「アタマの引き出し」は「雑学」ときわめて近い・・日本マクドナルド創業者・藤田田(ふじた・でん)に学ぶものとは?

◆「アタマの引き出し」つくりは "掛け算" だ : 「引き出し」 = Σ 「仕事」 × 「遊び」
◆酒は飲んでも飲まれるな! 本は読んでも読まれるな!◆ 
◆一に体験、二に読書、その体験を書いてみる、しゃべってみる!◆
◆「好きこそものの上手なれ!」◆

<旅先や出張先で本を読む。人を読む、モノを読む、自然を読む>
トについてのブログ
●「内向きバンザイ!」-「この国」日本こそ、もっとよく知ろう!●

■■ 「むかし富士山八号目の山小屋で働いていた」全5回 ■■
 総目次はここをクリック!
■■ 「成田山新勝寺 断食参籠(さんろう)修行(三泊四日)体験記 」全7回 ■■ 
 総目次はここをクリック!
■■ 「庄内平野と出羽三山への旅」 全12回+α - 「山伏修行体験塾」(二泊三日)を中心に ■■
 総目次はここをクリック!


「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!

「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!
ビジネス寄りでマネジメント関連の記事はこちら。その他の活動報告も。最新投稿は画像をクリック!



ご意見・ご感想・ご質問 ken@kensatoken.com にどうぞ。
お手数ですが、コピー&ペーストでお願いします。

© 2009~2026 禁無断転載!



ラベル 昭和時代 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 昭和時代 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2015年10月7日水曜日

レトロ感あふれる筒型の丸い郵便ポスト-これもまた「昭和遺産」


しばらく前のことだが、テレビを見ていたら、東京都小平市がレトロな郵便ポストの残る町と紹介されていた。

むかし大学時代に4年間も小平市に住んでいたのに気がつかなかったのは、30年前の当時は丸ポストが当たり前だったからかもしれない。

テレビ番組の説明によれば、住民が希望を表明すれば、丸ポストのままでOKなのだとか。

時代を超えて生き残っているノスタルジーあふれる物体のことを、わたしは勝手に「昭和遺産」と呼んでいるのだが、筒型の丸い郵便ポストもまた 「昭和遺産」 でありますね。

たしかに、作業効率のことを考えたら、投入口が二つある現在の郵便ポストのほうがいいのだろう。投函する側からみても投入口が大きいほうが便利である。

見た目からいったら、色といい形といいカニのようなタイプが現在では主流だが、このカニスタイルの郵便ポストが導入されたのは、なんといまから53年前の1962年のことらしい。昭和37年の導入ということになるのでずいぶん前から、筒型ポストは消え始めていたということになる。

現在のスタイルも昭和時代の産物なのだが、レトロ感がないのは不思議だ。機能性だけが重視された世界標準のスタイルのためだろうか。

人間は見慣れているものは当たり前とみなしがちだ。健康と同様、失ってみてはじめてその価値に気づく。

写真は千葉県佐倉市で昨年(2014年)に撮影したもの。城下町佐倉にはふさわしい。








<関連サイト>

丸いポストのまち こだいら (小平市ウェブサイト)



<ブログ内関連記事>

「移動図書館」-これもまたぜひ後世に遺したい戦後日本の「昭和遺産」だ!

これがバキュームカーだ!-下水道が整備される以前の「昭和遺産」である

駅の伝言板-これもまた「昭和遺産」だ!

電気をつかわないシンプルな機械(マシン)は美しい-手動式ポンプをひさびさに発見して思うこと

『貨物列車のひみつ』(PHP研究所編、PHP、2013)は、貨物列車好きにはたまらないビジュアル本だ!
・・貨物列車の最後尾に連結する「車掌車」もまた、いまや見ることのない「昭和遺産」なのである。

子どもの歌 「こんめえ馬」は「戦後民主主義」が生んだきわめて良質な遺産




(2012年7月3日発売の拙著です)










Clip to Evernote 


ケン・マネジメントのウェブサイトは
http://kensatoken.com です。

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!



end

2015年10月6日火曜日

駅の伝言板-これもまた「昭和遺産」だ!


