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2023年10月18日水曜日

ヘルマン・ヘッセの最後の長編小説『ガラス玉遊戯』(1943年)をようやく読了。 ヘッセ最後の長編小説は「音楽」と「瞑想」と「易経」の融合。「自分がほんとうの自分になること」がテーマの集大成

 
 

ヘルマン・ヘッセの最後の長編小説『ガラス玉遊戯』(1943年)をついに読了。今年の8月のことである。

「ようやく読了」というのは、ヘッセ好きでありながら、長きにわたって読まないままだったことを意味している。

ヘッセの『デミアン』と『シッダールタ』は、わたしの愛読書だが、なかなか『ガラス玉遊戯』を読むことはできなかった。

というのは、中編小説の多いヘッセにしては長編であること、タイトルから連想されるテーマがよくわからないというのが大きな理由であった。「ガラス玉遊戯」ってなんだ?


■『ガラス玉遊戯』は「易経小説」である!

『ガラス玉遊戯』は「易経小説」である。これは『易経』関連文献を読んでいるうちに、『易の世界』(加地伸行編、中公文庫、1994)に収録されている「西洋人と易」(ジョン・イカム)という論文で見つけたものだ。




『ガラス玉遊戯』は「易経小説」でもある。それでは読まねばなるまいと決意した次第だ。

じつは『ガラス玉演戯』というタイトルの新潮文庫の高橋健二訳と、角川文庫リバイバルの『ガラス玉遊戯』というタイトルの井手賁夫(いで・あやお)訳の2種類をもっているのだが、いろいろ考えた末に角川文庫版で読むことにした。両者はいずれも絶版状態。




というのは、『ガラス玉遊戯』のほうが日本語のタイトルとしてすぐれているからだ。

ドイツ語の原題は Das Glasperlenspiel である。日本語なら『演戯』ではなく『遊戯』とすべきだろう。「遊戯」なら「遊戯王」でも使用されており、ゲームであることがわかる。実際、新訳でも『ガラス玉遊戯』となっている。

「ヘッセ研究会」の初代会長をつとめ、『ヘッセ(人と思想89)』(清水書院、1990)という評伝も書いている井出氏の訳だが、正直いって読みやすい訳ではない。だが、この長編小説を読み込んだ末に訳していることはあきらかである。

ドイツ文学界の大御所であった手塚富雄氏からすすめられて翻訳に取り組んだとある。井手賁夫の訳は1954年に初版がでて、1990年に復刊が再版(=第2刷)である。





■主人公クネヒトは『知と愛』の主人公ナルツィスの系譜

『ガラス玉遊戯』に取り組む前に、未読のままとなっていた『ナルツィスとゴルトムント』(1930年)を読んでおいた。高橋健二の訳で『知と愛』として知られている。

まずは、この長編を読んでおくことが前提条件であると思っていたのだが、それはまことにもって正解だった。じつはこの長編もまだ読んでなかったのだ。

読後感としては、「知と愛」よりも、むしろ「霊と肉」といったほうが、中世ヨーロッパのキリスト教のモチーフとしてふさわしいのだが、その件はここでは脇においておこう。


(『ナルツィスとゴルトムント』は2020年にドイツで映画化されている)


「25世紀のカスターニエン」を舞台にした『ガラス玉遊戯』の主人公のマギステル・ルーディことヨーゼフ・クネヒトは、「中世ドイツのマウルブロン修道院」を舞台にした『ナルツィスとゴルトムント』におけるナルツィスの類型だと思ったからだ。

あくまでも「知」の世界に生きる主人公クネヒト。けっして「情」の世界とは無縁ではないのだが、階梯をひとつひとつ螺旋的に上がっていく姿は、ナルツィスとよく似ている。そして、その最後に弟子に対して深い「情」を示したことにおいてもまた。

