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2015年3月20日金曜日

20年前の「地下鉄サリン事件」(1995年3月20日)という未曾有のテロ事件、その日の朝わたしが乗車していた丸ノ内線は・・・

(2015年3月20日放送のNHKスペシャル)


20年前の1995年3月20日の「地下鉄サリン事件」というテロ事件、その日わたしは・・・

「地下鉄サリン事件」から20年。月日の立つのはじつに早いものだが、この事件の強烈さは20年たっても自分のなかではまったく色あせることはない。
  
1995年1月には、大地震などおこるはずがないと思い込んで油断していた関西が虚をつかれ、そのわずか2カ月後に東京でおきた「地下鉄サリン事件」という未曽有のテロ事件。

関西と関東で連続した大地震と無差別殺人テロで、「終わりの始まり」となったのが1995年。まさに終末論的空気が濃厚に立ちこめた年であった。
    
当時わたしは、営団地下鉄丸ノ内線(・・当時はまだ「東京メトロ」ではなかった!)を使って毎朝通勤していたのだが、自分が乗っていた池袋駅行きの地下鉄車輌が、なぜか霞ヶ関駅に停車せずそのまま通過した(!)という体験をしている。その際、車内アナウンスもいっさいなされないままであった。ホームには駅員が数名いたような記憶がある。
  
「なぜ通過するのだ?」と乗客が不信感を抱いているその瞬間、爆弾テロか(?)と咄嗟にアタマに浮かんだのだが、勤務先に着いてから知ったのは、爆弾テロどころではない、猛毒性のサリンガスが撒かれたということであった。たいへんショッキングな事態であったのだ。
     
地下鉄サリン事件は、自分とは「同世代の人間」が中心に起こした事件だけに、いまでもこのテロ事件から目を背けてはいけないと思いつづけている。

さまざまな理由から現実世界に大きな違和感を感じ、閉鎖的組織にとじこもった結果、その組織内でしか通用しないロジックにからめとられていった高学歴の若者たち。はたして彼らは特殊な人間たちだと言い切れるのか? 

変わりたい、世の中を変えたいという若者たちの純な思いは、いつの時代も悪用される。

イスラーム過激派に走るムスリムの若者たちにも共通するものがあるのではないか、と・・・。




<関連サイト>

NHKスペシャル 未解決事件 File.04  「オウム真理教 地下鉄サリン事件」 (2015年3月20日(金)NHKG 午後7:30~8:45 放送 (公式サイト)

<番組概要>麻原彰晃(本名、松本智津夫死刑囚)を教祖とするオウム真理教が引き起こした
「地下鉄サリン事件」から20年が経つ。
日本の中枢・霞が関を狙った化学兵器による無差別テロは、世界にも大きな衝撃を与えた。
しかし、麻原ら13人の死刑が確定したいまも、事件には多くの謎が残されている。
なぜオウムはこのような事件を引き起こしたのか?
警察は事件を食い止めることはできなかったのか?
未解決事件では、2012年放送のFile.02でオウム真理教の暴走の原点に迫り、大きな反響を得た。
今回は、オウムの「終着点」となった地下鉄サリン事件にいたる過程を徹底検証。
堅く口を閉ざしてきた元捜査員や、死刑囚たちの新たな証言から、これまで知られていなかった事件の舞台裏が次々と明らかになってきた。
事件に至るまでの警察とオウムの水面下の攻防。
そして、裁判では沈黙した麻原の事件に関する「独白」…。
独自に入手した被害の全貌を示すデータや、サリン拡散のシミュレーションなどをもとに、
20年前の「3・20」を立体的に再現しながら、未曾有の事件が今に突き付ける課題を見つめていく。


<ブログ内関連記事>


■「地下鉄サリン事件」を引き起こしたオウム真理教と「1995年」の意味

書評 『オウム真理教の精神史-ロマン主義・全体主義・原理主義-』(大田俊寛、春秋社、2011)-「近代の闇」は20世紀末の日本でオウム真理教というカルト集団に流れ込んだ 

書評 『1995年』(速水健朗、ちくま新書、2013)-いまから18年前の1995年、「終わりの始まり」の年のことをあなたは細かく覚えてますか? 

『新世紀 エヴァンゲリオン Neon Genesis Evangelion』 を14年目にして、はじめて26話すべて通しで視聴した
・・1995年にTV放送が始まったアニメ。終末論的空気が濃厚

書評 『ゼロ年代の想像力』(宇野常寛、ハヤカワ文庫、2010 単行本初版 2008)-「アフター1995」の世界を知るために 


■「地下鉄サリン事件」とその後の被害者

書評 『スイス探訪-したたかなスイス人のしなやかな生き方-』(國松孝次、角川文庫、2006 単行本初版 2003)
國松長官 スイス アタマの引き出し

『サリンとおはぎ-扉は開くまで叩き続けろ-』(さかはら あつし、講談社、2010)-「自分史」で自分を発見するということ
・・「サリン事件」際、サリンがまかれた車輌に乗り合わせたことで後遺症に苦しむ著者の手記、