駅の伝言板。掲示板。メッセージボード。

携帯(電話)なんて便利なものがこの世に存在しなかった頃、 「●時まで待ってま~す」なんて白いチョークによる書き込みがあったものだが、 いまはまったくの空欄状態となっている。

ごくたまに、「定期の落し物があります」という 駅員の書き込みを見ることもあるが、書き込みがない状態が日常化している。もしかすると伝言板じたい目に留める人もいないのかもしれない。

掲示板というものは、もともと物理的な「板」であったのですぞ。いまはネット上の仮想の掲示板のほうが当たり前になってしまったような気もするのだが。

時代を超えて生き残っているノスタルジーあふれる物体のことを、わたしは勝手に「昭和遺産」と呼んでいるのだが、駅の伝言板もまた 「昭和遺産」 でありますなあ。

伝言板そのものはオフィス内では現在でも使用されているが、公共スペースの駅では物体としては設置されているものの、使用されている痕跡はない。

はたして、いつまで生き残るのだろうか・・・







<ブログ内関連記事>

「移動図書館」-これもまたぜひ後世に遺したい戦後日本の「昭和遺産」だ!

これがバキュームカーだ!-下水道が整備される以前の「昭和遺産」である

電気をつかわないシンプルな機械(マシン)は美しい-手動式ポンプをひさびさに発見して思うこと

『貨物列車のひみつ』(PHP研究所編、PHP、2013)は、貨物列車好きにはたまらないビジュアル本だ!
・・貨物列車の最後尾に連結する「車掌車」もまた、いまや見ることのない「昭和遺産」なのである。

子どもの歌 「こんめえ馬」は「戦後民主主義」が生んだきわめて良質な遺産




(2012年7月3日発売の拙著です)










Clip to Evernote 


ケン・マネジメントのウェブサイトは
http://kensatoken.com です。

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!



end

2014年4月29日火曜日

「昭和の働く女性-夢と希望と困難と-」(昭和館・東京九段下)は、見る価値ある企画展-「昭和」に限定されているのがちょっと残念だが・・


本日(4月29日)は「昭和の日」で国民の休日。もともとは先帝陛下(=昭和天皇)の「天皇誕生日」として休日でありました。

わたくしも「昭和時代・後期」に生まれ育ったので、「昭和時代」はリアルタイムで体験しております。

とはいっても自分が生まれる前の「昭和時代・前期」は親や教師の話を聞いただけで実体験をもっているわけではありません。いまいちリアリティをもっておりません。「平成時代」も26年目なので、平成生まれの若い世代ならなおさらでありましょう。

先日、ようやく東京・九段の「昭和館」にいってみました。近くにいく用事があったので立ち寄った次第です。 

「昭和時代」、とくに「戦前」と「戦中」そして「戦後復興期」が常設展示の中心です。入場料は300円。平日でしたのでかなりすいてました。


たまたま、同時に開催されていたのが昭和館特別企画展の「昭和の働く女性 夢と希望と困難と」(入場無料)。会期は、2014年3月15日~5月11日)。これはたいへんよい企画展でした。

「戦前」と「戦中」そして「戦後復興期」が展示の中心になるのは昭和館の常設展示と同じですが、戦時下の「総動員体制」のもとで女性の社会進出が促進されたことがよく理解できる内容になっています。

徴兵制のもと男が出征して不在となった労働現場に、代替労働力として女性が活用されたことによって、社会進出が進展したというわけですね。男子が大量に戦死し、男女比率が極端に隔たってしまった戦後ソ連も同じ状況でありました。

その後、戦後の「高度成長期」に「専業主婦」という形態が一般化したことは最近では一般的な知識になってきたと思いますが、基本的に日本女性は有史以来、一貫して働いてきたわけです。

戦争によってファッションなどライフスタイル変革が中断してしまったのは残念ですが、ワーク(労働)にかんしては戦時中の総動員体制のもとでかえって女性の社会進出が進展したということは記憶しておくべきことだと思います。

組織人事からビジネスキャリアを開始し、しかも「男女雇用機会均等法」施行一年前にその研究を命じられたということもある「均等法世代」のわたくしにとっては、大いに関心のある内容の企画展でありました。

「戦時中」の勤労動員については常設展もあわせて見るとよいでしょう。勤労動員で旋盤の前で働く女学生の写真はけっこうインパクトありますね。常設展で勤労奉仕の女学生たちの写真をみると、なんと工作機械や溶接作業までそこまでやっていたのかというオドロキも!