そして、『ガラス玉遊戯』には、ほとんど男性しか登場しない。『ナルツィスとゴルトムント』も『デミアン』もまたそうだ。

ヘッセ自身は3回結婚しておりホモセクシュアルではなかったが、作者自身を投影できる主人公は男性であり、男性と男性どうしの友愛であったからだろうか。

こういう性質をもった文学作品であるからこそ、ヘッセが日本の少女マンガに多大な影響を与えたという。そう主張するドイツ文化研究者の森貴史氏の『裸のヘッセ』に収録された「ヘッセと日本の特殊な関係」は説得力がある。


■『ガラス玉遊戯』というタイトル

正式名称は『ガラス玉遊戯 マギステル・ルーディ・ヨーゼフ・クネヒトの伝記的試みおよびクネヒトの遺稿』。凝ったつくりの構成である。


Glasperlenspiel というドイツ語を分解すれば、Glas-perlen-spiel となる。「ガラスのパール(真珠)」のプレイ、あるいはゲームである。ドイツ語の Spiel は英語の play よりも意味的な幅が広い。「ガラスでできたパール」とは「ビー玉」のようなものだろう。




哲学や数学と音楽を総合し、瞑想をつうじて宗教的な境地まで高める「遊戯」であるとするが、最後の最後まで具体的に目に見える形で説明されることはない。

もともとは符号や数式のかわりに「ガラス玉」をつかっていたのでそうよばれたが、つかわれなくなったあとも名前だけが残ったとされる。

「ガラス玉遊戯」は、現代風にいえば、「VR」的なものといっていいのかもしれない。「バーチャル・リアリティ(virtual reality)である。目に見えるガラス玉をつかわない、「目に見えない」ゲーム。空中に数式や符号を書いて競いあう精神的なゲーム。そんなイメージなのだろうか。

数学と音楽が親和性が高いことは、「七自由学芸」ともいう「リベラルアーツ」の音楽は数学も意味していることからもわかる。その意味では、この小説は「音楽小説」でもある。

そもそも「25世紀の架空世界カスターリエン」が舞台なので、未来小説的でSF的であるし、あるいははるか過去の話であるかのようにも思える。「はるかに遠い未来」から、「現在より先にある未来」を「回想」するという歴史書という形をとっている。

SFは一般的にサイエンス・フィクション(Science Fiction)の略称として理解されているが、日本語で「思弁小説」と訳されている「スペキュラティブ・フィクション」(Speculative Fiction)の略称と考えれば、ヘッセの『ガラス玉遊戯』はそれそのものだといっていい。


そして、ユートピアは失敗する運命にある。主人公もまた、身をもってその兆しを感知する。

それ自体が高貴な存在であっても、存続のための資金をみずから生み出さず、現実世界の資金で成り立っている、ユートピア的存在である「カスターリエン」。そのあり方は、中世のシトー派修道院より後退しているというべきか。

砂上の楼閣である以上、失敗する運命は必然だというべきなのだ。



■「自分がほんとうの自分になる」ために歩むべき道がテーマ


「教養小説」というよりも、むしろ「修養小説」としたほうが内容的にはふさわしいがいうべきだが、「人間形成」小説とか、「自分発見」小説といったほうがいいかもしれない。

「人間はいかにして真の自己となるか」がヘッセの一生のテーマであったから、『ガラス玉遊戯』はその集大成といっていいだろう。『デミアン』も『シッダールタ』もみな、おなじテーマを探求したものだ。

「自分がほんとうの自分になる」ということは、ユングにならって「自己実現の道」といってもいいだろう。

自我(エゴ)を超えて自己(セルフ)になるプロセス。究極的にはインド哲学のウパニシャッドでいう「梵我一如」や、中国哲学の儒学や道教の「天人合一」を目指す道。

『ガラス玉遊戯』の主人公クネヒトは(・・ドイツ語の Knecht は「下僕」という意味)は、自己探求のプロセスをへて、「ガラス玉遊戯名人」(マギステル・ルーディ)となる。最高位を極めたわけである。

