「アタマの引き出し」は「雑学」ときわめて近い・・日本マクドナルド創業者・藤田田(ふじた・でん)に学ぶものとは?

◆「アタマの引き出し」つくりは "掛け算" だ : 「引き出し」 = Σ 「仕事」 × 「遊び」
◆酒は飲んでも飲まれるな! 本は読んでも読まれるな!◆ 
◆一に体験、二に読書、その体験を書いてみる、しゃべってみる!◆
◆「好きこそものの上手なれ!」◆

<旅先や出張先で本を読む。人を読む、モノを読む、自然を読む>
トについてのブログ
●「内向きバンザイ!」-「この国」日本こそ、もっとよく知ろう!●

■■ 「むかし富士山八号目の山小屋で働いていた」全5回 ■■
 総目次はここをクリック!
■■ 「成田山新勝寺 断食参籠(さんろう)修行(三泊四日)体験記 」全7回 ■■ 
 総目次はここをクリック!
■■ 「庄内平野と出羽三山への旅」 全12回+α - 「山伏修行体験塾」(二泊三日)を中心に ■■
 総目次はここをクリック!


「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!

「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!
ビジネス寄りでマネジメント関連の記事はこちら。その他の活動報告も。最新投稿は画像をクリック!



ご意見・ご感想・ご質問 ken@kensatoken.com にどうぞ。
お手数ですが、コピー&ペーストでお願いします。

© 2009~2026 禁無断転載!



ラベル ドイツ史 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル ドイツ史 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2015年9月12日土曜日

書評『毒ガス開発の父ハーバー  愛国心を裏切られた科学者』(宮田親平、朝日選書、2007)ー 平時には「窒素空中固定法」で、戦時には「毒ガス」開発で「祖国」ドイツに貢献したユダヤ系科学者の栄光と悲劇

(第一次大戦中、軍服姿の科学者ハーバー)


1914年に始まった第一次世界大戦は、じつに過酷で悲惨な戦争であった。その大半が塹壕での膠着戦であり、対峙する双方がさまざまな新兵器を導入して突破口を開こうと試みた。戦車や航空機、それに毒ガスである。その結果、人類史上で未曾有の戦死者がでたのである。

ドイツが全面的に導入したのが毒ガスである。最初に使用したのはフランスだといわれているが、全面的に導入したのはドイツである。ドイツは当時はすでに科学、とくに化学(ケミカル)の分野では世界最先端の技術と量産能力を有し、化学工業の分野では世界をリードしていた。

その毒ガス開発の指揮を軍内でとったのが、本書の主人公フリッツ・ハーバー(1868~1934)という化学者であった。大戦後の世界一周旅行の際、日本では「毒ガス博士」として紹介されたという。本人もその周囲も、毒ガス開発の責任者であったことは、なんら恥ずべきことではなかったというのが驚きだ。サリンがじっさいにテロとして使用されて以降の日本人には、想像しがたいことである。

しかも、「毒ガス博士」のハーバーはノーベル化学賞の受賞者(!)なのである。それも、大戦後の1918年のことである。大戦中の毒ガス使用の件もあり、ドイツは世界の科学界からは締め出されていたなかでのことである。敗戦国となって混乱していたドイツへの間接的支援の意図がノーベル財団にはあったらしい。

もちろん、受賞理由は毒ガスではなかった。大戦前に発見し技術として確立した「窒素空中固定法」がその対象である。ハーバー=ボッシュ法ともいわれるが、この技術の確立によって、ドイツのみならず、世界の食糧問題は根本的に解決されたといっても過言ではない。植物の生育に不可欠な窒素を、無限に存在する空気から取り出すことに成功したのである。もしこの技術がなかったら、現在のような人口爆発は支え切れなかったはずだ。

ハーバー・ボッシュ法と呼ばれているのは、理論と技術の発明者のハーバーと量産化を実現した化学メーカーBASFのボッシュの両者がかかわっているからだ。技術に重点がおかれた科学理論がノーベル賞受賞の対象となったことは興味深い。そもそもノーベル自身、ダイナマイトで財を成した企業家である。

