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2025年7月11日金曜日

書評『帝国の地政学 ― トランプ政権で変わる世界戦略』(楊海英、ビジネス社、2025)― ユーラシア大陸の動向を理解するためには、戦前の日本が蓄積した知的財産を活用すべきだ!

 

 日本を取り巻く国際情勢は、悪化の度を増している。いわゆる「トランプ関税」のことを指して「国難」とうそぶく、無能でたわけた政治屋どもがいるが、「いま、そこ」にある危機は米国発のものではない。 

真の脅威とは、中国、ロシア、そして北朝鮮からもたらされるものだ。日本列島からみた西側の世界、すなわち日本海をはさんだユーラシア大陸の二大国と、国境を接している半島国家である。 

軍事力といったハードパワーだけでない。移民の送り込みや利益供与など、ありとあらゆる手段をつかって日本を骨抜きにし、日本と日本人の安全と生存を脅かしつづけている。その筆頭にあるのが中国共産党だ。

とはいえ、極東ロシアも中共による浸透工作の対象であり、むしろ被害者というべきである。したがって、中国とロシアを同列に論じるには限界がある。ウクライナ戦争をつうじて、北朝鮮とロシアの軍事同盟が深化する一方、中国との関係はすきま風が吹いている。

いずれにせよ、ユーラシアからもたらされる脅威は、複雑に入り組んだ様相を呈しているのが現状だ。単純に3カ国が一心同体になっているわけではない。

そんなユーラシア大陸では、中国とロシアという大国の動向がすべてを左右してきた。危機に対応するためには、かれらの行動論理を理解することが必要だが、そのためにはなにが必要か? 


■戦前の日本で流行した「ハウスホーファー地政学」を活用せよ!

『帝国の地政学 ー トランプ政権で変わる世界戦略』(楊海英、ビジネス社、2025)は、その課題に応えようとした一つの試みである。つい先日出版されたばかりの新刊である。 

著者の楊海英氏は、中共支配下の南モンゴル出身の人類学者で歴史学者。ここ数年は『中国を見破る』(PHP新書、2024)などの著書や X(旧 twitter)をつうじて、 みずからの体験をもとにした中共の実態をさまざまな形で暴露し、日本人に警告を発してきた。

「日本国籍をもつモンゴル人」としての、国家としての日本を憂れる、憂国の情からする日本人への警告である。 

本書で著者が強調しているのは、ユーラシア大陸の動向を理解するためには、戦前の日本が蓄積した知的財産を活用すべきということだ。 

1930年代に日本に導入された、戦前のドイツが生み出したの「地政学」(ゲオポリティクス)のことである。いわゆる「ハウスホーファー地政学」と、その影響下で行われた研究成果である。その一部は、当時の日本の国策に援用されている。 


(1920年代のカール・ハウスホーファー Wikipedia英語版より)


だが、大東亜戦争における日本の敗戦にともない、大陸進出から完全に撤退した日本本土においては、地政学そのものに「悪のレッテル」が貼られ、長きにわたって封印されることになった。 

米ソ冷戦時代には、『悪の論理 ー ゲオポリティク(地政学)とは何か』(倉前盛通、日刊工業新聞、1977)というタイトルの本がベストセラーとなってビジネス界で流行しており、たまたま父の蔵書にあったので、高校時代のわたしは熟読していた。

タイトルに「悪の」と入っているように、「地政学=悪」というパーセプションを前提にした、逆張りのキワモノめいた発想が売りとなっていたわけだ。ただし、この本をもって日本で地政学が復権したわけではない。


冷戦構造崩壊後の国際情勢の激変は、地政学の復権をもたらしつつあるが、戦前のユーラシア大陸ベースの「ハウスホーファー地政学」は、現在においても日本ではいまだ復権したとは言い難い。 ところが、ソ連崩壊後のロシアにおいては地政学が復活し、しかもその主流は「ハウスホーファー地政学」がベースになっていることを知らなくてはならない。

著者は、そんな「ハウスホーファー地政学」を、勤務先の図書館(そこはかつて、中曽根元首相も学んだ旧制静岡高校であった)で、長きにわたって手つかずのまま眠っていた数々の著作を発見して掘り起こし、いま進行中のユーラシア大陸の動向を理解するための武器として、再活用することを推奨している。 