ところが、頂点に達して見えてきた風景に違和感を感じることになる。違和感はふくらみつづけ、そこにとどまることをよしとはしない。

「ガラス玉遊戯名人」というポジションは、「ほんとうの自分になる」ための最終到達点ではない。そのことに気づいてしまったのだ。

現実から遊離し、現実世界との接点を失った、それこそまさに「VR的な遊戯」となっていた「ガラス玉遊戯」の世界に違和感を疑問を感じた主人公は、用意周到な準備のうえ、最後の最後は「自分の道」に踏み出す。

そして、それこそが人生の完成であった。ことばではなく、行動によって唯一の弟子に道を教えた主人公。禅仏教でいう「不立文字」である。ほんとうに大事なことは、ことばでは伝えられない。行動で、態度で示すしかないのだ。

そして、冷たい湖水を泳ぎ始めた主人公は心臓麻痺をおこし、湖底へと沈んでいく。

死によって人生は完成する。ほんとうの自分になるということは、そういうことなのだ。人間はそれを目指して、死に向かって生きていくのだ。

主人公の最期を読んでいて、詩人でシンガーソングライターのレナード・コーエンの世界観に近いなと思うところがあった。そこでネットで調べてみたら、その直観はまったく正解だった。


初期のアルバム "The best Of"  に収録された曲の数々は、確証はないが、わたしには『ガラス玉遊戯』の世界観が反映されているように思われたのだ。レナード・コーエンに影響を与えたのは、禅仏教やチベット仏教だけではない。





■「音楽」と「瞑想」と「易経」の融合

「音楽」と「瞑想」と「易経」。この3つの要素が融合した世界が『ガラス玉遊戯』である。そんな言い方をしても間違いでないだろう。

「音楽」はクラシック音楽に代表される「音楽の国ドイツ」を。「瞑想」は「瞑想の国インド」を。「易経」は「古代中国文明」を意味している。

しかも、古代中国の儒学と音楽が密接な関係にあったことも、ヘッセはこの小説の「序文 ガラス玉遊戯」のなかで『春秋』の「音楽編」からの引用を行って指摘している。宇宙の秩序を表現するのが音楽である。それは西洋も東洋もおなじなのだ。

母方の祖父は、敬虔派のプロテスタントで、インドで宣教活動を行っていた。その祖父の娘として、母もまたインドで過ごしている。そんな家庭に育ったヘッセは、子どもの頃から毎週1回はカレーを食べていたという。

インド世界への親近感に加えて、中国文明への親近感もまた、ヘッセの人間関係のなかで生じてきたものだ。この件については後述する。

「インド文明」と「中国文明」に代表される「東洋文明」によって、生命力を失い衰退しつつあった西洋文明を「再活性化」する。ヘッセによるこの試みは、21世紀の現在では当たり前のものとなった。その意味ではヘッセは時代に先駆けた存在であるといえよう。

ただし重要なことは、東洋文明のエッセンスを取り入れたからといって、西洋人が東洋化したわけではない。逆もまたしかりだ。日本人を筆頭に西洋化した東洋人は、けっして西洋人になったわけではない。

それほど、現在でも「東洋」と「西洋」は依然として別個の存在である。これは東洋人である日本人がみずからを徹底的に考えてみれば、わかることだ。表層的には西洋化した日本人だが、その深層は東洋人である。日本につづいて西洋化していった、その他の東洋人もまた同様であろう。





リヒャルト・ヴィルヘルムには、ドイツ帰国後に心理学者C. G. ユングとの共著で出版した『黄金の華の秘密』という、道教の瞑想法についての翻訳と解説の本がある。

人格が「東洋と西洋に引き裂かれていた」というのは、ユングの表現である。



■『ガラス玉遊戯』に登場する『易経』

『ガラス玉遊戯』に登場する、「竹林」に住む中国の賢者のような人物は、おそらくヘッセ自身もよく知っていたリヒャルト・ヴィルヘルムだろう。

かれがドイツ語訳した『易経』は「変化の書」として ドイツで "I Ging: Das Buch der Wandlungen" として出版されているだけでなく、そのドイツ語版から英語に重訳された "I-Ching or Book Of Change" が英語圏でも広く読まれてきた。

