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2016年8月11日木曜日

真夏日のそこにあるのはセミの穴-足元を見よ!④ 


梅雨があけてからは暑い日が続いている。セミの鳴き声がまた暑さを倍加させる。

そんなときは足元を見よ!

なんでこんなに穴が開いているのだ? この穴は、セミが出てくるために開かれた穴だ。

だからこの穴のなかには何もない。抜け殻も地上にはないのがふつうだ。 だがよく探して欲しい。この写真のなかにセミの抜け殻、つまり空蝉(うつせみ)が転がっている。

こんな穴のなかでセミは幼虫として7年間(!)も生きて樹液を吸って生きてきたのかと思うと、なんだかとても不思議な気持ちになる。

(ブログ記事執筆後にあらたに発見したセミの穴)

さなぎの状態から地上にはい出て脱皮して成虫へとメタモルフォーシス(=変態: 形態を変えるという意味)してからは、わずか1週間程度で死んでしまう。7年間の地中生活と7日間の地上生活その対比は 2,500 対 1 である!

(2017年8月に撮影したセミの穴 筆者撮影)


セミにおいては幼虫時代が圧倒的に長い。どうしても成虫の状態でのみセミを捉えがちだが、ほんとうは幼虫時代のほうがほんとのセミなのではないか?

ただ繁殖のためにだけ、「生命をつなぐため」に地上にでてくるのだ。そのためのメタモルフォーシス(=変態)であり、わずか1週間のあいだに繁殖目的の決戦状態となる。

カゲロウほどの薄命ではないが、そもそもセミやトンボ、そしてバタフライもそうだが、幼虫時代の長い、変態する昆虫とはいったいどういう存在なのかと考えてしまう。

毎年思うのだが、こんな根源的な問いに答えるのはきわめて難しい。

あなたは答えられますか?








PS 「夏休みの宿題」に「セミの穴」の観察を!

「夏休みの宿題」にお悩みのお子様をお持ちの親御さん、「セミの抜け殻」は当たり前すぎますよ! 狙い目は「セミの穴」ですね。

「セミの穴」の内部をファイバースコープつかってCCDカメラで撮影したりしたら、それはもうすごい「夏休みの研究」となるはず。

もうすでに実行した人もいるかもしれませんが、「セミの穴」も千差万別ですから、やってみる価値はあるでしょう。

(2017年8月10日 記す)






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2014年11月15日土曜日

「夢の島」にはじめて上陸(2014年11月15日)― 東京都江東区の「夢の島」に日本戦後史の縮図をみる

(東京湾の夢の島マリーナ)


「夢の島」に初めていってきた。たまたま夢の島公園に用事があったからだ。島といっても陸続きなので、クルマでなくても新木場駅から歩いて行ける範囲にある。

東京都江東区にある夢の島といえば、わたしのイメージは東京都のゴミ捨て場で、ゴミによって埋め立てたてられた人工島というものであった。

汚いゴミの埋め立て地につけられた「夢の島」(ドリーム・アイランド)というネーミング。現実ではなく願望を込めたネーミングだろうが、小学生でも、現実とコトバのギャップのあまりにも大きな違いには敏感に反応していたものだ。夢の島とは笑っちゃうよね、と。

コトバが指し示す対象とコトバそのものの関係は恣意的であると喝破したのは言語学者のソシュールだが、ゴミの島という現実と夢の島というコトバのズレは、1970年前後の高度成長時代末期にはピークに達していたのであった。

夢の島はゴミの島というイメージは、小学生5年生の4月まで東京で過ごしていたわたしのなかで、40年以上も固定観念となったまま凍結していたのだ。


夢の島へのメタモルフォーシス

ところが、現在の夢の島は、そこがかつての夢の島であったという痕跡をほとんど感じさせないものとなっていた。陸上競技のフィールドを中心にした公園に熱帯植物園、バーベキュー場や東京湾に面したマリーナまであり、公園をつかったイベントまで開催される、文字通り「夢の島」となっていた。




正直いって驚いた。わずか40年でここまで「進化」するものなかのか、と。「進化」でも「成長」でもない、生物学用語をつかえば、「変態」というべきだろう。幼虫がさなぎを経て美しい蝶になるようなメタモルフォーシスである。

夢の島に熱帯植物園があるのは、ゴミ焼却の廃熱を利用しているからだ。小学生の頃から井の頭植物園に通い詰めていたほどの植物園大好き人間のわたしは、ぜひ夢の島の植物園にも入りたかったが、時間がなかったので断念。後日の楽しみとして取っておこう。


(夢の島熱帯植物園の手前は耕作地)


熱帯植物園が可能となったのは土壌が劇的に変化したからでもある。なんと夢の島には畑まであるのだ! しかもミツバチまで飼っているのだという。


(夢の島の畑に掲示された注意看板)


