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2021年10月23日土曜日

書評『暁の宇品 ー 陸軍船舶司令官たちのヒロシマ』(堀川惠子、講談社、2021)ー 日本近現代史の欠落部分を埋める歴史ノンフィクションの傑作

 

『暁の宇品-陸軍船舶司令官たちのヒロシマ』(堀川惠子、講談社、2021)を昨日読了した。日本近現代史の欠落部分を埋める貴重な歴史ノンフィクションだ。さまざまテーマにまたがる、じつに読みごたえある1冊であった。  

現在は「広島国際フェリーポート」として、近隣の島々や対岸の松山などにいくフェリー便の出発点となっているが、かつて宇品は軍港であった。しかも、陸軍の軍港! 帝国海軍の鎮守府があった広島県の呉(くれ)とは別に、帝国陸軍の(!)軍港が広島市の宇品に存在したのである。 

(現在の宇品港は路面電車の終点 筆者撮影)

大陸や周辺諸国(台湾や朝鮮半島)への「外征軍」として位置づけられた帝国陸軍だが、兵員と軍事物資はすべて海上輸送にたよる必要があった。日本は、海に囲まれた島国なのである。

では、なぜ瀬戸内海の宇品なのか? なぜ海軍ではなく陸軍なのか? この問いに対する答えは、本書の前半の内容そのものといっていい。

(瀬戸内海を結ぶフェリーのハブ港としての宇品港)
 
諸外国と違って、海軍が海上輸送をまかないきれなかった「持たざる国・日本」の後進性大型船舶の建造が禁止されていた「鎖国」の後遺症のせいである。だが、それだけにはとどまらない、複雑な事情があったことが詳述されている。 

(海から見た宇品港 筆者撮影)

序章と終章あわせて全体で13章で構成されている本書は、知られざる陸軍の海上輸送を3人の司令官の生涯と、その任務を中心に描いている。日清戦争と日露戦争から大東亜戦争の敗戦、それも広島への原爆投下という形で終わった日本近代史そのものといっていい。 

日露戦争の時点では、きわめて重要な位置づけを与えられていた兵站(ロジスティクス)が、なぜ日露戦争後は軽視されるようになったのか。きわめて重要な機能であるにもかかわらず、日の当たる存在ではなくなっていった兵站部門。ここに帝国陸軍の大きな問題が存在したことは周知の通りだろう。 

とはいえ、当時の世界の軍事大国であった英米に先んじて本格的な上陸作戦を「第1次上海事変」(1932年)で成功させた立役者が、陸軍の海上輸送部隊であったことは、特筆すべきであろう。海軍陸戦隊だけでなく、陸軍も大規模な上陸作戦を実行したのだ。

「尖閣問題」がらみで、占領された島嶼を奪回するための「上陸作戦」が近年クローズアップされてきているが、日本人の先見性は評価すべきであろう。

だが、残念なことに対米戦であった「太平洋戦争」においては、ガダルカナルをはじめ、ことごとく失敗に終わったことも否定できない事実である。

現在でも米海兵隊(USMC)の独壇場ともいうべき上陸作戦だが、帝国陸軍が先鞭をつけたものの、猛烈な勢いで「学習」した米国にお株を奪われてしまったのである。ここにも日本の弱点がある。

成功体験をノウハウ化してマニュアル化し、組織全体に普及させることができずに終わってしまう日本。しかも、米海兵隊の上陸作戦すら、太平洋戦争や朝鮮戦争時代とは異なり、21世紀の現在はあらたなステージに入っていることは、読者は認識しておくべきだ。

「知られざる存在」となっていた陸軍の海上輸送。歴史に名の残るような司令官たちがかかわっていたわけではない。帝国陸軍という巨大官僚組織の組織人として生きなくてはならなかった矜持と悲哀歴史をつくっているのは、有名人だけでない、名前が残ることもない無数の人たちなのである。 

そんな陸軍の海上輸送という未解明の分野に果敢に挑んで、その全体像を解明した、広島に生まれ育った著者の執念と力量には賛辞を送りたい。

細部に至るまでおろそかにしない、じつに綿密な仕事でありながら、大局観を見失わない全体像をみわたす視線の両立。これは、なかなかできることではない。 

敗戦から75年以上もたった現在、すでに生存者はほとんど存在しない時代になってしまった。そんな時代の歴史ノンフィクションのあり方についても、価値ある試みといっていいだろう。ぜひ読むことを薦めたい。 

わたしもまた友人のノンフィクション作家から薦められて読んだのだが、それはまことにもって正解であった。 


 (画像をクリック!



