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2020年10月4日日曜日

書評『大砲と帆船 ― ヨーロッパの世界制覇と技術革新』(C.M. チポラ、大谷隆昶訳、平凡社、1996)―「大砲と帆船」の組み合わせが近世以降の西欧の優位性を生み出した


『大砲と帆船』というタイトルは、言い得て妙である。これほど的確に「第1次グローバリゼーション」における西欧による世界制覇を表現したコトバの組み合わせは他にない。

英語の原題は Guns, Sails, and Empires:  Technological Innovation and Early Phases of European Expansion, 1400 - 1700 直訳すれば、『大砲、帆船、帝国-技術イノベーションとヨーロッパ拡大の初期段階』となる。これでは長すぎる。日本語タイトルは、ギリギリまで切り詰めており秀逸だ。

「大砲と帆船」の組み合わせが、近世(=初期近代)以降の「海上」におけるヨーロッパの優位性を作り出したのである。

戦争に使用される大砲と、海上移動に使用される帆船は、それぞれ別個に発達したテクノロジーだが、この2つが結びついたことで、足し算以上の掛け算としての威力を発揮することになったのだ。

要は、機動力と破壊力である。陸上の戦闘で城塞を攻撃するための大砲の効果は大きいが、いかんせん大砲を戦場まで移動させることは大きな問題であった。この問題を解決したのは、大砲を帆船に搭載することで実現し、以後この組み合わせの技術進歩が休むことなく続いている。

風を動力とする帆船の時代が終わり、石炭を燃料とする蒸気船の時代になっても、石油を燃料とする時代になっても、技術進化の方向に変化はない。軍事的な覇権がヨーロッパから米国にシフトして以降も、本質に変化はない。

もちろん、航空兵力と潜水艦の発展によって、「大艦巨砲主義」の時代が終わったことを痛切に感じさせられたのは、大東亜戦争で戦艦大和を失った日本と日本人であったことは、あえて書くまでもあるまい


■ヨーロッパによる世界覇権の第一歩は「海上」の「大砲と帆船」でもたらされた

「海上」でフルに発揮されたヨーロッパの優位性は、「陸上」では十分に発揮されなかった。これは本書のなかでは、もっとも興味深い指摘である。

アメリカ大陸に支配を及ぼしたヨーロッパ勢力だが、アジアにおいては(アフリカにおいても)、かなり長期にわたって沿岸地域しか確保できなかったのはそのためだ。ここでいうアジアとは東アジアのことであろう。端的にいって、中国と日本のことである。

ポルトガルが確保したのは、ゴアやマラッカ、そしてマカオという「点と線」であり、後発組のオランダもまたそれをなぞったに過ぎない。内陸まで侵攻するようになったのは、19世紀後半の英国によるインド植民地化以降のことだ。

本書では言及されていないが、ヨーロッパ勢力が「陸上」で優勢性を発揮できなかった典型的な例は「島原の乱」(1637~38)であるといっていいだろう。逆に、日本が「海上」で優位性をもつヨーロッパ勢力と組まなかったため、大いに苦労したのが「朝鮮之役」(1592~1598)であろう。

以下、「島原の乱」と「朝鮮之役」(・・日本で一般的な「文禄・慶長の役」のこと)について、「海上」の優位性という観点から整理しておこう。まずは時間的に先行する「朝鮮之役」から始める。

「朝鮮之役」にかんしては、「大砲と帆船」を用意できなかったための問題点も浮上している。

そもそも秀吉の構想は中国征服が目的であったわけで、島国の日本が中国に向かうには朝鮮半島に上陸するのがいちばん近道である。戦争においては将兵と武器弾薬、それに糧食も含めた物資を輸送するためのロジスティクスが必要である。まずは、渡海のための船が必要である。これは日本水軍が担っていた。

だが、「海上」での戦闘を主目的にしていたわけではなく、あくまでも人員と物資を無事に上陸させることに主眼点がおかれていたわけである。もちろん、使用された安宅船には火縄銃式の大鉄砲が備え付けられていた。

「海上」の戦闘においては、敵の船に接舷して切り込んでゆく白兵戦指向で、この点においては当時の日本軍は無双の強さを誇っていた。後述するように、同時代の地中海のガレー船による戦いもまた同様であった。

とはいえ、朝鮮水軍の李舜臣に翻弄されるといった事態も発生している。李舜臣と亀甲船については過大評価のきらいがあるものの、出兵準備の段階でポルトガルなりスペインの大砲積載船を確保できていれば、朝鮮水軍は簡単に撃破できていたはずだ。だが、秀吉にはいまひとつ戦略眼が欠けていたのか、それ以上に反キリシタン意識が強かったのか、そうはならなかった。

話を元に戻そう。「海上」はさておき、「陸上」において大砲が使用される可能性は、大坂の陣以降の日本ではすでに低くなっていた。

「島原の乱」においては、「立ち返りキリシタン」を中心とした一揆勢力は、キリシタン浪人たちの指導のもと、島原湾に面した原城に籠城することになる。そこで幕府は、オランダ東インド会社(VOC)に命じて、帆船軍艦の大砲で原城を攻撃させたのであった。幕府には、大砲を積載した船がなかったからだ。

