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2014年6月24日火曜日

書評『追跡・アメリカの思想家たち』(会田弘継、新潮選書、2008)ー アメリカの知られざる「政治思想家」たち



1980年代のレーガン大統領以降の「保守革命」が定着し、リベラリズムが退潮傾向になって久しいアメリカだが、アメリカにも「反近代」の立場に立脚する、ヨーロッパ型の「保守主義」が存在することがまず冒頭であきらかにされる。

本書は、その担い手であったラッセル・カークという在野の思想家に共鳴を示しつつ「保守主義」にフォーカスを合わせ、アメリカの政治思想を、保守からリベラルまで、人物とその思想のスケッチによって浮かび上がらせたものだ。だから正確なタイトルは、「アメリカの思想家」というよりも「アメリカの政治思想家」とすべきなのである。

月刊情報誌『フォーサイト』に連載されていたとき(2003年)にリアルタイムで読んでいたが、あらためて一冊になったものを、さらに出版から一定の時間をおいて読むことで、冷静にアメリカの政治思想を把握することが可能になった。冷却期間という時間は人をして冷静にさせる。

なによりもジョージ・ブッシュ政権時代前期のネオコン(=ネオ・コンサヴァティズム)の狂躁の日々が去ってから久しい現在、かれらがいったい何であったのかを冷静に捉えることができるのは意味があることだ。

すでに当時から、その本質は保守主義ではなく「リベラル左派」が「リベラル右派」に変身した、理想実現志向の社会変革思想であることは明らかになっていたが、本書ではその思想の根源がニューヨークのユダヤ人移民社会から生まれたものであることなど、思想が生まれる背景としての地域性も明らかにされている。経営用語でいえば「クラスター」というべきであろう。

このほか本書で取り上げられた「政治思想」には、キリスト教ファンダメンタリズム(=原理主義)や極限の自由を追求するリバタリアン、おなじく自由を希求しながらも大きな政府志向であるリベラリズムも、「思想地図」ともいうべき色分けが可能なほど、地域性が明確であることも明らかにされている。

それぞれ、キリスト教ファンダメンタリズム(=原理主義)は南部のいわゆる「バイブル・ベルト」リバタリアニズムはカリフォルニアリベラリズムは東部から西部にかけての北部地域に分布している。

特定の「思想」と「地域」を結びつけて考えることで、アメリカをより立体的に捉えることが可能となる。


(会田弘継氏作成の「地域別に見たアメリカの思想傾向」 P.222より)


著者自身、「アメリカに思想なんてあるのか?」という問いをなんどもされていると本書のなかで触れているが、たしかにアメリカにも「思想」は存在するのである。政治思想に限らず、経済思想や宗教思想などにも範囲を拡張すれば、明らかに思想は存在することがわかる。その担い手たちの知名度が世界レベルの高さがないとしても。

だが、本書では政治思想に関連する部分だけにしか言及されないのが残念なところだ。宗教思想でいえば原理主義もさることながら、「自己啓発」の思想である「ニューソート」(New Thought)への言及もまた必要だろう。

「思想」(thought)とは過去形で表現される「思考されたもの」であり、現在形で表現される「思考」(thinking)そのものとはイコールではないが、経営者の思想、エンジニアの思想、活動家の思想など、取り上げるべきものは多い。TED などでアイデアを披露している、「思想家と名乗っていない思想家」の思索や実践活動もまた、きわめてアメリカ的なものも少なくないことは指摘しておくべきだろう。

『フォーサイト』の連載にはなく単行本化にあたって加えられたのが、「エピローグ 戦後アメリカ思想史を貫いた漱石の「こころ」」である。人と人との「つながり」のなかで思想は生まれ、後代に継承されていくという経緯を物語としてつづったものだ。

著者が敬愛してやまないヨーロッパ型保守思想の大物ラッセル・カークというアメリカ人、経済学者でリバタリアン思想のフリードリッヒ・フォン・ハイエクというオーストリア人、『こころ』の英訳者エドウィン・マクレランといいうスコットランド出身の英国人、そして文芸評論家であった江藤淳という日本人。

漱石の『こゝろ』の英訳本がつないだ意外な「つながり」と「きずな」。これは思想のドラマの背後にあるものを鮮やかにみせてくれるものであった。著者によって初めて掘り起こされたこの「物語」は、静かな感動をもたらしてくれる。

