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2014年1月3日金曜日

「人間万事塞翁之馬」-なにごとにも一喜一憂せず、あたかも自然現象を観察するような態度が現実的だ!


謹賀新年 あけましておめでとうございます。

ことし2014年は十二支でいえば午年(うまどし)、Year of the Horse ですね。馬の年。

馬(うま)は中国語の馬(まー)から来たものですから、あきらかに外来語です。動物の馬とともに、馬という漢字も伝来したわけですが、当時の日本人には「まー」という発言は難しいので「う」をつけて「う・ま」となったといわれています。梅(う・め)もまた同様です。

馬にかんする表現や格言、ことわざにはいろいろあります。

たとえば、「馬の耳に念仏」、「馬の尻下がり」、「馬並み」などなど。これは日本で生まれたものですね。このほか、「馬耳東風」などの四字熟語は中国のものです。。

「馬鹿」もまた中国古代の故事によるものです。「馬鹿」と「力」(ちから)をあわせて「馬鹿力」(ばかぢから)としたのは日本人でしょう。「馬力」(ばりき)というのは英語の horse power を明治時代初期に日本人がつくった表現です。

最近の造語には「UMA](うま)というものもあります。未確認動物(Unidentified Mysterious Animal) の英語の頭文字をとって UMA としたそうですが和製英語のようですね。日本人の造語力は漢字語から英語にかわりつつあるのかもしれません。

お正月といえば初詣ですが、願掛けで「絵馬」を購入して願い事を書いて奉納することもありますね。「絵馬」(え・ま)は日本語です。

「天翔ける馬」や「奔馬」など威勢のいい表現もありますが、年初にあたってわたしは「人間万事塞翁之馬」をあげておきたいと思います。

「人間万事塞翁之馬」は「「人間万事塞翁が馬」と表現することも多いですが、「人間」は「にんげん」ではなく「じんかん」と読みます。「じんかん・ばんじ・さいおう・が・うま」。

三省堂の『大辞林』(Weblio)によれば以下のように説明されています。

人間の禍福は変転し定まりないものだというたとえ。人間万事塞翁が馬。〔「淮南子(人間訓)」から。昔、塞翁の馬が隣国に逃げてしまったが、名馬を連れて帰ってきた。老人の子がその馬に乗っていて落馬し足を折ったが、おかげで隣国との戦乱の際にも兵役をまぬがれて無事であったという話から〕 (*太字ゴチックは引用者=さとう)

出典の 『准南子』「人間訓」は以下のようなものです。漢文ですが、内容は学校で習ったこともあるので類推可能でしょう。このエピソードにでてくる「父」のように、なにごとにも一喜一憂せず、あたかも自然現象を観察するような態度でいたいものです。

近塞上之人、有善術者。馬無故亡而入胡。人皆弔之。其父曰、此何遽不為福乎。居數月、其馬將胡駿馬而帰。人皆賀之。其父曰、此何遽不為禍乎。家富良馬。其子好騎、墜而折其髀。人皆弔之。其父曰、此何遽不為福乎。居一年、胡人大入塞。丁壮者引弦而戦。近塞之人、死者十九。此獨以跛之故、父子相保。故福之為禍、禍之為福、化不可極、深不可測也。

似たような表現には、「禍福はあざなえる縄のごとし」というものがありますね。

なにが福になるのか、なにが災いになるのか、人間サイドからは測りがたいのが世の中というもの。だから、いたづらに嘆いたり落胆するのではなく、逆にいたづらに舞い上がったり奢り高ぶったりしていてもいけない。

「人間万事塞翁之馬」は、消極哲学ではありません。もちろん積極哲学でもありません。

淡々と、粛々と、自分がやるべきことをやるべきだという現実主義の人生哲学でしょう。

なにごとにも一喜一憂せず、あたかも自然現象を観察するような態度。わたしもそうありたいと思います。



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その他

書評 『漢文法基礎-本当にわかる漢文入門-』(二畳庵主人(=加地伸行)、講談社学術文庫、2010)



