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2025年1月15日水曜日

『超訳 自省録』の韓国語版がついに出版(2024年12月)ー 韓国語版の校正はテクノロジーの進歩で可能となった!

 (ソウルの「教保文庫カンナム店にて 禁無断転載)


『超訳 自省録』の韓国語版がついに出版された。タイトルは、『초역 명상록』(超訳冥想録)。ハングルをあえてカタカナで表記すれば、「チョヨク ミョンソンロク」となる。

原本は、2021年発売の『超訳 自省録エッセンシャル版』(ディスカヴァー社)。現地での出版日は、昨年2024年の12月15日。1ヶ月遅れでサンプルが権利関係いっさいを仕切っている日本の版元を経由して送られてきた。 

 当初の出版予定日は2024年9月であり、しかも当初の韓国語版のタイトルは『초역 자성록(超訳 自省録)』であった。「チョヨク チャソンロク」である。

どうやら、『自省録』の韓国版は多数あるので、差異化を図るため『冥想録』に変更したようだ。日本でも、明治時代には『冥想録』として流通していたから、とくに問題はない。

韓国においては、16世紀の李朝朝鮮時代の儒者で1000ウォン札に肖像画のある李退渓(イ・テゲ)に『自省録』があるので、混乱を避けることもあるのかもしれない。ちなみに、李退渓(イ・テゲ)の『自省録』は日本語訳され、平凡社東洋文庫から刊行されている。


(李退渓の『自省録』 画像をクリック!


ようやく韓国での出版が実現することになった。韓国語版は、これが人生初となる。

『ビジネスパーソンのための近現代史の読み方』(ディスカヴァー社、2017年)の韓国語版は、残念ながら途中で立ち消えになってしまったからだ。

ちなみに、台湾で発売された『超譯沉思錄』(方舟文化、2020年)は、単行本版の『超訳自省録』の中文繁体字版だ。 

これで『超訳自省録』は、台湾版につづいて韓国版も登場翻訳された拙著は、これで総計3冊(台湾2冊、韓国1冊)となった。



■韓国語版の校正はテクノロジーの進歩で可能に。「自分史」における韓国語との取り組みについて

韓国語版の校正を開始したのは、昨年7月31日のことだ。韓国語で書かれた文章の内容をチェックする必要が生じたわけだが、仕事でかかわるのは20年ぶりくらいかな? 

韓国語は、語順が日本語とほぼおなじだし、初級文法はいちおう自学自習した(つもりな)ので、韓国語の文章を「自動翻訳」にかければ、だいたいのところは理解できる「自動翻訳」のおかげで、著者本人による韓国語版の校正が可能となったわけだ。

韓国語版の校正段階で日本側の窓口をつうじて何度もやりとりをしたが、それにしても、同音異義語の多い韓国語はややこしい。漢字語の読みは、日本語と違って韓国語では1通りしかないのだが、ほぼ漢字を廃絶してしまった現在、ハングル表記の漢字熟語は文脈のなかで判断しないと正確に理解できないのだ。

とはいえ、ケンチャナヨ~(=ドンマイ)と済まさせるわけにはいかない。日本人として「職人意識」が目覚めてくるのでね。日本語の訳にしっくりこなければ、英語に訳してみる。そうすれば、だいたい近似値を得ることができる。逆もまたしかり。 

特定の外国語に精通しているわけではない者にとって、テクノロジーの進歩はじつにありがたい。それにしても、いい時代になったものだと思う。テクノロジーの進歩には感謝(カムサ)ハムニダ!

というわけで、韓国語版の「はじめに」は、かなりローカライズした内容に書き換えることが可能となったわけだ。


(1994年前期のテキスト マイコレクションより)


そんなこともあって、その昔に自学自習した『NHKラジオ アンニョンハシムニカ? ハングル講座』のテキストをコンテナ倉庫(ストレージ)から引っ張り出してきた。 

1994年の放送である。もう30年も前になるのか。当時は「韓流ブーム」など存在すらなかった。K-POPS なるものも存在しなかった。 

ラジオの語学講座の利点は、ちゃんと勉強できるということにある。テレビの語学講座は「お遊戯」のようなものなので、語学に親しむにはいいが、腰を据えて自学自習する人には向いてない。 

