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2012年3月24日土曜日

映画『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』(The Iron Lady Never Compromise)を見てきた



映画 『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』を見てきた。英国史上初の女性首相で、11年間の在任中に、衰退する英国に荒療治を施して再生させた政治家を扱った映画だ。

原題:The Iron Lady Never Compromise(鉄の女に妥協なし)
製作: 2011年、英国。
上映時間: 105分
主演:メリル・ストリープ
監督:フィリダ・ロイド
公式サイト: http://ironlady.gaga.ne.jp/

さすが、名女優メリル・ストリープ。完全にマーガレット・サッチャーになりきっている。当時は一般的にサッチャー夫人ないしはサッチャー女史と呼んでいたので、以下サッチャー夫人と書くことにする。

姿形だけでなく、クイーンズイングリッシュによるしゃべりもまた、役作りにかける情熱、プロ意識にはまったく脱帽である。エンターテインメント作品として、大いに楽しませてもらっただけでなく、1980年代そのものであったサッチャー時代を思い出しながら最後まで観た。




夫のデニスがすでに亡くなったこともわからないほどの認知症になった晩年のサッチャー夫人に、さまざまなキッカケで過去の記憶が想起され、いい思い出も悪い思い出も、ともによみがえってくるという形式で、サッチャー夫人そのものを描いた内容である。主人公の存命中にこういう映画をつくってしまうというのも、ある意味では驚くべきことだ。

この映画は、音楽のチョイスがひじょうによい。

ユル・ブリンナー主演のブロードウェイのミュージカル『王様と私』から、オスカー・ハマーシュタイン作曲の「Shall We Dance ?」 (シャル・ウィ・ダンス?) は、若き日のサッチャー夫妻のロマンティックな日々の回想シーンとあわせて、なんども流される。

そして政治の場面では、ベッリーニのオペラ『ノルマ』から、マリア・カラスの独唱で「Casta Diva」(清らかな女神よ)。オペラ音楽はよく映画に使用されるが、この点においてもこの映画は特筆に値するといっていいだろう。これから観る人はぜひ、なぜ政治の場面でこの曲が流れるのかアタマに入れておくといいと思う。

以下は、映画の内容そのものではなく、サッチャー夫人について、より理解を深めるために書いたものである。


■1980年代そのものであったサッチャー時代

サッチャー夫人が、英国史上初の女性首相に選出された1979年から退任した1990年までの11年間は、わたしにとっては、高校から大学、そして社会人にかけての時期とピッタリ重なる。だから、わたし(の世代の人間)にとっては、マーガレット・サッチャーはけっして過去の人ではない。

日本では1980年代の後半は「バブル時代」というレッテルを張られて総括されてしまっているが、まさに冷戦時代末期で、サッチャー首相とレーガン大統領(当時)のタッグが、冷戦終結をもたらしたことは忘れるわけにはいかないのである。

この映画の原題である「鉄の女」(The Iron Lady)の毅然とした態度、断固たる態度には、わたしはすばらしいと賞賛の気持ちを抱き続けていた。まさにその「妥協」しないという態度を尊敬していたのであった。

サッチャー以前の英国は、先進国特有の「英国病」と言われ続けてきたのである。映画にもでてくるが、労働党の下で停滞し、衰退に拍車のかかっていた英国にカツをいれたわけである。「鉄の女」という異名をとったのは、度重なるIRA(北アイルランド解放闘争)による爆弾テロ、炭鉱ストとの全面対決、フォークランド紛争での一歩も引かない態度などがあずかっているのである。

フォークランド紛争で見せた不退転の決意と結果によって、ふたたび支持率が上昇したわけだが、それは英国人がなによりも忌み嫌う appeasement を回避したところに求めることができよう。映画では、戦争回避を説得する米国大使(?)に対して、パールハーバー(真珠湾)を引き合いに出していたが、ここは英国人向けなら appeasement(宥和)によってヒトラーに譲歩したチェンバレン首相(当時)の轍は踏まないというという発言になったことであろう。

そう、その「妥協」しないという点が、まさにサッチャー夫人そのものであり、英語の原題にあるように The Iron Lady Never Compromise(鉄の女に妥協なし)なのである。これがあえてタイトルになるということは、un-British(非英国的)であったからである。