 
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2011年1月19日水曜日

put yourself in their shoes  「相手の立場になって考える」



 put yourself in their shoes という英語の慣用表現がある。「相手の立場になって考える」という意味だ。

 直訳すれば、「あなた自身をかれらの靴のなかに入れよ」となる。きわめて面白い比喩的表現である。

 自分の靴より大きなサイズの靴であればブカブカだろうし、逆に小さなサイズの靴であればきつくて痛くてしょうがない。

 いつもスニーカーしか履かない人が、ハイヒールに履き替える感覚も同じようなものだろうか。といっても男性の私にはよくわかりませんが、それはイマジネーションで補うべきものでしょう。

 むかし帝国陸軍ではこういう話があったということを何度も聞いたことがある。ある新兵が支給された軍靴(ぐんか)について、「この靴は自分には小さすぎるであります」と申し出たことに対して、古参の下士官が、「バカヤロー、天皇陛下からいただいた靴に、自分の足が合わないなどと抜かしおるのかっ。足を靴に合わせろ!」と怒鳴って、有無をいわせずいきなりビンタを食らわせた、と。

 まったくもって理不尽な話である。もちろん、この英語の格言はそれとはまったく意味が違う。
 しかも軍靴(ぐんか)は日本語では靴のカテゴリーだが、英語では military boots なので、シューズではなくブーツである。

 日本でも「相手の立場で考えよ」とは、耳にたこができるほどよく聞かされるアドバイスだが、この英語表現のように具体性を帯びた表現だと、耳できく聴覚にとどまらず、靴という視覚イメージや、足をつうじて感じる触覚まで刺激されるような気がする。場合によっては靴の匂いも??

 こういう身体性をともなった表現は、人間の五感に働きかける刺激度合いが複合的なので、イメージをふくらませやすい。



<ブログ内関連記事>

Eat Your Own Dog Food 「自分のドッグフードを食え」
・・ビジネス格言の英語スラング
       


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2010年12月14日火曜日

An apple a day keeps the doctor away. (リンゴ一個で医者いらず)





 An apple a day keeps the doctor away.
 これに直接対応する日本語のことわざはないので、仮に「リンゴ一個で医者いらず」と訳しておこうか。

 英語のことわざであるが、きわめて簡単な英語を使っているが、文法的にはやや中級レベルか。英文法のいわゆる基本五文型のうち、SVOC すなわち、S(主語)+ V(動詞)+ O(目的語)である。

 S(= Subjective:主語)は、An apple a day、これは an apple per day の意味。一日につきリンゴ一個。
 V(= Verb:動詞)は、keeps 一人称単数現在、keep away で、~を近づけない状態に保つ、という意味である。
 O(= Objective:目的語)は、the doctor、読んで字の如く、ここでは医者の意味。

 直訳すれば、「一日に一個のリンゴは、医者を近づけない状態に保つ」となる。少しくだいて訳すと、「リンゴ一個で医者いらず」となろうか。
 a day と away が韻を踏んでいるのも、耳に心地よい。

 それだけリンゴはカラダにいいということなわけである。というか、英語圏ではそう思われてきた、ということであろう。


 いつの時点で、このことわざを知ったのか覚えていないが、はじめて米国留学した1990年の時点では知っていた。

 カリフォルニア大学バークレー校の学生寮で寮生活していたが、リンゴはふんだんにあって食べることができた。同じコースではないが、親しくなった語学留学が目的の日本人に、このことわざを教えてあげた記憶がある。医者の卵だったから。

 その後、私はこのことわざをアタマのなかで浮かべながら、夏からずっと毎日最低一個はリンゴを食べ続けた。西海岸のカリフォルニア州から東海岸のニューヨーク州に移っても、リンゴは小型のリンゴで、形も味もあまり違いはなかった。

 米国の主流のリンゴは小型のサイズなので、まるまま一個を皮ごとかじって食べる。なんとなくこういう食べ方をしているとアメリカにいるなあ、という感じがしたものだ。
 
 米国に居住するようになってから半年ほどたったある日、化学(ケミストリー)で visiting scholar で滞在中の日本人ビジネスマンから、農薬がかかっているので皮を拭いたくらいではカラダによくない、皮はむいて食べるべきだと忠告されたので、それ以後まるかじりはやめることにしたのだが、その時点ですでに 250個をまるかじりで食べていた。

