「アタマの引き出し」は「雑学」ときわめて近い・・日本マクドナルド創業者・藤田田(ふじた・でん)に学ぶものとは?

◆「アタマの引き出し」つくりは "掛け算" だ : 「引き出し」 = Σ 「仕事」 × 「遊び」
◆酒は飲んでも飲まれるな! 本は読んでも読まれるな!◆ 
◆一に体験、二に読書、その体験を書いてみる、しゃべってみる!◆
◆「好きこそものの上手なれ!」◆

<旅先や出張先で本を読む。人を読む、モノを読む、自然を読む>
トについてのブログ
●「内向きバンザイ!」-「この国」日本こそ、もっとよく知ろう!●

■■ 「むかし富士山八号目の山小屋で働いていた」全5回 ■■
 総目次はここをクリック!
■■ 「成田山新勝寺 断食参籠(さんろう)修行(三泊四日)体験記 」全7回 ■■ 
 総目次はここをクリック!
■■ 「庄内平野と出羽三山への旅」 全12回+α - 「山伏修行体験塾」(二泊三日)を中心に ■■
 総目次はここをクリック!


「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!

「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!
ビジネス寄りでマネジメント関連の記事はこちら。その他の活動報告も。最新投稿は画像をクリック!



ご意見・ご感想・ご質問 ken@kensatoken.com にどうぞ。
お手数ですが、コピー&ペーストでお願いします。

© 2009~2026 禁無断転載!



ラベル クーデタ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル クーデタ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2011年2月26日土曜日

二・二六事件から 75年 (2011年2月26日)


 すでに75年もたつのだ、「最後のクーデター」である二・二六事件から。

 1936年(昭和11年)2月26日は雪の日であった。地球温暖化がはじまる以前の日本の二月は、ほんとうに寒かったのだ。本日の関東地方南部は、空気はやや肌寒いもの快晴。こんな天気の日から75年前を想像するのは、またさらに難しくなってきたようだ。

 2月26日から29日にかけての4日間は、その後の日本の方向性を決定したエポック・メイキングな事件であった。この事件のあと、日本はカタストフィーに向けて、戦争の時代へと突入してゆく。

 写真は「九段会館」。1936年当時は「軍人会館」と呼ばれていた。東京・九段に当時の建物がそのまま残っているが、二・二六事件において勅令により「戒厳令」が施行された際、戒厳司令部がここに置かれたことは知っておきたい。戒厳司令官は香椎浩平中将、戒厳参謀に命じられたのが石原完爾大佐である。

 「尊皇討奸」のスローガンのもと、天皇の周辺の「君側の奸」を排除せんとして、高橋是清をはじめとする重臣たちを殺害した青年将校たち。昭和天皇が、「叛乱軍」による重臣暗殺の報に激怒され、朕が自ら兵を率いて鎮圧に当たるとまで主張されたことは、現在ではよく知られている事実となっている。

 「やむにやまれぬ」という主観的な思いから立ち上がった青年将校たちであるが、しかし皇軍と称された「天皇の軍隊」を、本来の目的以外に使用したこと軍紀違反以外の何ものでもない。戦後は「国民の軍隊」となったが、戦前は天皇に絶対的忠誠を誓う「天皇の軍隊」であった。

 軍隊というものは上意下達が命である。この指揮命令系統に忠実に従うことによって、はじめて軍隊組織が機能する。「叛乱軍の」兵士たちは、目的を何も知らされずに動員された。下士官や兵たちにとっては、上官の命令に従ったに過ぎないのである。

 したがって、戒厳司令部が「帰順工作」を、下士官と兵に対して行ったのは当然であった。「下士官兵に告ぐ」のビラが配られ、アドバルーンが上げられた。その内容を写しておこう。

