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2015年3月11日水曜日

「ロマフェスタ 5ヵ国ジプシーフェスティバルコンサート(京葉銀行ホール)に行ってきた(2015年3月11日)― インド北西部ラージャスターン地方から陸路で欧州へ

(公演チラシ)


「ロマフェスタ ジプシー5ヶ国」にいってきた(2015年3月11日)。ことしの2月から約1ヶ月かけて日本国内を「キャラバン」してきた公演である。わたしが行ったのは、最終日の前日で、千葉市の京葉銀行の音楽ホールのものであった。

このコンサートの存在を知ったのは、インド関連グッズの通販の老舗ティラキタのメルマガだ。なぜロマ(=ジプシー)の公演でインド関連なのかということになろうが、じつはロマ(=ジプシー)の出自がインドでああることと大いにかかわっている。

ロマ(=ジプシー)は、インド北西部のラージャスターン地方を発祥の地とするらしい。ジプシー(gypsy)はエジプト人(Egyptian)からきたなどという説明がはるか昔はされていたようだが、エジプトではなくインドなのである。インドから陸路でヨーロッパまで移動した。ユーラシア大陸レベルの移動なのだ。


(インド北西部のラージャスターン地方はピンクで囲まれた右下の地域)


「ロマフェスト」はすでに何回か日本国内でも行われてきたそうだが、これまでその存在すら知らなかった。今回(2015年)は、ロマ(=ジプシー)発祥の地であるインド・ラージャスターン地方と、トルコ、バルカン半島のマケドニア、ハンガリーとルーマニア合計40人ものロマ(=ジプシー)たちを招待したそうだ。

わたしが万難を排して今回いくことにしたのは、ラージャスターン地方からやってきた楽団 ドアード・ジプシーズ・フロム・ラジャスタン(DHOAD Gypsies from Rajasthan)が今回初来日で参加しているからだ。

テキラキタのブログ記事「本物のジプシーが見られる ロマフェスト2015 大興奮レポート!!」によれば、「彼らはラジャスタン地方の文化大使を自認していて、世界80ヶ国を廻り、1000回ものコンサートを行っているプロ中のプロ。インドでもなかなか見られないのに、まさか日本でこれが見られるんて!」、ということだ。

中東欧でロマ(=ジプシー)のパフォーマンスをみることはあっても、インドのロマの公演を見るのは今回がまったくの初めてだ。シューマンの『流浪の民』やサラサーテの『ツィゴイネルワイゼン』、ロシア民謡の『黒い瞳』など、日本人にも比較的なじみの深い中東欧を中心としたロマ(=ジプシー)の音楽もさることながら、インド・ラジャースターン地方のロマのパフォーマンスはじつに新鮮で、しかも迫力あるものだった。

完全にエンターテイメントでありながら、すぐれて「教育的」なライブパフォーマンスであったのは、インドからトルコをとおってバルカン半島に至るロマ(=ジプシー)の旅の前半をカバーしたことになっているからだ。イスラーム化されたムガール帝国のインド、そしてオスマントルコ帝国、そしてハプスブルク帝国という、帝国の時代の痕跡がロマ(=ジプシー)をつうじて甦るのである。


(公演のチラシ裏)


インドのロマとバルカン半島のロマの共通点と相異点を、楽しみながらじっくりと味合うことができる機会となっていたのである。

「プログラム」は公演後に紛失(・・残念!)してしまったが、記憶を再現すると以下のようなものであった。順番どおりでなく、内容を整理してある。

ジプシー "国歌"(=共通歌): ジェレム・ジェレム(ロマ語)
■バルカン半島と中東欧
  全身をつかってのボディー・パーカッション(ルーマニア、ハンガリー)
 ベリーダンス(トルコ)
ドアード・ジプシーズ・フロム・ラジャスタン
 インドの楽器と朗唱
 スーフィーの旋回するダンス
 壺をアタマの上にのせて踊る旋回ダンス
 蛇の旋回ダンス
フィナーレ・・インドから中東のジプシーが全員で!