 学生寮の食堂で出るリンゴは、もちろん皮付きのままである。むいて食べるには果物ナイフが必要だが、学食にはないので、仕方なく食事用のなまくらで切れ味の鈍いナイフでリンゴの皮をむいて食べていた。
 米国滞在中に、その後リンゴは何個食べたのか、250個以降は数えるのはやめてしまったので、いまだにわからないままである。

 米国ではリンゴは西海岸でも東海岸でも栽培されているが、私がいたニューヨーク州では、リンゴをもぐのはジャマイカからの季節労働者だという記事をある雑誌で読んだ記憶がある。
 カリフォリニアのイチゴ農園の話は、作家の石川好が『ストロベリー・ロード』で実体験をもとに描いているが、基本的にメキシカンの季節労働者たちの仕事である。この移動路のことを「ストロベリー・ロード」というらしい。
 ニューヨーク州のリンゴ農園の話は、誰か小説に書いた人はいるのだろうか。そういえば、ドイツの白アスパラガスの収穫は、ポーランドからの季節労働者がやっているとテレビで見た記憶がある。


 中国の上海の、とある工業団地にある従業員用食堂(キャンティーン)でもリンゴがでてくるが、中国人を観察していると、鬼のようにリンゴの皮をこすってから丸かじりしていた。そうとう農薬がひどいのではないだろうかと、米国滞在時代の記憶を思い出しながら見ていたことを思い出した。

 タイのバンコクでも、タイと中国のあいだで FTA が締結されてから、大量の果物が輸入されるようになったので、桃やリンゴなどはかなりの量が中国から輸入されている。露店で売っていのを見る限り、粉を吹くぐらい、かなりの量の農薬がかかっているように見受けられたので、私はバンコクでは一回も中国産の果物は食べたことはない。


 キチンと皮をむいて食べれば、リンゴはカラダにいいということだ。

 An apple a day keeps the doctor away.

 栄養学的な話や薬学の話は別にして、私はリンゴを食べる度に、この英語のことわざを想起している。

 ただ、日本ではリンゴの銘柄が減ってしまって、ふじに画一化しているのは憂慮すべきことである。私が子どもの頃は、国光とか、デリシャスとか、スターキング、インドリンゴなどたくさんあったのだが。

 昔を懐かしんでも仕方ないが、とにかく簡単に手に入るリンゴでかまわないので、一日一個食べる生活習慣は、せめて冬の間だけでも続けたいと思っている。

 ちなみにきょう食べたリンゴの銘柄は「サンふじ」という、ややこぶりのリンゴである。「ふじサン」(富士山)ではない(笑)。



<ブログ内関連記事>

ジョン・レノン暗殺から30年、月日の立つのは早いものだ・・・
・・リンゴといえばアップル・レコードのビートルズ。中学生の頃、リンゴスター(Ringo Star)は日本が好きだからリンゴなのだと思っていたが、Ringo とは ring のことであるらしいと知ったのはだいぶ後のことである。

『ストロベリー・ロード 上下』(石川 好、早川書店、1988)を初めて読んでみた
・・カリフォルニアに移民した日本人の体験を小説にした作品。私の経験と重ねあわせながら、石川好の体験を読む。

『奇跡を起こす 見えないものを見る力』(木村秋則、扶桑社SPA!文庫、2013)から見えてくる、「見えないもの」を重視することの重要性
・・無農薬の「自然栽培」による「奇跡のリンゴ」の栽培農家

(2014年8月20日 情報追加)


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2010年12月11日土曜日

If Winter comes, can Spring be far behind ? (冬来たりなば春遠からじ)



       

 「冬来たりなば春遠からじ」 という日本語の表現がある。

 これとほぼまったく同じ意味をもつ英語の表現がある。

 If Winter comes, can Spring be far behind ?

