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2026年5月27日水曜日

「河鍋暁斎の世界 ゴールドマン コレクション」(サントリー美術館)に行ってきた(2026年5月27日)― 日本よりも海外で高く評価され愛好されてきた天才画家の最大コレクション

 

「河鍋暁斎の世界 ゴールドマン コレクション」(サントリー美術館)に行ってきた(2026年5月27日)。河鍋暁斎(かわなべ・きょうさい)は、幕末から明治時代にかけて活躍した天才画家である。

ありとあらゆる画題を縦横無尽に描きまくった曉斎、その全貌を現時点では世界最大のコレクションから精選して出品されている。

曉斎については知っていても、一部しか見たことのないわたしにとって、今回の企画展は大いに期待していたものであり、その期待はまったく裏切られることはなかった

ほぼ同時期に見た日本の明治時代後期の洋画家の作品があまりにも陳腐で、まったく取るに足らぬほど印象の薄いものと感じたのもむべなるかな。天才と秀才の違いである。


(パンフレットの裏)


河鍋暁斎といえばカエルである。カエルの学校、カエルの行列、カエルどうしの戦争などなどの戯画や諷刺画。 3歳のときに最初に描いた絵がカエルだったというエピソードがある曉斎ならではである。

『河鍋暁斎戯画集』(山口静一/及川茂編、岩波文庫、1988)のカバーには、人力車を引くカエルと、人力車でふんぞり返っているカエルが描かれている。戯画であり、明治時時代初期の風俗を諷刺したものであるが、なんと生き生きとしたカエルであることか!





■日本よりも外国のファンの多い暁斎

今回の企画展は、「河鍋暁斎の世界 ゴールドマン コレクション」というタイトルにあるとおり、ゴールドマン氏のコレクションの日本公開である。

イスラエル・ゴールドマン氏は英国人の美術商で、日本版画を中心にディールしているそうだ。暁斎に惚れ込んで、現時点では世界最大のコレクターとなっている。

どうも河鍋暁斎は日本では正統の美術史から除外されてきたようだが、生前から外国人のファンが多いようだ。

「奇想の系譜」で有名な美術史家・辻惟雄氏が単独執筆した『日本美術史』の英語版の表紙カバーには、なんと北斎ではなく暁斎のカエルの戯画が使用されている。日本語のオリジナル版にも収録されている大英博物館蔵の作品である。

それほど、河鍋暁斎は外国受けする日本人画家なのであろう。




『日本の開国  ―  エミール・ギメ あるフランス人の見た明治日本(知の再発見双書54)』(創元社、1996)によれば、日本の宗教事情の調査のために来日した実業家のギメと同行した画家のフェリックス・レガメは、二人で暁斎を訪問している。

北斎没後では最高の日本人画家として暁斎を評価しており、河鍋暁斎とレガメの日仏両国の画家は、お互いの似顔絵を描いてエールの交換までしているのだ。スケッチをするレガメの姿は暁斎が描いたものであり、上掲書に掲載されている。


(曉斎が描いたレガメ wikipedia英語版より)


外国人の曉斎ファンといえば、なんといっても特筆すべきは、「日本の西洋建築の父」あるいは「日本近代建築の父」と称されるジョサイア・コンドルであろう。好きが高じてなんと暁斎に弟子入りまでしているのだ。

このことは、一昨年のことだが、はじめて駒込の「古河庭園」を訪問した際にはじめて知った。

三菱財閥の別邸である古河庭園の庭園内のレンガ造りの洋館はコンドルの設計で、館内には暁斎とコンドルとの師弟関係を示した展示品があった。暁英(きょうえい)と名乗ることを許されたコンドルの日本画は、玄人はだしであることに驚かされた。

その後、品切れになっていた 『河鍋暁斎』(ジョサイア・コンドル、山口静一訳、岩波文庫、2006)に重版がかかったのでさっそく入手し、その全貌について知ることができたという次第。コンドルにかんしては、建築家としてだけでなく、河鍋暁斎のコレクターで、しかも日本画家でもあったことも知っておきたい。




おそらくユダヤ系であろうゴールドマン氏も、ジョサイア・コンドルとおなじく英国人である。河鍋暁斎好きは意外なことに英国人好みなのだろうか? 