サッチャー夫人は、自分の信念に忠実に徹し切れたわけだが、世の中というものは「押してダメなら引いてみな」というものである。英国では「妥協」というものが重んじられるとは、むかしからなんども聞かされてきたことである。英国人は日本人とは違って「大人」だから、だという理由づけで。

その意味では、この映画を観ていて思うのは、確固たる信念に基づいて毅然とした態度で臨むサッチャー首相のリーダーシップスタイルは、見習うべき点があると同時に、妥協を行わなかった点は反面教師にしなくてはならないと思うのである。

「妥協」しない政治家サッチャー首相。しかし、その「妥協」を欠いた姿勢が最後には・・・





■「非英国的」であったサッチャー夫人

サッチャー夫人が非英国的であったという話に戻るが、映画のなかでもなんども強調されているが、男社会の閉鎖的クラブ社会であった英国政治(・・しかも保守党だ)のなかで孤軍奮闘してきただけでなく、オックスフォード大学卒業とはいえ、伝統的にオックス・ブリッジに進学していたエリート層ではない。庶民階級の出身であった点がまず、それまでの英国とはまったく違う。

ファミリービジネスの食料品店に生まれた娘である。奨学金制度の開始によって、一般庶民にもオックス・ブリッジに進学する道が開かれたのである。また、映画には出てこないが、オックスフォード大学で専攻したのは化学(ケミストリー)である。理系なのである。しばらく専攻を活かした職についていたが、政治家への道を選んだのは、出身地で市長を務めていた父親の影響だろう。

『サッチャー時代のイギリス-その政治、経済、教育-』(森嶋通夫、岩波新書、1988)は、まだサッチャー夫人が在任中に書かれたものだが、著者の森嶋教授は、「サッチャーは、イギリスの悪い所も、善い所も、数多くすっかりぶち壊してしまいました」と書いている。まさにそのとおりだろう。2012年現在でも、サッチャー夫人は毀誉褒貶(きよほうへん)相半ばする存在だ。

しかし、あの時点で荒療治を行わなかったら、英国の衰退はさらに加速していたことは間違いない。著者の森嶋通夫氏は独創的な経済学者で、日本を飛び出して社会科学系では名門のLSE(ロンドン・スクール・オブ・エコノミックス)で長く教鞭をとっていた人である。森嶋教授(故人)の政治的立場にはあまり賛同はできないが分析としては面白いと思って読んだ本である。

サッチャー夫人の父親は職人の家に生まれた人で、主流の英国国教会ではなく、熱心なメソジスト派であり、まさに刻苦勉励によって自分自身を鍛え上げた人であったようだ。サッッチャー夫人の首相になるまでの回顧録『サッチャー 私の半生』(The Path to Power、1995)には、「両親ともに熱心なメソジストで、父親は牧師のようだった」とある。この記述から考えると、一般的にイメージされる英国人よりも、かなり米国人に近いメンタリティーの持ち主であったのかもしれない。こういう特性が、そっくりそのまま娘に受け継がれたようだ。サッチャー夫人は、自分自身のことを、プラクティカルでまじめで、宗教的だと書いている。

『サッチャー回顧録』(The Downing Street Years、1993)は、この映画でも冒頭にサッチャー夫人みずからがサインするシーンがでてくるが、日本経済新聞で「私の履歴書」として、翻訳連載されていた抜粋だけは読んでいるが・・・。この正編だけで900ページを越える大著は、ハードカバーの原著を所有しているのだが、いまだに読んでいない。いつかは読む日もあろうかと思って、手放していないのだが・・・。「ダウニング街10番」とは英国首相公邸のことである。





■サッチャー夫人の夫デニスと「鉄の女」の涙 


サッチャー夫人が引退を決めたのは、「マギー、もうそろそろいいのではないかな?」と夫のデニスが語りかけたからだという記憶がわたしのなかにあった。

この映画でも最終的に引退を決意させたのが、夫の一言であったことが明らかにされる。おかげで権力者にとって困難な課題である引き際を誤ることはなかったのである。

「在任中の政策が、ただしかったかどうかは、歴史が審判を下す」というサッチャー夫人のセリフに対し、「いや、ゴミ箱行きかもしれないな」と、夫が茶々を入れるのは、さすが英国人である。こういう肩すかしの発言が、サッチャー夫人のストレスリリーフになっていたのだろう。

しかし、11年間にわたるギリギリの意志決定の日々で消耗してしまったのかもしれない。いわゆるバーンアウト(=燃え尽き)症候群というやつか。認知症を患って、現在では自分が首相をやっていたこともわからなくなっているらしい。痛ましい話ではあるが、一国の命運を担う首相としては当然として受け止めるべきことかもしれない。

英国は、女王陛下の夫君というロールモデルが、同時代のエリザベス女王だけでなく、絶頂期のヴィクトリア女王にもあったことは、英国人男性であるデニス・サッチャーにはあらじめ心構えとしてあったのだろうか?