 日本語と英語でほとんど同じ意味をもつ格言があるのか、といっけんすると思いがちだが、実はぜんぜん違う。

 このフレーズは、実は英国の詩人シェリーの詩の一節である。パーシー・B・シェリー(Percy Bysshe Shelley)は、18世紀の人。1792年に生まれて1822に亡くなった。30歳の若さで夭折した詩人である。

 If Winter comes... この一節は中学生レベルの英語で十分に理解できるもの。「冬が来るとき・・・」。

 そして、can Spring be far behind ? これも単語だけみれば中学生でも理解できるはずだが、いわゆる修辞的疑問文というやつだ。英語だと rhetorical question という。

 字面だけみれば、「春がはるか遠くにありうるだろうか?」。だが実際は、「いや、そんなことはないはずだ」という含みをもった表現である。

 だから、If Winter comes, can Spring be far behind ?(冬来たりなば春遠からじ)は、「冬が来たからといって、春がはるか遠いものであるはずはないのだ。冬のあとにはかならず春がくるのだ」という意味になる。


 似たような表現に 「明けない夜はない」 というものもある。

 これも出典は英文学である。シェイクスピア 『マクベス』 第4幕第3場ラストのセリフである。

 The night is long that never finds the day.

 いまはたとえ苦しくても、かならず苦労が報われる日が来る、という意味だ。


 「冬来たりなば春遠からじ」そして「明けない夜はない」。ともに、元気を鼓舞する内容の表現だが、これには確実な理由がある。

 それは、地球が自転しており、かつ 23.4度 地軸が傾いているからなのである。

 日照時間の長さ、月の満ち欠けといった天体現象と地球上におこる事象のすべては、「地球が自転しており、かつ 23.4度 地軸が傾いているから」という疑いようのない真実に尽きる。

 いますぐに春を待ちわびているわけではないが、そう思うだけで、なんだか気分がラクになるのは不思議なようであって、けっして不思議ではないわけだ。

 冬は堪え忍ぶだけでなく、夏の疲れを癒し、チカラを蓄える季節でもある。とくに今年2010年の夏は猛暑に苦しんだので、心身ともに回復する機会として活用したいものだ。

 春に全面的に開花すすための「溜め」の時期でもある。朝から活動するために夜は休息のために睡眠を取るのもまた同じ意味だ。自然界と同様、人間もメリハリが大切だ。
 
 冬の活動はけっして派手ではないが、実は大きな意味をもっている。
 夜中寝ていても、脳の活動が完全に止まらないのも同じことだ。

 受験生だけでなく、北半球に住む全ての人は冬をどう過ごしたかで、その後一年間のパフォーマンスが決まってくるのである。大いに心したいものである。



<ブログ内関連記事>

書評 『冬眠の謎を解く』(近藤宣昭、岩波新書、2010)

「お籠もり」は何か新しいことを始める前には絶対に必要なプロセスだ-寒い冬にはアタマと魂にチャージ! 竹のしたには龍がいる!

書評 『ああ正負の法則』(美輪明宏、PARCO出版、2002)-「正負の法則」は地球の法則である
・・地球が自転し、かつ地軸が傾いているからこそ、昼と夜があり、夏と冬がある。地球上のものごとには、かならず正負の法則が働くのである

「雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ」 と 「And the skies are not cloudy all day」
・・宮沢賢治の名文句とアメリカの愛唱歌

When Winter comes, can Spring be far behind ? (冬来たりなば春遠からじ) ・・夏と冬もまた地球の法則である「正負の法則」である

Tommorrow is another day (あしたはあしたの風が吹く)

(2015年1月31日 情報追加)


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2010年6月3日木曜日

「三日・三月・三年」(みっか・みつき・さんねん)



