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2023年1月7日土曜日

書評『「孟子」の革命思想と日本 ― 天皇家にはなぜ姓がないのか』(松本健一、昌平黌出版会、2014)― 日本という国の根底に流れているものは何か?

 


この本は面白い。じつに面白い。日本という国を知るためには必読書といっていいのではないか。 

松本健一氏は、日本の近世と近現代の思想を、人物を中心に描いてきた多作の人だ。惜しくも2014年にお亡くなりになったが、遺著となったこの本は、図らずも松本氏にとっての集大成、あるいは総決算のような内容になっている。 

「天皇家にはなぜ姓がないのか」という副題にまず目がいく。これは序章のタイトルでもあるが、なかなかうまい導入である。だが、それだけでなく、この本の底流に流れるテーマでもある。 

天皇家だけに姓がないのは、天皇が姓をあたえる存在であるのに対し、それ以外は天皇から姓をあたえられる存在だからである。 

著者は、この仕組みは、おそらく7世紀の天武天皇の時代に確立したのであろうと推測している。もちろん仮説であって確証があるわけではないが、きわめて説得力のある議論だ。 

なぜそうなったか? それは、日本という国が、王朝の交替が発生する中国とは違う国であることを明確にするためであろう。著者はそう整理する。 中国は「易姓革命」の国であるが、日本はそうではないのだと。

「日本」という国名じたい、その頃に確立したものだ。 兄の天智天皇の子から帝位を奪い取った天武天皇は、実質的には儒教的な意味での「革命」によって権力を握った存在である。だからこそ、自分の子孫にはそんなことが起こらないよう、深慮を巡らしたのであろう。「革命」はだめだが、「維新」なら良い、と。 

ここで意味をもってくるのが「孟子」なのだ。「孔子」とならんで「孔孟」と称される儒教の聖人であるが、上に立つ人の民に対する「仁」を重視した孔子とは違って、その2世紀に生きた孟子は、「義」を重視し、民に「仁」を施さない王は倒してもよい、とした。 

日本語では「仁義」と熟語的にもちいるが、「仁」と「義」はベクトルの方向が違うのである。「仁」は上から下へ、「義」は下から上に働くものだ。 

つまり孔子が「統治する側」の論理と倫理であるのに対し、孟子は「統治される側」の論理と倫理を重視しているのである。一言でいってしまえば、孟子の思想は「民主思想」であり、「革命思想」なのである。 

朱子学を体制の学とした徳川幕府であるが、「四書五経」に含まれる『孟子』は「教養」として教えるだけで、『孟子』を「実践」として強調しないようにしてきた。 

幕末の志士たちの根底で、行動の原動力となっていたは「陽明学」だとされることが多いが、それよりも「孟子」のもつ「革命思想」の方こそ重要ではないかと著者はいう。 

吉田松陰、西郷隆盛、そして北一輝。いずれも「孟子」を重視した「革命家」たちである。吉田松陰が孟子を読み抜くことで生まれたのが『講孟余話』である。孟子の影響が大きいことがわかる。 

西郷もまたそうであり、「昭和維新」(≓「226事件」)の思想的バックボーンであった北一輝もまたそうだったのだ。だが、北一輝は失敗に終わった。 

権力奪取の段階では「孟子」が重視されるが、権力基盤が確立し安定してくると「孔子」が重視され、「孟子」は背景に追いやられる。日本史をこの繰り返しとみると、また違った姿が見えてくることだろう。 

著者によれば、現在の中国共産党も悪名高き「孔子学院」にあるように「孔子」は強調しても、「孟子」は学校では教えていないらしいのだ。「孟子」のもつ「民主思想」と「革命思想」が怖いのだろう。 

現在の日本では、すでに儒教はおろか、孔子も孟子もたんなる「教養」、あるいは「知識」レベルの存在となってしまっているのだが、それでも見えないところで孔孟の思想が作動しつづけているといっていいのかもしれない。 

