、もちろん音楽もさることながら、わたしも含めた観客にとっての関心は、フリーメーソンそのものにもあるのは言うまでもない。観客のほとんどはメーソンではないようだった。



■フリーメーソンのロッジの内部をはじめて体験

コンサートが始まる前に、コンサート会場とおなじく地下2階にある隣の「ブルーロッジホール」も見学させていただいた。


(天空のブルーがうつくしい 筆者撮影)


なにごとも百聞は一見にしかず。 写真撮影はOK。おお、なんと開放的なことよ! 

近年は積極的に情報公開するようになっているので、秘密めいたものなどないことが誰の目にも明かだ。コンサート開始前と幕間にスマホで写真撮影しまくる。一期一会である。その他の観客もみな興味津々でおなじ行動。スマホ時代ならではといえようか。 


(縁台の足もとに注目! 原石を磨いてなめらかにするのがメーソンの修養。石工としてのメーソンの象徴的表現。日本語なら「玉磨かざれば光なし」となろう)


コンサートの帰りにはお土産までいただいた。サントリーの提供で「モーツァルト チョコレートクリームのリキュール」のボトルでザルツブルク製。モーツァルトに甘いチョコレートはよく似合う。ただし、現在わたしは酒をやめているので味わえないのが残念ではあるが・・・




今夜の曲目は、甘さだけではない深みのある曲であたが。 音楽監督で指揮者のロバート・ライカー氏自身がメーソンなので実現したのであろう。メーソンの帽子を被って挨拶されていた。


(独立後の新首都に礎石を据えるメーソンのジョージ・ワシントン 壁に飾られた絵画)


世界を股にかけて活動したい人には、米国を中心にネットワークが形成されている社交団体のメーソンは、ある意味ではうってつけかもしれない。 1曲目のタクトを振った指揮者の菅野宏一郎氏もまた、ルーマニア在住の日本人でメーソンなのだそうだ。
  
モーツァルトの誕生日のメーソンホールでのコンサートは来年もやるようなので、フリーメーソンに関心のある人は一度は行ってみるといいだろう。


画像をクリック!


<参考>

1月26日(水)・27日(木) 東京メソニックセンター 午後7時開演 モーツァルトバースデーコンサート 

 【プログラム】 

【ごあいさつ】 
年始恒例、モーツァルトの誕生日1月27日を祝うモーツァルトバースデーコンサート。 カナダから2人の著名なヴァイオリニストをソリストとして招く予定で、来日の可能性をぎりぎりまで待ちましたが、海外からの入国停止はまだ継続中です。 大変残念ながら、2人のヴァイオリニストとの共演は、次回のモーツァルトバースデーコンサートまで待つことになりました。 
そこで今回はプログラムを変更して、弦楽五重奏曲を19人の東京シンフォニア用に編曲した「弦楽のための交響曲」を3曲演奏いたします。 1784年、28歳のモーツァルトはウィーンのフリーメイスンに入会し、短い人生を終えるまで精力的に活動を行いました。メイスンの会合の場では、社会的な地位とは関係なく、皇帝ヨーゼフ2世や貴族や著名な音楽家たちと、会員として対等に話をすることができたのです。 東京メソニックセンター内の美しいホールでのコンサートをお楽しみください。会場では引続き感染防止対策を実施いたします。


Mozart and Freemasonry(Wikipedia)




<関連サイト>

・・「グランド・ロッジ」について、その歴史的経緯について日本語で解説されている。情報は基本的に英語


<ブログ内関連記事>

・・「交流のあった米国の実業家が「フリーメーソン」の会員であると聞いて、自分でもその内容について調べてみたらしい。「精神の真修養法」にでてくる話だ。結論としては、フリーメーソンの説くところと儒教の教えには共通性があると言う」

・・内村鑑三は、この講演で慈善活動に力を入れる米国の実業者について語っている

・・足もとのGはガス(Gas)のG

・・「本書で取り上げられる「陰謀説」は、「田中上奏文」(・・いわゆる田中メモランダム) 、張作霖爆殺事件、第二次世界大戦、東京裁判、コミンテルン、CIA、ユダヤ、フリー メーソンといった日本近現代史の定番といった数々である。」