もちろん、地政学が学問かという議論は昔からある。だが、思考のフレームワークとしては有効性は失われていない。

日本人は、その地政学的特性である海洋国家論をベースにしたシーパワーの地政学だけでなく、日本海を挟んだ対岸にあるユーラシア大陸をベースにしたランドパワーの地政学も知っておくことが必要なのである。


■日本にとってモンゴルは「第三の隣人」

著者自身の石垣島における実体験が印象深い。草原出身の遊牧民のモンゴル人である著者は、「正直いって海は怖い」と思ったのだそうだ。

そんな著者は、石垣島の若者たちが自在に操船する姿を見て、日本人のもつ海洋民族的性格に目を見張ったのだという。 著者はこう書いている。


その光景を目にした瞬間、私は「日本には希望がある」と感じた。日本人は本質的に海洋民族である。若者たちが海流を読みながら船を操っている姿は、まさに草原で馬を駆るモンゴル人を見るようだった。(P.85~86 太字ゴチックは引用者による) 


なるほど、海に生きる日本人にとっての船は、草原という海に生きるモンゴル人にとっての馬のようなものか。言われてみれば、その通りだと思う。そういえば、ダライ・ラマの「ダライ」とは、モンゴル語で「大海」を意味していたな。比喩的な意味だが、草原は海である!

日本人の記憶の古層には、世界でも有数の荒海である日本近海を小船をあやつってやってきたという経験がある。たとえ、海を生活の場とすることはなくても、その記憶は無意識レベルで日本人の行動を規定している。

そんな日本人は、海洋国家としての性格を濃厚にもちながら、かつ戦前には積極的にユーラシア大陸にコミットし、その間に蓄積された知的財産を多くもっている。にもかかわらず、そんな知的財産が活用されることなく、うち捨てられたままになってきたのは、じつにもったいないことではないか! 

著者は、ハウスホーファー地政学の成果を活用しながら、歴史的にみた中国とロシアの性格の違いを明らかにし、著者自身もその出身である「遊牧民」の世界観からみたら、中国よりもロシアのほうが親和性が高いことを示唆している。 著者のこの認識は、今後の動向を考えるうえで、大いに役に立つことであろう。

希望的観測が入っているかもしれないが、中国とロシアは同床異夢の存在だというべきであろう。そして、ロシアと中国という二大国のはざまに位置しているのがモンゴル国だ。

いままさに天皇皇后両陛下が国賓としてモンゴル国を公式訪問中である。モンゴルで大歓迎を受ける天皇皇后両陛下の姿を見て、日本国民として喜びと感謝の念を禁じ得ない。もちろん、モンゴル側の手厚いおもてなしもまた。日本とモンゴルの関係が、さらなる高みへと登っていきますよう!

ユーラシア大陸の動向を考えるうえで、著者のいう「第3の隣人」としてのモンゴルを大いに意識しておきたい。 モンゴルこそ日本人がユーラシア大陸を見る確かな視点をあたえてくれるはずだ。


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目 次
序論 地政学は日本の財産だった 
第1部 失われた地政学 
 1 ハウスホーファーの予見と東アジア 
 2 戦前日本の地政学とその理論 
第2部 戦後の地政学的激動 
 1 東アジアを席巻した共産主義の恐怖
 2 日本の敗戦と地政学的変化 
 3 中国内戦と共産党の支配 
 4 中国共産党の異民族弾圧 
  モンゴル編/チベット編/新疆(東トルキスタン)編 
 5 中国とロシアの地政学的戦略 
結語 トランプ政権で変わる世界の地政学 
参考文献 
図版出典

著者プロフィール
楊海英(よう・かいえい)
静岡大学人文社会科学部教授。1964年、南モンゴル・オルドス高原生まれ。モンゴル名はオーノス・チョクト。北京第二外国語学院大学アジア・アフリカ語学部日本語学科卒業。1989年に来日し、国立民族学博物館、総合研究大学院大学で文化人類学を研究した。同大学院博士課程修了後、中京女子大学(現・至学館大学)を経て2006年より現職。著書に『墓標なき草原(上・下)』(岩波書店、第14回司馬遼太郎賞受賞)など多数。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


