「アタマの引き出し」は「雑学」ときわめて近い・・日本マクドナルド創業者・藤田田(ふじた・でん)に学ぶものとは?

◆「アタマの引き出し」つくりは "掛け算" だ : 「引き出し」 = Σ 「仕事」 × 「遊び」
◆酒は飲んでも飲まれるな! 本は読んでも読まれるな!◆ 
◆一に体験、二に読書、その体験を書いてみる、しゃべってみる!◆
◆「好きこそものの上手なれ!」◆

<旅先や出張先で本を読む。人を読む、モノを読む、自然を読む>
トについてのブログ
●「内向きバンザイ!」-「この国」日本こそ、もっとよく知ろう!●

■■ 「むかし富士山八号目の山小屋で働いていた」全5回 ■■
 総目次はここをクリック!
■■ 「成田山新勝寺 断食参籠(さんろう)修行(三泊四日)体験記 」全7回 ■■ 
 総目次はここをクリック!
■■ 「庄内平野と出羽三山への旅」 全12回+α - 「山伏修行体験塾」(二泊三日)を中心に ■■
 総目次はここをクリック!


「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!

「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!
ビジネス寄りでマネジメント関連の記事はこちら。その他の活動報告も。最新投稿は画像をクリック!



ご意見・ご感想・ご質問 ken@kensatoken.com にどうぞ。
お手数ですが、コピー&ペーストでお願いします。

© 2009~2026 禁無断転載!



ラベル 保守主義 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 保守主義 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2021年1月29日金曜日

書評『思想家ドラッカーを読む ー リベラルと保守のあいだで』(仲正昌樹、NTT出版、2018)ー ドラッカーをその出発点であった「保守主義」の「政治思想家」として捉える

 
 経営学者ドラッカーの名前を一度も聞いたことがないビジネスパーソンは、まずいないだろう。聞いたことがなくても「目標管理」(MBO:Management by Objective)の人といえばドラッカーのことであり、知らず知らずのうちにドラッカーのマネジメントを実践しているはずだ。 

ピーター・ドラッカーが2005年に亡くなってすでに15年たつが、いまだに日本では「経営学者」として名が通っている。本人は「社会生態学者」と名乗っていた。どうやらドラッカー自身の自己認識と他者認識にズレがあったようだ。 

経営学の範囲を超えた著作活動を行っていたことを考えれば、「社会生態学者」のほうがふさわしいのではないかと私も思っていたが、その理由はこうだ。 

1990年から足かけ3年(正味2年間)にわたって米国にMBA留学していたが、MBAの授業ではドラッカーの「ド」の字も聞いたことがなかったからだ。どうやら、1990年時点で経営学においてはドラッカーはすでに時の人ではなかったことに気づいたのである。 

この認識はドラッカーを「神」として敬ってきた日本ではまったく通用しなかったが、ドラッカー死後の2010年代に入ってから、ようやく日本でも意識されるようになってきた。 

米国帰りの気鋭の経営学者・入山章栄氏の『世界の経営学者はいま何を考えているのか-知られざるビジネスの知のフロンティア』(英治出版、2012年)が出版されてからだ。すくなくとも、米国を中心とした経営学の世界では、ドラッカーはメインストリームではないのだ、と。 


■ドラッカーをその出発点であった「保守主義思想家」として捉える

では、ドラッカーをどう評価していくべきか。その1つは、ドラッカーを思想家として見ることであろう。しかも、経営思想家が誕生する前提である政治思想家としてのドラッカーである。

それは、第2次大戦前夜から始まった社会主義とナチズム、ファシズムの時代を生き抜いた西欧人が、いかに保守主義の政治思想を形成し、大戦後の米国で経営学にたどり着いたかの軌跡を振り返ることになる。 

重要なことは、ドラッカー自身は経営者ではなかった、ということだ。ビジネス関係者ですらない。大学の教職にあった知識人だが、ビジネス界の組織人であったわけではない。回想録のタイトルにあるように「傍観者」(bystander)であり、実践ではなく、徹底した「観察」によって考察を深め、産業社会における「マネジメント」を思想として確立したことにある。 

その意味で、この『思想家ドラッカーを読む-リベラルと保守のあいだで』(仲正昌樹、NTT出版、2018)を読むと面白い。著者は、ドイツを中心にした思想史の研究者である。  

著者は、ドラッカーに心酔しているわけではない。むしろ、自己啓発書が嫌いで、商売やビジネスにかかわることは正直いって苦手、できればかかわりたくない(笑)という思想史の研究者だ。このスタンスは、みずからを「傍観者」と規定していたドラッカーには、意外とフィットしているかもしれない。

この本を読んでも、当然のことながらドラッカー経営学はわからないだろう。「経営思想史」にドラッカーを位置づけた本ではないからだ。ドラッカーのマネジメントが、いかなる「政治思想」の背景から生まれてきたかを跡づけたものだ。 

19世紀末の転換期に爛熟期を迎え、20世紀初頭の第1次世界大戦によって旧社会が崩壊するに至った西欧。そのど真ん中ともいえるドイツ語圏のウィーンで生まれ育ったユダヤ系のドラッカーを、同時代のウィーンから生まれた経済学者のシュンペーターやハイエク、カール・ポランニー(ただしブダペスト生まれ)と比較すると、なにが共通し、なにが相違しているのかをつうじて見えてくるものがある。ここにあげた経済学者たちは、いずれも欧州を去って米国に移り、それ以後は英語で著作活動を行っている「知の巨人」たちだ。 

仲正氏の本書で重要なのは、ドラッカー政治思想の原点ともいうべき、プロイセンの法学者シュタールの「保守主義」の政治思想をくわしく紹介しながら、ドラッカーがシュタールのなにを否定し、なにを受け継いだかを検討していることだ。この作業をつうじて、ドラッカーの「保守主義」思想が、英国のエドマンド・バークやフランスのトクヴィルから来たものではないことが理解されることになる。 