ゴールドマン氏のコレクションには、「旧ジョサイア・コンドル所蔵」のものだけでなく、「福富太郎所蔵」のものも含まれている。浮世絵コレクターとしても著名だった「キャバレー王」福富太郎である。ゴールドマン氏は、会場で上映されていた動画の挨拶で福富太郎のことを熱く語っていた。曉斎愛は国境を越える。

今回展示されている屏風絵仕立ての「百鬼夜行図」は、旧福富太郎コレクションである。こういう愉快な絵を見ていると、2020年代の日本人のほうが、暁斎をよく理解できるのかもしれないと思う。マンガやアニメにどっぷり浸かって育った現代日本人には、まったく違和感など感じさせないのである。

ゴールドマン氏は、コレクションを大英博物館に寄託しているとのこと。自宅で密かに楽しむのなんてケチくさいことはしないというのが素晴らしい。



北斎が自称「画狂人」なら、暁斎は自称「画鬼」(ガキ)

行きの電車のなかで村松梢風の『本朝画人傳 巻四』(中公文庫)所収の「河鍋暁斎」を読んでおいたが、これは正解だった。

まずは奇想の浮世絵師・歌川国芳に弟子入りし、そのつぎに正統派である狩野派で基礎をきっちり学び、その後は独自にさまざまな流派の画法を研究して自分のものとしたことを知った。

河鍋暁斎が少年時代の狩野派で学んでいたころ、川に流れてきた生首を写生したエピソードなど、なるほど「画鬼」(がき)と自称した曉斎ならではである。北斎が自称「画狂人」であるなら、暁斎は自称「画鬼」(ガキ)であったわけだ。

ちなみに「画鬼」(demon of painting)をタイトルにした企画展が開催されていたようだ。
Demon of Painting: Art of Kawanabe Kyosai,  Timothy Clark, 1993 という図録が出版されている。



英語版の wikipedia の河鍋 暁斎の項にはこうある。


Kawanabe Kyōsai (河鍋 暁斎; May 18, 1831 – April 26, 1889) was a Japanese painter and caricaturist. In the words of art historian Timothy Clark, "an individualist and an independent, perhaps the last virtuoso in traditional Japanese painting".


「伝統的な日本絵画の最後のヴィルトゥオーゾ」という評価である。ヴィルトゥオーゾとはイタリア語で巨匠のことだ。

そんな曉斎は、旺盛な好奇心の持ち主であり、ありとあらゆるものを観察して写生し、そのイメージをアタマの引き出しに蓄えていたからこそ、どんな画題であろうと即座に描き下ろすことが可能だったのだ。

構想を練ってから取り組んだ大作だけでなく、いわゆる鑑画会で即興で描き下ろした作品にもすばらしいものがあるのはそのためだ。



■狩野派最後の天才画家であった狩野芳崖


帰りの電車内でおなじく『本朝画人傳 巻四』(中公文庫)所収の「狩野芳崖」を読んだ。

狩野芳崖は、狩野派最後の天才画家とよばれていて、フェノロサと岡倉天心による「日本画」構想の重要な担い手と期待された人物である。

『本朝画人傳』の中公文庫版は、没年でそろえて再編集されているので、1889年に58歳で亡くなった河鍋暁斎のすぐ前に、1888年(明治20年)59歳で亡くなった狩野芳崖が収録されている。

じつは、河鍋暁斎(1831~1889)と狩野芳崖(1828~1888)は、ほぼ同時代生きた画家なのである。

しかも、この二人の天才画家には、意外なことに共通点も少なくない。二人とも狩野派の出身であることだけでなく、奇人変人の類いの芳崖ほどではないが、曉斎も能の愛好家あったことなどがそうだ。