当時の『NHKラジオ アンニョンハシムニカ? ハングル講座』の講師は、慶應義塾大学の渡辺キルヨン先生。4月から9月まで半年間の講座。 


(1994年前期のテキスト マイコレクションより)


なんといっても、この先生が良かったのは、韓国語を母語としていて、しかも日本語に堪能なだけでなく、講座が開講されていた1990年初頭に流行していた韓国の歌を毎週取り上げてくれたことだ。 


(1994年前期のテキスト マイコレクションより)


これが縁でファンになった韓国の歌手は3人いる。カン・スジ や シン・スンフン、そしてユン・ジョンシンなど。いずれも1960年代生まれで、わたしと世代の近い人たちだ。

韓国社会は、1988年のソウルオリンピックを境に劇的に変化していったのだった。 

そんなラジオ講座のテキストだが、あらためて眺めてみると、かなり韓国語については忘れてしまっていることに気がつく。

漢字語はハングルで表記されていても理解できるが、それ以外の固有語や細かい文法はかなり、いや、ほとんど忘れている。 韓国語は、ちゃんと勉強し直そうかな? 

さすがに、いまから語学で飯を食おうなどとは思わないが、初級文法くらいは復習しておきたいものだ。 


■韓国の書店で「平積み」!

さて、韓国語版の『超訳自省録』の話題に戻るが、韓国側の出版社からリアル書店の店頭に「平積み」になっている「『超訳 自省録』の韓国語版」の写真を送付していただいた。リクエストに応えていただき、感謝ハムニダ! 


(禁無断転載)


撮影場所は、ソウルの「教保文庫」(キョボムンゴ)の江南店にて。「教保文庫」は韓国最大の書店チェーン江南(カンナム)は、東京でいえば港区のような存在江南店は、韓国最大の売り場面積の大型書店である。日本でいえば、丸善ジュンク堂書店のようなもの。

撮影日は、昨日(2025年1月14日)午後のことだが、昨年12月3日に「戒厳令」が発令され、「大統領による上からのクーデター」が不発に終わってから1ヶ月後になる。

本日(2025年1月15日)には、現職の大統領が拘束されるなど、政治の混乱状態がつづいているが、ソウルの書店のなかの空間はいたって平穏なようだ。 

瞬間的に熱くなる傾向のある韓国の人たちも、書店のなかでは平静を取り戻すことができるのだろう。まさに本のもつ効用、さらにいえばストア派の古典のもつ効用といえるのかもしれない。

韓国最新情報でした。いや、正確にいえば、韓国の書店と書籍情報でした。 


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2010年8月25日水曜日

書評『ヒトラーの秘密図書館』(ティモシー・ライバック、赤根洋子訳、文藝春秋、2010)ー「独学者」ヒトラーの「多読術」




独学者ヒトラーの「多読術」。蔵書によって知るヒトラーの精神形成と蔵書の運命

 本好きの人間がよそのお宅にお邪魔したとき、まず目に跳び込んでくるのが、その家の住人の書棚であり蔵書である。

 どんな本を持っているのか、どんな本を読んでいるのかが非常に気になるのだ。そして一瞬にして直感的に掴んでしまう。あえて、その話題をクチにすることはないとしても。

 なぜなら、個人の蔵書を見ることは、その人の頭の中身を知ることに等しいからだ。

 人は蔵書によって、頭の中身をハダカでさらしているようなものだ。本の選択によって、趣味もセンスもすべてが露わになってしまう。

 よっぽどのことがない限り、自分の蔵書は人には見せたくないし、見られたくないという気持ちが働く。だから、著名人の本棚拝見という雑誌企画は、いつの時代でもかならず一定量の読者を確保するのである。

 さて、本書『ヒトラーの秘密図書館』(ティモシー・ライバック、赤根洋子訳、文藝春秋、2010)によれば、独裁者アドルフ・ヒトラーは読書家であった予想以上に多読家であり、しかも自らの蔵書票(ex libris:右下の写真)まで作成していた蔵書家であった。そしてまた、口述筆記ではあるが自ら本を書いて出版した人でもある。『わが闘争』(マイン・カンプ)である。


