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2015年4月8日水曜日

書評『南の島の日本人 ― もうひとつの戦後史』(小林泉、産経新聞社、2010)― ミクロネシアにおける知られざる日本民族史の一コマ



いまから100年前の1914年、第一次世界大戦に参戦した日本が「敵国ドイツ」から奪いとったのは中国の青島(チンタオ)だけではない。南太平洋の島々であるミクロネシアもまたそうであった。
  
第一次大戦後にできた国際連盟(League of Nations)において、日本「委任統治領」となって30年間統治した土地。第二次世界大戦の激戦地となり、日本が敗北するした結果、アメリカの信託統治領となって日本人は退去させられた。
      
その後、アメリカから独立したなかにはパラオ共和国もある。人口の5分の1近くが、なんらかの形で日本人の血を引いているとのこと。初代大統領が日系人のトシオ・ナカムラ氏であった。また、大酋長になったススム・アイザワ氏もいる。

本日(4月8日)から一泊二日で、天皇皇后両陛下が「太平洋戦争」の激戦地となったペリリュー島などパラオを公式訪問されるのは、たいへんよろこばしいことであります。
         
5年前に買って積ん読状態のままだった『南の島の日本人-もうひとつの戦後史』(小林泉、産経新聞社、2010)という本をこの機会に通読してみた。本書は、先に名前を出した大酋長になったススム・アイザワ氏と初代大統領になったトシオ・ナカムラ氏という、おなじトラック島生まれで子ども時代からの友人であった「ススムとトシオの物語」とでもいうべき内容である。

天皇皇后両陛下のパラオご訪問にかんして、テレビではご訪問理由として「先の大戦の慰霊」のことばかりが強調されている。慰霊という祈りはきわめて重要なことだ、天皇陛下の南の島々への思いは、もっと深いものがあるような記述に出会った。
  
皇太子時代、東宮御所を訪れたミクロネシアのポナペから交流事業で招かれた小中学生との会話で、こんなことを述べられているようだ。
   
「小学校の教科書には『トラック島便り』というのがあって、それを読んだ私はいつか南の島に行ってみたいと思うようになっておりました。そんな子供の頃を思い出して、皆さんにお会いするのがとても楽しみでした」(P.107)

1979年のご発言である。天皇陛下は、そんな「戦中派世代」なのだ。2004年のご訪問予定が流れてから10年後のパラオ訪問の実現。天皇陛下にとっては、まことにもって感無量のことでありましょう。
   
日本の旧植民地としての台湾と朝鮮半島、移民先としての満洲や北米と南米ばかりが話題になるが、南洋諸島にもまた多くの日本人が入植した土地だったことをぜひアタマのなかに入れておきたいものである。日本人と日系人をあわせて「日本民族」となるのだ。

しかも、パラオを代表とするミクロネシアの島々が、じつは「親日国」であるという事実もまた。


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目 次

第1章 ススムとトシヲの物語
第2章 日本人たちのミクロネシア
 (1) 南洋に渡った先覚者たち
 (2) 敗戦で日本人が日系人に
 (3) ミクロネシアの日系人
エピローグ
ススム&トシヲの歩み年表
主な参考文献・資料

著者プロフィール

小林泉(こばやし・いずみ)
1948年東京生まれ。大阪学院大学教授、太平洋諸島研究所理事、農業経済学博士。『太平洋島嶼諸国論』(大平正芳賞)、『アメリカ極秘文書と信託統治の終焉』(大平正芳賞)、『中国と台湾の激突-太平洋をめぐる国際関係-』、『オセアニアを知る事典』ほかの著書がある(本書記載のデータによる)。



<ブログ内関連記事>

「JICA横浜 海外移住資料館」は、いまだ書かれざる「日本民族史」の一端を知るために絶対に行くべきミュージアムだ!
・・日本に住んでいて日本語を話す日本人だけが日本民族ではない!!

『単一民族神話の起源-「日本人」の自画像の系譜-』(小熊英二、新曜社、1995)は、「偏狭なナショナリズム」が勢いを増しつつあるこんな時代だからこそ読むべき本だ
・・「帝国」であった時代の「戦前」の保守派のほうが「開かれた精神」をもっていた

書評 『民俗学・台湾・国際連盟-柳田國男と新渡戸稲造-』(佐谷眞木人、講談社選書メチエ、2015)-「民俗学」誕生の背景にあった柳田國男における新渡戸稲造の思想への共鳴と継承、そして発展的解消
・・「官僚を辞めて朝日新聞社に入社していた柳田國男は、国際連盟の「委任統治委員」の日本側委員として抜擢されジュネーヴに赴任する」 また柳田國男の実弟の松岡静男は元海軍大佐で、退役後に南洋問題の専門家となった

