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2014年8月4日月曜日

書評『思想としての動物と植物』(山下正男、八坂書房、1994 原著 1974・1976)-具体的な動植物イメージに即して「西欧文明」と「西欧文化」の違いに注目する「教養」読み物



かつて中公新書から出版されていた、イメージから哲学にアプローチするテーマの二部作を合冊版として復刊したものである。それぞれ、『動物と西欧思想』(中公新書、1974)『植物と哲学』(中公新書、1976)である。

思想関連や哲学関連の本を読み慣れていない人にとっては、そこにでてくる抽象概念に難解な印象を受けて取っつきにくい、あるいは最初から食わず嫌いで敬遠してしまうことも多いだろう。

だが、西欧思想の根幹をなすキリスト教も、東洋思想の根幹をなす仏教も儒教も、人間が生み出した思想表現である以上、人間が生きてきた自然環境とのかかわりから大きな影響を受けていることはいうまでもない。そういった環境から受けてきた影響をイメージを介して抽象化したものが思想であり、哲学と考えれば取り組みやすくなるのでないかというのが著者の基本姿勢である。

一言でいえば、具体から抽象へという思考の流れを、再体験してみるということだ。具体的な事物に即してみることで、思想家や哲学者が使用しているコトバが、暗黙のうちに依存しているイメージがわかってくる。そういう観点で抽象的な思想や哲学をみれば、おのずから西欧文明の特質も限界も見えてくるということである。

とくに哲学との関係でいえば、「第2部 植物と哲学」が東西思想をほぼすべての項目にわたって比較しているので、西欧特有の思想、東洋特有の思想といった相違点でなく、意外と共通点が多いことが理解されるだろう。

新版のカバーにも描かれている「人間は逆立ちした植物だ」(プラトン)と「植物は逆立ちした人間だ」(アリストテレス)という命題が興味深い。植物は栄養を根っこから取り入れ、すみずみまでゆきわたらせるのだが、前者の命題は天上世界への志向性のつよいプラトンらしいもので、後者の命題は、生物学を中心とし地上中心的な現実主義的志向を示したアリストテレスらしい。この両者が西欧哲学の原点にある。

キリスト教神学の発展においては、まずはプラトン哲学が大きく利用され、中世においてイスラーム経由でアリストテレス哲学が導入されて強化されたのである。

とはいえ、正直いってこの「第2部 植物と哲学」はあまり成功しているとはいえない。あまりにもディテールに入り込んでしまっているので、哲学というよりも、たんなる知識の羅列に終わってしまっているという印象がつよく、読んでいてわずらわしい。

また、1976年という執筆された時代の制約のため、現時点からみるとあまり賛同できない主張も少なくない。1973年に高度成長が終わり、世界全体にも「成長の限界」などペシミズムが充満していた時代である。

(筆者所蔵の原著二冊)

これに対して「第1部 動物と西欧思想」にほうがテーマ性が明確に打ち出されているためはるかに面白いだけでなく、基本的枠組みは初版が出版されてから40年たっている現在でも新鮮である。西欧思想史を、メタファーとしての動物イメージによって三段階に区分するという構成が明確だからだ。

三段階は、①鹿、②羊、③馬(あるいは牛)、で表現される。

①鹿: 人類の「狩猟段階」における動物シンボル
②羊: 「牧畜段階」における動物シンボル
③馬(あるいは牛): 「農業段階」における動物シンボル

もちろんこれは西欧世界に適用したケースであって、人類史全体に普遍的なものではないことに注意しておきたい。

基本的にカバーされるのは古代から中世までの西洋史だ。古代と中世に西欧文明の核となる要素が形成された。この核をもとに大きく脱皮して跳躍したのが、いわゆる「西欧近代」である。

普遍的な「文明」を生み出した西欧が、じつはいかなる風土や環境にあったのか、「文明」からは切り落とされがちな「文化」の側面にも十分な目配りをすることによって、西欧文明の普遍性とその限界が明確になる。

まずは、「Ⅰ章 角のある神と魔女」で野生動物としての鹿を取り上げ、結局のところ家畜化できなかった鹿と人間のかかわりを、聖書や古代ギリシアと古代ローマ、英語を中心としてドイツ語、フランス語の語源を跡づけながら論じている。

キリスト教が普及していくなかで、ケルトやゲルマンの神々がキリスト教によって選別され、許容可能なものは吸収され、そうでないものは排除され撲滅された。これは601年に教皇グレゴリオ一世によって採用された「布教地における慣習順応」(accomodatio)によるものである。

