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2023年12月14日木曜日

書評『土を育てる ー 自然をよみがえらせる土壌革命』(ゲイブ・ブラウン、服部雄一郎訳、NHK出版、2022)ー 土壌を中心に考えるという 「発想」の大転換によって従来型の農業の「常識」を捨てる

 
話題になっているということは、それなりに意味がある。

というよりも、『土を育てる ー 自然をよみがえらせる土壌革命』(ゲイブ・ブラウン、服部雄一郎訳、NHK出版、2022)を読んで思ったのは、この本はテーマそのものもさることながら、それ以上に大事なことを語っている本だと気がついたことだ。

「耕さない」農法を実践して大成功し、見学者が殺到しているという米国の農家の記事をたまたま目にして、それは面白いなと思ってネットで調べてみたら、その当の本人が本を出していることを知った。しかも、その本は日本語訳されていて話題になっているということも。

帯には「真に生きた土」をつくる野心的な土壌のバイブル」とある。つまり、基本的に土壌について書かれた本だ。

米国中部でカナダと国境を接したノースダコタ州で農業を経営する農業経営者の、自分の畑をつかった実験の記録であり、試行錯誤と成功にいたるまでのドラマでもある。

ノースダコタ州の気候条件ははっきりいって悪い。従来型の農法であれば、年間120日間しか「耕作」できないというのだから。だが、この「耕作」という農業の「常識」こそが捨て去られなくてはならないものだったのだ。



■古代以来の農業と近代農業に対するアンチテーゼ

わたしなら「耕さないという選択」というタイトルでもいいのではないかなと思う。

農業といえば耕作、耕作とは土を掘り返して畑をつくること。工業化以前の時代であっても、いや古代以来、この耕作という営みが繰り返されてきたが、「耕さないという選択」は、まさに「常識外れ」、というよりも「常識」への挑戦であり、発想の大転換である。

主語を作物から、土壌に変えるのである。あくまでも土壌という視点から、環境全体をみる視点。

いままでの農業は、耕すことによって表土に必要な炭素を充分に止めておくことができず、しかも窒素を補うために化学肥料を施肥してきた。この結果、土壌流出や化学肥料による土壌汚染と河川の汚染を引き起こしつづけている。環境汚染である。

土壌を回復することは、「全体性」の回復といってもいいだろう。「ホーリスティック」である。著者のいう「リジェネラティブ農業」(Regenerative agriculture)とは環境再生のことであり、土壌を中心とした生態系の回復を目指した農業のことである。

土壌を中心においたとき見えてくるのは、生物多様性の重要性であり、植物と菌、植物と動物の共存関係であり、人間の役割が限定されているということだ。人間は土壌のなかの生態系がうまく働くように、調整を行うことにとどめるだけでいい。

著者は、「土の健康の5原則」として、以下のように提唱している。

第1の原則 土をかき乱さない
第2の原則 土を覆う
第3の原則 多様性を高める
第4の原則 土のなかに「生きた根」を保つ
第5の原則 動物を組み込む


(Dirt to Soil: One Family's Journey into Regenerative Agriculture


重要なのは「炭素」である。カーボンである。炭素は環境問題でやり玉にあげられる筆頭だが、植物と共生している菌根菌(キンコンキン)にとって不可欠なのである。

植物は光合成によって二酸化炭素を取り込み、根から炭素を排出して菌をおびよせる。この菌根菌が植物に栄養を供給し、糊状物質を分泌することで団粒構造の土を生成し、土壌の保水力が増すのである。森林に保水力があるのはこのためだ。

だから、ほんとうにことをいえば、農業などしないで森のまま維持しておくことが炭素吸収のためにはベストなのだ。

とはいえ、人間が生きていくためには食料が必要であり、そのためには農業が必要だ。であれば、できるだけ「土壌の生態系」を乱すことなく、自然にできるだけ近い形で「循環経済」を成立させるべく努力しなくてはならないわけだ。

「カーボン・ファーミング」(carbon farming)とは、この炭素を植物の光合成によって土壌に増やすという農法のことだ。植物が生育するための10元素があるが、もっとも重要なのは炭素と窒素窒素(nitrogen)もまた化学肥料ではなく、マメ類や大根によって土壌に供給することが可能である。

耕作という古代以来の農業のアンチテーゼであり、化学肥料を施肥するという近代農業へのアンチテーゼである。

2018年の出版後に「第6の原則 背景の法則」を加えている。

英語の原文がどうなっているかわからないが、その土地の土壌をめぐる「背景」とは、「文脈」(コンテクスト)のことだと考えたらいいだろう。

土地の来歴と、気象条件もふくめた地理的な環境である。農地は個別性がつよいので、自分の農地にあった策を講じなくてはならないからだ。 



■逆境からの出発。災い転じて福となす

著者がこの農法にたどりついたキッカケは、農家の出身ではない新規就農者であった著者が農家の娘と結婚して、農業をはじめてから直面した厳しい現実であった。

厳しい気象条件による4年間連続の不作という「逆境」。この逆境でも農業をやめることなく、つづけたいという思いが「逆転の発想」にたどりつくのである。

カネがないというよりも、4年連続の不作で多額の借金を背負っているので新規投資はできない、肥料を買うカネもない。そんな状況におかれて「耕さないという選択」になったわけだ。