目 次
序章 
第1章 「船舶の神」の手記
第2章 陸軍が船を持った
第3章 上陸戦に備えよ
第4章 七了口(しちりょうこう)奇襲戦
第5章 国家の命運
第6章 不審火
第7章 「ナントカナル」の戦争計画
第8章 砂上の楼閣
第9章 船乗りたちの挽歌
第10章 輸送から特攻へ
第11章 爆心
終章

著者プロフィール
堀川惠子(ほりかわ・けいこ) 
1969年広島県生まれ。『チンチン電車と女学生』(小笠原信之氏と共著、日本評論社)を皮切りに、ノンフィクション作品を次々と発表。『死刑の基準―「永山裁判」が遺したもの』(日本評論社)で第32回講談社ノンフィクション賞、『裁かれた命―死刑囚から届いた手紙』(講談社)で第10回新潮ドキュメント賞、『永山則夫―封印された鑑定記録』(岩波書店)で第4回いける本大賞、『教誨師』(講談社)で第1回城山三郎賞、『原爆供養塔―忘れられた遺骨の70年』(文藝春秋)で第47回大宅壮一ノンフィクション賞と第15回早稲田ジャーナリズム大賞、『戦禍に生きた演劇人たち―演出家・八田元夫と「桜隊」の悲劇』(講談社)で第23回AICT演劇評論賞、『狼の義―新 犬養木堂伝』 (林新氏と共著、KADOKAWA)で第23回司馬遼太郎賞受賞。(講談社サイトより)


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2018年12月18日火曜日

JBPress連載コラム第41回目は、「デモと暴動の国、露わになったフランスの本質-国を動かすのは「一握りのエリート」」(2018年12月18日)


JBPress連載コラム第41回目は、「デモと暴動の国、露わになったフランスの本質-国を動かすのは「一握りのエリート」」(2018年12月18日)
⇒ http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/54962

今年2018年は「明治150年」であると同時に「日仏交流160周年」の記念すべき年である。 
  
だが、日本におけるフランスのイメージは急速に悪化している。それは、立て続けに発生し、今なお着地点が見えない「カルロス・ゴーン氏逮捕」と「フランスのデモと暴動」という2つの事件が、日仏両国で交差しながら進行中だからだ。 

もともと日本人はあまりにもフランスを知らなさすぎたのである。日本人はフランスの芸術・文化には慣れ親しんでいるが、フランスの政治体制についてはほとんど関心がない。 

フランスという国は中央集権の官僚国家であり、警察国家である・・・

 (つづきは本文で) http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/54962


次回は、2019年1月1日(元旦)の公開となります。元旦でも記事の更新がありますので、お見逃しなく!





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2014年2月26日水曜日

78年前の本日、東京は雪だった。そしてその雪はよごれていた ー 「二・二六事件」から78年(2014年2月26日)


1936年2月26日、いまから78年前に起きたのが「二・二六事件」。昭和11年に発生した陸軍のクーデター事件のことです。

78年もたつと、当事者はもちろん関係者で現存している人もほとんど亡くなり、話題になることも亡くなっていく。しかし、話題になることが少なくなればなるほど、かえって反比例的に時代は近づいてゆくのではないか? そんな「逆説」を感じるのはわたしだけでしょうか。

「二・二六事件」関連の本は、これまでかなりの数を読んできましたが、そのなかでもピカイチなのは、昭和史を主テーマにしているノンフィクション作家・澤地久枝氏によるこの2冊。

『妻たちの二・二六事件-遺されたものの三十五年-』(中公文庫、1975 単行本初版 1971)
『雪はよごれていた-昭和史の謎 二・二六事件最後の秘録-』(日本放送出版協会、1988)


先週、先々週と、東京都心部もふくめて関東地方は記録的な大雪となって大きな混乱となりましたが、78年前の本日も東京は雪でした。そしてその雪はよごれていたのでした。「雪はよごれていた」とは・・・。

ずいぶん昔の本で、わたし自身も読んだのはすでに四半世紀前(!)ですが、それでもつよく印象に残っています。



『妻たちの二・二六事件』は、クーデターの中心になった青年将校たちを、未亡人たちから聞き取りをつうじて描いたもの。青年将校たちは自決した者以外は特設軍法会議で即席裁判の上、すべて銃殺刑されているため「未亡人」となったわけです。

基本的に軍事テクノロジーを扱うエンジニアであるのが軍人というものの本質ですが、ゲーテを読み文学を論じる青年将校たちが描かれており、かれらがいずれも「教養主義」の申し子であったことがわかります。