だが、排除された神々は悪魔として西欧人の心性の奥底に生き残る。悪魔に角が生えているのは、鹿を神としてしていた古代信仰の名残りである。

「Ⅱ章 羊イメージ群とキリスト教」では、家畜化された動物の代表として羊を取り上げ、群れとしての存在の羊と羊飼いのイメージが、キリスト教のもとにおいては聖界と俗界の両面にわたっての支配のメタファーとして機能したことを明快に説明している。このメタファーは、旧約聖書と新約聖書のヘブライ的世界観だけでなく、古代ギリシアの世界観と共通するものであった。羊と羊飼いのメタファーにおいて、ヘブライズムとヘレニズムが融合しているのである。

「Ⅲ章 牛馬イメージと西ヨーロッパ世界」では、西欧における「農業革命」の結果、馬の食糧となる穀物生産能力が大幅に向上し、耕作に使用する馬が牛にかわって重要な役割を占めるにいたったこと、農業における馬の使用と同時に騎士階級にとっての馬が両立したのが西欧世界であったことが指摘される。

「Ⅳ章 馬から機械へ」では、動力源の変化が、馬から機械への転換を促し、その移行期においては馬のメタファーが使用されていたことが指摘されている。馬力(horse power)という英単語が端的にその事情を表現している。

もともとの新書版の紙数の関係からか、やや尻つぼみになっているのが残念だ。西欧を中心にして日本や中国にも目配りしているのはいいのだが、生態系の観点からはむしろ中近東を含んだユーラシア大陸の宗教であるイスラームについてもっと深く言及すべきであったろう。だが、これまた時代の制約があろう。1974年時点ではまだイスラームに対する知的関心は始まったばかりであった。

「第1部 動物と西欧思想」の「Ⅱ章 羊イメージ群とキリスト教」を読んだうえで、「第2部 植物と哲学」を読むと、初期キリスト教の「羊と羊飼い」のメタファーから、「ブドウ栽培」という耕作メタファーに移行することによって、ヨーロッパでのキリスト教布教がスムーズに進んだことが理解できる。

また、10世紀以降の森林の開墾が穀物生産を活発にさせる道を切り開いた。この中心として活動したのがベネディクト派系列の修道院である。いわゆる「開発主義」の元祖というべきであろう。

「第2部」はバラして「「第1部」に再編集したほうが、『動植物と西欧思想』として「第1部」のテーマを補強することになって、読み物としてもさらに面白いものになっただろうにと惜しまれるのである。

西欧世界におけるイメージについては、原著出版後には 『イメージ・シンボル辞典』(アト・ド・フリース、山下共一郞他訳、大修館書店、1984)などが翻訳出版されているので、個々の項目については的確な知識を得ることができるが、メタファーとして使用されてきた動植物イメージを思想の流れとしてたどることができるので、とくに「第1部」は現在でも興味深い内容だろう。



「第1部」は英語学習者にとっても「教養」を深めるうえで大いに役に立つはずだ。英語をその語源にまでさかのぼり、しかも西欧思想のエッセンスを知るための教養読み物としては価値があるといえるだろう。全編にわたって詳細に英語を中心に、ドイツ語、フランス語、ラテン語、ギリシア語が原つづりのままでてくるので、西欧語としての発想の共通性を知ることができる。

原著出版から40年後の現在は、すでに「工業時代」から「情報文明」に移行している。「情報時代」のメタファーは、はたして動植物イメージで表現可能か(?)という疑問もわいてくる。メタファーとしての動植物イメージは、もはや使い尽くしてしまったのではないか、と。

いまではもう手垢のついた表現になってしまったが、一時期さかんにクチにされたのが「ドッグイヤー」(dog year)という表現だ。技術進歩のスピードが人間の寿命ではかるよりも犬の寿命のスピードではかったほうがより正確だという趣旨によるものだ。

現代社会では、動植物も身の回りのものではなく、原生生物アメーバや動植物両方の特性を備えた粘菌、あるいはウイルスなどの細菌、そしてまた遺伝子としての DNA がメタファーとして多用されるようになっているのかもしれない。

現代は「生物学の時代」といわれているが、実態は分子生物学と遺伝子工学に代表される生物物理学の時代なのである。わたしが本書の続編を書いて再編集するなら、そんなメタファーを解説した内容になるだろうか。