インドのラジャースターン地方から西に移動したロマ(=ジプシー)は、移住先で文化的にも宗教的にもローカライズしてゆき、西洋においては西洋音楽で使用されるフィドル(=バイオリン)などの楽器を導入していったのであろう。扱う楽器は異なっても、基盤は同じということを確認できる素晴らしいフィナーレであった。


(写真撮影可となったフィナーレで全員集合! 筆者撮影) 


予定より15分も延長しての終了。まさにライブ・パフォーマンス。即興性を身上とするロマ(=ジプシー)ならではの熱い真剣勝負の公演であった。見ているほうのわたしは、花粉症に悩まされながら熱くなっていたが・・・。

地方都市の公演で、しかも平日ということもあって、観客の大多数はカルチャー好きとおぼしきシニア女性のグループであった。土日の公演であれば、もっと年齢層が分散したのだろうが、これもまた現代日本の現実というべきであろう。


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(参考) ロマーニ(=ロマ、ジプシー)について

文字を持たない口承の世界に生きてきたロマ(=ジプシー)だけに、その出自やヨーロッパへの移住については、詳しいことはわからない。wikipedia英語版の記述が、最大公約数的な見解だろう。

The Romani (also spelled Romany), or Roma, are an ethnicity of Indian origin, living mostly in Europe and the Americas. Romani are widely known among English-speaking people by the exonym "Gypsies" (or Gipsies).
Romani are dispersed, with their concentrated populations in Europe—especially Central and Eastern Europe and Anatolia, Spain and Southern France. They originated in India and arrived in Mid-West Asia, then Europe, around 1,000 years ago, either separating from the Dom people or, at least, having a similar history; the ancestors of both the Romani and the Dom left North India sometime between the sixth and eleventh century.

(私訳) ロマーニ(=ロマ)は、インド起源の民族で、主にヨーロッパやアメリカ大陸に居住している。ロマは英語圏ではジプシーとして広く知られている。ロマは分散しているがヨーロッパに集中し、とくに中東欧、アナトリア半島(=トルコ)、スペイン、南フランスに多い。インド起源で、西南アジアに到着し、その後約千年前にヨーロッパに移住した。共通の歴史をもつドムとは祖先を同じくするが、ロマもドムもともに6世紀から11世紀にかけて北インドを離れた。

wikipedia英語版にはロマの旗が紹介されている(下図)。ハブ・アンド・スポークの車輪をかたどったものである。


(ロマの旗 wikipediaより)


移動に使用していた幌馬車の車輪をかたどったものだろうが、奇しくもインドの国旗を連想させるものがある。インド国旗の中央に描かれた車輪は、いわゆるアショーカ王の法輪である。

もしかすると、ロマ(=ジプシー)のインド起源と関係あるのかな(?)と思うが、単なる偶然かもしれない。円形の車輪はインドではチャクラという。

おなじくwikipedia英語版には、ロマ(=ジプシー)の居住地域がマッピングされたものがあるので、参考のために掲載しておく。バルカン半島とトルコに集中しているが、これはかつてのオスマントルコ帝国の版図である。



(現代ヨーロッパにおけるロマの居住分布 wikipediaより)


ヨーロッパにおける異人種ロマ(=ジプシー)の存在は、現代でもなかなか共存が難しいものがあるようで、日本人がロマンティックに考えるものとはだいぶ異なるものがある。

ホロコーストの犠牲者というとユダヤ人という答えが返ってくるだろうが、虐殺されたのはユダヤ人だけではなく、ロマもまた多くが犠牲になっているのである。この点については、『「ジプシー収容所」の記憶-ロマ民族とホロコースト-』(金子マーティン編、岩波書店、1998)を参照。メディアと金融に強いユダヤ人とは異なり、ロマの発言力が小さいことも、この事実が知られていない原因となっているようだ。

なおヨーロッパ中世におけるロマ(=ジプシー)については、『中世を旅する人びと』(阿部謹也、ちくま学芸文庫、2008 単行本初版 1980)の「5 ジプシーと放浪者の世界」を参照されたい。中世以降にヨーロッパに現れたロマ(=ジプシー)の現代に至るまでのヨーロッパ人の蔑視と、それにもかかわらず生き抜いてきた姿を知ることができる。


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<関連サイト>

ロマフェスト ジプシーフェスティバルコンサート 2015年 (公式サイト)

ドアード・ジプシーズ・フロム・ラジャスタン(DHOAD Gypsies from Rajasthan) (公式サイト 英語・フランス語)

DHOAD Gypsies from Rajasthan - Official Teaser 2014 (YouTube)
・・オフィシャル・ビデオ



<ブログ内関連記事>

『移住・移民の世界地図』(ラッセル・キング、竹沢尚一郎・稲葉奈々子・高畑幸共訳、丸善出版,2011)で、グローバルな「人口移動」を空間的に把握する
・・迫害されたわけではない陸路の移住としては、ロマ(=ジプシー)の大移動は特筆に値するものだろう

ハンガリーの大平原プスタに「人馬一体」の馬術ショーを見にいこう!