「夢の島」にはじめて上陸(2014年11月15日)-東京都江東区の「夢の島」に日本戦後史の縮図をみる
・・マーシャル群島で米国の水爆実験の死の灰を浴びて被爆した第五福竜丸が展示されている

『近代の超克ー世紀末日本の「明日」を問う-』(矢野暢、光文社カッパサイエンス、1994)を読み直す-出版から20年後のいま、日本人は「近代」と「近代化」の意味をどこまで理解しているといえるのだろうか?
・・矢野暢氏の『南進の系譜』は、日本人の南方進出にかんする古典的名著

書評 『帰還せず-残留日本兵 60年目の証言-』(青沼陽一郎、新潮文庫、2009)-日本に「帰還しなかった」元日本兵たちの人生の軌跡を丹念にインタビューした、きわめて良質なノンフィクション
・・ビルマ(=ミャンマー)とタイ、インドネシア、そしてベトナムから帰還しなかった元日本兵たちの人生

『移住・移民の世界地図』(ラッセル・キング、竹沢尚一郎・稲葉奈々子・高畑幸共訳、丸善出版,2011)で、グローバルな「人口移動」を空間的に把握する

書評 『西欧の植民地喪失と日本-オランダ領東インドの消滅と日本軍抑留所-』(ルディ・カウスブルック、近藤紀子訳、草思社、1998)-オランダ人にとって東インド(=インドネシア)喪失とは何であったのか
・・ドイツとは異なり、オランダにとって東南アジア植民地はきわめて大きなものであった

『ストロベリー・ロード 上下』(石川 好、早川書店、1988)を初めて読んでみた ・・伊豆大島からカリフォルニアに移民した著者の若き日を描いた作品

(2015年5月23日 情報追加)


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2013年7月7日日曜日

NHK大河ドラマ 『八重の桜』がいよいよ前半のクライマックスに!-日本人の近現代史にかんする認識が改められることを期待したい



NHK大河ドラマ 『八重の桜』が、いよいよ会津戦争という前半のクライマックスに突入しました。このドラマで日本人の近現代史にかんする認識が大いに改められることでしょう。

明治維新においては、同じ日本人どうしで流血の事態はなかったという大ウソ戊辰戦争後の旧会津藩士とその家族たちに対する過酷な仕打ちがあっとことを隠蔽してきたことで、現在までまかり通ってきました。

まさに「勝てば官軍」。明治維新以後の日本では、「勝てば官軍」の世界観が支配してきたのです。大東亜戦争の敗戦後は日本全体が「負ければ賊」の状態が続いているのでありますが、その日本のなかでは、会津は「賊の賊」たる仕打ちを受けてきたといっても過言ではないでしょう。

大河ドラマではどこまで描かれることになるのかわかりません。ですがぜひ、「挙藩流罪」という極刑により、旧会津藩まるごと極寒の地である下北半島に移封され、過酷な運命を味わった旧会津藩士とその家族たちについても描いていただきたいものです。

いまだ会津と長州のわだかまりは完全に解けていないのは、薩長の気風の違いもあるようですね。旧会津藩に対する過酷な仕打ちを主張し、薩摩を押し切ったのは長州の木戸孝充(きど・たかよし=桂小五郎)。戦に敗れた会津藩の報復テロを恐れた臆病者だったわけです。この事実は深く記憶に刻み込んでおかねばなりません。

明治維新体制において政治の世界を牛耳ってきたのは長州出身者。いままた長州出身者が首相を務めていますが、安倍首相ははたして内心ではどう考えているのでしょうか。いい機会なのですから、自ら音頭をとって会津と長州の和解を演出するくらいの度量を求めたいものです。

会津藩の運命とは、端的にいえばナショナリズム(愛国主義)とパトリオティズム(愛郷主義)の相克なのであります。ナショナルとは国家であり民族、パトリとは郷土のことです。父祖の地という意味です。

現実に存在し、そのうえで人々が長い年月にわたって生きていた土地。その土地に根差した自然な感情がパトリオティズム(愛郷主義)というものです。

フランス革命によって生まれたナショナリズム(愛国主義)がいまだ日本には移植されていなかった当時、忠誠の対象はあくまでも会津藩主でり、そしてそのうえにいる徳川将軍家なのでありました。

