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2023年9月15日金曜日

映画『ミステリと言う勿れ』を初日の初回に見てきた(2023年9月15日)ー 「広島編」でリアル久能整くんを大いに満喫

 
映画『ミステリと言う勿れ』を初日の初回に見てきた(2023年9月13日)。TOHOシネマズにて。今度はいわゆる「広島編」冬の広島ロケ。おお、いきなり天パのもじゃもじゃ頭に雪が!

それにしても、主人公の久能整(くのう・ととのう)を演じてる菅田将暉はうまいねえ。




原作は、単行本だと第3巻と第4巻。下手な要約よりも、出版社による「内容紹介」を引用しておこう。内容的には主人公がクチにするとおり、『犬神家の一族』みたいな設定だ。

さまざまな真実の狭間で、誰かの思いも見えなくなる ―  代々、遺産を巡る争いで死者さえ出るという、狩集(かりあつまり)家の相続人のひとりである、汐路(しおじ)に頼まれ、訪れた先の広島で、遺言書の開示に立ち会うことになった久能 整(くのう ととのう)。 そこには、失跡した犬堂我路(ガロ)の思惑が働いていた。 相続人候補は汐路と、いとこたち4人。整は次第に身に危険も及ぶ骨肉の争いに巻き込まれて…!? 
整の解読が冴え渡り、Episode4の真実に迫る!! 新感覚ストーリー、第3巻!



久能整(くのう・ととのう)の日常は、ミステリアスだ!……なんて、決していわないでください…! 
広島での狩集(かりあつまり)家の代々の相続争いで、過去をさかのぼるうちに、明かになった仕掛け人の存在。さらに、汐路(しおじ)の父母たちの以外な意思が明らかとなり…!? 
追加ページ有りで広島編、ついに決着!そして、新章スタートの必見の第4巻!



ドラマ版もそうだったが、自分としては原作のマンガのほうがいいと思う。とはいえ、映画版だけ見ても楽しめる。

ドラマ版も映画版も楽しめるのは、役者としての菅田将暉のおかげであるのは間違いない。それにしても、ほんと役になりきっている。セリフもいいが、しゃべり方もいい。

汐路の父親役を演じている滝藤賢一だが、どうしても「楽楽精算のCM」で演じている部長のコミカルな演技を思い出してしまって笑いそうになるのだが・・。それにしても、柴崎コウの目ヂカラがすごいな、とあらためて思ったりして。

ドラマがヒットしたあと、映画版を製作して上映するというのは、最近よくあるパタンであるが、映画版として「広島編」を出したのは成功だろう。

「ミステリ」が解決されたあとが、映画版で見るとちょっと冗長だなと感じた。無理矢理にドラマの続編につなげようとする演出は、ちょっとアレかな、と。

とはいえ、ドラマの続編も大いに期待(^^)  もう『自省録』がでてくることはないだろうが・・(^_^;)



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2023年3月23日木曜日

書評『頼山陽とその時代 上・下』(中村真一郎、ちくま学芸文庫、2017)― 漢詩漢文の背後に立ち現れてくる江戸時代後期の知識階層と文人たちの豊穣な世界

 

『頼山陽とその時代 上・下』(中村真一郎、ちくま学芸文庫、2017)を読了。上下あわせて千ページを超える大冊を読み終えるのに1週間もかかってしまった。  

下巻の巻末の人名索引を利用して、必要な部分だけ読めばいいと思っていたのだが、それではもったいない、最初から全部読んでみようと思って読み始めたら、思ったより時間がかかってしまったのだ。 

それは、この本が分厚いだけが理由ではない。江戸時代後期に生き、漢詩・漢文をよくした頼山陽(らい・さんよう 1781~1832)が遺した作品だけでなく、その家族や一族、交友関係や弟子たちにいたるまで、網羅的にその作品をつうじて理解すべく、膨大な量の漢詩漢文が取り上げらているからだ。