■なぜ日本ではドラッカーが「神」とされたのか

読み進めるうちに、なぜドラッカー経営学が、とくに日本では大いに受け入れられたのか、その理由がおぼろげながら理解されることになろう。 

一言でいってしまえば、それは個人と組織の関係である。社会変動によっってバラバラになってしまった個人に居場所を与える「共同体」としての組織。すくなくとも20世紀までは、この認識が有効に働いていたことは、「日本的経営」がブームとなっていた時代を知っている人には、大いに納得がいくものだ。 

だが、21世紀の現在、デジタル資本主義の急速な進展がドラッカー経営学を陳腐化していることは否定できない。ドラッカー自身も、みずからを経営学者であるよりも、社会生態学者として認識してほしいと願っていたのもそのためだろう。時代はすでにドラッカーをはるかに追い越している。 

とはいえ、ドラッカーのマネジメントに価値がまったくなくなってしまったわけではない。「共同体」としての性格が生きている事業体(それはビジネスに限らない)であれば、その有効性は現在でも大いにあるというべきだろう。ドラッカーの経営思想をノウハウ化してしまえば、それは有効な経営ツールとなる。 


本書『思想家ドラッカーを読む-リベラルと保守のあいだで』は、ドラッカーを経営学という狭い枠組みからはずして、20世紀後半の主要思想を構築した思想家として位置づけるための第1歩である。

ただし、繰り返しておくが、この本を読んでも、ドラッカー経営学はわからないことは言うまでもない。逆に、ドラッカーのマネジメントを知った上で読むと、面白さは倍加するといっていいのではないだろうか。異なる視点でドラッカーを解剖した内容の本となっているからだ。


画像をクリック!




目 次 
まえがき 人文学者、ドラッカーを読む
第1章 ウィーンのドラッカー
 1 世紀転換期のウィーンとユダヤ人
 2 "傍観者" の視点とは
 3 「昨日の世界」からの離脱
 4 ドラッカーのフロイト観
 5 ポランニーの功罪
 6 ドラッカーの基本的スタンス
第2章 守るべきものとは何か? 
 1 法学徒としてのドラッカー
 2 保守主義者シュタール
 3 ヘーゲルからシュタールへ
 4 「法治国家」とは何か?
 5 保守主義と革命のあいだで
 6 保守主義的国家論とは何か?
 7 ドラッカーと「ユダヤ人問題」
第3章 なぜファシズムと闘うのか? 
 1 ファシズム全体主義とは何か?
 2 マルクス主義はなぜ大衆を裏切ったのか?
 3 ブルジョワ資本主義の落とし穴
 4 「脱経済化」するファシズム
 5 「第三の道」としての産業社会
 6 株式会社という権力
 7 「自由」が生み出す正統な権力
 8 保守主義と「産業社会の未来」
第4章 思想としての「マネジメント」 
 1 ドラッカーの経済思想
 2 「イノベーション」の思想史的意義
 3 「イノベーション」のための組織とは
 4 分権的組織の共同体的意義
 5 マネジメントの社会的責任をめぐって
終章 弱き個人のための共同体としての企業
さらに深めたい読者のためのブックガイド
関連年表
あとがき


著者プロフィール
仲正昌樹 (なかまさ・まさき)
1963年、広島県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究博士課程修了(学術博士)。 現在、金沢大学法学類教授。文学や政治、法、歴史などの領域で、 アクチュアリティの高い言論活動を展開している。 著書に『今こそアーレントを読み直す』 (講談社現代新書)、『いまこそハイエクに学べ』(春秋社)、 『日本とドイツ 二つの全体主義』(光文社新書)、『現代ドイツ思想講義』(作品社)、 『集中講義!アメリカの現代思想』(NHKブックス)、『精神論ぬきの保守主義』(新潮選書)、 『現代思想の名著30』(ちくま文庫)など多数。


<ブログ内関連記事>












(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end

2015年1月19日月曜日

書評『中国外交の大失敗 ― 来るべき「第二ラウンド」に日本は備えよ』(中西輝政、PHP新書、2015)― 日本が東アジア世界で生き残るためには嫌中でも媚中でもない冷徹なリアリズムが必要だ


昨年(2014年)11月にようやく実現した日中首脳会談。GDPレベルでは世界の2位と3位である近隣の経済大国どうしの中国と日本。あたらしいリーダーが選出されてから首脳会談がこれまで一度も実現していなかった「異常事態」であったので、まずは一件落着である。

あたかも熟柿が落ちるのを待っていたかのような日本側の粘り腰の勝利である。ここまでは、ニュース報道を聞いただけでも理解はできたことだ。

それにしても奇異に感じられたのは、安倍首相と握手はしているが仏頂面の習近平の画像であろう。習近平の「仏頂面」はいったいっどう「読む」べきなのか、しばらく日本でも話題となってさまざまなコメントが識者から提出されていたが、本書『中国外交の大失敗  ―  来るべき「第二ラウンド」に日本は備えよ』の著者である中西輝政氏は、「あの瞬間、全世界は日本の勝ちを悟った」と断言している。「日中首脳会談で中国外交は敗北した」のである、と。

APEC首脳会議のホスト国である中国。その首脳である習近平主席のメンツがかかったこの会議で、日本はいっさいの妥協なしに首脳会議実現という勝利を収めたのである。これが本書のタイトルであり、「第4章 そして日中首脳会談で中国は敗北した」にその詳細が記されている。

だが、このタイムリーに出版された『中国外交の大失敗』は、日本の外向的勝利は第一ラウンドに過ぎないという警告も同時に行っている。むしろ副題の「来るべき「第二ラウンド」に日本は備えよ」のほうが日本の読者に向けての重要なメッセージであることに気がつかねばならない。