■閉鎖的な組織と組織内部のロジック

書評 『ドアの向こうのカルト-九歳から三五歳まで過ごした、エホバの証人の記録-』(佐藤典雅、河出書房新社、2013)-閉鎖的な小集団で過ごした25年の人生とその決別の記録

マンガ 『レッド 1969~1972』(山本直樹、講談社、2007~2014年現在継続中)で読む、挫折期の「運動体組織」における「個と組織」のコンフリクト

映画 『ハンナ・アーレント』(ドイツ他、2012年)を見て考えたこと-ひさびさに岩波ホールで映画を見た 
・・「『イェルサレムのアイヒマン』(1963年)で「組織と個人」の問題を考える」と「社会心理学者ミルグラムによる「アイヒマン実験」の項目を参照してほしい

映画 『es(エス)』(ドイツ、2001)をDVDで初めてみた-1971年の「スタンフォード監獄実験」の映画化

書評 『サウンド・コントロール-「声」の支配を断ち切って-』(伊東乾、角川学芸出版、2011)-幅広く深い教養とフィールドワークによる「声によるマインドコントロール」をめぐる思考

「ユートピア」は挫折する運命にある-「未来」に魅力なく、「過去」も美化できない時代を生きるということ


■地下鉄サリン事件の実行メンバーの世代

書評 『松田聖子と中森明菜-1980年代の革命-[増補版]』(中川右介、朝日文庫、2014)-1960年代生まれの世代による1980年代前半の「革命」の意味を説き明かした時代史
・・松田聖子も中森明菜も「オウム世代」と重なる1960年前後生まれの世代。「空っぽ」時代に「空虚さ」を感じていた真面目な理系青年たちのごくごく一部が教団組織に入っていた。その時代背景とは?



 
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2013年10月5日土曜日

書評『現代オカルトの根源 ― 霊性進化論の光と闇』(大田俊寛、ちくま新書、2013)― 宗教と科学とのあいだの亀裂を埋めつづけてきた「妄想の系譜」



現代オカルトの根源である「霊性進化論」は、宗教と科学とのあいだの亀裂を埋めつづけてきた「妄想の系譜」である。

その系譜が「進化」(?)した果てには、なんと「爬虫類人の陰謀」(!?)が登場するのである(笑)
 
「はあ?」な話でしょ(笑)。

そうはいっても、世の中には「マヤ暦によれば2012年に世界が終わる」など、オカルト的なお話を臆面もなく語る方々が多い。当然のことながら世界の終わりは来なかった(笑) 

その手の話題を耳にしたり書き込みを読んだ際は、けっしてあいづちも打たず反論もせず、「ああ、あれね・・」と、あくまでもココロのなかだけで思ってクチには出さず、ポーカーフェイスでやり過ごすのが大人の態度というものであろう。

とはいえ、組織内でこのような話題をクチにする場合、たんなる話題としての発言だけなら問題はないが、限りなく疑似科学的な話であることを知らないと問題は大きい。科学と疑似科学を見分けるのは簡単ではない。とくに「科学信仰が根強く残る日本のような風土では。

そのためにも本書に整理された「妄想の系譜」は、オカルトに対する「知的武装」として、あるいは「免疫」として、ひととおり目をとおしてアタマの片隅に入れておくことをすすめたい。

だが、これらの妄想系の知識そのものは、知っていたところでなんの役にたつのかよくわからないのが痛いところなのだ。おそらく著者もまた、執筆しながらそう思っているのではないかとひそかに推測する。

では、本書のテーマである「霊性進化論」という「妄想の系譜」を簡単に要約しておこう。


■「妄想の系譜」はロシアに始まりオウム真理教に至る

19世紀後半、ロシア出身の霊媒ブラヴァツキー夫人が創始した「神智学」というオカルト思想から系譜がはじまる。

この流れはルドルフ・シュタイナーの「人智学」などゲルマン世界での隆盛を経て、ついには「反ユダヤ主義」にも至るのであるが、第二次大戦後は戦勝国のアメリカを中心としたアングロサクソン世界で花開き、そのアメリカから現代日本にも流れ込んでいる。

すべてはブラヴァツキー夫人に発しているわけだが、その主著である 『シークレット・ドクトリン』 において、ダーウィンの「生物学的進化論」に対抗して、「根幹人種論」という特異な進化論を提唱しているそうだ。この「進化」という概念がじつはキーワードなのである。宗教と科学とのあいだの亀裂を埋める試みとはそういうことだ。

ブラヴァツキー夫人の「根幹人種論」の主張は、生物種としての肉体的な進化をするだけでなく、霊性もまた進化するのだということらしい。

さらに人類には「神人」と「動物化する人間」の二種類があるという。霊性に目覚めた人間のなかには「進化」して「神人」になるものがある一方、霊性に背を向けた人間は「退化」して動物にも悪魔にもなるのだという。つまり「二元論」であるわけだ。

神のような人も、悪魔のような人も存在するのがこの世の中だから、受け入れる人が少なくないというのはわからなくはない。ただ、比喩としてはさておき、わたしはこの「二元論」を事実として受ける気にはならない。