いずれも原文は読み下しされているとはいえ、漢文読み下し文を読みこなすのは、なみたいていのことではない。 


(頼山陽の一般に知られているのとは違う肖像画 Wikipediaより)


1971年に単行本初版がでたこの本は、いまやすでに古典といっていいのであろう。読みながらそう思ったし、読み終えたあとは、よりいっそうその感を強くしている。なぜなら、一般的に流通している頼山陽のイメージを一変させた内容となっているからだ。 

頼山陽というと、どうしてもそのライフワークで、幕末の志士たちを奮い立たせたベストセラー『日本外史』の著者であり(・・さすがに読んではないが)、「鞭声粛粛夜河を渡る・・」で始まる「川中島」などの漢詩(・・といっても、自分は詩吟をやるわけではない)の豪放磊落なイメージが固定化している。 

また、個人的には、頼山陽というと、灘の銘酒「剣菱」というイメージが大学時代に形作られてしまっている(・・なぜかわたしが属していた体育会合気道部では「酒は剣菱」と決まっていたのだ)。 

ところが、文学者の中村真一郎氏の代表作の一つともいうべき本書を読むと、頼山陽と文人が、そんな固定観念ではひとくくりにはできないような人物であったことがわかってくる。 

巻末の結びともいうべき文章を引用しておこう。この作家が、重度の神経障害を患ったという、きわめて個人的な関心から接近したのが頼山陽なのであった。
 

アンシクロペディスト的な教養と趣味。そして多くの性格的欠点を有し、やり直すことのできない人生に、多くの致命的な失敗を演じて、生涯を悔恨の堆積たらしめ、しかも執拗な神経障害のために、絶えず躁と鬱との状態を繰り返して、感情の平衡を保つことのできなかった人物。その病状のために時に、感覚の粗大と鈍感さとを免れなかった人物。しかしまた極度の自己中心主義によって、結局は己れの欲するままの生活を貫き通した人物。知性の快楽と官能の快楽を同時に追い求めて飽きなかった人物。そうした錯綜とした人格、頼山陽を長年の追尋の後に、私は遂に懐かしく想うようになって来つつある。ーー


人間的な、あまりにも人間的な、というべきであろうか。そんな人物が、江戸時代後期の19世紀前半の日本にいたのである。たかだか200年前のことに過ぎないのである。 

漢詩・漢文というベールをはぎとってみて、初めてわかる当時の知識階層の世界現代の日本人にとっては「教養の欠落部分」であり、それはわたしにもまた例外ではない。 

どうも俳句や川柳や浮世絵といった町人文化で江戸時代を見ることに慣らされてしまっている現代の日本人は、かつて漢詩漢文や文人画に代表される世界もまた存在したのだということを知る必要がある。そう強く思うのだ。 

そして、それはきわめて豊穣な世界であったこともまた。 

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目 次
第1部 山陽の生涯 
 まえがき 
 1 病気と江戸遊学 
 2 病気と脱奔 
 3 病気その後 
 4 遊蕩と禁欲 
 5 女弟子たち 
第2部 山陽の一族 
 まえがき 
 1 父春水 
 2 春水の知友 
 3 山陽の叔父たち 
 4 山陽の三子 
 5 三つの世代 
第3部 山陽の交友 上 
 まえがき 
 1 京摂の友人たち(第1グループ) 
 2 京摂の敵対者たち(第2グループ) 
 3 西遊中の知人たち(第3グループ) 
第4部 山陽の交友 下 
 1 江戸の学者たち(第4グループ) 
 2 江戸の文士たち(第5グループ) 
 3 諸国の知友(第6グループ) 
第5部 山陽の弟子 
 まえがき 
 1 初期の弟子たち(第1グループ) 
 2 慷慨家たち(第2グループ) 
 3 晩年の弟子たち(第3グループ) 
 4 独立した弟子たち(第4グループ) 
第6部 山陽の学藝 
 まえがき 
 1 『日本外史』 
 2 『日本政記』 
 3 『日本楽府』 
 4 『新策』と『通議』 
 5 『詩鈔』と『遺稿』 
 6 『書後題跋』 
後記 
解説(揖斐高) 
付録 略年譜 頼家略系図 人名索引