「勝って兜の緒を締めよ」というフレーズが日本語にはある。もちろんわたしも含めて、とかく日本人というものは、勝ってほっとすると、その状態を当たり前のものとみなしてしまいがちだ。安心が慢心になってしまうのである。慢心は、つぎのラウンドでの大敗を招くことは言うまでもない。しかも、外交というものは、スポーツと違って最終ラウンドはないのである。

著者は、習近平という政治指導者を「太った小泉純一郎」だと形容している。その心は「変人」ということだが、まさに言い得て妙だろう。歴代の指導者とはかなり特異なパーソナリティーの持ち主なのである。

だが、重要なことは、すでに建国から70年を経過した中国は成熟段階に達しており、習近平のあとにつづく指導者も、毛澤東以来の「中国の夢」(チャイナ?ドリーム)の実現を追求するのだ、という著者の指摘である。問題は、特異なパーソナリティの持ち主の習近平だけではない。中国共産党そのものにあるのだ。

近代以降の中国にとっての重要な課題は日本対策であることは言うまでもない。「第7章 「対日工作」の歴史が教える次の主戦場」に書かれているが、戦前から現在にいたるまで、中国は日本に対して「対日工作」をおこなってきた。「対日工作」はスパイ小説の話ではない。「いま、ここで」進行中の工作であり、誰もが無意識のうちに協力者となっている可能性もあるのだ。

ビジネスパーソンにとって耳が痛いのは、「経済界に圧力をかければ日本は簡単に動かせる」という中国側の認識であろう。経済界の意向を無視しては、日本では政治は動かせないことを中国は熟知しているのだ。

インテリジェンスの分野においては、中国は米英アングロサクソンをも上回るというのが著者の見立てだが、対日工作にかんしても、じつに徹底的に日本人を研究したうえに構築された戦略に基づいているのである。

中国文明とは異なる日本が、東アジア世界のなかで生き残るには、日米同盟を堅持すべしというのが著者の立場だが、これはイデオロギーによるものというよりもリアリズムに基づく認識というべきだろう。わたしも基本的に賛成だ。

ただし、その同盟国アメリカに対してすらシビアなまなざしで見つめるべきであると注意喚起する姿勢にこそ中西氏の真骨頂があるというべきだろう。とかく日本人は、米国か中国かという二者択一の単線的な思考になりがちだが、インテリジェンスの立場にはそれはない。つねに日本の国益が第一に来るのである。

「冷戦後、日本人の判断を誤らせたアメリカ発の世界像」として、著者は以下の4つをあげている。

① 「歴史の終わり」論 
② 「文明の衝突」論 
③ 「グローバル市民社会」論 
④ 「地域統合による平和と繁栄」論

提唱された当時はおおいに話題を集めた「世界像」だが、いずれもその後の四半世紀の「現実」を前にして敗退している。冷戦後のアメリカの世論誘導が裏目にでたことを十分に認識しなくてはならないのだ。

「日本人自身が判断を誤らせた日本発の世界像」にも切り込んでいる。「東アジア共同体」構想、「国連中心主義外交」の幻想、愚行であった「常任理事会入り運動」。このような迷妄からは、いまや完全に脱却しなければならない。

「日出づる処の皇子、書を日没する処の天子に致す」という国書を随の陽帝にあてて送った聖徳太子の外交こそ、21世紀のわれわれも模範とすべきだという著者の主張にも賛成だ。国家と国家の「対等」の関係こそ、外交の基軸に置くべしという基本姿勢である。そこには嫌中(けんちゅう)も媚中(びちゅう)も生じる余地はない。外交は好き嫌いを前提にしてはならないのだ。リアリズムに徹しなくてはならないのである。

著者の立ち位置は英国流の「保守」(=コンサバティブ)であり、日本語の「保守」とはニュアンスが異なる。むしろユートピアな理想を追わないリアリズムの立場というべきだろう。それは過度な悲観主義にもとづく「自虐」姿勢でも、自信過剰が招きがちな「夜郎自大」でもない

「九条改正を含めた憲法改正が日中に真の安定をもたらす」という著者の主張に違和感を感じる人もいるだろうが、必要なのは「日中友好」という美名ではなく、実利を前提にしリアリズムに立脚した「共存共栄」の道である。

すでに「第二ラウンド」は始まっているのである。外交に終わりはない。


画像をクリック!



目 次

はじめに
第1章 相克の始まりはレーダー照射事件
第2章 尖閣問題「棚上げ論」という愚昧
第3章 超大国が立てつづけに味わった挫折
第4章 そして日中首脳会談で中国は敗北した
 あの瞬間、全世界は日本の勝ちを悟った
 驚嘆の年を禁じ得なかった事前合意文書
 不発に終わった中国のネガティブキャンペーン
 対日問題の利用で生き残りを図った習政権
 第二ラウンドでは「対日工作」が活発化する
 日中外交のあるべき姿を聖徳太子に学べ
第5章 中国共産党は経済危機に耐えられるか
第6章 中韓の「反日戦線」に惑わされるな
第7章 「対日工作」の歴史が教える次の主戦場
 「日中国交正常化」という屈辱的な言葉遣い
 「日本の属国化=日本革命」を狙った毛沢東
 続々と設立された「日中友好」の受け皿組織
 対日「友好工作」をつとめた超一流の工作員たち
 「60年安保闘争」を誘発した北京の戦略とは
 「経済界に圧力をかければ日本は簡単に動かせる」
 戦後日本外交の媚中ぶりが極まった瞬間
 そして中国は「友好」路線を捨て去った
第8章 憲法改正が日中に真の安定をもたらす
 冷戦後、日本人の判断を誤らせた4つの世界像
  ①「歴史の終わり」論
  ②「文明の衝突」論
  ③「グローバル市民社会」論
  ④「地域統合による平和と繁栄」論
 日本外交を傷つけた「東アジア共同体」構想
 「国連中心主義外交」の幻想から目覚めよ
 日米安保を無効化する中国の "必殺兵器"
 恥ずべき愚行だった「常任理事会入り運動」
 九条改正にはもはや一国の猶予もならない
おわりに