著者は、「進化」という概念を媒介することによって、従来の二元論がより具体化され先鋭化されたところに現代オカルティズムの特色があるとしている。

その「妄想の系譜」の果てにあるのが、日本で無差別テロをおこしたオウム真理教だ。その妄想的世界観において「霊性進化論的な二元論」が根幹にあることが指摘されている。

ではなぜ日本のオウム真理教にまで「霊性進化論」が流れ込んでいるかというと、それがアメリカや英国などアングロサクソン世界で流通している思想だからなのだ。戦後アメリカの圧倒的影響を受けてきた日本には当然のように英語を介して入り込んできている。

プロテスタントが主流のアメリカにおいては、進化論をどう宗教に取り込むかがつねに課題となってきた。進化論の授業を禁止している学校もあることは日本でも知られているが、進化論はアメリカにおいては、科学的事実というよりもイデオロギーとして思想信条の領域にかかわる大問題なのだ。 

「第2章 米英のポップ・オカルティズム」に項目として挙げられている、「輪廻転生と超古代史」(エドガー・ケイシー)、「UFOと宇宙の哲学」(ジョージ・アダムスキー)、「マヤ暦が示す2012年の終末」(ホゼ・アグエイアス)、「爬虫類人陰謀論」(デーヴィッド・アイク)をみれば、アメリカや英国において「進化論」がどう取り込まれてきたかが事例として理解できる。

戦後の日本は、英語を介してアングロサクソン圏の思想の影響を圧倒的に受けてきたわけだが、それらをポピュラーサイエンスに現れた科学的思考というオモテの影響とするなら、米英ポップ・オカルティズムという疑似科学としてのウラの影響を受けてきたことになるわけだ。

そもそもスピリチュアルな傾向のつよい日本は、そうした米英ポップ・オカルティズムの影響を受け入れやすい素地がある。1973年のオイルショックによる高度成長の終焉もまたそれに拍車をかけたといえよう。戦前と戦後は断絶したように見えながら、じつは連続しているのである。


■なぜ「妄想」は消えることがないのか

だが、著者が強調しているのは、なぜトンデモとして思えないような妄言や妄説に納得している人が多々いるのかということを考えなくてはならないということだ。

著者によれば、個々の人間の死に対して社会がどう向き合うのかというけっして避けて通ることができない問題にキチンとした答えてこなかったのが近代以降の世界であり、宗教と科学とのあいだの亀裂を埋めつづけてきた恣意的な霊魂観のひとつが「霊的進化論」なのだ、と。

つまり、世界解釈のひとつの方法なのである。真であるか偽であるかはさておいて。

そう捉えれば、「霊的進化論」もあながち「妄言」と片付けてしまえないわけだ。既存の宗教が個々の人間の死に対してキチンとした答えを与えることができなくなってしまった以上、答えをもとめる人たちの欲求に応じようとする思想がでてくるのは当然といえば当然だ。

その意味では、よくできたストーリー(=物語)として受け容れる人が少なくないことは、アタマで理解できないではない。ストーリーによる説明の重要性は、いまやビジネスの場でも語られるくらいだから。人はみな安心したいのである。あまり突き詰めて考えたくないのだ。思考の経済学という観点から、所与のストーリーとして受け取りたいのだ。

だから、そういうストーリーが存在し、必要とされるという事実そのものは否定はできない。わたし自身は受け入れれることはないが・・・。

近代以降の状況については、著者による前著 『オウム真理教の精神史-ロマン主義・全体主義・原理主義-』』(大田俊寛、春秋社、2011)本書とあわせて読むことをすすめたい。ロマン主義・全体主義・原理主義という近代精神の鬼子がオウム真理教を生み出したことが理解できる好著である。

自分たちの予言を成就させるためにテロを起こした日本のカルト集団が世界を震撼させたことを忘れるべきではない。これを予言の自己成就という。 

それにしても、何の役に立つかわからないようでありながら、しかし誰かがやっておかねばならない仕事をやっていただいた宗教学者の著者には敬意を表したいと思う次第だ。

ぜひ読んでほしい一冊である。


 (画像をクリック!)


目 次 

はじめに
第1章 神智学の展開
 1. 神智学の秘密教義-ブラヴァツキー夫人
 2. 大師のハイアラーキー-チャールズ・リードビーター
 3. キリストとアーリマンの相克-ルドルフ・シュタイナー
 4. 神人としてのアーリア人種-アリオゾフィ
第2章 米英のポップ・オカルティズム
 1. 輪廻転生と超古代史-エドガー・ケイシー
 2. UFOと宇宙の哲学-ジョージ・アダムスキー
 3. マヤ暦が示す2012年の終末-ホゼ・アグエイアス
 4. 爬虫類人陰謀論-デーヴィッド・アイク
第3章 日本の新宗教
 1. 日本シャンバラ化計画-オウム真理教
 2. 九次元霊エル・カンターレの降臨-幸福の科学
おわりに
主要参考文献

著者プロフィール  

大田俊寛(おおた・としひろ)
1974年生。専攻は宗教学。一橋大学社会学部卒業、東京大学大学院人文社会系研究科基礎文化研究専攻宗教学宗教史学専門分野博士課程修了。博士(文学)。現在、埼玉大学非常勤講師(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