この映画のもう一人の主人公は、実業家のデニス・サッチャーである。男性であるわたしは、どうしてもデニスの存在が気になるものだ。

日本語版の副題が「鉄の女の涙」となているのは、またまた日本人観客向けの情に訴える作戦かといぶかしく思って見始めたが、原題の「鉄の女に妥協なし」よりは、日本語版のほうがいいかもしれないと思った。ちなみに Lady は Sir の女性版。サッチャー夫人は一代爵位で女男爵になっているので、Lady Thatcher が正式名称なのである。

衰退する英国で衰退をなんとか食い止めたサッチャー夫人。同じような地政学ポジションにある日本に住む日本人にとっては、どうしても他人事には思えないものがある。

まあ、ここまで書いてきたようなむずかしい話は別にして、エンターテインメント作品としてよくできているので、ぜひ観ることを薦めたい映画である。


P.S. 麹町ワールドスタジオ 「原麻里子のグローバルビレッジ」(Ustream 生放送) に出演して、映画 『マーガレット・サッチャー-鉄の女の涙-』についてさまざまな観点から語り合いました(2012年4月18日 21時から放送)。いろいろな裏話もふくめた内容の濃い番組になっていると「思います。当日の放送は、下記のサイトでから録画を視聴できますので、ぜひご試聴ください(2012年4月20日 記す)。 http://www.ustream.tv/recorded/21938422 


P.S. レディー・サッチャーがお亡くなりになったという情報が入ってきた。享年87年。まさに「巨星落つ」という感である。賛否両輪はあるものの偉大なリーダーであったことは間違いない。冷戦を終わらせた偉大な功績は後世に長く語り伝えられることだろう。レーガン大統領はすでに世を去り、残るはゴルビー(=ゴルバチョフ)と中曽根元首相である。ご冥福をお祈りしたい。合掌。(2013年4月8日 記す)


(画像をクリック!)



<関連サイト>

映画 『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』 (日本版公式サイト)

The Iron Lady Trailer Official 2011 [HD] (英国版トレーラー)
・・イギリス英語は発音さえ聞き取れれば、むしろ受験英語に慣れてきた日本人には理解しやすいかもしれない

Casta Diva - Maria Callas (Best)
・・オペラ『ノルマ』から、マリア・カラスの独唱で「Casta Diva」(清らかな女神よ)



<補足解説>

映画のなかで、サッチャー首相の就任式で「アッシジのフランチェスコの祈り」を朗読するシーンがある。全文は以下のとおり。


平和の祈り        
主よ、わたしを平和の道具とさせてください。
わたしに もたらさせてください……
憎しみのあるところに愛を、
罪のあるところに赦しを、
争いのあるところに一致を、
誤りのあるところに真理を、
疑いのあるところに信仰を、
絶望のあるところに希望を、
闇のあるところに光を、
悲しみのあるところには喜びを。
ああ、主よ、わたしに求めさせてください……
慰められるよりも慰めることを、
理解されるよりも理解することを、
愛されるよりも愛することを。
人は自分を捨ててこそ、それを受け、
自分を忘れてこそ、自分を見いだし、
赦してこそ、赦され、
死んでこそ、永遠の命に復活するからです。
『フランシスコの祈り』(女子パウロ会)より

(出典: wikipedia アッシジのフランチェスコ )

<関連サイト>

「鉄の女」サッチャーの最大の強みは、最大の弱みでもあった (ロバート・B・カイザー,バート、E・カプラン、『ダイヤモンド・ハーバード・レビュー』、2014年3月3日)
・・わたしがこのブログ記事で書いたことをリーダーシップ論の観点から補強してくれる記事