文学を愛するエンジニア。これだけみれば「文理融合」という美しい響きを感じるかもしれませんが、ここに欠けているのは社会科学の素養。これは「二・二六事件」の7年後に学徒出陣で動員された商大生の手記と比較すれば明らかなことだと思います。クーデター後の国家運営の見取り図が視野に入っていなかった青年将校たちの欠点が何であったかがわかると思います。

『雪はよごれていた』は、「NHK特集 消された真実-陸軍軍法会議秘録-」で放送された内容の活字化。特設軍法会議の首席裁判官が残した膨大な資料をもとに構成された番組では、当時の憲兵隊がクーデター計画をキャッチし電話を盗聴していたこと、そして盗聴内容が録音されレコードとして残されていたことが発見されたことが明らかにされ、北一輝の肉声を聞いたこともつよく印象に残っています。残念ながらこの本は現在は入手不能。

『妻たちの二・二六事件』は現在でも入手可能のロングセラーなので、まだ読んだことがない人はぜひ読んでほしいと思います。

先にも書きましたが、「二・二六事件」が話題になることが少なくなればなるほど、反比例して時代が近づいてゆくのではないか? 事件の当事者で現存している人がほとんどいなくなっただけでなく、朝のテレビニュースで取り上げられることもまったくなくなり、「事件」のリアリティがますます薄まっている感がなきしにもあらずですが・・・。

そんな気がしてならないのは、いまの日本は日に日に「閉塞感」が強まっているからです。しかも、いまだに東北復興も実現していない状況。たった3年前の「3-11」ですらこんな状況・・・。

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」というのは「史上最強のナンバー2」であったドイツ帝国の宰相ビスマルクの名言ですが、「事件」がすでに「記憶」から消え、「歴史」の彼方に去ってしまったときが、ほんとうはいちばん怖い。

「歴史は繰り返す」と俗にいいますが、まったく同じことが繰り返されることはありません。さすがにクーデターがふたたび起こるとは考えにくい。

とはいえ、「閉塞感」が強まっていくとき、日本人がいかなる行動をとるのかについてのケーススタディになるのが「二・二六事件」ではないでしょうか。

わたしは、「二・二六事件」は、けっして過ぎ去った過去の話だとは考えておりません。「二・二六事件」は、一度でも「組織人」を経験したことがある人なら、感覚的に理解できるはずの「事件」だと思います。

そうでなくても「忘却」したいと思うのが人間というもの。繰り返し繰り返し語ることによってしか、「記憶」を風化させないことが大事だと思うのですが・・・






<関連サイト>

「NHK特集 消された真実-陸軍軍法会議秘録-」 (NHKアーカイブス 1988年放送)

「青年日本の歌 昭和維新の歌」(YouTube)

映画 『226』 予告篇 (YouTube)

映画「動乱」特報・劇場予告 (YouTube)
・・映画 『動乱』(1980年の日本映画)


<ブログ内関連記事>

二・二六事件から 75年 (2011年2月26日)

4年に一度の「オリンピック・イヤー」に雪が降る-76年前のこの日クーデターは鎮圧された(2012年2月29日)

「精神の空洞化」をすでに予言していた三島由紀夫について、つれづれなる私の個人的な感想

「憂国忌」にはじめて参加してみた(2010年11月25日)

「かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ 大和魂」(吉田松陰)・・個人の心情に基づく個人の行動。公僕は組織を巻き込んではならない

石川啄木 『時代閉塞の現状』(1910)から100年たったいま、再び「閉塞状況」に陥ったままの日本に生きることとは・・・ 

「われわれは社会科学の学徒です」-『きけわだつみのこえ 第二集』に収録された商大生の手紙から

書評 『昭和16年夏の敗戦』(猪瀬直樹、中公文庫、2010、単行本初版 1983)-いまから70年前の1941年8月16日、日本はすでに敗れていた!
・・陸軍首脳部は当然のことながら日米の国力の差は数字で把握していた

書評 『忘却に抵抗するドイツ-歴史教育から「記憶の文化」へ-』(岡 裕人、大月書店、2012)-在独22年の日本人歴史教師によるドイツ現代社会論


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2013年9月8日日曜日

『ある明治人の記録 ― 会津人柴五郎の遺書』(石光真人編著、中公新書、1971)は「敗者」の側からの血涙の記録。この本を読まずして明治維新を語るなかれ!

