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2013年12月20日金曜日

書評『日本人とキリスト教』(井上章一、角川ソフィア文庫、2013 初版 2001)―「トンデモ」系の「偽史」をとおしてみる日本人のキリスト教観



『日本人とキリスト教』(井上章一、角川ソフィア文庫、2013)は、『キリスト教と日本人』(井上章一、講談社現代新書、2001)のタイトルをさかさまにして復刊したものである。あたらしいタイトルのほうが内容に即しているといてよい。

信者ではない一般の日本人はキリスト教をどう受けとめてきたか、歴史的にその推移をトピック的に取り扱った本である。

日本では明治時代になってからキリスト教が「解禁」されて以降も、いっこうに信者が全人口の1%を超えないことが「常識」となってひさしい。

しかし、だからといって日本人がキリスト教に背を向けているわけではない。それどころか、教義と信仰を除けばキリスト教的なものは全面的に受け入れているといってもいいくらいだ。キリスト教は日本では「習俗化」しているのである。

これは明治維新以降の日本では、アメリカの宣教師を中心に布教が行われたこと、アメリカ的な価値観が資本主義とともに日本人の精神構造にビルトインされて現在に至っているからと考えられる。

よく知られているように「第一次グローバリゼーション時代」は日本では戦国末期にあたるが、そのときはヨーロッパの宣教師によってカトリックを布教(・・その後は禁止)、「第二次グローバリゼーション時代」には、さきにもふれたようにアメリカの宣教師がプロテスタントを布教した。

「第一次グローバリゼーション時代」と「第二次グローバリゼーション時代」のあいだ、すなわち日本人がキリスト教と全面的に接触していなかった江戸時代において、日本人がキリスト教をどう捉えていたかが面白いのだ。これが本書の最大のテーマであり特色である。

江戸時代には、キリシタンは邪教で魔術をつかうといったイメージがひろく共有されていたようだ。日本人の想像力の産物といえるが、徳川体制に歯向かうものはキリシタンのイメージをレッテルとして貼っていたことから生まれたものでもある。




しかし、徳川吉宗の時代に洋書輸入規制が大幅に緩和されて以降は、キリスト教関連書籍の輸入はひきつづき禁止されていたもの、断片的なかたちで流入してきたようだ。ひそかにそれを読む者がいいたことは、日本人の知的好奇心の高さをあらわしている。

思想が統制されていた江戸時代には、限られた情報をもとにウワサや奇説・珍説が生まれてくるのはよく理解できる。不思議なことに、キリスト教が「解禁」されて以降も、妄想の類が現れては消え、また現れるという事態が続いていることだ。これは現代でもオカルト系の話では同様だ。

明治時代には仏教とキリスト教は同根とみなされていたこと、仏教が西漸したあるいはキリスト教が仏教に影響などの奇説は、日本にとっては仏教もキリスト教も、ともに外来宗教であったことが原因であろう。

読んでいて面白かったのは、いわゆる「日ユ同祖論」は明治時代以降に日本でさかんになっただけでなく、16世紀以降ヨーロッパではもたれていたという著者の指摘だ。本書は、「文明移転」論、あるいは「世界文明通低論」であり、「日本人とキリスト教」の関係をグローバルな視野で描いた好読み物である。

だが、著者が俎上に載せて扱っているテーマはまさに「トンデモ」系の「偽史」であり、妄説のたぐい「トンデモ」すれすれのものであることは、あらかじめアタマに入れておいたほうがいいだろう。

奔放な想像力は、ある意味では妄想そのものである。


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<関連サイト>

江戸時代、「隠れキリシタン」はぜんぜん隠れていなかった!? 塗り替えられる禁教イメージ (堀井憲一郎、現代ビジネス、2017年9月12日

徳川以来、この国の政府がキリスト教を公式に「解禁」した事実はない 明治政府の本音と、黙認した事情 (堀井憲一郎、現代ビジネス、2016年10月1日)

キリスト教を絶対に体内に取り込まない「日本文化」の見えない力 大正時代のクリスマスからわかること (堀井憲一郎、現代ビジネス、2017年10月16日)

(項目新設 2016年10月17日)



<ブログ内関連記事>

讃美歌から生まれた日本の唱歌-日本の近代化は西洋音楽導入によって不可逆な流れとして達成された
・・「文庫版あとがき」で著者は築地本願寺の話を書いているが、内部に設置されているパイプオルガンの話は底が浅い印象を受ける。文庫版で読んだ人は、ぜひ安田寛氏の唱歌にかんする本を読んでほしい。限りなく一神教にちかい浄土真宗だけではなく、日本人全体が「キリスト教化」(・・ただし信仰抜きで)されているのだ。骨の髄までというより、脳髄の隅々まで


「500年単位」で歴史を考える-『クアトロ・ラガッツィ』(若桑みどり)を読む
・・「第一次グローバリゼーション時代」のカトリック布教と徳川幕府によるキリシタン禁圧と「思想統制」について

書評 『現代オカルトの根源-霊性進化論の光と闇-』(大田俊寛、ちくま新書、2013)-宗教と科学とのあいだの亀裂を埋めつづけてきた「妄想の系譜」
・・現代日本にはアメリカ経由で英語圏の「妄想」と「トンデモ」が絶えることなく流入してくる