実質的に「家臣」となっていたプロテスタント勢力のオランダに命じたのである。キリシタン勢力のバックには、カトリック勢力のポルトガルがいると幕府は睨んでいた。この意味では、ヨーロッパにおける宗教戦争が島原の地で展開されたと見なすことも可能だ。

18世紀オランダの政治家ファン・ハーレンが書いたオランダ弁護の書『日本論-日本キリシタンとオランダ』(筑摩書房、1982)によれば、VOCは軍艦1隻を差し向け、15日間で合計425発の砲弾を発射している。このときの船の積載砲は26門で、6門が12ポンド砲、残りが6ポンド砲であった。だが、ほぼ水平方向にしか撃てない艦載砲では、実際にはあまり効果がなかったようだ。

砲撃では重大な損傷をもたらしていないどころか、城からの銃撃でオランダ兵が殺されている。その後、幕府はオランダに依頼して臼砲の製造を行わせた。幕府への献上品として、将軍家光の御前で試射が行われたが、かならずしも思うような結果が出なかったらしい。

島原の乱の集結後に幕府はポルトガル船の来航を禁止し断交したが、当然のことながらポルトガルの反撃を想定していた。実際にはポルトガルは反撃してくるどころか、マカオから貿易再開を哀願してだけであった。幕府は、ポルトガル使節を無慈悲にも斬り捨てている。絶対に勝てるという自信があったのだろう。

戦国時代(16~17世紀)の日本は、陸戦でモノをいう火縄銃の開発と量産には注力していたが、大砲はあくまでも補助的な位置づけにしていたようだ。

秀吉の「朝鮮之役」では明軍のフランキ砲という大砲に苦戦したにもかかわらず(とはいえ、日本軍の小銃と槍の組み合わせで明軍を圧倒している)、家康は関ヶ原の戦いでも、大坂の陣でも、大砲は補助的な役割しか与えていない。しかも使用したのはイングランド製なりオランダ製の輸入品だ。国内で量産化され普及していた火縄銃と違って、大砲は西欧から輸入すればいいとみなしていたようだ。

21世紀の現在では想像しにくいが、日本のみならずヨーロッパにおいても、道は舗装されていなかったことを考えれば、大砲の移動が容易ではなかったことが理解できるだろう。

古代ローマでは街道は石で舗装されていたが、それ以外の地域では舗装道路は存在しなかった。現在では標準のアスファルト舗装が誕生したのは19世紀前半の英国である。


(付注)日本最初の艦砲射撃は「門司城の戦い」(1561年)に行われている。毛利家に奪われた門司城の奪還を目指したキリシタン大名の大友宗麟は、博多に停泊していたポルトガル船に艦砲射撃を行わせたといわれる。だが、勝敗を決するような砲撃ではなかったようで、ついに門司城の奪還は叶わなかった。もっとも有名な艦砲射撃は、薩英戦争(1863年)における英海軍による鹿児島城下焼き払いであろう。だが、戦いそのものは互角であり、英海軍の司令官が薩摩側の砲撃によって戦死している。


■「大砲」の発達

「大砲と帆船」が西欧の優位性を生み出したわけであるが、その発達史を大砲と帆船にわけて、本書以外の文献も参考にしながら簡単に整理しておこう。

そもそも火砲はヨーロッパで生まれたのではなく、中国で生まれたものである。これはすでに常識だといっていいだろう。

かつては、印刷術・火薬・羅針盤が「ルネサンスの三大発明」といわれたこともあったが、これは無知にもとづく西欧中心主義の妄想であったというべきだろう。21世紀の現在、このような表現はもはや通用しない。

では火砲はいかにしてヨーロッパに伝来したのか? それは、13世紀のモンゴル帝国の成立によるものだ。モンゴルが東方から西方に軍事的に拡大していった時期、遊牧民のモンゴル軍は中国人の火砲技術者を連れて陸路でユーラシアを縦断していったのである。モンゴル軍は国際混成部隊であった。

あわや西欧社会はモンゴルの手に落ちるかという瀬戸際で、偶然的な事象の発生でモンゴル軍が撤退したのだが、ポーランドからハンガリーにかけてまでモンゴルに征服されている。ロシアは長期にわたってモンゴルの支配下にあった。

中国からヨーロッパに伝来した火砲は、ヨーロッパで独自の発展を遂げるようになる。同時に中国においても独自の発展を遂げていった。14世紀の寒冷化のなか中国の支配者は元から明に代わるが、明軍が火砲を使用していた。だが、社会が安定するにしたがい、明朝は火砲の使用を制限するようになった。

ヨーロッパでは、火砲は城塞攻撃の武器として重用されるようになる。有名な15世紀前半に活躍したジャンヌ・ダルクは、騎士がいやがる大砲を積極的に使用し、砲兵隊を独立させている。だが、火砲をもっとも効果的に使用したのは、オスマン帝国によるコンスタンティノープルの陥落(1453年)であろう。