ハーバーが実現した「窒素空中固定法」と「毒ガス」開発。まったく相反するかに見えるこの二つの開発は、化学という共通項だけではなく、「人道的」という共通項もある。すくなくとも開発当事者のハーバー自身にはその認識があった。毒ガスは、戦争を早期終結させるための「人道的な兵器」として開発されたからである。原爆開発を主導した米国と同じロジックである。だが、毒ガスは戦争の早期終結にはつながらなかった。

ちなみに、のちの独裁者ヒトラーは、この戦争に勇敢な一兵士として戦っていたが、最終段階で敵による毒ガス攻撃を受け負傷し、病院内でドイツの敗戦を知ることになった。


ユダヤ系ドイツ人としての生涯

「毒ガス博士」フリッツ・ハーバーはユダヤ系であった。近代ドイツにおいてユダヤ系市民として生きるということが意味したものを考えると、ハーバーの生涯には栄光と悲劇がともに存在することを知ることになる。

まずは個人的な面にかんしては、自身もユダヤ系で化学者であった妻クララは、夫の毒ガス開発に反対し、世界ではじめて実戦に使われた1915年に自殺している。おなじくユダヤ系の友人アインシュタインからは、「君は傑出した科学的才能を大量殺戮のために使っている」と言われていた。

傑出した業績を残し、化学王国ドイツに多大なる貢献をしたハーバーだが、その晩年はナチスのユダヤ人排除政策によって、名誉あるカイザー・ヴィルヘルム研究所の所長から追われることになる。第一次大戦では、毒ガス兵器開発によって軍人として国家に多大なる貢献をしたにもかかわらず・・・。

さらにいえば、没後のことであるが、みずから開発した農薬の殺虫剤チクロンBが、ナチスの絶滅収容所において同胞のユダヤ人の命を抹殺することに使用されるとは、よもや想像だにしなかったであろう。

豊かな人文的教養に支えられて話題も豊富、エネルギッシュで勤勉、しかも天才肌でありながら、組織化能力が高くリーダーシップを発揮した実務的な側面ももっていた科学者ハーバーは、近代ドイツの「同化ユダヤ人」の一典型でもあった。

19世紀になってから「解放」されたユダヤ人は、社会的な成功を求めて積極的にドイツ文化に同化を図り、なかには世俗的な成功をつかみとるためにキリスト教に改宗した「改宗ユダヤ人」もでている。革命家のカール・マルクスや、その同時代の詩人ハイネ、哲学者のフッサールやジンメルなど多数にのぼる。マルクスの場合は、弁護士であった父親がすでに改宗していた。

近代国家ドイツ、その中核にあったプロイセン王国は、フリードリヒ大王が亡命フランス人プロテスタントであったユグノーやユダヤ人などに寛容であったが、統一後のドイツ全体でみれば、ユダヤ人にはかならずしも完全に門戸が開かれていなかった。実力がものをいう科学界もまた例外ではなかった

ハーバーもまた、成功した商人父親の意思に反して「改宗ユダヤ人」となったが、それにもかかわらず、挫折につぐ挫折の20歳代を送っている。

そんな人生前半期の体験が、過剰なまでに愛国心を発揮し、「祖国」ドイツの運命にコミットさせたのであろう。その意味では、過剰適応は成功を生み出した反面、裏切られたときのショックはとてつもなく大きかったに違いない。


日本とのかかわりなど

日本との密接な関係についても本書には詳しく書かれている。

星製薬設立者の星一(ほし・はじめ)とのあいだに密接な協力関係が築かれたことである。日本側は星一、ドイツ側はハーバーが窓口となって、第一次大戦敗戦後の混乱するドイツの科学界再興に奔走している。成功した起業家であった星一は、資金面で全面的に協力していた。