ことし2014年は、漱石の『こゝろ』が出版されてからちょうど100年。明治大帝の崩御から2年後の2014年は第一次世界大戦が勃発した年でもあった。

アメリカの政治思想を語るには、ヨーロッパや日本もまた欠かすことのできない重要な要素なのである。古代ギリシアに始まるヨーロッパの政治思想を研究した、ネオコン思想家の日系人フランシス・フクヤマと徳富蘇峰との関係についての「追記」を読むと、さらにその感を強くする。



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目 次

プロローグ メコスタ村へ
第1章 戦後保守思想の源流-ラッセル・カーク(1918~94)
第2章 ネオコンの始祖-ノーマン・ポドレッツ(1930~)
第3章 キリスト教原理主義-J・グレシャム・メイチェン(1881~1937)
第4章 南部農本主義-リチャード・ウィーバー(1910~63)
第5章 ネオコンが利用した思想-レオ・シュトラウス(1899~1973)
第6章 ジャーナリズムの思想と機能-H.L.メンケン(1880~1956)
第7章 リベラリズム-ジョン・ロールズ(1921~2002)
第8章 リバタリアン-ロバート・ノジック(1938~2002)
第9章 共同体主義-ロバート・ニスベット(1913~96)
第10章 保守論壇の創設者-ウィリアム・バックリー(1925~2008)
第11章 「近代」への飽くなき執念-フランシス・フクヤマ(1952~)
追記 フランシス・フクヤマと徳富蘇峰
エピローグ 戦後アメリカ思想史を貫いた漱石の「こころ」
あとがき
参考・引用文献一覧
関連図表

著者プロフィール 
会田弘継(あいだ・ひろつぐ) 
1951年埼玉県生まれ。東京外国語大学英米語学科卒業後、共同通信社に入社。ワシン著書に『戦争を始めるのは誰か』、訳書に『アメリカの終わり』(フランシス・フクヤマ著)などがある。 (本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


PS 本書の増補改訂版が、『増補改訂版 追跡・アメリカの思想家たち』として、中公文庫から出版れた。増補されたのは、「第13章 「トランプ現象」とラディカル・ポリティクス」である。(2016年8月14日 記す)


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<関連サイト>

蘇った米国のネオコン 混沌とした世界がブッシュ時代の保守派に息吹(JBPress、 2014年6月24日)
・・Financial Timesの翻訳記事。「ネオコン(新保守主義者)たちは何度も息を吹き返す。電流は一定の間隔でやって来る。シリアによる化学兵器の使用、ロシアによるクリミア併合、中国が海上で強めている攻撃的な姿勢、そしてイラクにおけるスンニ派の過激派の再来といったものだ」  「新」保守派が「リベラル右派」であることを念頭に読むべき


<ブログ内関連記事>

アメリカの思想家

自分のアタマで考え抜いて、自分のコトバで語るということ-『エリック・ホッファー自伝-構想された真実-』(中本義彦訳、作品社、2002)
・・わたしにとっては、 『追跡・アメリカの思想家たち』(に取り上げられたどの政治思想家よりも、ホッファーのほうがアメリカの哲学者・政治思想家としてはるかに重要だ

映画 『ハンナ・アーレント』(ドイツ他、2012年)を見て考えたこと-ひさびさに岩波ホールで映画を見た
・・アーレントもまたニューヨークの亡命ユダヤ系知識人の一人で政治思想家


アメリカのビジネス文明とキリスト教・ユダヤ教

書評 『アメリカ精神の源-「神のもとにあるこの国」-』(ハロラン芙美子、中公新書、1998)-アメリカ人の精神の内部を探求したフィールドワークの記録
・・アメリカの一般人の深層にあるものを押さえておかないと、表層の思想を追っても意味はない

「宗教と経済の関係」についての入門書でもある 『金融恐慌とユダヤ・キリスト教』(島田裕巳、文春新書、2009) を読む
・・ユダヤ教、キリスト教と資本主義ビジネスの関係について、ユダヤ教とキリスト教を区分して考えるべきことを私が解説。「ユダヤ・キリスト教」という表現は、誤解を生みやすい。


オカルトと宗教テロリズム

書評 『現代オカルトの根源-霊性進化論の光と闇-』(大田俊寛、ちくま新書、2013)-宗教と科学とのあいだの亀裂を埋めつづけてきた「妄想の系譜」
・・アメリカを中心とした英語圏に特有のオカルト思想について