ところが、16世紀の初めには火縄銃が発明され、小銃中心の時代となり、大砲の技術開発は後回しとなった。火縄銃が種子島に伝来したのは16世紀半ばのことだ。小銃の製造は当時の技術水準からみて手頃なものだったので、ヨーロッパだけではなく日本でも爆発的に普及することになる。以後、16世紀は火縄銃と槍の組み合わせが戦闘の標準形となったのは、ヨーロッパも日本もおなじである。

面白いことに、中国には16世紀の始めにヨーロッパ製の大砲も小銃も伝来していたが、大砲はフランキ砲という形で導入されたが、小銃は普及しなかった。16世紀から17世紀にかけての、大砲志向の中国と小銃志向の日本との違いが興味深い。

素材と材料という観点から大砲について見てみると、ヨーロッパでは最初は青銅製が中心であった。銅と錫の合金である青銅(ブロンズ)は、加工しやすいというのが最大の利点であったが、材料費が高いのでコスト高になるのが難点であった。青銅製の大砲製造の中心は、先進地帯のフランドル地方であった。

青銅に対して、加工はしにくいがコストが低いのが鉄である。鉄製の大砲の技術革新を行ったのがイングランドである。経済後進国ではあったが、イングランドには豊富な鉄鉱石があったためだ。余談だが、18世紀の後半には、原材料の鉄鉱石に加えて燃料としての石炭にも注目が集まり、その双方を産出するイングランド(英国)で世界最初の「産業革命」が始まることになる。

17世紀は「オランダの黄金時代」であったが、オランダはスペインからの独立戦争を戦う必要から大砲を必要としていた。アジア海域では、先行する競合先ポルトガルやスペインの勢力に対応するため掠奪を中心に活動を行っていた。そのため、帆船に大砲を積載することが必要であり、大きな需要が生じていた。

オランダはイングランドから輸入していたが、後背地ともいうべきドイツやスウェーデンに目をつけることになる。豊富な鉱物資源を有するスウェーデンは、旺盛なオランダの需要に応えるべく大砲の一大生産国となっていく。

銅の産出国であるスウェーデンでは、最初は青銅製が中心だっが、鉄鉱石も豊富に産出することもあり、コスト安の鉄製大砲を求めるオランダの需要の応えて、鉄製大砲の主要生産国となっていった。現在までつづく兵器製造大国スウェーデンは17世紀半ばに誕生したのである。

「大砲と帆船」というテーマでいえば、青銅製であれ鉄製であれ、帆船に積載されることで機動力を確保し、遠距離航海が可能になることで、軍事力の裏付けをもった経済進出を可能とするようになったのである。


「帆船」がメインになる

現在のように動力が石油になる以前は、船の動力が人力や風力に頼るのは、世界中どこでも当たり前であった。

自然界に存在する風力を利用した帆船は、ある意味では人類史とともに存在する。中国のジャンク、インド洋のダウ船は、いずれも帆船である。

だが、帆船の技術が高度に発達したのは西欧である。14世紀の1本マストから15世紀には2本マストに発展し、その後は3本マストで5枚から6枚の帆をもつ全装帆船へと発達していく。

古代文明の中心の1つであった地中海世界では、帆船ではなくガレー船が中心であった。水深が深くて干満差がほとんどなく、波が比較的穏やかだが、風向きが不安定で突風もあるため、人間が漕ぐ人力のガレー船が適していたのである。

イタリアの都市国家ヴェネツィア、ジェノヴァの商船、スペインの商船と艦船もまたガレー船であった。ヨーロッパのキリスト教勢力が初めてイスラーム勢力を破った「レパントの戦い」(1571年)は、ガレー船の絶頂期であった。

ところが、地中海からジブラルタルを出て大西洋、さらに北海に入るとガレー船では対応できなくなる。というのは、北海は水深が浅くて干満差が大きく、特に冬場は荒天が続いてウネリも大きく、一部では結氷もある。だが、洋上では風向きが季節によって一定しているので風力を利用する帆船が適していたのであった。
 
南の地中海と北の北海でそれぞれ発達してきた造船技術が融合することで、15世紀にはヨーロッパの帆船技術は飛躍的に進歩することになった。この時代に、いわゆる「大航海時代」を先導して大西洋からアフリカ、さらにはアジアまで進出していったのがポルトガルだ。

この動きはおなじカトリック国であったスペインも追随することになる。さらにはプロテスタント勢力もオランダとイングランドが続いていくことになった。


 
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  PS イタリア人の著者が最初から英語で書いた本

著者のカルロ・M・チポラ(Carlo Maria Cipolla、1922~2000)はイタリアの経済史家。『時計と文化』など、もっぱら英語で科学史と経済史の双方にかかわる分野で旺盛な執筆を行った人だ。

『大砲と帆船』は、さらに軍事史にもかかわるテーマであり、簡潔な記述の背後には膨大な研究蓄積があることが、著者による詳細な注で明らかだ。

第2次世界大戦後の世界には、イタリア人が英語で作品を発表するようになった。カルロ・チポラ教授もそうだし、『ロミオとジュリエット』や『ブラザー・サン シスター・ムーン』の監督でオペラ演出家のフランコ・ゼフィレッリ(1923~2019)もそうだった。ほとんどの映画作品は英語である。