逆境をいかに奇禍として、災い転じて福としたか。そんなドラマとしても読み応えがある。

現在すでに「リジェネラティブ農業」は軌道にのって、少ない人数で農場を回しているだけでなく、リユースとリサイクルによってムダを徹底的になくして、多角化経営を実践している。

サステイナブルであるためにには、農業もビジネスとして継続的に利益を出していかなくてはならない。生産量を増やすよりも利益を出し続けることが重要だ。そんな哲学が著者にはある。まったくそのとおりだ。

化学肥料や殺虫剤の購入が農家の経営を圧迫しているのは、米国でもおなじなのだという。

トウモロコシや大豆などのモノカルチャーは、生産効率性を高めるが、土壌を疲弊させるので中長期的には生産性がさがっていき、経費のみがかかって利益の少ない農業になっているという現実。米国の農業が抱える問題は、ふだん日本では話題にならないが、かなり深刻なものがあるようだ。



■大きな変化を起こすには「発想の大転換」が不可欠

ものの見方を変えよ、これがいちばん難しい。「常識を捨てよ」とは、「アンラーン」(unlearn)のことである。無意識レベルまで浸透している習慣や発想法を捨て去るのは、じつにむずかしい。

もともと「不耕起」が拡がっている米国だからと取り組みやすかったということもあるようだ。とはいえ、著者の不屈の精神と実験精神は、ある意味では米国人らしいといえるかもしれない。米国の底力である。しかも現代らしく、全米でネットワークも組んでいる。

そんな「リジェネラティブ農業」だが、発想のひとつは日本の「自然農法」にもあるらしい。日本もまた近代農業のワナにはまってしまい、高齢化と後継者不足がさらに問題を深刻化させている。

農業経験のない新規就農者が、従来型の農法のワナにとらわれることなく「自然農法」である「リジェネラティブ農業」に取り組むといいかもしれない。なんせ人手は最小限で済むのだから。さまざま工業型農業と共存可能だろう。植物工場は日本には不可欠である。

著者は、ある畜産家が講演で語ったというフレーズを、なんども繰り返し引用している。それは、「小さな変化を生み出したいなら、やり方を変えればいい。大きな変化を生み出したいなら、見方を変えなければ」というものだ。まさに至言というべきだろう。

だからこそ、『土を育てる ー 自然をよみがえらせる土壌革命』は、近代農業を乗り越えるための「21世紀の農業革命」の本であるが、さまざまな読み方が可能な本であるといえる。

ふだん農業には関心のない人も読む価値がある。あるいは、ビジネス書として読むことも可能かもしれない。




目 次
日本版に寄せて 
はじめに いちばんの師 
第1部 道のはじまり 
 第1章 絶望からの出発 
 第2章 自然をよみがえらせる 
 第3章 リジェネラティブの目覚め 
 第4章 牛が牛でいられるように 
 第5章 次世代に引き継ぐ 
 第6章 〝自然そだち〟 
第2部 理想の「土」を育てる 
 第7章 土の健康の5原則
  第1の原則 土をかき乱さない
  第2の原則 土を覆う
  第3の原則 多様性を高める
  第4の原則 土のなかに「生きた根」を保つ
  第5の原則 動物を組み込む
 (第6の原則 「背景の法則」) 
 第8章 カバークロップの偉大な力 
 第9章 土さえあればうまくいく 
 第10章 〝収量〟よりも〝収益〟を 
 おわりに 行動を起こす
謝辞
訳者あとがき
参考資料


著者プロフィール 
ゲイブ・ブラウン(Gabe Brown) 
農場経営者。気候変動対策として、いま世界で注目を集めるリジェネラティブ農業(環境再生型農業)の第一人者。アメリカ、ノースダコタ州で2,000ヘクタールの農場・牧場を営む。妻と息子の家族3人でたび重なる危機を乗り越え、化学肥料・農薬を使わない不耕起栽培によって自然の生態系を回復させる新たな農業を確立した。その農場には国内外から毎年数千人の見学者が訪れるほか、講演やメディア出演も多数行い、世界中にメソッドを伝えている。米国不耕起栽培者賞、天然資源保護協議会から成長グリーン賞を受賞。 