書評 『メイド・イン・ジャパンのキリスト教』(マーク・マリンズ、高崎恵訳、トランスビュー、2005)-日本への宣教(=キリスト教布教)を「異文化マーケティング」を考えるヒントに
・・「結婚式教会」は、宣教する側の意図せざる「土着」という形での日本人によるキリスト教受容の一形態であることは、この本を読むと納得できるだろう

『鉄人を創る肥田式強健術 (ムー・スーパー・ミステリー・ブックス)』(高木一行、学研、1986)-カラダを鍛えればココロもアタマも強くなる!
・・「肥田春充の思想的・精神的バックボーンと日本型キリスト教関係者たち」という文章を書いているので御参照いただきたい

おもしろ本の紹介 『偽書「東日流(つがる)外三郡誌」事件』(斉藤光政、新人物文庫、2009) ・・キリスト教とは関係ないが東北人が生み出した奔放な想像力が「偽史」を生み出した。青森県新郷村(旧戸来(へらい)村)には「キリストの墓」というトンデモ遺蹟(笑)もある。ヘブライ⇒へらい、だとさ

書評 『普通の家族がいちばん怖い-崩壊するお正月、暴走するクリスマス-』(岩村暢子、新潮文庫、2010 単行本初版 2007)-これが国際競争力を失い大きく劣化しつつある日本人がつくられている舞台裏だ
・・クリスマスは「習俗化」しているのである

「倫理」の教科書からいまだ払拭されていない「西洋中心主義」-日本人が真の精神的独立を果たすために「教科書検定制度」は廃止すべし!

書評 『なんでもわかるキリスト教大事典』(八木谷涼子、朝日文庫、2012 初版 2001)一家に一冊というよりぜひ手元に置いておきたい文庫版サイズのお値打ちレファレンス本

書評 『日本人は爆発しなければならない-復刻増補 日本列島文化論-』(対話 岡本太郎・泉 靖一、ミュゼ、2000)
・・抜書きしておいた「日本におけるキリスト教の不振」にはぜひ目を通していただきたい。文化人類学者・泉靖一氏の見解に説得力がある

(2014年12月20日 情報追加)


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2013年12月1日日曜日

書評 『海賊党の思想-フリーダウンロードと液体民主主義-』(浜本隆志、白水社、2013)-なぜドイツで海賊党なのか?



「海賊党」(Piraten Partei)の存在は、NHK BS1の番組「BS ドキュメンタリーWAVE」でみてはじめて知った。番組名は、「活躍!ドイツ海賊党~ネット世代の政治のゆくえ~」、2013年3月8日の放送である(・・わたしが見たのはその再放送)。

不思議なネーミングだなと思ったが、内容についてそれ以上調べてみることはしていなかった。そんななかで出版されたのが本書である。

本書はその「海賊党」について、発祥地のスウェーデンよりも活発化しているドイツについて取り上げて、詳細に分析を加えている。


「海賊党」はフリーダウンロードを主張する

「海賊党」という不思議な響きをもつネーミングだが、いわゆる海賊版などの海賊行為(piracy)の礼讃ではなく、フリーダウンロードを主張することからきているようだ。間接民主制の欠点を双方向のインターネットの直接民主制によって補完するムーブメントとして掲げているのが「液体民主主義」。

「液体民主主義」とは、直接民主主義と間接民主主義の欠点を補い、両者を融合させたものだそうだ。ドイツ語で Flüssigs Demokratie 英語だと liquid democracy のこと。英語でリキッド・デモクラシーというとなんとなくわかったような気がしてくる。

民意をただしく政策に反映させるために直接民主主義と間接民主主義の欠点を補うのは、政策提言をインターネットをつうじてオープン化し、党員だけでなく一般市民からのレスポンスをテスト投票という形でフィードバックさせる取り組みだ。双方向のインターネットの直接民主制によって補完するムーブメントだが、ネット世代ならではの発想といえるだろう。

フリーダウンロードは、知的財産権(IP)をめぐる攻防においてのイシューである。著作権、特許、ソフトウェア、独占とフェアユース(=公共の福利)、知的財産権のオープン化などがかかわってくる問題である。

ドイツ海賊党のフェイスブック・ページを閲覧すると、カバー画像は以下のようになっている。




一瞬、奇異な感じを受けるが、「この動画に関連付けられていた YouTube アカウントは、著作権侵害に関する第三者通報が複数寄せられたため削除されました」という表示が出てくる際のものだ。

お目当ての映像を YouTube で閲覧しようと思ったら、この表示がでてガッカリする思いをした人は数限りなくいるはずだ。ドイツ海賊党はこの表示をパロっているわけだ(笑)。画像の右下には Let's fix copyright (著作権を直そう)というスローガンと海賊党のロゴがある。

フリーとフリーダウンロードは21世紀にはじまった問題ではない。すでにドイツの思想家ヴァルター・ベンヤミンは1935年に「複製技術時代」という論文で、写真という当時すでに市民権を得ていた芸術にかんして「複製」の問題に深く切り込んでいる。