 
(リヒャルト・ヴィルヘルム訳の『易経』)


『易経』は「四書五経」のうちのひとつで、儒学では重視されてきたと同時に、道教においても重視されてきた経典である。

易占とその解釈について解説された実用書であるとともに、「宇宙の法則」、すなわち「変化の法則」と「循環の法則」に影響される人間の運命について説いた哲学書でもある。

その『易経』をドイツ語訳したのがリヒャルト・ヴィルヘルム(1873~1930)である。

宣教師としてドイツの植民地であった青島(チンタオ)に赴任しながら、約25年間の中国滞在中、誰一人も改宗させなかったことを誇りにしていたほど、中国文明に魅せられ、のめり込んだ人であった。


(リヒャルト・ヴィルヘルム Wikipediaより)


宣教師の一家に生まれ育ったヘッセと、宣教師であったリヒャルト・ヴィルヘルムは、おなじ精神の持ち主であったと考えていいのではないか。

先にも触れた「西洋人と易」には、以下の文章がある。


ノーベル文学賞受賞者、そしてR.ヴィルヘルムの知人であるH.ヘッセの書いた『ガラス玉演戯』(1943年)という小説は、『易』から広い影響を受けている。この小説の構想展開、主人公がたどった一生の段階は、乾卦の六爻(こう)に即しているとみなすことができる。すなわち、並んでいる6本の爻(こう)において、下から上へ向かって変化する易の展開に沿っているといえるからである。 


全12章で構成されたこの小説は、6本の爻(こう)が2つで構成されているというわけか。

ヘッセが理想とした最終的な境地は「易経」に代表される古代中国文明であるといっていいだろう。

旅を前にして、その道を進むかどうか迷ったとき、主人公クネヒトは易を立てている。「第4章 二つの教団」に、その具体的な易占のシーンがある。(*訳文には一部変更を加えてある)


クネヒトが旅にのぼる前に、セイヨウノコギリソウの茎*で易を占うと、「旅」(Lü)という漢字にあたった。これは「旅人」(Der Wanderer)をあらわし、「乏しきに安んずれば成る。旅人はただ、みずから守ること貞正なれば、すなわち吉なり」(Durch Kleinheit Gelingen. Dem Wnderer ist Beharrlichkeit von Heil)という判断であった。彼は六二(ろくじ)**を見いだして、その書の解釈を追った。
 
  旅行して宿舎に安着し 
  充分なる旅費を懐中にし 
  召使いの童僕もきわめて忠実なり 
 
Der Wanderer kommt zur Herberge. 
Er hat seinen Besitz bei sich.
Er erlangt jungen Dieners Beharrlichkeit.
 
* 西洋鋸草。筮竹(ぜいちく)の素材は、キク科の多年草であるノコギリソウ 
 ** 6本線のうち一番下から2番目の爻(こう)を「二爻」といい、「陰/陽」の「陰」である場合、それを「六二」という


(セイヨウノコギリソウの茎を乾燥させた筮竹 Wikipediaより)


(セイヨウノコギリソウ Wikipediaより)


(ヴィルヘルム訳からの英語重訳版 Book1 Text より「56 旅」)



『易経』に表現された秩序については、「第7章 職務にて」につぎのような文章がある。


クネヒトは、ガラス玉遊戯のある着想を心に持ち回っていたので、マギステルとしての最初の祭典遊戯に使用したいと思ったのである。
この遊戯の(これはよい思いつきであった)構造と次元の基礎をなすものは、支那人の家の建築の、孔子の教えによる古い儀式的な図式であって、方位づけは天の方角にしたがい、門、鬼門よけの壁、建築物と中庭の割合と規定、それらの星辰、暦、家族生活への順応、さらに庭園の象徴と様式規定がある。
かつて彼が易経の注釈を研究したさい、この法則のもつ神話的秩序と意義は、宇宙の、また世界のなかへの人類の配列として、とくに心をひく好ましい譬喩と思われたのであった。