下士官兵に告ぐ

一、今からでも遅くないから原隊へ帰れ
二、抵抗する者は全部逆賊であるから射殺する
三、お前達の父母兄弟は国賊となるので皆泣いておるぞ

二月二十九日 戒厳司令部

 復帰をうながすNHKラジオ放送も行われた。

兵に告ぐ

勅命が發せられたのである。
既に天皇陛下の御命令が發せられたのである。
お前達は上官の命令を正しいものと信じて絶對服從を
して、誠心誠意活動して來たのであろうが、
(お前達の上官のした行爲は間違ってゐたのである。・・この一文は削除
既に勅命、天皇陛下の御命令によって
お前達は皆原隊に復歸せよと仰せられたのである。
此上お前達が飽くまでも抵抗したならば、それは
敕命に反抗することとなり逆賊とならなければならない。
正しいことをしてゐると信じてゐたのに、それが間違って
居ったと知ったならば、徒らに今迄の行がゝりや、義理
上からいつまでも反抗的態度をとって
天皇陛下にそむき奉り、逆賊としての汚名を
永久に受ける樣なことがあってはならない。
今からでも決して遲くはないから
直ちに抵抗をやめて軍旗の下に復歸する樣にせよ。
そうしたら今迄の罪も許されるのである。
お前達の父兄は勿論のこと、国民全体もそれを
心から祈ってゐるのである。
速かに現在の位置を棄てゝ歸って來い。
          戒嚴司令官 香椎中將


(出典:「兵に告ぐ」のテキストは、wikisource 兵に告ぐ
 また、ラジオの音声が YouTube にアップされている。2・26事件 復帰を促すラジオ放送 

 ちょうど10年前に、つれづれなるままに(2001年2月26日)と題して、私が書いた文章があるので再録しておこう。
 
つれづれなるままに(2001年2月26日)

二・二六事件から65年

 本日は二・二六事件がおこってから65年目にあたります。昨年は『憂国』という小説を書いて、映画化し、主演した三島由紀夫が自決してから30年目にあたりました。
 筆者は右翼ではありませんが(もちろん左翼でもありません)、二・二六事件には昔から多大な関心を抱いてきました。最初は、日本近代史上唯一のクーデータの、決起した青年将校たちへの浪漫主義的な共感から。

 ところが、調べるといろいろな事実がわかってきます。クーデター実行のみに重点がおかれてクーデター後の構想を欠いていたこと。昭和天皇自らが鎮圧する意思を示したことの誤算。東北地方の飢饉について。決起した青年将校たちの多くが文学青年だったこと(軍隊は基本的に理工系で、社会科学的素養を欠いていた)。昭和維新という運動について。戦前の革新とは、反資本主義の国家主義者たちのことだったこと。陸軍という巨大組織の内部抗争(皇道派 vs 統制派)に利用されたこと。憲兵隊によって事件発生前から電話が盗聴されていたこと。一審のみ上告なしの非公開の軍法会議で銃殺刑が決まったこと。等々。

 アジア太平洋戦争における作戦面での「日本軍の失敗」に関しては、研究書も出版されて注目されていますが、組織と人間の関係を考えるにあたって、二・二六事件が示す意味も依然として大きいものがあるのではないでしょうか。いきすぎた「能力主義」がもたらした下克上による組織内価値観の混乱、徹底した合理主義者(統制派)と情緒的日本主義者(皇道派)との意識レベルのギャップ、視野狭窄の指導層と指揮命令系統の混乱、等々。