「昭和の働く女性-夢と希望と困難と-」(昭和館・東京九段下)-「昭和」に限定されているのがちょっと残念ですが、ぜひ見ておく価値のある企画展です。会期は、2014年3月15日から5月11日まで。




<企画展概要>

特別企画展 「夢と希望と困難と~昭和の働く女性~」
開催期間:  3月15日(土)~5月11日(日)まで
 ※月曜日休館(4月28日(月)、5月5日(月)は開館)、5月6日(火)は 開館、5月7日(水)は休館
時間: 10:00~5:30(入館は5:00まで)
場所:  昭和館3階(東京都千代田区九段南1-6-1)
地下鉄「九段下」駅4番出口から徒歩1分
入場料 : 無料(常設展示室は有料)





<参考>

『モダンガール論』(斎藤美奈子、文春文庫、2003)の単行本初版(2000年)は、副題に「女の子には出世の道が二つある」とあった。

立派な職業人になることと、立派な家庭人になること。職業的な達成(労働市場で自分を高く売ること)と家庭的な幸福(結婚市場で自分を高く売ること)は、女性の場合、どっちも「出世」なのである。したがって、女の子はいつも「二つの出世の道」の間で揺れてきた(単行本 P.8)

なお、『モダンガール論』(斎藤美奈子)でも指摘されているが、「良妻賢母」は前近代のものではないのだ。あくまでも「近代イデオロギー」の産物だということには注意しておく必要がある。「良妻賢母主義」を国是とすべしと提唱したのは、伊藤博文内閣で初代文部大臣となった森有礼である(1885年)。






<関連サイト>

フォトレポート 来館者から「戦中、戦後の女性の力強さを感じることができた」との声も。「夢と希望と困難と~昭和の働く女性~」特別企画展開催中。(厚生労働省)

昭和館 公式サイト


<ブログ内関連記事>

日本が「近代化」に邁進した明治時代初期、アメリカで教育を受けた元祖「帰国子女」たちが日本帰国後に体験した苦悩と苦闘-津田梅子と大山捨松について

NHKの連続テレビ小説 『カーネーション』が面白い-商売のなんたるかを終えてくれる番組だ

『聡明な女は料理がうまい』(桐島洋子、文春文庫、1990 単行本初版 1976) は、明確な思想をもった実用書だ


「移動図書館」-これもまたぜひ後世に遺したい戦後日本の「昭和遺産」だ!

電気をつかわないシンプルな機械(マシン)は美しい-手動式ポンプをひさびさに発見して思うこと

これがバキュームカーだ!-下水道が整備される以前の「昭和遺産」である

書評 『村から工場へ-東南アジア女性の近代化経験-』(平井京之介、NTT出版、2011)-タイ北部の工業団地でのフィールドワークの記録が面白い





(2012年7月3日発売の拙著です)






Clip to Evernote 


ケン・マネジメントのウェブサイトは
http://kensatoken.com です。

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!



end

2013年6月7日金曜日

「移動図書館」-これもまたぜひ後世に遺したい戦後日本の「昭和遺産」だ!


先日のことですが、用事があって訪問した先からもよりの駅まで歩いて戻っているとき、千葉県船橋市の住宅街のなかで停車している「移動図書館」を見ました。

ああ、いまでも移動図書館ってあるんだな~、と。

都心だと昼食の移動販売車や献血車はよく見ますが、移動図書館は見ないですねえ。移動図書館はいまでは地方都市や図書館へのアクセスがむずかしい地域などでは見られるようです。

この日も小さな子どもと一緒のお母さん方がたくさん集まってました。読み聞かせ用の絵本を借りるのかな?