日本語訳者プロフィール
服部雄一郎(はっとり・ゆういちろう)
翻訳家。2014年より、高知にてサステイナブルな暮らしの実践をスタート。環境に配慮した「ゼロウェイスト」や「プラスチック・フリー(プラフリー)」の実践的な取り組み、循環や持続可能性を意識した暮らし方がメディアで紹介され注目を集めている。訳書に、『ゼロ・ウェイスト・ホーム』(アノニマ・スタジオ)、『プラスチック・フリー生活』(NHK 出版)、『ギフトエコノミー』(青土社)など。共著書に、『サステイナブルに暮らしたい』(アノニマ・スタジオ)。
出版社サイトより)



<ブログ内関連記事>

・・「土壌は、もっぱら農業や園芸の対象であるが、同時に地質学でもあり、微生物学でもあり、植物学でもあり、動物学でもあり、化学でもあり、地球環境問題でもある」


・・「シュタイナー農法」について


・・日本における「自然農法」の取り組み。雑草はいっさい抜かない。殺虫剤もつかわない


■近代農業と化学肥料

・・植物の生長に必須の窒素を化学的に製造する方法を確立した「ハーバー・ボッシュ法」

・・東京都江東区の釜屋堀公園にある「人造肥料工業発祥の地」の石碑は高峰譲吉が日本で取り組んだ化学肥料工場の跡地
 

■21世紀の「工業型農業」




■米国農業を象徴する農業機具



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2014年11月15日土曜日

「夢の島」にはじめて上陸(2014年11月15日)― 東京都江東区の「夢の島」に日本戦後史の縮図をみる

(東京湾の夢の島マリーナ)


「夢の島」に初めていってきた。たまたま夢の島公園に用事があったからだ。島といっても陸続きなので、クルマでなくても新木場駅から歩いて行ける範囲にある。

東京都江東区にある夢の島といえば、わたしのイメージは東京都のゴミ捨て場で、ゴミによって埋め立てたてられた人工島というものであった。

汚いゴミの埋め立て地につけられた「夢の島」(ドリーム・アイランド)というネーミング。現実ではなく願望を込めたネーミングだろうが、小学生でも、現実とコトバのギャップのあまりにも大きな違いには敏感に反応していたものだ。夢の島とは笑っちゃうよね、と。

コトバが指し示す対象とコトバそのものの関係は恣意的であると喝破したのは言語学者のソシュールだが、ゴミの島という現実と夢の島というコトバのズレは、1970年前後の高度成長時代末期にはピークに達していたのであった。

夢の島はゴミの島というイメージは、小学生5年生の4月まで東京で過ごしていたわたしのなかで、40年以上も固定観念となったまま凍結していたのだ。


夢の島へのメタモルフォーシス

ところが、現在の夢の島は、そこがかつての夢の島であったという痕跡をほとんど感じさせないものとなっていた。陸上競技のフィールドを中心にした公園に熱帯植物園、バーベキュー場や東京湾に面したマリーナまであり、公園をつかったイベントまで開催される、文字通り「夢の島」となっていた。




正直いって驚いた。わずか40年でここまで「進化」するものなかのか、と。「進化」でも「成長」でもない、生物学用語をつかえば、「変態」というべきだろう。幼虫がさなぎを経て美しい蝶になるようなメタモルフォーシスである。

夢の島に熱帯植物園があるのは、ゴミ焼却の廃熱を利用しているからだ。小学生の頃から井の頭植物園に通い詰めていたほどの植物園大好き人間のわたしは、ぜひ夢の島の植物園にも入りたかったが、時間がなかったので断念。後日の楽しみとして取っておこう。


(夢の島熱帯植物園の手前は耕作地)


熱帯植物園が可能となったのは土壌が劇的に変化したからでもある。なんと夢の島には畑まであるのだ! しかもミツバチまで飼っているのだという。


(夢の島の畑に掲示された注意看板)


ゴミ捨て場に投棄されたゴミが、バクテリアの働きによって分解され、40年間をかけて黒土層に変化していたのだという。

すごいねバクテリア! 人間が踏み込むことがなかたのがよかったのだという。人間の手を加えずに実現された黒土化は、ある意味では自然治癒力のようなものだろうか。夢の島は、見事なまでに緑の島にメタモルフォーシスしていた。

ゴミの島から緑の島へ。夢の島の歴史は、日本戦後経済史を見事に反映している。

1960年代の高度成長という日本近代化の最終局面に吹き出た負の側面が、その後の長期にわたる安定成長と、一時的な狂熱状態があったとはいえ、長い経済停滞停滞によってもたらされた成熟経済。

大量生産が大量消費を生み、大量消費が大量廃棄を生むという悪循環。「もったいない」というフレーズを復帰させたいという動きがあるものの、100円均一商品があふれるなか、使い捨てによるゴミの大量発生状態が鈍化したわけではない。

発展途上国での引き合いから発生した資源ゴミの輸出と、ダイオキシンを発生させない焼却技術の進歩とがあいまって、現在の状態に落ち着いているのだろう。ゴミは宝の山という認識は浸透しつつある。


夢の島にある「第五福竜丸展示館」は必見!