 きめつけや安易な教訓を引き出すつもりはありません。今年もまた2月26日を迎えたか、という感慨があるのみです(2月26日)。

 この当時は「アジア太平洋戦争」というタームを私も使っていたが、現在では「大東亜戦争」という名称で統一することにしている。歴史的には後者のほうが正しいからだ。

 この文章を書いてから10年。

 この10年間の大きな変化といえば、いまこれを書いているブログ(=ウェブログ)もそうであるし、YouTube で視聴可能となった動画もそうである。

 ここにもいくつか動画を一つ紹介しておきたい。

 「青年日本の歌 昭和維新の歌」である。YouTube にアップされているので紹介しておこう。

 作詞・作曲 三木卓(1930)。三木卓は五・一五事件の叛乱将校で海軍中尉。歌手は、アイ・ジョージ。なお、原詩は大川周明の「則天行地歌」と伝えられている。

 歌詞を全文掲載する。悲憤慷慨を絵に描いたような歌詞である。 に詳しい解説があるが、土井晩翠と大川周明から盗用しているようだ。

 古代中国は戦国時代の楚の政治家で詩人・屈源の故事に基づくものである。屈原は楚の国の前途に絶望して、石を抱いて泪羅(べきら)の淵に身を投げた。

昭和維新の歌

一 泪羅(べきら)の淵に波騒ぎ 巫山(ふざん)の雲は乱れ飛ぶ
 混濁の世よに我立てば 義憤に燃て血潮湧く

二 権門上(かみ)に傲れども 国を憂うる誠なし
 財閥富を誇れども 社稷(しゃしょく)を思う心なし

三 ああ人栄え 国亡ろぶ 盲(めしい)たる民 世に躍おどる
 治乱興亡夢に似て 世は一局の碁なりけり

四 昭和維新の春の空 正義に結ぶ丈夫(ますらお)が
 胸裡(きょうり)百万兵足りて 散るや万朶(ばんだ)の桜花

 五、古びし死骸(むくろ)乗り越えて 雲漂揺(ひょうよう)の身は一つ
   国を憂いて立つからは 丈夫(ますらお)の歌なからめや

六 天の怒りか地の声か そもただならぬ響ひびきあり
 民(たみ)永劫(えいごう)の眠りより 醒よ日本の朝ぼらけ

七 見よ九天(きゅうてん)の雲は垂れ 四海(しかい)の水は雄叫(おたけび)て
 革新の機(とき)到ぬと 吹くや日本の夕嵐

八 あゝうらぶれし天地(あめつち)の 迷いの道を人はゆく
 栄華を誇る塵の世に 誰が高楼(こうろう)の眺めぞや

九 功名何ぞ夢の跡 消えざるものはただ誠
 人生意気に感じては 成否を誰かあげつらう

十 やめよ離騒(りそう)の一悲曲 悲歌慷慨(ひかこうがい)の日は去りぬ
 われらが剣(つるぎ)今こそは 廓清(かくせい)の血に躍るかな


 75年もたてば、二・二六事件は、もうほとんど完全に風化してしまっているかもしれない。しかし、この事件に寄せる日本的心情は、民族としての日本人の奥底にある DNAレベルのものであるので、いつまた噴き出すかわからない。

 2006年のクーデター後、バンコクにいた私はタイ人の友人に対して「日本では、すでに70年もクーデターがないぞ!」と威張ってみたことがある。もちろん、タイにおいてはかつては、クーデターが政権交代の一手段として機能していたこともあり、日本とは性格が大きくことなるのだが。
 
 10年後の2021年においても、二・二六事件が日本における「最後のクーデター」であることを願うばかりである。








P.S. 本日は桑田佳祐の誕生日でもある

 本日は桑田佳祐の誕生日でもあったわけだ。NHK「復活!桑田佳祐ドキュメント~55歳の夜明け~」をみたが、とても病後とは思えない、しかも 55歳とは思えないパワフルぶり。しかも、歌はしみじみと聴かせるものがある。すばらしい。



<ブログ内関連記事>

4年に一度の「オリンピック・イヤー」に雪が降る-76年前のこの日クーデターは鎮圧された(2012年2月29日)

「精神の空洞化」をすでに予言していた三島由紀夫について、つれづれなる私の個人的な感想

「憂国忌」にはじめて参加してみた(2010年11月25日)

「かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ 大和魂」(吉田松陰)・・個人の心情に基づく個人の行動。公僕は組織を巻き込んではならない