ゴミ捨て場に投棄されたゴミが、バクテリアの働きによって分解され、40年間をかけて黒土層に変化していたのだという。

すごいねバクテリア! 人間が踏み込むことがなかたのがよかったのだという。人間の手を加えずに実現された黒土化は、ある意味では自然治癒力のようなものだろうか。夢の島は、見事なまでに緑の島にメタモルフォーシスしていた。

ゴミの島から緑の島へ。夢の島の歴史は、日本戦後経済史を見事に反映している。

1960年代の高度成長という日本近代化の最終局面に吹き出た負の側面が、その後の長期にわたる安定成長と、一時的な狂熱状態があったとはいえ、長い経済停滞停滞によってもたらされた成熟経済。

大量生産が大量消費を生み、大量消費が大量廃棄を生むという悪循環。「もったいない」というフレーズを復帰させたいという動きがあるものの、100円均一商品があふれるなか、使い捨てによるゴミの大量発生状態が鈍化したわけではない。

発展途上国での引き合いから発生した資源ゴミの輸出と、ダイオキシンを発生させない焼却技術の進歩とがあいまって、現在の状態に落ち着いているのだろう。ゴミは宝の山という認識は浸透しつつある。


夢の島にある「第五福竜丸展示館」は必見!

夢の島には絶対にはずせない施設がある。それは、都立第五福竜丸展示館だ。トラジャコーヒーで有名なトラジャ風というか、ニューギニア風あるいはポリネシア風の建築物である。


(ポリネシア風建築の第五福竜丸展示館)


いまから60年前の1954年3月1日、太平洋のマーシャル諸島のビキニ環礁でアメリカの水爆実験の放射能被害を受けたマグロ漁船である。最近でこそあまり話題に登らなくなっていたが、わたしが小学生の頃は、第五福竜丸はひんぱんにマスコミでも言及されていた。

ことし2014年にはアメリカで映画ゴジラのリメイク版が公開されて話題になっていたが、水爆実験から生まれたという想定のゴジラは、あの時代の空気を知っている大人たちがつくったものなのだ。・当時の子どもたちは、あまり意識していなかたが・・・。

「3-11」後はふたたび関心が高まっているようで、第五福竜丸展示館は入場無料ということもあるのだろうが、朝からかなりの入場者であふれていた。


(後部からみた第五福竜丸)


第五福竜丸が木造の大型船であることは今回はじめて知った。なにごとも百聞は一見にしかず、である。第五福竜丸は総トン数140トン、全長約30メートル、高さ15メートル、幅6メートル。これだけ大きな木造船は、ノルウェーのバイキング博物館でみたバイキング船以来のような気がする。


(側面からみた第五福竜丸)


説明書きによれば、もともとカツオ漁船として和歌山県で建造されたが、マグロ漁船に改造され、静岡県の焼津港を母港として太平洋で遠洋漁業を行っていたのだという。

水爆実験の被害に巻き込まれたのは1954年(昭和29年)、敗戦から9年後の日本はまだまだ貧しかった。貴重なタンパク源としてマグロやクジラが捕獲され、食卓に登っていた時代だ。

この当時のマグロは、冷凍技術が未発達な関係から、刺身ではなく煮物として食べられていたのであった。また加工されてツナ缶として輸出もされていた。


(第五福竜丸の甲板後部)


第五福竜丸の事件をキッカケに反原水爆運動が世界的に盛り上がったことも、この展示館のパネル展示で知ることができる。この事件もその一つのキッカケとして反米ナショナリズムが高まった時代である。

とにかく現物をみることだ。木造船が遠洋漁業に使用されていたという事実と、その大きさに驚かされるとともに、敗戦後の戦後日本がいかなる状態であったのかが手に取るように理解できるからだ。かならずしも反原水爆といった立場に立つ必要もない。

第五福竜丸は1954年の水爆被爆後も使用されていたこともはじめて知った。練習船に改造されて東京水産大学で使用されたあと、1967年に廃船になったという。第五福竜丸展示館が建設されたのは、1976年のことである。


「夢の島」に日本戦後史の縮図をみる

夢の島は、もともと東京湾に飛行場建設のための埋め立て地だったのだという。戦前の1939年(昭和14年)のことだ。だが、2年後の1941年には大東亜戦争に突入したこともあって、資材不足で工事は中止された。その後しばらくの海水浴場となっていたらしい。

ゴミの島となったのは1957年。第五福竜丸の事件から3年後である。ゴミの埋め立ては1957年から10年後の1967年まで続いた。奇しくも、第五福竜丸が廃船になったのと同じ1967年である。

「夢の島」というネーミングがいつ付けられたのか知らないが、その当時のことだろう。埋め立てが終わったのは高度成長末期である。


(1974年と2010年の夢の島 説明看板より)