わたしはベンヤミンのこの論文は1980年代前半に読んだが、問題の本質に深く迫ったその内容には大いに感心したことを覚えている。

模倣と独創、イノベーションとフリーコピーという問題は、インターネット時代になってからはさらに本質的な問題として考えなくてはならないものだ。

ここでは詳述しないが、イノベーションが既存の情報の組み換えだるという点から考えても、フリーダウンロードを一方的に断罪することがナンセンスであることは言うまでもないだろう。


「偽造品取引の防止に関する協定(ACTA)」とネット規制の懸念

本書によれば、「海賊党という運動」は、じつは日本が中心となって立案した国際条約「偽造品取引の防止に関する協定(ACTA)」への反対運動だという。

「偽造品取引の防止に関する協定(ACTA)」には、著作権侵害と思われるケースに対し、著作者の告訴がなくても摘発できるとする条文などが盛り込まれているらしい。つまり当事者による親告罪ではないのだ。この協定の条文が厳格に適用されれば、大幅なネット規制につながりかねないと懸念されている。

「偽造品取引の防止に関する協定(ACTA)」は、日本では偽ブランド品などを取り締まるための条約と理解されており大きな問題となっていない。わたしも言われてはじめて気がついたが、どうも情報公開にかんする敏感さにかんしては、日本人とドイツ人の感覚は真逆の関係にあるようだ。

同じように第二次大戦中には情報統制状態を体験しているにかかわらず、基本的に個人主義のドイツ人と、個人主義の基盤の脆弱な日本人との感覚の違いかもしれない。これは、先月末に日本の国会で可決された「特定秘密保護法案」に対する一般人の無関心ぶりにも表れている。

本書が出版されたあと、ロシアに亡命中の米国NSAの元職員のエドワード・スノーデン氏が公開した PRISM(プリズム)という米国NSAの監視ネットワークが明るみになった。

最近あきらかになたのは、米国のNSC(国家安全保障局)がドイツのメルケル首相の携帯電話を盗聴していたという事実だ。旧東ドイツの秘密警察・情報機関シュタージの盗聴世界のなかで生き抜いてきたメルケル氏にとっては、まさに悪夢の再来ともいうべき事態であろう。

「監視社会」と「開かれた社会」、そのどちらが望ましいが言うまでもないが、しかしながら家族の安全や国防上の安全という議論になったとき、議論のシロクロを明確に言い切れる人はそう多くあるまい。


ドイツからヨーロッパ全域へ

海賊党は、とくにドイツ北西部が活動の中心であるという。

ドイツ北西部は個人を信仰を基盤においたプロテスタント地域であり、しかもフランスに近い地域である。ドイツはおおざっぱにいって北部のプロテスタント地域と南部のカトリック地域に分類される。だから、海賊党はドイツ北西部が活動の中心なのであろう。

海賊党は党派性をともなわないが、傾向としては左派の運動であることは明らかだ。

インターネットをつうじて草の根で拡がる運動であり、すでにヨーロッパ全域に拡がっているという。これはイタリアの左派から始まったスローフード運動にも似ているかもしれない。

海賊党が今後どうなるのかは現時点ではなんともいえない。海賊党にはシングル・イシュー政治の欠点があるからだ。だが、緑の党も最初はそうであったことを考えれば、今後どのような方向で進んでいくのかは未知数であるといっていいかもしれない。

フラット化、透明性、ユビキタス、匿名性(アノニマス)という問題はインターネット時代ならではのものである。こういう問題を提起し体現している海賊党という存在は、けっして黙殺していいとは思わない。

民主主義を正しく機能させるための実験的な試みとしての関心は、左派とか右派とか中道かとかには関係なく試みられるべきではないだろうか。

海賊党の問題提起の思想とその背景を知るために、本書を読むことをすすめたい。





目 次

はじめに
 第1章 発祥の地スウェーデンで起きたこと
  [1-1]スウェーデン海賊党の設立
  [1-2]スウェーデン海賊党の主張
 第2章 海賊党出現の歴史的背景
  [2-1]ヨーロッパにおける「海賊」と諷刺精神
  [2-2]「エーデルワイス海賊団」の夢
  [2-3]自由への希求-ゲシュタポとシュタージへの反抗
 第3章 ドイツ海賊党の台頭
  [3-1]党員数の急増
  [3-2]「五%条項」を突破-ベルリンとザールラントの地方選挙結果
  [3-3]誰が海賊党を支持しているのか
  [3-4]支持者は何を望んでいるのか
  [3-5]連戦連勝-シュレースヴィヒ=ホルシュタインとノルトライン=ヴェストファーレンの選挙結果
  [3-6]海賊党のポジション
 第4章 ドイツ海賊党の主張
  [4-1]「液体民主主義」
  [4-2]著作権の制限とフリーダウンロード
  [4-3]特許権の制限と廃止
  [4-4]情報公開
  [4-5]プライヴァシーの保護とセキュリティー
  [4-6]ベーシック・インカムの導入──左派への舵とり
 第5章 デジタル社会とヨーロッパの政治
  [5-1]インターネット普及の内実
  [5-2]反ACTAの狼煙
  [5-3]国境を越える海賊党
  [5-4]ヨーロッパ議会と海賊党
  [5-5]イタリアの「五つ星運動」と海賊党
 第6章 海賊党の思想
  [6-1]メディアと権力
  [6-2]弱者であるネットユーザーの擁護
  [6-3]双方向の政治ガバナンスを目指して
  [6-4]コピーとシミュラークル文化
  [6-5]海賊党の特性──フラット化、透明性、ユビキタス化
  [6-6]匿名性(アノニマス)という両刃の剣
 第7章 海賊党の行方
  [7-1]失速したドイツ海賊党
  [7-2]海賊党に未来はあるか
  [7-3]二〇一三年のドイツ国政選挙と一四年のヨーロッパ議会議員選挙
  [7-4]ネット投票という方法
 第8章 日本のネット事情と日本海賊党
  [8-1]マスメディアからソーシャルメディアへ
  [8-2]ネット選挙解禁へ
  [8-3]日本海賊党の立ち上げ
  [8-4]ネット社会と双方向政治文化の構築
あとがき/参考文献

