『ロシアのなかのソ連 さびしい大国、人と暮らしと戦争と』(馬場朝子、現代書館、2022)という本を読んだ。カバーの絵に惹かれたからでもある。ベラルーシのアニメーション作家 Valentine Goubarev氏によるものだという。
この本を読むとよくわかるのは、ソ連崩壊から30年たったいまなお「ソ連70年」の痕跡が消えることはないということだ。
というより、ふつうにロシアで生きている人たち、そのなかでもソ連崩壊を体験した年齢層、つまり40歳台から50歳台以降の人たちにとっては、ソ連時代はノスタルジーの対象なのである。
1970年代のブレジネフ時代が高く評価されているのだという。
ブレジネフ時代は、1962年生まれのわたしにとっては小学生時代から中学生時代にあたるが、ソ連時代ではもっとも安定していた時代である。言い方を換えれば、停滞していた時代でもある。
だがそれは、激動が当たり前のロシア史においては希有な時代であったというべきかもしれない。
冷戦時代であったとはいえ、初期の激動でも末期の激動でもない中だるみの時代だが、米ソが均衡状態にあったから、すくなくともロシア国内においては平和が維持されていたのである。
まさにそんな時代の1970年、18歳でソ連に留学して以来、50年以上にわたってソ連/ロシアにかかわってきた著者が体験し、観察してきたロシア社会をエッセイとしてつづったものだ。
留学生活は6年間、帰国後はNHKの番組制作ディレクターとして40本以上の作品にかかわり(・・巻末にフィルモグラフィーがある)、退職後はふたたび5年間をロシアで暮らしている。
暮らしのなかで出会うふつうの人たち、仕事でかかわった人たち、取材対象の人たちとのかかわりから、ロシアとロシア人の地肌のようなものが見えてくる。
70年にわたって社会主義に慣らされた人たちの感覚は、ときに社会主義国と揶揄されることもある日本で暮らす日本人の感覚からしても、かなり遠いとしかいいようがない。だが、その違いを理解することが重要なのだ。日本の常識をあてはめてはいけないのである。
もともと日本ではロシア嫌いが多いが、アートだけは別領域というべきかもしれない。この本でもっとも魅力的なのは、アニメーション作家のユーリー・ノルシュテインについて書かれた文章だ。
オペラやバレエといった世界から、アニメーションにいたるまで「ソ連時代の良質な遺産」はひじょうに多い。この点にかんしては、異論はないのではないだろうか。
冷戦時代の日本では、「ソ連は嫌いだが、ロシアは好き」という人は少なくなかった。戦後日本社会では、満洲で略奪と暴行の限りを尽くし、シベリア抑留という非道を行った憎むべき国という記憶が消えることのなかったからだ。
社会主義国で軍事大国のソ連は憎むべき存在だが、ロシア文学をはじめとしたロシア文化は好きという意味である。わたしもそうだった。「シベリア出兵」に行かされた祖父もまたそうだった。
2022年2月にウクライナへの侵略を開始したロシアは、当然のことながらふたたび批判と否定、そして嫌悪の対象になっている。とはいえ、「国としてのロシアは嫌いだが、ロシア文化は好き」と内心で思っている人も、じつは少なくないのではないかと思う。
あえて公言する必要はないが、ある種のバランス感覚は維持したいものである。いやな面も多いが、いいところもないわけではない。人物だけでなく、社会全体にかんしてもおなじである。そんなバランス感覚を維持するためにも、こういう本を読む意味はある。
いやな面も、いいところもひっくるめたロシア。そんなロシアを全体として、しかも冷静かつ虚心坦懐に見たいものではないか。
目 次はじめに ロシアはソ連に回帰するのか第1章 えっ!資本主義!?ロシア的働き方格差と平等の狭間で市場経済はあまくなかった実はアメリカ好き?第2章 さびしい大国ロシアはヨーロッパかアジアかロシアの「大国願望」イデオロギーって何?みんな一緒が好きロシア正教の底力第3章 暮らしのなかのソ連、民主主義ってなんだ?民主主義嫌い女性の力離婚大国休む力迷信深いロシアの人たち危機対応力芸術大国言論の自由第4章 ソ連・ロシアの戦争大祖国戦争アフガニスタン侵攻ウクライナ侵攻おわりにフィルモグラフィー
著者プロフィール馬場朝子(ばば・ともこ)1951年熊本生まれ。1970年よりモスクワ国立大学文学部に6年間留学、帰国後、NHKに入局、ディレクターとして番組制作に従事。「スターリン 家族の悲劇」「トルストイの家出」「ロシア 兵士たちの日露戦争」「未完の大作アニメに挑む―映像詩人ノルシュテインの世界」「揺れる大国 プーチンのロシア―膨張するロシア正教」などソ連・ロシアのドキュメンタリー番組を40本以上制作。退職して現在はフリー。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)
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