石川啄木 『時代閉塞の現状』(1910)から100年たったいま、再び「閉塞状況」に陥ったままの日本に生きることとは・・・ 

庄内平野と出羽三山への旅 (2) 酒田と鶴岡という二つの地方都市の個性
・・山形県庄内の石原完爾と大川周明をたどった旅の記録

スローガンには気をつけろ!-ゼークト将軍の警告(1929) 

エジプトの「民主化革命」(2011年2月11日)・・実質的にエジプト国軍によるクーデターであった2011年「民主化革命」

書評 『アラブ諸国の情報統制-インターネット・コントロールの政治学-』(山本達也、慶應義塾大学出版会、2008)
・・2006年クーデター後のタイ王国について、軍政当局による「情報統制」の観点からコメントを書いた

書評 『バンコク燃ゆ-タックシンと「タイ式」民主主義-』(柴田直治、めこん、2010)


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end

2011年2月14日月曜日

書評『アラブ諸国の情報統制 ― インターネット・コントロールの政治学』(山本達也、慶應義塾大学出版会、2008)― インターネットの「情報統制」のメカニズムからみた中東アラブ諸国の政治学




インターネットの「情報統制」のメカニズムからみた中東アラブ諸国の政治学

 「インターネットは民主化を促進する」という命題がある。

 この米国発の楽観的な命題は、とくに検証されたわけでもないが日本でも広く受け入れられている。チュニジアから始まって中東の大国エジプトにも波及した「民主化革命」においても、インターネットのチカラを礼賛する見解が多くクチにされたのは、当然といえば当然であろう。

 しかし、この見解はあまりにもナイーブなのではないか? 本書に目を通した人ならかならずやそう思うに違いない。なぜなら、著者の表現を使えば、これは「インターネットの中身をブラックボックス化」した議論であるからだ。

 本書は、中東アラブ諸国に特徴的な、非民主主義的で権威主義的な「独裁政治」を成り立たせてきた情報統制の実態とメカニズムについて、グローバル経済のなかでそれぞれの国家が置かれている政治経済状況とインターネット技術との関係から、フィールドワークも踏まえてその考察したものである。

 インターネットにおける情報統制は、新聞・ラジオ・テレビといった伝統的なマスメディアにおける情報統制と共通するものがあるというと、日本や先進国の状況しか知らないと不思議に思うかもしれない。

 1996年に中東湾岸諸国のカタールで始まった「アルジャズィーラ」などの衛星放送は、簡単に国境を越えてしまうので、国家レベルでの情報統制が難しいのは当然だ。だが、グローバル経済の流れのなか、2000年以降に中東で本格的に普及が始まったインターネットは衛星放送よりも新しいメディアなのに、なぜ国家レベルでの情報統制が可能なのか?

 「インターネットの情報統制」のキーワードは、プロキシサーバと情報通信のツリー構造ネットワークである。情報通信ネットワークは一国単位でネットワークが構築されている。もし国外との通信の出入り口を一つに絞り込み、その運営を政権の息のかかった独占企業体の通信企業にまかせ、しかもそこにフィルタリングを目的としたプロキシサーバを設置すれば・・・。

 答えはもう明らかだろう。アラブ諸国では一部の例外を除いて、ほぼすべてこのパターンでインターネットの情報統制を行っているのだ。インターネット情報の一元的管理による、情報制限、情報検閲、そして情報モニタリング、特定のコンテンツの排除などさまざまな手段で情報統制を行っている。
 イスラームと情報統制は関係あるのか、それともないのかなどのテーマも含めて、詳しい議論は本文に直接あたってほしい。

 「チュニジア革命」と「エジプト革命」においても、ツイッターやフェイスブックなどの SNS 果たした役割を過大評価しないことが必要かもしれない。本書によれば、チュニジアは完全な情報統制国家エジプトはプロキシサーバを設置していないものの、「見かけ上オープンなネットワーク」をもった情報統制国家であることがわかる。

 情報統制を行っている独裁国家で、いかに SNS を使った情報交換やデモ参加への促しが可能であったのか? おそらく今後、革命のプロセスがだんだんと明らかになっていくものと思われるが、現時点ではインターネットが果たした役割については、限定的に受け取るべきではないだろうか?。