スティーブ・ジョブズの「読書リスト」-ジョブズの「引き出し」の中身をのぞいてみよう!
・・いわゆる「ニューエイジ」宗教の影響の濃厚なジョブズとカリフォルニア

『エコ・テロリズム-過激化する環境運動とアメリカの内なるテロ-』(浜野喬士、洋泉社新書y、2009)を手がかりに「シー・シェパード」について考えてみる
限りなく宗教的といってもいい英語圏に特有の環境運動の根底にある思想



「ビジネス文明」国アメリカの「思想」

書評 『超・格差社会アメリカの真実』(小林由美、文春文庫、2009)-アメリカの本質を知りたいという人には、私はこの一冊をイチオシとして推薦したい

The Greatest Salesman In the World (『地上最強の商人』) -英語の原書をさがしてよむとアタマを使った節約になる!


「変革思想」としての右・左

書評 『近代日本の右翼思想』(片山杜秀、講談社選書メチエ、2007)-「変革思想」としての「右翼思想」の変容とその終焉のストーリー
・・右も左も変革思想であることは本質的に共通

「ユートピア」は挫折する運命にある-「未来」に魅力なく、「過去」も美化できない時代を生きるということ
・・右であれ左であれ、政治上の「社会変革思想」は確率的にその大多数が挫折する運命にある。ビジネスによる「社会変革」も成功したのはほんとうに一握りにすぎない


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2009年12月18日金曜日

『イスラエル』(臼杵 陽、岩波新書、2009)を中心に、現代イスラエルを解読するための三部作を紹介

                            
 イスラエルにかんする本は、1948年の建国以来、日本語でも無数に出版されているが、今年(2009年)出版された、パレスチナ問題の研究者・臼杵陽氏による『イスラエル』(岩波新書、2009)は新書版だが、最近の吹けば飛ぶような中身の薄い新書本にはない、長年の研究成果がふんだんに盛り込まれた、濃厚な舌触りのスープのような本である。

 その心は、エッセンスが詰まっている、ということだ。

 このブログにも記したが、先日アニメーション映画の『戦場でワルツを』をみてから、再びイスラエルへの関心が自分のなかに甦ってきた。

 再びというのは、20歳代のとき、私はユダヤ教徒でも、キリスト教徒でもないのにかかわらず、イスラエルに多大な関心を抱いて、日本イスラエル親善協会の会員になって「月刊イスラエル」なんて購読していたし(・・現在は会員ではない)、1992年には実際にイスラエルの地を踏んでいるからだ。

 エルサレムもテル・アヴィヴも、マサダ(・・古代ローマ時代エルサレム陥落後ユダヤ熱心党がこの要塞で玉砕)も、死海も、ガリラヤ湖も、サフェド(・・ユダヤ神秘主義カッバーラーの中心地)も、いまだに地雷の埋まっているゴラン高原も訪れ、社会主義に基づいた集団農場であるキブツには一泊もした。狭い国だから短時間で見て回れる。紅海のリゾート地エイラートにいってないのは残念だが。

 サッダーム・フセイン大統領時代、イラクがイスラエルにスカッド・ミサイルを打ち込み、あわや全面戦争かという危機状況がイスラエル側の自制によって沈静化してから、さほど時間のたっていない時期の訪問である。その後、その当時イスラエル国民全員に配布されたガスマスクを入手したが、日本では使用する機会がないのは幸いである。

 その後もスピルバーグ監督の『ミュンヘン』も見ているし(・・1972年のイスラエル選手団殺害事件はリアルタイムで知っており記憶のなかにある)、イスラエルの秘密諜報機関モサッドものは昔たくさん読んでいる。
 日本の新聞はそもそもエルサレムやテルアヴィヴに支局を置いてなかったので(・・日経新聞はカイロから取材しているのは論外)、私は中東情勢は英語情報でフォローしてきたが(・・もちろん英語情報は量は多いがバイアスがかかっている)、情報を追っているだけでは見えてこないものがある。

 やはりなんといっても、バックグラウンドとなる基本書籍を読まないと、情報の意味もきちんと把握することはできないものだ。

 しかしこの『イスラエル』は、200ページ強という短いページ数に詰め込んでいるので、キチンと読むには骨が折れるし、また読み飛ばしてしまうには惜しい内容の本になっている。より深く現代のイスラエルについて知るためには、この本の前提となる先行する二冊をも読んだ方がよいと思うので、一緒に紹介することとした次第である。

