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2026年5月1日金曜日

書評『スティーブ・ジョブズ1.0の真実』(佐伯健太郎、晶文社、2026)― 自分がつくったアップルから追い出される前のジョブズに深い影響をあたえていた日本文化

 

スティーブ・ジョブズが熱心なコレクターとして日本の版画を収集しているということを知ったのは、NHKで制作され2023年に放送された「日本に憧れ 日本に学ぶ~スティーブ・ジョブズ ものづくりの原点」という番組だった。

ジョブズといえば、ソニー創業者の盛田さんを尊敬し、禅仏教に傾倒していたことなど日本びいきであったことが知られているが、それ以外にも日本がらみの趣味があったのだ。

それが「新版画」であり、日本の焼き物(陶器)である。そもそ「新版画」というカテゴリーじたい、この番組を見るまでまったく知らなかったのだ。橋口五葉のファンはジョブズだけでなく、わたし自身がそうであったにもかかわらず・・・





番組の概要をNHKのサイトから引用しておこう。


アップルの創業者スティーブ・ジョブズ。社運をかけて開発したマッキントッシュコンピューターの発表会で使ったのは「新版画」という日本の木版画だった。彼は信楽焼など日本の陶器の熱心な愛好家でもあり、ソニーに心酔していた。日本の新版画や陶器、そしてソニーの経営哲学はアップルの製品づくりにどう影響していったのか。盟友だった元CEOのジョン・スカリー氏らのインタビューから明らかにしていく。


この番組は、NHKの取材記者による定年までの8年間にわたる執念のたまものである。

取材のきっかけや番組として結晶するまでの経緯と、映像作品としての番組に結晶した知られざるジョブズと日本との密接なかかわりと手探りの取材の経緯が記者本人によって書籍化されていたことを最近知った。


日本橋のデパートで開催された川瀬巴水の企画展を見に行った著者が、水戸支局に勤務して際に川瀬巴水が茨城と大きくかかわっていたこと。NHKの「日曜美術館」のアンコール放送で言及されたジョブズと川瀬巴水のかかわりを知り、1984年に行われたアップルコンピュータのマッキントッシュデモに使用されたモニターに映っていた橋口五葉の「髪梳ける女」(かみすけるおんな)から始まった疑問と違和感・・

そんな小さなキッカケから始まった取材が、アップル追放前の「ジョブズ1.0」の伝記にもなっている。「ジョブズ1.0」とは、アップルにおけるジョブズの原点のことである。

そのときの「盟友」がジョン・スカリー氏であった。ジョブズとスカリーは犬猿の仲になったと思い込んでいたのだが、スカリー氏はそうは思っていなかったというのも驚きである。

番組を視聴してからすでに3年、この本を読み、あらためて知ることになったのが、ジョブズが禅仏教に出会う前から日本文化に深く傾倒し、きわめて大きな影響を受けていただけでなく、その原点が中学生時代の親友宅で見ていた川瀬巴水の「新版画」にあったことを確認した。

美術品としての評価だけでなく、「新版画」におけるイノベーションの意味についても。

そしてその「新版画」は、親友の母親がその父、つまり親友の祖父から受け継いだものであり、祖父は1930年代にシカゴで入手しコレクションしたものだったという。

1905年の日露戦争前後がそのブームの頂点であった「アメリカのジャポニズム」が終焉したあとも、1930年代には「新版画」が米国でブームになっていたという事実。その背景には、新版画は積極的に海外市場を意識して打って出たという側面があったようだ。

日本人にとっては当たり前すぎて、ふだんは深く考えることもない「日本的美意識」であるが、その意味を認識の対象として再確認させてくれた恩人として「新版画」と「日本の焼き物」の熱心なコレクターであったアメリカ人スティーブ・ジョブズの名前は深く記憶されるべきであろう。


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目 次
はじめに 
まえがき
第1章 「新版画」とジョブズ
第2章 銀座の画廊との20年
第3章 フェルナンデス親子との縁
第4章 ジョブズ in 京都
第5章 アルバカーキまで、必ず連れて行くからな!
第6章 ジョブズの壺
第7章 「角を丸くしてくれないか」
第8章 スティーブ・ジョブズ1.0
第9章 取材の天王山
第10章 旅のフィナーレへ
第11章 「NHK取材ノート」のことなど
第12章 取材は続く
あとがき
スティーブ・ジョブズと日本
スティーブ・ジョブズが購入した新版画48点
スティーブ・ジョブズの京都での主な訪問先
「スティーブ・ジョブズ1.0の真実」取材記録 
番組・制作スタッフ 
ウェブ記事 
主な参考文献