著者プロフィール
中村 真一郎(なかむら しんいちろう)
1918年(大正7年)3月5日生まれ、1997年(平成9年)12月25日没。日本の小説家・文芸評論家・詩人。加藤周一らと共に「マチネ・ポエティク」を結成し、共著の時評『1946・文学的考察』で注目される。『死の影の下に』(1947年)で戦後派作家の地位を確立。ほかの作品に『四季』4部作(1975~84年)など。(・・・中略・・・)
1957年に妻の元文学座女優・新田瑛子が幼い娘を残して世田谷区の自宅で睡眠薬自殺をしたことをきっかけにして、精神を病み、電気ショックの療法を受けて、過去の記憶を部分的に失い、その予後として、江戸時代の漢詩を読むようになってから、今までの西洋の文学に加えて、漢文学の要素が作品に加わっていくようになった。(・・・中略・・・)
1970年代以降は、江戸時代後期の漢文学への造詣を基盤にした評伝『頼山陽とその時代』(中央公論社)を刊行をはじめ、近世日本漢文学史の見直しのきっかけを作る。その後も著述を続け、『蠣崎波響の生涯』(読売文学賞受賞)、遺作となった『木村蒹葭堂のサロン』の浩瀚な評伝を著した(各・新潮社) (Wikipediaの記述による)



PS 第1部の「まえがき」より

重度の神経障害を病み、その治療を兼ねて10年あまりにわたって、江戸時代後記の漢詩を読みあさってきた著者の感慨である。

今まで、人は生まれて、仕事をして、死んで行く、という経過が、ひとつの完成した作品のように見えていたのが、そうではなくて、無数の可能性の中途半端な実現の束が、人の一生なのではないか、と思われてきたのだった。殆どの人間の人生が中断なのではないか。ーー

いまのわたしには、著者のこの感慨は、じつに刺さるものがある。  


PS2 知られざる人物の掘り起こしとしても

個人的には、丹後田辺藩の儒者・野田笛甫(のだ・てきほ 1799~1859)の存在を知ったことは大きい。生まれ故郷の人に、そんな人がいたとは知らなかった。


こういった知られざる人は、もっともっと掘り起こすべきだろう。



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2013年8月9日金曜日

書評『ナガサキ 消えたもう一つの「原爆ドーム」』(高瀬毅、文春文庫、2013 単行本初版 2009)ー "最初の被爆地" 広島と "最後の被爆地" 長崎の背後にあった違いとは?



ヒロシマは全世界的に有名になっているのにかかわらず、ナガサキはかならずしもそうではない。その理由の一つに目で見てさまざまな思いを感じることのできる原爆遺跡が残っているかどうかがあるのかもしれない。

爆心地に近い浦上天主堂は、じつは13年間も廃墟のまま放置されていたらしい。そのまま保存していれば「世界遺産」となったことは間違いないが、結局は取り壊されてしまったのはなぜか? 

本書『ナガサキ 消えたもう一つの「原爆ドーム」』(高瀬毅、文春文庫、2013 単行本初版 2009)は、そんな疑問から、"最初の被爆地" 広島と、"最後の被爆地" 長崎の違いの背後にあったものについて考えていくノンフィクション作品だ。

個人的な話だが、大学時代に『人間を返せ』というドキュメンタリー映画をみていたものの、実際に被爆地を訪れたのは長崎のほうが先である。いまから28年前、うまれてはじめて長崎にいったとき原爆関連施設を見学したが、そのとき目にしたモノクロの写真パネルの数々に大きな衝撃を受けた。

原爆の炸裂で破壊されたカトリックの教会堂、首が吹きとんだ聖母子像。本書にも何枚か収録されているが、なぜキリスト教国のアメリカは、日本でもキリスト教にゆかりの深い長崎にあえて原爆を投下したのか? 28年前のそのとき、まったく理解できない思いをもった。