チャウシェスク大統領夫妻の処刑 1989年12月25日
・・いまでもハンガリーとルーマニアにロマ(=ジプシー)は多い

「無憂」という事-バンコクの「アソーク」という駅名からインドと仏教を「引き出し」てみる

「MOOMIN!ムーミン展-トーベ・ヤンソン生誕100周年記念-」(松屋銀座)にいってきた(2014年4月23日)
・・客層でみると「ムーミン展」は圧倒的に若年層の女子が大多数であった。現代日本の現実はイベントの客層からみることができる


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2014年8月10日日曜日

映画『王妃マルゴ』(フランス・イタリア・ドイツ、1994)― 「サン・バルテルミの虐殺」(1572年)前後の「宗教戦争」時代のフランスを描いた歴史ドラマ



映画 『王妃マルゴ』(1994年)は、16世紀後半の「宗教戦争」時代のフランスを描いた歴史ドラマだ。

高校世界史の教科書にもかならず登場する、「サン・バルテルミの虐殺」(1572年)前後の戦国時代のフランス宮廷における王妃と男たちとの愛憎劇でもある。日本では織田信長による比叡山焼き討ちの翌年にあたる。日本も西欧も「戦国時代」のさなか、血みどろの宗教戦争が行われていたのである。

上映時間160分というのは通常の映画よりも40分以上は長い。しかも、最初から最後まで、ほぼ全編が血なまぐさいシーンの連続である。映像そのものは豪華絢爛であり、とくにイノシシ狩りのシーンなどはリアリティがつよくて印象的だ。
 
劇的盛り上がりを意図しt聴覚に訴える音楽はひたすら抑制につとめ、虐殺シーンや転がる死体、毒殺者の解剖や切り取った生首など、もっぱら視覚情報に訴える演出を行っている。映像作品だから嗅覚情報はないが、まさに酸鼻きわまるシーンの連続である。

18世紀末のフランス革命を描いた作家アナトール・フランスの作品に『神々は渇く』という歴史小説があるが、16世紀末の宗教戦争においても、まさに「神々は渇い」ていたのであろうか。キリスト教徒どうしでありながら、同じ一神教の神の名のもと、カトリックとプロテスタントにわかれての激しい殺し合いが続いていたのである。互いに存在を認め合うことなく。




この映画は、日本で劇場公開されたのが1995年。その時に見逃したまま20年もたってしまった。今回ようやくDVDで見ることができたが、王妃マルゴを演じるフランスを代表する女優イザベル・アジャーニが迫真の演技が素晴らしいのは言うまでもない。

原作は、ダルタニャンの『三銃士』で有名な、フランスの文豪アレクサンドル・デュマの『王妃マルゴ』16世紀の歴史的事件を、19世紀の歴史小説を原作にして、20世紀のフランス人が演じるわけだが、綿密な歴史考証がが行われているとはいえ、日本の大河ドラマと同様、16世紀そのものの再現というわけにはなっていないだろう。まあ、どこの国でも時代劇というものは、舞台を過去に設定した現代劇であるからだ。

とはいえ、背景知識がないと理解しにくいだろう。フランス人にとっては常識の範囲内であろうが、日本人にとっての常識とは言い難い。

だが冒頭に書いたように、日本も同時代は宗教戦争の渦中にあったことを念頭においておくといい。ただし、西欧とは違い、日本の場合は世俗権力と宗教勢力の激突であった。



アンリとマルゴの婚礼とサン・バルテルミの虐殺(1572年)

このドラマの主人公は、のちのアンリ4世王妃マルゴー(=マルグリット・ド・ヴァロワ)である。アンリ4世は、即位後の「ナントの勅令」(1598年)によって、カトリック勢力とプロテスタント勢力の和解を実現したフランス史を代表する英君である。


(アンリ4世 wikipediaより)


のちのアンリ4世は、この映画に登場するのはナバラ王アンリとしてである。ナバラ王アンリは、王位継承権を持つブルボン家当主であったが、ナバラ王国はスペインとはピレネー山脈をはさんだバスク地方で、パリの宮廷からは田舎とさけずまれている。このナバラ王アンリはプロテスタントであった。プロテスタントはユグノーとも呼ばれていた。