        
 「三日・三月・三年」と書いて「みっか・みつき・さんねん」と読む。

 最近の若い人たちはあまり聞き慣れていないかもしれないが、私の世代の人間であれば、親や祖父母からかならず何度も聞かされたフレーズであると思う。

 いずれも「3」がつくこのフレーズ、「3」がマジックナンバーであることを意味している。

 三日(みっか)とは文字どおり三日間のこと。

 三月(みつき)とは三ヶ月のこと、日数でいえば約90日で、約100日弱となる。

 三年(さんねん)とは、月数でいえば 36ヶ月になるが、日数でいえば 1,095日、すなわち1,000日強となる。

 三日坊主の3日はさておき、三月(みつき)は100日弱三年(さんねん)は1,000日強と、いずれもキリのいい数字と対応している。

 大統領でも首相でも、はじめて執務を開始してから最初の100日間は、メディアからは「蜜月期間」として手荒な扱いは受けないのが通例である。
 経済改革の場面などでは、いわゆる「100日プラン」でショック療法を行うことが行われることがある。

 アラビアンナイトの「千夜一夜」や比叡山の「千日回峰行」など、1,000日単位のものも多い。日本の民話に「三年寝太郎」というのがあるが、これはずばり3年だ。


 自分自身の経験からいっても、「3」にまつわる具体的な経験があるので、紹介しておこう。


 ●留学してから3ヶ月で英語が突然聞こえるようになった経験(27歳)

 27歳のとき、留学して3ヶ月というのは、正確にいうと、サマースクールの英語講習が終わって、M.B.A.の授業が本格的に始まった9月からまる3ヶ月がたった後ということだ。悪戦苦闘の第1学期(first semester)が終わって冬休みになり、冬休み明けの第2学期が始まって学校にいったら、突然苦もなく英語が飛び込んでくるのを感じたのである。あたかも鳥のさえずりのように、すべてが聞こえてくるという、実に不思議な体験であった。

 ●就職して3年目にそれまでバラバラに存在していたものが一気につながるのを感じた体験(25歳)

 就職して3年目にそれまでバラバラに存在していたものが一気につながるのを感じた体験(25歳)も、実に不思議な体験であった。突然すべてがつながるのが、画像として網膜のなかで見えたのだ。ニューロン(神経細胞)のようなものが白い糸が粘菌のようにからみあていく動画であった。一気にすべてがつながってゆくのを体感した。そういう体験である。

 いわゆる開眼(かいげん)、いわゆる開耳(かいじ)といううヤツだろう。文字通り、眼が開かれ、耳が開く、という経験をさした表現のことだ。

 大学時代に合気道を修行していたとき、友人から借りたカッパブックスの『合気道入門』(植芝吉祥丸、972)に、合気道開祖・植芝盛平(うえしば・もりへい)が40歳のときに「黄金体と化す」という神秘体験をして、武道の開眼をした経験がイラストとともに書かれていた。 ある日突然すべてが静寂になって自分が黄金体と化しているのを感じ、澄み渡った空間のなかで鳥の声がきこえてくるという体験をしたとき、「我即宇宙」(われ即ち宇宙)という神秘体験をしたという。
 はじめてそれを読んだときは、ウソくさいなと思った。当時の科学少年はガチガチの合理主義の信奉者であったので。しかし、そういう経験を自分が体験すると、素直に受け入れる気持ちになった。そういうことは実際にあるのだ、と。

 江戸時代に儒仏道をあわせて、一般庶民向けの生活倫理を説いた、石門心学の開祖・石田梅岩(いしだ・ばいがん)も同様の開眼体験したようで、意外な感を受けたことがある。
 大学時代に受講した安丸良夫の「日本思想史」(?)授業で(・・ほとんど出席していなかったが)、期末試験の際に、友人からもらった安丸先生の論文抜き刷りに書かれていた石田梅岩の体験と合気道開祖・植芝盛平の体験をからめて書いたら、「A」をいただいた記憶をいま思い出した。

 日本の一宗一派の開祖は、みな同じような経験をしているようである。いや、世界的に共通した体験であろう。スピリチュアルといっていいのかもしれないが、ここではそれは留保しておこう。