2人は同世代である。もともと英語が得意だったということもあろうが、1943年のイタリアの敗戦時で20歳だったという世代であったことも影響しているのだろう。

おなじ敗戦国とはいえ、人口が1億人台の日本と違って、人口6000万人程度のイタリア人の作家にとって、最初から英語で作品を問うという路線が成功をもたらしたことは間違いない。英語でなければ世界の頂点には立てない、そういう時代となっている。

ある意味では、きわめて現実的な選択であったといえよう。



<ブログ内関連記事>

・・17世紀の「オランダの黄金時代」は造船技術によってもたらされた

・・西欧の覇権は、海の利用によってもたらされた

・・17世紀前半のスウェーデンが「三十年戦争」でイニシアティブを握ったのは、クリス的な女王の父グスタフ=アドルフであった。彼は機動的な野戦砲を導入しただけでなく、「16世紀オランダ軍事革命」の申し子でもあった

・・幕末の19世紀半ばに鉄製大砲を鋳造するための最先端の製鉄炉が反射炉だった

・・幕末に至るまで日本は小銃志向の強い国であった

・・このカタログには大砲はほんの少ししか登場しない。あるのはロケットランチャーのような大筒だけだ



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2017年5月14日日曜日

書評『服従』(ミシェル・ウエルベック、河出文庫、2017 単行本初版 2015)ー「自発的隷従」をテーマにしたこの近未来小説は面白すぎる!


5年ぶりに出版される新著の執筆生活から「解放」されたので、今年の五月の連休には、仕事に関係のない本を片っ端から読んだ。そのなかでも、『服従』(ミシェル・ウェルベック、河出文庫、2017)が、あまりにも面白いので「一気読み」してしまった。

2015年パリの「シャルリ・エブド事件」の際に、ほぼ同時期に出版されて大きな話題になったフランスの小説だが、つい最近になって文庫化された。2017年5月のフランス大統領選をビジネスチャンスと捉えたからだろう。だが、この小説のテーマはテロ事件ではない。「西欧社会のイスラーム化」がテーマである。

この小説は、2022年のフランス大統領選を舞台にした「近未来小説」フランスにイスラーム政党代表の大統領が連立によって誕生するという設定だが、細部にわたってじつによく構築された構成であり、しかもディテールまで、あまりにもリアルに描かれているので、話の展開にまったく無理がない

(『服従』(Soumission)のフランス語パーパーバック版カバー)

主人公はパリ在住の大学教授で、フランス文学の研究者。専門は、19世紀フランスの自然主義作家 J.K.ユイスマンス。この設定がまた、この小説の醍醐味でもある。

澁澤龍彦訳の『さかしま』をはじめ、そのほか『彼方』『出発』といった作品がユイスマンスの代表作だ。ユイスマンス作品の多くは日本語に翻訳されており、じつはわたしも大好きでむかしよく読んだ作家なのだが、日本での知名度としてはあまり高くないかもしれない。澁澤龍彦のファンなら当然しっているだろう。耽美派の描く世界に限りなく近いのだが、耽美派ではない。エミール・ゾラとおなじく自然主義の作風である。

オカルティズムや神秘世界を自然主義の手法で描いた作品は、独特の世界を構築している。トラピスト修道会での「リトリート」(=瞑想目的の短期間の滞在)体験を描いた『出発』は、大著であるがすばらしい作品だ。映画化できないものかと、映画監督でもないのに、かつて夢想していたこともある。


フランスでは、「フランス革命」において「反カトリック」を極限まで進めたこともあり、フランス革命後にはカトリック教会の衰退が始まっているが、それでも精神的な飢餓感を感じる人には、19世紀でも修道院での瞑想体験の扉は開かれていた。ユイスマンスもそのひとりであった。もちろん、現在でも修道院での瞑想のためのリトリートは可能だ。

ユイスマンスの作品世界を知っていたら、この小説はより深く楽しむことができる。19世紀のフランスと、21世紀のフランスの違いを否が応でも知ることになるからだ。現在では、ユイスマンスが滞在した修道院の近くにはフランス国鉄が誇る高速鉄道TGVが走り、修道院から静寂さは失われている。ユイスマンスの描いた世界は、すでに過去のものとなっている。そんな現代の風景が、残酷なまでに描き出されている。主人公もまた、そんな状況に失望を覚えることになる。

ユイスマンス当時のフランスとは異なり、21世紀現在のフランスは、すでにカトリックはほぼ衰退し、歴史人類学者のエマニュエル・トッドが『シャルリとは誰か?-人種差別と没落する西欧-』(エマニュエル・トッド、堀茂樹訳、文春新書、2016)で指摘しているように、「ゾンビ・カトリシズム」(!)の世界なのである。宗教的に比較的熱心なのは、旧植民地からの移民がその大半を占めるイスラーム教徒や、ユダヤ系フランス人くらいなものなのだ。ちなみに、主人公の恋人はユダヤ系フランス人に設定されているが、この設定もなかなか意味のあるものだ。