・・「革命の世紀である18世紀は、なによりもベーコンの世紀なのである」(エウジェニオ・ガレン)とイタリア・ルネサンス研究者が言うように、「啓蒙の世紀」でかつ「フリーメーソンの世紀」であった18世紀の西欧「啓蒙主義」は英語では Enlightenment であり、闇に光をもたらす運動を意味する。17世紀の光と視覚が重視された時代に生きたベーコン自身はメーソンではなかったが、「薔薇十字団運動」とのからみでメーソンにも多大な影響を与えているのである。人類すべてにとって役に立つ科学と技術の重視。ベーコンが繰り返し旧約聖書の「賢者ソロモン王」に言及していることも、その証左といえよう。フリーメーソンは、破壊された「ソロモンの宮殿」の再建築をミッションとしていた。

(2022年1月31日 情報追加)


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2016年10月23日日曜日

「ガスパール・カサド没後50年 原智恵子没後15年記念演奏会」(玉川大学 University Concert Hall)にいってきた(2016年10月23日)


「ガスパール・カサド没後50年 原智恵子没後15年記念演奏会」(玉川大学 University Concert Hall)にいってきた(2016年10月23日)。委員を務めているので招待をいただいた。

正式名称は非常に長い。「2016年 「玉川大学教育博物館ガスパール・カサド 原智恵子コレクション目録」公開記念 The Memorial Festival ガスパール・カサド没後50年 原智恵子没後15年記念祭 記念演奏会-今よみがえるカサドと智恵子の音色」。

原智恵子氏から玉川大学教育博物館に寄贈されたカサドと原智恵子夫妻の遺品のコレクションの整理が完了し、その目録が完成したことを記念して行われたフェスティバルの一環として、チェリストであり作曲家でもあったカサドの作品を演奏するコンサートが開催されたということなのだ。

詳細は以下の通り。

●開催日: 2016年10月23日(日)
●時間: 14:00 開演 13:30 開場(終演 17時前)
●会場: 玉川大学 University Concert Hall 2016 大ホール(大学構内)
●プログラムと出演者
 ① カサド: 無伴奏チェロ組曲 堤 剛(チェロ)
 ② ショパン: ピアノ・ソナタ第3番 ロ短調 op.58 中井 正子(ピアノ)
   ※原智恵子のピアノ(スタインウェイ)を使用 【没後初・夫妻使用の楽器共演】
 ③カサド: レクイエブロス(親愛の言葉) ほか ドナルド・リッチャー(チェロ) 松川 儒(ピアノ)
   (休憩) 
 ④カサド: 緑の悪魔の踊り 香月圭佑(チェロ独奏)
 ⑤カサド: チェロ協奏曲 *世界初演!ベアンテ・ボーマン(チェロ独奏) *指揮:野本由紀夫 *管弦楽:玉川大学管弦楽団

スペイン出身(・・正確にいうとカタロニアのバルセローナ出身)のチェリストであるガスパール・カサド(1897~1966)。おなじくバルセローナ出身のカザルスの弟子である。

現役のチェリストとしては、ヨーヨー・マやミッシャ・マイスキーといった人たちが世界的に著名でわたし自身もファンであるが、残念ながらカサドについては、それほど知っていたわけではない。ましてやカサドが作曲家でもあったことは知らなかった。2016年時点ですでに没後50年ということであるから仕方ないかもしれない。

(玉川大学 University Concert Hall 2016  筆者撮影)

そんなわたしであるが、今回のコンサートに出かけることにしたのは、原智恵子(1914~2001)という「伝説の日本人ピアニスト」に関心があったからだ。

原智恵子の名前を知ったのは、『原智恵子 伝説のピアニスト』 (石川康子、ベスト新書、2001)が出版されたから。購入してすぐに読んだわけではないが、「伝説の日本人ピアニスト」という副題に大いに関心をそそられたのであった。だが、この出版直後の2001年12月11日に原智恵子は亡くなっている。奥付の出版日の10日後のことである。訃報記事のコピーをこの本に挟んでおいたのはそのためだ。