そんなことを考えるためにも、ぜひ一読するべきだと思う。話の展開だけでなく、語り口もまた大いに読ませるものだからだ。 


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目 次
序章 天皇家にはなぜ姓がないのか
第一話 日本国の成り立ちと『孟子』 
第二話 革命のない天皇制国家へ 
第三話 『孟子』は日本に入らなかったか? 
第四話 国学思想と『孟子』 
第五話 吉田松陰の「国体」論 
第六話 西郷隆盛の「至誠」 
第七話 北一輝の「民主革命」 
第八話 近代日本のなかでの教養 ― 新渡戸稲造・福沢諭吉・丸山眞男 
第九話 『孟子』は忘却されたか ― 三島由紀夫・司馬遼太郎・河上徹太郎 
あとがきに代えて

著者プロフィール
松本健一(まつもと・けんいち)
日本の評論家、思想家、作家、歴史家、思想史家。麗澤大学経済学部教授。 中国日本語研修センター教授、麗澤大学経済学部教授、麗澤大学比較文明文化研究センター所長、一般財団法人アジア総合研究機構評議員議長、東日本国際大学客員教授、内閣官房参与(東アジア外交問題担当)などを歴任した。主な著書に『近代アジア精神史の試み』(岩波現代文庫、アジア・太平洋賞受賞)、『日本の近代1 開国・維新』(中公文庫、吉田茂賞)、『評伝北一輝 全五巻』(中公文庫、毎日出版文化賞・司馬遼太郎賞)など多数。2014年没。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものに wikipedia 情報で加筆)


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2021年12月30日木曜日

書評『明治維新の研究』(津田左右吉、毎日ワンズ、2021)―「明治維新」を政治プロセスと政治道徳の観点から見た身もふたもない歴史評論

 

 『明治維新の研究』(津田左右吉、毎日ワンズ、2021)を読了。日本の近現代史のはじまりともいうべき「明治維新」を、政治と政治道徳の観点から俯瞰的に見た、身もふたもない歴史評論というべき内容の本。  

著者自身はそういう言い方はしていないが、「薩長史観」(=王政復古史観)と同時に「皇国史観」も否定している。 

歴史学者の津田左右吉(つだ・そうきち)が、戦後昭和20年(1946年)から没年の1961年まで雑誌などで発表した論考を編集して1冊にしたものだ。 

津田左右吉は早稲田大学教授だったが、戦前に古代史研究を皇国史観の学者たちから批判され、「不敬」だとして古代史関連の著書が発禁になるという被害にあっている。だが、あくまでも実証主義の歴史家であって、マルクス主義者ではなかった。 

いまから40年前の大学時代に『文学に現れたる我が国民思想の研究』という、岩波文庫で8冊にも及ぶ本を通読して大いに感心したことがあるが(・・われながら、よくあんな本を読んだなと思う。当時出たばかりの加藤周一の『日本文学史序説』のつぎに読んだと記憶する)、『明治維新の研究』もまた、やや平版な記述が最初から最初までつづく文体で、正直いって読みやすい本ではない。  

基本的に、「明治維新」の政治プロセスを解剖するかのように記述している論考が7つ収録され再編集されている。 以下に目次を紹介しておこう。

はじめに-明治維新史の取り扱いについて 
第1章 明治の新政府における旧幕臣の去就
第2章 幕末における政府とそれに対する反動勢力
第3章 維新前後における道徳生活の問題
第4章 トクガワ将軍の「大政奉還」
第5章 維新政府の宣伝政策
第6章 明治憲法の成立まで
おわりに-サイゴウ・タカモリ

初出情報がないのが残念だが、いずれも「戦後」に発表されたものだ。固有人名がカタカナ書きなのは著者独自の考えによるものだが、正直いって読みにくい。 

「明治維新」というのは、ある意味では偶然の産物であって、最初から見取り図があったわけではない

きわめて複雑な政治プロセスを経ていくなかで、勢いというか流れができあがり、最終的な勝者となったマキャヴェリストともいうべき薩長勢力が、強引に武力で政権を奪取したものの、政権奪取後にはさらに試行錯誤を繰り返し下からの民衆の動きを押さえるために、上からの憲法制定に至ったというのが、著者の考えている「明治維新」なのである。 そう読み取れる。