(2014年3月3日 項目新設)



<ブログ内関連記事>

なぜいま2013年4月というこの時期に 『オズの魔法使い』 が話題になるのか?
・・「先日お亡くなりになったサッチャー元首相は、在職中に発揮したリーダーシップによって「英国病」を完治し、衰退する英国に活を入れた日本ではもっぱら称賛する人が多いが、当事者である英国人のあいだには、その強引なやり方のために中流階級が弱体化したと批判している人も存在します。 サッチャーの批判勢力が「祭り」(?)を引き起こしているとTVで報道されていました。批判勢力の呼びかけで、『オズの魔法使い』の「鐘を鳴らせ 魔女が死んだ」という歌が、猛烈な勢いでダウンロードされ、英国のヒットチャートでナンバーワンになっているいうのです」

映画 『英国王のスピーチ』(The King's Speech) を見て思う、人の上に立つ人の責任と重圧、そしてありのままの現実を受け入れる勇気

書評 『大英帝国衰亡史』(中西輝政、PHP文庫、2004 初版単行本 1997)

書評 『大英帝国の異端児たち(日経プレミアシリーズ)』(越智道雄、日本経済新聞出版社、2009)-文化多元主義の多民族国家・英国のダイナミズムのカギは何か?
・・同書の第二章でサッチャー夫妻が取り上げられている

アッシジのフランチェスコ 総目次 (1)~(5)

(2016年6月25日 情報追加)


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2010年1月31日日曜日

アッシジのフランチェスコ 総目次 (1)~(5)


    
 私は、キリスト教徒でも、カトリックでもありませんが、アッシジのフランチェスコのような生き方は、決して真似ることはできないものの、たいへん素晴らしいものだと思ってきました。

 そんな私の感想、映画や本を中心に5回にわたってつづってみました。

 リリアーナ・カヴァーニ監督による『フランチェスコ(ノーカット・イタリア語版)』(主演:ミッキー・ローク、ヘレナ・ボナム=カーター)の日本版が、ようやく2010年1月に発売されたのを機会に、「総目次」を作成しました。

 さまざまな人によって、さまざまに語られるフランチェスコ、お楽しみください。


<アッシジのフランチェスコ 総目次>

アッシジのフランチェスコ (1) フランコ・ゼッフィレッリによる  
アッシジのフランチェスコ (2) Intermesso(間奏曲):「太陽の歌」   
アッシジのフランチェスコ (3) リリアーナ・カヴァーニによる  
アッシジのフランチェスコ (4) マザーテレサとインド 
アッシジのフランチェスコ (5) フランチェスコとミラレパ 


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2009年12月11日金曜日

アッシジのフランチェスコ (5) フランチェスコとミラレパ




 リリアーナ・カヴァーニ監督はフランチェスコ映画を合計2本製作しているようだが、1966年に撮影した1本目の作品 Francesco d'Assisi は反教会的だと避難され不評だったらしい。

 2本目が先日紹介した『フランチェスコ』(1989年)だが、23年後に新しい構想で作りなおしたことになる。
 
 この23年間に一本きわめて風変りな宗教映画、というより輪廻転生がテーマの映画を製作している。それが『ミラレパ』(1973年)である。同じ年にはかの名作『愛の嵐』が製作されているのは面白い。ずいぶん雰囲気の異なる内容だからだ。

 『ミラレパ』は日本でも公開されたようで、日本でビデオ化されているが、現時点ではどの国でもDVD化もされず、忘れ去られた(?)作品となっているようだ。

 脚本は、『愛の嵐』と同じく、脚本家イタロ・モスカーティと組んで書いているのは興味深い。両者に共通するテーマがあるのだろうか。

 YouTube に映画がアップされている。音声はイタリア語、ただし字幕なし。

 
 映画の構成は、チベット語で書かれた「聖者ミラレパ伝」をイタリア語に翻訳するという作業に没頭するイタリア人の若手チベット学者が、チベット人のミラレパになってその半生を追体験するという形をとっている。映画をみる立場からいえば、ミラレパが輪廻転生してイタリア人研究者に憑依した、と表現できるかもしれない。

 そういう構図によって、ヒッピー・ムーブメントが背景にある、ゼッフィレッリの『ブラザーサン・シスタームーン』(1972年)とはやや違う文脈ではあるが、1970年代初頭の反近代主義、反西欧主義のなかでの、精神世界ブーム、東洋ブームの濃厚な雰囲気の中で作成された作品とはいえるだろう。

 ミラレパとは、チベット仏教のカギュ派の創始者とされる、11世紀チベットに実在したヨギ(ヨーガ修行者)のことである。フランチェスコは、12世紀から13世紀にかけて生きたカトリック修行者。

 そもそもカヴァーナ監督はなぜミラレパを題材にした映画なんか作ったのか?