著者の石川氏は、配偶者の仕事の関係でイタリアのフィレンツェに住んでいたときに晩年の原智恵子の知遇を得たという。同時期には歴史作家の塩野七生もフィレンツェに住んでいた。だから帯には塩野七生氏の推薦文が掲載されている。

生きつくした女の一生、それも日本とヨーロッパの両方で生き仕事をした女の一生が、ここにはすべて入っています。 塩野七生(作家)

塩野七生氏の推薦文は文字通り受け取っていい。今回はじめて通読してみての感想だ。

原智恵子がどんな人だったかについては、『原智恵子 伝説のピアニスト』の紹介文を引用しておくのがいいだろう。

日本人ピアニストの草分けとしてショパンコンクールにはじめて入賞し、戦前戦後を通じて聴衆を魅了、世界から「東洋の奇跡」とまで称えられ、わが国クラシック界で一世を風靡した美貌のそのひとこそ、原智恵子(1914年~)である。1959年にチェロの巨匠、ガスパール・カサドと再婚しておもな活動の場を海外に移してからは、欧米での名声は高まる一方、なぜかその名は日本の音楽界からは次第に消えてしまった・・・。

石川氏はk、原智恵子のことをデモーニッシュな芸術家と評しているが、その一言ですべてがわかるような気がする。再婚相手となったカサドもまたデモーニッシュな芸術家であったという。芸術のためにはいっさいの妥協を許さない姿勢。この姿勢があってこそ、チェロとピアノのたぐいまれな「デュオ・カサド」として評価されたのだ、と。

カサドも原智恵子も、ともに故人である現在、その演奏をライブで聴くことはできないが、今回のコンサートでは世界初演も含めたカサドの作品を中心に、原智恵子の弟子である中井正子氏による入魂のショパンを堪能することができた。ピアノは、原智恵子が使用していたスタインウェイを修復したものである。カサド作曲の世界初演のオーケストラ曲もまた、予想外にすぐれた作品であった。

玉川大学 University Concert Hallは、今年2016年に改築されたもの。音響がじつに素晴らしい。日曜日の午後、すてきな時間を過ごさせていただいた。







<関連サイト>

伝説のピアニスト 原 智恵子 ショパン ピアノ協奏曲 第1番 ホ短調 作品 11 第1楽章(YouTube)

Chieko Hara plays Chopin Piano Concerto No.1 Third movement (YouTube)


<ブログ内関連記事>

毎年恒例の玉川大学の「第九演奏会」(サントリーホール)にいってきた(2013年12月2日)-ことしはチャイコフスキーの 『荘厳序曲(1812年)作品 49』

毎年恒例の玉川大学の「第九演奏会」(サントリーホール)にいってきた(2012年12月9日)-ことしはシベリウスの交響詩 『フィンランディア』!

毎年恒例の玉川大学の「第九演奏会」(サントリーホール)にいってきた-多事多難な2011年を振り返り、勇気をもって乗り越えなくてはと思う

今年(2010年)もまた毎年恒例の玉川大学の「第九演奏会」(サントリーホール)に行ってきた

師走の風物詩 「第九」を聴きに行ってきた・・・つれづれに欧州連合(EU)について考える




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2015年7月11日土曜日

「前橋汀子のバッハ無伴奏 ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ全曲」(神奈川県立音楽堂)に行ってきた(2015年7月11日)-心技体の一体化した入神の演奏に満場の拍手は鳴り止まず


「前橋汀子のバッハ無伴奏 ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ全曲」(神奈川県立音楽堂)を聴いてきた(2015年7月11日)。本日は梅雨の晴れ間の真夏日。そんな土曜日の午後に、日本を代表する国際的バイオリニスト前橋汀子氏が、3時間弱という長丁場を無伴奏で演奏し尽くした。

前橋汀子はバイオリンの小品の名曲を発掘してコンサートやCDとして発表してきたが、やはりなんといってもバッハの無伴奏ソナタ&パルティータ全曲が代表作だろう。

無伴奏ソナタ&パルティータ全曲は、二枚組のCDで何度も何度も繰り返し聞き込んだ。購入したのがいつか正確な記憶はないが、録音が1988年、CDの発行年が1993年とあるので、それ以降であることは確かだ。1990年代の半ばくらいではないだろうか。約20年目にしてナマで聴けることとなったのはじつにうれしい。まさか生演奏を聴けるとは思っていなかったからだ。