<関連サイト>

なぜ人間はオカルトにハマってしまうのか?『現代オカルトの根源』の著者、大田俊寛氏に聞く (東洋経済オンライン 2013年8月23日)
・・本書ではあまり触れられていないマンガやアニメなどのサブカルチャーへの影響についても語られている

オウム真理教事件の真の犯人は「思想」だった(大田俊寛、SYNODOS、2014年5月15日)
・・「私は昨年公刊した『現代オカルトの根源』において、霊性進化論の思想的系譜について具体的な考察を行ったのですが、それが原因でいくつかの宗教団体から抗議を受け、団体の広報担当者と長時間にわたって議論を交わすことになりました。(・・中略・・)オウムは、七〇年代以降に生じた「宗教ブーム」という大きな流れのなかから現れた存在であり、そうしたブームを同じくした他の教団が、完全に思想的責任を免れうるということにはならないはずです。(・・中略・・)
 麻原彰晃はオカルト雑誌『ムー』の愛読者であり、一時期はそのライターとしても活動していました。彼の思想は『ムー』によって育まれ、また初期のオウムの活動は、『ムー』によって広く認知されていった。
 2012年にオウム最後の逃亡犯として逮捕された高橋克也被告の所持品のなかには、中沢新一氏の『三万年の死の教え-チベット『死者の書』の世界』(角川書店)という書物が含まれていました。この書物は、NHKが一九九三年に放映した、「チベット死者の書」というスペシャル番組をもとに作られています。 番組の内容は、一言で言えば、チベットの寒村における素朴な葬式の様子を描いたものにすぎないのですが、派手なCGや音響を随所に用いることにより、「死後の世界」をリアルに実感させるような演出が施されている。 この番組は当時、オウムが布教の手段の一つとして使用していたことが知られています。地下鉄サリン事件以前は、こうした番組が公共放送でも流されていたのです。今でもDVDが販売されていますので、一度視聴してみれば、オウムが日本社会で受容され、成長していった当時の雰囲気を実感できるかもしれません。」

と学会公式HP
・・いわゆる「トンデモ本」というラベリング(=レッテル貼り)を果敢に行い、世の中を啓蒙してくれた20年間の功績(笑)をおおいにたたえるべし!

(2017年8月31日 情報追加)


<ブログ内関連記事>

書評 『オウム真理教の精神史-ロマン主義・全体主義・原理主義-』(大田俊寛、春秋社、2011)-「近代の闇」は20世紀末の日本でオウム真理教というカルト集団に流れ込んだ
・・この本は同じ著者による『現代オカルトの根源』とぜひ一緒に読んでほしい


■オカルト的世界観

「ルドルフ・シュタイナー展 天使の国」(ワタリウム美術館)にいってきた(2014年4月10日)-「黒板絵」と「建築」に表現された「思考するアート」

書評 『ドアの向こうのカルト-九歳から三五歳まで過ごした、エホバの証人の記録-』(佐藤典雅、河出書房新社、2013)-閉鎖的な小集団で過ごした25年の人生とその決別の記録

スティーブ・ジョブズの「読書リスト」-ジョブズの「引き出し」の中身をのぞいてみよう!
・・1960年代から70年代にかけてのカリフォルニアという風土

グラフィック・ノベル 『スティーブ・ジョブズの座禅』 (The Zen of Steve Jobs) が電子書籍として発売予定

書評 『稲盛和夫流・意識改革 心は変えられる-自分、人、会社-全員で成し遂げた「JAL再生」40のフィロソフィー』(原 英次郎、ダイヤモンド社、2013)-メンバーの一人ひとりが「当事者意識」を持つことができれば組織は変わる
・・限りなくオカルト的な世界観

書評 『オーラの素顔 美輪明宏のいきかた』(豊田正義、講談社、2008)-「芸能界」と「霊能界」、そして法華経

『鉄人を創る肥田式強健術 (ムー・スーパー・ミステリー・ブックス)』(高木一行、学研、1986)-カラダを鍛えればココロもアタマも強くなる!


■アングロサクソン特有の特異な思想

『エコ・テロリズム-過激化する環境運動とアメリカの内なるテロ-』(浜野喬士、洋泉社新書y、2009)を手がかりに「シー・シェパード」について考えてみる
・・英米系アングロサクソン特有の特異な思想

書評 『2045年問題-コンピュータが人間を超える日-』(松田卓也、廣済堂新書、2013)-「特異点」を超えるとコンピュータの行く末を人間が予測できなくなる?
・・英米系アングロサクソン特有の特異な思想


■宗教と科学-両者の葛藤と類似性

書評 『人間にとって科学とはなにか』(湯川秀樹・梅棹忠夫、中公クラシック、2012 初版 1967)-「問い」そのものに意味がある骨太の科学論

書評 『アメリカ精神の源-「神のもとにあるこの国」-』(ハロラン芙美子、中公新書、1998)-アメリカ人の精神の内部を探求したフィールドワークの記録
・・アメリカ人の精神「三重構造」の一番底にある、いわば「超自然意識」とでもいえる合理的、科学的でない神秘、超自然、夢、予感の世界に注目