日本とのかかわりも深いが、やはり古代インドと古代中国こそ、ヘッセにとっては母語としてのドイツ語圏とならんで「精神的な祖国」であるというべきなのだろう。

インド文明は『シッダールタ』に、そのうえでさらにインド文明と中国文明が『ガラス玉遊戯』に結晶している。『世界文学をどう読むか』(高橋健二訳、新潮文庫、1951 原書は1929年初版)には、インドや中国の古典が多数紹介されている。

下記に示したページには、「わが愛読書」から、リヒャルト・ヴィルヘルム訳の『易経』や、『ガラス玉遊戯』の「序文」にも引用されている『(呂氏)春秋』があげられている。


(赤い傍線部分がヴィルヘルム訳『易経』 筆者所蔵本より)


だからこそ、西欧の精神世界を描いて、インドの瞑想と中国の易経の精神で補完したこの作品は、ヘッセの集大成となるのだろう。

ヘッセは集大成ともいうべき、この最後の長編小説でノーベル文学賞を受賞していることを付記しておこう。西洋文明の再活性化を試みたことが評価されたのであろうか。

行替えが極端に少ないので読みにくく、内容的にもやや難解なところのある長編小説だが、さまざまな切り口でアプローチしてみることが可能だ。ここではその一環を示したに過ぎない。本は、自分が好きなように読めばいいのである。


 
(画像をクリック!)

 

目 次(*角川文庫版)
序文 ガラス玉遊戯 ー 遊戯の歴史を一般の人びとにわかりやすく説明しようとする試み
マギステル・ルーディ・ヨーゼフ・クネヒトの伝記
第1章 召命
第2章 ヴァルトツェル(森の僧坊)
第3章 研究時代
第4章 二つの教団
第5章 使節
第6章 マギステル・ルーディ
第7章 職務にて
第8章 二つの極
第9章 一つの対話
第10章 準備
第11章 回章
第12章 伝説
ヨーゼフ・クネヒトの遺稿
生徒時代および研究生時代の詩
三つの履歴
 雨乞い祈祷師
 聴罪師
 インドの履歴
訳注(上・下にそれぞれ収録)
解説(上巻に収録)


日本語訳者プロフィール
井手賁夫(いで・あやお)
1910(明治43)年岡山県に生まれる。慶応義塾大学文学部卒業。東海大学教授総代・学長代理、北海道大学教授・教養部長、北海道薬科大学教授、北里学園大学教授を歴任。北海道大学名誉教授。全国日独協会・日本自然保護協会評議員を歴任。「ヘッセ研究会」の初代会長。勲三等・ドイツ功労勲章受章。1995年逝去。(本データは『ヘッセ(人と思想89)』が刊行された当時に掲載されていたものに補足)



<ブログ内関連記事>


・・リヒャルト・ヴィルヘルムと『易経』



・・『易経』の易占の日本的展開が陰陽師の呪術性につながっていく

・・もちろん易経(I-Ching)は取り上げられている

・・ヘッセの『ナルツィスとゴルトムント』のテーマにも重なる。「俗世の泥や塵にまみれるなかで、修行を積む。 寺院のなかで修行するだけが、仏道修行ではない」のは、宗教は異なり、性は異なるが、ゴルトムントの軌跡とおなじである。ちなみに「ゴルトムント」(Goldmund)はドイツ語で「金の口」。聖クリュソストモスのことである。


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2018年8月19日日曜日

「ミケランジェロと理想の身体」(国立西洋美術館)に行ってきた(2018年8月17日)― 古典古代の理想をルネサンスに「再発見」し「発展」させた天才彫刻家の未完の作品をじっくりと観る



「ミケランジェロと理想の身体」(国立西洋美術館)に行ってきた(2018年8月17日)-古典古代の理想をルネサンスに再現した天才彫刻家ミケランジェロ。その未完の傑作を観る絶好のチャンスである。

ミケランジェロというと、ローマにあるヴァチカンのシスティーナ礼拝堂の壁画など大作を完成させた総合芸術家としてとらえられているが、その本領は彫刻にあった。大理石の彫刻である。ローマにあるダヴィデ像やモーセ像などは、私も直接自分の目で観ている。そのほか聖母子像であるピエタなどが有名な彫刻作品だ。