長崎は、「鎖国時代」の日本においてオランダにも中国にも開かれていた、坂の多い異国情緒豊かな港町である。一般にはこの「観光イメージ」が前面に打ち出されている。坂本龍馬やグラバー邸、長崎ちゃんぽんに眼鏡橋といったイメージである。

だが、一方ではキリシタンの故地でもあり、二十六聖人の殉教などさまざまな記憶が刻まれている土地でもある。長崎といっても土地によって刻まれてきた歴史は同じではない。これは外部の人間にはわからないことだ。広島とは違って原爆遺跡保存が市民全体の運動にならなかった理由がここらへんにありそうだ。

浦上天主堂の廃墟は原爆投下から13年後、教会堂の再建と引き換えに撤去されたのであるが、その背後には複雑な要因がからみあっていたことが解き明かされている。

米国は、独立回復後の日本における「反米運動」に手を焼いていただけでなく、原爆遺構が反核運動のシンボルとして使用され、共産諸国を利することを恐れていた。この点においては、米国政府とバチカンは「反共」という価値観と利害を共有していたことも指摘されている。

当初保存に積極的だった市長は、米国政府による招待旅行で米国各地を外遊後に考えをひるがえしている。そこでは「文化外交」(public diplomacy)という高度な情報戦が行われていたのである。

第二次大戦における爆撃によって廃墟となった教会堂を、廃墟をそのままを活かして再建されているベルリンの例もあることを考えれば、浦上天主堂の廃墟が保存されなかったのはまことにもって残念だ。

だが、そう一筋縄でいかないのが人間世界。それなりの事情があったのだと知ることはきわめて重要だろう。思わず熱中して読んでしまうすぐれたノンフィクションである。ぜひ一読を薦めたい。


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目 次

追憶
第1章 昔、そこに天主堂の廃墟があった
第2章 弾圧を耐え抜いた浦上の丘
第3章 原爆投下-浦上への道
第4章 浦上の聖者と米国の影
第5章 仕組まれた提携
第6章 二十世紀の十字架
第7章 傷跡は消し去れ
第8章 アメリカ
第9章 USIA
第10章 天主堂廃墟を取り払いしものは
あとがき
関連年表
主な参考図書・資料
文春文庫のための追記
歴史の残り香(星野博美)

著者プロフィール  

高瀬毅(たかせ・つよし)
1955年長崎市生まれ。明治大学政治経済学部卒業後、ニッポン放送入社。記者、ディレクター。1982年ラジオドキュメンタリー『通り魔の恐怖』で日本民間放送連盟賞最優秀賞、放送文化基金賞奨励賞。1989年よりフリー。『ナガサキ 消えたもう一つの「原爆ドーム」』で2009年に平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


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「原爆の日」-立場によって歴史観は異なって当然だ

書評 『原爆を投下するまで日本を降伏させるな-トルーマンとバーンズの陰謀-』(鳥居民、草思社、2005 文庫版 2011

書評 『原爆と検閲-アメリカ人記者たちが見た広島・長崎-』(繁沢敦子、中公新書、2010)

原爆記念日とローレンス・ヴァン・デル・ポストの『新月の夜』

『大本営参謀の情報戦記-情報なき国家の悲劇-』(堀 栄三、文藝春秋社、1989 文春文庫版 1996)で原爆投下「情報」について確認してみる

広島の原爆投下から66年-NHKスペシャル 「原爆投下 活かされなかった極秘情報」 をみて考える

書評 『バチカン近現代史-ローマ教皇たちの「近代」との格闘-』(松本佐保、中公新書、2013)-「近代」がすでに終わっている現在、あらためてバチカン生き残りの意味を考える
・・「米国にとっては正式な外交関係はなかったものの、実質的な「反共」のパートナーとしてのバチカンの存在は大きかったのだ。カトリック地帯であるポーランドをはじめ、カトリック国であるハンガリーやチェコが共産主義国家ソ連の影響下である共産圏に入ってからは、バチカンのもつネットワークが米国にとっては大きな意味をもったからだ」