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海洋国家とシーパワーを中心にした「地政学」







■ユーラシア大陸とロシアで主流の「ハウスホーファー地政学」など










■中国共産党の脅威




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2018年4月21日土曜日

書評『戦略の地政学 ランドパワー vs シーパワー』(秋元千明、ウェッジ、2017)ー 日本が進むべき針路は「日米英三国同盟」への道



『戦略の地政学-ランドパワー vs シーパワー』(秋元千明、ウェッジ、2017)という本を紹介したい。  

地政学にかんする本は、ここ数年あふれるばかりに出版されているが、単なる便乗本が多い。いずれも大同小異で、切り貼りとまでは言わないが、書かれている内容に大差ない。 

わたしとしては、この分野では先駆的な『地政学入門 - 外交戦略の政治学』(曽村保信、中公新書、1984)という古典的名著をちゃんと読んでいればそれで必要十分だと思っているのだが、ただ出版時点が「冷戦時代」のまっただ中であったので、環境変化を踏まえた最新の入門書は必要だろうと考えている。

英王立防衛安全保障研究所アジア本部所長をつとめる秋元氏のこの本は2017年の出版であり、内容的にいっても「地政学」についてズブの素人が読むにはちょうどいいのではないかと思う。 (*ただし、中国にとっての国際秩序が現在でも華夷秩序であるという、誤解を招きかねない個所には要注意)。

というわけで、地政学についてある程度知っている人は第1章から第6章あたりまでは、ざっと斜め読みで済ませ(・・まったくの入門者はもちろん熟読を!)、第7章の「戦略と沖縄」、第8章の「日本の進路」は、比較的じっくり読んでみることを薦めたいこの2つの章は、きわめて重要なことが書いてある。 

第7章では、なぜ沖縄が戦略的に重要なのかが地政学的に明快に解説されている。基地問題の背景の背景と言うべきであろう。

第8章では、大平洋における安全保障の要である「日米同盟」を補完するための「日英関係」の重要性が指摘されている。この章が本書のキモだといっていいだろう。 英王立防衛安全保障研究所アジア本部所長ならでは、というべきか。


■ユーラシア大陸の両端に位置する島国・英国と島国・日本

地政学でいう「シーパワー」(=海洋勢力)でユーラシア大陸の西端と東端に位置する島国の英国と日本は、かつて20世紀の前半においては「日英同盟」で結ばれていた。残念ながら米国の横やりで同盟破棄に至っただけでなく、第二次世界大戦においては交戦国となってしまったのは両国にとって不幸なことであった。 

日本と英国の関係が、冷戦崩壊から四半世紀を経た最近、西太平洋において、きわめて緊密の度を増しつつあることは、気づいている人は気づいていることだろう。関係強化は、経済分野や文化面だけではない。軍事面でも関係強化が進行中なのだ。


■英国サイドから見た日本の重要性

地政学でいう「ランドパワー」(=大陸勢力)の中国とロシアの接近でユーラシア大陸の情勢が変化するなか、英国サイドにおいても日本の重要性が浮上してきているのである。英国は「EU離脱」後には、むしろ戦略上のフリーハンドを得ることになるわけであって、EU諸国とは是々非々の関係になる。 

そもそも英国は、オーストラリアやカナダを中核とした英連邦をはじめ、さまざまな安全保障のネットワークを構築し、縦横無尽に活用してきたことはアタマのなかに入れておく必要がある。変な言い方かもしれないが、「腐っても鯛」ならぬ、「衰えたりといえども英国」、である。 


■日本サイドから見た英国の重要性

日本サイドとしても、中国との関係においては、米国との同盟に加えて、あらたに同盟を模索する動きが強まっているのはそのためだ。その一つの方向性が、英国との親密な関係関係の模索である。日英関係は、ふたたび相思相愛の関係に発展しつつある。

軍事的な意味での協力関係が着々と進行中だ。現在も、英国の揚陸艦が東アジア海域に向けて航行中である。 いずれ「日英同盟」の復活が実現するのではと、わたくしも期待しているのだが、その際には「日米同盟」と「米英同盟」の関係が「日米英三国同盟」に発展することが望ましい。著者もそういう趣旨の発言を本書で展開しているが、これはぜひ実現してほしいものだ。 


(「西側の防衛ネットワーク」 本書 P.248 より)


世界の趨勢は、二国間の「アライアンス」(alliance)から多国間の有志連合である「コアリション」(coalition)へとシフトしつつある。二国間の「アライアンス」においては行動の制約が大きいが、「コアリション」などのネットワーク型だと是々非々が可能となる。この点が好まれるわけだ。