移動図書館って、なんだか日本の戦後民主主義を象徴するようなシステムのような気がする。子どもの頃、東京都三鷹市に住んでいましたが、教育内容で有名だった明星学園や移動図書館の存在が、わたしの場合、「戦後民主主義」という連想と結びついて記憶されているのかもしれません。

wikipedia などで調べてみると、移動図書館(bookmobile あるいは mobile library)は19世紀なかばの英国だそうだ。その頃はもちろん馬車であったらしい。その後、米国やドイツなどでも定着したのだと。

そういえば移動図書館ではないが、リヤカーに本をたくさんつんで移動販売する行商人のシーンが、アイザク・バシェヴィス・シンガー原作でバーブラ・ストライサンド主演監督製作の映画『愛のイエントル』(1983年)に登場していたことを思い出しました。舞台設定は20世紀初頭、ポーランドのユダヤ人居住区でありました。

移動図書館が日本で普及が始まったのは敗戦後の1948年(昭和23年)、やはり「戦後」だったのですね。自動車の普及がはじまったのは戦後になってからですからね。

移動販売車については、ホットドッグやクレープなど都市部の飲食関連と除けば、ほかの国では見た記憶がありません。日本ではいまでもよくみる野菜の移動販売車は、タイのバンコクの路地裏で見たことがありますが・・・。

日本でも移動図書館はあまり見なくなりましたが、その理由は、電子図書化が進んでいるという理由よりも、wikipedia情報によれば、地方財政問題が背景にあるようです。また、ディーゼル規制に対応できないため廃車となり、移動図書館そのものもなくなっているケースも少なくないのだとか。

だが、発展途上国ではまだまだニーズが高く、日本の移動図書館はそういった国々では活躍しているらしい。よろこばしいことですね。海外で、日本でつかわれていた中古自動車や中古の鉄道車両が現役で活躍しているのに出合うとうれしいものですよね。

日本でも「3-11」の大津波の被害にあった地域では、移動図書館が活躍しているという話を聞いたこともあります。

こういういい制度はまだまだ長生きしてほしいものだと思います。やはり、本は本の形をしているほうがいい。とくに子どもたちのためには。



PS 東日本大震災の被災地で復興に貢献する「移動図書館」!

『走れ!移動図書館-本でよりそう復興支援-』(鎌倉幸子、ちくまプリマー新書、2014)

形ある本をつうじての復興支援! (2014年3月17日 記す)





<ブログ内関連記事>

これがバキュームカーだ!-下水道が整備される以前の「昭和遺産」である

電気をつかわないシンプルな機械(マシン)は美しい-手動式ポンプをひさびさに発見して思うこと

本の紹介 『ユダヤ感覚を盗め!-世界の中で、どう生き残るか-』(ハルペン・ジャック、徳間書店、1987)・・映画『愛のイエントル』について書いてある





(2012年7月3日発売の拙著です)





Clip to Evernote 


ケン・マネジメントのウェブサイトは
http://kensatoken.com です。

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。



end

2013年1月21日月曜日

これがバキュームカーだ!-下水道が整備される以前の「昭和遺産」である




「汲み取り」といっても最近の若い人はわからないだろうなあ。

下水道が完備している現在は想像もつかないだろうが、むかしは水洗トイレなどなかったのだ。サラリーマン川柳の名作に、「このオレに温かいのは便座だけ」というのがあるが、温水のでるウォシュレットなど想像しようもなかった。

水洗トイレなどないから、たまった汚物は汲み取りが行われないと貯蔵タンクは満杯になってしまう。

原発問題にかんして、原発廃棄物の処理が問題になるが、「トイレのないマンション」のようなものだという比喩がつかわれるが、より正確にいえば「汲み取りがこないトイレのあるマンション」、あるいは、「汲み取っても捨てるところのない自治体」といったほうがいいのではないかと思う。