著者プロフィール

浜本隆志(はまもと・たかし)
1944年、香川県生まれ。関西大学文学部教授、ワイマル古典文学研究所、ジーゲン大学留学。ドイツ文化論、比較文化論、博士(文学)。ドイツ文化にかんする著書多数。



<関連サイト>

ドイツ海賊党(Piraten Partei) 公式サイト(ドイツ語)

ドイツ海賊党(Piraten Partei) フェイスブックページ(ドイツ語)

Pirate Parties International (wikipedia英語版)

「活躍!ドイツ海賊党~ネット世代の政治のゆくえ~」(Dailymotion にアップされている動画 NHK BS1の番組「BS ドキュメンタリーWAVE」で2013年3月8日に放送)



<ブログ内関連記事>

インターネットと「ソーシャル」、「フリー」の思想

書評 『フリー-<無料>からお金を生み出す新戦略-』(クリス・アンダーソン、小林弘人=監修・解説、高橋則明訳、日本放送出版協会、2009)

「アラブの春」を引き起こした「ソーシャル・ネットワーク革命」の原型はルターによる「宗教改革」であった!?

書評 『ネット大国 中国-言論をめぐる攻防-』(遠藤 誉、岩波新書、2011)-「網民」の大半を占める80后、90后が変える中国

書評 『ウィキリークスの衝撃-世界を揺るがす機密漏洩の正体-』(菅原 出、日経BP社、2011)-「無極性時代のパワー」であるウィキリークスと創始者アサンジは「時代の申し子」だ

書評 『アラブ諸国の情報統制-インターネット・コントロールの政治学-』(山本達也、慶應義塾大学出版会、2008)

『動員の革命』(津田大介)と 『中東民衆の真実』(田原 牧)で、SNS とリアル世界の「つながり」を考える


民主主義のあり方

「小国」スイスは「小国」日本のモデルとなりうるか?-スイスについて考えるために
・・「直接民主制」をとるスイス

書評 『自民党憲法改正草案にダメ出し食らわす!』(小林節+伊藤真、合同出版、2013)-「主権在民」という理念を無視した自民党憲法草案に断固NOを!

「主権在民」!-日本国憲法発布から64年目にあたる本日(2011年5月3日)に思うこと


ドイツという風土

本の紹介 『阿呆船』(ゼバスチャン・ブラント、尾崎盛景訳、現代思潮社、新装版 2002年 原版 1968)

映画 『バーダー・マインホフ-理想の果てに-』を見て考えたこと
・・ドイツ赤軍という新左翼テロリスト集団の全盛期から袋小路にはまって自滅していくまでの軌跡

書評 『なぜメルケルは「転向」したのか-ドイツ原子力40年戦争の真実-』(熊谷 徹、日経BP社、2012)-なぜドイツは「挙国一致」で「脱原発」になだれ込んだのか?

映画 『善き人のためのソナタ』(ドイツ、2006)-いまから30年前の1984年、東ドイツではすでに「監視社会」の原型が完成していた

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2012年10月22日月曜日

書評『ネット大国 中国 ー 言論をめぐる攻防』(遠藤 誉、岩波新書、2011)ー「網民」の大半を占める80后、90后が変える中国



中国が「ネット大国」というのは、けっしておおげさではない。13億人の人口大国の中国であるが「網民」は、なんと4.5億人(2010年現在・・2012年時点では5億人突破*)を越える。「網民」とはネットユーザーのこと、「網」はネット(net)のことだから、「網民」は「ネティズン」(netizen)としてもいいだろう。

日本もネット先進国といわれるが、全人口は 1.2億人しかいない。中国の「網民」が約5億人超という事実は、しっかりとアタマのなかにいれておかないと中国情勢を大きく見誤ることになることが数字でわかるはずだ。情報統制されている中国ではあるが、この5億人という数がハンパではない。数はチカラである。