イスラームとユダヤ教という、この二つの宗教がそれぞれ結びつけている人間関係が、この小説を読んでいるとひじょうに健全で、健康的にさえ見えてくる。「家族」という価値観が21世紀の現在でも強固に生きているからだ。それは、フランスの行き過ぎた「個人主義」とは対極にある価値観である。フランス的個人主義においては、たとえ家族といえども成人後は「個人」意外の何者でもない。「個」は「孤」そのものですらある。

主人公は完全に脱宗教化され、世俗化されたフランス人であり、その意味ではカトリックに対しても、イスラームに対しても、宗教的な関心が深いわけではない。そんな主人公がイスラーム化された近未来のフランスで、イスラームの世界に限りなく接近し、取り込まれてゆくのは、もっぱら大学の教授職をめぐる世俗的な利害関係に過ぎないのだが、それだけではないのかもしれない。
   
(映画『O嬢の物語』のDVD版)

男性読者であるわたしは、主人公とおなじ立場にあったなら、間違いなくおなじ行動をとるだろうと思う。小説のなかでは、映画化もされているポーリーヌ・レアージュの『O嬢の物語』(澁澤龍彦訳、河出文庫、1992)を引用する形で、「服従」(・・本書のタイトルでもある)のメカニズムについて説明されている。

「人間は習慣の奴隷」というフレーズもあるように、当初は違和感を感じる環境であっても、慣れてくるに従って人間は無意識の習慣として繰り返していき、疑問を感じなくなっていくのである。主人公は、けっして強制されてイスラームに接近していくのではない。「他律的」とはいえ、なかば「自発的」に受容していくのである。

これは、「自発的隷従」と言い換えてもいいだろう。17世紀フランス思想家ド・ラ・ポエシによる『自発的隷従論』(ちくま学芸文庫、2013)は、日本でも数年前にはじめて翻訳がでた著作だが、この小説のテーマである「服従」は、まさに「自発的隷従」とよぶのがふさわしい。


正直いって、この小説は評価は大きく分かれるだろう。イスラームの描き方についても、資産のあるオトコにとって有利なメリットばかりが強調されるからだ(・・あえてここには書かないが、何を意味しているかは想像していただくしかない)。

フランスやヨーロッパに関心があるならもちろん、そうでなくても読む価値ある本だ。「イスラーム政権誕生」のシミュレーションとして、アタマの体操になるはずだ。

知的エンターテインメント小説として、ぜひ読むことを薦めたい。





著者プロフィール

ミシェル・ウエルベック(Michelle Houellebecq)
1958年フランス生まれ。1998年長篇『素粒子』がベストセラーとなり、世界各国で翻訳、映画化される。現代社会における自由の幻想への痛烈な批判と、欲望と現実の間で引き裂かれる人間の矛盾を真正面から描きつづける現代ヨーロッパを代表する作家。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)

翻訳者プロフィール
大塚桃(おおつか・もも)
現代フランス文学の翻訳家。訳書多数。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



PS この投稿で累計1,800本目の投稿となる(2017年5月20日 記す)


<関連サイト>

マクロン新大統領の茨の道-ルペン落選は欧州ポピュリズムの「終わりの始まり」か?(Newsweek日本版、2017年5月08日)

フランス大統領選挙-ルペンとマクロンの対決の構図を読み解く(Newsweek日本版、2017年4月29日)


Histoire d'O • trailer (by eic)
・・フランス映画『O嬢の物語』(1975年)トレーラー)




<ブログ内関連記事>

「13日の金曜日」にパリで発生した大虐殺(2015年11月13日)-「テロとの戦い」に重点を置いたフランス共和国の基本を知る
・・「シャルリ・エブド事件」のあとフランスでは無差別テロ事件が発生

「習慣の奴隷」(きょうのコトバ)-たとえ「よい習慣」であっても「目的」の再確認を!

書評 『アラブ革命はなぜ起きたか-デモグラフィーとデモクラシー-』(エマニュエル・トッド、石崎晴己訳、藤原書店、2011)-宗教でも文化でもなく「デモグラフィー(人口動態)で考えよ!

書評 『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる-日本人への警告-』(エマニュエル・トッド、堀茂樹訳、文春新書、2015)-歴史人口学者が大胆な表現と切り口で欧州情勢を斬る

『パリのモスク-ユダヤ人を助けたイスラム教徒-』(文と絵=ルエル+デセイ、池田真理訳、彩流社、2010)で、「ひとりの人間のいのちを救うならば、それは全人類を救ったのと同じ」という教えをかみしめよう

『移住・移民の世界地図』(ラッセル・キング、竹沢尚一郎・稲葉奈々子・高畑幸共訳、丸善出版、2011)で、グローバルな「人口移動」を空間的に把握する


フランスの女優イサベル・アジャーニが歌う「ボウイのように美しい」(Beau oui comme Bowie)-追悼デビッド・ボウイ(1947~2016)