 多読家のヒトラーは、毎晩数時間を読書の時間にあて、ときには明け方まで読書にいそしんでいたという。 

 分厚いハードカバーに下線を引き、ときには欄外に書き込みを残しながら勉強する生活習慣。

 この習慣は、第一次大戦に志願して出征し、復員して政治運動に関わるようになって以来、ベルリン陥落によって自殺する直前まで続いていたらしい。

 高等教育を受ける機会に恵まれなかったヒトラーは、身につけた知識を読書によってさらに確実なものとし、独学によって自分を作り上げた人であることが本書を読むと手に取るように理解できる。

 独裁者は「独学者」であった(!)のだ。

 「ヒトラーは読書というプロセスを、自分がもともと抱いている観念という「モザイク」を完成させるための「石」を集めるプロセスにたとえている」(P. 190)、つまりヒトラーは自分の考えを補強するために本を読み、自分に必要な知識と考えを取り入れては、自分の考えを補強し増強し、その結果、多くの人たちが証言しているように、バツグンの記憶力を誇っていたらしい。

 ただし、ヒトラーの抱いていた考えが、すべて正しいものであったとはとてもいえないのは、本の選択をみれば自ずから理解できる。

 本書は、米国人の歴史家が、米議会図書館から発掘された、現在所在が明かなヒトラーの旧蔵書(・・残念ながら蔵書全体の1割程度に過ぎない)の一点一点について、実際に実物を手にとって調べ、ヒトラーの伝記的事実とを詳細に照合するという、地道な精密な作業のうえにたって検証した労作である。

 取り上げられた本は以下のとおりである。『ベルリン』(マックス・オスボルン)、『戯曲ペール・ギュント』(ディートリヒ・エッカート)、『我が闘争』第三巻(アドルフ・ヒトラー)、『偉大な人種の消滅』(マディソン・グラント)、『ドイツ論』(ポール・ド・ラガルド)、『国家社会主義の基礎』(アロイス・フーダル)、『世界の法則』(マクシミリアン・リーデル)、『シュリーフェン』(フーゴ・ロクス)、『大陸の戦争におけるアメリカ』(スヴェン・ヘディン)、『フリードリヒ大王』(トマス・カーライル)。

 著者は、本書を構想し、執筆するにあたって、ドイツ系ユダヤ人の文芸評論家ヴァルター・ベンヤミンの「蔵書の荷解きをする」というエッセイを導きのカギにしている。ナチスドイツによって死に追いやられるという運命をたどるベンヤミンであるが、ヒトラーとベンヤミンという取り合わせは著者ならではのものである。感想はいろいろあるだろうが。

 ベンヤミンが引用している「本にはその本自身の運命がある」(habent sua fata libelli)というラテン語の警句は、蔵書の運命がその持ち主の運命と深いかかわりをもっている事を示している。ベンヤミンとその蔵書も、ヒトラーとその蔵書も、その後それぞれの運命をたどることになる。

 知的好奇心を大いに刺激される歴史ノンフィクション作品、本好きな人間にはとくにすすめたい。



<初出情報>

■bk1書評「独学者ヒトラーの「多読術」。蔵書によって知るヒトラーの精神形成と蔵書の運命」投稿掲載(2010年8月23日)

*再録にあたって、字句の一部を修正と加筆を行った。


画像をクリック!



<書評への付記>

 原書は、Ryback,Timothy W., HITLER’S PRIVATE LIBRARY: THE BOOKS THAT SHAPED HIS LIFE, 2008 