藩主という封建諸侯による主導権争いであり、ある意味では戦国時代の再現であった。ただし、違いといえば、長州藩あるいは薩摩藩が単独で制覇できず、薩長同盟という形での制覇となったことである。

したがって、新政府が誕生した時点では、いまだ「封建制」であり(この用語の扱いは現在では慎重を要するが)、「封建制」が解消されるには「廃藩置県」まで待たねばならなかった。

著者が歴史を見る見方は、「政治道徳」にもとづくものであり、ある意味では「人としての常識」にもとづくものだ。だから、道徳的観点から、実質的に朝廷を牛耳り、正統性を担保する天皇を「玉」として扱ったことには否定的な立場になる。

また、著者の歴史に対する態度は、合理主義というか、現実主義といってもいいかもしれない。歴史をある種の特定の枠組み(フレームワーク)に当てはめたり、あるべき理想をそこに見たり、ロマンを見たりはいっさいしないのである。「身もふたもない」というのは、そういうことだ

なるほど、こんな見方や書き方では、必要以上に読者を不快にさせたであろうことは容易に想像がつく。戦前の「皇国史観」の時代にあっては、なおさらだろう。 




帯のウラには、「明治維新とは一口にいうと、薩長の輩が仕掛けた巧妙な罠に征夷大将軍がかかって了ったということである・・・」(本文より)という一節がある。つまり、「薩長史観」を否定しているわけである。

「開国」後の幕府の高級官僚たちによる開明的な政策を邪魔したのが、攘夷という妄想にもとづく志士たちのテロ行為であり、長州藩の動きだったとする。最終的に薩摩藩が長州藩と組んだことで討幕が実現したわけである。まさにその通りである。

岩倉具視や薩長関係者によるクーデターとして仕掛かけられた「王政復古イデオロギー」の虚妄性を暴き、その延長線上にあった「皇国史観」も否定しているのである。「天皇親政」という、日本史上において、ほとんど存在しない虚構を隠れ蓑にした虚偽宣伝であったのだ、という見方はその通りだろう。

さすが、先にもふれた『文学に現れたる我が国民思想の研究』(1916~1921)の著者ならではである。日本史を通観して研究して得た、日本人の天皇観を熟知している歴史家ならではである。

皇国史観の被害者ではあったが、マルクス主義者ではなかったこの歴史家は、戦前と戦後で論旨にブレがない。「津田史観」というものが存在するとすれば、それはそういうものだ。 

とはいっても、著者の立場は、旧幕寄りというわけではない。「薩長史観」が嫌いだという人が読んで、鬼の首を取ったように溜飲を下げる内容ではない。そういう観点から本書を手にとった人は失望するのではないか。

政治道徳的には否定される薩長による討幕であるが、政治におけるマキャヴェリズムという観点に立てば、ある意味では見事であるともいえる。水戸藩主斉昭の息子として生まれ育ち、尊皇姿勢を持ち続けた慶喜は、アタマの切れがすばらしかったが真情においてはナイーブに過ぎたのかもしれない。

幕府の開国政策の開明性については高く評価しているものの、廃藩置県を行って武士階級を解体した維新政府の功績についても語っている。功罪の両面について指摘しており、歴史に対して比較的フェアな態度だといえよう。 あくまでも醒めた精神の持ち主による是々非々の立場である。

とはいえ、あくまでも政治プロセスを観察した政治史であり、政治道徳の観点から「明治維新」を見たものであって、経済史や社会史の観点はいっさいない。ましてや、人物伝でもない。その意味では、面白みに欠けるものだ。 

薩長を結んだ坂本龍馬にであれ、幕府側に立った近藤勇にであれ、自分を投影して歴史上のヒーローたちを追体験したいという気分の持ち主には、不快感以外のなにものでもないかもしれない。司馬遼太郎などのヒーローものの歴史小説が大好きな人には不向きな本である。 

著者は、あくまでも戦後の1946年から1961年にかけての時点で、「明治維新」を振り返って上空から俯瞰しているのであって、その「渦中」にいた人たちには見えていなかったものを見ているのである。 