こんなことを考えてみるのも面白い。





目 次

第1部 動物と西欧思想
 序章 思想とイメージ
 Ⅰ章 角のある神と魔女
 Ⅱ章 羊イメージ群とキリスト教
 Ⅲ章 牛馬イメージと西ヨーロッパ世界
 Ⅳ章 馬から機械へ
 結び 動物と革命思想
第2部 植物と哲学
 序章 農業段階の哲学
 Ⅰ章 植物と人間のアナロジー-観念論的場面で (1)
 Ⅱ章 人間の歴史と植物イメージ-観念論的場面で (2)
 Ⅲ章 哲学・宗教と植物イメージ-観念論的場面で (3)
 Ⅳ章 宇宙における植物と人間の位置-存在論的場面で
 結び エコロジーの思想史的意義
参考文献


著者プロフィール
山下正男(やました・まさお)
1931年、京都市生まれ。京都大学文学部哲学科卒業。同大学人文科学研究所教授を経て名誉教授。専攻課題は論理と数理の比較思想史的研究。著書にはこのほか『思想の中の数学的構造』など。





PS キリスト教に吸収され、あるいは排除された古代ケルトや古代ゲルマンの神々

このテーマについては、ユダヤ系ドイツ人の詩人ハインリヒ・ハイネの『流刑の神々・精霊物語』(小澤俊夫訳、岩波文庫、1980)を読むといいだろう。

この本にインスパイアされて柳田國男は民俗学研究を本格的に進めることになったこともアタマのなかにいれておくといい。柳田國男はこの本をフランス語訳(?)で読んだらしい。

こういった近代初期までに排除され「撲滅」されたはずの古代ゲルマンの神々が蘇生され、猛威を振るったのが第一次世界大戦敗戦後のドイツであり、最終的にナチスによる欧州破壊にまで行き着くことになることは、まさかハイネも予測できなかったことであろう。

キリスト教によって鍛えられた「西欧文明」と、キリスト教がそのなかに取り込み、あるいは排除し抑圧してきた古代の神々もその要素である「西欧文化」の違い。キリスト教の支配力が弱体化するにつれて、古代的なものが復活してきたのは当然といえば当然であった。



<ブログ内関連記事>

書評 『ヨーロッパとは何か』(増田四郎、岩波新書、1967)-日本人にとって「ヨーロッパとは何か」を根本的に探求した古典的名著

書評 『封建制の文明史観-近代化をもたらした歴史の遺産-』(今谷明、PHP新書、2008)-「封建制」があったからこそ日本は近代化した!

書評 『正統と異端-ヨーロッパ精神の底流-』(堀米庸三、中公文庫、2013 初版 1964)-西洋中世史に関心がない人もぜひ読むことをすすめたい現代の古典

アッシジのフランチェスコ 総目次 (1)~(5)

映画 『シスタースマイル ドミニクの歌』 Soeur Sourire を見てきた

「祈り、かつ働け」(ora et labora)

修道院から始まった「近代化」-ココ・シャネルの「ファッション革命」の原点はシトー会修道院にあった


キリスト教と動物の関係

「近代化=西欧化」であった日本と日本人にとって、ヒツジのイメージはキリスト教からギリシア・ローマ神話にまでさかのぼって知る必要がある

西欧文明の根幹をなすキリスト教とヒツジの関係を考えるには、まずは『コンコルダンス』を開いてみることだ

書評 『動物に魂はあるのか-生命を見つめる哲学-』(金森修、中公新書、2012)-日本人にとっては自明なこの命題は、西欧人にとってはかならずしもそうではない


近代以後の西欧思想

書評 『オウム真理教の精神史-ロマン主義・全体主義・原理主義-』(大田俊寛、春秋社、2011)-「近代の闇」は20世紀末の日本でオウム真理教というカルト集団に流れ込んだ

書評 『現代オカルトの根源-霊性進化論の光と闇-』(大田俊寛、ちくま新書、2013)-宗教と科学とのあいだの亀裂を埋めつづけてきた「妄想の系譜」


■植物でも動物でもない粘菌という存在

"粘菌" 生活-南方熊楠について読む

(2015年9月13日 情報追加)


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2012年5月6日日曜日

書評『ニシンが築いた国オランダ ― 海の技術史を読む』(田口一夫、成山堂書店、2002)― 風土と技術の観点から「海洋国家オランダ」成立のメカニズムを探求

(17世紀オランダの画家フイゲール作「スヘフェニンヘンの海岸」)


『ニシンが築いた国オランダ  ―  海の技術史を読む』(田口一夫、成山堂書店、2002)は、「海洋国家オランダ」成立のメカニズムを探求したじつに興味深い本だ。オランダは17世紀にカトリックのスペイン(=ハプスブルク帝国)から独立したプロテスタントの国である。