(『北京籠城』時代の柴五郎陸軍中佐)


柴五郎(1860~1945)は、会津藩出身だが陸軍大将までのぼりつめた人である。だが、けっして驕り高ぶることのない謙虚な人柄で、つねに理知的で冷静沈着な言動に徹した人であった。

柴五郎が世界中に名をはせたのは中佐時代の42歳、1900年の「義和団事件」の際であった。

義和団事件は北清事変ともいうが、清朝末期に北京で勃発した大規模な事件で義和団という排外的な民衆運動を利用して清朝が「西洋列強」に対して宣戦布告したことではじまった。

柴五郎は、公使館付武官として北京の日本公使館に駐在していたが、英国・米国・ロシア・フランス・ドイツ・オーストリア=ハンガリー・イタリアと日本の8カ国のなかでは最先任士官であったこともあり、実質的な連合軍総指揮官として2カ月に及んだ「北京籠城戦」を戦いぬいたのである。

陸軍士官学校3期生という日本陸軍の草創期の士官であった柴五郎はフランス語に堪能で、このほか英語や中国語にも精通していたために列強各国との意思疎通に大きな貢献を果たしたことも大きかったようだ。このため、北京籠城戦の終了後に世界中から絶賛されたのである。『北京の55日』というハリウッド映画があるが、これは北京籠城戦をテーマにしたものだ。

そんな柴五郎がひそかに書き遺した「手記」が、本書『ある明治人の記録 ー 会津人柴五郎の遺書』(石光真人編著、中公新書、1971)の第一部である「柴五郎の遺書」である。

公表を目的としたものではない。会津戦争で非業の死を遂げ、生き残っても塗炭の苦しみを味わうことになった親族、そして会津藩士たちを弔うため、80歳を過ぎてから執筆し、死を前に菩提寺に納め門外不出としたものである。だから「遺書」と編者は名付けたのである。

その編者とは、日本国民の必読書である 『石光真清の手記 四部作』(中公文庫)を編集して出版した石光真人氏である。

石光真清の子息である石光真人氏は、柴五郎と石光真清が親友であったことから、その「遺書」の存在を知り、筆写させてもらい、内容について補足説明を生前の柴五郎から聞き取ったうえで文章を整理、柴五郎の死後36年目にして中公新書として出版したのであった。

だから、『会津人柴五郎の遺書』は、『石光真清の手記 四部作』とともに読むべき本なのである。この二つの手記を誰もが読める形として整理し、出版していただいたことを、後世に生きる日本人は石光真人氏に感謝しなくてはならない。

さて、『会津人柴五郎の遺書』だが、編者による整理のおかげで読みやすくなっているとはいえ、全文が文語体であり、現代人にはややなじみにくいかもしれない。だが、流れるようなリズミカルな文章である。冒頭の文章からすこし引用しておこう。

いくたびか筆とれども、胸塞がりて涙さきだちて綴るにたえず、むなしく年を過して齢(よわい)すでに八十路(やそじ)を越えたり。・・(中略)・・
 
過ぎてはや久しきことなるかな、七十有余年の昔なり。郷土会津にありて余が十歳のおり、幕府すでに大政奉還を奏上し、藩公また京都守護職を辞して、会津城下に謹慎せらる。新しき時代の静かに開かるるよと教えられしに、いかなることのありしか、子供心にわからぬまま、朝敵よ賊軍よと汚名を着せられ、会津藩民言語に絶する狼藉を被りたること、脳裏に刻まれて消えず。・・(中略)・・
  
落城後、俘虜となり、下北半島の火山灰地に移封されてのちは、着のみ着のまま、日々の糧にも窮し、伏するに褥(しとね)なく、耕すに鍬(くわ)なく、まことに乞食にも劣る有様にて、草の根を噛み、氷点下二十度の寒風に蓆(むしろ)を張りて生きながらえし辛酸の年月、いつしか歴史の流れに消え失せて、いまは知る人もまれとなれり。

悲運なりし地下の祖母、父母、姉妹の霊前に伏して思慕の情やるかたなく、この一文を献ずるは血を吐く思いなり。


まさに血涙の記録である。80歳を過ぎてから70年前を回想した文章であるが、この遺書を涙なくして読める者がいたとしたら、それは日本人ではない。

この「遺書」は、会津戦争当時10歳であった少年が突然の運命の変転にもてあそばれ、その後15歳で陸軍幼年学校に合格して苦難を脱するまでの日々をつづった手記である。

その内容は、さきに引用した冒頭の一文にあるとおりだが、「悲運なりし地下の祖母、父母、姉妹の霊前に伏して・・」と書いているのは、武家の一家のなかで男子であった柴五郎少年を言葉巧みに脱出させたあと、祖母・母・姉と妹の5人が自害し果てたことを指しているのである。