すくなくとも、わたしが小学生の頃は、東京都の郊外ではまだ水洗トイレというものはほとんど普及していなかったエアコンもなかったが、水洗トイレもなかったのだ。

『三丁目の夕日』という映画が流行ったそうだが、バキュームカーは登場しているのかな? 昭和30年代をノスタルジーにひたるほど老けているわけではないので、べつに見たいとは思わなかった映画だが。

昭和30年代から40年代にかけて、つまり1950年代後半から1970年頃までの日本を体感したかったら、東南アジアにいくのがいいだろう。

そんなふうにいつも思っているのだが、先日ひさびさにバキュームカーを目撃して、さっそく写真に収めることができた。

バキュームカーは、下水道が整備される以前の「昭和時代」の遺産である。世界遺産かどうかは別にして、せめて日本の社会遺産として「昭和遺産」の認定をしてあげたい。すべてを廃車にしてしまわないで、保存していただきたいものだ。

小学生の頃は、「バッキュームカー」とガキどもは言っていたが、「バッキューム」が何を意味するのかかはまったく知らなかった。意味を知ったのは高校生になってからだろう。

バキュームとは真空のことだ。vacuum である。人為的に真空をつくりだすことによって気体や液体を吸い込む実験は、学校の理科で体験したことはあるだろう。

強力な吸引力で吸い上げる比喩として「バキューム」というコトバがつかわれることがあるが、ほんとうはただしくないことは、それでわかっていただけるだろう。


wikipedia で調べてみると、バキュームカーは和製英語のようだ。英語では、cesspool emptier というようだ。説明文の冒頭はこうなっている。 

A cesspool emptier is a vacuum truck which removes contaminated water from hollows such as cesspools and sewage tanks and carries it to a disposal point.

あえて訳さないが、バキュームカーの説明そのものである。

ところで、親の世代では「昭和時代」であっても、「昭和初期」には、このバキュームカーすらなかったようだ。農家が肥料としてつかうためリヤカーに桶をつんでし尿を買いにきたらしい。だから、野菜に寄生虫がついているのは当たり前だったということ。

いまのような無菌生活では考えられないような話だろうが、人間がひ弱ではなかったということでもあるわけだ。もちろん、対策はしっかりとられていたということでもある。

駐車場にとまったバキュームカーを見て、「昭和も遠くなりにけり」、と思ったのであった。



PS. ちょろっと調べてみたら、タカラトミーから「昭和レトロ」シリーズとして、バキュームカーのチョロQが発売されている。さがせばあるものだなあ、と。アマゾンで購入できます。






<ブログ内関連記事>

電気をつかわないシンプルな機械(マシン)は美しい-手動式ポンプをひさびさに発見して思うこと
・・これまた「昭和レトロ」というか、「大正ロマン」というか「明治時代」か?

このオレに温かいのは便座だけ (サラリーマン川柳より)
・・こんなこと「昭和時代」にはありえなかったなあ

「ポルシェのトラクター」 を見たことがありますか?
・・こちらはドイツでは現役だ




(2012年7月3日発売の拙著です)





Clip to Evernote 


ケン・マネジメントのウェブサイトは
http://kensatoken.com です。

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。



end

2011年12月23日金曜日

書評 『東條英機 処刑の日-アメリカが天皇明仁に刻んだ「死の暗号」-』(猪瀬直樹、文春文庫、2011 単行本初版 2009)-精神の深いレベルで傷を抱えている日本と日本人を象徴する天皇陛下


「12月23日の天皇誕生日-1948年(昭和23年)のこの日、東條英機の処刑が執行された・・・

昭和天皇が崩御されてから、昭和時代の「天皇誕生日」は「みどりの日」となって国民の祝日として存続することとなった。

崩御から19年たった2007年(平成19年)には「昭和の日」と改名されて現在にいたっている。

現在の天皇誕生日は、本日12月23日である。

1948年(昭和23年)12月23日は、当時は皇太子であった明仁親王の15歳の誕生日であったが、その同じ日に占領軍によって東條英機をはじめとするA級戦犯たちに絞首刑が執行された・・・。東條英機は昭和天皇の身代わりとなったのであった。

なんという一致であることか。いや、しかしこれは偶然の一致ではない。アメリカ占領軍が、いや端的にいえばマッカーサーが日本占領の歴史に刻み込んだ「死の暗号」なのだ! 