■北極を中心とした「日英米三国同盟」への道

本書の終わりのほうに、北極を中心にした「日英米による平和と安定の正三角形」の図が登場する。それは地球温暖化によって北極海の重要性が高まっている状況を前提にしたものだ。 

すでに北極海では、東京とロンドンのあいだをダイレクトに結ぶ海底ケーブルの敷設が始まっている。完成の暁にはインターネットの通信速度のスピードアップが実現することになる。ロンドンとニューヨークのあいだは、世界でもっとも通信量の多い区間である。


(「日英米による平和と安定の正三角形」 本書 P.271 より)


 「日英同盟」の復活、「日米英三国同盟」の実現というのは、著者自身の主張であり価値観の表明であるが、明快で明確な「日本の針路」は、きわめて理にかなったものだとわたしも同感している。 

極端な話、かならずしも対等ではなくても構わない。英米アングロサクソンを敵に回さないことが、日本のサバイバルに不可欠であり、それが第二次世界大戦から得た歴史の教訓だ。だが、状況は70年前とは大きく異なっており、かならずしも消極的な意味からの同盟模索ではない。それは、これまで述べてきたことが理由となる。

こういう観点から、日々の国際ニュースを見ることが必要なのである。


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目 次
はじめに 
第1章 地図から見える世界  
第2章 地政学の誕生  
第3章 新たなグレートゲーム  
第4章 米露の地政戦略  
第5章 膨張する中国  
第6章 舵を失った日本  
第7章 戦略と沖縄  
第8章 日本の針路  
巻末対談 英国・エクセター大学歴史学教授ジェレミー・ブラック博士に聞く
おわりに 
参考文献


著者プロフィール   
秋元千明(あきもと・ちあき)  
英国王立防衛安全保障研究所アジア本部(RUSI Japan)所長。早稲田大学卒業後、NHK入局。以来、30年以上にわたって、軍事・安全保障専門の国際記者、解説委員を務める。一方、RUSIでは1992年に客員研究員として在籍した後、2009年に日本人で唯一のアソシエイトフェローに指名された。2012年、RUSI Japanの設立に伴いNHKを退職し、現職。現在は大阪大学大学院で招聘教授、拓殖大学大学院で非常勤講師も務めている。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


<関連サイト>


National Security Strategy and Strategic Defence and Security Review 2015  HM Government (United Kingdom) 

2.12 Our special relationship with the US remains essential to our national security. It is founded on shared values, and our exceptionally close defence, diplomatic, security and intelligence cooperation. This is amplified through NATO and our Five Eyes intelligencesharing partnership with the US, Canada, Australia and New Zealand. We are extending and expanding our defence and security relationships with our European partners, notably France through our commitments under the 2010 Lancaster House Treaty, and Germany. We have close relationships with all EU member states, and with allies worldwide such as Japan.




<ブログ内関連記事>

JBPress連載第7回目のタイトルは、「どう付き合う?今もなおアジアに深く根を下ろす英国-日本と英国の利害が重なり合う場「ブルネイ」」(2017年8月29日)・・「2017年になってから、英国と日本は英国軍と自衛隊の防衛協力を強化するため「日・英物品役務相互提供協定(ACSA)」に署名している。 昨年2016年には、「日英戦闘機共同訓練」のため英国空軍の最新鋭戦闘機が初来日し、日本国内で初めて日英共同訓練を実施した。日本と英国は、政治経済だけでなく軍事面でも着々と協力関係を構築しつつある。 アジア太平洋地域における情勢の変化に対応するためだが、その背景には、先に見てきたように、アジア太平洋地域で、日本と米国だけでなく英国の利害もまた大きく関わっているためでもある。今後日本は、米国だけでなく、英国の動向にも注目していく必要があるだろう。」

ついに英国が国民投票で EU からの「離脱」を選択-歴史が大きく動いた(2016年6月24日)

英国のEU離脱の衝撃は何百年と語り継がれるだろう「逆回し」で歴史をさかのぼると見えてくること(佐藤けんいち、JBPress、2017年6月6日)・・このブログのオーナーであるわたくし自身が執筆したコラム記事。

JBPress連載コラム第23回目は、「英国の“威光”を伝える知られざるスポーツの祭典-あなたは「コモンウェルスゲームズ」を知っていますか?」(2018年4月10日)