さらにいえば、曉斎も芳崖も、二人とも外国人によって高く評価されたことは特筆すべきだろう。前者は英国人のコンドル、後者は米国人のフェノロサである。

とはいえ、あらゆる流派の画法を身につけた河鍋暁斎が明治時代に入ってからも大いに受けまくっていたのに対して、徳川幕府の崩壊とともに大名というパトロンを失った狩野派の狩野芳崖は、貧乏のどん底で苦しんでいた。

そんな芳崖の「仁王捉鬼図」が、『本朝画人傳 巻四』のカバーに採用されている。


(狩野芳崖の「仁王捉鬼図」)


芳崖といえば、完成間際で亡くなったことで遺作となった「悲母観音」(ひもかんのん)が有名だが、「仁王捉鬼図」における仁王がその首をつかんでいる鬼の苦悶の表情は、ほとんどマンガである(笑)

河鍋暁斎と狩野芳崖が、いっしょに論じらることなどほとんどないようだが、意外に似たようなテイストも示しているのが面白い。2020年の現時点で見ると、作品を作品として虚心坦懐に見ることができるようになるのかもしれない。

岡倉天心という権威づけもあって、オーソドックスな「日本美術史」に位置づけられいる芳崖と違って、正当に評価されてこなかった曉斎だが、そういった権威づけとは関係なく、作品本位で評価することがいかに大事なことか。この点は、とかくブランド(=名前)で判断しがちな日本人は、大いに反省すべきであろう。

日本サイドが海外に売り出したい画家、日本サイドの意向にかかわりなく海外勢のお気に入りの画家。この両者には大きな違いがある。現代では村上隆など、その代表的存在であろう。

美術品は、その作者の死後ほんとうの評価が定まる。生前に評価されても死後忘れ去られてしまう流行画家。死後だいぶたってから再評価される画家。死後のことなど誰にもわからないが、アーチストにとってはひたすら自分の思うままに作品をつくることのみ。






今回はミュージアムショップでマグネットを3ケ購入。今回はめずらしくマグネット愛好家のわたしの趣味にあった作品がマグネット化されていたのはうれしいことであった


画像をクリック!




PS 美術コレクターとしての福富太郎

曉斎のコレクターでもあった福富太郎についてもっと知りたいと思って資料を探していたら、『 芸術新潮 2021年5月号』で「キャバレー王は戦後最高のコレクター 「福富太郎」伝説」が特集されていることを知り、さっそく入手して読んでみた。


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福富太郎氏は、すでに2018年に亡くなっている。その生前に暁斎のコレクションを一括してイスラエル・ゴールドマン氏に譲渡したようだ。

美術コレクターとしての福富太郎については、もっと知られていい。

(2026年6月7日 記す)




<ブログ内関連記事>



■日本人よりも外国人が高く評価してきた日本人画家

・・明治時代の日本美術発見者であるフェノロサとビゲローによる収集品は、その大半がボストン美術館に収蔵されている

書評 『若冲になったアメリカ人-ジョー・D・プライス物語-』(ジョー・D・プライス、 山下裕二=インタビュアー、小学館、2007) 
・・テーマ性で収集したジョブズやドラッカーとは異なり、埋もれていた一人の絵師の作品に惚れ込んだアメリカ人コレクターによるコレクション


■日本美術のコレクターたち

『ドラッカー・コレクション 珠玉の水墨画- 「マネジメントの父」が愛した日本の美-』(千葉市美術館)に行ってきた(2015年5月28日)-水墨画を中心としたコレクションにドラッカーの知的創造の源泉を読む 
・・青年期まで過ごしたウィーンやフランクフルトなどで接していた、第一次世界大戦と同時代の「ドイツ表現主義」が実現できず終わったことを、すでに江戸時代の日本人が禅画で実現していたとドラッカーは言う。「写実」ではなく「写意」として