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■近代における「日本的美意識」




■アメリカ人コレクターによる「日本美術」

・・明治時代の日本美術発見者であるフェノロサとビゲローによる収集品は、その大半がボストン美術館に収蔵されている

『ドラッカー・コレクション 珠玉の水墨画- 「マネジメントの父」が愛した日本の美-』(千葉市美術館)に行ってきた(2015年5月28日)-水墨画を中心としたコレクションにドラッカーの知的創造の源泉を読む 
・・青年期まで過ごしたウィーンやフランクフルトなどで接していた、第一次世界大戦と同時代の「ドイツ表現主義」が実現できず終わったことを、すでに江戸時代の日本人が禅画で実現していたとドラッカーは言う。「写実」ではなく「写意」として

書評 『若冲になったアメリカ人-ジョー・D・プライス物語-』(ジョー・D・プライス、 山下裕二=インタビュアー、小学館、2007) 
・・テーマ性で収集したジョブズやドラッカーとは異なり、埋もれていた一人の絵師の作品に惚れ込んだアメリカ人コレクターによるコレクション


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2024年2月21日水曜日

『ジョブズの料理人 ー 寿司職人、スティーブ・ジョブズとシリコンバレーの26年』(日経BP社出版局編、日経BP、2013)を読んでいると思うのは、亡くなってから13年なるジョブズがまだまだ「過去の人」ではないということだ




この本のことは2013年の時点で知っていたが、つい最近ひさびさにamazonでその存在を思いだした。取り寄せてさっそく読んでみたが、じつに面白い。まるでジョブズがまだ生きていて、目の前にいるかのような気がしてくる。 

「ジョブズの料理人」とはカリフォルニア州はシリコンバレーのパロアルト(Palo Alto)で寿司屋、その後に会席料理店を経営していた日本人職人の佐久閒俊雄氏のこと。寿司職人として米国に渡った最初の世代の人だ。まずはハワイに、そして本土の西海岸のカリフォルニアへ。

本書は、その「ジョブズの料理人」の聞き語りを活字化したものである。 

寿司屋がほかの料理店と違うのは、カウンター越しにお客さんと直接会話ができること。

常連客の一人がジョブズだったことから、ジョブズ自身やその日本料理とのつきあい、その他シリコンバレーの起業家たちや投資家たちの面々が回想される。米国の日本料理普及の歴史もまた。

ベジタリアンと見なされがちなジョブズだが、寿司ネタのトロもハマチも食べていたので、ヴィーガンではなかったことがわかる。とはいえ、生魚を食べることができるようになるまで時間がかかったようだ。

ジョブズが亡くなってから、すでに13年になる。その2年後の2013年の出版時点で読んでおけば、もっと楽しめただろうという気もするが、かならずしもそうではない。 

すでに日本の学習マンガの世界では「偉人伝」のひとりになっているジョブズだが、まだまだ「過去の人」にはなっていないことが実感されるだろう。  まだ読んでない人がいたら、『ジョブズの禅僧』とあわせて読んでみるといいと思う。  


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目 次 
はじめに(外村仁*)
第1章 さようならスティーブ、さよなら桂月 
第2章 シリコンバレーで旨い寿司を食わせよう! 
第3章 「自分でやる」のがスティーブ流 
第4章 「天才」の素顔 
第5章 妙なヤツラがやってきた 
第6章 桂月は景気のバロメーター 
第7章 会席料理へのチャレンジ 
第8章 スティーブからの誘い 
第9章 26年続けられた理由
あとがき(佐久閒惠子)
年表
       
* 外村仁:アップル社でマーケティングを担当。ジョン・スカリーからスティーブ・ジョブズまで5 年間 で4 人の CEO に仕えた。

取材協力 
佐久間俊雄(さくま・としお) 
福島県出身。15 歳から寿司の修行を始める。1979 年に渡米後、1985 年カリフォ ルニア州パロアルトに最初の店「スシヤ(鮨屋)」を開店。1994 年に「トシズ・ スシヤ」、2004 年には会席料理の専門店「桂月」を開店する。シリコンバレーの 起業家、投資家をはじめ地元の人に親しまれる。2011 年10 月に桂月を売却。現在 シリコンバレー在住。 