しかも、「網民」の大半を占めるのが、いわゆる「80后」(バーリンホウ)、「90后」(ジューリンホウ)と呼ばれる、1980年代以降に生まれた若者たちである。大雑把にいってしまえば、1978年の「改革開放」以後に生まれた、まったくあたらしい世代なのである。

一人っ子が当たり前の社会で、しかも資本主義的ビジネス中心主義に舵を切った中国に生まれ育った若者たち。しかも、ネットには完全に習熟し、役人の腐敗や社会矛盾には敏感で、権利意識もはるかに強い。価値観もメンタリーも旧世代とは大きく異なる若者たちである。

こういう背景を踏まえたうえで、「グーグル撤退騒動」、「08憲章」、「尖閣事件」、「反日デモ」、「中国茉莉花(ジャスミン)革命」といった一連の事件をみていくと、日本のマスコミ報道とは異なる現実が浮かび上がってくることが理解できるようになる。規制と検閲を強める政府と、「網民」の攻防戦の具体的な姿がそこにあることがわかるのである。

著者は、中国生まれで13歳で日本に帰国するまで共産中国草創期を現地で体験した日本人。『チャーズ』で衝撃的なデビューをした作家だが、『卡子(チャーズ)』の中文版はいまだに中国では出版が認められていないという。そこには、中国共産党の恥部が包み隠さず書かれているからだ。

中国がかかえる問題を内在的に理解し、ネットの実際にも通じた著者が、深い洞察をもとに、きわめてロジカルに「中国のいま」を語った本である。さすが物理学者であっただけに、内容はきわめて明快だ。

中国への思い入れが深く、中国の原論自由化がなされてこそ「中国革命」は成就するのであると説く著者。「ネット言論」ははたして民主化を導くのか? それを考えるための必読書だといっていい。ぜひすすめたい一冊である。


*注: CNNIC第29次調查報告:網民規模與結構特徵(北京新浪新聞 2012年1月16日)
・・「截至2011年12月底,中國網民數量突破5億,達到5.13億,全年新增網民5580萬。互聯網普及率較上年底提升4個百分點,達到38.3%」とある。すでに「網民」は5億人を突破。 





目 次 

はじめに
第1章 「グーグル中国」撤退騒動は何を語るか
第2章 ネット言論はどのような力を持っているのか
第3章 ネット検閲と世論誘導―“官”の政策
第4章 知恵とパロディで抵抗する網民たち―“民”の対応
第5章 若者とネット空間―権利意識に目覚める80后と90后
第6章 ネット言論は中国をどこに導くのか
あとがき

著者プロフィール

遠藤誉(えんどう・ほまれ)1941年中国長春市生まれ。1953年日本帰国。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授、国務院西部開発弁公室人材開発法規組人材開発顧問などを歴任(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


<関連サイト>

中国の対日外交を読み解く:カギは「網民」の民意(日経ビジネスオンライン)・・本書のもとになったネット連載

ビッグデータ分析で、中国政府による検閲の中身が明らかに ゲイリー・キング米ハーバード大学教授に聞く (日経ビジネスオンライン 2014年2月4日)
・・中国政府によって削除される前に入手した膨大なネット書きこみ情報を「ビッグデータ」の手法で解析することにより、検閲手法と方針が明らかになった!
「分かったことは、中国政府が監視しているのは、とにかく「団体行動」であるということです。人を扇動したり、抗議行動に駆り立てたり、政府以外の人間が他人をコントロールしようとする発言は即刻検閲されます。・・(中略)・・中国政府は恐らく、特定の話題に関するソーシャルメディアを監視していて、特定の話題が盛り上がる様子を眺め、突然投稿者たちが1つの方向で議論を始めて明らかに「炎上」した時に動くようです。団体行動を実行に移しそうな炎上の仕方が見られると、すべての炎上した投稿を削除してしまうのでしょう。それが、政府寄りだろうが、反政府寄りだろうが、関係ない。団体行動の芽が見えたらとにかく取り締まる」


中国問題研究家 遠藤誉が斬る (連載 2013年10月2日から現在) 



<ブログ内関連記事>

Google が中国から撤退!?-数週間以内に最終決定の見通し
(2010年1月14日)

Google が中国から撤退!?(続き)(2010年1月15日)

Google が中国から撤退!?(その3)(2010年3月23日)

書評 『蟻族-高学歴ワーキングプアたちの群れ-』(廉 思=編、関根 謙=監訳、 勉誠出版、2010)

書評 『中国貧困絶望工場-「世界の工場」のカラクリ-』(アレクサンドラ・ハーニー、漆嶋 稔訳、日経BP社、2008)

書評 『中国動漫新人類-日本のアニメと漫画が中国を動かす-』(遠藤 誉、日経BP社、2008)

書評 『拝金社会主義中国』(遠藤 誉、ちくま新書、2010)

書評 『チャイナ・ジャッジ-毛沢東になれなかった男-』(遠藤 誉、朝日新聞出版社、2012)-集団指導体制の中国共産党指導部の判断基準は何であるか?