■キリスト教と進化論

書評 『神父と頭蓋骨-北京原人を発見した「異端者」と進化論の発展-』(アミール・アクゼル、林 大訳、早川書房、2010)-科学と信仰の両立をを生涯かけて追求した、科学者でかつイエズス会士の生涯
・・古生物学者で北京原人の発見者の一人でもあったイエズス会司祭は、キリスト教と進化論を融合させた思想ゆえにバチカンから破門された


■「トンデモ系」な人たち

書評 『陰謀史観』(秦 郁彦、新潮新書、2012)-日本近現代史にはびこる「陰謀史観」をプロの歴史家が徹底解剖

書評 『ブリキ男』(秋山祐徳太子、晶文社、2007)
・・『泡沫桀人列伝-知られざる超前衛-』(二玄社、2002)という「トンデモ」なアーチストたちが笑える知られざる名編

おもしろ本の紹介 『偽書「東日流(つがる)外三郡誌」事件』(斉藤光政、新人物文庫、2009)

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2013年7月10日水曜日

書評『オウム真理教の精神史 ― ロマン主義・全体主義・原理主義』(大田俊寛、春秋社、2011)―「近代の闇」は20世紀末の日本でオウム真理教というカルト集団に流れ込んだ



「1995年」とはなにか? なぜ「1995年」が時代の区切りとなっているのか?

1995年は阪神大震災、そしてサリン事件とたてつづけに日本をゆるがすような大事件が発生した年である。

関西では大地震などおこるはずがないと思い込んで油断していたところに虚をつかれ、そのわずか2カ月後に東京でおきたサリン事件という未曽有の毒ガステロ事件によって、日本だけでなく世界が震撼することになった。

1995年は日本にとっては分水嶺となった年である。「3-11」が発生した2011年から時間がたつにつれて、ますますその感を深くしている。

ハルマゲドンを計画していたオウム真理教だが、麻原彰晃を除く中核メンバーたちのほとんどが、1962年生まれのわたしの世代とほぼ重なることは否定できない事実である。

「1999年に世界は滅亡する」というオカルト的な「妄想」は、1973年に出版された『ノストラダムスの大予言』というベストセラーによって日本中に拡散することとなったが、その1973年は石油ショックの発生によって高度成長時代が終焉した年でもある。その当時、小学生であったわたしの世代にとって、その「妄想」は受け入れる受け入れないは別にして、ほぼ「常識」となっていたたのである。

いわゆる「終末論」的な空気のなかで育った小学生たちが成長し、そのきわめてごく一部がオウム真理教に吸収されていったのであるが、こうした時代の「空気」を無視しては理解できないことだろう。いまから考えればまったくもって荒唐無稽な話であるが・・・。

そしてこの「空気」は、学生運動が挫折した以降の日本でも浸透をはじめていたアメリカ西海岸を中心としたカウンター・カルチャー・ムーブメントとも重なり合うものであった。その担い手は1970年代に20歳代であった人たちが中心であった。

ヨーガなどの東洋思想は、伝統的な仏教からストレートに延長線上のものというよりも、むしろアメリカからの「逆輸入」によるものと考えたほうがいい。それは、総称して「ニューエージ運動」(New Age Movement)と呼ばれていたもので、米国西海岸のカリフォルニアから入ってきた。

アップルの創業者スティーブ・ジョブズなどは、まさにその渦中で青春を送った人物であることは、若き日のインド放浪や、禅仏教やインド思想への傾倒ぶりからもうかがい知ることができるだろう。ビートルズのメンバーたちもまた同様だ。

1980年代後半のバブルに狂奔した時代、しかしすべての人がバブルに酔っていたわけではない。バブルという時代になんとなく違和感を感じていた人は、わたしもふくめて少なくなかったはずだ。そのなかでもごく一部がオウム真理教のなかに吸い込まれていったと考えるべきなのだ。

そして1960年代世代に影響を与えたのが、先行者である1950年代世代であった。


■1950年代生まれの宗教学者たちに対する根源的批判

オウム真理教の主要メンバーたちは、わたしと同世代の1960年代生まれであったが、中沢新一や島田裕巳などオウム真理教にかかわった宗教学者たちはいずれも1950年代生まれであり、ちょうど一世代上にあたる。

その世代におけるマイノリティは、同じ世代のマジョリティには影響力がなくても、そのひとつ下の世代には影響を与えるという構図がある。これはマンガやアニメ作品でも同様だ。同世代ではなく一つ上の世代からの影響は、健全な批判精神が目覚めるまでは無意識レベルのものとして受容される。もちろん、すべての人間がそうだとは言わないが。

著者の大田俊寛氏は1974年生まれの気鋭の宗教学者。1960年代世代であるオウム世代より一回り下の世代にあたる。中沢新一からは二世代下の世代にあたる。ある意味では、1960年代世代に対しても、1950年世代に対しても、ともに距離感をもって相対的に対象化できるポジションにあるといっていい。

本書は、オウム真理教的なものを批判するよりもむしろそれに加担した1950年代世代の宗教学者たちへの根源的な批判である。

著者は1995年をどう体験したか個人史については直接は語っていないが、当時19歳であったということは大学一年か二年であったということであり、すくなからぬインパクトを受けていることは想像可能だ。宗教学を専攻するのいたった動機の一部もそこにあるのかもしれない。