 まずは、フランチェスコとミラレパの共通点と相違点を考えてみよう。

 フランチェスコは、12世紀から13世紀にかけてのイタリア人である。
 ミラレパは、11世紀から12世紀にかけてのチベット人である。
 共通する点は、隠者としての修行、についてであろう。
 フランチェスコは、説教という実践的活動を行ったと同時に、隠者的に観想生活を送ることを夢想しており、つねに揺れ動いている。
 ミラレパは、黒魔術師としての自分の実存に恐れをなし、仏教の示す正しい道を修行したいとして師であるマルパについて長年修行を積んだ。
 ともに、着るものには頓着せず、所有せずに・・・・
 
 こうして比較してみると、浮かび上がってくるのは、"東洋の隠者のような"フランチェスコ、である。

 先に紹介したデンマークの詩人ヨルゲンセンの本には、『即興詩人』でイタリアを書いたアンデルセンと同様、北欧の人らしい、外部からの視点による、きわめて唯物的な指摘があって面白い。

寂しい山間の人里離れた孤独な生活は、兄弟たちに強い印象を与えたので、彼らは永久にここにとまって厳しい禁欲の生活をし、他の人間を忘れたらどうかと、議論したほどだった。イタリアの山岳地帯を知っている人なら、この誘惑を理解するのは、そう困難ではないだろう。イタリアの山の性格には、どことなく隠者のための自然の洞窟や避難所を作っている。気候は、時には予想外に冬らしくなるものの、厳しすぎることはない。食物は信じがたいほど少なくてすむ・・(後略)・・ (P.107)

 イタリアは石灰岩地質が無数の洞窟を作り出し、隠者のためには格好の引きこもり場所を提供してきた。同じくチベットも洞窟での瞑想修行がさかんであったことは、ミラレパの生涯を描いた作品にはかならずでてくることからもそれがわかる。

 フランチェスコは、40日間の断食と瞑想において、キリストの聖痕スティグマを自らの身体の上に出現させる。
 ミレレパは、その師であるマルパの指示による瞑想修行を行い、マルパのもとから卒業したのちの瞑想修行において、空中浮遊を行い、自由に空を飛ぶ。

 また、これはとくに中世に多くみられるが、いわゆる「予知夢」という共通性がある。現代人でも、南方熊楠のように、脳力が異常に高まったときには「予知夢」によって、いわゆる夢のお告げで未発見の菌類を発見したりもしている。

 そして、フランチェスコとミラレパの両者に、在家信者(=平信徒)の重要性。

 修行者といっても彼らのような存在はむしろ稀有であり、職業をもったふつうの人にとっては、そもそもフランチェスコやミラレパのような厳しい修業は不可能なので、在家信者という形がもっとも多かったのだろう。
 
 ユング派の心理学者である河合隼雄は、日本にも長く滞在したカトリック司祭のヨゼフ・ピタウ師との対談『聖地アッシジの対話-聖フランチェスコと明恵上人-』(藤原書店、2005)で、フランチェスコと明恵上人(みょうえしょうにん)を対比して論じている。明恵上人とは鎌倉時代前期、12世紀の人、華厳宗の学僧で、生涯にわたって自ら見た夢を 「夢の記」と題して世界的にも珍しい記録として残されている。

 河合隼雄は名著 『明恵、夢を生きる』(京都松柏社、1987 現在は講談社+α文庫 1995)で明恵上人をとりあげ、一般的にも広く脚光を浴びるようになったが、それ以前から白洲正子も、澁澤達彦も、明恵上人に言及しているのは面白い。河合隼雄は後年、明恵上人を機縁にして、白洲正子と交友関係にあり、対談も残している。