「アラブの春」の前後

『動員の革命』(津田大介)と 『中東民衆の真実』(田原 牧)で、SNS とリアル世界の「つながり」を考える

書評 『アラブ諸国の情報統制-インターネット・コントロールの政治学-』(山本達也、慶應義塾大学出版会、2008)

書評 『エジプト革命-軍とムスリム同胞団、そして若者たち-』(鈴木恵美、中公新書、2013)-「革命」から3年、その意味を内在的に理解するために

(2014年8月9日 情報追加)


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2011年2月14日月曜日

書評『アラブ諸国の情報統制 ― インターネット・コントロールの政治学』(山本達也、慶應義塾大学出版会、2008)― インターネットの「情報統制」のメカニズムからみた中東アラブ諸国の政治学




インターネットの「情報統制」のメカニズムからみた中東アラブ諸国の政治学

 「インターネットは民主化を促進する」という命題がある。

 この米国発の楽観的な命題は、とくに検証されたわけでもないが日本でも広く受け入れられている。チュニジアから始まって中東の大国エジプトにも波及した「民主化革命」においても、インターネットのチカラを礼賛する見解が多くクチにされたのは、当然といえば当然であろう。

 しかし、この見解はあまりにもナイーブなのではないか? 本書に目を通した人ならかならずやそう思うに違いない。なぜなら、著者の表現を使えば、これは「インターネットの中身をブラックボックス化」した議論であるからだ。

 本書は、中東アラブ諸国に特徴的な、非民主主義的で権威主義的な「独裁政治」を成り立たせてきた情報統制の実態とメカニズムについて、グローバル経済のなかでそれぞれの国家が置かれている政治経済状況とインターネット技術との関係から、フィールドワークも踏まえてその考察したものである。

 インターネットにおける情報統制は、新聞・ラジオ・テレビといった伝統的なマスメディアにおける情報統制と共通するものがあるというと、日本や先進国の状況しか知らないと不思議に思うかもしれない。

 1996年に中東湾岸諸国のカタールで始まった「アルジャズィーラ」などの衛星放送は、簡単に国境を越えてしまうので、国家レベルでの情報統制が難しいのは当然だ。だが、グローバル経済の流れのなか、2000年以降に中東で本格的に普及が始まったインターネットは衛星放送よりも新しいメディアなのに、なぜ国家レベルでの情報統制が可能なのか?

 「インターネットの情報統制」のキーワードは、プロキシサーバと情報通信のツリー構造ネットワークである。情報通信ネットワークは一国単位でネットワークが構築されている。もし国外との通信の出入り口を一つに絞り込み、その運営を政権の息のかかった独占企業体の通信企業にまかせ、しかもそこにフィルタリングを目的としたプロキシサーバを設置すれば・・・。

 答えはもう明らかだろう。アラブ諸国では一部の例外を除いて、ほぼすべてこのパターンでインターネットの情報統制を行っているのだ。インターネット情報の一元的管理による、情報制限、情報検閲、そして情報モニタリング、特定のコンテンツの排除などさまざまな手段で情報統制を行っている。
 イスラームと情報統制は関係あるのか、それともないのかなどのテーマも含めて、詳しい議論は本文に直接あたってほしい。

 「チュニジア革命」と「エジプト革命」においても、ツイッターやフェイスブックなどの SNS 果たした役割を過大評価しないことが必要かもしれない。本書によれば、チュニジアは完全な情報統制国家エジプトはプロキシサーバを設置していないものの、「見かけ上オープンなネットワーク」をもった情報統制国家であることがわかる。

 情報統制を行っている独裁国家で、いかに SNS を使った情報交換やデモ参加への促しが可能であったのか? おそらく今後、革命のプロセスがだんだんと明らかになっていくものと思われるが、現時点ではインターネットが果たした役割については、限定的に受け取るべきではないだろうか?。

 また「民主革命」が成就したあとも、典型的なインフラ産業である情報通信ネットワークが一夜にして変化することは考えにくい。2006年のクーデター後のタイで、軍事政権下の暫定政権が行っていた「インターネットの情報統制」を現地で体験した私には、そう思えてならないのだ。本書は、「民主化」後について考えるヒントも多く提供してくれるといってよい。

 本書は博士論文をベースにした研究書なので、全体的に繰り返しが多くて、やや冗長な面も感じなくもないが、本書で展開されている議論にかんしては、きわめて重要な視点を提供してくれたことを大いに評価したい。

 アラブ諸国の状況だけでなく、アジアの状況についてもきわめて示唆するところが大きいからだ。そういった観点から読むことも可能だろう。



<初出情報>

■bk1書評「インターネットの「情報統制」のメカニズムからみた中東アラブ諸国の政治学」投稿掲載(2011年2月14日)
■amazon書評「インターネットの「情報統制」のメカニズムからみた中東アラブ諸国の政治学」投稿掲載(2011年2月14日)



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目 次

序章 インターネット時代の非民主主義国家
第1章 情報化の波に直面するアラブ諸国
第2章 情報統制のパターン
第3章 コード層でのインターネット・コントロール
第4章 物理層でのインターネット・コントロール
第5章 インターネット・コントロール政策をみる視点
第6章 インターネット・コントロール志向型情報統制国家
第7章 インターネット・コントロール放棄型情報統制国家
第8章 アラブ諸国のインターネット・コントロール政策
終章 グローバル化とアラブ諸国
あとがき