猪瀬直樹は、じつにおそるべき事実を発見したのである。多感な少年時代にこの事実を知った、ただ一人を例外として、誰もが気がつかなかったこの事実を。

本書は、猪瀬直樹の作品系列のなかでは、『昭和16年夏の敗戦』『黒船の世紀』につづくアメリカもの三部作の最後にあたるものだ。本書では、より作者が内容に深く関与するドキュメンタリー・スタイルのノンフィクションになっているのは、著者自身もそのなかで生きてきた現代史そのものであるからだろう。

幕末に太平の夢を醒まされ、力づくに開国を迫られたうえに弱肉強食の近代世界に放り込まれた日本。そして、「黒船」コンプレックスを精神の深層にわだかまらせてきた日本人

第二次大戦における敗戦によって、さらに精神の深いレベルで傷を抱えることになっているのに、あたかも何もないかのように振る舞い続けてきた日本人。しかし、それにはおのずから限界というものがある。

3-11後」となり、長く続いた「戦後」という時代が終わったと言いつつも、じつはまだ「黒船」に余儀なくされた開国も、完膚なきまきまでの敗戦による占領も、長く尾を引き続けていることを、あらためて感じざるを得ないのである。

だがその事実を知ったところで、いったいどうしたらいいというのだろうか? 著者はあえて答えを書かずに、読者一人一人の課題として突きつけている。

本書は、日本人に問いかける本である。なぜ著者が東京副知事という多忙な職に就いていながらこの本を書き上げなくてはならないと思ったのか、それは最後まで読めばおのずから感じとることができるだろう。

何よりもまず、日本人は日本の歴史を過去から現在にいたる連続体として捉えなくては、けっして前に進むことはできないのである。事実を知ることそのものが大事なのだ。

だから本書を読むことを、「昭和時代」を知らない若い世代にはとくに勧めたいと思う。



<初出情報>

■bk1書評「12月23日の天皇誕生日-1948年(昭和23)のこの日、東條英機の処刑が執行された・・・」投稿掲載(2011年12月22日)
■amazon書評「12月23日の天皇誕生日-1948年(昭和23)のこの日、東條英機の処刑が執行された」投稿掲載(2011年12月22日)





目 次

プロローグ
第1章 子爵夫人
第2章 奥日光の暗雲
第3章 アメリカ人
第4章 天皇の密約
第5章 四月二十九日の誕生日
第6章 退位せず
終章 十二月二十三日の十字架
文庫版のためのあとがき
参考文献
解説: 梯(かけはし)久美子


著者プロフィール

猪瀬直樹(いのせ・なおき)

作家。1946年、長野県生まれ。『ミカドの肖像』(1986年)で大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『日本国の研究』(1997年。文藝春秋読者賞受賞)は、政界の利権、腐敗、官僚支配の問題を鋭く突き、小泉純一郎首相から行革断行評議会委員、道路公団民営化推進委員に任命される契機ともなった。東京工業大学特任教授など幅広い領域で活躍。2007年6月、東京都副知事に就任(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<書評への付記>


2008年に出版された単行本の原題は『ジミーの誕生日-アメリカが天皇明仁に刻んだ「死の暗号」ー』(文藝春秋社、2008)であった。

今回の文庫版では、副題はそのままにタイトルが『東條英機処刑の日』に変更された。「ジミーの誕生日」ではいまいちピンとこないためであろう。

ジミーとは、敗戦後の日本で皇太子(当時、現在の明仁天皇)につけられた英語教師ヴァイニング夫人が命名したイングリッシュ・ネームである。

キリスト教プロテスタント派のひとつであるクエーカーであったヴァイニング夫人が皇室に招かれた背景には、昭和天皇自身のつよい意向があったといわれている。当時の昭和天皇は、皇室の存続のためには、たとえキリスト教であろうが取り込むという、なりふり構わぬ・・・・を・・・・していたのだった。