「幻想耽美-現在進行形のジャパニーズエロチシズム-」(Bunkamura ギャラリー)に行ってきた(2015年6月18日)-現代日本の耽美派アーティストたちの作品を楽しむ

(2017年5月19日 情報追加)


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2015年12月1日火曜日

つたのからまるチャペル? ― なぜか欧米イメージがまとわりついているが、ツタは日本に自生する植物である



「ツタのからまる」のはチャペルではなく、じつは空き家となった民家です(笑)

ペギー葉山の名曲 「学生時代」(1964年)の歌いだしのイメージがあって、どうしても「ツタのからまる」建物は洋館、つまり西洋風の建築物という根強いイメージがわたしのなかにある。しかも紅葉に色づく「秋の日の図書館」である。

じっさいに「学生時代」で歌われているのはチャペル、キリスト教の礼拝堂である。この歌に登場するチャペルはペギー葉山の母校である青山学院大学のものであるらしい。青学は、プロテスタント系のミッションスクール。メソジスト派である。

さらに日本でも有名な「アイビー・リーグ」(Ivy League)というものがある。アメリカ東部の名門私立大学の総称で、ハーバードやイェール、プリンストンなど6大学をさしている。ツタのからまる建物がある美しいキャンパスというイメージがついてまわるのだが、そんなこともあって、ツタというとどうしても欧米風のイメージが強いのだ。





だが、「ツタ」は日本語である。「蔦」という漢字があてられている。このように、北米だけでなく、日本を含めた東アジアに自生している植物なのだ。一説によれば、他の植物や岩に「つたって」伸びるから「つた」なのだとか。この語源が正しいのかどうかはわからない。

念のために『岩波古語辞典 補訂版』(大野晋他編、岩波書店、1990)で「つた」を引いてみると以下の記述がある。

つた【蔦】 蔓(つる)性の木質の多年草。秋の紅葉が賞美された。「這う--の別れし来れば」<万135>。「常盤木(ときはぎ)に這ひまじれる--の色など」<源氏総角>

なんと、『万葉集』や『源氏物語』にも用例があるではないか! 

たしかに、「蔦屋書店」というのもあるし、そもそもこの屋号は江戸時代の出版人・蔦屋重三郎から取ったものであった。藤(ふじ)もそうだが、日本には蔓性の自生植物が多い

「ツタ」は英語でアイビー(ivy)という、ということはつまり「ツタ」は日本語なのだが、どうしても欧米風のイメージが固定化してしまっているのは、もしかするとわたしだけではないのではないかと思う。

「つた」がからむのは、あくまでも洋館や洋風建築であって、日本家屋にからまる「つた」は記憶にない。いや、見たとしてもそれを「ツタ」と認識していないだけかもしれないが・・・。

固定観念というイメージはじつに怖いものだ。あらためてそう思った晩秋の一日であった。




<関連サイト>

ペギー葉山 学生時代 (YouTube)
・・歌われているのは一番の歌詞と三番の歌詞のみ

ペギー葉山の「学生時代」(歌詞)
・・発表は1964年(昭和39年)。とくに二番の歌詞に注目


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街路樹のプラタナスもまた紅葉する

枯葉 Les feuilles mortes
・・フランスの有名なシャンソン

(2016年6月19日 情報追加)


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2015年10月30日金曜日

スワンがゆく-日本人にとって白鳥とは?


一昨日(2015年10月28日)のことだが、東京の日比谷から神保町まで歩いた。最短距離は皇居のお堀端の東側の右サイドの通行となる。

首都東京を代表する新生・東京駅の駅舎や、日本を代表する金融街の摩天楼を右目に見ながら歩いていくと、皇居を過ぎたあたりのお堀で白鳥が2羽すいすいと泳いで移動してくるのが目に入った。

おお、もう白鳥が飛来しているのか!! まだ10月末なのに。

純白の白鳥は、ほんとうに美しい。きわだって美しい。さまざまな渡り鳥が飛来してくる日本だが、そのなかでも白鳥は頂点に立つ存在だ。

白鳥は、『古事記』のヤマトタケル以来、日本人には親しい存在だ。いわゆる「白鳥伝説」である。ヤマトタケルは大和に戻る途上で無念の死を迎えるが、辞世の歌を詠んだあと、死後その魂は白鳥となって大和に向けて飛んでゆく。じつに美しい神話ではないか!