目 次

BOOK ONE 芸術家の夢の名残-マックス・オスボルン『ベルリン』
 第一次大戦の激戦下、勤勉な働きをみせていた伝令兵。彼の楽しみは、休暇に首都ベルリンを観光することだった。
BOOK TWO 反ユダヤ思想との邂逅-ディートリヒ・エッカート『戯曲ペール・ギュント』
 敗戦の混乱のなかで、元伍長は自分を導く師に出会った。そして師も、彼に眠っていた扇動の才能に魅入られていった。
BOOK THREE 封印された『我が闘争』第三巻-アドルフ・ヒトラー『我が闘争』第三巻
 「あの本が出版されなくてよかった」後に彼は側近に語る。出版社の金庫にしまいこまれたまま、それは忘れ去られた。
BOOK FOUR ユダヤ人絶滅計画の原点-マディソン・グラント『偉大な人種の消滅』
 アメリカを移民制限に導いたその書は、彼の『聖書』となり、ナチスが政権をとると、ユダヤ人の根絶計画の礎となった。
BOOK FIVE 総統の座右の思想書-ポール・ド・ラガルド『ドイツ論』
 「本当は、ニーチェはあまり好きではないのです」では誰が、彼の思想の源となり、ナチスドイツの原則となったのか。
BOOK SIX ヴァチカンのナチス分断工作の書-アロイス・フーダル『国家社会主義の基礎』
 キリスト教への弾圧を続けるナチス。彼らと反共で手を結べると信じた司教は一書をしたため彼に献じたが。
BOOK SEVEN オカルト本にのめりこむ-マクシミリアン・リーデル『世界の法則
 天才のなすことに理由は要らない――。オカルト本の主張に背を押されるようにして、彼はポーランド攻撃を命じた。
BOOK EIGHT 参謀は、将軍よりも軍事年鑑-フーゴ・ロクス『シュリーフェン』
 彼の蔵書の半数7000冊は、軍事に関わるものだった。詰め込んだ知識で彼は対立する将軍たちと渡り合おうとする。
BOOK NINE 老冒険家との親密な交友―スヴェン・ヘディン『大陸の戦争におけるアメリカ』
 彼にとって生涯の英雄だった探検家ヘディン。目下の戦争のさなかドイツを擁護する書を世に問い、彼を感激させる。
BOOK TEN 奇跡は起きなかった-トマス・カーライル『フリードリヒ大王』
 ベルリン陥落前夜、彼はかつてのプロイセン王に身を重ねる。敵国の女王が死に、からくも救われた奇跡の大王に。


 個人蔵書をみれば、その人物のひととなり、少なくともアタマの中身はだいたい想像できるものだ。
 アナール派歴史学の歴史家に、修道院の蔵書から、中世の精神世界を再構築する研究もあると聞いたことがある。論文のタイトルと執筆者がわからないのだが。

 ヒトラーもまた然り。ただ蔵書はドイツ敗戦の際に占領軍兵士たちによって戦利品として持ち去られsんいつしてしまったというのは残念。約1割が米議会図書館に手つかずのまま残されていたという。その蔵書をベースに、著者は徹底的な分析を行ったうえで、この実に面白い歴史ノンフィクションに仕立て上げた。

 ヒトラーという大悪のアタマのなかを、善悪の彼岸にて、脳外科医がメスで切開するようにオペをする。こういう科学的分析法が本書の魅力である。

 本書は、実用書として読むという読み方も可能だ。「多読術」実践編として。

 原書は見ていないが、日本語版は本文に挿入された写真のデザインが素晴らしい。
 グラフィック的にもよくできた本である。何よりも本の現物を写真ではあれ見ることができるのはうれしいものだ。


<ブログ内関連記事>

「蔵書」とライブラリー関連

『随筆 本が崩れる』 の著者・草森紳一氏の蔵書のことなど
・・一橋大学の藤井名誉教授の蔵書処分の件について、私の大学時代のアルバイト体験も記してある

書籍管理の"3R"
・・本はたまるもの。どうやって整理するべきか。蔵書印の是非についても。

書評 『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』(ウンベルト・エーコ、ジャン=クロード・カリエール、工藤妙子訳、阪急コミュニケーションズ2010)-活版印刷発明以来、駄本は無数に出版されてきたのだ

書評 『松丸本舗主義-奇蹟の本屋、3年間の挑戦。』(松岡正剛、青幻舎、2012)-3年間の活動を終えた「松丸本舗」を振り返る

『ちょっと本気な 千夜千冊 虎の巻-読書術免許皆伝-』(松岡正剛、求龍堂、2007)で読む、本を読むことの意味と方法


■独学と独学者

書評 『独学の精神』(前田英樹、ちくま新書、2009)-「日本人」として生まれた者が「人」として生きるとはどういうことか

書評 『ことばの哲学 関口存男のこと』(池内紀、青土社、2010)-言語哲学の迷路に踏み込んでしまったドイツ語文法学者


ヒトラー関連

書評 『ヒトラーのウィーン』(中島義道、新潮社、2012)-独裁者ヒトラーにとっての「ウィーン愛憎」

「ワーグナー生誕200年」(2013年5月22日)に際してつれづれに思うこと

(2015年10月15日 情報追加)