オウム真理教とは「近代」が生み出した闇である「ロマン主義・全体主義・原理主義」という宗教・哲学・政治思想が、20世紀末の日本で「合体」したものであった。結論はすでにこの本の副題に言い尽くされている。


■ロマン主義・全体主義・原理主義という近代精神の鬼子

近代が生んだ「啓蒙主義」が救い取れなかった「死」という問題。これを救いあげたのがロマン主義であり、全体主義、そして原理主義であった。そしてその終着点がオウム真理教であったわけだ。

この本はアタマから順番に読んでいくといい。いっけん遠回りに見えるかもしれないが、読んでいくうちに、ぞれぞれの思想がオウム真理教にいかなる影響を直接的または間接的に与えていったかが追跡できるようになっているからだ。

最終章の「第5章 オウム真理教の軌跡」は、ある意味では事実関係に即しながらの「おさらい」となっている。答えはすでに出ているから、応用編といってもいいかもしれない。

本書を読んでいてつよく印象を受けるのは、ロマン主義・全体主義・原理主義という思想を生みだした地である西欧とアメリカとの違いである。

まずは、『オウム真理教の精神史』の帯文のウラに引用されたヒトラーの『わが闘争』の文章を見ておこう。

天地創造は終わっていない。少なくとも人間という生物に関するかぎり終わっていない。人間は超克されねばならぬものである。人間が神になる。人間は生成途上の神である。人間は自己の限界を乗り越えるべく、永遠に努力しなければならない。立ちどまり閉じこもれば、衰退して、人間の限界下に落ちてしまう。半獣となる。神々と獣たち。世界の前途は今日、そのようなものとしてわれわれの行く手にあるのだ

ナチスの思想に表明された思想は、まさにオカルトそのものである。これはヒトラーが第一次大戦から復員し、政治運動に目覚めてドイツのミュンヘンで一揆をおこし、逮捕された獄中で口述筆記した文章の一部である。

「近代の闇」が生み出したロマン主義・全体主義・原理主義という思想は、第二次大戦の惨禍だけではなく、ユダヤ人虐殺という形でぬぐいきれない汚点をヨーロッパ史に残した。このためヨーロッパではいまでもロマン主義・全体主義・原理主義という思想には警戒感がつよい。

しかしながら、戦勝国であったアメリカでは逆に免疫がなかったためであろう、能天気なことにロマン主義・全体主義・原理主義という思想は「ニューエイジ」という思想に流れ込み、ひいては敗戦によってアメリカの影響を多大に受けてきた日本にも1970年代以降に流れ込んできたことはすでに見たとおりだ。

しかも、日本では「前近代的」な要素とアメリカ由来の「ニューエイジ」が合体した結果、「精神世界」という一分野ができあがることになる。そしてその延長線上にオウム真理教が位置づけられるというのが著者の結論だ。

オウム真理教なる現象がけっして日本仏教の内部から出てきたものではなく、むしろ近代思想の鬼子の終着点として形成されたという認識をもたなくてはならないのだ。

もちろん、それによって日本の仏教界が免責されるものではない。


■「近代」の鬼子であるロマン主義・全体主義・原理主義はその生命を終えたのか?

1991年にソ連は崩壊したが、ソ連はフランス革命をもたらした「啓蒙主義」の延長線上にあった人工国家であった。ソ連の崩壊は、「啓蒙主義」の死と捉えることも不可能ではあるまい。

はたして1995年のオウム真理教事件は「啓蒙主義」が生み出した鬼子である「ロマン主義・全体主義・原理主義」の死であったのだろうか?

いや、近代が生んだ「啓蒙主義」の申し子であるアメリカはまだまだ生きている。そのアメリカでは啓蒙主義の裏面で、近代の闇であるロマン主義・全体主義・原理主義は生き続けているのではないか? 

また、オウム真理教を生み出した日本だが、いまいかなる状況にあるといっていいのだろうか?

この本を読んでいて思ったのは、グローバリズムという大きな「不安」におびえる日本人は、そこにある種の「終末論」を感じているのではないかという疑問だ。

これからは英語ができないと生きていけないなどグローバリズムに乗っかってそれをあおる側も、あおられて不安と恐怖を感じている側も、いまだ「終末論」の枠組みで物語を語っているように思えてならないのだ。グローバル社会のなかで日本が消滅してしまうという終末論である。

グローバリズムによってフラット化し、「新自由主義」によって個人としてバラバラになってしまった日本人だが、2011年の「3-11」以降は「つながり」や「きづな」を求めてコミュニティを再編集するる方向も始まっている。「ロマン主義・全体主義・原理主義」によらない生き方への模索、そしてその芽はすでに生まれているととポジティブに捉えるべきかもしれない。もちろん、オカルト的発想が消えてなくなるとは思えないが。

本書が出版されたのは奥付によれば2011年3月20日とある。「3-11」の直後であるが、じっさいにはその時点では印刷は終わり配本も行われていたことだろう。「3-11」以後について、1974年生まれ世代の著者がどう捉えているのかぜひ知りたいところである。

本書は、宗教学や思想史についてある程度の基本的な知識をもっている人であれば復習をかねながら読んでいけるし、そうではない場合も懇切丁寧な説明がなされているので、アタマから順番に読んでいけば十分に理解できるように書かれている。

「アフター1995」に生きるわれわれは、逃げることなく「1995年」の意味について考え続けなくてはならないのだ。


 (2023年の「増補版」 画像をクリック!)