著者プロフィール

中西輝政(なかにし・てるまさ)
1947年大阪府生まれ。京都大学法学部卒業。ケンブリッジ大学大学院修了。京都大学助手、三重大学助教授、スタンフォード大学客員研究員、静岡県立大学教授を経て、京都大学大学院教授。2012年に退官し、京都大学名誉教授。専門は国際政治学、国際関係史、文明史。1997年『大英帝国衰亡史』(PHP研究所)で毎日出版文化賞、山本七平賞を受賞。2002年正論大賞受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<関連サイト>

「対中国外交-来るべき「第2ラウンド」に備えよ」(中西輝政(京都大学名誉教授)、PHP Biz Online 衆知 2015年1月5日)

日中首脳会談(外務省、平成26年11月10日)

戦後70年の今年、中国が仕掛けてくる“罠” (北野幸伯・国際関係アナリスト、2015年2月4日)

(2015年3月6日 情報追加)


<ブログ内関連記事>

書評 『大英帝国衰亡史』(中西輝政、PHP文庫、2004 初版単行本 1997)-「下り坂の衰退過程」にある日本をどうマネジメントしていくか「考えるヒント」を与えてくれる本


現代中国

書評 『中国台頭の終焉』(津上俊哉、日経プレミアムシリーズ、2013)-中国における企業経営のリアリティを熟知しているエコノミストによるきわめてまっとうな論 ・・中西輝政氏もこの本を詳しく取り上げている

書評 『語られざる中国の結末』(宮家邦彦、PHP新書、2013)-実務家出身の論客が考え抜いた悲観論でも希望的観測でもない複眼的な「ものの見方」

書評 『中国は東アジアをどう変えるか-21世紀の新地域システム-』 (白石 隆 / ハウ・カロライン、中公新書、2012)-「アングロ・チャイニーズ」がスタンダードとなりつつあるという認識に注目!

書評 『習近平-共産中国最弱の帝王-』(矢板明夫、文藝春秋社、2012)-「共産中国最弱の帝王」とは何を意味しているのか?


日本文明は中国文明とは異なる文明世界

梅棹忠夫の『文明の生態史観』は日本人必読の現代の古典である!
・・日本文明が中国文明ともインド文明とも違う独自の存在であること

書評 『「東洋的専制主義」論の今日性-還ってきたウィットフォーゲル-』(湯浅赳男、新評論、2007)-奇しくも同じ1957年に梅棹忠夫とほぼ同じ結論に達したウィットフォーゲルの理論が重要だ

書評 『日本文明圏の覚醒』(古田博司、筑摩書房、2010)-「日本文明」は「中華文明」とは根本的に異なる文明である

聖徳太子の「十七条憲法」-憲法記念日に日本最古の憲法についてふれてみよう!


ユートピア幻想の戦後史
  
書評 『革新幻想の戦後史』(竹内洋、中央公論新社、2011)-教育社会学者が「自分史」として語る「革新幻想」時代の「戦後日本」論

「ユートピア」は挫折する運命にある-「未来」に魅力なく、「過去」も美化できない時代を生きるということ
・・「戦前」の右翼、「戦後」の左翼は、ともにユートピア思想の系譜につらなるものである


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどう
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end

2014年6月24日火曜日

書評『追跡・アメリカの思想家たち』(会田弘継、新潮選書、2008)ー アメリカの知られざる「政治思想家」たち



1980年代のレーガン大統領以降の「保守革命」が定着し、リベラリズムが退潮傾向になって久しいアメリカだが、アメリカにも「反近代」の立場に立脚する、ヨーロッパ型の「保守主義」が存在することがまず冒頭であきらかにされる。

本書は、その担い手であったラッセル・カークという在野の思想家に共鳴を示しつつ「保守主義」にフォーカスを合わせ、アメリカの政治思想を、保守からリベラルまで、人物とその思想のスケッチによって浮かび上がらせたものだ。だから正確なタイトルは、「アメリカの思想家」というよりも「アメリカの政治思想家」とすべきなのである。

月刊情報誌『フォーサイト』に連載されていたとき(2003年)にリアルタイムで読んでいたが、あらためて一冊になったものを、さらに出版から一定の時間をおいて読むことで、冷静にアメリカの政治思想を把握することが可能になった。冷却期間という時間は人をして冷静にさせる。

なによりもジョージ・ブッシュ政権時代前期のネオコン(=ネオ・コンサヴァティズム)の狂躁の日々が去ってから久しい現在、かれらがいったい何であったのかを冷静に捉えることができるのは意味があることだ。

すでに当時から、その本質は保守主義ではなく「リベラル左派」が「リベラル右派」に変身した、理想実現志向の社会変革思想であることは明らかになっていたが、本書ではその思想の根源がニューヨークのユダヤ人移民社会から生まれたものであることなど、思想が生まれる背景としての地域性も明らかにされている。経営用語でいえば「クラスター」というべきであろう。

このほか本書で取り上げられた「政治思想」には、キリスト教ファンダメンタリズム(=原理主義)や極限の自由を追求するリバタリアン、おなじく自由を希求しながらも大きな政府志向であるリベラリズムも、「思想地図」ともいうべき色分けが可能なほど、地域性が明確であることも明らかにされている。

それぞれ、キリスト教ファンダメンタリズム(=原理主義)は南部のいわゆる「バイブル・ベルト」リバタリアニズムはカリフォルニアリベラリズムは東部から西部にかけての北部地域に分布している。

特定の「思想」と「地域」を結びつけて考えることで、アメリカをより立体的に捉えることが可能となる。

(会田弘継氏作成の「地域別に見たアメリカの思想傾向」 P.222より)