 もちろん著者の臼杵陽氏はもともと、イスラーム研究者の板垣雄三・東大名誉教授の弟子であり、パレスチナ研究からイスラエル研究に入った人であるので、当然のことながら、ある種のバイアスは存在するだろう。しかしこのバックグラウンドゆえに見えてくるものも多い。その最たるものがイスラエルにおける"ミズラヒーム"の存在である。

 ミズラヒームとは、中東イスラーム世界出身のユダヤ人のこと。

 いまオフラ・ハザ(Ofra Haza)の曲をCDでかけながらこれを書いているが、80年代のワールド・ミュージックブームのなか世界的にヒットしたイスラエルの歌姫オフラ・ハザもイエメン系ユダヤ人、すなわちミズラヒームであった。

 イスラエルのミュージック・シーンにはミズラヒームが多いことを前振りにして、さっそく本の紹介に入ってゆきたいと思う。


現代イスラエルを解読するための"三部作"

『イスラエル』(臼杵 陽、岩波新書、2009)
『原理主義』(臼杵 陽、岩波書店、1999)
『見えざるユダヤ人-イスラエルの<東洋>-』(臼杵 陽、平凡社選書、1998)



①『イスラエル』(臼杵 陽、岩波新書、2009)

 ■ミズラヒーム(=中東イスラーム世界出身のユダヤ人)という視点からみたイスラエル現代史


政治史を中心に新書版一冊にまとめた、1948年の建国以前から建国60年を過ぎた現在にいたるイスラエル現代史。

 イスラエルにかんする本は無数に出版されているが、本書における著者の最大の功績は、イスラエル社会の現在の実態に即し、従来から日本でも知られている枠組みである、アシュケナジーム(=中東欧系ユダヤ人)スファルディーム(=1492年のスペイン追放後、地中海沿岸地方と欧州各地に離散したユダヤ人)の違いよりも、アシュケナジームとミズラヒーム(=中東イスラーム世界出身のユダヤ人)の違いという視点からイスラエルを考察していることであろう。

 ミズラヒームは、モロッコ、イラク、トルコ、イエメンなどから、イスラエル建国後移民してきたユダヤ教徒である。彼らは、シオニズムという世俗国家の理念とも西欧流のライフスタイルとも関係なく、現在にいたるまでイスラエル社会の下層としての生活を余儀なくされてきた存在だ。

 本書は、一言でいってしまえば、ミズラヒームとパレスチナ人を含めたアラブ系イスラエル人という視点からみたイスラエル史である。

 イスラエル現代史とは、主流派であったアシュケナジーム中心の世俗国家から、多文化社会への変容によって、きわめて宗教色の濃い国家に変貌させてきた歴史である。

 これは、『見えざるユダヤ人』(平凡社、1998)で、ミズラヒームの存在を日本語でははじめて読める形として読者に提示した著者ならではの特色である。移民国家で、多文化社会であるイスラエルは、どのカテゴリーに焦点をあてるかで、まったく異なる像が描かれることになるからだ。

 イスラエル建国の中心となった、アシュケナジーム系のシオニストが主流派であった労働党が凋落し、ミズラヒームに加え、エチオピアやソ連崩壊後のロシア系移民も含めた出身地と、宗教的姿勢から複雑にカテゴライズされている現在のイスラエル社会は、著者がいうように、多文化主義性格をもつがゆえに、その反動として逆説的にナショナリズム的な行動をとらざるをえない傾向が強まっている。そうでないと国民がバラバラになってしまうという懸念につきまとわれているためだ。

 イスラエルという国家のアイデンティティはいったい何なのか。周囲を外敵に囲まれているという意識から、安全保障以外に国民の共通利害がないのか。
 また、還暦をすぎたイスラエルという国家は、今後どういう方向に進もうとしているのか。
 多様性と、ユダヤ性強化というナショナリズムとのあいだに存在するジレンマに引き裂かれる状況、これはイスラエルだけでなく、中国も含め、戦後独立した新国家にみな共通する難題であろう。

 本書は、一冊の新書本に情報を詰め込んでいるので、ちょっと読みにくいのは否定できないが、じっくり腰をすえて読めば、必ずや得るところは大きいはずだ。読む価値のある労作である。