夢の島には絶対にはずせない施設がある。それは、都立第五福竜丸展示館だ。トラジャコーヒーで有名なトラジャ風というか、ニューギニア風あるいはポリネシア風の建築物である。


(ポリネシア風建築の第五福竜丸展示館)


いまから60年前の1954年3月1日、太平洋のマーシャル諸島のビキニ環礁でアメリカの水爆実験の放射能被害を受けたマグロ漁船である。最近でこそあまり話題に登らなくなっていたが、わたしが小学生の頃は、第五福竜丸はひんぱんにマスコミでも言及されていた。

ことし2014年にはアメリカで映画ゴジラのリメイク版が公開されて話題になっていたが、水爆実験から生まれたという想定のゴジラは、あの時代の空気を知っている大人たちがつくったものなのだ。・当時の子どもたちは、あまり意識していなかたが・・・。

「3-11」後はふたたび関心が高まっているようで、第五福竜丸展示館は入場無料ということもあるのだろうが、朝からかなりの入場者であふれていた。


(後部からみた第五福竜丸)


第五福竜丸が木造の大型船であることは今回はじめて知った。なにごとも百聞は一見にしかず、である。第五福竜丸は総トン数140トン、全長約30メートル、高さ15メートル、幅6メートル。これだけ大きな木造船は、ノルウェーのバイキング博物館でみたバイキング船以来のような気がする。


(側面からみた第五福竜丸)


説明書きによれば、もともとカツオ漁船として和歌山県で建造されたが、マグロ漁船に改造され、静岡県の焼津港を母港として太平洋で遠洋漁業を行っていたのだという。

水爆実験の被害に巻き込まれたのは1954年(昭和29年)、敗戦から9年後の日本はまだまだ貧しかった。貴重なタンパク源としてマグロやクジラが捕獲され、食卓に登っていた時代だ。

この当時のマグロは、冷凍技術が未発達な関係から、刺身ではなく煮物として食べられていたのであった。また加工されてツナ缶として輸出もされていた。


(第五福竜丸の甲板後部)


第五福竜丸の事件をキッカケに反原水爆運動が世界的に盛り上がったことも、この展示館のパネル展示で知ることができる。この事件もその一つのキッカケとして反米ナショナリズムが高まった時代である。

とにかく現物をみることだ。木造船が遠洋漁業に使用されていたという事実と、その大きさに驚かされるとともに、敗戦後の戦後日本がいかなる状態であったのかが手に取るように理解できるからだ。かならずしも反原水爆といった立場に立つ必要もない。

第五福竜丸は1954年の水爆被爆後も使用されていたこともはじめて知った。練習船に改造されて東京水産大学で使用されたあと、1967年に廃船になったという。第五福竜丸展示館が建設されたのは、1976年のことである。


「夢の島」に日本戦後史の縮図をみる

夢の島は、もともと東京湾に飛行場建設のための埋め立て地だったのだという。戦前の1939年(昭和14年)のことだ。だが、2年後の1941年には大東亜戦争に突入したこともあって、資材不足で工事は中止された。その後しばらくの海水浴場となっていたらしい。

ゴミの島となったのは1957年。第五福竜丸の事件から3年後である。ゴミの埋め立ては1957年から10年後の1967年まで続いた。奇しくも、第五福竜丸が廃船になったのと同じ1967年である。

「夢の島」というネーミングがいつ付けられたのか知らないが、その当時のことだろう。埋め立てが終わったのは高度成長末期である。


(1974年と2010年の夢の島 説明看板より)


埋め立てが終わってから11年後、1978年には東京都立夢の島公園が開園することになる。この頃のことはまったく知らなかったが、最初に埋め立てが始まってから40年後のことになる。

わたしがはじめて夢の島にいったのは公園が開園してから36年後ということになる。なるほど、夢の島がゴミの島であったのは、遠い昔のこと。若い世代がその当時のことなどまったく知らないのも無理はない。

「夢の島」の建設が1939年から始まってことし2014年で75年。節目の年というわけではないが、「夢の島」に日本戦後史の縮図をみることも可能だろう。

「夢の島」がゴミの島だと思い込んでいる人なら、一度はいってみる価値のある公園だ。その見事なまでのメタモルフォーシスに驚くはずである。



<関連サイト>

【東京都】夢の島公園 夢の島熱帯植物館(公式サイト)

都立 第五福竜丸展示館 Official Site



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2014年8月20日水曜日

『奇跡を起こす 見えないものを見る力』(木村秋則、扶桑社SPA!文庫、2013)から見えてくる、「見えないもの」を重視することの重要性



無農薬の「自然栽培」で生み出される「奇跡のリンゴ」の生産農家である木村秋則氏は、もともと理系でマシン(機械)好きで数字にも強い。その一方で、「見えないもの」を知覚する能力に恵まれている。