今回の美術展の目玉は、ミケランジェロがローマに移ることを余儀なくされる前、フィレンツェ時代最後の作品として完成することなく残された「ダヴィデ=アポロ」(1530年頃)を見ることができること、そして天才ミケランジェロが20歳のときの作品「若き洗礼者ヨハネ」(1495~1496年)。後者は1930年に同定されたものの、1936年のスペイン内乱(=スペイン市民戦争)で粉々に破壊され、ようやく修復がなったという曰く付きの作品だ。


 (「ダヴィデ=アポロ」 1530 年頃 フィレンツェ、バルジェッロ国立美術館蔵 高さ147cm 大理石 公式サイトより)

(「若き洗礼者ヨハネ」 ウベダ、エル・サルバドル聖堂/ハエン(スペイン)、 エル・サルバドル聖堂財団法人蔵  高さ130cm 大理石 公式サイトより )


ミケランジェロの彫刻は、彫刻単体の作品ではなく、建造物の装飾として制作されたものが多いので、現地にいって現場で観るしかないからだ。だからこそ、実物を日本で観ることができるというのはじつに貴重な機会だ。二次元(=2D)の画像では彫刻は理解できないし、動画であろうと三次元でなければ動く画像以上のなにものでもない。立体構造物の彫刻作品は、自分の目で実物を観るにしくはないのである。

私がいった日(2018年8月17日)は、お盆明けだが夏休みであったものの、思ったほど混んでなかった。印象派などの日本人受けする作品ではないからだろう。普段から美術好きでいろんな美術館めぐりなどしていないと見に行こうという気にはならないのではないか。混んでなかったので、じっくりと堪能できたのはありがたかった。

「ダヴィデ=アポロ」は、自分が右回りに動きながら360度じっくりと見ることができた。さすが丸彫りの大理石彫刻である。正面からみただけでは、その全体像はわからない。

「旧約聖書」のダヴィデなのか、「ギリシア神話」のアポロなのか、見ただけでは判然としないというのもミステリアスだ。彫刻家がフィレンツェを去ることを余儀なくされたので未完のまま残されたのだが、かならずしもそうは言い切れないような感想さえもちたくなる。

「西洋文明」を構成する二大構成要素であるヘレニズム(=ギリシア文明)とヘブライズム(=ヘブライ文明)という2つの要素をともに備えている珍しい作品といえるかもしれない。もちろん、ヘブライズムといってもユダヤ人の宗教のことではなく、新約聖書も含めたキリスト教文明のことを指している。「ダヴィデ=アポロ」は、フィレンツェに行った際には観ていないので、日本で観ることができたのはうれしい。


(国立西洋美術館の前の看板 筆者撮影)


むかし大学学部時代のことだが、「美術史」の講義を受講したことがある。講師は、英文学の河村錠一郎教授。美術史の時代区分からいえば「マニエリスム」(=様式主義)への移行期に属するルネサンス後期のミケランジェロについては、ネオプラトニズムの観点からの解説が興味深かった。『ルネサンス様式の四段階-1400年-1700年における文学・美術の変貌-』(ワイリー・サイファー、河村錠一郎訳、河出書房新社、1976)の議論をベースにしたものだ。

正確には覚えていないが、「大理石のなかに囚われた魂を救い出すのが彫刻家の使命」、というものだっただろうか。ミケランジェロのそのコトバは、ただ単に彫刻家の発言というよりも、「現世のくびきに囚われ、もだえ苦しむ魂を解放する」といった響きを感じたのである。


■「理想の身体」はルネサンス時代のイタリアで「再発見」された

古典古代の理想は、発掘品をつうじてルネサンス時代のイタリアで「発見」あるいは「再発見」されたのである。これは、イスラームをつうじて間接的に継承されたギリシア哲学との大きな違いである。モノとして目の前に出現して、初めてルネサンス当時の人びとは、キリスト教支配とは無縁の古代ギリシアとキリスト教公認以前の古代ローマの「理想の身体」をじかに目にすることになったのだ。