書評 『100年予測-世界最強のインテリジェンス企業が示す未来覇権地図-』(ジョージ・フリードマン、櫻井祐子訳、早川書房、2009)-地政学で考える 
・・「地理的・環境的制約条件という人間が変えることのできない絶対的制約条件からみたら、個々の政治指導者の行動など、長期的にみれば重視する必要はない、というのが地政学の立場に立った著者の基本姿勢である。経済学が個々のプレイヤーに注意を払わないのと同じだ、と。

書評 『なぜ中国は覇権の妄想をやめられないのか-中華秩序の本質を知れば「歴史の法則」がわかる-』(石平、PHP新書、2015)-首尾一貫した論旨を理路整然と明快に説く

書評 『続・100年予測』(ジョージ・フリードマン、櫻井祐子訳、ハヤカワ文庫、2014 単行本初版 2011)-2011年時点の「10年予測」を折り返し点の2016年に読む

書評 『海洋国家日本の構想』(高坂正堯、中公クラシックス、2008)-国家ビジョンが不透明ないまこそ読むべき「現実主義者」による日本外交論

書評 『「海洋国家」日本の戦後史』(宮城大蔵、ちくま新書、2008)-「海洋国家」日本の復活をインドネシア中心に描いた戦後日本現代史


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2016年6月27日月曜日

「島国」の人間は「大陸」が嫌いだ!-「島国根性」には正負の両面があり、英国に学ぶべきものは多々ある



『島国根性を捨ててはいけない』(布施克彦、洋泉社新書y、2004)という本がある。意表を突いたタイトルで、まっとうな主張を行っている本だ。この本を11年ぶりに再読して、その内容にあらためて大いに納得している。

 「島国根性」の対語(ついご)は「大陸的」大陸に対する憧れや劣等感が「島国根性」ということばに表現されているようだ。「大陸根性」というコトバはない。著者は商社マンとしての15年におよぶ海外勤務を経験した結論として、「島国根性」の重要性を主張している。

著者によれば、「島国根性」は「農耕民的島国根性」と「海洋民的島国根性」の二つの側面がある。それぞれプラス面とマイナス面がある。著者の分類を紹介しておこう。

農耕民的島国根性
 プラス面: 緻密、正確、協調
 マイナス面: 偏狭、狭量、閉鎖
海洋民的島国根性
 プラス面: 積極性、好奇心、進取
 マイナス面: 身のほど知らず

海に囲まれた「島国」の住人である以上、日本人にも「農耕民的島国根性」だけでなく「海洋民的島国根性」の両者がある。後者の「海洋民的」な性格が解き放たれたとき、海外進出に大いに発揮されるが、ときに暴走しがちで制御できなくなった結果、大きな問題を発生させたと指摘している。戦前の大陸進出など、その最たる例だろう。

中国進出にかんしても沿海部だけにとどめて内陸に深入りするな、という主張はまったく賛同。「島国」の人間には、「大陸」内部の複雑な内部事情ははっきりいって理解不能なのだ。思い入れや思い込みに足をすくわれて失敗している日本企業は枚挙にいとまがない。

その意味で学ばなくてはならないのが「島国」の先輩格である英国だ。英国は海賊や海軍をつうじて「海洋民的島国根性」を大いに発揮させてきたが、植民地経営にあたっても内陸には深入りせず、現地の既存の支配構造を活用した「間接統治」を行った。「二重支配体制」といってもいい。大陸国フランスとの違いである。

この英国の特性は、かならずしも「島国」とは見なされていない米国も踏襲している。第二次世界大戦で無条件降伏させた日本を「間接統治」で占領したことは、日本人自身がよく知っていることだ。その結果、既存の官僚機構がそっくりそのまま解体されることなく継承されてしまったのだが・・・。

 基本的に「島国」の人間は「大陸」が嫌いなのだ。大陸に生殺与奪を支配されるのはことのほか嫌う。過去を振り返れば、欧州大陸を制覇した勢力は、つぎに英国を狙ってきた。ナポレオンしかし、ヒトラーしかり。だからこそ、大陸の動向には細心の注意を払い、影響を最小限にとどめようと苦心する。そのためには情報にはきわめて敏感で、英国が歴史をつうじてスパイ活動や情報工作にチカラを入れてきたことはよく知られている。

今回の「英国のEU離脱」(2016年6月24日)の心理的背景に「島国根性」があることは間違いない。こういう視点は、意外と大事なのだ。当たり前すぎて見落としがちな盲点である。