参考文献
索引


著者プロフィール

山本達也(やまもと・たつや)

名古屋商科大学外国語学部専任講師。1975年、東京都生まれ。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程修了。博士(政策・メディア)。シリア国立アレッポ大学学術交流日本センター主幹・客員研究員、慶應義塾大学COE研究員(RA)などを経て現職。専攻は、国際関係論(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<書評への付記>

企業レベルでは、セキュリティの観点からフィルタリング目的で普通に導入されているプロキシサーバ

 企業レベルでは、セキュリティの観点からフィルタリング目的で普通に導入されているプロキシサーバ(proxy server)。これを、情報通信の出入り口を一元化した通信会社内に設置して、すべての報通信を監視するという方法論、これはけっして突飛な発想でも、技術的に困難な課題でもない。

 子どもに見せたくない悪質な内容のサイトをブロックする目的でも使用される。

 もちろん、私はインターネット・セキュリティの専門家ではないので、技術の詳細については語る資格はないが、目的と手段という観点から考えてみれば、誰にでもわかる話だろう。企業レベルのセキュリティ対策を、国家レベルで実施したという話である。
 
 国家レベルのセュリティ対策には、米国企業も関与していると言われている。


アジア諸国へのインプリケーションを考えてみる

 本書は、アラブ諸国をケーススタディの対象としているが、その他多くの「情報統制国家」を考えるのに非常に示唆的な内容だ。著者自身は、数行触れただけで、具体的な言及はしていないので、私の理解している限りのことを書いておこう。

 とくにアジアでは、中国、ベトナム、北朝鮮といった「社会主義国」だけでなく、ミャンマーでも、タイ、シンガポールでも同様である。

 たとえば、2006年クーデター後のタイ王国。民政移管までの期間、軍事政権下の暫定政権において「インターネットの情報統制」が行われていた。

 これを現地で実体験していたので、2008年に本書が出版されたとき、大いに知的好奇心を刺激されて購入したのである。クーデター前にタイ政府に協力したことのある日本人の専門家から、タイのインターネット情報統制の仕組みについて話を聞いていたので、ピンときたというわけだ。

 仕組みは、アラブ諸国と同じである。ツリー構造ネットワークによって、タイ国外との情報の出入り口は一元化されている。

 タイの軍政当局は、ある特定のキーワードをリストアップして、無差別にフィルタリングをかけていた(・・現在も程度の違いはあれ、フィルタリングはかけているようだ)。このため、問題ないのに表示できないサイトがでてきてクレームをつけても、問答無用で退けられたというウワサを聞いている。真偽のほどは確かではない。軍政当局はフィルタリング対象のリストは、当然のことながら公開していなかった。

 民政移管までの重要な政治課題であった「憲法改正」を、国民投票(レファレンダム)において僅差でかろうじて乗り切ったのち、軍政下の暫定政権は、かけこみで「治安維持法」を成立させている。

 タイでは、YouTube が遮断されていたことも記憶に新しいだろう。一般に「自由の国」と目されているタイも、一皮むけばこのような「情報統制国家」としての本質が現れてくる。

 タイでは現在でもプリント・メディアに発禁措置が取られることが多々ある。主に海外雑誌についてであるので、輸入禁止という措置である。The Economist が何度か輸入禁止になっている。

 タイを例に出したが、中国はいうまでもなく、ベトナムや北朝鮮といった「社会主義国」だけでなく、シンガポール、ミャンマー・・など、どの国も似たり寄ったりであろう。違いがあるとすれば、程度の差だけである。

 本書では、ドバイの例が興味深い。ドバイ首長国はアラブ首長国連邦(UAE:United Arab Emirates)を構成する首長国だが、「情報統制」を行っている UAE全体の情報通信政策とはまったく別個に、ドバイ内のフリーゾーンでは完全に自由な情報流通を認めている。IT分野の研究開発においては、情報流通の自由が確保されていないとだめだということを、ドバイ政府はトップレベルで理解しているためである、という。

 著者はこの状態を指して「ダブルスタンダード」といっているが、アジアの現状に則して考えてみれば、これは中国政府が採用している「一国二制度」に該当するといっていいだろう。中国国内は完全に情報統制が行われているが、自治政府のある香港では、原則として自由な情報流通が確保されている。中国本土から撤退したグーグルは、現在は香港で運営している。

 ベトナムや北朝鮮、そしてミャンマーでも初期投資額の小さなIT産業にはチカラを入れており、これらの国では特区のなかではかなりの程度の自由を認めているようだ。

 ざっとこのように、アジアでもアラブ諸国と同様、「インターネットの情報統制」は行われているのが常識と考えるべきであろう。



* なお、この書評(初出)は投稿先の bk1 でも紹介していただいている(2011年2月18日に記す)。
 bk1 書評ポータルにて紹介 2011年2月18日 「国際情勢にお詳しい“サトケン”さんの『アラブ諸国の情報統制』の書評がいつもながらとても参考になりました。ありがとうございます。」