資金調達もそのテーマのひとつであった世界一周旅行の途上で日本に立ち寄っており、星一を仲介して日本陸軍とも関係をもったらしい。毒ガス開発への協力がテーマではなかったかと著者は推測しているが、この点はもっと研究されてしかるべきテーマである。ちなみに通常兵器にかんしては、ドイツ国防軍は秘密裏にソ連と密接な関係を構築している。

基本的にハーバーの生涯を淡々と叙述しているが、近代ドイツを生きた天才科学者の生涯に、近代ドイツの運命とドイツ系ユダヤ人の運命を重ね合わせながら読むと、さまざまな感慨を感じることになるだろう。さらにいえば、日本とドイツ、日本とユダヤ人の関係についても。

米国による原爆開発にもユダヤ系科学者が多数かかわっているが、ドイツによる毒ガス開発もまたそうであった。科学者と愛国心いう大きなテーマは、ユダヤ人科学者にとっては実存そのものにかかわる問題であったことをアタマのなかに入れておきたい。


 (画像をクリック!

目 次

プロローグ
1. 生い立ち
2. 挫折と苦闘の日々
3. 陽の当たる場所へ
4. 空中窒素固定法の成功
5. 家庭崩壊の兆し
6. 毒ガス戦の先頭に立つ
7. 死の抗議と第二のロマンス
8. 敗戦と逃亡
9. ノーベル賞、星基金、チクロンB
10. 海水から金を採取せよ
11. 日本訪問
12. 報酬は国外追放
13. 最愛の国家に裏切られて
エピローグ
あとがき
参考・引用文献


著者プロフィール

宮田親平(みやた・しんぺい)
1931年東京生まれ。東京大学医学部薬学科卒業。文藝春秋入社。雑誌編集者などを経て、現在フリーの医・科学ジャーナリスト。著書に、 『「科学者の楽園」をつくった男-大河内正敏と理化学研究所-』(河出文庫)など多数。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものに加筆)。



<ブログ内関連記事>

書評 『「科学者の楽園」をつくった男-大河内正敏と理化学研究所-』(宮田親平、河出文庫、2014)-理研はかつて「科学者の楽園」と呼ばれていたのだが・・

自動小銃AK47の発明者カラシニコフ死す-「ソ連史」そのもののような開発者の人生と「製品」、そしてその「拡散」がもたらした負の側面
・・カラシニコフもまた祖国の勝利のために開発に専心したのであったが、その結果は兵器の大量拡散となってしまった。正義感の行方とは

書評 『731-石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く-』(青木冨貴子、新潮文庫、2008 単行本初版 2005)-米ソ両大国も絡まった "知られざる激しい情報戦" を解読するノンフィクション
・・ドイツだけでなく日本もまた


「窒素空中固定法」の革命的な意義

書評 『世界史の中の資本主義-エネルギー、食料、国家はどうなるか-』(水野和夫+川島博之=編著、東洋経済新報社、2013)-「常識」を疑い、異端とされている著者たちの発言に耳を傾けることが重要だ
・・「窒素空中固定法」の革命的な意義について


ノーベル賞

朗報! 2014年度のノーベル物理学賞は青色発光ダイオード開発の中村博士ほか日本人3人に決定!(2014年10月7日)

書評 『「大発見」の思考法-iPS細胞 vs. 素粒子-』(山中伸弥 / 益川敏英、文春新書、2011)-人生には何一つムダなことなどない!