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2010年7月30日金曜日

書評『独学の精神』(前田英樹、ちくま新書、2009)ー「日本人」として生まれた者が「人」として生きるとはどういうことか




日本人として生まれた者が人として生きるとはどういうことか、身にしみて考えるために

 自分の身ひとつを通じて、自らの意思によって、自分の身ひとつに身につけたものこそ、本当に生きるために必要なものである。

 それこそが本当の学問であり、職人の手技であり、コメ作りに代表される農業である。そして、これを可能とするのはただひとつ、著者のいう「独学の精神」のみだ。

 著者は最初の二章で、二宮尊徳、本居宣長、僧契沖、伊藤人斎、中江藤樹、内村鑑三、パスカル(・・ここはフランス文学者らしい)などを引き合いに出し、論理や理屈をもてあそぶ「からごころ」ではなく、人間として必要なものは二宮尊徳のいう「中庸」の道であり、本居宣長のいう「まごころ」あるいは「やまとごころ」であることについて考える。

 この最初の二章は引用が多く読みにくいかもしれないが、腰を据えてじっくりと、これら古人のいうところを味わってみたいものである。

 つづく第3章で、昔ながらの職人の手技を重んじる大工の手仕事、第4章で、江戸時代の代表的な農書である『農業全書』を書いた宮崎安貞を取り上げ、コメ作りを代表とする日本の農業のもつ意味について考える。この二章は、経験のもつ意味について考える文章であり、比較的読みやすいはずだ。

 しかし思うに、著者の説くことを実践するためには、「学校という近代制度」ほど馴染まないものもあるまい。「ほんとうに大事なことは何ひとつ教えることなどできない」からだ。

 もし可能であるとすれば、第1章と第2章に登場する古人たちのように「私塾」という形で師と門人の関係として、あるいは「職人」として師と弟子の関係になるしか方法はないのだろう。

 自分が生きるために必要なものを、真似び、盗み、そして生きた手本にしたがって繰り返し、繰り返し鍛錬するよりほかに方法はない。芭蕉のいうように、「古人の求めたる所を求める」ことを通じて「独学」するのみである。

 著者の説くところをさらに敷衍(ふえん)すれば、私見だが、現代人であるわれわれに可能な方法は、コメを中心とした和食を、日々の料理として自ら作り、食べることではないかと思っている。料理もまた素材から味を引き出すための手技であるから。

 本書にあと一章欲しかったとすれば、それは著者が鍛錬してきたという新陰流剣術などの武術についてだ。本書ではまったく語られていないが、著者が本書に述べた見解を持つように至ったのは、剣術の鍛錬が基礎にあるからだろう。武術の鍛錬もまた、日本人の「独学の精神」を作り上げてきたものだ。著者は言外にそう語っているのだと私は思う。無駄をそぎ落とした、まさに抑制の美学である。

 新書本にはあるまじき内容の濃い一冊である。現代という時代に疑問をもち、本来あるべき姿に一歩でも立ち戻るためには、どこから手をつけたらいいのか、模索している人にはぜひ手にとってみてほしい本である。

 日本人」として生まれた者が、「人」として生きるとはどういうことか、身にしみて考えるために。


<初出情報>

■bk1書評「日本人として生まれた者が人として生きるとはどういうことか、身にしみて考えるために」投稿掲載(2010年7月25日)
■amazon書評「日本人として生まれた者が人として生きるとはどういうことか、身にしみて考えるために」投稿掲載(2010年7月25日)

*再録にあたって、加筆修正を行った。


<書評への付記>

 私が読んだのは、2010年4月の第3刷。2009年2月の初版第1刷から1年強で3刷というのは、この手の本にしては売れている。
 ホンモノを求める欲求が、日本人のなかに再び生まれつつあることの現れではないだろうか。