目 次

序章

  一九九五年を振り返って
  オウムに関する元信者の著作
  オウムに関するジャーナリストの著作
  オウムに関する学問的著作
  近代宗教としてのオウムについて考えるために

第1章 近代における「宗教」の位置

 1. そもそも「宗教」とは何か
  「つながり」を生きる人間
  虚構の人格-宗教の変遷
 2.キリスト教共同体の成立と崩壊
  「キリストの身体」の分有
  教皇主権から宗教改革へ
 3.近代の主権国家と政教分離
  王権神授説から社会契約論へ
  ホッブズの『リヴァイアサン』
  ルソーの『社会契約論』
  国家主権と政教分離-いくつかの問題点

第2章 ロマン主義-闇に潜む「本当のわたし」

 1.ロマン主義とは何か
  啓蒙主義-近代思想の二つの潮流(1)
  ロマン主義-近代思想の二つの潮流(2)
  社会の巨大化・流動化・複雑化
 2.ロマン主義の宗教論
  シュライアマハーの『宗教論』
  『宗教論』とオウムの教義の共通性
 3.宗教心理学
  ジェイムズの『宗教的経験の諸相』
  ユングによる「自己」の心理学
 4.神智学
  ブラヴァツキー夫人と神智学
  神智学の宇宙論・身体論・転生論
  不死の超人
 5.ニューエイジ思想
  ニューエイジ思想とは何か
  トランスパーソナル心理学
  ドラッグ神秘主義
  インドの導師たち
 6.日本の精神世界論におけるヨーガと密教
  本山博の超心理学
  桐山靖雄の阿含宗
  中沢新一のチベット密教研究

第3章 全体主義-超人とユートピア

 1.全体主義とは何か
  アーレントの『全体主義の起原』
  全体主義的体制の特色
 2.カリスマについての諸理論
  メスメリズム
  ニーチェの超人思想
  ウェーバーのカリスマ論
  群衆心理学
  精神分析のパラノイア論
  カリスマと群衆の交感
 3.ナチズムの世界観
  ヒトラーの『わが闘争』
  ユダヤ=フリーメーソン陰謀論-『シオンの賢者の議定書』
  アーリア人種論-人間とは生成途上の神である
  強制収容所と「生命の泉」
 4.洗脳の楽園
  グルジェフの「ワーク」
  ヤマギシ会の農業ユートピア
  孤独に耐えるか、全体に没入するか

第4章 原理主義-終末への恐怖と欲望

 1.原理主義とは何か
  「原理主義」概念の起源とその一般化
  近代に原理主義が興隆する理由
 2.アメリカのキリスト教原理主義
  ハル・リンゼイの『今は亡き大いなる地球』
  ブランチ・ダビディアン
 3.日本のキリスト教原理主義
  中田重治の日ユ同祖論
  酒井勝軍と竹内文書
  宇野正美のユダヤ陰謀論
  武田崇元の霊学的終末論
 4.ノストラダムスの終末論
  五島勉の『ノストラダムスの大予言』
  川尻徹の『滅亡のシナリオ』 

第5章 オウム真理教の軌跡

 1.教団の設立まで
  松本智津夫の生い立ち-あらかじめ奪われた光
  宗教遍歴の時期
 2.初期のオウム教団
  『トワイライトゾーン』のインタビュー
  神仙民族とヒヒイロカネ
  『超能力「秘密の開発法」』
  『生死を超える』
 3.オウム真理教の成立と拡大
  オウム真理教への改称
  『イニシエーション』
  日本シャンバラ化計画
  どのような人がオウムに入信したか
  出家修行の実態
 4.「ヴァジラヤーナ」の開始
  真島事件と田口修二殺害事件
  終末論の進化
  坂本弁護士一家殺害事件
 5.国家との抗争
  衆院選の敗北
  ボツリヌス菌散布計画と石垣島セミナー
  シャンバラ国の建設-波野村と上九一色村
  ロシア進出と本格的武装化
  「洗脳」と「脱洗脳」の相克
  省庁制と真理国基本律
  サリンの開発と散布
  11月→戦争
 6.オウムとは何だったのか
  「人は死ぬ、必ず死ぬ、絶対死ぬ」
  日本の問題
 
おわりに
主要参考文献
索引


著者プロフィール

大田俊寛(おおた・としひろ)
1974年生。専攻は宗教学。一橋大学社会学部卒業、東京大学大学院人文社会系研究科基礎文化研究専攻宗教学宗教史学専門分野博士課程修了。博士(文学)。現在、埼玉大学非常勤講師(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。

<関連サイト>

オウム事件から「何も学ばなかった」日本の学者たち-宗教学者・大田俊寛氏インタビュー(BLOGOS編集部  2012年07月11日)

アニメ 『バビル二世』(1973年) (YouTube)
・・私より世代が下の大田俊寛氏は触れていないが、1962年生まれのわたしと同じ世代が12歳の頃、熱狂的にはまっていたTVアニメが『バビル二世』だ。とくにED(エンディング)のテーマ曲の歌詞がすごい! まさに1973年なわけだ。歌はアニキこと水木一郎の絶唱!