演奏会場は、横浜市の神奈川県立音楽堂。「近代建築」の第一人者・前川國男による設計。おなじく前川の設計になる東京文化会館と同様、音響のすばらしさでは定評のあるコンサートホールである。

しかも、バッハに代表されるバロック音楽は「西欧近代」そのもの。「西欧近代」そのものを究めるのには、理想的な演奏会場といえるかもしれない。神奈川県立音楽堂は訪れるのは今回が初めてだが、音響のすばらしさは、無伴奏のバイオリン演奏だからこそ価値あるものであるといっていいかもしれない。


本日のプログラムは以下のとおり。

ソナタ第1番 ト短調 BWV1001(全約17分)
パルティータ第1番 ロ短調 BWV1002(全約25分)
ソナタ第2番 イ短調 BWV1003(全約21分)
パルティータ第3番 ホ長調 BWV1006(全約17分)
 (休憩) 25分
ソナタ第3番 ハ長調 BWV1005(全22分)
パルティータ第2番 ニ短調 BWV1004(全32分)

J.S.バッハによる作品の通し番号である BWV に注目していただきたいが、本日のプログラムでは BWV番号どおりにはなっていない。BWV番号の最後にくるはずのパルティータ第3番 ホ長調 BWV1006 を「休憩」前にもってきて、順番を変えてパルティータ第2番 ニ短調 BWV1004 を最後にもってきているのだ。

これはじつに心憎い演出である。なぜなら、パルティータ第2番 ニ短調 BWV1004 の第5曲シャコンヌこそが、「バロック音楽のバイオリン曲では最高傑作」と評されているものだからだ。

それだけに超絶技巧の要求される難曲であるが、前橋汀子の演奏は、最後の最後にいたって、まさに神がかり的といっていいほどの心技体が一体化した入神状態のものであった。すでに70歳を越えているとは信じがたい入神の演奏。

無伴奏ソナタ&パルティータ全曲を弾き通したフィナーレがシャコンヌとは、計算し尽くされたものであるだけでなく、聴く側としてもすばらしいの一語に尽きる。満場の拍手が鳴り止まなかったも、当然といえば当然だろう。

前橋汀子は日本の至宝である。クラシック音楽が日本の「伝統芸能」ではないので人間国宝となることはないが、個人的にはそれに値するアーチストだと思っている。本日もあらためてその感をつよくしたのであった。





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前橋汀子(まえはし・ていこ)・・(Kajimoto アーチスト)



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書評 『私のヴァイオリン-前橋汀子回想録-』(前橋汀子、早川書房、2017)-冷戦時代のソ連と米国をともに体験し世界中で活躍してきた「魂のヴァイオリニスト」の回想録 

「前橋汀子 アフタヌーン・コンサート Vol.9」(2013年7月14日)にいってきた-前橋汀子は日本音楽界の至宝である!

「前橋汀子 アフタヌーン・コンサート Vol. 7」(2011年7月30日) にいってきた-低価格のコンサートを開催すること意味について考えてみた

前橋汀子 アフタヌーン・コンサート Vol.6 (2010年6月20日)

前橋汀子 アフタヌーン・コンサート Vol.5 (ピアノ:イーゴリ・ウリヤシュ)


バロック芸術

「グエルチーノ展 よみがえるバロックの画家」(国立西洋美術館)に行ってきた(2015年3月4日)-忘れられていた17世紀イタリアのバロック画家がいまここ日本でよみがえる!