著者のように見ることのできる人は、当然のことながらリアルタイムには「明治維新」の時代には存在しなかったことに注意しなくてはならない。しかも、本書に収録された論考がは発表されてから、すでに60年以上もたっている。

歴史というものは、おなじ事実を対象に扱ったとしても、誰がどの時点で見たかによってもまた、違う絵が見えてくるものなのだ。 認知バイアスが働くからである。


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PS 収録論文は、『維新の思想史』(津田左右吉、書肆心水、2013)と重なっている。こちらのほうは見ていないが、初出情報などが掲載されているのであろう。http://www.shoshi-shinsui.com/book-tsuda-ishin.htm

参考までに目次を掲載しておこう。太字ゴチックは、『明治維新の研究』(津田左右吉、毎日ワンズ、2021)とは重ならない論文である。タイトルを見れば、津田左右吉が「政治道徳」の観点から「明治維新」を見ていることがわかる。
  
幕末における政府とそれに対する反動勢力
幕末時代の政治道徳
維新前後における道徳生活の問題
君臣関係を基礎とする道義観念
明治の新政府における旧幕臣の去就
維新政府の宣伝政策
明治憲法の成立まで
近代日本における西洋の思想の移植 福沢・西・田口-その思想に関する一考察



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・・「明治維新は薩長土肥という「西南雄藩」が主導の革命だが、財政改革によって強化された経済を背景にした西日本の「人口圧力」が明治維新の主動力になったという「仮説」も興味深い(P.125)。人口が増大したのは北陸と西日本の大都市であり、同時代の関東地方や近畿地方には、そういった人口圧力は存在しないようなのだ。」


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2021年10月9日土曜日

書評『尊皇攘夷 ― 水戸学の400年』(片山杜秀、新潮選書、2021)― 幕末と明治維新をより深く理解するためだけでなく、日本と日本人について考えるための1冊

 

『尊皇攘夷-水戸学の400年』(片山杜秀、新潮選書、2021)を数日前に読了。これまたボリューム感に満ちた分厚い本で、読み通すのに2日かかった。 

ことし出た本で、読みたくて買ったもののまだ読んでなかった本を読んでいるが、これもその1冊。読みごたえあり。 

幕末の変革のスローガンとなった「尊皇攘夷」の4文字だが、これはもともとあった「尊皇」に、19世紀以降の時代の急激な変化への対応として浮上してきた「攘夷」が合体してできあがったものだ。いずれも水戸という土地が生み出した特異な思想が、全国レベルにまで拡散することで、大きなうねりとなった。 

はじまりは水戸藩主の徳川光圀。黄門様の光圀。御三家のひとつ水戸藩は、副将軍としての位置づけ。兄をさしおいて藩主になった経緯への違和感。 

こういったもろもろの状況が、光圀の長幼の序を重んじる儒教への思いを篤くするとになり、天皇あっての将軍家という枠組みの強調することで「尊皇思想」が生まれてくる。明の遺臣であった亡命者の儒者・朱舜水を受け入れて、水戸藩による『大日本史』編纂プロジェクトへとつながっていく。 

水戸という土地は、太平洋沿岸にある。しかも、北方の守りを期待されていたのが水戸藩だ。この地理的特性が、19世紀以降には外敵侵攻への危機感へとつながっていく。英米の捕鯨船が日本近海にまで出現するようになったからだ。 1824年には、大津浜に英国の水夫たちが食料をもとめて上陸している。それ以前から、沖合での日本人漁師たちとの接触があったらしい。

水戸藩で生まれた特異な思想である「尊皇」と「攘夷」が合体した「尊皇攘夷」。この4文字熟語のスローガンが、いかに日本の近現代史を規定するものとなったかについては、あらためて語るまでもない。 だが、その思想の形成プロセスと発展プロセス、そして終焉にいたる経緯を詳細にみていくことは、じつは日本とはなにかについて考えることでもあることが実感されることになる。 