柴五郎の家もまた、家老の西郷頼母一家もそうであったように、武家の女性は「生きて虜囚の辱めを受けず」として自死を選んだのである。だからこそ余計に「血を吐く思い」以外のなにものも感じることができないのであろう。

この本が中公新書として出版された1971年は、「明治維新百年」が祝われた1968年(昭和43年)に3年後にあたる。明治維新政府の公的な歴史から抹殺されつづけてきた、会津藩というオルタナティブ・ヒストリー(=もう一つの異なる歴史)に一条の光をあてる内容として世に出たのだということを知っておきたい。

1971年に出版されてからすでに42年以上も読まれてきた本書だが、1970年代、1980年代、1990年代、2000年代、2010年代ではおのずから読者の受け止め方も異なってきたことであろう。

ことし2013年には、NHK大河ドラマ『八重の桜』によって、ようやく会津の歴史が全面的に取り上げられ、旧会津藩士たちのその後の苦闘にも光があてられることになった。

ドラマのなかには柴五郎はでてこないが、ぜひこの機会に『ある明治人の記録-会津人柴五郎の遺書』に目を通していただきたい。山川大蔵や佐川官兵衛といった会津藩士たちも実名で登場する。

原文のリズミカルで流れるような文体をそのまま味わいたいものだが、現代語訳してひろく若い人たちにも読んでもらうといいのではないかと思う。どんな劣悪な状況にあっても誇りを失わず、生き抜いていく少年の物語だからだ。文庫化される際にはぜひそうお願いしたい。

読めばその苦しみを著者とともに追体験することになるが、逆説的にだが、読めばかならずや元気と勇気をもらえる「遺書」である。


画像をクリック!


目 次

本書の由来

第一部 柴五郎の遺書

血涙の辞
故郷の山河
悲劇の発端
憤激の城下
散華の布陣
狂炎の海
絶望の雨夜
幕政最後の日
殉難の一族郎党
不慮収容所へ
学僕・下男・馬丁
地獄への道
餓死との戦い
荒野の曙光
海外か東京か
新旧混在の東京
わが生涯最良の日
国軍草創の時代
会津雪辱の日
維新の動揺終る

第二部 柴五郎翁とその時代(石光真人)

遺書との出会い
流涕の回顧
翁の中国観
会津人の気質
痛恨の永眠
柴五郎氏略歴

編者プロフィール

石光真人(いしみつ・まひと)
明治37年(1904年)東京で生まれる。昭和5年(1930年)早稲田大学文学部哲学科卒業。同7年、東京日日新聞(毎日新聞)編集局勤務。昭和17年以降、日本新聞会、同連盟、同協会本部を経て、1963年より日本ABC協会専務理事。1975年8月逝去。編著書 『石光真清の手記』(中央公論社)奥付記載情報による)。


■「北京籠城」の55日(付記)

『北京籠城』(平凡社東洋文庫、1965)には、「北京の55日」のドキュメントが柴五郎自身による講演録として収録されている。

激しい銃撃戦がつづいた籠城戦の様子が、臨場感あふれる当事者ならでは語りでディテールにいたるまで語られている。とくに鉄砲や大砲につういての記述がじつに細かい。

機会があればぜひこの文章も読んでいただきたいと思う。口語体なので読みやすい。




陸軍と砲術とフランス語(付記)

柴五郎(1860~1945)は陸軍士官学校3期生だが、同期には日本騎兵隊の父・秋山好古(1859~1930)がいる。

ともにフランス語畑であったのは、陸軍草創期においてはドイツ式ではなくフランス式の教育がフランス語で行われていたためである。

柴五郎は陸軍では砲兵科を選択した。同時代のフランスでおこった「ドレフュス事件」(1894年)は、ユダヤ系の砲兵大尉アルフレッド・ドレフュス(1859~1835)が反逆罪で逮捕された冤罪事件である。

ドレフュスと柴五郎とは直接の関係はないが、一歳違いでフランス式の砲兵教育を受けた存在である点に、まったくの偶然の一致であるが、不思議な縁を感じる。砲兵科は数理系な術科であり、理知的な性格がそれによって培われるといっていいのだろうか。

ちなみに秋山好古が旧藩主のお供としてフランスで騎兵術を学んでいたのは1887年から1891年にかけてなので、ドレフュス事件の発生前のことになる。

明治維新後は京都府顧問として京都復興に尽力した会津藩出身の山本覚馬(1828~1892)は砲術師範の家に生まれた人だが、近代式の砲術をオランダ語をつうじて学んだ蘭学者でもある。