・・「新版画」の橋口五葉や川瀬巴水



■その他の日本美術






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2013年1月27日日曜日

「石に描かれた鳥たち ― ジョン・グールドの鳥類図譜」(玉川大学教育博物館)にいってきた(2013年1月26日)― 19世紀大英帝国という博物学全盛時代のボタニカルアート



玉川大学教育博物館で開催されている「石に描かれた鳥たち-ジョン・グールドの鳥類図譜」にいってきました。

東京とその周辺をマヒさせた1月14日の大雪の日に天皇皇后両陛下の行幸啓、そしてそのあと1月22日には秋篠宮殿下ご夫妻もご覧になったという展覧会。しかも、ともにご説明をされたのが「ジョン・グールドの鳥類図譜」の研究をされている黒田清子さま。みなさま生物学の研究者でもいらっしゃいますね。

マスコミでも取り上げられて大好評のため、3月24日まで会期延長されたのでぜひ足を延ばしてみるといいいでしょう。わたしは、玉川学園の諮問委員をつとめているので、学芸員の方にご案内していただきました。

以下に主催者による概要を掲載しておきましょう。

●会期(前期): 2012年11月5日(月)~12月7日(金) 3月1日(金)~24日(日)に再公開
●会期(後期): 2012年12月10日(月)~2013年2月28日(会期はそのまま延長)
●休館日: 土・日・祝日
●臨時開館日:2月16日(土)、23日(土)、24日(日)、3月2日(土)、9日(土)、16日(土)、23日(土)、24日(日)
●開館時間: 9:00~17:00(入館は16:30まで)
●会場: 玉川大学教育博物館 第1展示室
*小田急線玉川学園前駅下車徒歩15分
*構内は教育活動が行われておりますので、車での来館はご遠慮ください。
*入校時に詰所で入校手続を行ってください。
教育博物館までのアクセス(←クリック)
●入場料: 無料
●主催: 玉川大学教育博物館
協力: カンザス大学ケネス・スペンサー・リサーチ・ライブラリー

内容  イギリス人ジョン・グールドが19世紀に製作した鳥類図譜全40巻とその関連資料を展示します。また、グールドの資料を多く所蔵するアメリカのカンザス大学スペンサー・リサーチ・ライブラリーの全面協力を得て、図譜の製作方法のコーナーを設け、工程を複製で再現します。
その他:図譜への負担を軽減するため、定期的に展示するページを変更いたします。ご了承ください。(毎週金曜日の閉館後に、図譜のページを変更します。なお、1月11日(金)と25日(金)のページ変更は行いません。)



黒田清子さまが勤務されている山階鳥類研究所(・・秋篠宮様が総裁)には、ジョン・グールドの鳥類図譜は完全にそろっていないそうです。そのため全40巻を蒐集した玉川大学教育博物館の外来研究員として、全巻の調査研究を行われたそうです。

その研究成果は、『ジョン・グールド鳥類図譜総覧 Catalogue of the birds in John Gould's folio bird books』(紀宮清子編、玉川大学出版部、2005年)として出版されています。ですから、今回の展覧会を行幸啓された天皇皇后両陛下も、ことさらお喜びだったのではと推察されます。

ジョン・グールドと「鳥類図譜」については、「鳥人ジョン・グールドの世界」 をご覧になっていただくのがよろしいでしょう。簡単に要約しておきます。

剥製師として名をなしたジョン・グールド(1804~1881)は、博物学(natural history)全盛時代の大英帝国で、当時発明されて間がない石版画(リトグラフ)の技法をいち早く取り入れ、絵師や版画師による工房をつくり、「鳥類図譜」を1832年から予約販売を開始しました。

展覧会の会場で実物をみるとわかりますが、どんな鳥も実物大(リアルサイズ)で描かれており、版画はインペリアル・フォリオ判(約56×39cm)というサイズであり、本としてはきわめて大判です。一冊が10kg以上もあるので、持ち運びも大変なようです。