 100日続ければ、1,000日続ければ・・・ということは、少し難しくいうと、「量質転換」ということになる。ある一定量の蓄積が質の転換をもたらし、次のステージへと進んでいくことになる。いわゆる壁や踊り場というものは、足踏みをしているように感じるこの期間のことを指しているのである。これをさしてクリティカル・マス(critical mass)と表現することもある。臨界点に達するまでの蓄積量のことである。
 100日なり、1,000日の蓄積があって、はじめて次のステージが見えてきて、一気に地平が開けるような体験をすることになるのだ。
 「地道」(じみち)こそ真の「王道」(おうどう)・・これ以外の成功法則はないといっていいのではないかと思う。
 成功への道にショートカットはない

 「石の上に三年」というコトバもあるように、「3」というマジックナンバー、これはまさに年寄りの知恵として、記憶しておくべきだと思う。
 そういえば、合気道では「受け身三年」といわれていた。受け身がキチンととれるようにならないと、投げ技の多い合気道はきわめて危険である。自分が受け身を取れないのは危険であり、また相手が受け身がとれるように投げないとまた危険である。
 それをさして「受け身三年」というのだろう。まさに「千日の修行」である。


 心理学の応用として、よく初対面の「はじめの3分」が重要だ、という話を耳にするが、あえて中期的な「3ヶ月」長期的な「3年」の話を書いてみた。

 「三日・三月・三年」(みっか・みつき・さんねん)は、科学的根拠はさておき、「経験知」として、「人生の知恵」としては、傾聴に値するのではないだろうか。

 何はともあれ、とにかく3ヶ月はがんばてみよう!
 続けるか、やめるかは、その後に考えたらいい。



<ブログ内関連記事>

合気道・道歌-『合気神髄』より抜粋

書評 『千日回峰行<増補新装>』(光永覚道、春秋社、2004)-比叡山の「千日回峰行」のディテールを知りたい人は必読

『ちょっと本気な 千夜千冊 虎の巻-読書術免許皆伝-』(松岡正剛、求龍堂、2007)で読む、本を読むことの意味と方法

書評 『独学の精神』(前田英樹、ちくま新書、2009)-「日本人」として生まれた者が「人」として生きるとはどういうことか

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2009年12月22日火曜日

Bloomberg BusinessWeek-知らないうちに BusinessWeek は Bloomberg の傘下に入っていた・・・

     
                                     
 Bloomberg BusinessWeekって・・・えっ、知らないうちに BusinessWeek は Bloomberg の傘下に入っていた。これは驚きだ。

 米国のメディア界では活字メディアの再編が大規模に進んでいるなあ。そういえば、Wall Street Journal も メディア王ルパート・マードック(Rupert Murdoch)がオーナーになっている。

 私は、米国でM.B.A.取得してからずっと BusinessWeek を読んできたが(ここ数年は The Economist しか読んでないが・・)、メルマガのサービスだけは利用している。紙媒体は読んでいないが、ウェブ版は時折みているのだが、ある日気がついたら、Bloomberg BusinessWeek となっていたわけなのだ。

 最初は、ん?と思ったがとくに気にとめずやり過ごしていたが、3週目だろうか、気になってネットで調べてみたら、やはり BusinessWeek誌は、Bloomberg に買収されていたのである。

 BusinessWeek のサイトにこういう記事が掲載されている。

Bloomberg Wins Bidding For BusinessWeek
Posted by: Tom Lowry on October 13

Bloomberg LP, the global financial data and news empire created by New York City Mayor Michael R. Bloomberg, is the winning bidder for BusinessWeek.(以下省略)

 興味があれば全文読んでみたらいいいと思う。

 Bloomberg LP の LP とは、Limited Partnership のこと。英米法において、2名以上の自然人または法人が営利を目的に共同して事業を営む事業体をいいい、日本法でいう匿名組合に近い。

 紙媒体(プリントメディア)はどこも厳しい状況にある。日本でも先日、愛読してきた「フォーサイト」が休刊宣言したばかりだ。

 ビジネス専門誌と金融情報専門通信社が合体すれば、同じくビジネス情報を扱っているので、間違いなくシナジー効果は大きいと考えられる。


 ブルームバーグ(Bloomberg)といえば、そのむかし金融機関系コンサル会社にいたとき、金融専門の通信社ブルームバーグの金融データをリアルタイムで見ることのできる専用モニターが入ったのを覚えているが、その頃はまだブルームバーグの日本進出が始まったばかりであった。