著者自身、「アメリカに思想なんてあるのか?」という問いをなんどもされていると本書のなかで触れているが、たしかにアメリカにも「思想」は存在するのである。政治思想に限らず、経済思想や宗教思想などにも範囲を拡張すれば、明らかに思想は存在することがわかる。その担い手たちの知名度が世界レベルの高さがないとしても。

だが、本書では政治思想に関連する部分だけにしか言及されないのが残念なところだ。宗教思想でいえば原理主義もさることながら、「自己啓発」の思想である「ニューソート」(New Thought)への言及もまた必要だろう。

「思想」(thought)とは過去形で表現される「思考されたもの」であり、現在形で表現される「思考」(thinking)そのものとはイコールではないが、経営者の思想、エンジニアの思想、活動家の思想など、取り上げるべきものは多い。TED などでアイデアを披露している、「思想家と名乗っていない思想家」の思索や実践活動もまた、きわめてアメリカ的なものも少なくないことは指摘しておくべきだろう。

『フォーサイト』の連載にはなく単行本化にあたって加えられたのが、「エピローグ 戦後アメリカ思想史を貫いた漱石の「こころ」」である。人と人との「つながり」のなかで思想は生まれ、後代に継承されていくという経緯を物語としてつづったものだ。

著者が敬愛してやまないヨーロッパ型保守思想の大物ラッセル・カークというアメリカ人、経済学者でリバタリアン思想のフリードリッヒ・フォン・ハイエクというオーストリア人、『こころ』の英訳者エドウィン・マクレランといいうスコットランド出身の英国人、そして文芸評論家であった江藤淳という日本人。

漱石の『こゝろ』の英訳本がつないだ意外な「つながり」と「きずな」。これは思想のドラマの背後にあるものを鮮やかにみせてくれるものであった。著者によって初めて掘り起こされたこの「物語」は、静かな感動をもたらしてくれる。

ことし2014年は、漱石の『こゝろ』が出版されてからちょうど100年。明治大帝の崩御から2年後の2014年は第一次世界大戦が勃発した年でもあった。

アメリカの政治思想を語るには、ヨーロッパや日本もまた欠かすことのできない重要な要素なのである。古代ギリシアに始まるヨーロッパの政治思想を研究した、ネオコン思想家の日系人フランシス・フクヤマと徳富蘇峰との関係についての「追記」を読むと、さらにその感を強くする。


画像をクリック!


目 次

プロローグ メコスタ村へ
第1章 戦後保守思想の源流-ラッセル・カーク(1918~94)
第2章 ネオコンの始祖-ノーマン・ポドレッツ(1930~)
第3章 キリスト教原理主義-J・グレシャム・メイチェン(1881~1937)
第4章 南部農本主義-リチャード・ウィーバー(1910~63)
第5章 ネオコンが利用した思想-レオ・シュトラウス(1899~1973)
第6章 ジャーナリズムの思想と機能-H.L.メンケン(1880~1956)
第7章 リベラリズム-ジョン・ロールズ(1921~2002)
第8章 リバタリアン-ロバート・ノジック(1938~2002)
第9章 共同体主義-ロバート・ニスベット(1913~96)
第10章 保守論壇の創設者-ウィリアム・バックリー(1925~2008)
第11章 「近代」への飽くなき執念-フランシス・フクヤマ(1952~)
追記 フランシス・フクヤマと徳富蘇峰
エピローグ 戦後アメリカ思想史を貫いた漱石の「こころ」
あとがき
参考・引用文献一覧
関連図表

著者プロフィール 
会田弘継(あいだ・ひろつぐ) 
1951年埼玉県生まれ。東京外国語大学英米語学科卒業後、共同通信社に入社。ワシン著書に『戦争を始めるのは誰か』、訳書に『アメリカの終わり』(フランシス・フクヤマ著)などがある。 (本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


PS 本書の増補改訂版が、『増補改訂版 追跡・アメリカの思想家たち』として、中公文庫から出版れた。増補されたのは、「第13章 「トランプ現象」とラディカル・ポリティクス」である。(2016年8月14日 記す)


画像をクリック!



<関連サイト>

蘇った米国のネオコン 混沌とした世界がブッシュ時代の保守派に息吹(JBPress、 2014年6月24日)
・・Financial Timesの翻訳記事。「ネオコン(新保守主義者)たちは何度も息を吹き返す。電流は一定の間隔でやって来る。シリアによる化学兵器の使用、ロシアによるクリミア併合、中国が海上で強めている攻撃的な姿勢、そしてイラクにおけるスンニ派の過激派の再来といったものだ」  「新」保守派が「リベラル右派」であることを念頭に読むべき


<ブログ内関連記事>

アメリカの思想家

自分のアタマで考え抜いて、自分のコトバで語るということ-『エリック・ホッファー自伝-構想された真実-』(中本義彦訳、作品社、2002)
・・わたしにとっては、 『追跡・アメリカの思想家たち』(に取り上げられたどの政治思想家よりも、ホッファーのほうがアメリカの哲学者・政治思想家としてはるかに重要だ

映画 『ハンナ・アーレント』(ドイツ他、2012年)を見て考えたこと-ひさびさに岩波ホールで映画を見た
・・アーレントもまたニューヨークの亡命ユダヤ系知識人の一人で政治思想家


アメリカのビジネス文明とキリスト教・ユダヤ教

書評 『アメリカ精神の源-「神のもとにあるこの国」-』(ハロラン芙美子、中公新書、1998)-アメリカ人の精神の内部を探求したフィールドワークの記録
・・アメリカの一般人の深層にあるものを押さえておかないと、表層の思想を追っても意味はない

「宗教と経済の関係」についての入門書でもある 『金融恐慌とユダヤ・キリスト教』(島田裕巳、文春新書、2009) を読む
・・ユダヤ教、キリスト教と資本主義ビジネスの関係について、ユダヤ教とキリスト教を区分して考えるべきことを私が解説。「ユダヤ・キリスト教」という表現は、誤解を生みやすい。