ナバラ王アンリとマルゴが結婚することになったのは、マルゴの兄シャルル9世の母后カトリーヌ・ド・メディシス(・・かのメディチ家の出身。だから映画ではイタリア語っぽいフランス語をしゃべらせている)の提案でマジョリティのカトリック勢力と、これに対抗して拡大中のプロテスタント勢力の融和を図るためであった。いわば政略結婚である。

日本の戦国時代に限らず、王族というものは政略結婚が当たり前であるが、宗派が異なると同じ人間とみなさないという時代の「空気」のなかでは、当事者だけでなく、その背後に控える勢力にとっても、そう簡単に受け入れがたいものであったことは想像に難くない。


(マルゴことマルグリッド・ド・ヴァロワ wikipediaより)


アンリとマルゴの婚礼は、1572年8月17日に行われたが、婚礼にも参加していたプロテスタント側の中心人物コリニー提督が狙撃され、その後に暗殺されたことがキッカケとなって、カトリック側とプロテスタント側の相互不信が高まり、そのなかでシャルル9世の命令により宮廷のプロテスタント貴族の多数が殺害された。サン・バルテルミ(=セント・バーソロミュー)の祝祭日(8月24日)の出来事である。

だが、事態はこれだけにとどまらず、パリ市内でもプロテスタント市民が襲撃され、虐殺は地方にも及び、1万人を越えるプロテスタントが殺害されたという。

そしてナバラ王アンリは捕らえられ、カトリックへの改宗を強制されたが、2年後の1574年のシャルル9世の崩御し、その2年後の1576年にはアンリがナバラ王国に逃走し、プロテスタントに再改宗したあうえでプロテスタント勢力を糾合することになる。

シャルル9世の死後、シャルルの弟のアンリ(=カトリーヌ・ド・メディシスの息子の一人)が王位を継承することになる。そして王妃マルゴは、ナバラ王国のアンリのもとへ脱出する。映画はここまでである。

その14年後、アンリ3世が暗殺され、ナバラ王アンリがフランス王位を継承してアンリ4世として即位し、カトリックがマジョリティであったフランス統治のためにアンリは再びカトリックに改宗することになる。そして「ナントの勅令」(1598年)を発布したわけだ。



「ナントの勅令」は一世紀後に廃止される


ここから先は映画の背景とは直接は関係ないが、アンリ4世の「ナントの勅令」の意味について簡単に触れておこう。

このように16世紀後半のフランスでは、カトリック勢力とプロテスタント勢力とのあいだの「宗教戦争」が血で血を洗うような凄惨な状況となったわけだが、アンリ4世による「ナントの勅令」(1598年)によって、いちおうの終止符が打たれることになる。ようやく不寛容の時代が終わったのである。

アンリ4世のブルボン家の王朝が約200年続くことになり、17世紀のフランスは全盛期を迎えることになった。カトリック勢力の一大中心としてハプスブルク家とならんで存在することになった。隣のドイツでは、1618年にはじまった「宗教戦争」がなんと30年も続いて「三十年戦争」となり、人口が激減し、土地も荒廃してしまったのとは対照的である。

17世紀から18世紀はいわゆりバロック時代にあたるが、フランスのバロックはハプスブルクのバロックとは、ややニュアンスの異なるものとなったのは、フランスがデカルトやパスカルなどの天才を生み出したことにも現れている。

だが、「ナントの勅令」は約一世紀後の1685年に太陽王ルイ14世によって廃止されてしまう。この結果、産業の担い手であったプロテスタント(=ユグノー)たちは、大挙して英国やスイス、プロイセンへと脱出し移住することになる。

移住先のリーダーたちはユグノーを大歓迎した結果、産業が興隆し、一方ユグノーを排除したフランスは、世界経済の中心には一度もなることなく現在に至っている。ドイツの首都ベルリンは、プロイセン王国がユグノー移民が多数受け入れたこともあり、じつはドイツではもっともフランス的な都市なのであった。

1685年の「ナントの勅令」廃止は、1492年のスペインからのユダヤ人追放とならんで、後世からは愚策の最たるものと見なされている。敵対勢力の排除というイデオロギーに基づく政治的動機で、経済的な果実をみすみす放棄したためである。

スペインから追放されたユダヤ人たちは、とくにプロテスタント系新興国オランダ、イスラーム帝国のオスマン・トルコで大歓迎され、移住先の経済発展におおいに貢献している。