 また「民主革命」が成就したあとも、典型的なインフラ産業である情報通信ネットワークが一夜にして変化することは考えにくい。2006年のクーデター後のタイで、軍事政権下の暫定政権が行っていた「インターネットの情報統制」を現地で体験した私には、そう思えてならないのだ。本書は、「民主化」後について考えるヒントも多く提供してくれるといってよい。

 本書は博士論文をベースにした研究書なので、全体的に繰り返しが多くて、やや冗長な面も感じなくもないが、本書で展開されている議論にかんしては、きわめて重要な視点を提供してくれたことを大いに評価したい。

 アラブ諸国の状況だけでなく、アジアの状況についてもきわめて示唆するところが大きいからだ。そういった観点から読むことも可能だろう。



<初出情報>

■bk1書評「インターネットの「情報統制」のメカニズムからみた中東アラブ諸国の政治学」投稿掲載(2011年2月14日)
■amazon書評「インターネットの「情報統制」のメカニズムからみた中東アラブ諸国の政治学」投稿掲載(2011年2月14日)



画像をクリック!


目 次

序章 インターネット時代の非民主主義国家
第1章 情報化の波に直面するアラブ諸国
第2章 情報統制のパターン
第3章 コード層でのインターネット・コントロール
第4章 物理層でのインターネット・コントロール
第5章 インターネット・コントロール政策をみる視点
第6章 インターネット・コントロール志向型情報統制国家
第7章 インターネット・コントロール放棄型情報統制国家
第8章 アラブ諸国のインターネット・コントロール政策
終章 グローバル化とアラブ諸国
あとがき

参考文献
索引


著者プロフィール

山本達也(やまもと・たつや)

名古屋商科大学外国語学部専任講師。1975年、東京都生まれ。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程修了。博士(政策・メディア)。シリア国立アレッポ大学学術交流日本センター主幹・客員研究員、慶應義塾大学COE研究員(RA)などを経て現職。専攻は、国際関係論(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<書評への付記>

企業レベルでは、セキュリティの観点からフィルタリング目的で普通に導入されているプロキシサーバ

 企業レベルでは、セキュリティの観点からフィルタリング目的で普通に導入されているプロキシサーバ(proxy server)。これを、情報通信の出入り口を一元化した通信会社内に設置して、すべての報通信を監視するという方法論、これはけっして突飛な発想でも、技術的に困難な課題でもない。

 子どもに見せたくない悪質な内容のサイトをブロックする目的でも使用される。

 もちろん、私はインターネット・セキュリティの専門家ではないので、技術の詳細については語る資格はないが、目的と手段という観点から考えてみれば、誰にでもわかる話だろう。企業レベルのセキュリティ対策を、国家レベルで実施したという話である。
 
 国家レベルのセュリティ対策には、米国企業も関与していると言われている。


アジア諸国へのインプリケーションを考えてみる

 本書は、アラブ諸国をケーススタディの対象としているが、その他多くの「情報統制国家」を考えるのに非常に示唆的な内容だ。著者自身は、数行触れただけで、具体的な言及はしていないので、私の理解している限りのことを書いておこう。

 とくにアジアでは、中国、ベトナム、北朝鮮といった「社会主義国」だけでなく、ミャンマーでも、タイ、シンガポールでも同様である。

 たとえば、2006年クーデター後のタイ王国。民政移管までの期間、軍事政権下の暫定政権において「インターネットの情報統制」が行われていた。

 これを現地で実体験していたので、2008年に本書が出版されたとき、大いに知的好奇心を刺激されて購入したのである。クーデター前にタイ政府に協力したことのある日本人の専門家から、タイのインターネット情報統制の仕組みについて話を聞いていたので、ピンときたというわけだ。