『奇跡を起こす見えないものを見る力』(木村秋則、扶桑社SPA!文庫、2013 単行本初版 2011)は、そんな不思議な木村氏の本の一冊だ。タイトルに惹かれて、『すべては宇宙の采配』(木村秋則、東邦出版、2013 単行本初版 2011とともに購入し、先日あわせて読んでみた。

いまから7年前の2006年、「NHKプロフェッショナル 仕事の流儀」で「えいんご農家 木村秋則」として取り上げられて以来、『奇跡のリンゴ』がマスコミの話題となり、もっぱら信じてあきらめない努力と最終的な「成功」というハッピーエンド(?)の物語として消費されてきた印象があるが、木村氏自身は想像以上のキャラクターでもあるようだ。

自然相手の農業、しかも無農薬の「自然栽培」。すでに6年前に読んでいた 『奇跡のリンゴ-「絶対不可能」を覆した農家 木村秋則の記録-(石川拓治、NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」制作班=監修、2008)にも書かれているが、まさに農業における逆転の発想であり、イノベーションといってよい。「常識」に対する挑戦である。

重要なことは、キッカケじたいは「自然農法」にあったことはたしかだが、「自然栽培」であるということだ。有機農法でもあるシュュタイナー農法ではなく、人間が全体を見ながら部分的には手を入れるのが「自然栽培」データをとって行う科学的栽培の技術である。

個人的な名人芸という特殊例ではなく、再現性のある技術であることは、多くの人たちが取り組むなかで実証されている。大きな壁を何度も乗り越えなければならない、きわめて困難な手法ではあるが。

これは「里山の思想」にもつうじる、「手入れの思想」(養老孟司)だといっていいだろう。基本的にリンゴを自然状態の「あるがまま」にまかせるが、能動的な働きかけも行うことによって、リンゴ本来の姿を「引き出す」という「対話」の手法である。

ここで「対話」というコトバを使ったが、これは文字通りの「対話」である。栽培者がリンゴに話しかける。つまり単なる技術ではなく、気持ちがこもっていなければならないという姿勢でもある。リンゴとはじっさいにコトバで会話できるわけではないが、語りかけ耳をすませるという姿勢は、その根底に愛があるというべきなのだ。




そもそも、農薬を大量に使用し、機械化も推進するという木村氏であったが、奥さんが農薬に弱いという絶対的な「制約条件」のもとで取り組んだのが無農薬と、化学肥料をいっさい使わない自然農法であった。取り組みはじめてからなんと8年かかったのだが、その間の苦労は想像を絶している。

道なき道を切り開くパイオニアである。最後までやり抜くという強い信念と、絶対的な確信をもって取り組むパイオニア。ギリギリまで自分とその家族を追い詰めながらも、やはり万策尽きて挫折してしまいそうになったことも何度もあったという。神仏に祈るのもやめてしまったのだという。

首をくくるためにロープをもって山に登って遭遇した野生のドングリの木。そこで気がついた土の秘密。まさに雑念がなくなったとき、自分を無にしたとき、「直観」はいきなりやってくるという好例だろう。とことん取り組んでいたからこそ、はじめて「向こう側」から「直観」がいきなりやってきて、答えが「こちら側」にもともとあったことがわかったのである。これは科学的発見と同じである。

「見えないもの」を見る力は、少年時代からあったらしい。少年時代に龍を見たのだという。あの想像上の動物の龍である。

時間がスローモーションで動いているのを目撃した体験だが、時間が一様に流れているのではないということを示したと解釈できる。木村秋則氏が書くものによれば、歌舞伎役者の市川海老蔵や、俳優の杉良太郎といった人たちも、龍をみたことがあるのだという。同じような資質や傾向をもった人たちなのだろう。

このほかUFOや宇宙人(!)を見たり、臨死体験と幽体離脱体験などもでてくるが、いずれも本人自身が体験したものであり、その体験は本人にとってはリアル以外のなにものでもない主観的な認識あるが、体験そのものを否定することはできないだろう。もちろん、当の本人もみずから望んでというよりは、いきなり遭遇したようだが、本人にもある意味では「引き寄せる力」があるのだろう。

重要なことはそいった個々の現象よりも、「見えないもの」の重要性を語っている点だ。「こちら側」の「見える世界」はごくごく一部であり、「向こう側」の「見えない世界」のほうが圧倒的に大きいと考えるべきなのだ。

しかも、リンゴ栽培のような植物においては、地上に伸びた幹や枝葉よりも、地下に拡がる根っこのほうがはるかに大きい。自然農法で育てているリンゴの木は、地下の根っこは地上の幹の2倍以上あるという。根っこが拡がっているからこそ安定しており、台風の被害も最小限にとどめることができたのだという。地下に拡がる世界もまた、「見えない世界」である。