そう考えれば、「島国根性」、大いに結構じゃないか! 島というと孤立という連想をもつ人もいるだろうが、それは孤立主義ではない誰とでも付き合うが、過度に深入りしないという用心深いマインドセットのことでもある。それは人間関係だけでなく、国と国との関係でも同様だ。

しかし同時に、変わり身の早さも「島国」特有のものであることは、著者が言及しているキューバの事例からも明らかだろう。冷戦構造の崩壊後、ソ連という後ろ盾を失った社会主義国キューバはバチカンと関係を正常化した。つい最近の2015年には、オバマ政権下の米国とも歴史的和解を実現している。変わり身が早いのは、日本だけではないのだ。その心は、現実主義である。

日本は大きさからいえば、世界第4の「島国」である。「島国」に生きていることをふだん意識することのないほどの大きさだ。英国ほど大陸に近くはないが、それでも有史以来、大陸の影響をさまざまな意味で受けてきた。

「島国」のマインドセットのうち、「海洋民的」性格は重要だ。この点においては経験不足で失敗しがちな日本は、英国からまだまだ多く学ぶ必要がある。もちろん、反面教師としての学びも重要であることは言うまでもない。


目 次

まえがき
第1章 島国根性を捨ててはいけない
第2章 日本は最も恵まれた島国
第3章 がんばる世界の島国根性
第4章 島国根性と大陸根性
第5章 元祖島国大国・イギリス
第6章 グローバル時代と島国根性
あとがき

著者プロフィール


布施克彦(ふせ・かつひこ)
1947年東京都生まれ。一橋大学商学部卒業。総合商社に28年間勤務。その間、アフリカ、ヨーロッパ、アメリカ、アジア各地で約15年間の海外勤務。54歳でサラリーマン引退。現在ノンフィクション作家、大学非常勤講師、NPOコーディネーター、インド企業のエージェントなど、幅広い活動を行っている(本データはこの書籍が刊行された2004年当時に掲載されていたもの)。



<ブログ内関連記事>

ついに英国が国民投票で EU からの「離脱」を選択-歴史が大きく動いた(2016年6月24日)


情報活動をつうじてみる英国

書評 『紳士の国のインテリジェンス』(川成洋、集英社新書、2007)-英国の情報機関の創設から戦後までを人物中心に描いた好読み物

書評 『ジェームズ・ボンド 仕事の流儀』(田窪寿保、講談社+α新書、2011)-英国流の "渋い" 中年ビジネスマンを目指してみる

書評 『紅茶スパイ-英国人プラントハンター中国をゆく-』(サラ・ローズ、築地誠子訳、原書房、2011)-お茶の原木を探し求めた英国人の執念のアドベンチャー

「世界遺産キュー王立植物園所蔵 イングリッシュ・ガーデン 英国に集う花々展」(パナソニック汐留ミュージアム(2016年1月22日)-現在の英国を英国たらしめている植物愛を体現している植物園とその世界を紹介した展示会


■「間接統治」の植民地経営と経営現地化

なぜ「経営現地化」が必要か?-欧米の多国籍企業の歴史に学ぶ


島とはテリトリーのことである

書評 『平成海防論-国難は海からやってくる-』(富坂聰、新潮社、2009)-「平成の林子平」による警世の書

書評 『海洋国家日本の構想』(高坂正堯、中公クラシックス、2008)-国家ビジョンが不透明ないまこそ読むべき「現実主義者」による日本外交論

ノラネコに学ぶ「テリトリー感覚」-自分のシマは自分で守れ!

「小国」スイスは「小国」日本のモデルとなりうるか?-スイスについて考えるために
・・「スイスも欧州の「陸の孤島」と形容されることもある、欧州の交通の要衝(ようしょう)でありながら、アプローチがかならずしも容易ではない「山岳国家」

書評 『スイス探訪-したたかなスイス人のしなやかな生き方-』(國松孝次、角川文庫、2006 単行本初版 2003)
・・「人口730万人のスイスはたしかに小国であるし、山岳国家でまわりをEU諸国に囲まれたスイスは、さながら陸の孤島のようでもある。 最後の3つめの「プラグマティック」は、これは文字通り彼らが好きな表現であるらしい。たしかに実利を重んじる彼らがEUに加盟しないのは、それが意味がないからであり、ましてや通貨統合など無意味以外の何者でもないようだ。」