本書は、ある子爵夫人の日記に記された「ジミーの誕生日」に関する記述から始まる。

その日記の一節のもつ謎にとりつかれたのは、子爵夫人の孫にあたる女性だが、この子爵夫人が誰であるか本文では明記されない。だが、読みすすめているうちに、分かるひとには分かってくるはずである。GHQにいて憲法起草にも関与したケーディス大佐との不倫で有名になった人のことである。ヒントは参考文献のなかにあるといっておこう。

本書によれば、アメリカ占領軍は、完璧なまでに日付に意味を込めていたことが明らかになる(P.252)。

天皇誕生日の12月23日は、東條英機らA級戦犯7人が絞首刑になった日であるだけでなく、昭和天皇誕生日の4月29日は、A級戦犯の28人が起訴された日、「憲法記念日」の5月3日は、「東京裁判」の開廷日であったのだ。

猪瀬直樹によって指摘されるまで、日付に仕込まれた暗合にはまったく気がつくことのなかった多くの日本人。わたしもその一人であった。

12月23日の翌日24日はクリスマスイブ、そして25日はクリスマスだ。今年2011年はたまたま三連休となるが、この本を読んだら、これから毎年12月23日が来るたびに、米国が仕込んだ刻印について思い出すことになるのではないか。

それがもし自分の誕生日であったなら、ましてや意図的に自分の誕生日にあわせて自分の父親の身代わりとして処刑された人がいたというのなら・・・。

今上天皇陛下(=明仁天皇)の御心を忖度(そんたく)するわけにはいかないが、文庫版の解説でノンフィクション作家の梯(かけはし)久美子氏が書いているように、「先の大戦」で死者となったすべての人たちの鎮魂をライフワークとされている天皇皇后両陛下の動機がいかなるものであるかを考えるひとつのヒントになるのかもしれない。

なお、梯久美子氏は、クリント・イーストウッドが監督し、渡辺謙が主役として栗林忠道陸軍中将を演じたハリウッド映画『硫黄島からの手紙』(2006年)の原作者である。

知米派の将軍であった栗林忠道の伝記は、『散るぞ悲しき-硫黄島総指揮官・栗林忠道-』(新潮社、2006年)として出版された。現在では文庫版としてロングセラーを続けている。







<ブログ内関連記事>


猪瀬直樹の「日米関係三部作」

書評 『昭和16年夏の敗戦』(猪瀬直樹、中公文庫、2010、単行本初版 1983)-いまから70年前の1941年8月16日、日本はすでに敗れていた!

書評 『黒船の世紀 上下-あの頃、アメリカは仮想敵国だった-』 (猪瀬直樹、中公文庫、2011 単行本初版 1993)
・・猪瀬直樹による必読の名著。


黒船コンプレックス

『日本がアメリカを赦す日』(岸田秀、文春文庫、2004)-「原爆についての謝罪」があれば、お互いに誤解に充ち満ちたねじれた日米関係のとげの多くは解消するか?


日本の敗戦と極東軍事裁判

書評 『松井石根と南京事件の真実』(早坂 隆、文春新書、2011)
・・A級戦犯として処刑された悲運の将軍の生涯

書評 『アメリカに問う大東亜戦争の責任』(長谷川 煕、朝日新書、2007)

「日本のいちばん長い日」(1945年8月15日)に思ったこと

(2016年7月16日 情報追加)



(2022年12月23日発売の拙著です)

(2022年6月24日発売の拙著です)

(2021年11月19日発売の拙著です)


(2021年10月22日発売の拙著です)

 
 (2020年12月18日発売の拙著です)


(2020年5月28日発売の拙著です)


 
(2019年4月27日発売の拙著です)



(2017年5月18日発売の拙著です)

(2012年7月3日発売の拙著です)


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end