佐久間恵子(さくま・けいこ)
沖縄県出身。ハワイ大学経営学科卒業(Bachelor of Business Administration)。 米国公認会計士取得。4大会計事務所勤務を経て、夫俊雄と共に16 年間、和食店 の経営に携わる。現在はシリコンバレーで会計事務所に勤務。
(経歴は出版社の書籍サイトより出版当時2013年のもの)

 


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2023年6月17日土曜日

美術展「ポール・ジャクレー フランス人が挑んだ新版画」展(太田記念美術館)に行ってきた(2023年6月17日)ー 日本を拠点に活動した在日フランス人の「新版画」の世界

 

「ポール・ジャクレー フランス人が挑んだ新版画」展(太田記念美術館)に行ってきた(2023年6月17日)。太田記念美術館は、神宮前にある浮世絵が専門の私設美術館。ひさびさの再訪である。

偶然だが、本日(6月17日)の夜21時からBS1で放送された「日本に憧れ 日本に学ぶ~スティーブ・ジョブズ ものづくりの原点」において、少年時代のジョブズの心をわしづかみにした「新版画」の川瀬巴水が取り上げられていた。生涯の最後まで川瀬巴水(かわせ・はすい)の作品を愛し続けたという。

恥ずかしながら、わたしが川瀬巴水のことを知ったのは、ジョブズが愛していたという話をつうじてのことであった。日本人なのに日本のことをよく知らない日本人。わたしもその例外ではなかったのだ。

そして川瀬巴水をつうじて知った「新版画」ポール・ジャクレーもまた「新版画」の主要な担い手であった。もちろん、このことも最近知ったばかりである。

しかも、ポール・ジャクレー(1896~1960)はフランス人子ども時代に親に連れられて日本に来て以来、生涯を日本で送った在日フランス人。そのかれが心血注いで制作に取り組んだのが「新版画」。ジャクレーは、川瀬巴水とも交流があったという。

浮世絵と違うのは、絵師と彫り師、摺師が専門ごとに分業しながらも、絵師がすべての工程にかかわって、自分が描きたいもの、自分が出したい色を実現させることに徹底的にこだわったという点だという。

BS1の番組では、その点にジョブズが大いに感銘し、自分のものづくりにおいても、その点に徹底的にこだわったのだという。美意識だけでなく、ものづくりのヒントの一つも「新版画」の制作プロセスにあったのだと。

もちろん、川瀬巴水に限らず、ポール・ジャクレーの場合もおなじだったようだ。彫り師と摺師はパートナーとしての位置づけだったのであろう。その版画作品ををよく見ると、フランス語よる版画のタイトル彫だけでなく、日本語で彫り師と摺師の名前も書き込まれている。

今回の展示(*前後期にわけているが、今回は前期)で気に入った作品は、ポスターにも採用されている「満州の女性シリーズ」のあでやかさな色彩はいうまでもなく、「南洋セレベス島(・・現在のスラウェシ)の男女」、日本では「大島のあんこ椿」と「伊豆の大漁の若い漁師」、そして朝鮮の風俗などである。

日本を拠点に北はもモンゴルや満州から、南は南洋のセレベスまで、アジアの人物を描いた作家であった。

浮世絵版画もそうだが、新版画も同様に、実物を見るに限る。ガラスゲース越しとはいえ、質感を味わうのは実物を鑑賞するしかないのである。

なんといっても、ほんとうは手に取って眺めたいところだが、それはコレクターや美術商、学芸員にのみ許された特権であろう。

図録も販売されていたが、どうもホンモノの質感が再現されているとは言いがたいものだったので結局は購入しなかった。

ホンモノの刷りではなくとも、使用する紙も含めて複製に近い再現がほしいところである。そんな画集があればぜひ購入したいものだ。


『ポール・ジャクレー 全木版画集』  画像をクリック!