The “Mind Control Fantasy” in Japan After Aum Shinrikyo. (1~5)
オウム事件後の日本における「マインド・コントロール幻想」

1.オウム真理教の学術的研究

2.MKウルトラとその影響

3.オウムが抱いた「マインド・コントロール」の夢

4.反カルト運動

5. ディプログラミングに対する誤解


Toshihiro Ota profile
A Japanese scholar reflects on the strange success in Japan of discredited theories about “brainwashing” allegedly practiced by “cults.” by Toshihiro Ota* 

*A paper presented at the symposium organized by the Institut français de recherche sur l’Asie de l’Est (IFRAE) in Paris, March 20, 2025, “L’héritage de l’affaire Aum à la société japonaise: 30 ans après les attentats au gaz sarin du métro de Tokyo.” 




(2025年9月24、26日 情報追加)


<ブログ内関連記事>

書評 『現代オカルトの根源-霊性進化論の光と闇-』(大田俊寛、ちくま新書、2013)-宗教と科学とのあいだの亀裂を埋めつづけてきた「妄想の系譜」 ・・『オウム真理教の精神史』と重なる部分もあるが、戦後日本のサブカルチャーに英米オカルティズムが与えた深い影響を知ることができる好著

書評 『スイス探訪-したたかなスイス人のしなやかな生き方-』(國松孝次、角川文庫、2006 単行本初版 2003)
・・「サリン事件」当日のわたし自身の経験については<付記>に記してある


■「高度成長」後=「近代の終焉」後の日本社会

マンガ 『レッド 1969~1972』(山本直樹、講談社、2007~2014年現在継続中)で読む、挫折期の「運動体組織」における「個と組織」のコンフリクト
・・閉鎖的組織が生み出す悲劇はカルトに共通する

書評 『ゼロ年代の想像力』(宇野常寛、ハヤカワ文庫、2010 単行本初版 2008)-「アフター1995」の世界を知るために

書評 『現代日本の転機-「自由」と「安定」のジレンマ-』(高原基彰、NHKブックス、2009)-冷静に現実をみつめるために必要な、社会学者が整理したこの30数年間の日本現代史


■大田俊寛氏が批判する先行世代の宗教学者たち

書評 『アースダイバー』(中沢新一、講談社、2005)-東京という土地の歴史を縄文時代からの堆積として重層的に読み解く試み

書評 『緑の資本論』(中沢新一、ちくま学芸文庫、2009)-イスラーム経済思想の宗教的バックグラウンドに見いだした『緑の資本論』

「宗教と経済の関係」についての入門書でもある 『金融恐慌とユダヤ・キリスト教』(島田裕巳、文春新書、2009) を読む


■宗教なき時代である近代と宗教の関係

・・ただし佐藤優の「近代」認識には問題がある。彼の理解はあくまでもプロテスタント神学のものであり、日本の現実にあてはまめるには無理があることに留意する必要がある。わたしは、特定の宗教の立場にはない大田俊寛氏の理解のほうがはるかに腑に落ちるものがあると考える

『「経済人」の終わり』(ドラッカー、原著 1939)は、「近代」の行き詰まりが生み出した「全体主義の起源」を「社会生態学」の立場から分析した社会科学の古典
・・「第4章の「キリスト教の失敗」については、全体のなかではちょっと異質な感じのする章である。背景となる文脈はいまひとつ読みにくいということがある。・・(中略)・・知的エリートたちが「経済人」モデルの問題点を解決するためにキリスト教倫理に戻ってきたのに対し、一般大衆は慣習以上の関心をキリスト教に対しては抱いていなかったということが指摘されているのだ。つまり、キリスト教はすでにヨーロッパにおいて熱情を失っていたことであり、そのために宗教的な熱情をともなう「全体主義」に引き寄せられたという分析だ」 本書とあわせて読んでおきたい名著

書評 『ドアの向こうのカルト-九歳から三五歳まで過ごした、エホバの証人の記録-』(佐藤典雅、河出書房新社、2013)-閉鎖的な小集団で過ごした25年の人生とその決別の記録


■キリスト教と進化論

書評 『神父と頭蓋骨-北京原人を発見した「異端者」と進化論の発展-』(アミール・アクゼル、林 大訳、早川書房、2010)-科学と信仰の両立をを生涯かけて追求した、科学者でかつイエズス会士の生涯
・・古生物学者で北京原人の発見者の一人でもあったイエズス会司祭は、キリスト教と進化論を融合させた思想ゆえにバチカンから破門された


■東洋思想の世界的影響拡大


合気道・道歌-『合気神髄』より抜粋

(2014年6月18日、8月14日、2015年7月25日、2017年8月31日 情報追加&再編集)


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