書評 『ブーメラン-欧州から恐慌が返ってくる-』(マイケル・ルイス、東江一紀訳、文藝春秋社、2012)-欧州「メルトダウン・ツアー」で知る「欧州比較国民性論」とその教訓
・・「ともに島国であるアイスランドとアイルランドについては、利益を先食いしてしまった点において、おなじく島国で、すでにバブル経済を経験した日本人には理解できなくない」


■地政学と生態史観から「島国」と「海洋国家」の意味を考える

書評 『海洋国家日本の構想』(高坂正堯、中公クラシックス、2008)-国家ビジョンが不透明ないまこそ読むべき「現実主義者」による日本外交論

政治学者カール・シュミットが書いた 『陸と海と』 は日本の運命を考える上でも必読書だ!

梅棹忠夫の『文明の生態史観』は日本人必読の現代の古典である!
・・ユーラシア大陸をはさんで日本と英国は、同質な存在として東西両端に位置する

書評 『「東洋的専制主義」論の今日性-還ってきたウィットフォーゲル-』(湯浅赳男、新評論、2007)-奇しくも同じ1957年に梅棹忠夫とほぼ同じ結論に達したウィットフォーゲルの理論が重要だ
・・ウィットフォーゲルの理論をもとにした分析フレームワークである「中心(core)-周辺(margin)-亜周辺(submargin) という三層」で文明を論じたもので、中国は「中心」、朝鮮半島は「周辺」、日本は「亜周辺」に位置づけられる

書評 『日本は世界4位の海洋大国』(山田吉彦、講談社+α新書、2010)-無尽蔵の富が埋蔵されている日本近海は国民の財産だ!

「Dデイ」(1944年6月6日)から70年-『史上最大の作戦』であった「ノルマンディ上陸作戦」
・・これは逆に島から大陸への上陸作戦

(2016年7月5日、12月4日 情報追加)


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2015年7月6日月曜日

書評『ペルシャ湾の軍艦旗 ― 海上自衛隊掃海部隊の記録』(碇 義朗、光人社NF文庫、2015)―「国際貢献」の第一歩は湾岸戦争終了後の1991年に始まった



いま国会では安全保障法制関連で、ペルシャ湾の有事の際には掃海部隊を派遣するとか、しないとかいうことが論点の一つになっていると報道されている(2015年7月現在)。
   
あいもかわらぬ法律をめぐる「神学論争」が繰り返されているわけだが、自衛隊の海外派遣の実態を知らないことには議論のしようもないのではないか? すくなくとも国民は事実関係を知るべきだろう。
  
そのためには、『ペルシャ湾の軍艦旗  ―  海上自衛隊掃海部隊の記録』(碇義朗、光人社NF文庫、2015)という本を読むのがいい。1991年に勃発したの「湾岸戦争」後に、ペルシャ湾に派遣された海上自衛隊掃海部隊の188日間にわたる活動をとりあげたノンフィクションである。単行本初版は2005年に出版されている。
  
この本を読めば、たとえ戦争状態が終結していても、機雷除去という任務が危険であるだけではない。その危険な任務を一人の犠牲者を出すことなく遂行した海上自衛隊員たちのおかげで、「カネだけ出してヒトを出さない」と、国際的な非難を受けて悔しい思いをした日本の評判が完全に逆転したことの詳細を知ることができるのだ。

掃海部隊を海外派遣し、見える形で成果をあげたことで、日本による「国際貢献」は高く評価されたのである。苦労して現場におもむき、「現場で汗をかく」ことによって。

そもそも日本からペルシャ湾までは、海路ではじつに遠い。この航路は、エネルギー源としての石油を湾岸諸国に依存する日本にとっては、死活的な意味をもつシーレーンでもある。

太平洋からインド洋をへてペルシャ湾まで向かうわけだが、まずはフィリピンにおける米国の海軍基地に寄港し、その後は旧大英帝国の軍港であるシンガポール、ペナン(マレーシア)、コロンボ(スリランカ)、カラチ(パキスタン)をへて湾岸へといたる約1ヶ月の航海。機雷除去という性格上、掃海艇は 500トン程度の木造船(!)なので、大型タンカーなどとは違うのである。

このノンフィクションは、関係者への綿密な取材にもとづいて引き出した具体的な証言と、掃海部隊の活動の実務にかんするディテールの具体的な描写が中心なので読んでいて臨場感が大いにある。