フランスは、フランス革命によってカトリック勢力を徹底的に弾圧し、「政教分離」原則を貫く共和国となった。国民の大半は基本的にはカトリックであるが、信教の自由は原則として守られている。だから、自由をもとめてフランスに亡命する人がいまでも多いのである。

もちろん、原理原則と現実がかならずしもイコールとなるわけではないが、それでも16世紀末や18世紀末のような不寛容な思想にもとづく虐殺は、それ以後フランスでは発生していない

20世紀前半のドイツにおけるユダヤ人虐殺、20世紀後半におけるカンボジアのポルポト派による虐殺、インドネシアの「9・30事件」、アフリカのルワンダ虐殺、バルカン紛争における虐殺など枚挙にいとまがない。カンボジアでは知識階層が大量に虐殺されてたために、現在でも経済発展を妨げる要因の一つとなっている。

宗教や民族がからんでくると、人間はどうしても冷静さを失ってしまい不寛容になりがちである。それだけ人間というものは愚かな存在なのだが、それでも『王妃マルゴ』のような映画をみて、宗教戦争の無意味さ、寛容の精神の重要性について考えることは重要なことだろう。

『王妃マルゴ』は、さすがに制作費に40億円(!)もかけた歴史大作だけに、血なまぐさいシーンが連続するとはいえ、豪華絢爛といってもいい映像美である。ただ、愛憎劇だけを見るのではなく、この映画もまた寛容と不寛容の問題についても考える材料としてほしいと思うのだ。


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<関連サイト>

映画 『王妃マルゴ』 (wikipedia日本語版)

サン・バルテルミの虐殺 (wikipedia日本語版)

アンリ4世 (wikipedia日本語版)

マルグリット・ド・ヴァロワ(=マルゴ) (wikipedia日本語版)


La Reine Margot (Version Longue) - Journey to Navarre-Elohi (YouTube)
・・エンデングは処刑された愛人の生首を膝に抱えてナバール王国に旅立つマルゴのシーン。エンディングに流れるのはイエメン系ユダヤ人でイスラエルを代表する歌姫であった、いまは亡きオフラ・ハザが歌う「エロヒ」(Elohi)エロヒとはヘブライ語で神を意味する。エロヒーム(=アドナイ)ともいう。ぜひこの曲だけでも聴き入ってほしい。オフラ・ハザは残念なことに2000年に亡くなった。



<ブログ内関連記事>

「500年単位」で歴史を考える-『クアトロ・ラガッツィ』(若桑みどり)を読む
・・日本と西欧は同時代に「戦国時代」を体験していた

「免罪符」は、ほんとうは「免罪符」じゃない!?
・・ルターが非難した免罪符は正式な用語ではない

「アラブの春」を引き起こした「ソーシャル・ネットワーク革命」の原型はルターによる「宗教改革」であった!?

エラスムスの『痴愚神礼讃』のラテン語原典訳が新訳として中公文庫から出版-エープリルフールといえば道化(フール)③
・・宗教戦争の愚かさを痴愚神に語らせる16世紀の知識人エラスムス

「ジャック・カロ-リアリズムと奇想の劇場-」(国立西洋美術館)にいってきた(2014年4月15日)-銅版画の革新者で時代の記録者の作品で17世紀という激動の初期近代を読む
・・フランスの「宗教戦争」が収束したあと、となりのドイツ(=神聖ローマ帝国)では「宗教戦争」は「三十年戦争」となって人口は激減し土地は荒廃した

『バロック・アナトミア』(佐藤 明=写真、トレヴィル、1994)で、「解剖学蝋人形」という視覚芸術(?)に表現されたバロック時代の西欧人の情熱を知る

映画 『アクト・オブ・キリング』(デンマーク・ノルウェー・英国、2012)をみてきた(2014年4月)-インドネシア現代史の暗部「9・30事件」を「加害者」の側から描くという方法論がもたらした成果に注目!
・・1965年の「9・30事件」で反共の立場からインドネシアのスハルト政権は100万人を越える市民を虐殺した

書評 『1492 西欧文明の世界支配 』(ジャック・アタリ、斎藤広信訳、ちくま学芸文庫、2009 原著1991)-「西欧主導のグローバリゼーション」の「最初の500年」を振り返り、未来を考察するために
・・1492年のコロンブスがジパングを探しに出航した年、スペインはユダヤ人を追放した