今回の展示品については、ミケランジェロの傑作2点の彫刻作品以外の作品は、古代ギリシアの彫刻や壺絵を含めて、あくまでも参考品としての展示と割り切ってしまっていいだろう。もちろん、それらにも固有の価値があるのだが、ミケランジェロによって「再発見」され「発展」された「理想の身体」を考えるための参考作品なのだ。


(ラオコーン」 筆者撮影)


展示品のなかで「ラオコーン」だけは、じっくり鑑賞するといい。「ラオコーン」は、1506年にローマの皇帝ティトゥスの浴場跡から発掘された。ローマに移ったミケランジェロも発掘にかかわったものであり、ミケランジェロも大いに影響を受けているからだ。「理想」は「再発見」されたのである。その最たる事例がラオコーンであろう

説明書きにはないが、「ラオコーン」といえば、18世紀ドイツの啓蒙主義時代の作家レッシングが美学にかんする長い評論を書いていることでも有名だ。その「ラオコーン」の模刻が展示されており、写真撮影も可能なので、会場でじっくりと鑑賞したあとは、撮影した写真をふたたびじっくりと鑑賞してみて欲しい。

特別展を鑑賞したあとは、せっかくの機会なので本館の展示も同時に見てくおくべきだろう。国立西洋美術館のコレクションの中心をなすのは、いわゆる「松方コレクション」だ。

松方コレクションのなかでも目玉というべきなのは、19世紀フランスの彫刻家ロダンの作品の数々。美術館内だけでなく、美術館の中庭には「考える人」や「カレーの市民」など、ロダンの彫刻が野外展示もされている。ミケランジェロの彫刻とロダンの彫刻を比較することができるのも、ありがたいことだ。

「理想の身体」といっても、もちろん西洋文明のものであることに留意する必要がある。とはいえ、その「理想の身体」が現在に至るまで近代日本でも「理想」として見なされてきた以上、その是非は別にして、「理想」を追求したミケランジェロの仕事をつぶさに観察することには、大いに意味があると考えるべきなのだ。





<関連サイト>

「ミケランジェロと理想の身体」公式サイト 


<ブログ内関連記事>

■フィレンツェとイタリア・ルネサンス

書評 『メディチ・マネー-ルネサンス芸術を生んだ金融ビジネス-』(ティム・パークス、北代美和子訳、白水社、2007)-「マネーとアート」の関係を中世から近代への移行期としての15世紀のルネサンス時代に探る

「ボッティチェリとルネサンス-フィレンツェの富と美-」(Bunkamura ザ・ミュージアム)に行ってきた(2015年4月2日)-テーマ性のある企画展で「経済と文化」について考える



■マニエリスム後期

「アルチンボルド展」(国立西洋美術館・上野)にいってきた(2017年7月7日)-16世紀「マニエリスム」の時代を知的探検する



■「古典古代」の継承と「再発見」

書評 『失われた歴史-イスラームの科学・思想・芸術が近代文明をつくった-』(マイケル・ハミルトン・モーガン、北沢方邦訳、平凡社、2010)-「文明の衝突」論とは一線を画す一般読者向けの歴史物語
・・ギリシア哲学はイスラーム世界に継承され、アラビア語からのラテン語訳をつうじて中世ヨーロッパに伝わった。ギリシア語の原典は、ルネサンス時代に「再発見」されたものに過ぎない。古典古代とヨーロッパは直接のつながりはない。

書評 『1417年、その一冊がすべてを変えた』(スティーヴン・グリーンブラット、河野純治訳、柏書房、2012)-きわめて大きな変化は、きわめて小さな偶然の出来事が出発点にある
・・原子論という唯物論だけは、一神教のイスラーム世界では排除されアラビア語に翻訳されることはなかった。ルネサンス時代のイタリアで「再発見」されるまで埋もれていた
のだ


■「理想の身体」?