日本近代化と砲術の関係について考えてみるのも面白い。

『歴史のなかの鉄炮伝来-種子島から戊辰戦争まで-』(国立歴史民俗学博物館、2006)は、鉄砲伝来以降の歴史を知るうえでじつに貴重なレファレンス資料集である


PS 柴五郎について書こうと思ってからだいぶたつ。これでやっと肩の荷が少しおりたという気持ちでいっぱいだ。



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「敗者」としての会津と日本-『流星雨』(津村節子、文春文庫、1993)を読んで会津の歴史を追体験する

いまこそ読まれるべき 『「敗者」の精神史』(山口昌男、岩波書店、1995)-文化人類学者・山口昌男氏の死を悼む

書評 『山本覚馬伝』(青山霞村、住谷悦治=校閲、田村敬男=編集、宮帯出版社、2013)-この人がいなければ維新後の「京都復興」はなかったであろう
・・砲術師範の家に生まれた山本覚馬は理数系の能力のきわめて高い人物であったが、陸軍砲兵科の将校となった柴五郎もまた同じであったというべきだろう

NHK大河ドラマ 『八重の桜』がいよいよ前半のクライマックスに!-日本人の近現代史にかんする認識が改められることを期待したい

「石光真清の手記 四部作」 こそ日本人が読むべき必読書だ-「坂の上の雲」についての所感 (4)

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『大アジア燃ゆるまなざし 頭山満と玄洋社』 (読売新聞西部本社編、海鳥社、2001) で、オルタナティブな日本近現代史を知るべし!

書評 『チャイナ・ギャップ-噛み合わない日中の歯車-』(遠藤誉、朝日新聞社出版、2013)-中国近現代史のなかに日中関係、米中関係を位置づけると見えてくるものとは?

「東洋文庫ミュージアム」(東京・本駒込)にいってきた-本好きにはたまらない!

Tommorrow is another day (あしたはあしたの風が吹く)
・・「南北戦争」の「敗者」であるアメリカ南部

自分のアタマで考え抜いて、自分のコトバで語るということ-『エリック・ホッファー自伝-構想された真実-』(中本義彦訳、作品社、2002)

(2016年6月19日 情報追加)


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2010年8月12日木曜日

書評『帝国陸軍 見果てぬ「防共回廊」― 機密公電が明かす、戦前日本のユーラシア戦略』(関岡英之、祥伝社、2010)― 戦前の日本人が描いて実行したこの大構想が実現していれば・・・





 「防共回廊」構想。戦前の日本人は、これだけのスケールをもった大構想を自ら描き、着々と実行していたのだ。

 構想が存在したということに対する驚き、しかしながらそれが最終的に実現しなかったことの無念さ。「見果てぬ夢」となったこの構想がもし実現していれば・・・。

 読者は著者とともに茫然と立ちつくす思いを抱くことになろう。

 チベット、モンゴル、回民(=回族、中国のムスリム)、ウイグル。いずれも大陸国家中国の辺境、あるいは内部にありながら、漢民族の中国ではない、さまざまな"少数民族"である。

 これらの諸民族がすべてつながったとき何が実現するのか。この大構想こそが「防共回廊」、すなわち帝国陸軍が構想した、新興ソ連の南下を防ぎ、共産主義に対抗するための大構想であった。そしてこの回廊はアフガニスタンにおいて完結し、アフガンでドイツの勢力圏とリンクするという大構想。

 本書『帝国陸軍 見果てぬ「防共回廊」ー 機密公電が明かす、戦前日本のユーラシア戦略』(関岡英之、祥伝社、2010)によって、この史実を知るとき、読者は唸らざるをえないだろう。

 戦後米国による冷戦構造が構築される以前、地政学の観点から、帝国陸軍主導で行われた構想である。日本の敗戦後、この構想にかかわった関係者を尋問し、米国が徹底研究したことは記憶されるべきことである。

 そしてなぜEUも米国もアフガンに派兵しているかについても、その意味を理解することができる。いち早くアフガンの地政学的重要性を指摘していたのは大川周明であった。

*****

 本書の功績の一つは、林銑十郎に光をあてたことだろう。日本史の教科書ではボンクラ扱いされているこの人物が、実はドイツ駐在武官時代にいち早くイスラームの重要性について認識を深め、長文のレポートを作成していること、退役後は大日本回教協会の初代会長になっているのである。