『移住・移民の世界地図』(ラッセル・キング、竹沢尚一郎・稲葉奈々子・高畑幸共訳、丸善出版,2011)で、グローバルな「人口移動」を空間的に把握する

書評 『忘却に抵抗するドイツ-歴史教育から「記憶の文化」へ-』(岡 裕人、大月書店、2012)-在独22年の日本人歴史教師によるドイツ現代社会論
・・アウシュヴィッツから半世紀以上たって、ようやくドイツでも「記憶」をつねに想起させるため、「見える形」で「記念碑」の建築を行った


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2014年7月11日金曜日

『移住・移民の世界地図』(ラッセル・キング、竹沢尚一郎・稲葉奈々子・高畑幸共訳、丸善出版、2011)で、グローバルな「人口移動」を空間的に把握する


「移民」というと、海外へ「移住」していくことであって、海外から「移住」してくることはあまり念頭になかったのが日本人の固定観念ではなかっただろうか。

少子高齢化によって労働力人口不足が話題になることが多くなってからは、「移民受け入れ」も話題になってきている。だが、それでもまだ「移民」というとハワイやカリフォルニア、ブラジルやペルーの日系人のことがアタマに浮かぶ人が大半なのではないだろか。

そういう人こそ、この『移住・移民の世界地図』(ラッセル・キング、竹沢尚一郎・稲葉奈々子・高畑幸共訳、丸善出版、2011)という、地図帳と資料集を眺めてみるといいだろう。

最近は、さまざまな地図帳が出版されていて、細分化した関心に応えてくれるものがあるがが、この地図帳は、人文地理学の観点から、国際間と国内の「人口移動」を数字に裏付けのもとにビジュアル化したものだ。グローバルな「人口移動」を空間的に把握することを可能にした地図帳だといっていいだろう。

移住と移民のカテゴリー分類が興味深い。目次をみるとそれがわかるだろう。


第1部 大いなる物語:時代を越えた移住と移民 
 黎明期の移住
 地中海の放浪の旅
 奴隷の強制移住
 年季奉公労働者の移住
 大移住
 イタリアからの移民
 移住による国民形成
 植民地化に伴う移住
 ディアスポラ
第2部 移動する世界:現在のグローバルな移民パターン 
 グローバルな移民
 戦後の労働者の移住と移民
 新しい労働移民
 静かな移民
 中南米諸国
 湾岸諸国
 ユーラシアの移民パターン
 インドの国内移民
 米国内の移民
 国内移住と貧困
第3部 移住=移民の時代:人の移動によるハイブリッド・アイデンティティ 
 難民
 難民の滞留
 難民の帰還
 ヨーロッパにおける亡命希望
 国内避難民
 気候変動
 非正規移住=移民
 国境における死
 移住とジェンダー
 結婚移民
 子どもの移住
 学生の移住
 技能移民
 国際的退職移住
 帰還移住
 移住と統合
 在外投票
 二重国籍
 送金と開発
 移住=移民政策
第4部 データと出所 
 経済と移動 
 移民政策 



基本的に、貧しい地域から豊かな地域への移動という、経済的な理由による移動が多いがそれだけではない。政治的な要因も、勉強するための移動も、大規模災害という気候変動によるものもある。日本国内の地方から大都市への人口移動についてもでてくる。

この地図帳をみていると、「移民」は出すだけではなく、受け入れるものでもあることが理解できるのではないだろうか。

外へ出て行くエミグレーション(em-migration)と、内に入ってくるイミグレーション(im-migration)に共通するのは、マイグレーション(migration)という移動である。人口移動である。

そもそも、人類はアフリカで誕生し、ユーラシア大陸を横断して、この日本にも渡来してきたのである。この日本列島も先住民である縄文人と渡来人である弥生人とのハイブリッドであるし、その後も海外に意味を出してきただけでなく、多くの移民を受け入れてきたのである。

そういった壮大な人類史を考えれば、「移民」というものは特別視する必要はないのではないかと思うのだが、いかがだろうか。

「移住」や「移民」を広く「人口移動」と捉えることによって、移民受け入れにかんする議論のバリアを下げることにつながるのではないかと期待したい。


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編著者プロフィール
ラッセル・キング(Russel King)
英国サセックス大学教授、サセックス大学移民研究センター長、30年以上にわたり世界中のさまざまなかたちの移民=移住を研究してきた。主な研究プロジェクトはヨーロッパと地中海諸国であり、イタリア人の帰還移住、アイルランド人の移民、英国人の南欧羅巴への退職移住、国際的な学生の移住、アルバニア人の移民と開発、ギリシア人とキプロス人のディアスポラが含まれる。Journal of Ethinic and Migration Stidies の編者をつとめている。(本に記載された略歴より)。