 現在ではブルームバーグ・ニュースは、ウェブでも情報配信しているのでご存じの方も多いだろう。

 創業社長のマイケル・ブルームバーグはニューヨーク市長になって一般社会での知名度も上がったいる。起業が大成功し、巨万の富を稼いだ結果である。


 ところで、ブルームバーグ(Bloomberg)というのは、アシュケナジームのユダヤ系なんだが、この名字は実に面白い。Bloom(または Blum あるいは Blumen) はドイツ語で花、Berg は同じくドイツ語で山、つまり二つ合わせて「花の山」ということになる。

 「花の山」ってなんか聞いたことあるよね。

 そう、「人のゆく 裏に道あり 花の山」。有名な相場の格言だ。

 人と同じことをやっていたのでは成功しないという意味。逆張りのすすめ、である。だから、ブルームバーグ(=花の山)というのは、まさに証券業界にうってつけの名前なわけなんだな。


 マイケル・ブルームバーグはユダヤ系の投資銀行ソロモン・ブラザーズでパートナー(共同経営者)まで上り詰めた人なんだが、ブルームバーグの自伝によれば、ある日突然クビをいいわたされるという屈辱を味わっている。

 その悔しさをバネに自分で起業し、大成功を収めたというサクセス・ストーリーなわけだ。

 『メディア界に旋風を起こす男-ブルームバーグ-』(マイケル・ブルームバーグ、荒木則之監訳、東洋経済新報社、1997)として、ブルームバーグ社の日本進出にあわせて、日本語版が出版されていた。現在は絶版のようだが。私もすでに処分してしまったので手元にはない。


 ユダヤ人の人名については、Kaganoff, Benzion C. A Dictionary of Jewish Names and Their History, Jason Aronson Inc., 1996 という本が面白くて役に立つ。

 ブルームバーグの両親はポーランド出身とのことだから、ドイツ語というよりもイディッシュ語なんだろう。イディッシュ語はドイツ語にヘブライ語などまぜたものだから、同じようなものと考えていいだろう。


 またまた話は変わるが、マンガ家・西原理恵子の『西原理恵子の太腕繁盛記-FXでガチンコ勝負!編-』(西原 理恵子、新潮社、2009)というマンガは、FXの成功&失敗をリアルタイムで描いたマンガだ。

 全編カラーでサイバラ節が炸裂しているが、FXとは「外国為替証拠金取引」のこと。FX は Foreign Exchange(外国為替、略して外為(がいため))のことで、リーマンショックの直前まで、素人が主婦も含めて大量に、海外通貨取引に手を染めていたわけだ。

 このマンガは、そのリアルタイムの体験記だが、終わりのほうでは「わけいっても わけいっても 青い山」という句を引用したマンガがでてくる。

 これはいわずもがな、山頭火だね。種田山頭火(たねだ・さんとうか)、放浪の俳人。FX会社の社長・青山ポンタ浩に引っかけているギャグだ。 

 青い山とは、「人間(じんかん)至る所青山(せいざん)あり」の青山。つまり墓場ということ。どこにでも骨を埋めることができる、という男の心構えである。 東京に青山墓地というのがあるが、その意味において、この青山墓地というのはトートロジー(同語反復)である。

 まあ、「青い山」より「花の山」のほうが、証券業界がらみなら、間違いなく儲かりそうだな。

 社長が青山、というのはサイバラの敗因の一つかも知れないな。これはもちろん冗談だが。青山さんすみません。

 コーヒーの銘柄なら、ブルー・マウンテン(=青い山)はたいへん美味いのだが・・(笑)






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書評 『この世でいちばん大事な「カネ」の話』(西原理恵子著・装画・挿画、理論社、2008)-カネについて考えることはすごく大事なことだ!

書評 『マネーの公理-スイスの銀行家に学ぶ儲けのルール-』(マックス・ギュンター、マックス・ギュンター、林 康史=監訳、石川由美子訳、日経BP社、2005)





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