 戦前の日本が、大陸政策をつうじて、いかにイスラーム世界とのかかわりを深めていたのか、すっかり忘却の彼方に追いやっていたのである。著者はこの林銑十郎につらなる人脈を掘り起こし、戦前のイスラーム政策の全体像を明らかにしようと試みている。これら戦前の事実が掘り起こされた意義はまことにもって大きい。

 ようやく日本でも、チベット問題やウイグル問題が大きく報道されるようになったが、かつて日本人たちが、たとえ国策の一環であろうと、少数民族の独立運動に深くコミットしていたこと。大川周明の大川塾から多くの志士たちが、大陸の奥深くへと工作の任務を担って潜入していたことは、記憶しておきたいことである。満洲国と同様の緩衝国家構想がウイグルにあった・・・

*****

 ユーラシア大陸でひたすら膨張政策を続け、さらには海洋へと進出を図る中国の存在を考えるとき、この構想が実現していれば、大陸情勢が現在とは大きく異なるものであったに違いないと無念に思うのである。もしあと10年早くこの構想が国策として実行に移されていれば・・・。

 結果として、米国を中心とした連合軍との戦争に敗れ、大陸から尻尾を巻くように撤退した日本の責任は、きわめて大きいといわざるをえない。この大構想は、大東亜戦争が本格化する数年前から本腰をいれたに過ぎなかったのである。

*****

 敗戦とともに記憶を封印し、知らぬふりをしてきた戦後日本。近代(モダン)が終焉し、パラダイムチェンジを迎えつつある現在、虚心坦懐に過去を見つめ直し、歴史の連続性を回復する試みが多く行われるようになってきたことはうれしいことだ。戦後の呪縛を解き放ち、世界史における日本史の意義を確認するためにも、大きな一歩となることだろう。

 この構想の全体像をあきらかにし、さまざまな一次史料を読み込むことによって掘り起こした関岡氏には感謝の意を表明したい。まさの渾身の一冊である。

 本書を原作にして、マンガにしてもらいたいものだ。間違いなく、安彦良和の『虹色のトロツキー』に匹敵する大作となるだろう。

 ぜひ期待したい。


<初出情報>

■bk1書評「戦前の日本人は、これだけのスケールをもった大構想を描き、着々と実行していたのだ!」投稿掲載(2010年6月28日)
■amazon書評「戦前の日本人は、これだけのスケールをもった大構想を描き、着々と実行していたのだ!」投稿掲載(2010年6月28日)


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著者プロフィール

関岡英之(せきおか・ひでゆき)

1961年、東京都に生まれる。慶應義塾大学法学部卒業後、東京銀行(現・三菱東京UFJ銀行)に入行。証券投資部、北京駐在員事務所などを経て、約14年間の勤務の後に退職。1999年、早稲田大学大学院理工学研究科に入学。2001年、同修士課程を修了。2007年より、拓殖大学日本文化研究所客員教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


目 次

第一章 防共回廊の源流-チベットとモンゴル

 破壊された仏像
 ダライ・ラマ十四世法王との会見
 十九世紀、英露の「グレート・ゲーム」と日本
 東條英機の密命-「西北シナに潜入せよ」
 帰還命令を無視した諜報員・西川一三の行動原理
 ラサで聞いた「日本全滅」
 GHQの出頭命令と、自ら遺した手記
 チベットに潜入した日本人諜報員は、なぜモンゴル人に偽装したのか
 満洲事変の背景にあった「防共」
 松室孝良大佐の「蒙古国」独立構想
 「大東亜政策を容易にす」-日本を中心とする「環状連盟」とは
 モンゴル自治運動の指導者、徳王
 インド人諜報員、コード名「満洲国ナイル」
 成立した蒙古連合自治政府 85
 なぜ林銑十郎は「赤化」に敏感だったのか
 防共回廊構想の思想的源流 95
 「活仏」に色めき立った関東軍

第二章 イスラームと帝国陸軍-回民(中国ムスリム)

 知られざるイスラーム系民族「回民」とは
 対ソ戦略から対中戦略へのシフト
 大川周明と日本の「イスラーム元年」
 大日本回教協会創立-防共回廊構想の「思想」と「企画」の結節
 日本人ムスリム諜報員、小村不二男
 諜報将校・茂川秀和の知られざる生涯
 中国を震撼させた日本のイスラーム工作
 極東と近東を結ぶ、壮大な世界戦略
 孫文から蒋介石へ連なる大漢民族主義
 毛沢東は回民にどう対処したか
 結ばれた線-子息が語る茂川秀和
 北京収容所
 覆った死刑判決
 茂川秀和の戦後