オカルトと宗教テロリズム

書評 『現代オカルトの根源-霊性進化論の光と闇-』(大田俊寛、ちくま新書、2013)-宗教と科学とのあいだの亀裂を埋めつづけてきた「妄想の系譜」
・・アメリカを中心とした英語圏に特有のオカルト思想について

スティーブ・ジョブズの「読書リスト」-ジョブズの「引き出し」の中身をのぞいてみよう!
・・いわゆる「ニューエイジ」宗教の影響の濃厚なジョブズとカリフォルニア

『エコ・テロリズム-過激化する環境運動とアメリカの内なるテロ-』(浜野喬士、洋泉社新書y、2009)を手がかりに「シー・シェパード」について考えてみる
限りなく宗教的といってもいい英語圏に特有の環境運動の根底にある思想



「ビジネス文明」国アメリカの「思想」

書評 『超・格差社会アメリカの真実』(小林由美、文春文庫、2009)-アメリカの本質を知りたいという人には、私はこの一冊をイチオシとして推薦したい

The Greatest Salesman In the World (『地上最強の商人』) -英語の原書をさがしてよむとアタマを使った節約になる!


「変革思想」としての右・左

書評 『近代日本の右翼思想』(片山杜秀、講談社選書メチエ、2007)-「変革思想」としての「右翼思想」の変容とその終焉のストーリー
・・右も左も変革思想であることは本質的に共通

「ユートピア」は挫折する運命にある-「未来」に魅力なく、「過去」も美化できない時代を生きるということ
・・右であれ左であれ、政治上の「社会変革思想」は確率的にその大多数が挫折する運命にある。ビジネスによる「社会変革」も成功したのはほんとうに一握りにすぎない


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end

2009年8月23日日曜日

書評『新大東亜戦争肯定論』(富岡幸一郎、飛鳥新社、2006)―「太平洋戦争」ではない!「大東亜戦争」である! すべては、名を正すことから出発しなくてはならない




「太平洋戦争」ではない!「大東亜戦争」である! すべては、名を正すことから出発しなくてはならない

 「太平洋戦争」ではない! 「大東亜戦争」である!

 すべては、名を正すことから出発しなくてはならない。

 米国を中心とした連合国による占領軍が、敗戦国日本の国民に対して、厳しい検閲をとおして徹底させた「太平洋戦争」というネーミング、ここに戦後日本人の精神を歪めた最大の問題点、そしてその出発点がある。

 「太平洋戦争」とは、米国による太平洋支配という世界観からでてきた概念であり、米国による占領政策を象徴的に表現したものでもあった。戦後の日本人は占領軍による洗脳、呪縛のもとに六十数年を過ごしてきたことになる。

 『新大東亜戦争肯定論』(富岡幸一郎、飛鳥新社、2006)の著者は、「大東亜戦争」が何のために戦われた戦いなのか、講和条約が成立し独立を回復して以降も、日本人はこの問いを自ら封印し、隠蔽してきたことに、戦後日本人の精神的退廃の原因、そして何度謝罪してもアジア諸国で受け入れられてこなかったことの原因があると見る。

 私はビジネスをつうじて東南アジア、とくにタイにかかわってきたが、現地にいてどうもしっくりこなかったのが「太平洋戦争」というネーミングなのである。

 もちろん私の世代は、歴史教育をつうじて「太平洋戦争」と教え込まれてきたのであり、これまで何の疑問もなくこの表現を使用してきた。

 しかしあるとき気がついたのは、当時は南方とよばれた東南アジアで日本が戦ったのは米国ではなく、主に大英帝国だったという事実である。ミャンマー(ビルマ)は当時は英領ビルマ、マレーシアとシンガポールは英領マラヤ、ベトナムは仏領インドシナ、インドネシアは蘭領東インド、であった。すべてが太平洋に面した地域ではない。

 そんなときに読んだのが、インドネシア現代史研究家・倉沢愛子の『「大東亜」戦争を知っていますか』(講談社現代新書、2002)である。倉沢氏は「大東亜」戦争と、大東亜をカッコつきで記述しているが、日本軍のマレー半島上陸のほうが、米国の真珠湾攻撃よりも早かったのである、という事実を教えてくれた。戦場となった東南アジアからみた「大東亜」戦争を語った本である。

 近年、日本の現代史研究家のあいだで「アジア太平洋戦争」というネーミングが使用されているのを時々目にすることがある。学術的なネーミングとしては、「太平洋戦争」というネーミングの問題点を修正しようとする意図が感じられるので、一見すると一歩前進したようにもみえるが、しかしながらとってつけたような印象はぬぐえない。

 それならいっそのこと、開戦時使用された歴史的名称である「大東亜戦争」でいいではないか

 本書の著者は、むしろ積極的な意味で「大東亜戦争」といっている。

 これは本書のタイトルが、林房雄の『大東亜戦争肯定論』(1964・1965)を踏まえたものであることからもそれがわかる。林房雄は、大東亜戦争は明治維新の以前、幕末の西洋列強の軍艦の出現に始まる「東亜百年戦争」であった、と書いているという。アジアのなかではいち早く西洋近代化した日本が、自存自衛のために西洋列強と戦った戦いなのであると。

 日本は、アジア解放をスローガンとして戦ったが、死力を尽くした末、戦争には敗れ去った。しかし、「大東亜戦争」がきっかけとなり、結果としてアジア諸国の独立が達成されることとなる。

 本書は、1957年生まれの戦後世代の文芸評論家による、本質に迫った議論の書である。著者は、戦後日本に対して、読者に対して、真っ向から直球で勝負してくる。

 引用された数々の日本人の声、この多数の引用文は厳選されたものであろう。著名人だけではない、特攻作戦で散華していった若者の声も引用されている。これら引用文を読むと、日本人がその時、いかなる考えをもって事に臨んだのか、手に取るように伝わってくる。