ニシンというと、日本ではなんといってもその卵からつくる数の子であり、あとは身欠きニシンくらいしか思い浮かばないのだが、オランダや北欧では、北海で大量に獲れるニシンを塩漬けや酢漬けとして日常的に食べている。しかも、オランダではいまでも初物のニシンをナマで食べるのだという。それほど、オランダにとっては重要な意味をもつ魚なのだ。

このニシンから話を説き起こすことによって、いっけん何のつながりもない雑多な事実が、過酷な風土とそこに花開いた技術という観点から互いに関連づけられて解き明かされる。じっくり事実関係を確認しながら読むと、得るものはきわめて大きい。

オランダは正式にはネーデルラントという。文字通りの意味は「低地」であり、いまでもゼロメートル以下の土地も多く、津波の被害をたびたび受けてきた。このため堤防をつくり、治水技術によって自然の猛威と戦ってきた土地柄である。

また、オランダは低地であるだけでなく、砂が堆積しやすい遠浅の海岸には天然の良港がない。オランダは、まさに人間のチカラによって築いた国であるといえる。「神が天地を創造し、オランダ人がオランダ国土を創造した」というコトワザそのとおりだ。日本も明治時代初期には、デ・レイケというオランダの治水技術者の教えを受けている。

過酷な環境で生きるには意志のチカラと知力が不可欠である。そういう環境は風土と言い換えてもいいだろう。幸いなことにニシンという自然の恵みがあったおかげで、オランダはニシン漁にかかわる技術を出発点に、その後の国際貿易を中核に置いた「海洋国家」として急速に成長することが可能になったのである。

造船技術というハードウェアと操船技術というソフトウェアがあいまって、オランダの海事技術はニシン漁から遠洋航海へと発展していく。その結果、国際的な海上物流を担うまでに成長し、オランダ東インド会社によるインドネシア貿易の独占まで発展していく。造船技術と操船技術の両者があいまって実現できたことは、オランダとインドネシアの距離を考えてみれば一目瞭然だ。著者によれば、海事用語にはオランダ語起源のものが多いらしい。

また、 航海術の発展は、必然的に光学や物理学の発展をうながし、顕微鏡や天体望遠鏡などの光学機器の開発につながっていく。フェルメールやフランク・ハルスの絵画に光学機器が応用されているのも、17世紀オランダならではのものなのである。

ニシン漁の発達から始まった漁業は捕鯨業にも発展していく。当時の捕鯨は鯨油をとることが主目的だったのだが、その鯨油関連のビジネスから食品分野の多国籍企業ユニリバーが生まれる。また、東インド(=インドンシア)の石油からは、ロイヤル・ダッチ・シェルという多国籍企業が生まれたという記述には、なるごどと思わされるのである。技術的な発展からいって、きわめてナチュラルな流れなのである。

環境の厳しさを克服して豊かな国をつくりあげたという点において、オランダとイスラエルは特筆に値すべきものといっていいだろう。オランダは低地を、イスラエルは乾燥した砂漠を、それぞれ農地に転換し、現在では世界有数の農業国になっている。

戦略論の大家である経営学者のマイケル・ポーターには、『国の競争優位』(The Competitive Advantage of Nations)という大冊の名著がある。しかし、日本やスイスが取り上げられていながら、残念なことにオランダやイスラエルは取り上げられていない。その意味では風土と技術の関連からオランダをくわしく取り上げた本書は、きわめて貴重な本であるといっていいかもしれない。ポーターの本とあわせて読むといいだろう。

オランダ現地をくまなく歩き、欧州の海事博物館をくまなく見て回った著者は、フィールドワークに加えて、フェルナン・ブローデルなどの歴史書も存分に使いこなしている。

話題があまりにも多岐にわたっており、けっしてスラスラ読める本ではないのだが、一級海事士であり、電波航法という海事技術の専門家が書いた本であるだけに、ところどころにきわめて重要な指摘がなされている。じっくり読めばきわめて得るものが多い本である。

ぜひ一読をすすめたい。


<初出情報>

■amazon書評「風土と技術の観点から「海洋国家オランダ」成立のメカニズムを探求した興味深い本」 投稿掲載(2012年5月6日)


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目 次
はじめに
1. オランダの海とニシン
バルト海のニシンとハンザ
中世の北海ニシン漁
二つの海洋国、オランダと英国
ニシン塩漬け作業のマニュアル化
ニシンと市民生活
海の帝国になったオランダ
オランダ海運の強さの秘密
アムステルダムは世界を制した
オランダ共和国は世界の中心へ-捕鯨国へ発展
東インドへの航路
海に生きた東インド会社
近代海図の誕生
付録 拿捕船とピープス海軍大臣
オランダの海の歴史年表-ニシン漁業を中心として-
参考文献
あとがき
索引   