書評 『「肌色」の憂鬱-近代日本の人種体験-』(眞嶋亜有、中公叢書、2014)-「近代日本」のエリート男性たちが隠してきた「人種の壁」にまつわる心情とは
・・「理想の身体」とは異なる「肌色の日本人」が、明治時代以降抱いてきたコンプレックス。肌の色の違いと体格差にあらわれた「人種」という壁にまつわる心情

(2018年8月20日 情報追加)


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2018年6月11日月曜日

コーヒーは漉茶(こしちゃ)である!

(ドリップ式コーヒーを淹れたあとに残るコーヒー粉)

たまたまのことだが、特別の意図もなく岩波文庫から復刊された『東潜夫論』という本を拾い読みしていたら面白い記述にぶつかった。


『東潜夫論』(とうせんぷろん)は、江戸時代後期の19世紀の前半に生きた帆足万里(ほあし・ばんり)の著作。1844年頃の成立とされる。帆足万里は、豊後国(現在の大分県)の儒者で経世家だ。おなじく豊後国の三浦梅園、広瀬淡窓と並ぶ存在である。

『東潜夫論』については岩波書店のウェブサイトに解説が掲載されているので引用しておこう。


潜夫とは世に名を顕さない者の意.江戸時代後期の儒学者にして蘭学者の帆足万里(1778‐1852)が,後漢末の王符による潜夫論に触発されて,当時の弊政を批判した経世論.王室・覇府・諸侯の3編からなる.王室は文教を,幕府は武備を担当すべきであるとし,文教の振興と国防の充実を主張,さらに日本の将来のために南方経略策を唱えた.

とくに「南方経略策」にかんしては吉田松陰に影響を与えているようだ。英国と米国の捕鯨船がやたら近海に出現していることに危機感をつのらせ警告を発し、フィリピンを占領せよなどと物騒なことも書かれている。

そういった攘夷や南方進出論はさておき、面白い記述とは西洋の文物にかんするものだ。「コツヒイ」と「ビイル」なるものが取り上げられている。原文を引用しておこう。


西人、古(いにしへ)は「コツヒイ」と云ふ木の実を●り(いり)て、漉茶(こしちや)にして用いひ、又「ビイル」とて麦にて渋酸き酒の如きものを造て茶の代りとす。されど一たび茶を飲みては、是二者は味あしくて飲れずと蘭書にいへり。同書、日本茶の風味よきをほむ。(岩波文庫版 1992年第2刷、p.79)



「ビイル」は言うまでもなく「ビール」、「コツヒイ」とは「コーヒー」のことだとわかる。

「コーヒー」とは、「木の実を炒った漉茶(こしちゃ)」。木の実を焙煎して、それを粉末にして漉して飲み物とするという本質は、まさにその通り! うーん、まさにいいえて妙。

本人がじっさいにコーヒーを飲んだのかどうかはわからない。というよりも、オランダ語の本には、日本茶に比べたらコーヒーもビールもまずいと記しているだけなので、おそらく飲んだのではないのだろう。帆足万里はオランダ語を学び、西洋の科学を摂取している。

現在の日本人は、「コーヒー豆」となんの疑問もなくクチにするわけだが、コーヒー豆はほんとうは豆ではなく「コーヒーノキ」の種子のことだから、江戸時代の帆足万里のほうがただしいわけだ。そもそもコーヒーノキは、アカネ科コーヒーノキ属(コーヒー属、コフィア属)に属する植物の総称であり、マメ科の植物ではありません!


「コーヒーは漉茶(こしちゃ)」であるとは、だから本質的な表現というべきなのだ。


現代でも、お茶はかならずしも葉っぱによるだけではない。麦茶やカモミール茶など、さまざなまな種類の「お茶」がある。コーヒーも「お茶」と考えたほうが本質的かもしれない。


「ビールとは、麦からつくった酒で渋くて酸っぱい」というのも、その当時の人々の味覚を考えるうえで面白い。


本というものは、かならずしも目的をもって読まなくてもいい。思わぬ発見に遭遇することもあるということだ。


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(2025年9月17日 情報追加)


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