<関連サイト>

「エジプト革命」でソーシャルメディアが果たした役割とは?(「現代ビジネス」2011年02月16日(水)市川裕康)

「NHKスペシャル ネットが革命を起こした-アラブ・若者たちの攻防-」(2011年2月20日放送)
・・面白い番組だった。フェイスブックを舞台にした、若者中心の反政府運動グループと、エジプト内務省との激しい攻防戦。アノニマス(匿名)と名乗る謎のハッカー集団による、エジプト政府への全世界からのハッキング攻撃。ネットの世界で起こっていたことのおおよそは、この番組で描かれていたとみていいのか私には判断できない。
 革命は成就し、そして革命は乗っ取られた。革命という名の破壊は成功し、革命後の再建という仕事は老練な大人たちによって牛耳(ぎゅうじ)られることになる。そして再び「情報統制」が静かに復活することであろう。映画 『アラビアのロレンス』のラストシーンを思い出す。

エジプトにおける「ICT革命」のメカニズムとその含意(山本達也)
・・当局の規制をかいくぐったフェイスブックを利用した「スマート・モブ」(smart mob)についての、本書の著者自身による時評。「スマートモブ」が「創発」(emergence)現象と結びつくことによって生じた「民衆のパワー」。「弱いつながり」が民衆の不満のうねりと同調した。ただし、SNSをめぐる「情報統制」の詳細にかんする論述はない。(2011年3月4日)
 


<ブログ内関連記事>

■中東関連

書評 『中東激変-石油とマネーが創る新世界地図-』(脇 祐三、日本経済新聞出版社、2008)

本日(2011年2月11日)は「イラン・イスラム革命」(1979年)から32年。そしてまた中東・北アフリカでは再び大激動が始まった

エジプトの「民主化革命」(2011年2月11日)

書評 『アラブ革命はなぜ起きたか-デモグラフィーとデモクラシー-』(エマニュエル・トッド、石崎晴己訳、藤原書店、2011)-宗教でも文化でもなく「デモグラフィー(人口動態)で考えよ!

書評 『中東新秩序の形成-「アラブの春」を超えて-』(山内昌之、NHKブックス、2012)-チュニジアにはじまった「革命」の意味を中東世界のなかに位置づける

書評 『エジプト革命-軍とムスリム同胞団、そして若者たち-』(鈴木恵美、中公新書、2013)-「革命」から3年、その意味を内在的に理解するために

書評 『地獄のドバイ-高級リゾート地で見た悪夢-』(峯山政宏、彩図社、2008)・・外国人には「人権」は保証されていないドバイ


インターネットと情報統制

月刊誌 「フォーリン・アフェアーズ・リポート」(FOREIGN AFFAIRS 日本語版) 2010年NO.12 を読む-特集テーマは「The World Ahead」 と 「インド、パキスタン、アフガンを考える」
・・「インターネットは自由も統制も促進する-政治的諸刃の剣としてのインターネット-」(イアン・ブレマー)論文は、インターネット・テクノロジーは「さまざまな野心や欲望を満たす手段でしかなく、そうした欲望の多くは、民主主義とは何の関係もない」と、インターネット楽観論にクギをさす。米国人だけではなく、日本人も心しておくべき重要な指摘である。世界には民主主義を国是とする国家だけでなく、権威主義的で抑圧的な政策をとりながらインターネットを活用して世論をコントロールしている国家もある。「インターネットと相互接続権力の台頭」(エリック・シュミット Google CEO、ジャレド・コーエン Google Ideas Director)論文も注目。」(同記事に書いた文章から抜粋)。

書評 『自由市場の終焉-国家資本主義とどう闘うか-』(イアン・ブレマー、有賀裕子訳、日本経済新聞出版社、2011)-権威主義政治体制維持のため市場を利用する国家資本主義の実態
・・「権威主義政治体制のもとにおいては、なによりも国内問題を意識し、体制維持のための財源が必要だからだ。王政のもとにおいては臣民、それ以外の政治体制のもとにおいての一般民衆、かれらをすくなくとも経済的に満足させておけば、体制転換という誘惑を回避させることができる」

書評 『スノーデンファイル-地球上で最も追われている男の真実-』(ルーク・ハーディング、三木俊哉訳、日経BP社、2014)-国家による「監視社会」化をめぐる米英アングロサクソンの共通点と相違点に注目
・・「情報統制」を行っていない自由諸国でも「情報監視」は日常的に行われている

映画 『善き人のためのソナタ』(ドイツ、2006)-いまから30年前の1984年、東ドイツではすでに「監視社会」の原型が完成していた

法哲学者・大屋雄裕氏の 『自由とは何か』(2007年) と 『自由か、さもなくば幸福か?』(2014年)を読んで 「監視社会」 における「自由と幸福」 について考えてみる

Google が中国から撤退!?(その3)・・グーグルが中国に進出しながら、のちに撤退した理由は何か?

「アラブの春」を引き起こした「ソーシャル・ネットワーク革命」の原型はルターによる「宗教改革」であった!?

『動員の革命』(津田大介)と 『中東民衆の真実』(田原 牧)で、SNS とリアル世界の「つながり」を考える

(2016年7月21日 情報追加)


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