エル・グレコ展(東京都美術館)にいってきた(2013年2月26日)-これほどの規模の回顧展は日本ではしばらく開催されることはないだろう

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2015年4月18日土曜日

「鈴木未知子リサイタル2015@船橋きららホール~未知なる道の途中で~」(2015年4月19日)で、中東世界の楽器カーヌーンとアフリカ起源のマリンバを聴く



本日(2015年4月18日)は、船橋生まれの音楽家・鈴木美知子さんのリサイタルに行ってきました。

鈴木未知子リサイタル2015@船橋きららホール~未知なる道の途中で~。リサイタル会場は、もちろん地元船橋で。船橋市民文化創造館きららホールにて。
  
「コンサートがお客様を楽しませるものだとすれば、リサイタルは音楽家が表現したいものを表現するものだ」というのが恩師のコトバのそうですが、今回のリサイタルのプログラムは、第1部がアラブの撥弦楽器カーヌーン、第2部がマリンバの演奏。わたしだけでなく、ほとんどの人が聴いたことのない曲のようでした。

プログラムの詳細は以下のとおりです。

第1部 「中東の香り」
1. Refik Talat Alpman / Mafur saz semaisi (トルコの古典曲)
2.  Traditional / Hicaz Mandra  (トルコの古典曲)
3.  Maya Youssef / Syrian Dreams (シリアの現代曲)
4.  Mohamed abdel wahhab / Enta omri (エジプトの歌曲)

 休憩
 プレ演奏 R. pawassar / Sculpture in wood

第2部 「マリンバで奏でる日本の詩」
5. 山澤洋之/彩~SAIから
 第1楽章 夜桜
 第2楽章 紫陽花
 第3楽章 楓
6. 日本古謡/さくらさくら(カーヌーン演奏) 
7. 鈴木美知子/「F」より 1. The dawn colors
8. 安倍圭子/わらべうたリクレクションズ 
 
アンコール: カヴァレリア・ルスティカーナより間奏曲(イタリアオペラの名曲) 他

出演: 鈴木未知子(マリンバ・カーヌーン) ,千田岩城(マリンバ) 山澤 洋之(打楽器) 壷井 彰久(ヴァイオリン) 山宮 英仁(レク) ほか

カーヌーン奏者は日本にはほとんどいないそうで、鈴木美知子さんは、先駆者として「未知なる道」を開拓している音楽家といっていいのでしょう。カーヌーンのLIVE演奏を聴くのは今回が初めての経験です。音量が小さいので座席数100席くらいの小ホールがよいとのこと。

『第三の男』で有名なアルプス地方のツィターとカーヌーンは似ていますが、撥弦楽器という点においては日本のお琴にも似ています。

鈴木美知子さんが使用しているのは、エジプト製のカーヌーン。このカーヌーンで演奏された曲は、トルコ、シリア、エジプトのもの。日本のように流行り廃れが激しく、音楽シーンがめまぐるしく変わるのではなく、千年前の曲も現代曲も同時に演奏され続けているとのことです。
  
トルコの曲にはハンガリーの旋律を感じたのは、ともに中央アジアにルーツをもつ民族のDNAが反映しているのでしょうか。トルコ音楽は、中央アジアと中東のハイブリッドという印象です。エジプトの曲は、日本の演歌を想起させるものがあったのは不思議な感覚でした。

(トルコの79弦カーヌーン wikipediaより)

リサイタルでの説明はありませんでしたが、カーヌーンについてちょっと調べてみると面白いことがわかります。

カーヌーンはギリシア語のカノンに由来するとのこと。カノン(canon)とは、もともとは棒のことで、転じて基準や規範を意味するようになったとのこと。法学用語としては「教会法」(Canon Law)のことを意味しています。イスラーム法学においては、神の法である「シャリーア」(sharia)に対して、「カーヌーン」(qanun)は世俗法を意味しています。

もちろん楽器としてのカーヌーンは音楽用語であるので、カノンもまた輪唱もそのひとつであるポリフォニーのことを意味しているでしょう。70もの弦をもつカーヌーンは調律に時間がかるようですが、倍音を多用するカーヌーンの音色を聴いていると、なぜか西欧の中世音楽の響きを想起するものがあったのは不思議ではないのかもしれません。

楽器のカーヌーンの語源がギリシア語のカノンであることは、古代ギリシア世界の遺産が、イスラーム世界に継承されていったことの一つの事例といってもいいでしょう。

マリンバは比較的日本でも知られている存在ですが、そもそもマリンバはアフリカ起源の木琴が中南米を経て北米へで普及し、そして日本に入ってきた楽器です。マリンバもカーヌーンも、ヨーロッパ経由ではないところが興味深い。
 