 たしかに日本は無謀な戦いを戦い、日本人の多くが死んだだけでなく、近隣諸国にも多くの死傷者を出したことはまぎれもない事実である。

 しかし、何のための戦いだったのか、なぜ日本は戦わねばならなかったのか。この歴史的事実をきちんと見直さなくては、戦後日本のゆがみを正すことはできない、近隣諸国との真の意味での正常化は困難であり、ましてやアジアでも世界でも尊敬を受けることなどほど遠い。

 現在に生きるわれわれは、当然のことながら戦後日本の経済復興と経済成長を十二分に享受してきたのであり、戦後そのものを全否定するのはナンセンスである。

 しかし、経済的な達成の果てに得たものはいったい何だったのか、何かが精神的に欠けているのではないか、何かがおかしいのではないか・・・という感覚はつねに感じてきたはずである。そしていまやこの国は問題が噴出し、手のつけられない状況になりつつある。大東亜戦争ときちんと向き合ってこなかったつけが回ってきているのではないか。

 本書は、こういった疑問をもっている人にとって、間違いなく考えるヒントを与えてくれる本である。

 本書は、何か特定の主義にのっとって、その主張を煽るといったたぐいの本ではない。また戦前・戦中を絶対視する議論でもない。

 著者の姿勢は終始一貫して冷静である。それだけに数多くの引用文が訴えかけてくる声に、読者は耳を澄ますことになるのだ。

 われわれは、何か本当に重要なことを見ないふりをしてきたのではないか、と。



■bk1書評「「太平洋戦争」ではない!「大東亜戦争」である! すべては、名を正すことから出発しなくてはならない」投稿掲載(2009年8月19日)



画像をクリック!



<書評への付記> 

名を正すということ

 書評のタイトルに、「名を正す」という表現を使用した。これは、論語でいう「正名」(せいめい)のことである。

 出典は、論語巻第七 子路第十三、引用は岩波文庫版(金谷治校注)による。
子曰 (中略) (子のたまわく)
名不正則言不順 (名正からざれば則ち言順わず)
言不順則事不成 (言順わざれば則ち事成らず)
 (中略)
故君子名之必可言也 (故に君子はこれに名づくれば必ず言うべきなり)
言之必可行也 (これを言えば必ず行うべきなり)
 (後略)

 つまり、ひらたくいえば「名は体を表す」ということで、このケースでいえば、「太平洋戦争」という名を使う限り、アメリカ占領軍による洗脳の呪縛が解けぬまま、米国支配層のお先棒担ぎを続けることになることを意味する。

 「大東亜戦争」という名に変えることで、本来あるべき姿に戻すことになる。たとえこの戦争の結果敗れさり、多大な損害がもたらされたとしても、日本人として歴史に対して責任をもつという倫理的な姿勢を内外に示すことになるわけである。決して右翼的な発言ではない。

 私自身は特に儒教が好きだというわけではないが(・・統治者の側の論理が中心の儒教は、むしろうっとおしいと思っている)、この「正名」という考えは、基本的な倫理としてきわめて重要であると考えている。

 名、あるいは名前というものは、実はそんなに簡単なものではない。近代言語学生みの親であるソシュールに従えば、名前(フランス語でシニフィアン:signifiant、英語なら signifying)と名前がさしている内容(シニフィエ:signifié、英語なら signified)との関係は、本来は必ずしも必然的ではない、恣意的な関係である。

 たとえば、四つ足動物で人間が家畜化し、ペットとしてかわいがっていて飼い主に忠実な動物のことを日本語ではイヌとよんでいるが、それをイヌとよぶのは慣習からであって、そもそもなぜ日本ではそれがイヌという二音節の音声でよばれるようになったかについては不明だし、しかも必然性はない。

 しかし名付けという能動的な行為によって、その名前によって意味される内容が形成されていくことは、ペットの名付けを考えてみればすぐに了解されるだろう。

 たとえば、自分の犬にポチ(・・小さいを意味するフランス語プチから)と名付けるのか、HACHI(・・忠犬ハチ公)と名付けるのか、ビンゴ(・・シートン動物記の名犬ビンゴ)と名付けるのか、名付け自体は恣意的なものだが、名付けの行為以後は、その子犬はHACHIとして生きることになり、犬と家族との物語が形成され、それは蓄積されていくのである。不可逆で重層的な厚みをもった時間の集積、これが歴史というものの本質だ。

 以前、ブランドについて経営学の観点から研究を行った際に、固有名詞とは何か、名前とは何か、命名とは何か、名前が資産として価値を持つとはどういうことか、ということについて徹底的に検討を加えたことがある(・・2002年に執筆したが論文は未刊行)。ブランドとは、つまるところ固有名詞だからだ。

 煩瑣になるのでここでは書かないが、名と命名について、ひとつだけ引用を行っておく。イスラーム哲学の世界的権威で言語哲学者であった筒俊彦博士の遺著 『意識の形而上学-『大乗起信論』の哲学』(中央公論社、1993)からの引用である。
「・・あるものに何々という名をつけることは、たんに何々という名をつけるだけのことではない。命名は意味分節行為である。あるものが何々と命名されたとたんに、そのものは意味分節的に特殊化され、特定化される」(P.27 引用は単行本 太字ゴチックはは引用者=さとう)

 ここでいう「意味分節」とは、意味による存在の切り分けを意味するコトバで、言語のもつ本源的な機能そのものである。

 「大東亜戦争」は、そもそもの時点において「大東亜戦争」と命名され、戦いが開始されたのである。戦争責任者である政治家、軍人だけでなく、一般国民も賛成するにせよ反対するにせよ、それとして受け取り、ある者は従軍し、ある者は銃後を守り、ある者は投獄され、ある者は・・・・、すべて日本国民はこの歴史創造行為に直接的であれ、間接的であれ関与したのである。これは紛れもない事実であって、この事実を否定することが、精神の歪み、自己欺瞞を生み出してきたことは否定できないであろう。