著者プロフィール
田口一夫(たぐち・かずお)昭和26年(1951年)、函館水産専門学校(現北海道大学水産学部)遠洋漁業科卒業。同31年鹿児島大学水産学部(助手)。平成7年(1995年)、鹿児島大学名誉教授。工学博士(LF、VLF航法電波の伝搬に関する研究)。1級海技士(航海)。双曲線電波航法について35年間研究する(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



ニシンについてのあれこれ  ―  アタマの引き出し 書評への付記


(スウェーデン産のニシンの酢漬け)


書評では、ニシン(herring)の食べ方については以下のように書いておいた。

オランダや北欧では、北海で大量に獲れるニシンを塩漬けや酢漬けとして日常的に食べている。しかも、オランダではいまでも初物のニシンをナマで食べるのだという。それほど、オランダにとっては重要な意味をもつ魚なのだ。

現在でも、ドイツでも中級程度のホテルに宿泊すると、朝食会場にはニシンの酢漬け(ピクルス)が置いてあることが多い。

また、ドイツにはその名も北海(Nordsee:ノルトゼー)という魚中心のファストフードチェーンがあるので、魚のサンドイッチなどの軽食を食べるにはきわめて便利でありがたい。




オランダでは塩漬けにしたニシンをナマで食べるのだが、食べるときは顔を上げて、ニシンの尻尾をもってアタマから飲み込むように食べるらしい。本書にも、若い女性がそのように食べている姿が写真で紹介されている。

ところが、ニシンは塩漬けや酢漬けだけではない。

スウェーデン北部には、ニシンの缶詰であるシュール・ストレンミングというものがあるらしい。生のニシンの缶詰にして密封し缶内で発酵させたものであるが、缶詰をあけるときは要注意だそうだ。強烈な臭気は、とても耐えられるしろものではないらしい。

この話は、発酵学者で食文化研究家の小泉武夫氏が、『発酵食品礼賛』(文春新書、1999)など、いろんなところで書いているので有名だが、さすがにわたしは食べたことも、匂いをかいだこともない。伊豆諸島の名物の干物くさやより、はるかに臭く、絶対に家のなかで開封してはいけないそうだ。もしそんなことしたら、たいへんなことになってしまうという・・・

wikipedia のニシンの項目には「日本以外での生活文化においての利用」という文章があるが、そこにはポーランドの話が紹介されている。

ポーランド料理のシレチ・ポ・ヤポンスク( śledź po japońsku/日本風ニシン)とは、 酢漬けにしたニシンをゆで卵入りのマヨネーズで和えたもの。ポーランドではポピュラーなニシン料理となっている。「日本人はニシンの卵(数の子)が好きだ」というのが、「日本人はニシンと卵が好きだ」と誤ってポーランドに伝わったため、ニシンと卵をあわせた料理が「日本風」と呼ばれるようになった。

おお、なんという、うるわしき誤解! ほんとうかどうかは知らないが、話としては面白い。しかも、なんだか美味そうだ。 śledź po japońsku で検索してみたら、ポーランド語のレシピがでてきた。内容は読めなくても写真があるので、参考になるだろう。シレチ・ポ・ヤポンスクは簡単そうなので、こんどつくってみようかな?

なお、写真として掲載したものはスウェーデン産のニシンの酢漬け(pickled herring)。これは、酢漬け(ピクルス)なので、酸っぱいが匂いはきつくない。じゃがいもから蒸留してつくった、アルコール度数40%のスピリッツであるアクアヴィットと一緒に食べると北欧気分を大いに味わうことができる。

たまには、日本風以外の食べ方も試してみるといいでしょう。



<ブログ内関連記事>

「フェルメールからのラブレター展」にいってみた(東京・渋谷 Bunkamuraミュージアム)-17世紀オランダは世界経済の一つの中心となり文字を書くのが流行だった
・・フェルメールとスピノザをつなぐものは光学レンズであった

政治学者カール・シュミットが書いた 『陸と海と』 は日本の運命を考える上でも必読書だ!
・・オランダのプロテスタント漁民による捕鯨業進出の話が触れられている

書評 『オランダ風説書-「鎖国」日本に語られた「世界」-』(松方冬子、中公新書、2010)
・・なぜ17世紀オランダが世界経済の一つの中心地であったのか、その理由の一つが日本との貿易を独占していたことは日本人の常識とならねばならない

書評 『チューリップ・バブル-人間を狂わせた花の物語』(マイク・ダッシュ、明石三世訳、文春文庫、2000)-バブルは過ぎ去った過去の物語ではない!