さきに「手入れの思想」と書いたが、これは木村氏自身の表現ではない。だが、全体をみて細部に注意を払うという自然栽培は、全体と部分についての考察も促すものだ。




「生かされて活かす」という発想もすばらしい。「生かされている」という認識が大事なことはいうまでもないが、自然に「あるがまま」だけではだめなのだ。こちら側からの能動的な働きかけも重要なのである。

任せることは大事だが、任せたら任せっぱなしの自由放任ではだめ。心配りをして、声かけもするというケアの姿勢が大事なのである。そして感謝の気持ちもまた大切だ。

ここで想起するのは、山本五十六である。「やってみせ 言って聞かせて させてみて ほめてやらねば 人は動かじ」 には続きがあった!-山本五十六 その2 で紹介した道歌(どうか)を紹介しておこう。


話し合い 耳を傾け 承認し
 任せてやらねば 人は育たず


やっている 姿を感謝で見守って
 信頼せねば 人は実らず


どのようにしたら、「人は育つ」のか? 「人は実る」のか? いずれも、「育てる」、「実らす」といった他動詞ではなく、あくまでも自分がかかわる相手の主体的な自発性に重点をおいた発想である。「引き出す」のである。

「人」を「リンゴの木」に置き換えてみれば、木村秋則氏の言っていることそのものではないか! 「育つ」や「実る」といった発想は、日本人にはストンと腹に落ちる栽培植物のアナロジーである。感謝の姿勢は、松下幸之助の経営哲学の根底にもあった。

木村秋則氏の「奇跡のリンゴ」の物語は、苦労したけど最終的にはうまくいきました、というハッピーエンドの成功物語として消費するのではなく、企業経営における人づくりにも、家庭の子育てや学校での人づくりにもつうじる、普遍的な哲学を示しているというべきだろう。

木村氏が基本的に理系的な発想をする人であり、「自然栽培」は再現性のある、移転可能な技術であることにも注意を払いたい。そして技術の根底に哲学があるということも。





『奇跡を起こす見えないものを見る力』(木村秋則、扶桑社SPA!文庫、2013 単行本初版 2011)

目 次

はじめに
第1章 龍との出会い、不思議とのつきあい
第2章 なぜ「奇跡のリンゴ」が実ったのか
第3章 リンゴと土から学んだこと
第4章 これからも、「奇跡」を起こし続けるために
おわりに
文庫版あとがき



『すべては宇宙の采配』(木村秋則、東邦出版、2013 単行本初版 2011

目 次

本書をより理解するために 特別寄稿 茂木健一郎(脳科学者)
まえがき
第1章 不思議の始まり
第2章 泥沼にて
第3章 許された日々
第4章 まだ足りない
参考写真





著者プロフィール
木村秋則(きむら・あきのり)
1949 年、青森県弘前市生まれ。木村興農社代表。 弘前実業高校を卒業後、 川崎市内のメーカーに就職するが、1 年半で退職。 1971 年に故郷に戻り結婚、リンゴ栽培を中心とした農業に従事。 農薬で妻が体をこわしたことをきっかけに、 1978 年頃から無農薬・無肥料のリンゴ栽培にチャレンジを始める。 10 年近くにわたって無収穫が続き、苦難の日々が続いたが、 ついに完全無農薬・無肥料のリンゴ栽培を成功させた。現在、リンゴ栽培のかたわら、 国内はもとより海外でも自然栽培法の農業指導を続けている。 また、自身の苦難の日々と成功への軌跡が描かれた映画『奇跡のリンゴ』が 2013年6月より全国東宝系映画館にて公開される。 オフィシャルサイト http://www.akinorikimura.net/




<関連サイト>

映画「奇跡のリンゴ」 菅野美穂 阿部サダヲ主演の原作-木村秋則 魂のリンゴ作り農家 前編(YouTube)
映画「奇跡のリンゴ」 菅野美穂 阿部サダヲ主演の原作-木村秋則 不可能を可能にした壮絶な8年間 後編 (YouTube)

映画「奇跡のリンゴ」 菅野美穂 阿部サダヲ主演の原作-木村秋則 不可能を可能にした壮絶な8年間 (YouTube)




『奇跡のリンゴ』は、2013年に映画化されている。主演:阿部サダヲ、菅野美穂。




<ブログ内関連記事>

An apple a day keeps the doctor away. (リンゴ一個で医者いらず)


土と植物

「生命と食」という切り口から、ルドルフ・シュタイナーについて考えてみる
・・「自然農法」や「有機農法」を説いたシュタイナー。木村秋則氏のいう「自然栽培」とは異なる