日本の音楽教育は、明治時代にはじまった「西欧近代化」の先兵的役割を果たしたこともあり、西洋音楽を基本としています。このため、どうしても西欧近代の価値観が刷り込まれやすい分野であるといえます。

鈴木美知子さんも、音楽大学でクラシックを中心とする日本の正統な音楽教育を受けてきた人ですが、問題意識のきわめて強い人で、西欧的価値観の相対化に音楽で取り組んでいるわけです。演奏家としての民族音楽への取り組みは、現代日本では大いに意味のあることといえるでしょう。

鈴木美知子さんの、今後のさらなる活躍を期待し応援しています。




演奏者プロフィール

鈴木美知子(すずき・みちこ)
千葉県船橋市出身。洗足学園高等学校音楽科及び同音楽大学打楽器コース卒業。 国立音楽大学大学院修士課程修了。 大学在学中、前田音楽記念奨学金を授与。洗足学園音楽大学特別選抜演奏者に認定され、特別選抜者ジョイントリサイタルに出演。特別選抜ブラスのメンバーに選出され、レコーディングなどに参加。 第15回日本クラシック音楽コンクール全国大会、大学の部入選。第12回JIRA音楽コンクール本選第2位(1位無し)第25回打楽器新人演奏会出演。 これまで様々なマリンバセミナーにおいて、世界的に活躍するマリンビストの指導を積極的に受ける。 また、クラシック以外のジャンルでも活動し、特に日本で数少ないアラブの琴、カヌーン奏者としてジプシー&オリエンタル音楽アンサンブル「アラディーン」に参加し、打楽器にとらわれず様々な分野で活動している。 これまでに、打楽器、マリンバを岡田知之、石井喜久子、植松透、神谷百子、白石元一郎、竹島悟史、福田隆、藤井むつ子の各氏にダラブッカ、アラブ音楽全般を松尾賢氏に師事。 現在、フリーの音楽家として意欲的に活動をするほかチケット制音楽教室Gratia Music School、芽ばえ音楽教室各マリンバ講師。その他吹奏楽指導やピアノ指導も行っている(ブログ情報に補足)


<関連サイト>

music*life (鈴木美知子公式ブログ)

彩龍の川まつり 鈴木未知子カーヌーン地下神殿コンサート (YouTube)

タクシーム アラブの良心 カーヌーン演奏と歌 ヤスミン植月千春 (YouTube)

Qanun (instrument) wikipedia


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讃美歌から生まれた日本の唱歌-日本の近代化は西洋音楽導入によって不可逆な流れとして達成された
・・ほとんど「洗脳」とまでいっても過言ではない。西洋音楽によって改造された日本人の脳

「築地本願寺 パイプオルガン ランチタイムコンサート」にはじめていってみた(2014年12月19日)-インド風の寺院の、日本風の本堂のなかで、西洋風のパイプオルガンの演奏を聴くという摩訶不思議な体験
・・日本で仏教すら近代化にあたって「西欧近代化」の価値観と音楽の影響を受けている


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2015年3月11日水曜日

「ロマフェスタ 5ヵ国ジプシーフェスティバルコンサート(京葉銀行ホール)に行ってきた(2015年3月11日)― インド北西部ラージャスターン地方から陸路で欧州へ

(公演チラシ)


「ロマフェスタ ジプシー5ヶ国」にいってきた(2015年3月11日)。ことしの2月から約1ヶ月かけて日本国内を「キャラバン」してきた公演である。わたしが行ったのは、最終日の前日で、千葉市の京葉銀行の音楽ホールのものであった。

このコンサートの存在を知ったのは、インド関連グッズの通販の老舗ティラキタのメルマガだ。なぜロマ(=ジプシー)の公演でインド関連なのかということになろうが、じつはロマ(=ジプシー)の出自がインドでああることと大いにかかわっている。

ロマ(=ジプシー)は、インド北西部のラージャスターン地方を発祥の地とするらしい。ジプシー(gypsy)はエジプト人(Egyptian)からきたなどという説明がはるか昔はされていたようだが、エジプトではなくインドなのである。インドから陸路でヨーロッパまで移動した。ユーラシア大陸レベルの移動なのだ。