 「大東亜戦争」は「太平洋戦争」と改竄されることによって、日本人は歴史形成の主体を奪われたままになっているのである。だから名は正さなくてはならないのである。「大東亜戦争」とよぶことによって、日本人は再び歴史形成の主体として復帰することとなる。これは正常化プロセスの一環として捉えるべきであろう。
 
 正直いって、私も「大東亜戦争」という名称は、使用するのは抵抗感があった。何か右翼的な、リビジョニスト的な響きがあったためだ。それだけ、知らず知らずのうちに「太平洋戦争」という刷り込みをされ、洗脳されていたことになる。

 いまから5~6年前だったろうか、前職で会社の顧問をお願いしていた方から、こういうことをいわれたのである。「もしあなたが将来、若者の教育に従事する気持ちがあるのなら、大学の先生になるなどとは考えず、私塾を開きなさい。そしてまず何よりも大東亜戦争についてキチンと教える必要がある」、と。

 「大東亜戦争ねえ・・・」と内心では思ったが、そのときは私は何も答えなかった。

 その方はある商社出身で、機械部品の分野では生き字引のような人であり、現在でも何社もハイテク関係の会社の社長もやっている方である。長年海外取引に従事してきた国際ビジネスマンで英語は完璧、なんと第一回のダヴォス会議に出たことがあるという人なのだが、そのような経歴をもった方からそういうことをいわれたので、ずっと気になっていたのである。いや、そういう人であるからこそ、健全な意味でのナショナリストであり、またそういう姿勢が根本にないと、国際的な場面ではプレイヤーとして尊敬もされないのだろうな、と。

 また、書評のなかでも触れているが、インドネシア現代史研究家・倉沢愛子の『「大東亜」戦争を知っていますか』(講談社現代新書、2002)などをよむうちに、自分のなかでも、「太平洋戦争」という名称はおかしいのではないか、と段々思うようになってきたというわけである。

 私があえて「大東亜戦争」という名称を使う理由は以上のとおりだ。

 けっして何か特定の政治的立場に基づいた見解ではない。私は右であれ、左であれ、安直なレッテル張りには嫌悪感以外のなにものも感じない。レッテル張りとは、思考力の欠如、知性の欠如以外のなにものでもない。

 富岡幸一郎氏は本書中でいくつも引用をしているが、ひとつだけ「お粗末な発言」を引用している。評論家で作家・立花隆の発言である(p.80)。「9-11」直後の状況において、立花隆は特攻隊と自爆テロを同じものとみなし、きわめて粗雑な言説をまき散らした

 自爆テロが非戦闘員である一般市民を巻き込む無差別攻撃であるのに対し、特攻はあくまでも交戦国の戦闘員に対してのみ行われた攻撃であること、また特攻隊員の多くが出撃にあたって、祖国のために死ぬことの意味を真剣に考え抜き、残していく家族への思いを遺書や手紙に残していること、これらの事実を読み取ることもできず、十把一絡げに軍国主義と総括する粗雑な議論なのだ。

 立花隆は、ありとあらゆる分野につうじているということで、かつては「知の巨人」などともてはやされたことがある。しかし、とんだ「痴の虚人」ぶりではないか。トンデモ発言のオンパレードである。

 かなり以前から立花隆はなんかヘンだぞ、といわれてきており、何冊も本がでている。たとえば、『立花隆「嘘八百」の研究-ジャーナリズム界の田中角栄、その最終真実。(別冊宝島Real)』(宝島社、2002)、『立花隆の無知蒙昧を衝く-遺伝子問題から宇宙論まで-』(佐藤進、社会評論社、2001)、『立花隆先生、かなりヘンですよ-「教養のない東大生」からの挑戦状!-』(谷田和一郎、宝島社文庫、2002)などなど。

 風呂敷を広げすぎて、無責任な放言が増えたようだ。かつては『日本共産党の研究』(講談社、1978)や『中核vs革マル』(講談社、1975)など、緻密な取材に基づいた、すごくいい仕事をしてたのに・・・。他山の石としなくてはならない(・・な~んていう私は「知の巨人」からはほど遠い存在ではありますが・・しかし、哲学者ヴィトゲンシュタインではないですが、知らないことは知らないとして安易に発言はしないようにはしております、はい)。

 歴史と倫理の問題、これは今後も深く考えていかねばならない。「歴史の審判」は必ず下されるからだ。これはまさに倫理にかかわるものだ。

 誰もが歴史から逃れることなどできないのだ。



PS
101本目の投稿でイヌについて語ったのは、意図的にしたわけではない。投稿アップ後に誤字脱字を修正している段階で気がついた。ディズニーの「101匹わんちゃん大行進」とのシンクロ(ニシティ)ですかねー?

読みやすくするために改行を増やし、重要なポイントは太字ゴチックとした(2013年7月13日 記す)
                         
  

<ブログ内関連記事>

「精神の空洞化」をすでに予言していた三島由紀夫について、つれづれなる私の個人的な感想

書評 『日本近代史の総括-日本人とユダヤ人、民族の地政学と精神分析-』(湯浅赳男、新評論、2000)-日本と日本人は近代世界をどう生きてきたか、生きていくべきか?

書評 『マンガ 最終戦争論-石原莞爾と宮沢賢治-』 (江川達也、PHPコミックス、2012)-元数学教師のマンガ家が描く二人の日蓮主義者の東北人を主人公にした日本近代史

書評 『アメリカに問う大東亜戦争の責任』(長谷川 煕、朝日新書、2007)-「勝者」すら「歴史の裁き」から逃れることはできない

書評 『原爆を投下するまで日本を降伏させるな-トルーマンとバーンズの陰謀-』(鳥居民、草思社、2005 文庫版 2011)

「神やぶれたまふ」-日米戦争の本質は「宗教戦争」でもあったとする敗戦後の折口信夫の深い反省を考えてみる

(2015年7月25日 項目新設)


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどう
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end