書評 『土の科学-いのちを育むパワーの秘密-』(久馬一剛、PHPサイエンス・ワールド新書、2010)-「土からものを考える視点」に貫かれた本

地層は土地の歴史を「見える化」する-現在はつねに直近の過去の上にある

「コンパニオン・プランツ」のすすめ-『Soil Mates』 という家庭園芸書の絵本を紹介
・・「コンパニオン・プランツ(companion plants)という考えにあります。直訳すると、「友だち植物」とでもなるのでしょうか、ともに近くで育つことで相性のいい植物の組み合わせということです。 あえて雑草を抜かずにそのままにしているのもまた、この考えに基づいています。 数年前に大きな話題となった、『奇跡のリンゴ-「絶対不可能」を覆した農家・木村秋則の記録-』(石川拓治、NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」制作班=監修、幻冬舎、2008)で取り上げられている青森県のリンゴ農家である木村秋則さんもその一人ですね」

書評 『複合汚染』(有吉佐和子、新潮文庫、1979、初版1975年)-有吉佐和子ってこんなに面白かったのか! という新鮮なオドロキを感じる知的刺激に充ち満ちた一冊
・・「有吉佐和子の『複合汚染』(1975年)を文庫版で読んだときのことだ。いわゆる「有機農業」の実践を取材した記録であるが、20ページ以上にわたって詳細に取り上げられています」

世の中には「雑学」なんて存在しない!-「雑学」の重要性について逆説的に考えてみる
・・「自然界には雑草なんて存在しない、人間が勝手に分類しているだけだ」。かつて昭和天皇がこのような趣旨のことをクチにされていたと、どこかで読んだことがある

書評 『思想としての動物と植物』(山下正男、八坂書房、1994 原著 1974・1976)-具体的な動植物イメージに即して「西欧文明」と「西欧文化」の違いに注目する「教養」読み物

"粘菌" 生活-南方熊楠について読む-


「見えないもの」を「見える化」する

書評 『ヨーロッパ思想を読み解く-何が近代科学を生んだか-』(古田博司、ちくま新書、2014)-「向こう側の哲学」という「新哲学」
・・「向こう側」は「あの世」ではない!「見えない世界」への感受性を高めることが重要だ

『はじめての宗教論 右巻・左巻』(佐藤優、NHK出版、2009・2011)を読む-「見えない世界」をキチンと認識することが絶対に必要
・・プロテスタント神学の立場から。内容にはかならずしも同調する必要はないが、思考のフレームワークを知るのはよい

『形を読む-生物の形態をめぐって-』(養老孟司、培風館、1986)は、「見える形」から「見えないもの」をあぶり出す解剖学者・養老孟司の思想の原点

書評 『ものつくり敗戦-「匠の呪縛」が日本を衰退させる-』(木村英紀、日経プレミアシリーズ、2009)-これからの日本のものつくりには 「理論・システム・ソフトウェアの三点セット」 が必要だ!
・・日本人にいちばん欠けているのが「見えないもの」を「見える化」する能力

書評 『梅棹忠夫の「人類の未来」-暗黒の彼方の光明-』(梅棹忠夫、小長谷有紀=編、勉誠出版、2012)-ETV特集を見た方も見逃した方もぜひ
・・「こちら側」だけを見ていたのでは「科学の限界」に気がつくことはない

マイク・タイソンが語る「離脱体験」-最強で最凶の元ヘビー級世界チャンピオンは「地頭」のいい男である!
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企業経営へのインプリケーション

書評 『道なき道を行け』(藤田浩之、小学館、2013)-アメリカで「仁義と理念」で研究開発型製造業を経営する骨太の経営者からの熱いメッセージ

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経営計画の策定と実行は、「自力」と「他力」という仏教の考えをあてはめるとスムーズにいく


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2010年8月10日火曜日

書評『土の科学 - いのちを育むパワーの秘密』(久馬一剛、PHPサイエンス・ワールド新書、2010)-「土からものを考える視点」に貫かれた本




「土からものを考える視点」に貫かれた本

 京大農学部で「土壌学講座」を担当していた現在京大名誉教授の著者が、一般向けに土の重要性を解説した本。

 「土からものを考える視点」が全編を一貫している。

 土(土壌)はもちろん農産物を育む基盤であるが、農業という視点だけでみていては、土のもつ意味を理解したことにならないと著者はいう。
 著者「まえがき」で、孔子のコトバを引いている。「土が植物を育て、それによって動物を養うだけでなく、生き物たちが死んでまた還りゆくところもまた土であること、さらに土を通った水が美味しい泉となることまで良いことをしながらも、それを誇らないゆかしさ」。紀元前一世紀のある中国人が紹介したものでるという。