 河合隼雄は、とりわけ「予知夢」に関しての共通性が、明恵上人とフランチェスコにある、と強調している。

 ただ私としては、フランチェスコとの比較対象は、明恵上人よりもミラレパのほうが面白い。実際に比較してみてそう思った。ただ、ミラレパの場合は、師であるマルパからの伝承という側面があるので、直観に導かれた、純粋なスピリチュアリティ追求のフランチェスコとは異なることは指摘しておかねばならない。マルパはインドで仏道修行してチベットに戻ってきた人である。

 ミラレパの伝記としては、エヴァ・ヴァン・ダム(Eva Van Dam)による全ページカラーのマンガ本 MAGIC LIFE OF MILAREPA が実に面白い。日本語版も英語オリジナル版も絶版状態なのが残念だ。いずれは再版されるであろうが。

 それにしても、フランチェスコも、明恵上人も、ミラレパも、11世紀から13世紀にかけての人であるのが面白い。全世界的なスピリチュアリティのリバイバル期にあたるのであろう。

 そして20世紀後半から再びスピリチュアリティのリバイバルが始まっている。

 もともとキリスト教も、教父時代は砂漠での瞑想修行が行われていたのであり、これが後のカトリックおける修道院の原型になっている。大乗仏教も同じく僧院においての瞑想修行が行われるようになった。ともに英語では Monastery というコトバで表現されることもある。

 原点は、ともに隠者としての瞑想修行である。

 そう、ここまでいうなら、やはりシッダールタ王子のことを考えなくてはなるまい。
 シッダールタ王子とは、ブッダ・シャキャムニ(仏陀釈尊)そのひとのことである。

 シッダールタ王子の生涯に思いを馳せる・・・・






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 すでに今年の6月初めには書き上げていた原稿ですが、アップする機会を逸しているうちにだいぶ時間が経過してしまいました。この機会に少し手を入れてみました。
 前回の投稿からずいぶん時間があいてしまったので、目次を掲載しておきます。

<目次>

アッシジのフランチェスコ (1) フランコ・ゼッフィレッリによる  
アッシジのフランチェスコ (2) Intermesso(間奏曲):「太陽の歌」   
アッシジのフランチェスコ (3) リリアーナ・カヴァーニによる  
アッシジのフランチェスコ (4) マザーテレサとインド 
アッシジのフランチェスコ (5) フランチェスコとミラレパ 

 なお、『アッシジのフランチェスコ-ひとりの人間の生涯-』(キアーラ・フルゴーニ、三森のぞみ訳、白水社、2004)の書評を、bk1 および amzon.co.jp に投稿してあります。内容は「フランチェスコ(3)」ですでに書いているものを書評向けに書き直したものです。


 とりあえず以上で、フランチェスコの話は終わりとします。

 "資本主義のオルタナティブ"としてのカトリック実践思想の一つとして、アッシジのフランチェスコをケーススタディとして取り上げたと考えていただいてもかまいません。


<朗報!>
ミッキー・ローク, ヘレナ・ボナム=カーター主演のDVD 『フランチェスコ-ノーカット完全版-』、ついに日本版が発売!!(2010年1月22日)



<アッシジのフランチェスコ 総目次>

アッシジのフランチェスコ (1) フランコ・ゼッフィレッリによる  
アッシジのフランチェスコ (2) Intermesso(間奏曲):「太陽の歌」   
アッシジのフランチェスコ (3) リリアーナ・カヴァーニによる  
アッシジのフランチェスコ (4) マザーテレサとインド 
アッシジのフランチェスコ (5) フランチェスコとミラレパ 


PS 読みやすくするために改行を増やし、語句の一部を修正した。 (2014年8月21日 記す) 
PS2 あらたに<総目次>を挿入し、映画『ミラレパ』のリンクを作成し直した。(2022年2月20日 記す)



<関連サイト>

Milarepa - Eva van Dam paintings (エヴァ・ヴァン・ダムの公式サイトにおけるミラレパのイラスト集)

THE MAGIC LIFE OF MILAREPA TIBET'S GREAT YOGI Highlights from the Life of Milarepa(エヴァ・ヴァン・ダムによるミラレパのハイライト集)



<ブログ内関連記事>

アッシジのフランチェスコ 総目次 (1)~(5)   


「釈尊成道2600年記念 ウェーサーカ法要 仏陀の徳を遍く」 に参加してきた(2011年5月14日)  