だが、現代に生きる日本人は、白鳥はなんだか西欧的な印象さえあわせもつ。日本人は、近代になってから西欧文明と接触するようになったわけだが、ロシアバレエの「白鳥の湖」などの芸術作品を受け入れてから、白鳥はなんだか西欧的な印象さえもつようになった。その延長線上に『白鳥麗子』という少女マンガのキャラクターが生み出される。

日本に住んでいると、当たり前のように思っていることだが、世界的にみれば必ずしもそうではない。当たり前のように白鳥を目にすることのできる環境に生きてきたことは、大いに感謝すべきことだろう。

白鳥は、ほんとうに美しい。じつに美しい。






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・・ルートヴィヒは自らを「白鳥の騎士」ローエングリンになぞらえていた

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・・ヤマトタケルがクマソタケルを討つ際に「女装」したという神話が日本にはある




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2015年9月22日火曜日

書評『ハーバード大学は「音楽」で人を育てる ― 21世紀の教養を創るアメリカのリベラルアーツ教育』(菅野恵理子、アルテス、2015)― 音楽は「実学」であり、かつ「教養」でもある



『ハーバード大学は「音楽」で人を育てる  ―  21世紀の教養を創るアメリカのリベラルアーツ教育』(菅野恵理子、2015)は、音楽関係の書籍の専門出版社アルテスの新刊。

たまたま書店の店頭でみかけてすぐさま購入することにしたのは、「リベラルアーツとしての音楽」というテーマが、わたしには刺さるものがあるからだ。

「ハーバード白熱教室」の成功以来、ハーバードと冠につけた便乗本があふれている。だが、本書はそうではない。アメリカではじめて総合大学に音楽学科を新設したのがハーバード大学だからだ。ハーバード大学をはじめとするアメリカの著名な総合大学における音楽教育への取り組みを網羅的に取り上げて解説している。

ハーバード大学で音楽教育がはじまったのは、意外なことに1855年のことらしい。たかだか160年前に過ぎないのである。その後、イェール大学やコロンビア大学、スタンフォード大学など、名だたる総合大学が音楽学科を設置するようになって現在に至っているのだが、なんと MIT のような工科大学でも「音楽学科が設置されているのである! 音楽教育が、演奏家育成を目的にしたものだけでなく、広い意味でリベラルアーツ(・・いわゆる「教養」)に位置づけられているためだ。

日本では大学レベルの音楽教育といえば、もっぱら芸術系大学が中心となっているが、アメリカでは総合大学の音楽学部出身者の演奏家が少なくない。ジュリアード音楽院などの音楽大学を凌駕(りょうが)する勢いがあるようだ。音楽を演奏技術だけでなく、幅広いパースペクティブのもと、社会のなかに位置づけていることが大きな意味をもっているのだ。

さらにいえば、音楽を楽しむ層の裾野を広げるということも、総合大学の音楽大学の使命とされている。鑑賞するだけでなく、みずから演奏する楽しみである。もちろん基本となるクラシック音楽が中心であるが、ジャズやロック、民族音楽にも目配りは広い。

アメリカの音楽学部や音楽学科では、プロの演奏家志望の学生だけでなく、他学部の学生も履修可能である。演奏家志望の学生にとっては「実学」であり、そうではないが音楽を愛し楽しむ学生にとっては、現代社会に生きるための「教養」となる。ここで「教養」といったが、それはたんなる「知識」のことではないことは言うまでもないだろう。

音楽は、ラテン語でいえば、アルテス・メカニカエ(artes mechanicae)であり、アルテス・リベラーレス(artes liberales)でもある。後者は英語のリベラルアーツのことだが、アート(art)を「芸術」と訳したのでは本当の意味が見えてこない。アートは、芸術であり技術でもある。つまりは「術」ということがその本質である。

「第4章 音楽はいつから<知>の対象になったのか-音楽の教養教育の歴史」において、古代ギリシアから古代ローマ、そして西欧中世を経て、音楽の国ドイツからアメリカへの流れをくわしくトレースしているが、そもそも音楽をリベラルアーツとして位置づけてきたのが西欧文明なのである。

古代ローマから中世にかけて音楽は数学として理論的に捉えられてきたが、演奏技術と音楽理論の乖離(かいり)が存在したといえるかもしれない。近代以降、とくにルター改革を経たドイツでは「数学としての音楽」ではなく、「音楽としての音楽」が主流となり、その延長線上にアメリカの音楽教育があることが本書に記されている。具体的にいえば、ドイツ北部のゲッティンゲン大学に学んだアメリカ人教育者たちが、ハーバード大学においてその路線を継承したのである。

アメリカでは「音楽の知」という観点から、音楽が積極的に評価されていること。総合大学における位置づけは、本書によれば以下のようになる。

●ハーバード大学: 音楽で「多様な価値観を理解する力」を育む
●ニューヨーク大学: 音楽で「歴史をとらえる力」を学ぶ
●マサチューセッツ工科大学: 音楽で「創造的な思考力」を高める
●スタンフォード大学: 音楽で「真理に迫る質問力」を高める
●カリフォルニア大学バークレー校: 地域文化研究の一環として
●コロンビア大学とジュリアード音楽院: 単位互換から協同学位へ

古代ギリシアでは、集団間でのハーモニー(=調和)を生み出し、個としての人格陶冶(とうや)となるという観点から、音楽は「市民」(=自由人)のたしなみであったことが想起される。まさにリベラルアーツが、奴隷ではない「自由」人を「自由」人たらしめるものであることのよりどころであった。その意味では、西洋音楽を導入した日本が、音楽を音「学」ではなく、音「楽」として受容したことは意味あることであったと思うのである。