 仕組みは、アラブ諸国と同じである。ツリー構造ネットワークによって、タイ国外との情報の出入り口は一元化されている。

 タイの軍政当局は、ある特定のキーワードをリストアップして、無差別にフィルタリングをかけていた(・・現在も程度の違いはあれ、フィルタリングはかけているようだ)。このため、問題ないのに表示できないサイトがでてきてクレームをつけても、問答無用で退けられたというウワサを聞いている。真偽のほどは確かではない。軍政当局はフィルタリング対象のリストは、当然のことながら公開していなかった。

 民政移管までの重要な政治課題であった「憲法改正」を、国民投票(レファレンダム)において僅差でかろうじて乗り切ったのち、軍政下の暫定政権は、かけこみで「治安維持法」を成立させている。

 タイでは、YouTube が遮断されていたことも記憶に新しいだろう。一般に「自由の国」と目されているタイも、一皮むけばこのような「情報統制国家」としての本質が現れてくる。

 タイでは現在でもプリント・メディアに発禁措置が取られることが多々ある。主に海外雑誌についてであるので、輸入禁止という措置である。The Economist が何度か輸入禁止になっている。

 タイを例に出したが、中国はいうまでもなく、ベトナムや北朝鮮といった「社会主義国」だけでなく、シンガポール、ミャンマー・・など、どの国も似たり寄ったりであろう。違いがあるとすれば、程度の差だけである。

 本書では、ドバイの例が興味深い。ドバイ首長国はアラブ首長国連邦(UAE:United Arab Emirates)を構成する首長国だが、「情報統制」を行っている UAE全体の情報通信政策とはまったく別個に、ドバイ内のフリーゾーンでは完全に自由な情報流通を認めている。IT分野の研究開発においては、情報流通の自由が確保されていないとだめだということを、ドバイ政府はトップレベルで理解しているためである、という。

 著者はこの状態を指して「ダブルスタンダード」といっているが、アジアの現状に則して考えてみれば、これは中国政府が採用している「一国二制度」に該当するといっていいだろう。中国国内は完全に情報統制が行われているが、自治政府のある香港では、原則として自由な情報流通が確保されている。中国本土から撤退したグーグルは、現在は香港で運営している。

 ベトナムや北朝鮮、そしてミャンマーでも初期投資額の小さなIT産業にはチカラを入れており、これらの国では特区のなかではかなりの程度の自由を認めているようだ。

 ざっとこのように、アジアでもアラブ諸国と同様、「インターネットの情報統制」は行われているのが常識と考えるべきであろう。



* なお、この書評(初出)は投稿先の bk1 でも紹介していただいている(2011年2月18日に記す)。
 bk1 書評ポータルにて紹介 2011年2月18日 「国際情勢にお詳しい“サトケン”さんの『アラブ諸国の情報統制』の書評がいつもながらとても参考になりました。ありがとうございます。」



<関連サイト>

「エジプト革命」でソーシャルメディアが果たした役割とは?(「現代ビジネス」2011年02月16日(水)市川裕康)

「NHKスペシャル ネットが革命を起こした-アラブ・若者たちの攻防-」(2011年2月20日放送)
・・面白い番組だった。フェイスブックを舞台にした、若者中心の反政府運動グループと、エジプト内務省との激しい攻防戦。アノニマス(匿名)と名乗る謎のハッカー集団による、エジプト政府への全世界からのハッキング攻撃。ネットの世界で起こっていたことのおおよそは、この番組で描かれていたとみていいのか私には判断できない。
 革命は成就し、そして革命は乗っ取られた。革命という名の破壊は成功し、革命後の再建という仕事は老練な大人たちによって牛耳(ぎゅうじ)られることになる。そして再び「情報統制」が静かに復活することであろう。映画 『アラビアのロレンス』のラストシーンを思い出す。

エジプトにおける「ICT革命」のメカニズムとその含意(山本達也)
・・当局の規制をかいくぐったフェイスブックを利用した「スマート・モブ」(smart mob)についての、本書の著者自身による時評。「スマートモブ」が「創発」(emergence)現象と結びつくことによって生じた「民衆のパワー」。「弱いつながり」が民衆の不満のうねりと同調した。ただし、SNSをめぐる「情報統制」の詳細にかんする論述はない。(2011年3月4日)
 