チベット・スピリチュアル・フェスティバル 2009 
       
"粘菌" 生活-南方熊楠について読む-

書評 『修道院の断食-あなたの人生を豊かにする神秘の7日間-』(ベルンハルト・ミュラー著、ペーター・ゼーヴァルト編、島田道子訳、創元社、2011)-修道院における「断食」は、減量法を越えてスピリチュアルへの道を拓く

成田山新勝寺「断食参籠(さんろう)修行」(三泊四日)体験記 (総目次)
・・真言宗の密教寺院で行ったわたし自身の断食体験記

書評 『千日回峰行<増補新装>』(光永覚道、春秋社、2004)
・・最初の700日目とその後の300日目にはさまれた、生まれ変わりのための激しくも厳しい、9日間の断食・断水・不眠・不臥の苦行についても語られる

『奇跡を起こす 見えないものを見る力』(木村秋則、扶桑社SPA!文庫、2013)から見えてくる、「見えないもの」を重視することの重要性

(2014年8月21日 情報追加)


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2009年5月31日日曜日

アッシジのフランチェスコ (4) マザーテレサとインド




NHKスペシャルで「インドの衝撃」という番組をやっている。過去の放送内容が文藝春秋社からは単行本として生・続の2冊刊行されている。現在のシリーズもまた充実した内容であり、見るだけでもたいへん勉強になる。映像のもつ力といえよう。

 本日31日の放送内容は、今年5月行われた総選挙についてである。結果としては与党である国民会議派の続投となったので、ビジネスマンの私としては安心しているが、選挙権をもつものが7億人もいるという「世界最大の民主主義国家」インド最大のウッタル・プラデーシュ州を舞台に、4つのカーストの下に位置する「ダリット」(dalit:undercaste)を政治的基盤にした大衆社会党と国民会議派との一騎打ちの様子を密着取材した、たいへん興味深い内容であった。

 「ダリット」からは、インドの新仏教運動を興したアンベードカル博士が生まれている。

 放送では博士についてふれているが、新仏教について言及しないのは片手落ちであるといわざるをえない。しかも博士の後継者が日本人の僧侶であることは、日本人なら知っておくべきだ。『男一代菩薩道-インド仏教の頂点に立つ日本人、佐々木秀嶺-』(小林三旅、今村守之=構成、アスペクト、2008)という本は近年にない熱い内容だ。


 個人的には、インドは1995年にブッダロードとチベット族居住地帯であるラダックを旅したあと、12年ぶりとなる2007年にはビジネス・ミッションに加わって、デリー(再訪)と近郊のグルガオン、南部の高原にあるIT産業の中心都市バンガロールを訪問したが、いまだボンベイ(現ムンバイ)もカルカッタ(現コルコタ)も訪問できていない。

 とくにカルカッタは、明治以来の日本とも密接な関係にあるベンガル地方の中心都市である。タゴールと岡倉天心に始り、中村屋カリーのボース、インド独立戦争のチャンドラ・ボース、経済学者アマルティヤ・センにつながる流れ。ベンガル地方訪問は私にとっては今後の懸案課題として残っている。さて、いつ実現することか?


 さて、カルカッタといえばスラム、スラムといえばマザー・テレサである。マザー・テレサこそ、20世紀後半のインドで「フランチェスコ精神」を貫いた人であったといえる。

 アンベードカル博士の新仏教でも、ヒンドゥー教でも、ビジネス関連でもなく、マザー・テレサを通じてインドをみることも重要だろう。


 数年前に日本で公開された、オリヴィア・ハッセイ主演の映画 『マザー・テレサ』をみれば、マザー・テレサが不退転の意思で人生に臨み、明るく快活で、精神的に実にタフな人であったことがわかる。アッシジのフランチェスコそのものの、無私の精神に貫かれた、本当の意味のリーダーであったことも理解することができる。

 ただフランチェスコと大きく異なるのは、観想生活にひきこもることはせず、死ぬまで第一線で奉仕の人生を貫いたことにある。



 だいぶ前になるが、マザー・テレサのドキュメンタリーのビデオ『Mother Teresa : A Film by Ann and Jeanette Petrie with a Narration by Richard Attenborough』(1986年)を見てたいへん感銘を受けたので、その翌日雑談の際に会社でその話をしたら、どうやら場違いな話をしてしまったようで、その場ではやや敬遠されてしまった、という苦い経験がある。話題によっては話す相手を選ばないといけない、と深く胸に刻み込んだ。