藩主の個性ということでいえば、「義公」とよばれた光圀、「烈公」とよばれた斉昭に代表されるものであり、斉昭の息子の慶喜の3人が中心になるが、主人公は、副題にあるように「水戸学」そのものだといっていいだろう。明の遺臣で光圀が向かい入れた儒者の朱舜水、藤田幽谷、『新論』の会沢正志斎、そして幽谷の息子の藤田東湖といった名だたる思想家たち。 

この「尊皇攘夷」という思想が、幕末には多くの人を動かし、走らせ、暴走させることになる。呪縛力の強いこの思想は、もはや制御不能となる。水戸藩を超えて日本全体へと拡がり、多くの「志士」たちを誕生させる。

その一方では、この思想の暴走への嫌悪感と反発も水戸藩の内部に生じさせる。攘夷思想の実行のために大砲製造に着手したことによる財政悪化、大砲の材料となる梵鐘を徴発するために明治維新の際の「廃仏毀釈」の先駆けとなった仏教弾圧。烈公斉昭と結びついた「下士」たちに対して、ないがしろにされかねない「上士」たちの反発。

こうした状況が水戸藩の藩論を二分し、最終的には「天狗党の乱」と、その反対派とのあいだの激しい内ゲバ、そして内戦によって多くの有能な人材が殺されることになり、結果として水戸藩は自壊していくことになる。 

先手を打って、「大政奉還」によって事態を収拾しようとしたのは最後の将軍慶喜だが、この背景には水戸藩ならではの「尊皇思想」があったことは強調しておくべきだろう。 

もちろん、これで事態は収拾することなく、戊辰戦争へとつながっていったわけだが、その時点では水戸藩はすでに自壊していた。このため、明治維新後には新政府においては、旧水戸藩士の活躍の余地はきわめて小さなものとなった。 

ことし2020年のNHK大河ドラマ「青天を衝け」の主人公は渋沢栄一であるが、言うまでもなく渋沢は一橋慶喜の家臣として、水戸藩の状況に大きく巻き込まれていた。そんな状況で、殺されることなく生き延びたことの幸運と処世術が、渋沢の後半生を生み出したことも強調すべきであろう。 

「水戸学の400年」とは、なかなか含蓄深い。水戸学は水戸藩という特殊な立ち位置から生まれ、発展し、そして終焉を迎えた「尊皇(+攘夷)」思想だが、けっして明治維新によって終わったわけではないからだ。 

大東亜戦争の戦中前夜から大きな盛り上がりをみせ、1945年の敗戦とともに消えたが、水戸藩にも縁のある三島由紀夫という生身の人間をつうじて1970年を頂点に再浮上する。三島由紀夫の影響力は、いまだに消え去ることはない。 すでに自決から50年を過ぎているが、三島文学が読み継がれる限り、今後も消えることはあるまい。

つまり、現在に至るまで、意識しようがしまいが、なんらかの形で日本人の思考を規定しているのである。その意味でも、「尊皇攘夷」は避けて通れないのである。 

幕末と明治維新をより深く理解するためだけでなく、日本と日本人について考えるための1冊として、ボリューム感があるが読みごたえのあるこの本を奨めたい。 


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目 次
第1章 水戸の東は太平洋 
第2章 東アジアの中の水戸学 
第3章 尊皇の理念と変容 
第4章 攘夷の情念と方法 
第5章 尊皇攘夷の本音と建前 
第6章 天狗大乱 
第7章 「最後の将軍」とともに滅びぬ 
エピローグ 三島由紀夫の切腹 
あとがき 
主要参考文献

著者プロフィール
片山杜秀(かたやま・もりひで)
1963年仙台市生まれ。政治思想史研究者、音楽評論家。慶應義塾大学法学部教授。慶應義塾大学大学院法学研究科後期博士課程単位取得退学。『音盤考現学』および『音盤博物誌』で吉田秀和賞、サントリー学芸賞を受賞。『未完のファシズム』で司馬遼太郎賞受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


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2021年1月29日金曜日

書評『思想家ドラッカーを読む ― リベラルと保守のあいだで』(仲正昌樹、NTT出版、2018)― ドラッカーをその出発点であった「保守主義」の「政治思想家」として捉える