『龍馬史』(磯田道史、文春文庫、2013)にはこのような記述があります。

この両藩(=会津藩と薩摩藩)は、藩士のなかから人材を吸い上げるのに非常に成功した藩でした。・・(中略)・・(会津の)「日新館」は管理教育の最初といっていいでしょう。熊本型の改革を行った藩は多いのですが、会津藩ほど厳しく実行したところはありません・・(中略)・・藩士はこういう行動をとる人間になるべきだという徳目条項「六科糾則」を作って、その通りに行動させる。それができる人間を藩の要職に抜擢していく。「六科」は6つの行動基準の意味です。これは教育勅語による学校制度と非常に近い方法です。(P.146~148)

近代に先駆けて「近代的な」人材育成を行った会津藩は、しかしながら忠誠の対象である会津藩主が敗れ去ったことにより、それ以降の意識変革が困難であったことがうかがわれます。

会津藩とならんで人材を輩出したのが薩摩藩ですが、薩摩藩の郷中(ごちゅう)教育は、ビジネススクールのケーススタディのようなことを実践していたことようです。意外なことにアングロサクソンとの親和性もあったことがわかります。英国のボーイスカウトは薩摩の郷中教育の影響であるという都市伝説があるのもむべなるかな、と。

「廃藩置県クーデター」によって「藩」が解体されたあとは、教育勅語によって上からの「国民教化」がなされたわけです。これによって、はじめて日本「国民」が誕生することになります。それがナショナリズムというものなのです。

しかしながら、維新の「負け組」の末裔であるわたしは、会津藩に代表されるオルタナティブな日本近現代史こそ、いま知らなければならないと声を大にして言いたいと思います。明治維新体制による「正史」と会津に代表される「裏面史」が合わさってこそ、ほんとうの「日本民族史」となるからです。

戊辰戦争の戦没者を祀った招魂社がその起源である靖國神社の性格についてまで考えをおよぼさねばなりません。

そう、会津藩士をはじめとして、「負け組」とされた藩の戦没者は靖國神社には祀られていないのです。この事実から目をそむけるべきではないのです。

靖國神社にかんしては、近隣諸国からとやかく言われても、それは筋違いであると「黙殺」してかまいませんが、国内事情についてはまだまだ議論が深まっているとは言いがいものがあります。

願わくば、旧会津藩士とその家族たちの苦難の歴史について、大河ドラマの後半においても全面的に取り上げられんことを!





<ブログ内関連記事>

NHK大河ドラマ 『八重の桜』もついに最終回-「戦前・戦中・戦後」にまたがる女性の生涯を戊辰戦争を軸に描いたこのドラマは「朝ドラ」と同じ構造だ

いまこそ読まれるべき 『「敗者」の精神史』(山口昌男、岩波書店、1995)-文化人類学者・山口昌男氏の死を悼む
・・山本覚馬と八重のきょうだいについても詳しく触れられている

書評 『山本覚馬伝』(青山霞村、住谷悦治=校閲、田村敬男=編集、宮帯出版社、2013)-この人がいなければ維新後の「京都復興」はなかったであろう

「敗者」としての会津と日本-『流星雨』(津村節子、文春文庫、1993)を読んで会津の歴史を追体験する

書評 『岩倉具視-言葉の皮を剝きながら-』(永井路子、文藝春秋、2008)-政治というものの本質、政治的人間の本質を描き尽くした「一級の書」

NHK大河ドラマ 『八重の桜』も最終回-戊辰戦争を軸にした「戦前・戦中」と「戦後」にまたがる女性の生涯は歴史版の朝ドラであった

書評 『川崎尚之助と八重-一途に生きた男の生涯-』(あさくら ゆう、知道出版、2012)-幕末を生きた知られざる男の「名誉回復」は2011年から始まった!
・・但馬藩に生まれ会津藩とともに運命をともにした一人の男の生涯と名誉回復

『歴史のなかの鉄炮伝来-種子島から戊辰戦争まで-』(国立歴史民俗学博物館、2006)は、鉄砲伝来以降の歴史を知るうえでじつに貴重なレファレンス資料集である

書評 『鉄砲を手放さなかった百姓たち-刀狩りから幕末まで-』(武井弘一、朝日選書、2010)-江戸時代の農民は獣駆除のため武士よりも鉄砲を多く所有していた!

書評 『龍馬史』(磯田道史、文春文庫、2013 単行本初版 2010)-この本は文句なしに面白い!

「日本のいちばん長い日」(1945年8月15日)に思ったこと
・・靖國神社と千鳥が淵で慰霊

庄内平野と出羽三山への旅 (7) 「神仏分離と廃仏毀釈」(はいぶつきしゃく)が、出羽三山の修験道に与えた取り返しのつかないダメージ

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2013年5月9日木曜日

「JICA横浜 海外移住資料館」は、いまだ書かれざる「日本民族史」の一端を知るために絶対に行くべきミュージアムだ!