貴族など上流階級を顧客にした、発行部数は200部程度の完全予約販売。つまり贅沢品の版画として製作頒布されたわけですね。

コレクターとしての購入者は、その版画を製本師に持ちこんで好みの形で一冊の本として製本し、装丁させたわけです。ですから一冊一冊が異なるものとなったわけですね。世界中で一冊しかない自分の本として。コレクター冥利に尽きるというものでしょう。

展示されている図譜は以下のとおりです。なおジョン・グールド自身は、英国以外の鳥は実見はしていないようです。

前期(3月1日~24日に再公開)は、『ヒマラヤ山脈百鳥類図譜』、『ヨーロッパ鳥類図譜』、『オオハシ科鳥類図譜』、『キヌバネ科鳥類図譜』、『オーストラリア鳥類図譜』、『アメリカ産ウズラ類鳥類図譜』、『ハチドリ科鳥類図譜』。

後期(~2013年2月28日)は、『ハチドリ科鳥類図譜』、『アジア鳥類図譜』、『イギリス鳥類図譜』、『ニューギニア及びパプア諸島鳥類図譜』。グールドは、ことにハチドリを好んでいたそうです。

わたしが見たのは後期の図譜の一部ですが、石版画(リトグラフ)ならではの繊細な描線と、それに手書きで彩色された美しい図版は、鳥類や生物学への関心が高くなくても、ボタニカルアートとしてすばらしい美術品だといえるでしょう。19世紀当時の英国の上流貴族たちを満足させたことは間違いありません。

やはり複製やデジタル画像ではなく、アナログのリアルな画像は最高です。




■大学ミュージアムである玉川大学教育博物館のその他の展示について

「石に描かれた鳥たち-ジョン・グールドの鳥類図譜」の会期中に「新教育運動の展開と玉川学園」という展示が行われています。大正時代の新教育運動と玉川学園の教育をたどる展示構成で、教育史に関心のある人にとって意義ある展示といえるでしょう。

また、第2展示室にある常設コーナーの展示も見逃せません。とくに国内最大級のイコンのコレクション。ロシアを中心にギリシアのものも集めた木の板に描かれた美しいイコンは、所蔵されている71点のうち41点が公開されているので必見です。

わたしもロシア以外では、これだけまとまったコレクションは見たことがありません。イコンとは、本来は正教徒の信仰の対象であった聖画ですが、もちろん美術品としての価値の高いものであることは言うまでもないでしょう。

*なお、2013年2月4日(月)~17日(日)までは博物館実習の授業のため第2展示室の見学はできないということです。


(玉川大学教育博物館)




<関連サイト>

「鳥人ジョン・グールドの世界」(玉川大学教育博物館)
・・ジョン・グールド鳥類図譜の全ての図版(2946図)をデジタル化し、教育博物館のホームページ上で公開

山階鳥類研究所(千葉県我孫子)

天皇皇后両陛下、黒田清子さんらの案内で玉川大学の展示をご覧に



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書評 『紅茶スパイ-英国人プラントハンター中国をゆく-』(サラ・ローズ、築地誠子訳、原書房、2011)-お茶の原木を探し求めた英国人の執念のアドベンチャー

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書評 『大英帝国という経験 (興亡の世界史 ⑯)』(井野瀬久美惠、講談社、2007)-知的刺激に満ちた、読ませる「大英帝国史」である

「東京大学総合研究博物館小石川分館」と「小石川植物園」を散策

本の紹介 『鶏と人-民族生物学の視点から-』(秋篠宮文仁編著、小学館、2000)-ニワトリはいつ、どこで家禽(かきん=家畜化された鳥類)になったのか? 