(インド北西部のラージャスターン地方はピンクで囲まれた右下の地域)


「ロマフェスト」はすでに何回か日本国内でも行われてきたそうだが、これまでその存在すら知らなかった。今回(2015年)は、ロマ(=ジプシー)発祥の地であるインド・ラージャスターン地方と、トルコ、バルカン半島のマケドニア、ハンガリーとルーマニア合計40人ものロマ(=ジプシー)たちを招待したそうだ。

わたしが万難を排して今回いくことにしたのは、ラージャスターン地方からやってきた楽団 ドアード・ジプシーズ・フロム・ラジャスタン(DHOAD Gypsies from Rajasthan)が今回初来日で参加しているからだ。

テキラキタのブログ記事「本物のジプシーが見られる ロマフェスト2015 大興奮レポート!!」によれば、「彼らはラジャスタン地方の文化大使を自認していて、世界80ヶ国を廻り、1000回ものコンサートを行っているプロ中のプロ。インドでもなかなか見られないのに、まさか日本でこれが見られるんて!」、ということだ。

中東欧でロマ(=ジプシー)のパフォーマンスをみることはあっても、インドのロマの公演を見るのは今回がまったくの初めてだ。シューマンの『流浪の民』やサラサーテの『ツィゴイネルワイゼン』、ロシア民謡の『黒い瞳』など、日本人にも比較的なじみの深い中東欧を中心としたロマ(=ジプシー)の音楽もさることながら、インド・ラジャースターン地方のロマのパフォーマンスはじつに新鮮で、しかも迫力あるものだった。

完全にエンターテイメントでありながら、すぐれて「教育的」なライブパフォーマンスであったのは、インドからトルコをとおってバルカン半島に至るロマ(=ジプシー)の旅の前半をカバーしたことになっているからだ。イスラーム化されたムガール帝国のインド、そしてオスマントルコ帝国、そしてハプスブルク帝国という、帝国の時代の痕跡がロマ(=ジプシー)をつうじて甦るのである。


(公演のチラシ裏)


インドのロマとバルカン半島のロマの共通点と相異点を、楽しみながらじっくりと味合うことができる機会となっていたのである。

「プログラム」は公演後に紛失(・・残念!)してしまったが、記憶を再現すると以下のようなものであった。順番どおりでなく、内容を整理してある。

ジプシー "国歌"(=共通歌): ジェレム・ジェレム(ロマ語)
■バルカン半島と中東欧
  全身をつかってのボディー・パーカッション(ルーマニア、ハンガリー)
 ベリーダンス(トルコ)
ドアード・ジプシーズ・フロム・ラジャスタン
 インドの楽器と朗唱
 スーフィーの旋回するダンス
 壺をアタマの上にのせて踊る旋回ダンス
 蛇の旋回ダンス
フィナーレ・・インドから中東のジプシーが全員で!


インドのラジャースターン地方から西に移動したロマ(=ジプシー)は、移住先で文化的にも宗教的にもローカライズしてゆき、西洋においては西洋音楽で使用されるフィドル(=バイオリン)などの楽器を導入していったのであろう。扱う楽器は異なっても、基盤は同じということを確認できる素晴らしいフィナーレであった。


(写真撮影可となったフィナーレで全員集合! 筆者撮影) 


予定より15分も延長しての終了。まさにライブ・パフォーマンス。即興性を身上とするロマ(=ジプシー)ならではの熱い真剣勝負の公演であった。見ているほうのわたしは、花粉症に悩まされながら熱くなっていたが・・・。

地方都市の公演で、しかも平日ということもあって、観客の大多数はカルチャー好きとおぼしきシニア女性のグループであった。土日の公演であれば、もっと年齢層が分散したのだろうが、これもまた現代日本の現実というべきであろう。


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(参考) ロマーニ(=ロマ、ジプシー)について

文字を持たない口承の世界に生きてきたロマ(=ジプシー)だけに、その出自やヨーロッパへの移住については、詳しいことはわからない。wikipedia英語版の記述が、最大公約数的な見解だろう。

The Romani (also spelled Romany), or Roma, are an ethnicity of Indian origin, living mostly in Europe and the Americas. Romani are widely known among English-speaking people by the exonym "Gypsies" (or Gipsies).
Romani are dispersed, with their concentrated populations in Europe—especially Central and Eastern Europe and Anatolia, Spain and Southern France. They originated in India and arrived in Mid-West Asia, then Europe, around 1,000 years ago, either separating from the Dom people or, at least, having a similar history; the ancestors of both the Romani and the Dom left North India sometime between the sixth and eleventh century.