(2014年8月8日 情報追加)


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2010年8月9日月曜日

書評『原爆と検閲 - アメリカ人記者たちが見た広島・長崎』(繁沢敦子、中公新書、2010)-「軍とメディア」の関係についてのケーススタディ




メディア・リテラシー向上に役立つ「軍とメディア」の関係についてのケーススタディ

 本書『原爆と検閲 - アメリカ人記者たちが見た広島・長崎』(繁沢敦子、中公新書、2010は、広島と長崎に投下された原爆の取材を行った米国人ジャーナリストたちが何を見て、何を書いたか、いや正確にいうと何を書かなかったかについて、「軍とメディア」の関係から65年後のいま、事実検証を行ったものである。


 本書に登場する基本的なプレイヤーは、空軍としての独立を悲願していた「米陸軍航空軍」と、彼らが組織したプレスツアーに参加した米国人ジャーナリストたちである。

 「米陸軍航空軍」は、空軍としての独立という悲願にむけて、米国陸海軍、とくに陸軍内部で激しい情報戦を行っていた。

 そういった背景をどこまで認識していたのかは別として、あくまでも従軍記者として占領地日本への入国を許可された米国人ジャーナリストたちが、いかなる役割を期待され、その期待にどう応えたのかについては、本書を読めばよく理解できる。


 米国人ジャーナリストたちの立ち位置はどのようなものであったか、それは「プレスツアー」とは何かを考えてみればその意味がわかる。各種の便宜を図ってもらう見返りに、スポンサーにとって都合の悪いことは自主的に書かないという不文律があるのがプレスツアーの本質だ。

 ビジネスマンである私も、何回かプレスツアーで記者たちと同行したことがあるのでわかるが、たとえオモテだった検閲がないとしても、組織に属する以上、記者たちがどこまで真相に迫り、事実を報道できるかについては、あえてここに書くまでもないことだろう。

 米陸軍航空軍のプレスツアーに参加した米国人ジャーナリストは、なによりも愛国的な米国人であった。そして、米国内の一般読者もまた愛国的な米国人であったことは、著者の指摘するとおりである。


 「原爆を投下しなくても日本は降伏した可能性がある」ことを十分に認識していた米陸軍航空軍の上層部にとって、人道に反する大量虐殺である原爆投下の真相が米国内で知られることは、空軍独立という悲願達成にとって好ましい話ではなかったのだ。

 このため彼らは、原爆被害報道を打ち消すために、戦時中の日本軍による捕虜虐待をことさらに取り上げた報道をさせるべくメディアを誘導する。

 原爆投下を最終決定したのはトルーマン大統領であるが、軍人は命令にしたがって遂行するのがその職務である。善悪の是非を棚に上げれば、軍の広報戦略としてはアタマで理解できなくはない。戦時中から行われていた検閲もその重要な一環であったのである。

 本書のテーマは、タイトルにあるように「原爆と検閲」であるが、物理学者オッペンハイマーが中心になった原爆開発の「マンハッタン計画」、独立後の米空軍によるランド・コーポレーションというシンクタンク設立など、独立前後の米空軍の組織論理という文脈において捉えると、よりいっそう見えてくるものがある。

 軍とメディアについての関係については、その後の米ソ冷戦時代、ベトナム戦争を経て、米国が関与した各種の地域紛争、そして湾岸戦争においてはいかなるものであったかを比較してみるのも興味深い。

 インターネット時代になった現在においても、基本的に軍の広報戦略は軍事戦略の一環であることをあらためて認識させてくれる本である。

 修士論文をもとにしたものだけに、この本は最初から最後まで、あくまでもファクトベースで淡々とした書き方をしているが、メディア・リテラシー向上のためのケーススタディとして読むことを奨めたい。


<初出情報>

■bk1書評「メディア・リテラシー向上に役立つ「軍とメディア」の関係についてのケーススタディ」投稿掲載(2010年8月9日)
■amazon書評「メディア・リテラシー向上に役立つ「軍とメディア」の関係についてのケーススタディ」投稿掲載(2010年8月9日)