 著者はフランス文学者、言語学者のソシュールの思想や映画や絵画などの造詣が深い。本書では横文字はいっさい使わず、もっぱら日本の江戸時代の思索者と現代の職人に焦点を絞って、「独学の精神」について深い思索を行っている。 

 著者はまた、新陰流剣術の遣い手でもあるという。「新陰流・武術探求会」を主宰、尾張柳生家伝来の新陰流を稽古しているという。この面にかんする著者の活躍は存じ上げていないが、私自身、合気道をやっていたこともあり、武道家で、しかも知性派の人物には共感を感じる。
 著者の武術にかんする思索は、『宮本武蔵 剣と思想』(前田英樹、ちくま文庫、2009)を読まねばならないだろう。これはぜひそのうちに読んでみたい。

 「私塾」について。本書で取り上げられた、二宮尊徳、本居宣長、僧契沖、伊藤人斎、中江藤樹、内村鑑三いった「独学の精神」の持ち主たちはみな、「私塾」という形で、師と弟子の関係で教えを説いた。アカデミックな官学の世界で身を立てようなどとはいっさいしていない。のちにお上から声がかかることがあっても、基本は「私塾」であり、「独学の精神」をもった門人たちによって経済的にも支えられていた。

 『私塾のすすめ-ここから創造が生まれる-』(斎藤孝/梅田望夫、ちくま新書、2008)という対談本でもでている。インターネット時代の現在、私塾という形が、「独学の精神」を涵養するうえで、もっとも有効なメソッドであるとこの本の著者たちは熱く論じあっている。

 二宮尊徳については、このブログでも先日とりあげたばかりである。成田山新勝寺「断食参籠(さんろう)修行」(三泊四日) (4) 間奏曲-過去の断食参籠修行体験者たちの記述を参照されたい。二宮尊徳は、成田山新勝寺で21日間の断食参籠修行を成就している。



目 次

第1章 身ひとつで学ぶ
 金次郎の独立心  学校嫌いこそ正しい  なぜ勉強するのか  
 「思考力」という悪い冗談  「読解力」のおかしさ  
 読むことはどんな技なのか  「基本」はどこにある
第2章 身ひとつで生きる
 葦のように考えよ  知らざるを知らずと為せ  独学者であること
 「国際性」に独立などない  身を立てるとは  死んだ人のありがたさ
第3章 手技に学ぶ
 大工仕事は貴い  教える愚かさ  師匠の必要、不必要
 職人は何でも知っている  「独創」は無意味である  
 何が<努力>なのか
第4章 農を讃える
 狩猟の悲しみ  農の喜び  稲と生きる  植物的であれ
 米を食べよう  真理の単純さ


著者プロフィール

前田英樹(まえだ・ひでき)
1951年大阪生まれ。中央大学大学院文学研究科修了。現在、立教大学現代心理学部教授。専攻はフランス思想、言語論。言語、身体、記憶、時間などをテーマとして映画、絵画、文学、思想などを扱う。新陰流剣術の筋金入りの遣い手でもある。新陰流・武術探求会主宰(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



<ブログ内関連サイト>

成田山新勝寺「断食参籠(さんろう)修行」(三泊四日) (4) 間奏曲-過去の断食参籠修行体験者たち
・・二宮尊徳についてやや詳しく取り上げた

『農業全書』に代表される江戸時代の「農書」は、実用書をこえた思想書でもある

カラダで覚えるということ-「型」の習得は創造プロセスの第一フェーズである
・・合気道を中心に

合気道・道歌-『合気神髄』より抜粋

書評 『狂言サイボーグ』(野村萬斎、文春文庫、2013 単行本初版 2001)-「型」が人をつくる。「型」こそ日本人にとっての「教養」だ!