訳者プロフィール
 
竹沢尚一郎(たけざわ・しょういちろう)
国立民族学博物館教授。専門は社会人類学
稲葉奈々子(いなば・ななこ)
茨城大学人文学部准教授。専門は国際社会学、国際移動論
高畑幸(たかはた・さち)
静岡県立大学国際関係学部准教授。専門は都市社会学、エスニシティ論 (本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


<ブログ内関連記事>

書評 『自爆する若者たち-人口学が警告する驚愕の未来-』(グナル・ハインゾーン、猪俣和夫訳、新潮選書、2008)-25歳以下の過剰な男子が生み出す「ユース・バルジ」問題で世界を読み解く
・・「しかるべきポジションをゲットできず居場所がない野心的な若者たち。過剰にあふれかえる彼らこそ、暴力やテロを生み出し、社会問題の根源となっている。これは現在だけでない、歴史的に見てもそうなのだ。「少子高齢化」ばかり耳にする現在の日本では考えにくい事態であるが、これが世界の現実だ。イデオロギーや主義も、しょせん跡付けの理由に過ぎない」

書評 『民衆の大英帝国-近世イギリス社会とアメリカ移民-』(川北 稔、岩波現代文庫、2008 単行本初版 1990)-大英帝国はなぜ英国にとって必要だったのか?
・・本国で雇用がつくりだせない以上、増大する失業者が社会問題にも発展しかねない。そこで活用されたのが、植民地だったのである

「JICA横浜 海外移住資料館」は、いまだ書かれざる「日本民族史」の一端を知るために絶対に行くべきミュージアムだ!
・・かつて過剰人口問題に悩んでいた日本もまた「移民」送り出しで問題解決を行っていた

書評 『未来の国ブラジル』(シュテファン・ツヴァイク、宮岡成次訳、河出書房新社、1993)-ハプスブルク神話という「過去」に生きた作家のブラジルという「未来」へのオマージュ
・・移民の国ブラジル。民族は共存し融合していく

書評 『砂糖の世界史』(川北 稔、岩波ジュニア新書、1996)-紅茶と砂糖が出会ったとき、「近代世界システム」が形成された!
・・大英帝国は植民地カリブに黒人奴隷をもちこんだ

書評 『諜報の天才 杉原千畝』(白石仁章、新潮選書、2011)-インテリジェンス・オフィサーとしての杉原千畝は同盟国ドイツからも危険視されていた! ・・ユダヤ難民

書評 『命のビザを繋いだ男-小辻節三とユダヤ難民-』(山田純大、NHK出版、2013)-忘れられた日本人がいまここに蘇える
・・ユダヤ難民

ハンガリー難民であった、スイスのフランス語作家アゴタ・クリストフのこと
・・1956年のハンガリー革命(=ハンガリー動乱)で亡命を余儀なくされた難民

書評 『この国を出よ』(大前研一/柳井 正、小学館、2010)-「やる気のある若者たち」への応援歌!

『ストロベリー・ロード 上下』(石川 好、早川書店、1988)を初めて読んでみた
・・伊豆大島からカリフォルニアに意味した戦後移民

日米関係がいまでは考えられないほど熱い愛憎関係にあった頃、多くの関連本が出版されていた-『誇りてあり-「研成義塾」アメリカに渡る-』(宮原安春、講談社、1988)
・・長野県からのアメリカ移民

映画 『正義のゆくえ-I.C.E.特別捜査官-』(アメリカ、2009年)を見てきた
・・不法移民として、あるいは合法的に入国してアメリカ市民権取得を待つ、さまざまな民族の移民の視点にたった物語

書評 『持たざる国への道-あの戦争と大日本帝国の破綻-』(松元 崇、中公文庫、2013)-誤算による日米開戦と国家破綻、そして明治維新以来の近代日本の連続性について「財政史」の観点から考察した好著
・・戦時中の日本は、戦争のための大規模動員による人的資源不足解消のため、植民地と占領地から労働不足解消のための強制徴募を行った

(2014年10月9日、11月6日 情報追加)


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