 

 経営学者ドラッカーの名前を一度も聞いたことがないビジネスパーソンは、まずいないだろう。聞いたことがなくても「目標管理」(MBO:Management by Objective)の人といえばドラッカーのことであり、知らず知らずのうちにドラッカーのマネジメントを実践しているはずだ。 

ピーター・ドラッカーが2005年に亡くなってすでに15年たつが、いまだに日本では「経営学者」として名が通っている。本人は「社会生態学者」と名乗っていた。どうやらドラッカー自身の自己認識と他者認識にズレがあったようだ。 

経営学の範囲を超えた著作活動を行っていたことを考えれば、「社会生態学者」のほうがふさわしいのではないかと私も思っていたが、その理由はこうだ。 

1990年から足かけ3年(正味2年間)にわたって米国にMBA留学していたが、MBAの授業ではドラッカーの「ド」の字も聞いたことがなかったからだ。どうやら、1990年時点で経営学においてはドラッカーはすでに時の人ではなかったことに気づいたのである。 

この認識はドラッカーを「神」として敬ってきた日本ではまったく通用しなかったが、ドラッカー死後の2010年代に入ってから、ようやく日本でも意識されるようになってきた。 

米国帰りの気鋭の経営学者・入山章栄氏の『世界の経営学者はいま何を考えているのか-知られざるビジネスの知のフロンティア』(英治出版、2012年)が出版されてからだ。すくなくとも、米国を中心とした経営学の世界では、ドラッカーはメインストリームではないのだ、と。 



■ドラッカーをその出発点であった「保守主義思想家」として捉える

では、ドラッカーをどう評価していくべきか。その1つは、ドラッカーを思想家として見ることであろう。しかも、経営思想家が誕生する前提である政治思想家としてのドラッカーである。

それは、第2次大戦前夜から始まった社会主義とナチズム、ファシズムの時代を生き抜いた西欧人が、いかに保守主義の政治思想を形成し、大戦後の米国で経営学にたどり着いたかの軌跡を振り返ることになる。 

重要なことは、ドラッカー自身は経営者ではなかった、ということだ。ビジネス関係者ですらない。大学の教職にあった知識人だが、ビジネス界の組織人であったわけではない。回想録のタイトルにあるように「傍観者」(bystander)であり、実践ではなく、徹底した「観察」によって考察を深め、産業社会における「マネジメント」を思想として確立したことにある。 

その意味で、この『思想家ドラッカーを読む-リベラルと保守のあいだで』(仲正昌樹、NTT出版、2018)を読むと面白い。著者は、ドイツを中心にした思想史の研究者である。  

著者は、ドラッカーに心酔しているわけではない。むしろ、自己啓発書が嫌いで、商売やビジネスにかかわることは正直いって苦手、できればかかわりたくない(笑)という思想史の研究者だ。このスタンスは、みずからを「傍観者」と規定していたドラッカーには、意外とフィットしているかもしれない。

この本を読んでも、当然のことながらドラッカー経営学はわからないだろう。「経営思想史」にドラッカーを位置づけた本ではないからだ。ドラッカーのマネジメントが、いかなる「政治思想」の背景から生まれてきたかを跡づけたものだ。 

19世紀末の転換期に爛熟期を迎え、20世紀初頭の第1次世界大戦によって旧社会が崩壊するに至った西欧。そのど真ん中ともいえるドイツ語圏のウィーンで生まれ育ったユダヤ系のドラッカーを、同時代のウィーンから生まれた経済学者のシュンペーターやハイエク、カール・ポランニー(ただしブダペスト生まれ)と比較すると、なにが共通し、なにが相違しているのかをつうじて見えてくるものがある。

ここにあげた経済学者たちは、いずれも欧州を去って米国に移り、それ以後は英語で著作活動を行っている「知の巨人」たちだ。 

仲正氏の本書で重要なのは、ドラッカー政治思想の原点ともいうべき、プロイセンの法学者フリードリヒ・シュタールの「保守主義」の政治思想をくわしく紹介しながら、ドラッカーがシュタールのなにを否定し、なにを受け継いだかを検討していることだ。