ユダヤ系ドイツ人にとってのドイツ

書評 『対話の哲学-ドイツ・ユダヤ思想の隠れた系譜-』(村岡晋一、講談社選書メチエ、2008)-生きることの意味を明らかにする、常識に基づく「対話の哲学」
・・「18世紀の啓蒙の時代に「解放」され、19世紀には西洋社会に「同化」したはずだと思っていたドイツのユダヤ人、しかし彼らは根強く社会に存在する「反ユダヤ主義」のなか、「同化」によるアイデンティティ喪失の道ではなく、自らの内なるユダヤ性探求の方向に向かい出す。」  ⇒ ハーバーとの違い

『蛇儀礼』 (アビ・ヴァールブルク、三島憲一訳、岩波文庫、2008)-北米大陸の原住民が伝える蛇儀礼に歴史の古層をさぐるヒントをつかむ
・・「西欧人でありながらユダヤ人であることに悩みつづけた著者は、ハンブルクの著名な銀行家ヴァールブルク家の長男に生まれながら家督相続を拒否し、さらにはユダヤ教からも遠ざかるのですが、いくら自分の意識のなかでユダヤ性を遠ざけても、自分を見る周囲の目にはユダヤ人でしかないという矛盾を感ぜずにはいられないのでした。こうした自己認識と他者認識のズレが繊細な精神をもつ著者を、最終的に精神の病に追い込んだ」 ⇒ ハーバーとの違い

(2015年9月20日、11月15日・18日 情報追加)



(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end

2010年7月22日木曜日

本の紹介『阿呆物語 上・中・下』(グリンメルスハウゼン、望月市恵訳、岩波文庫、1953)― 大激動期の17世紀ドイツが生んだ荒削りでピカレスクな『ヴィルヘルム・マイスター』




『阿呆物語』という作品がドイツ文学にある。グリンメルスハウゼンという17世紀のドイツ人が書いた長編小説である。

 上・中・下の三冊と長いが、最初から最後まで、滅茶苦茶面白いが、知られざる小説なのだ。

 『阿呆物語 上中下』(グリンメルスハウゼン、望月市恵訳、岩波文庫、1953)として出版されていたが、長らく品切れとなっていたので、実際に読んだことのある人は、あまり多くないのではないかと思う。

 今年(2010年)の3月に久々に重版復刊されたので、品切れにならない限り入手可能である。興味を抱いた人はいますぐに読まなくても、ぜひ1セット確保しておいていただきたい。
 
 舞台背景は、価値観大転換が起こった大激動期のドイツである。

 「最後の宗教戦争」あるいは「最初の国際紛争」ともいわれる「三十年戦争」(1618 - 1648)当時の、分裂し、疲弊しきったドイツである。

 日本でいえば「戦国時代」のようなものであるが、時代的にはいち早く平和な時代に入った日本よりも遅れたこの長期にわたる戦争は、国際関係論では常識となっている「ウェストファリア条約」(ヴェウトファーレン条約)によって欧州の国際秩序形成として終結した。以後、ナポレオン戦争とそのの後始末となった1818年の「ウィーン条約」まで、欧州の国際秩序は固定することとなる。

 私が下手な要約するよりも、ここは一つ岩波書店による要約を掲げておこう。ちなみに中高生時代、私の最大の愛読書は、各年版の『岩波文庫解説目録』(無料配布)であった。これ一冊読んでいれば、いわゆる「教養」はかならず身につきます。実際に岩波文庫をそんなに読んでいなくても。

17世紀のドイツは、新しい世界創造への苦悶の時代、二元的な生活感情に悩む時代であった。グリンメルスハウゼンはその知的苦悩と矛盾をこの作品に純粋かつ強烈に描いた。主人公ジムプリチウス生成の歴史は個人のものではなく人間一般にまで象徴化されている。ゲーテの「ヴィルヘルム・マイステル」の先駆ともみなされる作品。

 すぐれた要約ではあるが、この要約では、この小説のもつピカレスク的な面白さ、エンターテインメント性が十分に感じ取れないのが残念だ。

 さきに、日本でいえば「戦国時代」のようなものだと書いたが、主人公は「三十年戦争」の時代を、傭兵などさまざまな職を転々としながら、たくましく生き抜いて行く。その意味では、荒削りな『ヴィルヘルム・マイスター』であり、大河小説でもある。




 時代は下るが、19世紀英国のサッカレーの『バリー・リンドン』のような、成り上がり者を描いたピカレスク小説のおもむきもある。こちらは、鬼才スタンリー・キューブリック監督によって映画化されているのでご存じの人も多いだろう。

 この本は、ずいぶん昔に一回通読しただけで、今回これを書くにあたって読み返していないが、ほんとうに面白い小説だ。なんと主人公は、日本にもいったことになっているのだ! 