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・・橋口五葉は「新版画」で新境地を開こうとしていた矢先に急死。橋口五葉の作品もジョブズは愛していたようだ





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2021年1月15日金曜日

書評『宿無し弘文 ― スティーブ・ジョブズの禅僧』(柳田由紀子、集英社インターナショナル、2020)― "イン・サーチ・オブ・乙川弘文" ともいうべき8年間の旅

 

昨年(2020年)12月のことになるが、多忙のため読めなかったが気になっていた本を読了した。『宿無し弘文-スティーブ・ジョブズの禅僧』(柳田由紀子、集英社インターナショナル、2020)。  

縁あって、アメコミの『ゼン・オブ・スティーブ・ジョブズ』を日本語訳したカリフォルニア在住の著者が、ジョブズが「生涯の師」とあおいで文字通り全面的に信頼しきっていた日本人禅僧・乙川弘文(おとがわ・こうぶん)を求めての8年間の旅。著者だけでなく、私もまた、このマンガの英語版で乙川弘文のことをはじめて知った。 

2011年にジョブズが死してすでに9年、その師であった弘文老師は、すでに2002年に亡くなっている。直接本人に取材することがかなわないため、関係者を訪ねて米国・日本・欧州と話を聞くために著者は旅を続ける。

その長い旅をつうじて、弘文老師の像があきらかになってくるとともに、著者自身の仏教理解も深まっていく。まさに「わかる」ということは「かわる」ということなのだ。 英語なら、タイトルは In Search of Otogawa Kobun Roshi (乙川弘文老師をもとめて)とでもなろう。そんな内容の一冊だ。 

曹洞宗の禅僧であった弘文老師が29歳で渡米した1967年前後は、まさに「カウンターカルチャー」(=対抗文化)時代のまっただなかだった。そしてジョブズもまた、その時代の申し子であった。この二人は出会うべくして出会ったというか、その出会いは必然であったのかもしれない。まさに「仏縁」である。 

エゴの塊のようだったジョブズがなぜ、禅仏教と出会って生涯にわたって多大な影響を受けることになったのか、その意味もあきらかになっていく。 

永平寺で修行もしているが、渡米後には破戒僧ともいうべき存在となっていた弘文老師。だが京大大学院で学んだ弘文師には、仏教を西洋哲学の文脈で語ることのできた素地があった。だから、米国でも欧州でも受け入れられたわけだ。人柄だけがその理由だったわけではない。 

キーワードは、弘文老師が京都大学大学院時代の修士論文で取り上げた「転依」(てんね)という仏教概念にある。「転依」とは、覚醒して人格が根本的に転換することを意味している。 

自分が創業したアップルから追放された失意のなかにいたジョブズが、絶大な信頼を寄せていた弘文老師のもとで、再び長い時間を過ごすようになった時代に「転依」したのではないか、というのが著者の見立てだ。エゴの塊のようだったジョブズの変身。その秘密がそこにありそうだ。 ただし、ジョブズの独占欲が最後まで強かったようである。

私自身も、サンフランシスコ郊外のバークレーにいたこともあり、読んでいて懐かしい思いもした。滞米中にはそれほど仏教に深い関心があったわけではないので、カリフォルニア各地の禅堂を訪れることもなかったが、カリフォルニア、とくに北部にはしっかり仏教が根付いており、独自の発展をしているのである。 

ジョブズに関心のある人だけでなく、米国や欧州の仏教事情にかんして関心のある人も、読むと面白いと思うし、乙川弘文という破戒僧の一生をつうじて、逆説的に仏教理解も深まることだろう。 


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目 次 

プロローグ 
第1章 激賞と酷評と 
第2章 生い立ちから渡米まで 
第3章 アメリカで、ジョブズと出逢う 
第4章 追うジョブズ、追われる弘文 
第5章 ジョブズと離れヨーロッパへ 
第6章 最後の日々 
第7章 乙川弘文の地獄と手放しの禅 
エピローグ


著者プロフィール
柳田由紀子(やなぎだ・ゆきこ)
1963年、東京生まれ。作家、ジャーナリスト。1985年、早稲田大学第一文学部演劇専攻卒業後、新潮社入社。月刊「03」「SINRA」「芸術新潮」の編集に携わる。1998年、スタンフォード大学他でジャーナリズムを学ぶ。2001年、渡米。現在、アメリカ人の夫とロサンゼルス郊外に暮らす。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



(「スティーブ・ジョブズには、生涯、師と慕った日本人禅僧がいた! 
“宿無し乙川弘文”ショートストーリー」)



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