この作業をつうじて、ドラッカーの「保守主義」思想が、英国のエドマンド・バークやフランスのトクヴィルから来たものではないことが理解されることになる。 



■なぜ日本ではドラッカーが「神」とされたのか

読み進めるうちに、なぜドラッカー経営学が、とくに日本では大いに受け入れられたのか、その理由がおぼろげながら理解されることになろう。 

一言でいってしまえば、それは個人と組織の関係である。社会変動によっってバラバラになってしまった個人に居場所を与える「共同体」としての組織。すくなくとも20世紀までは、この認識が有効に働いていたことは、「日本的経営」がブームとなっていた時代を知っている人には、大いに納得がいくものだ。 

だが、21世紀の現在、デジタル資本主義の急速な進展がドラッカー経営学を陳腐化していることは否定できない。ドラッカー自身も、みずからを経営学者であるよりも、社会生態学者として認識してほしいと願っていたのもそのためだろう。時代はすでにドラッカーをはるかに追い越している。 

とはいえ、ドラッカーのマネジメントに価値がまったくなくなってしまったわけではない。「共同体」としての性格が生きている事業体(それはビジネスに限らない)であれば、その有効性は現在でも大いにあるというべきだろう。ドラッカーの経営思想をノウハウ化してしまえば、それは有効な経営ツールとなる。 

本書『思想家ドラッカーを読む-リベラルと保守のあいだで』は、ドラッカーを経営学という狭い枠組みからはずして、20世紀後半の主要思想を構築した思想家として位置づけるための第一歩である。

ただし、繰り返しておくが、この本を読んでも、ドラッカー経営学はわからないことは言うまでもない。逆に、ドラッカーのマネジメントを知った上で読むと、面白さは倍加するといっていいのではないだろうか。異なる視点でドラッカーを解剖した内容の本となっているからだ。



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目 次 
まえがき 人文学者、ドラッカーを読む
第1章 ウィーンのドラッカー
 1 世紀転換期のウィーンとユダヤ人
 2 "傍観者" の視点とは
 3 「昨日の世界」からの離脱
 4 ドラッカーのフロイト観
 5 ポランニーの功罪
 6 ドラッカーの基本的スタンス
第2章 守るべきものとは何か? 
 1 法学徒としてのドラッカー
 2 保守主義者シュタール
 3 ヘーゲルからシュタールへ
 4 「法治国家」とは何か?
 5 保守主義と革命のあいだで
 6 保守主義的国家論とは何か?
 7 ドラッカーと「ユダヤ人問題」
第3章 なぜファシズムと闘うのか? 
 1 ファシズム全体主義とは何か?
 2 マルクス主義はなぜ大衆を裏切ったのか?
 3 ブルジョワ資本主義の落とし穴
 4 「脱経済化」するファシズム
 5 「第三の道」としての産業社会
 6 株式会社という権力
 7 「自由」が生み出す正統な権力
 8 保守主義と「産業社会の未来」
第4章 思想としての「マネジメント」 
 1 ドラッカーの経済思想
 2 「イノベーション」の思想史的意義
 3 「イノベーション」のための組織とは
 4 分権的組織の共同体的意義
 5 マネジメントの社会的責任をめぐって
終章 弱き個人のための共同体としての企業
さらに深めたい読者のためのブックガイド
関連年表
あとがき


著者プロフィール
仲正昌樹 (なかまさ・まさき)
1963年、広島県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究博士課程修了(学術博士)。 現在、金沢大学法学類教授。文学や政治、法、歴史などの領域で、 アクチュアリティの高い言論活動を展開している。 著書に『今こそアーレントを読み直す』 (講談社現代新書)、『いまこそハイエクに学べ』(春秋社)、 『日本とドイツ 二つの全体主義』(光文社新書)、『現代ドイツ思想講義』(作品社)、 『集中講義!アメリカの現代思想』(NHKブックス)、『精神論ぬきの保守主義』(新潮選書)、 『現代思想の名著30』(ちくま文庫)など多数。


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