 土がどうやってできたのか、土のなかはどうなっているのか、なぜ日本を含めたモンスーンアジアでコメ作りが定着したのか、そして土のなかに生きる微生物について、土のなかの栄養とその補給、「土壌浸食」や「砂漠化」といった土の危機、耕作用の家畜を飼わなくなって以降の近代農業が土にとってもつ問題、水耕栽培の限界など、広範囲のテーマについて、自ら語らない土にかわって著者がわかりやすく説明してくれる。

 土壌は、もっぱら農業や園芸の対象であるが、同時に地質学でもあり、微生物学でもあり、植物学でもあり、動物学でもあり、化学でもあり、地球環境問題でもあると、かなりの広範囲にわたる総合科学なのである。

 「土からものを考える視点」に貫かれたこの本は、ふだんあまり意識していない観点からものをみるための、格好の一冊となっている。

 「そういえば土を踏む生活になっていないなあ」と思う人は、ぜひ目を通して欲しい一冊だ。


<初出情報>

■bk1書評「「土からものを考える視点」に貫かれた本」投稿掲載(2010年8月2日)
■amazon書評「「土からものを考える視点」に貫かれた本」投稿掲載(2010年8月2日)





著者プロフィール

久馬一剛(きゅうま・かずたけ)
1931年生まれ。京都大学農学部農芸化学科卒業。同大学院博士課程修了。京都大学東南アジア研究センター助教授、教授を経て京都大学農学部教授。「土壌学講座」を担任。滋賀県立大学環境科学部教授。現在、日本土壌協会理事、京都大学名誉教授、滋賀県立大学名誉教授。この間日本土壌肥料学会会長、ペドロジスト懇談会(現日本ペドロジー学会)会長、国際イネ研究所理事などを歴任。水田土壌学、熱帯土壌学を専門とし、日本土壌肥料学会賞(1975)、日本熱帯農業学会賞(1978)、日本農学賞、読売農学賞(1985)を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



<書評への付記-随想「土を想う」->

 いまのこの季節(8月10日)、セミ時雨がものすごい。
 短い命を燃焼させてあっという間に散って行くセミ。アブラゼミの場合では地中で6年間(!)もの時間を過ごしてから、地上にでてきて一週間かそこらで死んでしまう。土のなかにこれだけ大量のセミの幼虫がいるのだと思うと、なんだか土というのはすごいものだとあらためて思うのだ。

 いたるところにセミの死骸が転がっているのをみると、実にあっけないものだなと思う。ときに、アリの一群がセミの死骸を運ぼうとしているシーンに遭遇する。立ち止まって腰をおろして観察していると、セミの大きさに比べてアリのなんと小さなことよ。しかし、チームワークを発揮してなんとか運ぼうとしているのをみると、お疲れさんという気分になってくる。
 君たちのおかげで人間が掃除しなくても、処理してくれるわけだ。すべてのセミの死骸がアリによって処分されることはないだろうが、風雨によって自然に解体され、残骸は微生物が分解して、土に戻って行くことだろう。

 土からでてきて土に還る。セミだけでなく、すべての陸上生物がそうなのだな。いや水中生物だって、死ねば水底に沈殿する。水底も土である。
 食物連鎖のなかで他の生物に食べられたとしても、何らかの形で土に還ることはかわらない。

 土は農業という狭い分野だけでなく、地球環境にとって非常に重要な要素なのだと、この本を読んでからあらためて思うようになった。
 そういえば最近、土いじりしていないなあとも。土踏まずの意味を知っている若者はそれだけいるのだろか、とも。

 「身土不二」(しんどふじ)というコトバの意味をよく噛みしめたいものだ。人間存在とその土地の環境は切り離せないという発想だ。
 土に生きる、土を踏み締めて生きる、といってもいいだろうか。この表現はたんなる地産地消やスローフードを意味するわけではないのだ。



<ブログ内関連記事>

書評 『植物工場ビジネス-低コスト型なら個人でもできる-』(池田英男、日本経済新聞出版社、2010)
・・土に依存しない農業としての水耕栽培。たしかに、『土の科学』の著者がいうように、水耕栽培に適しているのは葉菜(葉っぱもの)や果実系で、穀物や根菜はコスト的にも適していない。
 レストランがインハウスで、レタスなどの葉っぱものを栽培してサラダとして提供するのはグッドアイデア。水耕栽培の適用範囲には限界があると考えるのが正しいのだろう。  

三度目のミャンマー、三度目の正直  (3) インレー湖のトマトがうまい理由(わけ)・・屋外天然の水耕栽培なのだ!(インレー湖 ②)
・・自然環境のなかの水耕栽培。水耕栽培はけっして自然に逆らった栽培法法ではない。逆転の発想をもたらしてくれるミャンマーの事例。

「生命と食」という切り口から、ルドルフ・シュタイナーについて考えてみる
・・「シュタイナー農法」について触れている。

地層は土地の歴史を「見える化」する-現在はつねに直近の過去の上にある

(2014年8月18日 情報追加)



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