埋め立てが終わってから11年後、1978年には東京都立夢の島公園が開園することになる。この頃のことはまったく知らなかったが、最初に埋め立てが始まってから40年後のことになる。

わたしがはじめて夢の島にいったのは公園が開園してから36年後ということになる。なるほど、夢の島がゴミの島であったのは、遠い昔のこと。若い世代がその当時のことなどまったく知らないのも無理はない。

「夢の島」の建設が1939年から始まってことし2014年で75年。節目の年というわけではないが、「夢の島」に日本戦後史の縮図をみることも可能だろう。

「夢の島」がゴミの島だと思い込んでいる人なら、一度はいってみる価値のある公園だ。その見事なまでのメタモルフォーシスに驚くはずである。



<関連サイト>

【東京都】夢の島公園 夢の島熱帯植物館(公式サイト)

都立 第五福竜丸展示館 Official Site



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2011年7月29日金曜日

空蝉(うつせみ)とはセミの抜け殻のこと ―『源氏物語』の「空蝉」をめぐってつれづれに



 数日前にセミの第一声を聞いたと思ったら、もう蝉時雨(せみしぐれ)が本格化している。原発事故による「節電」で、今年の夏は暑くなると脅かされてきたが、エアコンのない生活を昨年から実践しているわたしには、さほど困難な課題ではない。

 とはいえ、風のない暑い夏の日に蝉時雨が加わると、足し算ではなく掛け算で夏が暑く感じるのは、わたしだけではないだろう。

 セミは英語で cicada という。シケイダあるいはシカーダと発音する。このいかにも英語的ではない単語の起源は、高校三年の英作文で授業で習ったとき以来イタリア語かなと思っていたが、ネットで調べてみるとラテン語起源であるらしい。

 15世紀には英語になっていたようだが、もともと英語にないコトバだということは、やはり英国にはもともとセミはいないのだろう。ラテン語は地中海世界のコトバなのでセミに該当するコトバがあっても当然だ。たしか、古代ギリシアの『イソップ寓話』にもセミの話がでてきたと思う。

cicada
early 15c., from L., lit. "tree cricket."
Online Etymology Dictionary, © 2010 Douglas Harper


 冒頭に掲げた写真は、今週に撮影したもの。家の近くを歩いていたら、たまたま目に飛び込んできたのがセミの抜け殻。立っている目線からみると小さな抜け殻だが、意外と目に入ってくるものだ。セミの鳴き声がアタマのなかにあったからか。


 さっそく近づいて写真に撮ってみた。そうする間もなく、セミの抜け殻は風でひっくり返ってしまった。抜け殻は軽い。吹けば飛ぶようなはかない存在だ、



 セミの抜け殻のことを、古語では空蝉(うつせみ)という。中身がなくなって「うつろ」(=空洞)だから「うつせみ」。 

 空蝉(うつせみ)といえば、すぐに思い出すのが『源氏物語』の「空蝉の巻」。『源氏物語』第3帖にあたる「空蝉」は、17歳のモテ男子・光源氏をつれなく袖にした人妻。はじめてつれなくされた女との苦い青春の思い出がつづられている。

 猛暑の夏の自然観察 (1) セミの生態 (2010年8月の記録) にもすでに引用しているのだが、あらためてここに書いておきたいと思う。歌の大意は、瀬戸内寂聴訳から引用。

空蝉(うつせみ)の 身をかへてける 木(こ)の下(もと)に 
 なほ人がらの なつかしきかな (光源氏)

 蝉が抜け殻だけを残し
 去ってしまった木の下で
 薄衣だけを脱ぎ残し
 消えてしまったあなたを
 忘れかねているこのわたし

空蝉(うつせみ)の 羽(は)におく露(つゆ)の 木(こ)がくれて
 しのびしのびに ぬるる袖(そで)かな (空蝉)

 薄い空蝉の羽に置く露の
 木の間にかくれて見えないように
 私も人にかくれて忍び忍んで
 あなたへの恋の切なさに
 ひとりないているものを

(出典:『源氏物語 巻一』(瀬戸内寂聴訳、講談社文庫、2007)

 

むかし「与謝野源氏」、いまは「瀬戸内源氏」

 大学受験を前にした高校三年生の夏も猛暑だったが、その当時はエアコンなどは自宅にはなく、汗をふきふき勉強に精を出したもの。その頃の記憶があるから、エアコンなしでもどうといったこともない。

 そのとき通読したのが、いわゆる「与謝野源氏」、歌人の与謝野晶子が現代語訳した『源氏物語』である。作家の谷崎潤一郎が、原文の趣(おもむき)を活かして現代語訳した「谷崎源氏」と比べて、通読するなら意味はとりやすいといわれており、じっさいそのとおりだという感想をもった。