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2010年10月1日金曜日

書評『沖縄本礼賛』(平山鉄太郎、ボーダーインク、2010)ー 本を買うのが好きな人、コレクター魂をもつすべての人に




沖縄が好きで沖縄にかんする本が好きな人はもちろん、とくに本を買うのが好きな、コレクター魂をもつすべての人に

 東京で「沖縄本」(おきなわ・ぼん)を収集するコレクターのつぶやき。「沖縄本」というのは著者の造語、沖縄に関連する本すべてのことを指す。

 しかし、これがめっぽう面白い。沖縄に関心がなくても、本の収集に関心がなくても、コレクター魂を語ったこの本は、同じような傾向をもつ者にとって、他人事ではないという共感を抱くはずだ。

 著者はふとしたキッカケで沖縄と出会い、沖縄にはまってしまった人。しかも、沖縄というテーマを、本という形から押さえたいという志向をもった人だから、ついには病がこうじて、沖縄にいく旅費を惜しんで「沖縄本」の購入に充ててしまうというところまでいってしまう。買って集めても一部しか読んでいないという告白が正直でいい。本末転倒が甚だしいのもコレクターというものの真骨頂

 私も、本は読むが、それよりも本を買って集めるのが何よりも大好きという人間なので、著者にはなんともいえない親しみを勝手に感じてしまった。
 もちろん私も沖縄には何回かいっているし、「沖縄本」もそれなりに収集したが、「沖縄本」礼賛者である著者のような一点集中型の情熱はない。しかも、引越の際にかなり処分してしまった。

 沖縄が好きで、しかも沖縄について知るのが好き、というよりも沖縄グッズとしての「沖縄本」(おきなわ・ぼん)が好きという人はもちろん(・・もし、そんな人がいるのなら)、そうでない人も、コレクター魂を共有する人、とくにリアル書店でもネット書店やヤフオクでも本を買うのが好きという人にはぜひすすめたい本。

 読んで得になるということは、それほどあるわけではないのですが。

 それよりも買った本の収蔵が・・・やれやれ。


<初出情報>

■bk1書評「沖縄が好きで沖縄にかんする本が好きな人はもちろん、とくに本を買うのが好きな、コレクター魂をもつすべての人に」投稿掲載(2010年9月12日)

*再録にあたって一部加筆した。
*amazon の取り扱いはないので、購入は bk1 その他のネット書店、あるいは沖縄県内のリアル店舗か沖縄圏街では沖縄関連のお店で。

PS amazonでの取り扱いがあることがわかりましたので情報掲載します。


目 次

まえがき

第一章 沖縄本集め、はじまりはじまり

沖縄本の定義 
沖縄本との出合い 
天久氏登場 
沖縄本収集、加速 
沖縄古書店ツアー 
ビセカツさん 

第二章 沖縄本の神様が舞い降りる

『詩集 みやらび』 
『比嘉春潮全集』 
『伊波普猷選集』 
『ゼンリン住宅地図』 
『沖縄大百科事典』 
《けーし風》 
《EDGE》 
『沖縄県庶民史』 
南大東島のアルバム 
『戦後沖縄の政治と法』 
『詩と版画 おきなわ』 

第三章 沖縄本-その豊饒なる世界

ゲタママで考える沖縄 
ネット時代の沖縄本収集 
コンプリート癖 
沖縄本本 
沖縄本界のスーパースター 
こんな書名に弱い   
本はこうして増えていく   
我が家の本棚事情 
沖縄本をもらった話 

著者プロフィール

平山鉄太郎(ひらやま・てつたろう)

1967年、東京都立川市生まれ。東京都国分寺市在住。東京工業大学工学部附属工業高等学校(現・東京工業大学附属科学技術高等学校)機械科卒業。編集プロダクション勤務を経て、現在はフリーランスの校閲者。2001年3月に沖縄を初めて訪れ、その魅力に取りつかれて、沖縄を研究しようと決意。しかし本を集めるばかりでロクに読みもせず、いつの間にか沖縄本コレクターに。沖縄本の蔵書は4000冊を超える。コザ独立国国分寺大使、キャンパスレコード東京駐在員、沖縄三板協会講師。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


<関連サイト>

沖縄の本ならココ! ボーダーインク (沖縄を彩る出版社のサイト)


<ブログ内関連記事>

書籍管理の"3R"
・・Rrduce, Reuse and Recycle ???