「急がば回れ」-スイスをよりよく知るためには、地理的条件を踏まえたうえで歴史を知ることが何よりも重要だ 
・・マイケル・ポーターの『国の競争優位』について言及

映画 『加藤隼戦闘隊』(1944年)にみる現場リーダーとチームワーク、そして糸川英夫博士
・・晩年の糸川博士が注目していたイスラエルについて『荒れ野に挑む』を中心に触れている

書評 『中国市場で成功する人材マネジメント-広汽ホンダとカネボウ化粧品中国に学ぶ -』(町田秀樹、ダイヤモンド社、2010)-グローバル・マネジメントにおける人材マネジメントについて
・・ユニリバーとシェルという英蘭コングロマリットについて触れている

書評 『歴史入門』 (フェルナン・ブローデル、金塚貞文訳、中公文庫、2009)


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2010年7月20日火曜日

映画 『ザ・コーヴ』(The Cove)を見てきた




 映画『ザ・コーヴ』(The Cove)を見にいってきた。

 東京は青山のイメージフォーラムで7月3日から上映中の、和歌山県太地町におけるイルカ漁に反対する、米国の運動家たち活動を追った、自称ドキュメンタリー映画である。

 2009年米国制作の91分。PG12指定がされている。12歳以下のよい子は見ないようにという配慮である。


 アカデミー賞の発表当時、実際にこの映画を見た前だが、なんでこんな映画がアカデミー賞なのだ(!)と怒りを感じたのは、過激な動物保護運動である「シーシェパード」の暴力的テロ行為の延長線上で捉えていたからだろう。

 また、日本での公開前夜、さまざまな妨害を恐れて映画館主がビビっているという話も報道されていた。しかし、この手の妨害やイヤガラセは意図に反して逆効果だ。興業主からみればかっこうの話題作りとなるので、マーケティング的にはウェルカムな話だろう。

 賛否両論の激しいものであればあるほど、自分の眼で実際に見て、そのうえで判断したいものである。私の眼をつうじて感じたことを記しておきたいと思う。


映画の感想

 率直にいって面白い映画である。最後の10分を除けば。

 もちろん私自身はつとめて冷静になろうとは思っているが、基本的には「シーシェパード」などの活動には賛同しない。その意味では「予断」がまったくないわけではない。

 基本的にドキュメンタリー・タッチのこの映画は、非常にわかりやすく面白い。映画の途中で「こんなに面白いと思ってしまっていいのだろうか」と感じたくらいだ。

 物語の基本的な構造が正統的なパターンを踏んでいるからだ。

 映画のタイトルとなったコーヴ(cove)とは入り江のこと。イルカの追い込み漁が行われる、和歌山県太地町の、とある入り江のことを指している。だから定冠詞をつけた The Cove なのである。



映画の中身をさらに詳しく見てみる

 主人公のイルカ保護の活動家リック・オバリーは、もともとイルカの調教師の先駆者。日本でも私の世代の人間ならよく知っている『わんぱくフリッパー』という米国のホームドラマで、調教師兼俳優として10年間活躍した人物である。この活動で財産も作った。

 その主人公が、ストレスの高い環境のもとでイルカを飼育して、ショーに出演させて芸をさせることに疑問と罪悪感をもった結果、成功した過去の10年間を打ち消すかのように、贖罪感に促されて違法な活動も含めたイルカ保護活動に身を捧げる決心、その後の35年間過ごしてきた。

 そんな彼がターゲットに選択したのが和歌山県太地町。世界遺産の熊野からも近い、クジラの追い込み漁で江戸時代から知られた漁師町である。この太地町については、書評 『平成海防論-国難は海からやってくる-』(富坂 聰、新潮社、2009)の第3章 調査捕鯨船団 vs. 環境テロリスト、南氷洋の闘い で触れているので、参照していただきたい。

 イルカ漁の歴史については、私は調べていないのでよく知らないが、かつては日本各地で行われていたのだろう。

 映画のなかでも、長崎県の壱岐の大量捕獲で浜辺に並んだイルカの映像が使用されているが、これはたしかイルカ漁に対する抗議でオリヴィア・ニュートン=ジョンが日本でのコンサートを中止したときのものではなかったろうか。中学生時代、オリヴィアのファンだった私はこの一件で熱が冷めてしまったが、オリヴィア自身はその後カリフォルニアに移って環境問題に熱心に取りくんでいる。