<ブログ内関連記事>

■中東関連

書評 『中東激変-石油とマネーが創る新世界地図-』(脇 祐三、日本経済新聞出版社、2008)

本日(2011年2月11日)は「イラン・イスラム革命」(1979年)から32年。そしてまた中東・北アフリカでは再び大激動が始まった

エジプトの「民主化革命」(2011年2月11日)

書評 『アラブ革命はなぜ起きたか-デモグラフィーとデモクラシー-』(エマニュエル・トッド、石崎晴己訳、藤原書店、2011)-宗教でも文化でもなく「デモグラフィー(人口動態)で考えよ!

書評 『中東新秩序の形成-「アラブの春」を超えて-』(山内昌之、NHKブックス、2012)-チュニジアにはじまった「革命」の意味を中東世界のなかに位置づける

書評 『エジプト革命-軍とムスリム同胞団、そして若者たち-』(鈴木恵美、中公新書、2013)-「革命」から3年、その意味を内在的に理解するために

書評 『地獄のドバイ-高級リゾート地で見た悪夢-』(峯山政宏、彩図社、2008)・・外国人には「人権」は保証されていないドバイ


インターネットと情報統制

月刊誌 「フォーリン・アフェアーズ・リポート」(FOREIGN AFFAIRS 日本語版) 2010年NO.12 を読む-特集テーマは「The World Ahead」 と 「インド、パキスタン、アフガンを考える」
・・「インターネットは自由も統制も促進する-政治的諸刃の剣としてのインターネット-」(イアン・ブレマー)論文は、インターネット・テクノロジーは「さまざまな野心や欲望を満たす手段でしかなく、そうした欲望の多くは、民主主義とは何の関係もない」と、インターネット楽観論にクギをさす。米国人だけではなく、日本人も心しておくべき重要な指摘である。世界には民主主義を国是とする国家だけでなく、権威主義的で抑圧的な政策をとりながらインターネットを活用して世論をコントロールしている国家もある。「インターネットと相互接続権力の台頭」(エリック・シュミット Google CEO、ジャレド・コーエン Google Ideas Director)論文も注目。」(同記事に書いた文章から抜粋)。

書評 『自由市場の終焉-国家資本主義とどう闘うか-』(イアン・ブレマー、有賀裕子訳、日本経済新聞出版社、2011)-権威主義政治体制維持のため市場を利用する国家資本主義の実態
・・「権威主義政治体制のもとにおいては、なによりも国内問題を意識し、体制維持のための財源が必要だからだ。王政のもとにおいては臣民、それ以外の政治体制のもとにおいての一般民衆、かれらをすくなくとも経済的に満足させておけば、体制転換という誘惑を回避させることができる」

書評 『スノーデンファイル-地球上で最も追われている男の真実-』(ルーク・ハーディング、三木俊哉訳、日経BP社、2014)-国家による「監視社会」化をめぐる米英アングロサクソンの共通点と相違点に注目
・・「情報統制」を行っていない自由諸国でも「情報監視」は日常的に行われている

映画 『善き人のためのソナタ』(ドイツ、2006)-いまから30年前の1984年、東ドイツではすでに「監視社会」の原型が完成していた

法哲学者・大屋雄裕氏の 『自由とは何か』(2007年) と 『自由か、さもなくば幸福か?』(2014年)を読んで 「監視社会」 における「自由と幸福」 について考えてみる

Google が中国から撤退!?(その3)・・グーグルが中国に進出しながら、のちに撤退した理由は何か?

「アラブの春」を引き起こした「ソーシャル・ネットワーク革命」の原型はルターによる「宗教改革」であった!?

『動員の革命』(津田大介)と 『中東民衆の真実』(田原 牧)で、SNS とリアル世界の「つながり」を考える

(2016年7月21日 情報追加)


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end