*再録にあたって、字句の一部を加筆修正した。


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著者プロフィール

繁沢敦子(しげさわ・あつこ)
1967(昭和42)年生まれ。92年神戸市外国語大学卒。読売新聞記者を経て、98年広島市立大学広島平和研究所に情報資料室編集員。2000年からフリージャーナリストに。05年、米PRIのラジオ番組The Worldによる特集“Hiroshima’s Survivors:The Last Generation”(06年ダート賞受賞)でプロデューサー。07年、映画『ヒロシマナガサキ』(08年エミー賞受賞作)共同プロデューサー(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



<書評への付記>

 今年(2010年)は、1945年の敗戦から65年、広島・長崎への原爆投下からまた65年にあたる。

 本日8月9日は、長崎の原爆記念日。先月出版された本書もまた、時宜を得た出版である。

 書評のなかで言及した、「米空軍の組織論理」については、私が過去に執筆した各種の書評を参照されたい。

 ベトナム戦争におけるメディアとジャーナリズムの勝利を原点にものをみている世代の人たちにとっては、湾岸戦争以降の「軍とメディア」の関係は後退以外の何者でもないだろうが、引き締めとゆるみが交互に現れていると考えれば、現在の状況を考えるうえで、第二次太平洋戦争当時の状況も理解しやすいはずだ。

 私は、ドイツのドレスデン大爆撃と同様、いやそれ以上に、原爆投下は人道に対する犯罪行為以外の何者でもないと考えている。

 原爆投下の最終決定を下したトルーマン大統領の座右の銘が「The Buck Stops Here」(最終責任は自分ががとる)であったことはよく知られているが、その意志決定が米ソ冷戦前夜において、ソ連という見えない恐怖に脅かされた米国政府が先手を打って原爆を使用したことは、民間の現代史家・鳥居民(とりい・たみ)の『原爆を投下するまで日本を降伏させるな―トルーマンとバーンズの陰謀-』(草思社、2005)に詳しい。

 しかしながらトルーマンが下した決断が道義的には是とされなかったことは、本人が一番よくわかっていたようだ。死ぬまで良心の呵責に苦しめられていたという話もある。

 本書のスタンスのような、冷静でファクトベースの論考もまた、読む必要のあるものだ。

 イスラエルによって逮捕され処刑されたユダヤ人虐殺の責任者アイヒマンではないが、「命令されただけだ」というのはナチスドイツだけでなく、組織の論理そのものであるといえる。

 その意味においては、米空軍(・・1947年に空軍は陸軍から独立。第二次大戦当時は米陸軍航空軍)もまた例外ではなかった、いや軍に限らず、組織のもつ本質的なネガティブな側面である。

 この冷静な論考から透けて見えてくるのは、著者の意図は別として、米国という国家の本質でもある。本というものは、いろんな読み方が可能であるということだ。

 反米になる必要も、親米になる必要もない。米国とは冷静に距離を測りながら付き合うのがビジネスパーソンとしては、正しいあり方である。



<ブログ内関連情報>

書評 『ナガサキ 消えたもう一つの「原爆ドーム」』(高瀬毅、文春文庫、2013 単行本初版 2009)-"最初の被爆地" 広島と "最後の被爆地" 長崎の背後にあった違いとは?

書評 『原爆を投下するまで日本を降伏させるな-トルーマンとバーンズの陰謀-』(鳥居民、草思社、2005 文庫版 2011)

原爆記念日とローレンス・ヴァン・デル・ポストの『新月の夜』

「原爆の日」-立場によって歴史観は異なって当然だ

書評 『ランド-世界を支配した研究所-』(アレックス・アペラ、牧野洋訳、文藝春秋社、2008)

書評 『アメリカに問う大東亜戦争の責任』(長谷川 煕、朝日新書、2007)

書評 『731-石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く-』(青木冨貴子、新潮文庫、2008 単行本初版 2005)

(2014年8月6日 情報追加)


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