『随筆 本が崩れる』 の著者・草森紳一氏の蔵書のことなど
・・「本と戦う」人々? 本に埋もれて死んで本望?

『ちょっと本気な 千夜千冊 虎の巻-読書術免許皆伝-』(松岡正剛、求龍堂、2007)で読む、本を読むことの意味と方法
・・「とある機会に閲覧できた、琉球銀行調査部の図書室は沖縄本の一大コレクションだった」ことに、私の思い出として、ちょこっと触れている

「東洋文庫ミュージアム」(東京・本駒込)にいってきた-本好きにはたまらない!

「沖縄復帰」から40年-『沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史』(佐野眞一、集英社、2008)を読むべし!

(2014年1月18日 情報追加)


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2009年7月10日金曜日

書評『若冲になったアメリカ人 ― ジョー・D・プライス物語』(ジョー・D・プライス、 山下裕二=インタビュアー、小学館、2007)―「出会い」の喜び、素晴らしさについての本




「出会い」の喜び、素晴らしさについての本

 「プライス・コレクション」の生みの親、アメリカ人ビジネスマンのジョー・プライス氏の若き日の若冲(じゃくちゅう)との出会い、コレクションを築き上げてゆく中での苦労と苦難、そして何よりも若冲と出会えた喜びの半生が、よきインタビュアーによってて引き出された本。

 『若冲になったアメリカ人 ー ジョー・D・プライス物語』(ジョー・D・プライス、小学館、2007)は、インタビュアーが"日本美術応援団"の山下裕二教授であることもあずかって大きいものがあろう。

 若冲とは、江戸時代後期、京都の日本画家・伊藤若冲のことである。

 いまでこそ若冲はかなり人気のある存在となっているが、プライス氏が再発見するまで、日本でもほとんど埋もれた存在であった。
 2006年には、東京と京都など日本各地で大規模な「プライス・コレクション」展が行われ、私自身も若冲には大いに魅了された。

 しかしながら「出会い」というのは、突然やってくるものだ。ほとんど神秘的としかいいようがない。プライス氏の場合も例外ではない。

 メルセデスのスポーツカーを買うためのカネを用意してニューヨークに来たカネ持ちの青年が、父親の友人であり、かつて帝国ホテルの設計も行った建築家フランク・ロイド・ライトに連れられて入った日本画廊で出会った1枚の日本画に魅了され、逡巡した末に大枚はたいて購入してしまったことから物語が始まる。

 その時は日本には一回もいったことがなく、もちろん日本語も読み書きもしゃべることのできない、日本文化に関心をもつ人の多い東海岸でも西海岸でもない、中西部オクラホマ出身のアメリカ人。

 コレクションを始めてから20から30年は、日本美術について語り合える友もなくまったくの孤独であったという。そんなプライス氏を支えたのもまた若冲をはじめとする埋もれた日本画家の作品たちと京都出身の日本人の妻であった。

 この「出会い」は、プライス氏にとってだけでなく、若冲にとっても、日本人にとっても、本当に稀有な、素晴らしい出会いであった。

 プライス氏によって「発見」されなかったら、若冲もこれほど日本でも知られることがなかっただろうし、またわれわれも画集や実物を通じてみることもなかったであろうから。

 これは「出会い」の喜び、素晴らしさについての本でもあるのだ。
               

*この書評は下記のインターネット書店サイトに投稿、すでに掲載済みです。

■bk1掲載:「「出会い」の喜び、素晴らしさについての本」(2009/07/07 掲載)
■amazon.co.jp掲載:「「出会い」の喜び、素晴らしさについての本」(2009/07/10 掲載)

(2025年9月2日 項目新設)


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