(私訳) ロマーニ(=ロマ)は、インド起源の民族で、主にヨーロッパやアメリカ大陸に居住している。ロマは英語圏ではジプシーとして広く知られている。ロマは分散しているがヨーロッパに集中し、とくに中東欧、アナトリア半島(=トルコ)、スペイン、南フランスに多い。インド起源で、西南アジアに到着し、その後約千年前にヨーロッパに移住した。共通の歴史をもつドムとは祖先を同じくするが、ロマもドムもともに6世紀から11世紀にかけて北インドを離れた。

wikipedia英語版にはロマの旗が紹介されている(下図)。ハブ・アンド・スポークの車輪をかたどったものである。


(ロマの旗 wikipediaより)


移動に使用していた幌馬車の車輪をかたどったものだろうが、奇しくもインドの国旗を連想させるものがある。インド国旗の中央に描かれた車輪は、いわゆるアショーカ王の法輪である。

もしかすると、ロマ(=ジプシー)のインド起源と関係あるのかな(?)と思うが、単なる偶然かもしれない。円形の車輪はインドではチャクラという。

おなじくwikipedia英語版には、ロマ(=ジプシー)の居住地域がマッピングされたものがあるので、参考のために掲載しておく。バルカン半島とトルコに集中しているが、これはかつてのオスマントルコ帝国の版図である。



(現代ヨーロッパにおけるロマの居住分布 wikipediaより)


ヨーロッパにおける異人種ロマ(=ジプシー)の存在は、現代でもなかなか共存が難しいものがあるようで、日本人がロマンティックに考えるものとはだいぶ異なるものがある。

ホロコーストの犠牲者というとユダヤ人という答えが返ってくるだろうが、虐殺されたのはユダヤ人だけではなく、ロマもまた多くが犠牲になっているのである。この点については、『「ジプシー収容所」の記憶-ロマ民族とホロコースト-』(金子マーティン編、岩波書店、1998)を参照。メディアと金融に強いユダヤ人とは異なり、ロマの発言力が小さいことも、この事実が知られていない原因となっているようだ。

なおヨーロッパ中世におけるロマ(=ジプシー)については、『中世を旅する人びと』(阿部謹也、ちくま学芸文庫、2008 単行本初版 1980)の「5 ジプシーと放浪者の世界」を参照されたい。中世以降にヨーロッパに現れたロマ(=ジプシー)の現代に至るまでのヨーロッパ人の蔑視と、それにもかかわらず生き抜いてきた姿を知ることができる。


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<関連サイト>

ロマフェスト ジプシーフェスティバルコンサート 2015年 (公式サイト)

ドアード・ジプシーズ・フロム・ラジャスタン(DHOAD Gypsies from Rajasthan) (公式サイト 英語・フランス語)

DHOAD Gypsies from Rajasthan - Official Teaser 2014 (YouTube)
・・オフィシャル・ビデオ



<ブログ内関連記事>

『移住・移民の世界地図』(ラッセル・キング、竹沢尚一郎・稲葉奈々子・高畑幸共訳、丸善出版,2011)で、グローバルな「人口移動」を空間的に把握する
・・迫害されたわけではない陸路の移住としては、ロマ(=ジプシー)の大移動は特筆に値するものだろう

ハンガリーの大平原プスタに「人馬一体」の馬術ショーを見にいこう!

チャウシェスク大統領夫妻の処刑 1989年12月25日
・・いまでもハンガリーとルーマニアにロマ(=ジプシー)は多い

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「MOOMIN!ムーミン展-トーベ・ヤンソン生誕100周年記念-」(松屋銀座)にいってきた(2014年4月23日)
・・客層でみると「ムーミン展」は圧倒的に若年層の女子が大多数であった。現代日本の現実はイベントの客層からみることができる


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