五月の連休最終日(2013年5月6日)に、横浜に行った際に、「JICA 横浜 海外移住資料館」に立ち寄ってみた。

北米や南米に移民した日本人たちとその子孫である日系人たちの軌跡を、実物資料の展示をつうじて再発見させてくれる貴重なミュージアムである。

先日のことだが、女優の藤原紀香がTV番組で紹介していたので、はじめてその存在を知った。

行ってみた感想は、これは誰もがぜひ行くべきミュージアムだと、とつよく思ったことだ。

海外に移民していった人たちは日本人であり、現地に定住し日系人となった人たちもまた日本人である。そしてその子孫たちは、たとえ現地で国籍を取得し、異なる国の国民となっていったとしても、日本人は日本人であるからだ。

いやもっと広くいえば日本民族そのものだと言っていいからだ。

たとえ自分の身内に移民した人がいなくても、日本民族の足跡と現在を知るために行くべきなのである。


過剰人口問題解決のための移民

1970年頃まで移民送り出し国であった日本。いまでこそ少子化が進行して人口減少傾向にあるが、近代になってからの日本は、つねに人口過剰に悩まされてきたのである。

つまり増大する人口をささえるだけの経済ではなかったということだ。

英国もアイルランドも、その他スペインもイタリアも、またロシアや東欧諸国もみな、過剰人口も問題解決のために、移民を新大陸に送り出してきた。最初はその中心は北米であった。米国とカナダである。

その後、北米から南米へと移民の流れは変わる。日本人の場合はとくに、米国で日本人移民排除のために1924年に移民法が改正されたという事情が大きい。

しかし南米に移民した日本人が、現地で大きな貢献をしたことは多くの人が知るところである。「われら新世界に参加す」というブラジルの日系人を前に行った梅棹忠夫の講演は、日系ブラジル人だけでなく日系人全体に大きな感銘を与えたという。

いま過剰人口問題に悩むのはアラブ諸国だが、もはや移民を送り込む先の「新大陸」など存在しない。若年層の失業問題が原因となって引き起こされたのが、いわゆる「アラブの春」であるが、問題解決の糸口も見えない状況はきわめて深刻である。




「宗族」の結びつきのない日本の海外移民の特色

海外移住ということでいえば、中国人(=華人)や韓国人(=朝鮮人)のほうが、日本人よりグローバルといえるかもしれない。

華人は華僑として主に東南アジアや北米に移民して現地に定住している。韓国人も日本の植民地時代に中国や日本、そして戦後はアメリカに多く移民しているし、また不幸なことにスターリンの少数民族政策によって中央アジアに強制移民させられてもいる。

華人や韓国人とくらべると、宗族(そうぞく)の結びつきの弱い日本人は、いったん移民として海外に移住してしまうと、紐の切れた凧のように本国との「つながり」が弱くなってしまうと言われる。社会人類学者の中根千枝氏も、そういうことをどこかで発言していたか、書いていたような記憶がある。

だからこそ、この「JICA横浜 海外移住資料館」という場をつうじて、本国に残った日本人と、海外移住した日本人(=日系人)が「つながり」を再認識する必要があるのだ。

現在日本で生きている日本国籍の日本人が、移住以後の日系人と歴史を共有するのはむずかしい。とはいえ、日本人の血を引いている日本民族である。その歴史を知る努力が必要なことは言うまでもないではないか!

ただ残念ながら、「JICA 横浜 海外移住資料館」は、国際協力機構が関与したケースを中心としたので、どうしても南米を中心に北米を加えたものとなっているとう制約がある。

日本人の海外移民は、北米や南米だけではなく、戦前はメキシコ、ブラジルなどの中南米、朝鮮、満州、中国本土、ロシア極東、樺太、南洋群島、東南アジア、オセアニアなど多岐にわたっていたのだ。

また、海外移住したまま帰ってこなかった、あるいは帰ってこれなかった日本人やその子孫も少なくない。敗戦により帰還できずに残留孤児が発生した満洲についても、同じように網羅した資料館がほしいところだ。

さらにいえば、戦国時代末期の大航海時代という第一次グローバリゼーションの時代に南洋各地で日本人町を形成したが、帰国を禁止されて現地に同化していった日本人の子孫たちについても。


 (筆者撮影)