 活動家たちによって、ターゲットに選ばれた和歌山県太地町に対する執拗なまでのこだわり

 明らかにプロパガンダ映画なのだが、作りがドキュメンタリー映画風でかつエンターテインメント的な要素が多く、手に汗握るハラハラドキドキものなのだ。

 ジョージ・クルーニーをもう少し太めにしたようなエネルギッシュで渋い、もう一人の主要登場人物が、『オーシャンズ11』のようだなとつぶやくシーンがある。

 太地町でのイルカ追い込み漁(・・活動家たちにいわせればイルカ虐殺)シーンを撮影するために、さまざまなスペシャリストでプロジェクト・チームを組成し、ミッションを遂行する秘密のオペレーションをさしていったものだ。命知らずのカメラマン、元軍人、水中で音を出さずに潜る素潜りの達人などがチームメンバーである。

 プロジェクト・チームのミッションは、とにかく「人を動かす映像」を撮れというものだ。

 このため、隠し撮りのためのさまざまな手法も開発し、大量の資材を日本に持ち込んで、太地町の和風旅館をベースキャンプにして、ミッションを決行する。

 これだけなら、まさにドキュメンタリー・タッチのエンターテインメントなのだ。

 そしてミッッション遂行に成功した彼らの達成感は、隠し撮りによって撮影された映像でもって雄弁に代弁されることになる。映像のチカラはコトバのチカラの及ぶところではない

 イルカを入り江の浜辺に追い込んで、銛(もり)で一気にひと突きする漁師たち、真っ赤な鮮血に染まる入り江、これが隠し撮りカメラによって、あまた上空に飛ばした飛行船(?)の搭載されたカメラで撮影される。12歳以下は視聴禁止というPG12指定がされているはそのためだ。

 おそらくこの映画を最初から見て、最後のこのシーンまで見たなら、イルカ漁は絶対にやめるべきだという結論をほとんどの人がもつはずである。映画制作者たちの意図ははほぼ完全に達成されたというべきであろう。

 それだけショッキングで、インパクトのある映像である。

 英語も比較的聴き取りやすく、日本語字幕には間違いはあまりなかった。微妙な内容だけに、日本公開にあたっては細心の注意を払っているのだろう。米国版にはないと思われる注意喚起の日本語がプリントされて上映されている。


映画の内容にかんする疑問

 映画のクライマックスとなる、鮮血にそまった入り江(cove)のシーン

 編集前の映像が映画のなかに登場しないので詳細はわからないが、明らかにCG処理などの映像処理をしていると考えるのが常識だろう。

 日本人の大半はイルカの肉など食べたこともないし、食べたいとも思わないだろう。街頭インタビューの映像にでてくる日本人たちも、こういう反応がでてくるのは容易に想像されることだ。不思議でもなんでもない。
 
 この映画で主張されるように、クジラ肉と偽ってイルカ肉が日本国内で流通しているというのは、はなはだ疑問である。そもそも、日本でクジラ肉があまり食べられなくなってからかなりの年月がたっている。そうまでしてクジラ肉を食べたい日本人は限定される。

 イルカ肉の水銀含有量が多いというデータを日本政府が隠蔽しているという主張も疑問である。

 映画に登場する日本人科学者が目線だけでなく、名前も出さないように要請したのは当然だろう。米国版はみていないが、トレーラー映像で推測する限り、このような処置はしていないと思われる。

 水俣病のドキュメンタリーフィルムを挿入しているのは、水俣病の悲劇について知っている世界中の人々に対する、理性ではなく感情に訴えるプロパガンダ色が濃厚だ。

 イルカ保護活動家たちの、十字軍的な情熱はいったいどこからでてくるのか?

 この映画を作成した人たち、アカデミー賞を受賞させた人たちの意図は何か?

 太地町サイドの発言はほとんどないので、かなり一方的な作りになった映画である。

 イルカ漁は、世界中で太地町だけなのか?