本書は、あらたな時代のリベラルアーツのあり方について、教育改革の最中にある日本の大学にとっても示唆するものが多いといえよう。また、音楽専攻を志している若者たちへの大きな動機付けにもなるだろう。

ただ、音楽を専攻していない人にとっては、やや理解しにくい点が多々あるのが残念だ。内容的には盛りすぎ、詰め込みすぎなので、やや読みにくいの。もうすこし内容を練ってストーリー性をもたほうが良かったのではないかと思う。「社会と音楽の関係」というテーマについては、テーマがテーマだけに社会学的な考察もほしい。

音楽学部が、演奏家育成という実技教育(あるいは「実学」教育)であり、かつリベラルアーツ教育(=「教養」教育)でもあるというその意味について、両者の複雑で微妙な関係についての突っ込んだ考察がほしいところだが、これは後日に期すべきことであろう。

「リベラルアーツとしての音楽」というテーマは、今後さらに重要になるといっていい。いまだに存在する「教養イコール読書」という旧来型の思い込みは、早く捨て去る必要がある。アメリカから学ぶべきことは、まだまだ多い。


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目 次

はじめに
第1章 音楽<も>学ぶ-教養としての音楽教育
 音楽はいつから大学の中にあたのか?
 ハーバード、スタンフォード、ニューヨーク大学-各大学で1000人以上が音楽を履修
第2章 音楽<を>学ぶ-大学でも専門家が育つ
 音楽学科はどこに属しているのか?
 音楽を中心に幅広く学びたい
 音楽の専門家をめざして
 なぜ大学で音楽を?
 大学と音楽院の提携プログラムから
 音楽院でも高まるリベラルアーツ教育の需要
第3章 音楽を<広げる>-社会の中での大学院の新しい使命
 大学から社会へ-どのように実社会へつないでいくのか
 実社会は音楽・芸術をどう見ているのか?
 社会から大学へ
第4章 音楽はいつから<知>の対象になったのか-音楽の教養教育の歴史
 リベラルアーツの未分化期
 リベラルアーツの広まり
 リベラルアーツの学位化
 リベラルアーツの近代化
 リベラルアーツの拡大化
第5章 音楽<で>学ぶ-21世紀、音楽の知をもっと生かそう
 グローバル時代に求められる人間像は?
 大学のリベラルアーツは変わるのか?
 未来世代はどのような音楽環境を迎えるのか?
おわりに-音楽の豊かなポテンシャルをみいだして
引用・参考文献
コラム
インタヴュー


著者プロフィール

菅野恵理子(すがの・えりこ)
音楽ジャーナリストとして世界を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を連載中(ピティナHP)。著書にインタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。(出版社サイトより)



PS ジュリアード音楽院とコロンビア大学の「コンバインド・プログラム」

コラムで世界的なヴァイオリニスト・諏訪内晶子のインタビューがあるが、くわしくは彼女自身の著書 『ヴァイオリンと翔る』(NHKライブラリー、2001 単行本初版 1998)を参照。ジュリアード音楽院とコロンビア大学の「コンバインド・プログラム」を受講し、コロンビア大学では政治学や政治思想史の授業を聴講したという。とくに日本人にとっては、西洋音楽が生み出されてきた背景についての深い知識が不可欠である。


<ブログ内関連記事>

リベラルアーツ

書評 『大学とは何か』(吉見俊哉、岩波新書、2011)-特権的地位を失い「二度目の死」を迎えた「知の媒介者としての大学」は「再生」可能か?

「ハーバード白熱教室」(NHK ETV)・・・自分のアタマでものを考えさせるための授業とは

書評 『教養の力-東大駒場で学ぶこと-』(斎藤兆史、集英社新書、2013)-新時代に必要な「教養」を情報リテラシーにおける「センス・オブ・プローポーション」(バランス感覚)に見る

『キーワードで学ぶ 知の連環-リベラルアーツ入門-』(玉川大学リベラルアーツ学部編、玉川大学出版会、2007)で、現代世界を理解するための基礎をまずは「知識」として身につける

ビジネスパーソンに「教養」は絶対に不可欠!-歴史・哲学・宗教の素養は自分でものを考えるための基礎の基礎

"Whole Earth Catalog" -「テクノロジーとリベラルアーツの交差点」を体現していたジョブズとの親和性

"try to know something about everything, everything about something" に学ぶべきこと


「教養」としての音楽

書評 『ラテン語宗教音楽 キーワード事典』(志田英泉子、春秋社、2013)-カトリック教会で使用されてきたラテン語で西欧を知的に把握する

讃美歌から生まれた日本の唱歌-日本の近代化は西洋音楽導入によって不可逆な流れとして達成された
・・現代音楽につながる賛美歌は、ルターによる宗教改革から始まった

書評 『オーケストラの経営学』(大木裕子、東洋経済新報社、2008)-ビジネス以外の異分野のプロフェッショナル集団からいかに「学ぶ」かについて考えてみる

「鈴木未知子リサイタル2015@船橋きららホール~未知なる道の途中で~」(2015年4月19日)で、中東世界の楽器カーヌーンとアフリカ起源のマリンバを聴く


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