 とにかく面白い、という記憶のみ残っている。

 翻訳が1950年代で、旧字旧仮名遣いなので、字面は読みにくいかもしれないが、せひ一度は手にとってほしものである。


 原題は、Simplicius Simplicissimus(ジンムリチウス・ジンムリチシムス)、タイトルはラテン語だが中身はドイツ語。ラテン語の意味は、 simplest 日本語に直訳したら「単細胞な、あまりにも単細胞な」とでもなるのだろうか、シンプルという意味のネガティブな用法である。

 ドイツではこの「ジンプリチシムス」いう表現は好まれているようで、1896年創刊でそのタイトルでの雑誌があったようだし、映画のタイトルにもなっている。


(ドイツの「ジンプリチシムス」 『世紀末芸術』(高階秀爾)より)


 思うになぜか、ドイツには「バカ」や「阿呆」などのつくタイトルの本が多い

 私が知っているだけでも、日本語訳に限定されるが、このブログでも既に紹介した『阿呆船』(セバスチャン・ブラント、尾崎盛景訳、現代思潮社、2002)だけでなく、そのものずばり『馬鹿について-人間 この愚かなるもの-』(ホルスト・ガイヤー、満田久敏/泰井俊三 訳、創元社、1958)という本がある。

 エラスムスの『痴愚神礼賛』以来の伝統であろうか。エラスムスはドイツ人ではなくオランダ人だが、似たようなものだ。

 謹厳実直な印象のドイツ人の、意外な一面を知るうえで面白い。


PS マイ・コレクションからでてきたので、『阿呆物語 上中下』の写真を一枚追加した。(2014年4月17日)。 さらに一枚追加し(・・ジンプリチシムス)、記述の一部を正確なものに修正した (2014年4月19日)。


画像をクリック!


<ブログ内関連記事>

ゲーテの『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』(1796年)は、ある程度の人生経験を積んでから読むと味わい深い 

本の紹介 『阿呆船』(ゼバスチャン・ブラント、尾崎盛景訳、現代思潮社、新装版 2002年 原版 1968)

エラスムスの『痴愚神礼讃』のラテン語原典訳が新訳として中公文庫から出版-エープリルフールといえば道化(フール)③

書評 『傭兵の二千年史』(菊池良生、講談社現代新書、2002)-近代世界の終焉と「傭兵」の復活について考える ③
・・『阿呆物語』の時代背景

「ジャック・カロ-リアリズムと奇想の劇場-」(国立西洋美術館)にいってきた(2014年4月15日)-銅版画の革新者で時代の記録者の作品で17世紀という激動の初期近代を読む
・・『阿呆物語』の同時代のロレーヌに生まれた版画家の作品展。「三十年戦争」の凄惨な様相も描いている

「アラブの春」を引き起こした「ソーシャル・ネットワーク革命」の原型はルターによる「宗教改革」であった!?
・・「宗教戦争」を激化させたのはルターの言動と活版印刷によるビラの流通

映画 『王妃マルゴ』(フランス・イタリア・ドイツ、1994)-「サン・バルテルミの虐殺」(1572年)前後の「宗教戦争」時代のフランスを描いた歴史ドラマ
・・ドイツで「三十年戦争」が起こる前、フランスでも激しい宗教戦争が戦われた

「500年単位」で歴史を考える-『クアトロ・ラガッツィ』(若桑みどり)を読む
・・日本の戦国時代と欧州の宗教戦争の時代はパラレルな現象
     
(2014年3月4日、4月17日、5月8日、8月22日、2026年3月22日 情報追加)


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end