なかでも興味深く読んだのは、隊員たちが疲労してくるとスタミナ食のステーキなど洋食ではなく、あっさりした日本食をほしがるというくだりだ。いくら食の西欧化が行われても、長年の習慣は変わらないということ。苛酷な任務に従事する自衛隊隊員であってすらそうなのだ。
   
第二次世界大戦(=大東亜戦争)の手記やノンフィクションは無数にあるが、日本が戦争に巻き込まれることのなかった「戦後」の自衛隊の活動を描いたものは意外と少ない。その意味でも、この本で1991年の掃海部隊派遣を振り返ってみる意味は大いにあると思う。

さらにこの本のなかでは、第一次世界大戦当時、日英同盟の関係から地中海に派遣され大活躍した帝国海軍の知られざる戦記についても触れられている。
   
ペルシャ湾もまた「現場」である。掃海除去は、専門技能にもとづく「実務」である。なにごとも「現場」視点で考えたいものではないか。

その「現場」を担っているのは、みずから志願して海上自衛隊に入隊したモラールの高い将兵たちである。徴兵制では実現不可能なプロフェッショナルの塊というべきであろう。

(2015年7月17日 加筆)


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目 次
序 パイオニアの姿(元海上幕僚長、統合幕僚会議議長、海将 佐久間一)
プロローグ 戦後日本復興の道を開いた掃海隊
第1章 派遣前夜
第2章 遙かなり、ペルシャ湾
第3章 始まった機雷との戦い
第4章 誇り高き人々
第5章 最難関 MDA‐10
第6章  国益に叶う
第7章  マザー、オアシス、ファザー
第8章 凱旋
エピローグ ペルシャ湾以後、動き出した新しい日本の自衛隊
参考ならびに引用文献
あとがき
海上自衛隊ペルシャ湾掃海部隊 乗員名簿


著者プロフィール

碇 義朗(いかり・よしろう)
1925年、鹿児島生まれ、東京都立航空工業学校卒。陸軍航空技術研究所をへて、戦後、横浜工業専門学校(現横浜国立大学)卒。航空、自動車、鉄道などメカニズムと人間のかかわり合いをテーマにドキュメントを発表。航空ジャーナリスト協会会員。横浜ペンクラブ会員。自動車技術会会員。カナダ・カーマン名誉市民(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



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書評 『「夢の超特急」、走る!-新幹線を作った男たち-』(碇 義朗、文春文庫、2007 単行本初版 1993)-新幹線開発という巨大プロジェクトの全体像を人物中心に描いた傑作ノンフィクション
・・本書の著者による技術関連物語。これは面白いノンフィクション!

「マリンフェスタ 2015 in FUNABASHI」 に行ってきた(2015年5月20日)-海上自衛隊の「掃海艦つしま」にはじめて乗船
・・「掃海艦つしま」は1991年に進水した旧型の掃海艦で、2011年には、日本のエネルギー安全保障にとって死活的な意味をもつペルシア湾にも派遣された実績をもつ

水木しげるの「戦記物マンガ」を読む(2010年8月15日)
・・将校ではなく一兵卒の立場から描かれた作品はきわめて貴重


海上自衛隊と米海軍の関係

「日米親善ベース歴史ツアー」に参加して米海軍横須賀基地内を見学してきた(2014年6月21日)-旧帝国海軍の「近代化遺産」と「日本におけるアメリカ」をさぐる

「YOKOSUKA軍港めぐり」クルーズに参加(2013年7月18日)-軍港クルーズと徒歩でアメリカを感じる横須賀をプチ旅行

書評 『集団的自衛権の行使』(里永尚太郎、内外出版、2013)-「推進派」の立場からするバランスのとれた記述


「海洋国家・日本」

書評 『海洋国家日本の構想』(高坂正堯、中公クラシックス、2008)-国家ビジョンが不透明ないまこそ読むべき「現実主義者」による日本外交論
・・「海洋国家」日本にとっての日米安保体制の意味

マンガ 『沈黙の艦隊』(かわぐちかいじ、講談社漫画文庫、1998) 全16巻 を一気読み

海軍と肉じゃがの深い関係-海軍と料理にかんする「海軍グルメ本」を3冊紹介
・・腹が減っては戦は出来ぬ!

(2015年7月15日、2017年5月14日 情報追加)


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