<目次>
 第1章 統合と分裂のイスラエル社会
 第2章 シオニズムの遺産
 第3章 ユダヤ国家の誕生
 第4章 建国の光と影
 第5章 占領と変容
 第6章 和平への道
 第7章 テロと和平のはざまで
 終章 イスラエルはどこに向かうのか


 ■bk1書評「ミズラヒーム(=中東イスラーム世界出身のユダヤ人)という視点からみたイスラエル現代史」投稿掲載(2009年12月6日)






②『原理主義(思考のフロンティア)』(臼杵 陽、岩波書店、1999)
 
『イスラエル』(臼杵陽、岩波新書、2009)を読んで消化不良を感じた人、あるいはまた物足りないと感じた人はぜひ


「原理主義」(ファンダメンタリズム)という、ある種のレッテル貼りによって、実態を直視しないで思考の外に追い出してしまおうという態度は、日本だけでなく世界的に存在するようだ。

 本書が出版された1999年当時は、「原理主義」といえば、「イスラム原理主義」のことを指していた。その後2001年に発生した「9-11テロ」でこの見方がさらに進行したようにみえたが、最近ではより理性的な議論がされるようになってきてはいる。

 一般社会でも、「イスラム原理主義」よりも、「イスラーム過激派」、「イスラーム主義」ないしは「イスラーム政治運動」などが使用されるようになっている。

 1999年に出版された本書は、当然のことながら「9-11」以降の状況については触れていないが、1980年代以降、世界的に顕著になってきた、宗教に軸をおいた過激な政治運動をどう「名づけ」るかという、やや込み入った議論を第1章「原理主義とは何か」で行っている。

 その上で、第2章では具体的なケーススタディとして、イスラエル国内の「ユダヤ教原理主義」を取り上げ、徹底的な分析を行っている。とくにこの第2章が実に興味深い。

 著者の再近著である『イスラエル』(岩波新書、2009)では、世俗国家理念であるシオニズムの国家像に対して、エスニシティや宗教的姿勢にアイデンティティを置く国家像が全面にでてきたことが記述されている。

 この新書版で簡単に触れられている「ユダヤ教原理主義」の詳しい中身や、アメリカのエヴァンジェリカル(=キリスト教原理主義)に存在する「キリスト教シオニズム」との同床異夢の共犯関係が、本書『原理主義』第2章では詳述されている。

 「ユダヤ教原理主義」の潮流がイスラエルという国をどう変化させてきたのか、宗教思想的な観点から知ることができるのは、大きな収穫であるといえる。そしてまた、アメリカがなぜイスラエルに過剰な肩入れをしているのか、その根本的な理由も知ることができる。

 『イスラエル』を読んで消化不良を感じた人、あるいはまた物足りないと感じた人はぜひ、同じ著者による『見えざるユダヤ人』(平凡社、1998)だけでなく、本書『原理主義』とあわせて読むことをすすめたい。急がば回れ、である。

 本書を読むことで、イスラーム、キリスト教、ユダヤ教の原理主義運動の、一筋縄ではいかない、複雑で危険な三角関係についても知ることができる。これを知ることは、冷戦崩壊後の世界について考える上で、もはや不可欠の常識となっていいのではないだろうか。

 「原理主義」の思考パターンについて、イスラームでもキリスト教でもない、ユダヤ教の「原理主義」について知ることができる本書は、手軽だが内容の濃い一冊であるといえよう。

<目次>
 Ⅰ 原理主義とは何か
  第1章 現代日本の原理主義
  第2章 論争のなかの原理主義
  第3章 方法としての原理主義
 Ⅱ ユダヤ原理主義を考える
  第1章 ナショナリズムと原理主義のあいだ
  第2章 ユダヤ原理主義と暴力
  第3章 原理主義のゆくえ
 Ⅲ 基本文献案内

  
 ■bk1書評「『イスラエル』(臼杵陽、岩波新書、2009)を読んで消化不良を感じた人、あるいはまた物足りないと感じた人はぜひ」投稿掲載(2009年12月8日)






③『見えざるユダヤ人-イスラエルの<東洋>-』(平凡社選書、1998)