 経済成長により都市と農村の格差が拡大し、人口の6割が貧困層になっているというインド。農村に居住するバラモンですら窮乏化しているという現実がある。

 本日の放送では触れられていなかったが、『ITとカースト-インド・成長の秘密と苦悩-』(伊藤洋一、日本経済新聞出版社、2007)によれば、能力主義を貫くIT産業発展のおかげで、少なくともIT産業内部ではカーストの壁も崩れつつあるらしい。

 とはいえ、中間層のあいだではビジネス社会における過度のストレスにさらされ、精神的な貧困も進んでいるということも聞く。『インドの時代-豊かさと苦悩の幕開け-』(中島岳志、新潮社、2006)を読むと、インドは日本化しているのか?という感想ももたざるを得ないほどだ。


 ビジネスを通じた貧困解消には限界があることは、中国をみれば明らかだ。貧富の差が極端に拡大しつつある中国は、いまや社会矛盾のかたまりと化している。

 たとえ、経済発展してもその成果が貧困層に再配分されるメカニズムが十分に機能しないと、とてもサステイナブルな経済発展とはならないであろう。

 世界銀行副総裁を務めた西水美恵子さんの著書、『国をつくるという仕事』(英治出版、2009)では、何よりもリーダーシップの重要性が強調されている。「・・貧困解消への道は、「何をなすべきか」ではなく、「すべきことをどう捉えるか」に始まると。その違いが人と組織を動かし、地域社会を変え、国家や地球さえをも変える力を持つのだと」(P.8)。


 経済的な貧しさならある程度まで解決可能かも知れない。

 しかし、マザー・テレサがいうように、先進国では(インドも一部ではそうなりつつある)、「精神の貧困」が大きな問題として拡大している。経済的な貧困、精神的な貧困、この二つの解決のためにはマザー・テレサのようなプローチも欠かせないのである。

 もちろん、マザー・テレサのように生きることは、大半の人にとっては、もちろん私も含めて、不可能である。だがそういう生き方もあるのだということを、せめて心の中だけにでも留めておきたいのである。

(つづく)

                        



<アッシジのフランチェスコ 総目次>

アッシジのフランチェスコ (1) フランコ・ゼッフィレッリによる  
アッシジのフランチェスコ (2) Intermesso(間奏曲):「太陽の歌」   
アッシジのフランチェスコ (3) リリアーナ・カヴァーニによる  
アッシジのフランチェスコ (4) マザーテレサとインド 
アッシジのフランチェスコ (5) フランチェスコとミラレパ 


PS 読みやすくするために改行を増やし、写真を一枚あらたに挿入した。 (2014年8月21日 記す)
PS2 あらたに<総目次>を挿入した。(2022年2月20日 記す)


PS2 マザー・テレサが列聖される(2016年9月4日)

本日(2016年9月4日)、マザー・テレサがバチカンで公式に列聖された。カトリック世界では最高の「聖者」となったのである。1997年9月5日の死去から、わずか19年というのはスピード展開である。二度の奇跡が当局に公式に認められたためだ。 (2016年9月4日 記す)

マザー・テレザ聖人に: 教皇フランシスコがマザー-テレサ列聖に必要な奇跡を承認(バチカン放送局、2016年4月16日)


<ブログ内関連記事>

アッシジのフランチェスコ 総目次 (1)~(5)

書評 『マザー・テレサCEO-驚くべきリーダーシップの原則-』(ルーマ・ボース & ルー・ファウスト、近藤邦雄訳、集英社、2012)-ミッション・ビジョン・バリューが重要だ!
・・「天使に会うためなら悪魔とも取引しろ(To get to the Angels, deal with the Devil)」というマザーテレサのプリンシプル。さすがカトリックならでは

書評 『男一代菩薩道-インド仏教の頂点に立つ日本人、佐々井秀嶺-』(小林三旅、アスペクト、2008)-こんなすごい日本人がこの地球上にいるのだ!

書評 『国をつくるという仕事』(西水美恵子、英治出版、2009)-真のリーダーシップとは何かを教えてくれる本

(2014年8月21日 情報)   


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