 だがいかんせん、本文に挿入された和歌が、解釈も現代語訳もなしにそのままおかれているのにはまったく閉口した。歌の意味を味読できなければ、『源氏物語』の味わいは半減してしまうからだ。歌人であった与謝野晶子がなぜそうしたのかわからないが、読者には不親切きわまりない。

 『源氏物語』の現代語訳は、大和和紀のマンガ『あさきゆめみし』もふくめたらかなりの数になる。現在でもつぎからつぎへとトライされている。それに応える出版社もいるのがある意味では不思議である。

 あえて瀬戸内寂聴の訳をつかったのは、源氏物語の女人たちと同じく、瀬戸内寂聴もまた愛欲の世界をみずから体験し、小説にもしててきた人でかつ、煩悩をもてあました末に天台宗で出家した人であるからだ。これは、『寂聴伝』(齋藤愼爾、新潮文庫、2011)でも触れられていることだ(P.491)。

 比叡山の横山(よかわ)の僧都も登場する『源氏物語』、仏教の理解が深くなければ、深いレベルで理解することはできないのではないか、これは高校時代に「与謝野源氏」を通読したときにも思ったことだ。とくに『源氏物語』54帖のうち、とくに後半1/3に該当する『宇治十帖』にかんしては。

 みずからも天台宗の本山である比叡山で修行した寂聴さんだからこそ、意味のある現代語訳となったのではないか。間違いなく今後四半世紀のスタンダードになるだろう。

 とはいえ、いまだに「寂聴源氏」は通読していない。ぜひ遠くない将来に一念発起して、文庫版全10巻を一気読みしたいと思っている。


アーサー・ウェイリーによる英訳 The Tale of Genji

 むかし、正宗白鳥という作家は、英国の東洋文学研究家アーサー・ウェイリー訳の英語訳で通読して、はじめて『源氏物語』の良さが理解できたと述懐したそうだが、あながちおかしな話ともいえまい。

 ちなみに、ウェイリーは日本の古典にかんしては源氏、お能、和歌などなど、中国の古典については李白や西遊記なども英語訳している。だが、『源氏物語に魅せられた男-アーサー・ウェイリー伝-』(宮本昭三郎、新潮選書、1993)によれば、漢文も古文も独学で身につけたもので、東洋には一度も足を踏み入れたことがないらしい。この事実には、ほんとうに驚かされる。

 現在では英語訳といえば米国人の日本研究者エドワード・サイデンステッカー訳がスタンダードになっているが、ウェイリー訳もいまでも英語世界では流通している。
 
 翻訳というものはある意味では解釈だから、ウェイリーがどのように英語化しているか簡単にみておこう。和歌(poem)は独立させずに、地の文のなかに織り込んで訳すのがウェイリーの翻訳スタイルだが、こういう処理の仕方もあるものだな、と。

Utsusemi(空蝉)の最後のパッセージから

Utsusemi, though she had so fiercely steeled herself against his love, seeing such tenderness hidden under the words of his message, again fell to longing that she were free, and though there was no undoing what was done she found it so hard to go without him that she took up the folded paper and wrote in the margin a poem in which she said that her sleeve, so often wet with tears, was like the cicada's dew-drenched wing.

(出典:The Tale of Genji translated by Arthur Waley, Dover Publication, 2000 P.51)


同じ箇所を瀬戸内寂聴訳から(出典は既出)

 一方、あくまでもつれない女も、一応さも平静そうに思いを抑えこらえているものの、どうやら思いの外に深く真実らしいお気持ちが身にしみるにつけ、もしこれが夫のいない娘の頃だったならと、今更、過ぎ去った昔を取り返しようもないままに、源氏の君への恋しい気持ちが忍びきれなくなり、いただいたお手紙の懐紙(かいし)の端に、人知れず書きつけるのでした。

空蝉(うつせみ)の羽(は)におく露(つゆ)の木(こ)がくれて
 しのびしのびに ぬるる袖(そで)かな

薄い空蝉の羽に置く露の 木の間にかくれて見えないように
(私も人にかくれて忍び忍んで
(あなたへの恋の切なさに ひとりないているものを

 主語を明確にしなければならないのが英語、瀬戸内源氏は徹底的に主語を明確にしたという評がありながらも、やはり日本語だと主語は明示しなくても意味をとることができる。

 いずれも、流麗な訳文である。

 『源氏物語』はあえていうまでもなく世界最古の長編小説、これこそまさに世界に誇る「なでしこパワー」の代表だろう。





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日本語で書くということは・・・リービ英雄の 『星条旗の聞こえない部屋』(講談社、1992)を読む
・・もともとは日本文学研究者のリービ英雄氏は『万葉集』の英語訳という業績がある

「シャーリプトラよ!」という呼びかけ-『般若心経』(Heart Sutra)は英語で読むと新鮮だ

(2014年9月1日 情報追加)


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