日本民族史の一環としての日本人海外移民

日本史は日本を舞台にした日本人の歴史だが、日本民族を主人公にした歴史もあるはずだ。

こんなことを考えるのは、わたしが大学でユダヤ史で卒論を書いたからかもしれない。

ユダヤ史とはユダヤ民族の歴史のことだ。ディアスポーラで全世界に散らばったユダヤ民族の歴史を扱えば、当然のことながら地球全体がカバー範囲となる。

また、アメリカ留学した際に、さまざまな日系人との交流があったことも、そういう思いにつながっているのかもしれない。サンフランシスコ、ロサンゼルスのリトルトーキョーも訪問した。留学先ではハワイや米本土、またブラジル出身の日系人とも多く交友した。東南アジアでもインドネシアで日系の家族と交友したこともある。

ミュージアムそのものには、苦労を含めてポジティブな面が強調されている。個々の移民たちは、さまざまな背景があったにせよ、みずからの主体的な選択で海外移民したことも事実である。

しかし、日本国家からみれば「移民は棄民であった」という歴史的事実から目をそむけてはならない。

また、日系人移民の歴史において、移住先においても沖縄出身者が差別されてきたということは、けっして目をそむけてはならない事実である。この事実から本土の沖縄に対する見えざる差別が浮かび上がってくるし、真の「日本民族」形成は、いまだ歴史的なプロセスのなかにあることもわかる。

このミュージアムを訪問したら、そのあと各自でいろいろ調べてみてほしいものだ。そういうキッカケとなってくれるといい。



(マイライブラリーから 東南アジアを中心にした日本人移民関連本)




まあ、そういうむずかしい話は別にして、移民史や海外移住には関心がなくても、戦前のモノに関心のある人は実物が展示されているのでレトロ感覚を味わうこともできるだろう。

とくに移住者の旅行カバンは実物資料として価値があるだけでなく、戦前の暮らしの一部をかいま見るようで好奇心を大いにそそられるものがある。


(海外移民たちの旅行カバン 筆者撮影)


いろんな意味で、ぜひまた再訪したいミュージアムである。みなさんんもぜひ一度は訪問してみてほしい。

これだけの内容充実したミュージアムが「入場無料!」というのも特筆すべきことなのだ。



<関連サイト>

海外移住資料館だより(過去10年分)

総理、日系アメリカ人に会いに行ってください  河野太郎・衆院議員に聞く(前編) 
日系人強制収容所を知らない日本人 河野太郎・衆院議員に聞く(後編)
(日経ビジネスオンライン 2013年11月27日・29日)



<ブログ内関連記事>

アメリカ大陸への移民

『ストロベリー・ロード 上下』(石川 好、早川書店、1988)を初めて読んでみた
・・戦後に伊豆大島からカリフォルニアに農業移民として渡航した著者の青春記

・・"神の国"を築くために集団で米国に移民として渡った(!)日本人キリスト教徒たち

早いもので米国留学に出発してから20年!-それは、アメリカ独立記念日(7月4日)の少し前のことだった


移住と移民

『移住・移民の世界地図』(ラッセル・キング、竹沢尚一郎・稲葉奈々子・高畑幸共訳、丸善出版,2011)で、グローバルな「人口移動」を空間的に把握する

書評 『この国を出よ』(大前研一/柳井 正、小学館、2010)-「やる気のある若者たち」への応援歌!

書評 『命のビザを繋いだ男-小辻節三とユダヤ難民-』(山田純大、NHK出版、2013)-忘れられた日本人がいまここに蘇える
・・「難民」という形での海外移住もある


若年層の過剰人口問題

書評 『民衆の大英帝国-近世イギリス社会とアメリカ移民-』(川北 稔、岩波現代文庫、2008 単行本初版 1990)-大英帝国はなぜ英国にとって必要だったのか?
・・英国は植民地に過剰人口を移住させた。その他の欧州諸国も同様

書評 『中東激変-石油とマネーが創る新世界地図-』(脇 祐三、日本経済新聞出版社、2008)
・・アラブ諸国に共通する人口急増と若年失業の構造問題

書評 『自爆する若者たち-人口学が警告する驚愕の未来-』(グナル・ハインゾーン、猪俣和夫訳、新潮選書、2008)-25歳以下の過剰な男子が生み出す「ユース・バルジ」問題で世界を読み解く
・・「しかるべきポジションをゲットできず居場所がない野心的な若者たち。過剰にあふれかえる彼らこそ、暴力やテロを生み出し、社会問題の根源となっている。これは現在だけでない、歴史的に見てもそうなのだ。「少子高齢化」ばかり耳にする現在の日本では考えにくい事態であるが、これが世界の現実だ。イデオロギーや主義も、しょせん跡付けの理由に過ぎない」

(2014年6月10日、7月25日、10月9日 情報追加)


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