第三章 機密公電が明かす世界戦略-ウィグル

 たどり着けなかった地-東トルキスタン独立運動の源流
 オスマン朝末裔の擁立計画
 廣田弘毅外相宛-カブール発極秘公電
 「アジア人のアジア」-防共回廊の最適のパートナーとは
 幻の東トルキスタン独立計画
 大川周明が気づいていた、アフガニスタンの地政学的重要性
 防共回廊構想の全体像-「空のシルクロード」計画
 亡命ウィグル人の日本での足跡
 中国共産党支配下のウィグル抵抗運動をたどる
 漢人暴徒が繰り広げた野蛮な光景
 大アジア主義と防共回廊構想の現代的意味とは
 「愛する民族よ、過去から教訓を得よ」



<書評への付記>

 この話は非常に面白い。もう少しこの構想が早く動き出していれば、日本の敗戦がもう少し先の話であったなら・・これらはいずれも What-if(もし・・だったら)の話である。

 まことにもって残念な話であるが、歴史を含め人間世界というものは「複雑系」であり、単純な因果関係で論じることには限界がある。さらにまた違う道を進んでいた可能性すらあるからだ。


 しかし、日本はユーラシア大陸の内部に過剰に関与すべきではない、との思いは私には強い。

 日本は「海洋国家」であり、「大陸国家」ではない。この意味において、戦後日本の戦略は間違ってはいなかったと考える。


 戦前のイスラームへの関与が国策に沿うものであったにせよ、人的交流もふくめてきわめて活発なものであったことは、近年になって日本人イスラーム研究者たちも自覚的に意識し、発言をするようになってきている。

 本書でも詳しく扱われているように、大陸においては、モンゴル、中国、ウイグルに関与することでイスラームとムスリムの存在を知り、深く関与するようになったこと。

 本書の直接のテーマではないが、オランダ領東インド(現在のインドネシア)、英領マレーへの関与をつうじてイスラームとムスリムの存在を知り、深く関与するようになったこと。
 これらの事実については、われわれも深く自覚すべきことである。いずれも大川周明博士が関与していた。


 私自身は、高校二年のときに遭遇した、1979年のイラン・イスラム革命のインパクトがきわめて大きかった。私の世代でイスラーム研究を志した人たちはみな、同じ経験をもっているようだ、
 
 本書のような本が出版されるということは、いびつな「戦後」が終わりを告げつつある兆しである。
 この動き自体はたいへん好ましい。



PS. 新書版として9年ぶりに復刊!

『帝国陸軍 知られざる地政学戦略ー見果てぬ「防共回廊」』と改題して、新たに加筆・改稿したうえで祥伝社から新書版として2019年2月1日に刊行されます。(2019年1月23日 記す)

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PS2 著者の関岡英之氏が2019年5月に亡くなっていた

たまたま閲覧した『在日ウイグル人が明かす ウイグル・ジェノサイド ―東トルキスタンの真実』(ムカイダイス、ハート出版、 2021)の amzon サイトで見た「三浦小太郎「解説」より抜粋」にこうあったのを読んで、著者の関岡英之氏が2019年5月に亡くなっていたことを知った。

ウイグル人の多くが持つ親日感情の根本が、この「伝説」に由来しているのだが、著者はここ日本で『帝国陸軍知られざる地政学戦略-見果てぬ「防共回廊」』という一冊の書物と、同書の著者・関岡英之氏と出会うことによって、この「伝説」が歴史的事実であることを知ることになった。
そしてこの『防共回廊』は、著者のウイグル語訳を通じて、世界のウイグル人に向けて紹介されることになった。同書のうちウイグルについての章がウイグル語に翻訳され、インターネットでの公開、そしてイスタンブールでの出版が実現したのだ。しかし、その2020年に予定されていた、同地での交流会を控えた2019年5月、関岡氏は五十七歳の生涯を閉じた
「先生はアジアの誇りであった美しい大和の国日本を、魂に桜を咲かせることができる武士の生き様を、私たちウイグル人に見せてくれた。関岡英之先生は私たちが憧れ、愛した美しい日本そのものだった。」
関岡氏の志は、彼が愛しその独立と幸福を祈り続けたウイグルの人々に届き、おそらく更なる花を咲かせ続けるだろう。(*太字ゴチックは引用者=さとう)
 

享年57歳。1961年生まれなので、私とは1歳しか違わない。そのあまりにも早い死を悼む。合掌。 (2021年5月2日 記す)


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