「三日・三月・三年」(みっか・みつき・さんねん)
・・何ごとも「継続はチカラなり」。3日、100日(≒3ヶ月)、1,000日(≒3年)。
「千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を錬とする」(宮本武蔵)

書評 『大使が書いた 日本人とユダヤ人』(エリ・コーヘン、青木偉作訳、中経出版、2006)
・・イスラエルでは人口比では日本以上に日本武道が普及していること
 
「特攻」について書いているうちに、話はフランスの otaku へと流れゆく・・・
・・フランス人は日本武道に親近感をもっていること

書評 『プーチンと柔道の心』

(2013年12月20日、2016年1月3日 情報追加)


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2010年2月6日土曜日

本の紹介 『建築家 安藤忠雄』(安藤忠雄、新潮社、2008)-独学で自らの道を切り開いてきた男の人生




自らの道を切り開いてきた男の人生は、泥臭く、しかしすがすがしい

 大阪が生んだ世界的建築家による初の自伝。

 読んでいて、ほんとうに勇気づけられる本だ。

 プロボクサーとしての道を断念して、独学で建築家への道を目指した高卒の若者は、世界を放浪してホンモノを目に焼き付けて、自分の事務所を開業する。

 後に、東京大学教授として行った講義録のタイトルではないが、まさに連戦連敗』(東京大学出版会、2001)の建築家人生であり、発注者の存在する建築の世界が生やさしいものではないことを語ってやまない。これは現在でも同じらしい。日々が闘いと挑戦の日々なのだ。

 ビジネス界でいえば、ユニクロ会長の柳井 正『一勝九敗』(新潮文庫、)と同様といえるだろう。

 自らの道を切り開いてきた男の人生は、泥臭く、しかしすがすがしい。
 建築で世界と闘う男の生き様を描いたこの自伝は、とくに若い人にはすすめたい本だ。


<初出情報>

■bk1書評「自らの道を切り開いてきた男の人生は、泥臭く、しかしすがすがしい」投稿掲載(2010年2月5日)

(*再録にあたって一部字句を修正した)


<補足情報>

 安藤忠雄(1941~)、大阪市港区生まれ。コンクリート打ちっ放し建築を得意とし、世界を代表する建築家。東京大学特別栄誉教授。公式サイト「TADAO ANDO」(日本語)、作品集は「安藤忠雄建築研究所のページ」を参照。






PS 2015年7月に「炎上」した国立競技場改築問題における安藤忠雄氏の「残念」な振るまい

建築の専門家である安藤忠雄氏が審査委員長として決定した東京・代々木の国立競技場改築問題。ザハ・ハディド氏の斬新な新国立競技場プランの施行費が、当初予定の1,300億円から2520億円に肥大化した件について国民から大批判が起こっている。

にもかかわらず審査委員長であった安藤忠雄氏は説明責任を回避し逃げ回った。まさに「敵前逃亡」である。この件によって、安藤氏の評判も地に落ちたというべきだろう。

もちろん、それによって建築分野における安藤氏の功績がすべて否定されるわけではないし、本書『連戦連敗』の価値もなくなるわけではないが、日本の建築家としては一般での知名度も高かった安藤氏の評価が回復することは期待しにくいのではないだろうか。

「戦後70年」の節目となる2015年、撤退戦のできない無責任体制の事例がまた加えられることとなってしまった「国立競技場改築問題」。安藤忠雄氏は、「無責任体制・日本」の象徴として、すっかり「残念な人」になってしまったのである。

(2015年7月17日 記す)


<ブログ内関連記事>

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本の紹介 『建築家 安藤忠雄』(安藤忠雄、新潮社、2008)

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・・メキシコの建築家バラガンについて

「ルドルフ・シュタイナー展 天使の国」(ワタリウム美術館)にいってきた(2014年4月10日)-「黒板絵」と「建築」に表現された「思考するアート」


独学者

書評 『独学の精神』(前田英樹、ちくま新書、2009)


■鼓舞するコトバのチカラ

書評 『ヒクソン・グレイシー 無敗の法則』(ヒクソン・グレイシー、ダイヤモンド社、2010)-「地頭」(ぢあたま)の良さは「自分」を強く意識することから生まれてくる

「雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ」 と 「And the skies are not cloudy all day」

Where there's a Will, there's a Way. 意思あるところ道あり

Winning is NOT everything, but losing is NOTHING ! (勝てばいいいというものではない、だけど負けたらおしまいだ)

キング牧師の "I have a dream"(わたしには夢がある)から50年-ビジョンをコトバで語るということ

(2014年8月21日 項目新設)


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