中東イスラーム世界出身のユダヤ人であるミズラヒームの存在について、日本語でよめる書籍としてはじめて焦点をあてた先駆的かつ貴重な本である。

 1998年に出版されてすぐに読んだので書評は書いていない。目次を紹介することでそれに替えたいと思う。


プロローグ イスラエルのなかのオリエント
第一部 ミズラヒームとは誰か
 第1章 イスラエルのエスニック文化-モロッコ系ユダヤ人の祭の復活
 第2章 見えざるユダヤ人-ミズラヒームとは誰か
 第3章 ミズラヒームと「文明化の使命」-離散と救済のはざま
 第4章 知られざるユダヤ人-イエメン系ユダヤ人のパレスチナ移民
 第5章 共存の終焉、対立の始まり-ミズラヒームとアラブ・イスラエル
第二部 エスニック・イスラエル?
 第6章 バイリンガル・ハイファ?-ヘブライ語 and/or アラビア語世界
 第7章 マイノリティと国家-民族国家 vs. 民主国家
 第8章 越境する知識人とオリエンタル的植民地-エドワード・サイードとエルサレムとエルサレム・カイロ
 第9章 記憶のなかのオリエント-<地中海>的メトロポリスへの回帰
プロローグ 「オリエント」からの銃弾-ラビン暗殺の衝撃


 『見えざるユダヤ人-イスラエルの<東洋>-』(平凡社選書、1998)は残念ながら現在は品切れ。図書館で借りるか、古本なら入手可能。






 さて以上で"三部作"の紹介を終えるが、現代イスラエルの状況をアシュケナジームとミズラヒームとの違いから図式的に整理すると、以下のようになるだろうか。

●労働シオニズム(あるいは社会主義シオニズム):近代的、西洋的、産業資本的、農村的、世俗的    
●修正主義シオニズム:いわゆる右派のリクード、である。現在の首相はビンヤミン・ネタニヤフ
●ミズラヒーム:地中海性(=レヴァント性):前近代的、地中海的、商業資本的(流通資本)、都市的、宗教的

 ミズラヒームは、モロッコやイラク、トルコ、イラン、イエメンからは主にイスラエルへ移住している。
 ただし、フランスの植民地であったアルジェリア出身のユダヤ人は、植民地の宗主国であったフランスに多く移住し、西欧人として活躍しているケースも多い。
 たとえば、経済学者で思想家、ミッテラン大統領の顧問、欧州復興銀行の初代総裁も歴任したマルチ・タレントの異才ジャック・アタリ、哲学者のジャック・デリダなどが著名である。いずれもフランスによる植民地化以前からのアルジェリア在住のユダヤ人ファミリー出身である。
 インターネット上にアップされている下記の論文はたいへん興味深い内容なので、興味があれば参照するといいだろう。

 ●臼杵陽 「スファラディーム・ミズラヒーム研究の最近の動向 -雑誌『ペアミーム』を中心にして-」の要旨は閲覧可能。
 ●田所光男「北アフリカからのユダヤ人- 思想家、歌手、お笑い芸人-」も興味深い。


 なお、ネット書店のbk1で週に一回更新の「書評の鉄人」コーナーで、私が書いた書評が以下のように紹介されていたので紹介しておこう(2009年12月11日更新)。12月18日現在すでに最新版が更新されて、ネットからは消去されているようなので、写真画像を添付しておく。

書評の鉄人

“サトケン”さんの書評をご紹介します

「多様性と、ユダヤ性強化というナショナリズムとのあいだに存在するジレンマに引き裂かれる状況、これはイスラエルだけでなく、中国も含め、戦後独立した新国家にみな共通する難題であろう」(『イスラエル』の書評)

「本書を読むことで、イスラーム、キリスト教、ユダヤ教の原理主義運動の、一筋縄ではいかない、複雑で危険な三角関係についても知ることができる。これを知ることは、冷戦崩壊後の世界について考える上で、もはや不可欠の常識となっていいのではないだろうか」(『原理主義』の書評)

2本ともこの上なく刺激的。国際情勢について想いをめぐらす際、これからもずっと参考にしたい本であり書評です。事象の根底にあるものを考えさせられます。

(オススメ:人文書担当者)


 本なんていうものはどう読もうと読者の勝手ではあるが、「ミズラヒーム」と「ユダヤ教原理主義」というキー・タームをアタマのなかにいれておくと、世界情勢の見方に厚みが増すことは間違いない。

 イスラエルのポピュラー音楽については、次回以降紹介する予定。

         

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