 このほか子細にみたら、疑問点は数限りなくでてくるはずだ。おそらく詳細については誰かがキチンと調べているはずだろう。

 ここには疑問点だけを掲載して、検証はどなたかにお任せすることしたい。


映画全体の評価


 映画上映にさきだって、ジャーナリストの鳥越俊太郎氏のコメントがでてきたが、私もまったく同感だ。

 「同じ隠し撮りなら、『ザ・コーヴ』よりも『ビルマVJ』のほうがアカデミー賞を取ってしかるべきだった」、と。

 『ビルマVJ』の VJ とは Video Jounalist(ビデオ・ジャーナリスト)の略、2008年に勃発した僧侶が主導するミャンマーのデモを、ビルマ人 VJ たちが決死の覚悟で撮影したドキュメンタリーだ。VJたちの多くはその後当局によって拘束され獄中にある。

 ハリウッドにとっては、人間の命よりも、イルカの命のほうが大事なのだろうか?

 確かにイルカの知能は高い。これは否定できない。中国では海豚と表記したように海の哺乳類である。

 日本でも米国の画家ラッセンのイルカの絵画は人気がある。
 『わんぽくフリッパー』、おお懐かしい。フリッパーの声。
 日本製アニメの名作『海のトリトン』ではないが、ギリシアのイソップの寓話にも、イルカに助けられた人間の話はでてくるし、クレタ島の壁画にもイルカが描かれている。

 イルカ保護の活動家たちは、執拗にイルカはクジラの仲間であると主張する。映画のなかでは何度も IWC(国際捕鯨委員会)における日本政府の立場を批判すしているが、イルカとクジラは同じ海の哺乳類だとはいえ、同じカテゴリーでくくるのは考え方次第であろう。

 太地町のイルカ漁関係者たちにも言い分があるだろう。映画のなかではひたすら活動家たちの行動を邪魔する存在としてのみ描かれているが、これはかなりの程度プロパガンダ色の強い編集である。

 「友と敵の峻別」という二元論の発想。かわいそうなイルカを保護するのは「友」、それを阻止しようとする「敵」。

 一方的な主張に終始し、立場の異なる相手を理解しようとしない頑なな精神。対話のないところには、何も生まれまい。

 日本人が英語のロジックでコトバでもって説明し、十分に主張できないことのもどかしさ、むなしさ・・・

 米国人の一方的な論理展開にへきえきし、悔しい思いをするのは、太地町の関係者たちだけではあるまい。

 イルカ漁は正しいのか、正しくないのか。これは一義的には決めがたい。

 ハーバード大学の超人気授業をまとめた、『これからの「正義」の話をしよう-いまを生き延びるための哲学-』(マイケル・サンデル、鬼澤忍訳、早川書房、2010)の著者サンデル教授の授業に取り上げてもらいたいものだ。

 日本でも大学の授業で取り上げれば、「複眼的思考」養成のまたとない教材となるだろう。イルカ漁についての是非を問うディベート教材として。

 その際には、映像情報のウソを見破る教育を施してもらいたいと強く期待する。





<関連サイト>

『ザ・コーヴ』公式サイト(日本版)http://thecove-2010.com/
『ザ・コーヴ』トレイラー(米国版)
http://www.youtube.com/watch?v=4KRD8e20fBo
・・これを見ると日本人の登場人物に目隠しはしていないことがわかる。

『ザ・コーヴ』 の日本語吹き替え版
・・アメリカのウェブサイトにて無料(!)で視聴できる。

『わんぱくフリッパー』flipper YouTubeへの投稿映像(日本語版)
http://www.youtube.com/watch?v=vUDfkSAFkGg



<関連サイト>

クジラを食べ続けることはできるのか 千葉の捕鯨基地で見た日本人と鯨食の特別な関係(連載「食のニッポン探訪」)(樋口直哉、ダイヤモンドオンライン、2014年9月3日)
・・日本人は家畜の解体には違和感を感じても、マグロやクジラの解体には違和感を感じないのは「文化」によるものであり、「慣れ」の問題でもあろう。【動画】外房捕鯨株式会社 鯨の解体 は必見!

(2014年9月3日 情報追加)



<ブログ内関連記事>

『エコ・テロリズム-過激化する環境運動とアメリカの内なるテロ-』(浜野喬士、洋泉社新書y、2009)を手がかりに「シー・シェパード」について考えてみる

書評 『平成海防論-国難は海からやってくる-』(富坂 聰、新潮社、2009)第3章 調査捕鯨船団 vs. 環境テロリスト、南氷洋の闘い 

「ハーバード白熱教室」(NHK ETV)・・・自分のアタマでものを考えさせるための授業とは


P.S.
 この投稿記事によって、ブログ掲載は通算400本目となった。
 次の目標は通算450本、今後もたゆまぬ歩みを続けて行くつもりだ。
 お釈迦様がいわれるように、「象のようにゆっくり歩」みながら。





(2012年7月3日発売の拙著です)








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